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第6話 いつから熱が出たのか

作者: 花崎紬
「うん、聞くわ」

入江幸子は目を開け、天井を見つめて深呼吸をした。

「紀美子、実はあなたは…」

「幸子!」

声と共に、一人の男が入り口から焦った様子で駆け込んできた。

二人が振り返ると、男は既に近くまで来ていた。

その男の体はタバコと酒の臭い匂いを発しており、髭は無造作に生えている。

男は紀美子の反対側に座った。

「どうだった?石原に酷いことをされなかったか?」

「何をしにきたのよ!」

幸子は嫌悪感を露わにして言った。

「また迷惑をかけにきたの?」

入江茂は舌打ちをしながら紀美子を見た。

「紀美子、ちょっと席を外してくれないか?幸子にちょっと話してすぐ帰るから」

紀美子は心配そうに母の方を見たが、幸子は彼女に頷いた。

紀美子はしぶしぶと立ち上がり、厳しい眼差しで茂を見た。

「お母さんを怒らせないで」

茂は何度も頷いて答えた。

紀美子は何度も振り返りながら病室を出た。

病室のドアが閉まった瞬間、茂の心配そうな表情は消えた。

「あのな、あんまり余計なこと喋るなよ」

「もう紀美子を利用させない!」

幸子は目から火が出そうなほどの厳しい表情で、歯を食いしばりながら答えた。

「俺が金をかけて育ててやったんだから、借金の返済くらい、手伝ってもらうのは当たり前だろ?お前が大人しく口を閉じていればそれでいいが、もし何か余計なことを漏らしたら、紀美子に今の仕事を続けられなくしてやるからな!」

「あんた、それでも人間なの?!」

幸子は体を震わせながら拳を握り締めた。

「そうだ、俺は悪魔だ。お前はその口をしっかりと閉じておけ。でないと、何が起きても知らんからな!」

茂はその言葉を残し、振り返らずに病室を出た。

ドアを開け、そこに立っている紀美子を見ると、茂はすぐに顔色を変えた。

「紀美子、お父さんは先に帰るからな!今日の金はお父さんがお前から借りたことにしよう」

それを聞いた紀美子が顔を上げると、茂は返事を待たずに行ってしまっていた。

紀美子がため息をつき病室に戻ろうとした時、ポケットに入れていた携帯がまた鳴り始めた。

森川晋太郎からだ。

紀美子は少し緊張して電話に出た。

「今どこだ?」

電話から冷たい声が聞こえてきた。

「ちょっと急な用事が…」

紀美子は病室の中を眺め、声を低くして答えた。

「狛村静恵のことでデザイン部に声をかける件、まだやってないのか?」

晋太郎は暫く黙ってから尋ねた。

紀美子はまた嫉妬を感じたが、彼が言っているのは、自分がした仕事のミスだ

無理もない、彼女は彼の玩具である同時に、秘書だ。

指示された仕事を怠ったのは、自分の不手際だ。

「申し訳ありません。今すぐデザインの部長に電話します」

「もういい…」

晋太郎の話がまだ終わっていないうちに、後ろから塚原悟の声が聞こえてきた。

「入江さん」

振り返ってみると、悟が一箱の薬を持ってきた。

「解熱剤だ。飲んでおいて。顔色が悪すぎる」

紀美子は強がって笑顔を見せ、薬を受け取った。

「ありがとう。後でお金を渡しますから」

「ではまた後で」

悟は微笑んで紀美子が持っている携帯を指さしてみせた。

紀美子は頷いて返事をして、携帯を再び耳に当てた。

「社長、さっきは何と?」

暫く待ったが、返事が来ないので、紀美子は携帯の画面を覗いた。

通話はいつの間にか切られていた。

紀美子は、彼が怒っていることが分かった。

それでも紀美子は指示された通りにデザインの部長に連絡を入れた。

部長の杉浦佳世子は紀美子とは同じ大学の卒業生で、二人は大学時代からの親友だ。

だから佳世子への連絡は一言で終わった。

電話から佳代子のイラついた声が聞こえてきた。

「紀美子、あんたはまだ彼女のことを心配してるの?あいつは定時でとっくに帰ったよ」

「……」

ならば晋太郎からの電話は何だったのだろう。

それと同じ時。

電話を切った晋太郎は、暗い顔色で車に座り込み、冴え切った眉の間には一抹の困惑が漂っていた。

電話の向こうで男が彼女に解熱剤を渡していたが、彼女はいつから熱があったのか。

熱が出ても会社を休まず、他の男に教えるとは。

塚本…

一体誰だ?

「入江の家族に入院している人がいるのか?」

晋太郎は暫く考えてから、運転をしている杉本肇に尋ねた。

「この間、入江さんの母親が子宮がんで入院したとお聞きしましたが、今はどうなっているかは分かりません」

肇は素直に答えた。

「あいつ、何も教えてくれなかった」

晋太郎は眉を顰めて言った。

社長はずっと例の憧れを探すのに夢中で、入江さんのことはは、後回しだったじゃないか。

肇は心の中で呟いた。

そう考えながら肇は、紀美子の為に晋太郎に何かを言おうとした。

「社長、実は入江さんは結構大変なんですよ。家族の方が…」

話はまだ終わっていないうちに、晋太郎の携帯電話が鳴った。

狛村静恵からだ。

晋太郎は今夜肇にわざわざレストランの席を予約させ、やっと実現した出会いを祝おうとしていたのだ。

この時、晋太郎のメルセデス・マイバッハがレストランの前で停まった。

晋太郎は紀美子への余計な心配を抑え、ドアを開けて車から降りた。

「後で入江に薬を届けてやれ。そして人事部に彼女を3日休ませてやれと伝えろ」

晋太郎は更に追加で指示した。

「それと、使用人を一人雇え。彼女の世話をさせろ」

「かしこまりました」

肇は頷き、視線を下に向けレストランの窓を眺めた。

静恵が正装で料理を注文しているのを見て、肇は複雑な気持ちになった。

その夜、紀美子は晋太郎の別荘に帰らなかった。

彼女は薬を飲んで病院のベッドで寝ていた。

体を動かそうとすると、手の甲に点滴の針が刺されているのに気づいた。

「紀美子、動かないで。あんた熱が出たから、塚本先生が点滴をつけてくれたのよ」

紀美子が目を覚めたのを見て、幸子は慌てて口を開いた。

紀美子は頷き、無気力に体を起こした。

「あんたもあんたよ、熱が出ても何も教えてくれなかったし、そんな薄着はダメよ」

母に説教されたが、紀美子の心は温まった。

「お母さん、お腹空いた」

彼女は顰めていた眉間を広げ、母に甘えた。

幸子は怒ったふりをして紀美子を見た。

「後で世話係の人がご飯を持ってくるから、少し我慢して。あんた、いつも適当な時間にご飯を食べるから体に悪いのよ」

この時、世話係のおばさんが保温ビンを持って入ってきた。

「紀美子さん、外になかなかハンサムなお二人がいるんだけど、あんたのお友達かい?」

「友達って?」

紀美子は少し戸惑った。

頭の中に晋太郎の姿が浮かんできて、緊張した紀美子は体をまっすぐに立て直した。

彼女の返事を待たずに、肇が入り口に現れた。

「入江さん、ちょっと出てきて貰えますか」

肇は紀美子に尋ねた。

紀美子は頷き、手の甲の針を抜いてベッドから降りた。

「何するのよ!」

幸子は心配して紀美子に叫んだ。

「戻ってきたら説明するから!」

紀美子は移動しながら幸子に返事した。

そして紀美子は肇の後について病室を出て、休憩エリアの廊下に着いた。

くらい表情の晋太郎はタバコを吸っていた。

まるで誰かが彼をイラつかせたかのようだった。

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    翌朝。紀美子は見知らぬ番号からの電話を受けた。電話に出ると、焦っているような男の声が聞こえてきた。「入江さん、ですよね?」紀美子は眉をひそめて言った。「どなたですか?」「私は帝都病院の内科医、金田大介(かねだ だいすけ)と言います。昨晩、連絡を受けて、あなたに会いに行くよう言われました」紀美子は驚いた。佑樹、こんなに手際がいいとは……もうすでに手配してくれたのか?紀美子は我に返って言った。「わかりました。電話をかけてきたということは、協力してくれるということですね。これからは以下のことをお願いしたいです……」秋ノ澗別荘。指示された通り、菜見子はすでに藍子に三日間薬を盛っていた。菜見子は藍子の朝食を作り終え、台所から運び出した。時計を見ると、もう8時半だった。藍子はまだ降りてきていない。そこで、彼女は様子を見に上の階に行くことにした。藍子が寝坊することはないとわかっていたからだ。彼女の生活は毎日とても規則正しく、たとえ妊娠で眠気が強くても、朝食のために必ず起きてきていた。菜見子は寝室の前に立ち、ドアをノックした。「奥様、朝食ができました」「入ってきて……」藍子の弱々しい声が部屋から聞こえた。菜見子はドアを開けて中に入ると、藍子はベッドに寄りかかり、まだ寝ぼけた様子だった。菜見子は近づいて尋ねた。「奥様、お体の具合が悪いのですか?」藍子は額を揉みながら言った。「いや、特にどこか痛いわけじゃないけど、体がすごくだるくて、力が出ないの。妊娠のせいかな?」菜見子は慎重に返答した。「奥様、もし体調が悪いなら、病院で診てもらう方がいいですよ。妊娠初期の反応は人それぞれですから」藍子は頷いた。「悟はもう出かけたの?」「朝早くに出かけました」「じゃあ、病院に行って検査を受けよう」「わかりました、奥様」30分後。二人は病院に到着し、検査が終わった後、医師は藍子に特に問題はないと伝えた。胎児の状態も安定しているようだった。藍子は疑問を抱えて聞いた。「先生、それなら私の体がだるいのは何が原因ですか?」「妊娠初期の症状としては全て正常な反応です。体温が少し高めですが、これは受精卵が着床した証拠でもあります。最初の三ヶ月は特に安静を

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第1021話 罰を受けに行きます

    悟は、何かを待っているように黙って彼女を見つめた。エリーは無意識にもう一方の小指に手を伸ばした。彼女はわかっていた。悟は彼女が自ら指を切ると宣言するのを待っているのだ。エリーの額には冷や汗が滲み、心の中で葛藤しながら頭を下げた。「わかりました、影山さん。罰を受けに行きます」エリーは寝室を出て行き、悟はようやく視線を戻し、珠代に言った。「お前も下がってよい」「わかりました、ご主人様」ドアが閉まると、寝室には紀美子と悟だけが残った。紀美子は悟を見つめ、嘲笑った。「私のために、あなたが自分の右腕を傷つけてもいいの?」「俺の部下として、命令に従わないなら、それ相応の罰を受けるべきだ」「じゃあ、どうしてエリーを殺さなかったの?」紀美子は続けて尋ねた。「前、ボディーガードが病院でただ私に食事を勧めただけなのに、あなたはエリーにその人を殺させたわ!今、エリーが私に呪いをかけているのに、あなたは彼女に自分で罰を受けさせるだけで済ませるの?」悟は唇を噛んだまま黙った。やがて椅子を引き寄せて紀美子の横にゆっくりと座った。「身分によって扱いが違う。もし彼らがエリーのような一流の存在であれば、俺は簡単に命を奪うことはしなかった」「あなたの前では、役に立たない人間はただ殺されるの?」この時、紀美子の目には悟がまるで人間の皮をかぶった、鋭い爪を人の心臓に深く刺し込む悪魔のように映った。「……そうだ」悟は冷たい声で言った。「この世界の生き残りの法則もそうだ。弱ければ、捨てられる」彼の目に悲しみが浮かんだのを見た紀美子は、全身が不快感でいっぱいになった。人を躊躇なく殺す悪魔には、悲しむ資格などない!彼らには地獄で自分の傷を舐めることしか許さない。……悟が紀美子の前でエリーを罰した後、エリーは紀美子と話すことはほとんどなくなった。彼女と目が合うと、エリーはすぐに視線を逸らすようになった。紀美子はそれを気にすることなく、会社に到着すると佑樹にメッセージを送った。紀美子は医者の写真を送った。「佑樹、この人の情報を調べてもらえる?」ちょうど授業が終わったところだった佑樹はすぐに返事を送った。「医者?どこの医者?」「帝都病院の医者よ。ママは医者の助っ人を探しているの……

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第1020話 検査レポートを確認した

    彼は入江紀美子を後ろの座席に乗せ、自分も車に乗ると、ボディーガードに冷たい声で指示を出した。「急いで病院に行け!」「はい、了解しました!」猛スピードで、紀美子は塚原悟に連れられて病院に到着した。悟は医者を呼び、紀美子に一連の検査をするよう指示した。検査結果が出ると、悟は自ら検査レポートを確認した。何の問題もない結果を見て、彼は眉を顰めながら紀美子を見た。紀美子が椅子に虚弱そうに寄りかかっている様子は、どうも演技には見えなかった。それに、彼は知っている。紀美子はそんなことをするような人間ではない。悟は疑念を抱き、携帯電話を取り出して沼木珠代に電話をかけた。しばらくして電話がつながると、悟は尋ねた。「彼女の最近の様子はどうだ?」「ご主人様、私にはわかりません……ただ、入江さんは毎日濃いメイクで出かけ、帰ってくるとぐったりして部屋に戻っています」珠代はわざと曖昧な口調で答えた。「濃いメイク?」悟は聞き返した。「はい……そうです。それ以外は本当に何も知りません!」珠代は慌てて答えた。珠代の慌てた声を聞き、悟はゆっくりと眉を顰めた。「知っていることを報告しなかったら、わかっているよな?」悟は冷たい声で脅した。「ご主人様!本当に何も知りません!私はただの使用人です。エリーの方が詳しいかもしれません」「わかった、今回は信じてやる」電話を切った後、悟はエリーには電話をかけなかった。エリーはここ数日、彼の命令の遂行過程で負傷しており、紀美子についていなかった。近況は、彼女もほとんど知らないだろう。悟は紀美子の元に戻り、かつての同僚である医者を呼んで紀美子の病状について話し合った。紀美子は悟を見つめながら、慎重に携帯電話を取り出し、医者の顔を撮影した。彼女は、帰った後この医者を買収して、病状を偽造しようと考えた。何の問題もない検査結果が出てしまうと、悟に病気のふりをしていると疑われてしまう可能性があるからだ。悟と医者が定期的な検査を約束した後、悟は紀美子を連れて別荘に戻った。彼らが戻ってくるのを見て、エリーは玄関で出迎えた。悟が紀美子を支えて歩いてくるのを見て、エリーは尋ねた。「先生、入江さんはどうでしたか?」エリーの言葉を聞いて、紀美子は突然顔を

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第1019話 自信満々じゃない

    「その顔色、まさか不治の病にかかったんじゃないよね?」エリーは唇を曲げて冷笑した。「心配しないで。あんたが生きてる限り、私は先に死ぬことはないわ」入江紀美子は彼女を冷たく見つめ返して言った。「自信満々じゃない」「あんたよりはあるわ」紀美子はそう言うと、階下へと歩いて行った。彼女はできるだけ歩みを遅くし、一歩一歩、自分が弱々しくて歩けないように見せかけた。階下に着くと、紀美子はすぐにテーブルについた。食べ始めてすぐ、彼女は口を押さえて激しく咳き込んだ。珠代はその音を聞きつけ、すぐに台所から出てきた。彼女が紀美子のそばに来て大丈夫か尋ねようとしたところ、紀美子の手のひらに鮮やかな赤い血がついているのが見えた。珠代はすぐに状況を理解し、エリーの姿が目に入ると、わざと驚いたふりをして息を呑んだ。「入江さん、あなた血を吐くなんて!」紀美子は急いで立ち上がり、トイレに向かった。「大げさに騒ぐな」その状況を見て、エリーは珠代の前に来て言った。「エリーさん、もうやめましょう。こんなことを続けたら人殺しになってしまいます!」珠代は焦った声で言った。「私が焦っていないのに、あんたが焦る必要はないでしょう?」エリーは淡々と反問した。「あんたはただ責任を問われるのが怖いだけでしょう?」珠代は何も言わなかった。「彼女の状態では病院に行っても何も検査できないと言ったでしょう。私に協力してくれれば、影山さんもあんたを責めることはないわ」エリーは冷静にテーブルに座って言った。「でも、私は人を殺したことはありません……」「命なんて何の価値があるの?」エリーは珠代を見つめて言った。「この世に残すべきでない人は早く始末すべきよ。」珠代は深くため息をつき、台所に戻った。暫くして、紀美子がトイレから出てきた。彼女は青白い顔をして再びテーブルにつき、無理に食べようと苦しそうな様子を装った。「食べられないなら食べるな。食べ物を無駄にするだけだ」エリーはそれを見て嘲るように言った。「お腹がいっぱいになれば、病院に行く力が出るわ」紀美子は手を止めて言った。「這って行け。私には関係ない」エリーはそう言いながら、ゆっくりとパンを口に運んだ。紀美子は彼女を無視し、黙々と食

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第1018話 優しく接してくれた  

    「つまり、給料をあげてほしいの?それとも……」入江紀美子は、竹内加奈の話には裏があるように聞こえた。「違います、社長!そんなこと滅相もありません!」佳奈は慌てて紀美子の話を打ち切った。「この薬は危険なものだと分かっています。私は一人っ子ですし、金の為に自分の人生をかけるつもりはありません。しかも、私が帝都に来たばかりのころ、信頼してくれて秘書長を任せてくれたのは、入江さんでしたし。その恩は絶対に忘れません。これを杉浦副社長に使えと言われましたけど、杉浦さんだって優しく接してくれましたし」紀美子は彼女がそこまで正直な人だと思わなかった。やはり自分は人を見る目があった。「明日会社に来たら、それを私に渡して」「分かりました」電話を切り、紀美子は商談相手と雑談をしている佳世子を眺めた。佳世子の近くに行き、紀美子は彼女の肩を軽く叩いた。「ちょっと、いい?」「うん」佳世子は返事して、紀美子と共に相手に断りを入れて個室を出た。二人で空いている個室に入ってから、紀美子は佳奈の報告の内容を佳世子に教えた。それを聞いた佳世子の怒りは爆発した。「クソ女が、よくもそんな話を持ちかけてきたわね。卑怯すぎるわ!!」佳世子は藍子を罵った。「で、あんたはこれからどうするつもり?」「どうするって?」佳世子は息を荒くして言った。「そのままやり返すに決まってるでしょ!!」紀美子は微かに眉を顰めた。「もしかしてあんたはその薬剤を彼女に使うつもり?」「うん、彼女にも子供を失う辛さを味あわせたいわ!今がいいチャンスよ。このチャンスを見逃したら、将来きっと後悔する!」「佳世子、もしそれがバレたら、あんたまで捕まるのよ……」紀美子は心が痛んで佳世子を見つめた。「何で捕まるの?」佳世子は聞き返した。「その薬剤は彼女が用意したものでしょ?」「そうだけど」「彼女の自業自得よ?何で私が捕まるのよ」佳世子の分析を聞き、紀美子は急に釈然とした。藍子がやらかしたことだ。彼女にその代価を払わせるべきだ。「分かった、この薬剤を石守さんに渡しておいて。彼女にやってもらうわ」「そうしよう」その夜の会食を終えた後、紀美子は石守菜見子を呼び出した。紀美子は薬剤を菜見子に渡すついでに、薬剤の

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第1017話 話が早くて助かるわ

    竹内加奈は、紀美子の話から、加藤藍子は決してろくな人間ではないと感じていた。そのため加奈は、藍子を見て、こっそりと用意していた録音装置の電源を入れてから口を開いた。「何をやってほしいの?」「竹内さんって、思ったよりせっかちなのね」藍子は笑みを浮かべて言った。「正直、あんたが提示した条件は美味しいの」佳奈は藍子の話に合わせた。「誰でもこの帝都に足場を固めたいものよ。私もその一人」「話が早くて助かるわ」佳奈の話を聞き、藍子は笑みを浮かべて言った。「富を追い求めるのは、人間の本能だから」佳奈も意味深く笑みを浮かべた。「頼みたいことは一つだけよ。それを毎日こなしてくれれば、毎週300万円の報酬を払うわ」その金額を聞き、佳奈は驚いて目を大きく見開いた。300万円って!自分の給料でも月40万円なのに、毎週300万円をくれるなんて!一か月で1200万円稼げるじゃない!佳奈の表情の変化を見て、藍子は彼女が自分の要求をこなしてくれると確信した。「一か月であんた普段の2年分よりも多く稼げるわ。引き受けてくれるかどうかはあんたの判断に任せるわ。あんたがやらなくても、他はたくさんいるのよ」「まずは仕事の内容を教えてくれる?」佳奈は眉を顰めながら言った。藍子は一本のラベルを剥がしておいた薬剤をテーブルの上に置いた。「これを、毎日杉浦佳世子の飲み物に5mlを入れるだけ」研究院の方からは「毎日多くても2mlで十分人体に大きなダメージを与えられる」と忠告されているが、待てなかった。彼女は佳世子を1日でも早く痛みで苦しめたかった。今後自分の邪魔にならないように!「それって何?」佳奈は薬剤を見て尋ねた。「中身を知る必要はないわ。ただ言われた通りにやってもらえばいいの」佳奈は躊躇った。藍子は佳奈の心配を分かっていた。彼女は少し離れた天井の防犯カメラを眺めながら言った。「安心して。何かあれば、私も共犯者だから。あんたは、私がどんな身分なのか知っているはずよ。自分の身分と地位をかけて危険を冒すと思う?」「本当に毎週300万円もらえるのね?」「もちろん」藍子はそう言って、鞄から一枚の小切手を出し、佳奈に渡した。「とりあえずこの300万、あんたが引き受けてくれれば、前払

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第1016話 何でそんな顔をしてるの?

    入江紀美子の驚いた表情を見て、杉浦佳世子は慌てて尋ねた。「どうしたの?何でそんな顔をしてるの?」紀美子はぼんやりと佳世子を見た。「藍子が妊娠した」「そっか」佳世子は適当に返事した。しかし数秒後、佳世子の表情も固まった。「何?藍子が妊娠?」「そう、彼女が妊娠したの」紀美子は佳世子の反射神経の鈍さに呆れ、無力に答えた。「まさか妊娠したなんて……」佳世子の顔色が段々悪くなってきた。「佳世子、何かしたいの?」紀美子は心配して佳世子の顔を見て尋ねた。佳世子の声は冷たくなった。「何とかしたいけど、彼女との間には塚原がいるから、何もできない!今後はもっと落ち着いて計画を立てる必要があるわね。こんなに辛抱してきたんだから、もう少し待つことになっても構わないわ」もしチャンスがあったら、彼女は藍子に子供を失う苦しみを味わわせてやりたいと考えていた。子供は無実だなんて言っていられなかった。自分の子供だって無実だったのに藍子に奪われたのだ。紀美子はため息をついた。「現在の状況から見れば、私は悟を摘発してからでないと藍子に手を出せないわ」「それはもちろん、分かってる」佳世子はイラつきながら答えた。「ところで、私まだちょっと理解できないのよね」「何が?」「塚原はあんたのことが好きなのがわかってるのに、何でエリーがあんたに手を出したことを直接彼に言わないの?」「今はまだその時ではないからよ。エリーは悟の右腕。私に手をだしただけで彼がエリーを殺そうとすると思う?」佳世子は眉を顰めた。「ならばどうするのよ?」「待つの。エリーが完全に悟の信用を失うタイミングをね。その時一気に!」夜。秋ノ澗別荘。藍子は手下を使って紀美子の会社の社員資料を手に入れた。彼女は随分と資料を漁ってから、最終的にとある社員の個人情報に目をつけた。その人は帝都地元の出身ではないうえ、両親も普通の農民だった。藍子は口元に笑みを浮かべ、その資料を手に取った。この人にしよう。苦労をして帝都に進出した人間が、金に貪欲じゃないわけがない。そう考えながら、藍子は資料に書いてある番号に電話をかけた。電話はすぐに繋がった。「もしもし?どちら様ですか?」「こんにちは、竹内加奈さんですよね?

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第1015話 妊娠した

    彼とは一回しか性行為をしていない。一発で妊娠することなんてあるのか?加藤藍子はまだ受け止められず、複雑な気持ちになった。「何か特別なことがなければ、妊娠したはずだ」塚原悟は言った。悟にそう冷たく告げられ、藍子は思わず胸が苦しくなった。「もし本当に妊娠したら、どうするの?」藍子は慌てて悟の隣に座り、焦って尋ねた。悟は視線を彼女の腹に落とした。「自分で決めろ」「何が『自分で決めろ』なの?この子はあなたの子でもあるのよ。まさかあなた……欲しくないの?」「そんな意味じゃない。産みたいなら、産めばいい」「じゃあ、あなたは反対しないのね?」藍子はやや安心した。「子供もできたし、結婚式を早めるべきかな?」「株主総会の後にしろ」悟は暫く考えてから言った。「でももしその時お腹が膨らんできたら、ウェディングドレスが台無しじゃない?」「3ヶ月以内ではそんなに目立たないはずだ」悟の眉間に一抹のイラつきが浮かんだ。この時、石守菜見子が外から帰ってきた。「奥様、妊娠検査薬を買ってまいりました」菜見子は薬を藍子に渡した。藍子はそれを受け取り、ドキドキしながらトイレに入った。一通り操作してから、彼女は数分待った。スティックに表示された2本の印を見て、彼女の頭の中は真っ白になった。やはり……子供ができたのか??藍子は再度手を小腹に当てた。自分と悟さんの子供ができたなんて……突然訪れたこの機会に、藍子は全く心の準備ができていなかった。しかし、悟は拒絶しなかった。彼もこの子の為に自分とちゃんと生活していくつもりだと、理解していいのかな?そこまで考えると、彼女の気持ちはやや落ち着いてきた。子供と自分の家庭の為にも、杉浦佳世子と入江紀美子をできるだけ早く消しておかないと!トイレから出て、藍子は検査薬を悟に見せた。悟は暫く沈黙してから、立ち上がって菜見子に指示した。「ちゃんと奥さんの世話をしろ」「かしこまりました、ご主人様」藍子はままだ悟と話をしたかったが、彼は出ていってしまった。彼のその態度を見ても、藍子は余計なことを考えようとしなかった。妊娠したという事実を、もしかしたら悟も自分と同じく、まだ受け止め切れていないのでは?藍子は気持ちを整理してか

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