入江紀美子は森川晋太郎の傍に最も長くいた女だ。 全帝都の人間は、彼女が森川家の三番目の晋樣のお気に入りだと知って、少しでも冒涜してはいけないと思っていた。 しかし、紀美子は自分が晋太郎の憧れの女性の代わりだと分かっていた。 彼がやっとその憧れを見つけた日には、彼女をゴミ同然に捨てた。 紀美子は全ての希望を失い腹の中の子と共に家出するを出ていくことを選んだ。 しかし男は選択を間違えた。まさか自分が十何年もかけて探していた憧れの女性が、すぐそばにいたなんて…
View More「その顔色、まさか不治の病にかかったんじゃないよね?」エリーは唇を曲げて冷笑した。「心配しないで。あんたが生きてる限り、私は先に死ぬことはないわ」入江紀美子は彼女を冷たく見つめ返して言った。「自信満々じゃない」「あんたよりはあるわ」紀美子はそう言うと、階下へと歩いて行った。彼女はできるだけ歩みを遅くし、一歩一歩、自分が弱々しくて歩けないように見せかけた。階下に着くと、紀美子はすぐにテーブルについた。食べ始めてすぐ、彼女は口を押さえて激しく咳き込んだ。珠代はその音を聞きつけ、すぐに台所から出てきた。彼女が紀美子のそばに来て大丈夫か尋ねようとしたところ、紀美子の手のひらに鮮やかな赤い血がついているのが見えた。珠代はすぐに状況を理解し、エリーの姿が目に入ると、わざと驚いたふりをして息を呑んだ。「入江さん、あなた血を吐くなんて!」紀美子は急いで立ち上がり、トイレに向かった。「大げさに騒ぐな」その状況を見て、エリーは珠代の前に来て言った。「エリーさん、もうやめましょう。こんなことを続けたら人殺しになってしまいます!」珠代は焦った声で言った。「私が焦っていないのに、あんたが焦る必要はないでしょう?」エリーは淡々と反問した。「あんたはただ責任を問われるのが怖いだけでしょう?」珠代は何も言わなかった。「彼女の状態では病院に行っても何も検査できないと言ったでしょう。私に協力してくれれば、影山さんもあんたを責めることはないわ」エリーは冷静にテーブルに座って言った。「でも、私は人を殺したことはありません……」「命なんて何の価値があるの?」エリーは珠代を見つめて言った。「この世に残すべきでない人は早く始末すべきよ。」珠代は深くため息をつき、台所に戻った。暫くして、紀美子がトイレから出てきた。彼女は青白い顔をして再びテーブルにつき、無理に食べようと苦しそうな様子を装った。「食べられないなら食べるな。食べ物を無駄にするだけだ」エリーはそれを見て嘲るように言った。「お腹がいっぱいになれば、病院に行く力が出るわ」紀美子は手を止めて言った。「這って行け。私には関係ない」エリーはそう言いながら、ゆっくりとパンを口に運んだ。紀美子は彼女を無視し、黙々と食
「つまり、給料をあげてほしいの?それとも……」入江紀美子は、竹内加奈の話には裏があるように聞こえた。「違います、社長!そんなこと滅相もありません!」佳奈は慌てて紀美子の話を打ち切った。「この薬は危険なものだと分かっています。私は一人っ子ですし、金の為に自分の人生をかけるつもりはありません。しかも、私が帝都に来たばかりのころ、信頼してくれて秘書長を任せてくれたのは、入江さんでしたし。その恩は絶対に忘れません。これを杉浦副社長に使えと言われましたけど、杉浦さんだって優しく接してくれましたし」紀美子は彼女がそこまで正直な人だと思わなかった。やはり自分は人を見る目があった。「明日会社に来たら、それを私に渡して」「分かりました」電話を切り、紀美子は商談相手と雑談をしている佳世子を眺めた。佳世子の近くに行き、紀美子は彼女の肩を軽く叩いた。「ちょっと、いい?」「うん」佳世子は返事して、紀美子と共に相手に断りを入れて個室を出た。二人で空いている個室に入ってから、紀美子は佳奈の報告の内容を佳世子に教えた。それを聞いた佳世子の怒りは爆発した。「クソ女が、よくもそんな話を持ちかけてきたわね。卑怯すぎるわ!!」佳世子は藍子を罵った。「で、あんたはこれからどうするつもり?」「どうするって?」佳世子は息を荒くして言った。「そのままやり返すに決まってるでしょ!!」紀美子は微かに眉を顰めた。「もしかしてあんたはその薬剤を彼女に使うつもり?」「うん、彼女にも子供を失う辛さを味あわせたいわ!今がいいチャンスよ。このチャンスを見逃したら、将来きっと後悔する!」「佳世子、もしそれがバレたら、あんたまで捕まるのよ……」紀美子は心が痛んで佳世子を見つめた。「何で捕まるの?」佳世子は聞き返した。「その薬剤は彼女が用意したものでしょ?」「そうだけど」「彼女の自業自得よ?何で私が捕まるのよ」佳世子の分析を聞き、紀美子は急に釈然とした。藍子がやらかしたことだ。彼女にその代価を払わせるべきだ。「分かった、この薬剤を石守さんに渡しておいて。彼女にやってもらうわ」「そうしよう」その夜の会食を終えた後、紀美子は石守菜見子を呼び出した。紀美子は薬剤を菜見子に渡すついでに、薬剤の
竹内加奈は、紀美子の話から、加藤藍子は決してろくな人間ではないと感じていた。そのため加奈は、藍子を見て、こっそりと用意していた録音装置の電源を入れてから口を開いた。「何をやってほしいの?」「竹内さんって、思ったよりせっかちなのね」藍子は笑みを浮かべて言った。「正直、あんたが提示した条件は美味しいの」佳奈は藍子の話に合わせた。「誰でもこの帝都に足場を固めたいものよ。私もその一人」「話が早くて助かるわ」佳奈の話を聞き、藍子は笑みを浮かべて言った。「富を追い求めるのは、人間の本能だから」佳奈も意味深く笑みを浮かべた。「頼みたいことは一つだけよ。それを毎日こなしてくれれば、毎週300万円の報酬を払うわ」その金額を聞き、佳奈は驚いて目を大きく見開いた。300万円って!自分の給料でも月40万円なのに、毎週300万円をくれるなんて!一か月で1200万円稼げるじゃない!佳奈の表情の変化を見て、藍子は彼女が自分の要求をこなしてくれると確信した。「一か月であんた普段の2年分よりも多く稼げるわ。引き受けてくれるかどうかはあんたの判断に任せるわ。あんたがやらなくても、他はたくさんいるのよ」「まずは仕事の内容を教えてくれる?」佳奈は眉を顰めながら言った。藍子は一本のラベルを剥がしておいた薬剤をテーブルの上に置いた。「これを、毎日杉浦佳世子の飲み物に5mlを入れるだけ」研究院の方からは「毎日多くても2mlで十分人体に大きなダメージを与えられる」と忠告されているが、待てなかった。彼女は佳世子を1日でも早く痛みで苦しめたかった。今後自分の邪魔にならないように!「それって何?」佳奈は薬剤を見て尋ねた。「中身を知る必要はないわ。ただ言われた通りにやってもらえばいいの」佳奈は躊躇った。藍子は佳奈の心配を分かっていた。彼女は少し離れた天井の防犯カメラを眺めながら言った。「安心して。何かあれば、私も共犯者だから。あんたは、私がどんな身分なのか知っているはずよ。自分の身分と地位をかけて危険を冒すと思う?」「本当に毎週300万円もらえるのね?」「もちろん」藍子はそう言って、鞄から一枚の小切手を出し、佳奈に渡した。「とりあえずこの300万、あんたが引き受けてくれれば、前払
入江紀美子の驚いた表情を見て、杉浦佳世子は慌てて尋ねた。「どうしたの?何でそんな顔をしてるの?」紀美子はぼんやりと佳世子を見た。「藍子が妊娠した」「そっか」佳世子は適当に返事した。しかし数秒後、佳世子の表情も固まった。「何?藍子が妊娠?」「そう、彼女が妊娠したの」紀美子は佳世子の反射神経の鈍さに呆れ、無力に答えた。「まさか妊娠したなんて……」佳世子の顔色が段々悪くなってきた。「佳世子、何かしたいの?」紀美子は心配して佳世子の顔を見て尋ねた。佳世子の声は冷たくなった。「何とかしたいけど、彼女との間には塚原がいるから、何もできない!今後はもっと落ち着いて計画を立てる必要があるわね。こんなに辛抱してきたんだから、もう少し待つことになっても構わないわ」もしチャンスがあったら、彼女は藍子に子供を失う苦しみを味わわせてやりたいと考えていた。子供は無実だなんて言っていられなかった。自分の子供だって無実だったのに藍子に奪われたのだ。紀美子はため息をついた。「現在の状況から見れば、私は悟を摘発してからでないと藍子に手を出せないわ」「それはもちろん、分かってる」佳世子はイラつきながら答えた。「ところで、私まだちょっと理解できないのよね」「何が?」「塚原はあんたのことが好きなのがわかってるのに、何でエリーがあんたに手を出したことを直接彼に言わないの?」「今はまだその時ではないからよ。エリーは悟の右腕。私に手をだしただけで彼がエリーを殺そうとすると思う?」佳世子は眉を顰めた。「ならばどうするのよ?」「待つの。エリーが完全に悟の信用を失うタイミングをね。その時一気に!」夜。秋ノ澗別荘。藍子は手下を使って紀美子の会社の社員資料を手に入れた。彼女は随分と資料を漁ってから、最終的にとある社員の個人情報に目をつけた。その人は帝都地元の出身ではないうえ、両親も普通の農民だった。藍子は口元に笑みを浮かべ、その資料を手に取った。この人にしよう。苦労をして帝都に進出した人間が、金に貪欲じゃないわけがない。そう考えながら、藍子は資料に書いてある番号に電話をかけた。電話はすぐに繋がった。「もしもし?どちら様ですか?」「こんにちは、竹内加奈さんですよね?
彼とは一回しか性行為をしていない。一発で妊娠することなんてあるのか?加藤藍子はまだ受け止められず、複雑な気持ちになった。「何か特別なことがなければ、妊娠したはずだ」塚原悟は言った。悟にそう冷たく告げられ、藍子は思わず胸が苦しくなった。「もし本当に妊娠したら、どうするの?」藍子は慌てて悟の隣に座り、焦って尋ねた。悟は視線を彼女の腹に落とした。「自分で決めろ」「何が『自分で決めろ』なの?この子はあなたの子でもあるのよ。まさかあなた……欲しくないの?」「そんな意味じゃない。産みたいなら、産めばいい」「じゃあ、あなたは反対しないのね?」藍子はやや安心した。「子供もできたし、結婚式を早めるべきかな?」「株主総会の後にしろ」悟は暫く考えてから言った。「でももしその時お腹が膨らんできたら、ウェディングドレスが台無しじゃない?」「3ヶ月以内ではそんなに目立たないはずだ」悟の眉間に一抹のイラつきが浮かんだ。この時、石守菜見子が外から帰ってきた。「奥様、妊娠検査薬を買ってまいりました」菜見子は薬を藍子に渡した。藍子はそれを受け取り、ドキドキしながらトイレに入った。一通り操作してから、彼女は数分待った。スティックに表示された2本の印を見て、彼女の頭の中は真っ白になった。やはり……子供ができたのか??藍子は再度手を小腹に当てた。自分と悟さんの子供ができたなんて……突然訪れたこの機会に、藍子は全く心の準備ができていなかった。しかし、悟は拒絶しなかった。彼もこの子の為に自分とちゃんと生活していくつもりだと、理解していいのかな?そこまで考えると、彼女の気持ちはやや落ち着いてきた。子供と自分の家庭の為にも、杉浦佳世子と入江紀美子をできるだけ早く消しておかないと!トイレから出て、藍子は検査薬を悟に見せた。悟は暫く沈黙してから、立ち上がって菜見子に指示した。「ちゃんと奥さんの世話をしろ」「かしこまりました、ご主人様」藍子はままだ悟と話をしたかったが、彼は出ていってしまった。彼のその態度を見ても、藍子は余計なことを考えようとしなかった。妊娠したという事実を、もしかしたら悟も自分と同じく、まだ受け止め切れていないのでは?藍子は気持ちを整理してか
「紀美子、ちょっとこの契約書を説明してよ」杉浦佳世子がそれ以上言いたくないのを察して、入江紀美子も話題を変えた。午後2時半。田中晴はケーキを持ってやってきた。二人だけにしてあげるために、紀美子は口実を作って自分の事務所に帰った。紀美子が事務所に戻ってすぐ、吉田隆介から電話がかかってきた。「もしもし」「紀美子、二つの情報が入ってきた。どっちも悪いニュースだ」隆介の声は重々しかった。「どういうこと?」「昨晩、森川貞則が殺された。刃物による攻撃で、一発で心臓を貫かれたらしい」隆介の話を聞き、彼女は脳裏でエリーの姿を浮かべた。確か、昨晩エリーに会った時彼女の顔に傷が残っていた。「じゃあ、二つ目は?」紀美子は焦った様子で尋ねた。「DNA検査の結果によると、確かに塚原悟は貞則の隠し子らしい」「つまり……彼がそんなことをしたのは、MKの責任者のポストを奪うためだと?」「そう解釈できるかもな」隆介は言った。「あと、もう一つ調べたんだが、どうやら貞則は悟と晋太郎、次郎以外に、もう一人息子がいるようなんだ」「うん、確かにもう一人いるわ」「そいつが失踪した。警察がそいつに連絡してみたらしいが、繋がらなかったようだ。最近の動向も掴めないらしいんだ。それどころか、銀行口座の記録もなく、最新の履歴が2か月以上前らしい」「まさか悟がその人まで消したっていうの?」紀美子は手が震えた。「その可能性はゼロではない。一体彼は何人殺したんだ」紀美子は背筋がゾッとした。悟にはしょっちゅう会っているが、そんな殺人鬼がよく今まで自分を生かしてくれたものだ。「隆介さん、そこまでわかっても例の計画を進めるつもりなの?」紀美子は尋ねた。「もちろんだ」隆介は答えた。「あんなやつ、この世界に生きている資格はない。罪が重すぎる」「分かったわ、隆介さん。ありがとう」「そんなよそよそしいことは言うな。まだ処理しなければいけないことがあるから、また後で」「分かったわ」……一週間後。秋ノ澗別荘。加藤藍子は顔を洗ってから朝食をとるために一階におりた。悟はまだ会社に行っておらず、まだテーブルについていた。藍子が来たのを見て、彼は最後の一口の牛乳を飲んで立ち上がった。「もう会
同僚たちに囲まれながら、入江紀美子は杉浦佳世子を露間朔也が使っていた事務所に連れてきた。ドアを開けると、事務所はきれいに掃除されており、朔也が使っていたものは皆そのままだった。紀美子と佳世子の眼底には悲しい気持ちが露わになった。「社長、ご指示がなかったので秘書達は露間さんの事務所をそのままにしておいたようです。申し訳ございません。社長を余計に悲しませたくなく、社長の前では露間さんのことをできるだけ口にしないように気をつけていました。露間さんの事務所を埃かぶりにしないように、私達は毎日掃除をしています」竹内加奈がやや気まずそうに説明した。紀美子は感動して佳奈に笑顔を見せた。「よくやってくれた。こうしていると、まるで朔也がまだここにいるみたい」佳奈は心配そうに佳世子を眺めた。彼女の視線を感じた佳世子は口を開いた。「大丈夫よ。朔也は私達二人の親友だから、彼のものはそのままにしておいて。私も特に置きたいものはないから、このまま使わせてもらうわ」佳奈は頷いた。「分かりました、佳世子さん。コーヒーを入れてきますね」佳奈が出て行ったあと、紀美子と佳世子は一緒に事務所に入り、ソファに腰を掛けた。「彼の最期を見届けられなかったなんて……」事務所の中を見渡しながら、佳世子は残念そうに言った。「私も同じよ、佳世子。後で予定を合わせて、一緒にS国に朔也の墓参りに行こう」「彼の遺体はもうS国に送り返されたの?」佳世子は尋ねた。「骨壺が、ね」紀美子は答えた。「私もまだ、詳しく叔父様に聞けてないの」「うん、時間があったら一緒に会いに行こう」午後。紀美子が佳世子を連れて会社の部署を回っている時、彼女の携帯が鳴った。発信者の名前を見て、紀美子はすぐ電話に出た。「入江さん」電話から石守菜見子の声が聞こえてきた。「塚原の別荘の使用人に採用されたわ」「もう?」紀美子は少し驚いた。「うん。あの加藤さんがすぐに決めたわ。最終的に3人を残した」「3人もいるなんて、あんた、都合が悪くない?」紀美子は眉を顰めて尋ねた。「それはどうにかする。報酬分はしっかりとこなさせてもらうわ」「いつ別荘に入るの?」「明日の朝から」「分かったわ。あんたの情報を待ってるから、必ず漏れなく報告し
「手慣れてるようね」入江紀美子は軽く笑いながら言った。「報酬が早く必要なの」石守菜見子は答えた。「分かったわ。あんたが審査に通れば、これから毎月の月初めと月末に金を払ってあげる」「分かった、また連絡する」「それって、相手はオッケーしてくれたってこと?」紀美子が電話を切った後、杉浦佳世子は尋ねた。「うん。でも彼女、毎月50万円欲しいって」「はっ?」佳世子は思わず吹いてしまった。「ぼったくりだわ!」「彼女の能力は報酬に見合っているはずよ。こんな金額を要求できるってことは、それなりの経験があるはずだから」「それもそうだけど……」佳世子は納得したようだ。「ご馳走様でした。もう帰ろう!明日あんたの会社に行くわ」「うん」紀美子も一緒に立ち上がった。佳世子を送ってから、紀美子は一人で別荘に帰った。玄関に着くと、丁度戻ってくるエリーが見えた。エリーの顔についていた傷を見て、紀美子は戸惑って眉を顰めた。余計なことは聞くつもりがなかったため、紀美子はそのまま別荘に入った。エリーは紀美子が入ったのを見て、後を追った。部屋に戻ってから、エリーは携帯で塚原悟に電話をかけた。電話はすぐに繋がった。「影山さん、森川貞則のこと、処理しました」「うん、よくやった」「影山さんは私の命の恩人です、影山さんのご指示とあらば何でもします」「警察に気づかれなかったか?」エリーは鏡越しに自分の顔の傷を見ながら、深呼吸をした。「気づかれましたが、奴らは私の顔が見えていないはずです」「出来るだけ早く警察側の監視カメラの録画データを消せ」「分かりました」エリーは肩と耳で携帯をはさみ、メモを取りながら答えた。電話を切った後、エリーは素早くパソコンを開き操作した。自分の姿が映った警察側の録画データを見つけだし、彼女は迷わずクラッシャーウィルスを発動させた。全ての操作を済ませた後、エリーは顔の傷に手を当てた。昨日の午前、影山さんが急に、どうにかして森川貞則を完全に排除するように命じてきた。株主総会までに、自分が必ず理事の座に着くように万全の準備をしなければならないとのことだった。貞則には、後々また余計なことを起こす可能性がある。その処理のために彼女は、今日このような
メッセージを読んだ入江紀美子はすっと身体を起こした。うっかり渡辺瑠美がずっと塚原悟を監視していたのを忘れるところだった。瑠美がこのどうしようもない状況の突破口を見つけてくれた。紀美子は慌ててメッセージを返した。「瑠美、どうにかして使用人を一人送り込んでくれない?」杉浦佳世子はぼんやりとした表情で紀美子を見つめた。「何が書いてあったの?」紀美子は瑠美の話を彼女に教えてやった。「まさか、彼女まだ悟を監視しているの?」佳世子は驚いて尋ねた。「命が危ないじゃない」「瑠美はかなり用心しているから心配ないわ」紀美子は言った。その時、瑠美からの返信を受け取った。「また無理な要求を」「今はあんたしか頼れる人がいないの。お願い、瑠美」「別荘の使用人を買収できたんじゃないの?その人には、きっと助けになってくれる知り合いがいるはずよ。私は悟の監視で手一杯だから、もうこれ以上仕事を増やさないで!」瑠美のアイデアを聞いて紀美子はいいことを思いついた。「分かったわ、ありがとう」そうメッセージを返信してから、紀美子は珠代に電話をかけた。電話はすぐ繋がった。「入江さん?」「今、大丈夫?エリーは近くにいない?」「いないわ、入江さん。というか、エリーはあなたについているのでは?」珠代が聞き返してきたのを聞いて、紀美子は眉を顰めた。昨日エリーを見かけなかったけど、彼女は最近何をしているのだろうか?「珠代さん、ちょっとお願いがあるの」エリーのことは一旦置いて置いておくことにして、紀美子は言った。「悟が使用人を募集しているみたいなの。珠代さん、信頼できる人を紹介してくれない?」「そこに監視役を入れたいのね?」「そう」紀美子は簡潔に言った。「とにかく信頼できる人がいるの。お金は問題ないわ」「分かったわ。仲の良い人に声をかけてみるわ」「その人の能力はどう?採用されるような、ポテンシャルが高い人がいいわ」「私よりずっと器用だし、口数も少ない」珠代は答えた。「その人、協力してくれそう?」「大丈夫だと思うわ。話がついたら連絡するね」紀美子は了承してから電話を切った。「どうだった?」隣りの佳世子は慌てて尋ねた。「話はついたの?」「多分問題ないはず。珠代
帝都、サキュバスクラブ。その日は入江紀美子(いりえ きみこ)が名門大学を卒業する日だった。しかし、彼女はまだ家に帰って祝うこともできなかった。薬を飲まされ、実の父親に200万円の値段で、クラブの汚らしい中年男たちに売られたのだ。暗い個室から何とか逃げ出したものの、薬の効果が彼女の理性を次第に奪っていった。廊下では、赤みを帯びた彼女の小さな顔が、怯えた目で迫ってくる男たちを見据えていた。「来ないで、警察を呼ぶから……」先頭に立つ男が口を開き、黄ばんだ歯を見せながら、手に持っている鞭を揺らしながら近づいてきた。「いいぜ、好きなだけ呼んでみろ。警察が来るのが早いか、俺たちがてめぇをぶち壊すのが早いかだな!」「べっぴんさんよ、心配するな、兄さんたちがたっぷり楽しませてやるからな……」紀美子は耳鳴りがし始めた。彼女は父が救いようのないろくでなしだと知っていた。大学に通っていたこの数年、彼女はずっとアルバイトで稼いだお金で生活していて、父からは一銭も貰わなかった。それなのに、まさか父が今、ギャンブルの借金を返す為に娘を人に売ろうとしているとは!紀美子は逃げ出そうとしたが、足の感覚はなくなり、力が抜けていた。床に倒れ込んだ彼女の前で、その男たちはまるで獲物を物色するような目で彼女を見下ろしていた。ちょうどその時、彼女の左前の部屋のドアが開かれた。黒い手作りの革靴が、彼女の視界に映り込んだ。見上げると、そこには男が立っていた。その男の真っ黒な瞳は冴え切った湖の如く、まるで魂を吸い取るような冷たさをしていた。男を見て、彼女は少し安心した。彼女は男のズボンの裾を引っ張り、「お願い、助けて!この人たちに薬を飲まされたの!」と泣きながら助けを乞うた。男は眉を寄せ、冷たい視線で彼女を掠め、一瞬不快感を見せた。彼は身体を屈め、手を伸ばした。「ありがとう……」紀美子は安心して手を伸ばそうとした。てっきり彼が自分を支えてくれると思った。しかしその時、男は彼女の手を振り払い、自分のズボンを握っているもう一本の彼女の手を冷たく払った。MKグループの世界トップ企業の社長である森川晋太郎(もりかわ しんたろう)にとって、同情心という言葉は無縁だった。「晋様!」彼の後ろに立つアシスタントの杉本肇(...
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