萌果は小学生の頃、弟のように可愛がっていた幼なじみの藍に告白されるも、振ってしまう。 その後、萌果は父の転勤で九州に引っ越すが、高校2年生の春、再び東京に戻ってくる。 萌果は家の都合でしばらくの間、幼なじみの藍の家で同居することになるが、5年ぶりに再会した藍はイケメンに成長し、超人気モデルになっていた。 再会早々に萌果は藍にキスをされ、今も萌果のことが好きだと告白される。 さらに「絶対に俺のこと、好きにさせてみせるから」と宣言されて……? 「ねえ、萌果ちゃん。俺も男だってこと、ちゃんと分かってる?」 芸能人の幼なじみと、秘密の同居ラブストーリー。
Lihat lebih banyak数日後の放課後。学校が終わって家に帰ろうと校門に向かって歩いていると、私のスマホが鳴った。確認すると、それは燈子さんからのメッセージだった。【悪いんだけど、学校帰りにスーパーに寄ってきてもらってもいい?これから家に急遽お客さんが来るから、夕飯の買い物に行けそうにないのよ】お客さん……そういうことなら。【分かりました。私でお役に立てるのなら、喜んで!】橙子さんに返信すると、私はそのまま家の最寄りのスーパーへと直行する。学校から歩いて15分ほどで、スーパーに到着。買い物カゴを手に、私がスーパーに入ろうとしたとき。「萌果ちゃん!」誰かに名前を呼ばれて振り向くと、メガネに黒のマスク姿の藍が立っていた。外にいるため、一応変装しているらしい。「えっ。どうして藍がここに……」「さっきの母さんのメッセージ、俺に送るつもりが間違えて萌果ちゃんに送ってしまったんだってさ」「そうだったんだ。それで、わざわざ来てくれたの?」「うん。本来なら俺が任されるはずだった、おつかいだし。あっ、そのカゴ俺が持つよ」藍が、私が持っていた買い物カゴを、横から奪うように取った。私と藍は、二人並んで店内を歩く。「ここのスーパー、小学生の頃にも萌果ちゃんと二人で、おつかいに来たことがあったよね」「そういえば、そうだね」懐かしいなぁ。当時のことが蘇り、私は目を細める。「それで、何を買えば良いの?」「えっと。燈子さんからのメッセージに書いてあったのは、じゃがいもと人参に玉ねぎ……」「それなら、今夜はカレーかな?」「いや、もしかしたら肉じゃがの可能性もあるよ?」藍と、話しながら歩いていると。「あれ?もしかして、梶間さん?」背後から、声をかけられた。振り返ると、そこに立っていたのは……「やっぱり、梶間さんだ!」私と同じクラスの三上さんと、その友達の安井(やすい)さんだった。三上さんは、私が転校してきて間もない頃にクラスの親睦会でカラオケに一緒に行ってから、学校でもたまに話すようになったのだけど。まさか、こんなところでバッタリ会っちゃうなんて!「もしかして梶間さんも、おうちの人のおつかい?」「う、うん。そうなんだ。ということは、三上さんたちも?」「あたしは、カナエの買い物の付き合いだよ」『カナエ』とは、安井さんの下の名前。「ところで、梶間さんの隣にいる人
「ねえ、久住くーん。一緒に帰ろうよ〜」私が黙々と掃き掃除をしていると、女の子の甘ったるい声が耳に入ってきた。そちらに目をやると、校門へと向かって歩く藍が、女の子に言い寄られているのが見えた。藍、ほんとよくモテるな。さすが、人気モデル。あんなにモテる藍が、私のことを一途に好いてくれているなんて。何だか変な感じ。藍の幼なじみじゃなかったら、今頃私は彼に近づくことすらできなかったのかな。それどころか、久住家での同居も藍に恋愛対象として見てもらうことも、なかったのかもしれない。そう思うと、ほんの少し切ない気持ちになった。「ねぇねぇ。梶間さんは、どんな男がタイプ?」「……」「答えないってことは、もしかして俺みたいなヤツとか?」「……」無視するのは良くないって、分かっているけど。女の子に声をかけられている藍を見ていたら、陣内くんに返事をする気にはなれなくて。「ちょっと、梶間さん。俺の話、聞いてる?」「っ!?」陣内くんに突然、耳を引っ張られてびっくりする。「もう!陣内くんったら、耳引っ張らないでよ」ただでさえ私は、昔から耳が弱いのに……!「ごめんごめん。だけど、梶間さんが全然返事してくれないから……」「あっ、理仁くんだ。やっほー」陣内くんと話していると、彼に声をかけてきた人が。陣内くんと似た系統の、ギャルっぽい見た目の女の子。理仁くん……そっか。今更だけど、陣内くんの下の名前は理仁っていうんだった。「理仁くん、何やってるの?掃除?」「そう。俺、えらいでしょー?」「うん、えらーい。さっすが、理仁!」ギャルっぽい見た目の女の子が、他にも数人、陣内くんの周りに集まってきた。「へえ。陣内くんって、意外と女の子から人気あるんだ」「うん、そうだよ?」しまった。心の中で呟いたつもりが、声に出ちゃってた。「ほら。俺って、日本とアメリカのハーフで、この通りイケメンだし?」「あはは」私は、思わず苦笑い。自分でイケメンって言うなんて……もしや陣内くんって、ナルシスト?「まあ、俺が今一番モテたいって思ってる子には、全然モテなくて困ってるんだけどね〜」「へー。それは大変だね」「ふはっ。ほーんと梶間さんって、相変わらずだなぁ。まあ、そういうところが良いんだけど」んん?陣内くんに首を傾げつつ、私はホウキを持つ手をせっせと動かすのだった。
「ああ、暑くて脱いじゃったみたい……」「もう!暑いからって、脱がないでよね!」私の心臓、さっきからずっとバクバクしてる。「何だよ、そんなに焦って。萌果、俺の裸なんてもう何回も見てるじゃない」くいっと唇の端を上げた藍が、わざと私に近づいてくる。「そ、それは子どもの頃の話でしょう!?誤解されるような言い方しないで。それと、早く服を着て!」「うおっ!」私は畳の上に脱ぎ捨てられていた藍のスウェットを拾い、藍の顔を目がけて投げつけた。そして、慌てて和室から出ていく。もう、藍のバカ!朝からドキドキさせないで……!**放課後。「おーい、梶間。ちょっといいか?」この日の授業が終わって帰ろうとしていた私は、担任の先生に呼ばれた。「何でしょうか?」「梶間って確か、帰宅部だったよな?」「はい」「それじゃあ、このあと時間あるか?」「あっ、はい。大丈夫ですけど」先生、もしかして何か用事とか?「悪いんだが、昇降口の掃除当番を頼んでもいいか?美化委員の松岡、熱出して早退しただろ?」美化委員会は週に1回、校内の清掃がある。私のクラスで女子の美化委員は松岡さんなんだけど、午前中に急な体調不良で早退したから。「他のヤツにも声をかけたんだが、放課後はみんな塾や部活があるみたいで。代わりが見つからず、困ってるんだよ」「分かりました。そういうことなら」先生の言うとおり、私は帰宅部で。このあとは、真っ直ぐ家に帰るだけだから。「ありがとう。それじゃあ、よろしく頼むよ」「はい。任せてください」掃除当番を引き受けたのは良いものの、男子の美化委員って誰だったっけ?「おい、陣内。今日は逃げずにちゃんと、掃除して帰れよ?お前、美化委員なんだから」「はいはい。分かってますって、先生」えっ、ちょっと待って。男子の美化委員って、陣内くんなの!?先生と陣内くんの話が聞こえた私は、思わず固まってしまう。「早退した松岡の代わりに、梶間に掃除当番を頼んでおいたから」「え、梶間さんに!?」「ああ。だから陣内、梶間に迷惑かけるんじゃないぞ?」「はいっ。俺、頑張りまーす!」先生に元気よく返事をすると、陣内くんがこちらを向いてニヤリと微笑んだ。「よろしくね?梶間さん」「う、うん。こちらこそ……」陣内くんの微笑みに、私は先生から掃除当番を引き受けたことを早くも後悔し
ゴロゴロゴロッ……!!「きゃあっ!」地割れのような音が響き、私は思わず藍の背中に腕をまわしてしがみついた。「怖い。怖いよ、藍……っ」今度は強がったりすることなく、ちゃんと本音のまま話す。「大丈夫だよ、萌果ちゃん。俺がいるから」藍が、より一層私を強い力で抱きしめる。藍と真正面から隙間なくぴったりとくっついて、ドキドキするけれど。藍と、触れ合っている部分が温かくて。こうして藍に抱きしめられていると、すごく落ち着く。「大丈夫、大丈夫」私を抱きしめながら、もう一方の手で私の背中をポンポンと優しく叩いてくれる藍。心地よいリズムで繰り返されるそれが、私により一層の安心感を与えてくれた。昔は、藍も私と同じように雷を怖がって泣いていたのに……いつの間に、こんなにも強くなったの?藍がこうしてそばにいてくれるだけで、心強いって思う日が来るなんて……。「ねぇ、藍。今夜は、ずっとそばにいて?」気づいたら私は、そんなことを口にしていた。私が離れないとばかりに藍を抱きしめる手に力を込めると、藍も私を逞しい腕でぎゅっと抱きしめ返してくれる。「うん。俺は、萌果ちゃんから離れないよ。今夜はずっと、一緒にいるから」それから私たちは布団の上で抱き合ったまま、夜を過ごすのだった。︎︎︎︎︎︎**翌朝。──ピピピッ、ピピピッ。「ん〜っ」いつものスマホのアラームの音に、目が覚めた。少し開いた窓からは、うっすらと日差しが差し込んでいる。「もう朝かぁ……」重たい瞼をなんとか持ち上げ、少し見慣れてきた天井を見つめて伸びをすると、腕が何かに当たった感触がする。「……え?」そちらに目をやった瞬間、私は硬直してしまう。まだおぼろげな視界に飛び込んできたのは、なんと裸で隣に眠る藍だったから。「き、きゃーーー!!」私が叫びながら後ずさると、藍が目をこすりながら体を起こした。え、え!?ど、どうして藍が、私と同じ布団に!?「おはよう、萌果ちゃん」眠たげな顔でこちらを見て、ふにゃりと笑う藍。「お、おはよう……」状況をまだ理解できないながらも、とりあえず挨拶だけは返す。「ふふ。萌果ちゃん、朝から可愛い」甘く微笑んだ藍が距離を詰めて、滑らかな指先で私の頬をつうっと撫でる。不意打ちのスキンシップに、鼓動が大きな音を立てた。「ねえ。おはようのキスして?」「キ
「えっと、藍……だよ」「え?」「私は……さっきテレビで藍を見て、かっこいいって言ってたの」勇気を振り絞って言ったものの、藍を直視できず、私はふいっと彼から顔をそらしてしまう。「うそ、まさかの俺!?えー、やばい。めっちゃ嬉しいんだけど」たちまち笑顔になった藍が、くしゃくしゃと私の頭を撫でてくる。「萌果ちゃんが、俺のことをかっこいいって言ってくれるの、初めてじゃない?」「そうだっけ?ていうか藍、かっこいいなんて言葉、他の人にもたくさん言われてるでしょ?」「そんなの、萌果から言われるのが一番嬉しいに決まってる」「へー。そうなんだ?」私がかっこいいって言ったくらいで、大袈裟なくらいに喜んでいる藍。そんな藍のことが、なぜだかとても愛おしく思えてしまった。なんだろう。調子狂うなぁ。「さっ、さあ。23時過ぎたし、明日も学校だからそろそろ寝ないと」私は、ソファから勢いよく立ち上がった。そのとき。ザーッと、窓の外から音がすることに気づいた。そっと、カーテンを開けて見てみると。「うそ。雨……」いつの間にか空からは、滝のような雨が降り注いでいた。──ゴロゴロゴロ!!「ひっ!」遠くのほうで雷が鳴って、肩がビクッと跳ねる。「萌果ちゃん、もしかして雷が怖いの?」「まっ、まさか〜!子どもじゃあるまいし、雷なんて全然怖くないよ」ほんとは子どもの頃から今もずっと、雷は苦手だけど。高校生にもなって雷が怖いだなんて、さすがに恥ずかしくて。つい、強がってしまった。ましてや、昔からずっと弟のような存在に思っていた藍の前で、本当のことなんて言えるわけない。「それじゃあ、おやすみ藍!藍も早く寝るんだよ?!」早口で言うと、私は逃げるようにリビングを出て行った。まあ、雨も雷もそのうち止むでしょう。そう思いながら和室に戻ると、私は部屋の電気を消して、急いで布団に潜り込む。──ザーッ!だけど、外の雨音がうるさくてなかなか寝つけない。しかも……。──ゴロゴロゴロッ!!「ひゃあ」雷は止むどころか立て続けに鳴っていて、その度に私の体は震え上がる。布団の中で丸まり、両耳を手で塞いでいても雷の音が聞こえてくる。うう。この歳になっても、雷はやっぱり怖い。雷、早くおさまって……!だけど、私の気持ちとは裏腹に雷の音はどんどん大きくなっていく。窓の外で、ピカ
「やばい。これ、めっちゃ美味いよ!」藍の言葉に、ホッとする。「お店の味にも負けないくらい、美味しい」「お店の味って!藍ったら、ほんとお世辞が上手なんだから」「俺、お世辞とか言わないし。全部、本当に思ってることだよ」え?「自分の好きな子が、一生懸命作ってくれた。それだけで、俺にとっては最高のご馳走になるんだから」藍のニカッと明るい笑顔がまぶしくて、頬が熱くなる。︎︎︎︎ていうか藍、さらっと『好きな子』って言ってくれた……。私の胸が、キュッとなる。「俺、萌果の手料理が食べられて、ほんと幸せだよ」「藍……ありがとう。チャーハン、まだおかわりあるからね」「まじ!?それじゃあ、お願いしようかな」それから藍は、おかわりのチャーハンも美味しいと言いながら、きれいに完食してくれた。藍、まさかあんなに喜んでくれるなんて。ご飯、頑張って作って良かったな。**夕食後。私が洗い物をしようと、キッチンのシンクの前でスポンジを手にしたとき、藍がやって来た。「萌果ちゃん。夕飯を作ってくれたお礼に、あと片づけは俺がやるよ」スポンジを持った手を藍に掴まれ、肩がぴくっと跳ねる。「えっ、いいよ。居候させてもらってるんだし、洗い物は私がやるから」「そんな遠慮しないで。たまには、俺に任せてよ」腕まくりした藍が、笑いかけてくれる。「萌果ちゃんは、先にお風呂入ってきて」「ありがとう。それじゃあ、お願いしようかな」「うん。ごゆっくり〜!」藍にニコニコと手を振られ、私は洗面所へと向かった。* *お風呂から上がった私は今、リビングのソファに座ってテレビを観ている。「あっ。藍だ……!」バラエティ番組の途中でCMが入り、テレビ画面に藍の顔がアップで映った。太陽の下、ゴクゴクと美味しそうに清涼飲料水を飲んだ藍が、爽やかな笑顔を見せている。「は〜、かっこいいなぁ」藍は、去年からこの清涼飲料水のCMキャラクターを務めている。去年新発売したこの清涼飲料水は、藍が出演するCMが放送されるやいなや、“あの爽やかイケメンは誰だ”とSNSを中心にたちまち話題になり、一時は商品が売り切れ続出したらしい。藍が沖縄で撮影したCMって、もしかしてこれの新しいやつなのかな?「ああ、ほんとかっこいい……」口から無意識にこぼれる言葉。藍は小さい頃も可愛かったけど、今はほんとイケ
「円山さん、いいなあ。ねえ、梶間さん。俺にはくれないの?俺も甘いもの、めっちゃ好きなんだけど!」俺には?って。陣内くんとはクラスメイトだけど、特に仲が良いって訳でもないんだし。何だかちょっと厚かましいな。私が買ったものならまだしも、これは藍からもらったお土産だし。だけど……「……はい」悩んだ結果、私はあとで食べようとブレザーのポケットに入れていたちんすこうを、陣内くんに一つあげた。陣内くんのことだから。渡すまで、しつこく付きまとわれそうだったから、仕方なく。「やった。梶間さん、サンキュー」私からちんすこうを受け取ると、陣内くんは満足そうに微笑み、歩いていった。**数日後。「ただいま帰りましたー!」夕方。学校から帰宅すると、橙子さんがリビングで大きめのバッグに荷物を詰め込んでいた。どうしたんだろう。何だか、急いでるみたいだけど……。「あっ。萌果ちゃん、おかえりなさい」「ただいまです。あの、どうかされたんですか?」「それがね……」バッグから顔を上げた橙子さんが、困ったように眉根を下げた。「夫が、過労で倒れちゃったみたいで……」「ええ!?それは、大変ですね」橙子さんによると、関西に単身赴任中の藍のお父さんが、働きすぎによる過労で倒れてしまったらしい。「あの人は大丈夫だって言うけど、さすがに心配だから。一度、様子を見に行こうと思って」「はい」家族が倒れたって聞いたら、誰だって心配だよ。藍のお父さん、何ともないと良いな。「そういう訳で、今夜は家に帰れないから。萌果ちゃん、悪いけど……藍とふたりで仲良くやってくれる?」「はい……って、ええ!?」うそ。私が藍と、この家でふたりきり!?「ほんとにごめんね。明日の夜には、帰れると思うから……」「ただいまー」私と橙子さんが話していると、藍が帰ってきた。「どうしたんだよ、母さん。荷物なんか詰めて」「おかえり、藍。実はね……」橙子さんが、さっき私に言ったのと同じことを藍にも伝えた。「倒れたって、まじで!?父さんは大丈夫なの!?」「お母さん、様子を見てくるから。今夜は、萌果ちゃんとふたりだけになるけど……」「分かった。俺に任せといて。この家も萌果のことも、俺がしっかりと守るから」藍が、ポンと胸を叩いてみせる。「昔は泣き虫だったのに。藍も言うようになったわね〜。というわけ
日曜日のお昼。今日は藍が、沖縄から帰ってくる日。──ピンポーン。燈子さんは今出かけていていないので、私がリビングでお留守番していると、家のチャイムが鳴った。もしかして、藍かな?「はーい」私が玄関のドアを開けると、案の定そこには藍の姿が。「ただいま、萌果ちゃん」「おかえり、藍」私を見てニコッと微笑むと、藍が家の中に入ってくる。「家に帰ってきて、大好きな萌果ちゃんが『おかえり』って出迎えてくれるなんて。すごく幸せだなあ」帰ってきて早々、藍の甘い言葉に胸が小さく跳ねる。「藍、疲れたでしょう?お昼ご飯は?もしまだなら、先に食べ……」玄関からリビングに移動した途端、私は藍にいきなり抱きしめられてしまった。「お昼ご飯よりも先に、萌果ちゃんがいい」「え?」藍に抱きしめられながら耳を食まれ、思わずぴくんと身体が跳ねる。「ど、どうしたの?急に……」「充電が切れたから。まずは、萌果ちゃんをしっかりと充電しなきゃ」充電って……。そういえば、藍が沖縄に行く前にも『萌果を充電させてくれない?』って言われて。学校の空き教室で、藍にキスやハグを沢山されたんだったっけ。そのことを思い出した私は、顔が熱くなる。「萌果ちゃん、会いたかったよ」私を抱きしめる藍の手に、力がこもる。「わ、私も……会いたかった」って。何を言ってるんだろう私。でも、この家で燈子さんと初めて二人だけで夕飯を食べたとき、藍がいなくてなぜか無性に寂しくて。藍に会いたいって、思ったから。「ふーん。そっかそっか」藍のほうを見ると、ニヤリと意味ありげな笑みを浮かべていた。「萌果は、俺がいなくて寂しかったんだね」「そっ、それは……」私は藍から視線を外して、目を泳がせる。「なに?俺は、萌果と2日離れてただけでもめちゃくちゃ寂しかったけど。萌果ちゃんは、違ったの?」藍の顔がこちらに近づき、吐息がかかる距離で見つめられる。「……しかったよ」「え?」「藍と会えなくて、私も寂しかった」恥ずかしさを堪えて、正直に言ってみた。「萌果ちゃん!」すると、さっき以上に藍に力いっぱい抱きしめられる。藍……く、苦しいよ。「俺と会えなくて寂しかったって。それってもう、萌果ちゃんが俺のことを好きって言ってるようなものじゃない?」「はい!?どうして、そうなるの?違うから!」「ふふ。素直じゃな
『えっと、実は……陣内くんに、放課後遊びに行こうって誘われて……』「は!?」陣内……その名前を聞いた途端、一瞬で頭に血が上る。「もしかして萌果ちゃん、陣内と遊びに行ったの?」『まさか!行ってないよ。誘われたけど、どう断ろうかと私が困ってたら、柚子ちゃんが横から助け舟を出してくれて……』「そう」行かなかったと聞いて、ホッとする。“柚子ちゃん”って確か、俺たちと小学校から一緒だった円山さんだっけ?「円山さんって、いい人だね」「そうなの!柚子ちゃんは、いつも優しくて。ほんとーに、可愛くていい子なんだよね」円山さんのことを嬉しそうに話す、萌果が可愛い。つーか、可愛くていい子なのは萌果もじゃん。「そっか。沖縄のお土産、いっぱい買って帰るね」円山さんにもお礼として、何か買って帰ろう。『ありがとう。電話してから、1時間近くなるし。そろそろ寝よっか?』萌果に言われて腕時計を見ると、時刻はもうすぐ深夜2時になろうとしていた。萌果と話してると、時間なんてあっという間に過ぎてしまう。「ごめんね。長い間、電話に付き合わせてしまって」『ううん。寝る前に、藍の声が聞けて良かったよ。それじゃあ、おやすみ』「おやすみ」萌果との通話を終えると、俺はごろんとベッドに横になった。そして、真っ暗になったスマホの画面をしばし見つめる。ああ……萌果の声を聞いたら、余計に会いたくなってしまった。しかも『寝る前に、藍の声が聞けて良かった』って、めちゃくちゃ嬉しいこと言ってくれてたし……やっばい。俺は、口元を手で覆う。一刻も早く東京に帰って、萌果に会いたい。会って、真っ先に萌果をハグしたい。萌果を俺の腕のなかに閉じ込めて、誰にも渡したくない。もちろん、陣内ってヤツにも……。俺は、拳をギュッと握りしめる。陣内……最近、学校でやたらと萌果に付きまとってるのを見かけるけど。明らか、萌果に気があるよな。俺が芸能科のせいで、今年も来年も萌果と同じクラスになれないのが辛い。萌果は可愛いから、陣内が口説きたくなるのも分からなくはないけど。昔から萌果の魅力を知っていて、彼女のことがずっと好きな俺だからこそ、他の男の動向には特に敏感になる。陣内、要注意人物だな。俺も幼なじみだからって、萌果と同居してるからって、のんびりしていられない。萌果に好きになってもらえるよう、
「ねぇ、萌果(もか)ちゃん。俺も男だってこと、ちゃんと分かってる?」「え?」開いたカーテンから、オレンジ色の光が射し込む部屋。唇が触れ合いそうな至近距離で、妖艶な笑みを浮かべているひとりの男子。私の幼なじみで、今をときめく超人気モデルの久住 藍(くすみ らん)。私は今、幼なじみの藍の部屋のベッド上で彼に抱きしめられている。「もしかして、俺に襲って欲しくてここに来たの?」「ひゃっ……」背中に回されていた手がそっと腰へ下りていき、思わず声が漏れる。「ふふ、可愛い声だね。もっと聞かせてよ」今、目の前にいるのは……一体だれ?藍は私にとっては、ずっと弟みたいな存在で。昔は泣き虫で、いつも私のあとをついてきて。決して、こんなことを言ったりする子じゃなかったのに……!ことの始まりは、今から1ヶ月ほど前に遡る。*高校1年生の3月上旬。「実はな、この春から東京への転勤が決まったんだ」夕食後。自宅のリビングで家族3人でお茶していると、お父さんが突然そんなことを口にした。「えっ、転勤!?」予想外の言葉に私は、手に持っていたクッキーをうっかり落としそうになる。転勤ってことは、学校を転校するってことかあ。せっかく仲良くなれたキコちゃんたちとも、離れ離れになっちゃう。「……」「どうした?萌果。嬉しくないのか?東京に戻れるんだぞ?」私が黙りこんでしまったからか、向かいに座るお父さんが心配そうな顔でこちらを見つめてくる。私たち家族は、元々東京に住んでいたのだけど。今から5年前。お父さんの働く会社が、新たに福岡に支店をオープンさせることになったため、お父さんが東京の本社から異動になりこの地にやって来た。生まれてから11年間ずっと東京で暮らしていた私は、慣れない九州の土地に最初は戸惑ったけれど。キコちゃんやミチちゃんという仲の良い友達もできて、5年間それなりに楽しくやっていた。だから、離れるとなるとやっぱり寂しい。「ねぇ、萌果。東京に帰ったら、久しぶりに藍くんにも会えるじゃない」お母さんの言う『藍くん』とは、東京にいた頃に家の近所に住んでいた幼なじみの男の子。「まあ、そうだけど……」私には、幼なじみの藍との再会を素直に喜べない理由がある。...
Komen