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第6話 いつから熱が出た

 入江紀美子「うん、聞くわ」

入江幸子は目を開け、天井を見つめて深呼吸をした。

「紀美子、実はあなたは…」

「幸子!」

声と共に、一人の男が入り口から焦った様子で入ってきた。

二人が振り返ると、男は既に病室に入ってきていた。

その男の体はタバコと酒の臭い匂いを発しており、髭が無造作に生えている。男は紀美子の反対側に座った。

「どうだった?石原に酷いことをされたか?」

「何しに来たのよ!」幸子は嫌悪感を露わにして言った。「また迷惑をかけにきたの?」

入江茂は舌打ちをしながら紀美子を見て、「紀美子、ちょっと席を外してもらえるか?俺はお母さんにちょっと話してすぐ帰るから」

紀美子は心配そうに幸子の方を見たが、幸子は彼女に頷いた。

紀美子はしぶしぶと立ち上がり、厳しい眼差しで茂をみて、「お母さんを怒らせないで」と伝えると、茂は何度も頷いて答え、紀美子は何度も振り返りながら病室を出た。

病室のドアが閉まった途端、茂の心配そうな表情は消えた。

彼は冷たく幸子を見つめ、低い声で「あのな、あんまり余計なことを喋りすぎられると困るんだけど」と言った。

幸子は目から火が出そうなほど怒りが沸いてきて、歯を食いしばりながら答えた。「もう紀美子を利用させない!」

「俺が金をかけて育ててやったんだから、借金の返済を手伝ってもらうのは当たり前じゃないか

お前が大人しく口を閉じてくれればそれでいいが、もし何か余計なことを漏らしたら、紀美子に今の仕事を続けられなくしてやるからな!」

幸子は体を震わせながらシートを握り締めた。「茂!あんた、それでも人間なの?!」

茂は涼しい顔で、「そうだ、俺は悪魔だから、お前はその口をしっかりと閉じておけ。そうしないと、何が起きても知らんからな!」

その言葉を残し、茂は振り返らずに病室を出た。

ドアを開け、そこに立っている紀美子を見たら、茂はすぐに顔色を変えた。

「紀美子、お父さんは先に帰るからな!今日のこの金はお父さんがお前から借りたことにしよう」

それを聞いた紀美子は疲弊して顔を上げると、茂は返事を待たずに行ってしまった。

紀美子はため息をして、病室に戻ろうとした。

ポケットに入れていた携帯がまた鳴り始めた。

森川晋太郎からの電話だ。紀美子は少し緊張して無意識に電話を出た。

「今どこだ?」電話から冷たい声が低く鳴り響いていた。

紀美子は病室の中に眺めて、低い声で「ちょっと急な用事が…」

向こうは暫く黙ってから、「狛村静恵のことでデザイン部に声をかけて貰うのは、まだやってないか?」

紀美子はまた嫉妬を感じたが、彼は自分の罪を問うために電話をかけているのだった。

それもそうだ、彼女は彼の玩具である同時に、本職は秘書だったのだから。

指示された仕事を怠ったのは、自分の不手際だと言われても仕方はない。

紀美子は更に低い声で、「申し訳ありません。今すぐデザイン部の部長に電話で連絡します」

「もういい…」

「入江さん」

晋太郎の話がまだ終わっていなかったが、紀美子の後ろから塚原悟の声が聞こえた。

振り返ってみると、悟が一箱の薬を持ってきた。

「解熱剤だ、飲んでおいて。君の顔色は悪すぎる」

紀美子は強がって笑顔を見せ、薬を受け取る。「先生、ありがとうございます。後でお金を渡しますから」

悟は微笑んで紀美子が持っている携帯に指をさして、「ではまた後で」

紀美子は頷いて返事をして、携帯を再び耳に当てた。「社長、さっきは何と仰いました?」

暫く待ったが、返事が来ないので、紀美子は携帯の画面を覗いた。

通話はいつの間にか切られていた。

紀美子は、彼が怒っていることが分かった。

それでも紀美子は指示された通りにデザイン部の部長に連絡を入れた。

部長の杉浦佳世子は紀美子とは同じ大学の卒業生だ。

二人は大学時代から親友だった。

なので佳世子への連絡は一言で終わる。

電話から佳代子のイラついた声が聞こえてきた。「紀美子、あんたは彼女のことを心配してるの?あいつは定時でとっくに帰ったよ」

紀美子「……」

ではさっきの晋太郎からの電話は何だったのだろう。

しかし同時刻。

電話を切った晋太郎は、真っ暗な顔色で車に座り込み、冴え切った両目の間には一抹の困惑が漂っていた。

さきほどの電話では、男が彼女に解熱剤を渡していたが、彼女はいつから熱が出たのか。

熱が出ても会社を休まず、その代わり他の男には教えるとは。

塚本という名前か…

一体誰だ?

暫く考えたら、晋太郎は運転をしている杉本肇に向かって、「入江の家族は入院してる人がいるのか?」

「この間、入江さんの母親が子宮がんで入院したとお聞きしましたが、今はどうなっているかは分かりません」肇は誠実に答えた。

「あいつ、何も教えてくれなかったな」晋太郎は眉を寄せた。

肇は「社長がずっと例の憧れを探すのに一心不乱だから、いつも入江さんはつかず離れずだったじゃないか」と心の中で呟いた。

ここまで考えると、肇は紀美子の為に晋太郎に何かを言おうとした。「社長、実は入江さんは結構大変なんですよ。家族の人が…」

話はまだ終わっていないうちに、晋太郎の携帯電話は急に鳴ってきた。

狛村静恵からだ。

晋太郎は今夜肇にわざわざレストランの席を予約させ、ずっと探していた憧れに出会えたことを祝う為だった。

この時、晋太郎のメルセデス・マイバッハがレストランの前に停まった。

晋太郎は紀美子への余計な心配を抑え、冷たくドアを開け、車から降りた。

「後で入江に薬を届けてやれ。そして人事部に彼女を三日休ませてやれと伝えろ」

晋太郎は更に追加で指示をした。

「それと、使用人を一人雇って、彼女の世話を」

「畏まりました」

肇は頷き、視線を下に向けレストランの腰窓を眺めた。

静恵が盛装の姿で料理を注文するのを見て、肇は何とも言えない気持ちになった。

その夜、紀美子は晋太郎の別荘に帰らなかった。

彼女は薬を飲んで病院のベッドで、目が自然に覚めるまで寝ていた。

体を動かそうとすると、手の甲に点滴の針が刺されているのに気づいた。

紀美子が目を覚めたのを見て、幸子は慌てて「紀美子、動かないで。あんた熱が出たから、塚本先生が点滴をつけてくれたのよ」

紀美子は頷き、無気力に体を起こした。

「あんたもあんたよ、熱が出ても何も教えてくれなかったし、そんな薄着はダメよ」

幸子に説教されたが、紀美子の心は暖まった。

彼女は寄せていた眉を広げ、幸子に向かって「お母さん、お腹空いたの」と甘えた。

幸子は怒ったふりをして紀美子を見た。「後で世話係の人がご飯を持ってくるから、少し我慢して。あんたはいつも適当な時間にご飯を食べるから、体に悪いのよ」

この時、世話係のおばさんが保温ビンを持って入ってきた。

紀美子が既に起きているのを見て、彼女は「紀美子さん、外になかなかハンサムなお二人がいるんだけど、あんたのお友達かい?」と顎で入り口の方に指した。

「友達って?」紀美子は少し戸惑った。

頭の中では晋太郎の姿が浮かんできて、緊張した紀美子は体をまっすぐに立て直した。

彼女の返事を待たずに、肇の姿が入り口に現れた。

「入江さん、ちょっと出てきて貰えますか」肇は紀美子に尋ねた。

紀美子は頷き、手の甲の針を抜いてベッドから降りた。

「何するのよ!」幸子は心配して紀美子に叫んだ。

「戻ってきたら説明するから!」紀美子は入り口に移動しながら幸子に返事した。

そして紀美子は肇の後について病室を出て、休憩エリアの廊下に着いた。

顔色が真っ暗な晋太郎はタバコを吸っていた。まるで誰かが彼をイラつかせたかのようだった。

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