♀ 山形紅羽(やまがたくれは)27歳 ・・・新米小児科医 × ♂ 宮城公 (みやぎこう) 35歳 ・・・内科医 素直になれない2人の、大人の恋 『不器用で意地っ張りな彼女と、 俺様で辛口な年上の彼。 もがきながら手にする幸せとは…』
View More怪我自体は比較的軽症で、7針ほど縫う切創。 翼が自分で縫合してくれた。「旦那は呼ばなくていいのか?」 処理室で2人になったタイミングで聞かれた。旦那とは公のことで、翼はいつもそう呼ぶ、「知らせなくていいわ。心配かけるだけだから」怪我もたいしたことなかったし、後で話せば十分だろう。「本当にそれでいいのか?」不満そうな翼の顔。 だからといって無理強いしないのが、翼らしい。 ***「何があった?」いつも優しい救命部長が真剣な顔で聞いてくる。「自転車に乗った人が後ろから近づいてきて、いきなり切りつけられました」 「相手は見たのか」 「いいえ。いきなりで顔を見ることはできませんでした」 「そうか」 そう言って、ジーッと私の顔を見る部長。「襲われるような心当たりはあるのか?」 今度は翼にも視線を送る。翼の上司である部長は、私と翼が付き合っていると思っている。 そう思わせているのは私たちだけれど、騙しているような気持ちは消えない。「紅羽、最近何かあったのか?」 「うん。まあ・・・」翼に聞かれれば、曖昧な返事しかできない。「言ってみなさい」しかし、怖い顔をした部長にも言われ、話すしかなくなった。。「実は・・・」私は車に嫌がらせのビラが貼ってあったことを告白した。「そういうことは早く言えよ」翼は怒り出し、部長に「警察を呼ぶぞ」と言われ、頷くしかなかった。***警察は色々と事情を聞き、 1時間ほどで帰っていった。その後翼が付き添っていると、診察室がノックされ、公が顔を出した。「大丈夫?」周りにいるスタッフを気にしてか、とっても優しそうな顔。しかし、呼ばれてもいない公が顔を出せば、 「先生どうしたんですか?」 とに聞かれしまう。「
1日の終わり。 あーぁ、今日も忙しかったと1人ぼやきながら、私は借りている駐車場へと向かっていた。日が長くなり、まだ周囲は明るい。 今日は公が当直だから、1人でゆっくりビールでも飲もうなんて考えながら、私は駐車場に近づいて行った。そして、車が見えるところまで来たとき、足が止まった。『山形紅羽』 真っ赤な字で、ただ名前だけ書かれた紙。うわ、気持ち悪い。 一体誰だろう。 個人で借りている駐車場だから、病院の駐車場ほど管理も厳重ではない。 もしかして、翼のファン? いや、まさかね。 さすがにそこまでは・・・でも、なくはない。 とにかく帰ろう。 帰って翼に相談しよう。 紙をはがし、タオルでフロントガラスを拭くと、私は自宅に向かった。***警察に通報しようかとも考えたけれど、思い止まった。 色々うるさく聞かれるのは好きじゃないし、嫌がらせメールや無言電話も以前からあった。 翼のファンに呼び出されたことだって、1度や2度じゃない。そんなときでも、私はただ黙っている。 「あんた何様よ」 「翼くんはあんたなんか好きじゃないのよ」 「どっか行っちゃってよ」 中には手を上げそうな勢いで掴みかかってくる子までいるが、私は無反応を通した。 恋人でない以上、何を言われても平気だった。 だから、今更こんな嫌がらせに負けたりしない。私はこんな性格だから、イジメには慣れている。 小学校の時から、時々イジメられた。 さすがに自分のかわいくない性格を変えようとした時期もあった。 周りのみんなに負けないように精一杯笑顔を作ったり、興味もないくせに話を合わせてみたり、似合いもしないのにおそろいの髪型にしてみたりと自分なりに努力はした。 でも、長くは続かなかった。 嘘をついて自分をごまかすことが苦しくなって、いつの間にか1人になっていた。 無視されるのも、物を隠されるのも、囲まれて小突かれることだって経験すみ。 張り紙一
小児科の勤務医となって3ヶ月。 元々研修医としてお世話になっていた病院でもあり、馴染むのに苦労はなかった。 ただ1人、この春赴任してきた小児科部長を除いては・・・本当にあの部長は、今まで出会った上司の中で最悪。 とにかく、私に対する敵対心が半端ない。 そりゃあ、私に問題がないとは言わないけれど・・・「紅羽先生、顔が怖いですよ」外来看護師の沙樹ちゃんが「ほら笑って」と、笑顔を向ける。 はいはい。 今日の私は外来の担当で病棟にいる部長には会わなくてもいいわけだから、ノビノビやりましょう。「じゃあ、始めましょう」 「はい」今日も患者であふれかえる小児科外来から、私の1日が始まった。***「先生、次呼んでいいですか?」 「はい」答えながら、パソコンに向かい必死にカルテ入力をする。 こう見えて、医者って結構激務だ。 診察、カルテ記載、カンファレンスを開いて治療計画を検討したり診断書の作成もして、その間で勉強だってしなくては今の医療についてはいけない。 それに、最近の親はクレイマーも多いから気をつけないとすぐに文句を言ってくる。 特に私みたいにニコニコしない医者には風当たりも強い。 そう言えば2年前、小児科医になると決めた私に翼は驚いた顔をした。 それだけ意外な選択だったのだろう。 けれど公は、「お前らしい」と言ってくれた。 どちらにしても、自分で決めた以上はしんどくても頑張るしかないんだ。***「センセー、今夜熱が下がったら、明日から保育園に行けますよね?」私よりも年下に見える母親が、探るように聞いてきた。「え、明日診察に来ていただいて、良ければ登園OKを出しますが、すでに4日も熱が続いていて肺炎になりかけているんです。本当だったら入院して点滴治療をするところなんですよ」患者は4歳の女の子で、風邪が長引いていてここ数日毎日受診している。 薬のお陰で少しづつ回復してき
「研修医にしてはいいところに住んでるんだな」ファミレスを出て、宮城先生と2人で家の前まで来た。きっと翼が帰っているのだろう、家には明かりがついている。「実家な訳、ないよな」色々考えながら探るような言葉を口にする宮城先生。「ええ、違います」フフフ。良い気分。さっきまで宮城先生ペースだったのに、今は完全に私のペースだ。「良かったら寄っていきますか?」「嫌、でも・・・」最初は送るからと言われ流れでここまで来てしまったが、私は宮城先生を驚かせたくなった。「コーヒーくらい入れます」「うん、じゃあ」やっぱり気にはなるらしい。***鍵を開け玄関の中へ。「ただいま」「お帰り」入り口で立ち尽くす宮城先生。すると、何も知らない翼が顔を出した。「遅かったな」次の瞬間、「ええ」「あっ」男性2人の声が重なった。よし、勝った。私はガッツポーズでもしたいくらい。一方、驚いて声も出ない宮城先生。「お前・・・」翼は私を睨んでいる。驚かせてごめん。私が手を合わせて謝ると、翼は肩を落として見せた。「宮城先生、ごゆっくり。失礼します」一方的に言って、翼は消えていった。「先生どうぞ。2階です」驚いている宮城先生を、私は部屋に案内した。***「シェアハウスって事か」2階に上がった時点で、先生も状況を理解したらしい。「まあそうです」「随分と大胆だな。変な噂でも立ったらどうする?」「別に気にしません」何、嫁入り前の娘がとでも言う気?バカらしい。「で、コーヒーは?」「ああ、そうでした」好き嫌いの激しい私は、食べられないものが多い。その分好きなものにはこだわりがあって、コーヒーもその1つ。「ブラックでいいですか?」「ああ、ありがとう。あれ、豆から挽くのか。こだわってるな」「ええ、ちょっと待ってくださいね」どうしてもインスタントを飲めない私は、家では豆から引いてコーヒーを入れる。面倒くさいけれど、やっぱり美味しいから。「うまい」いつもの診察室で見せる優しい笑顔。「ありがとうございます」「ねえ、これは?」宮城先生は壁一面に作り付けられた本棚にぎっしり並べられた本を手に取る。「私の趣味です」「へえー」並んでいるのは全部医療物。小さい頃から、私は医療物のお話が大好き。「これ、俺も好きだった。懐かしい
後日、4月から異動になったドクターやスタッフの歓迎会と称した飲み会。私たち研修医も部長命令で全員参加となった。当然、飲み会の花形は赴任してきたイケメンな若手。宮城先生は中心から外れたところで中堅看護師達と座っている。私もなんとなく向かいの席に着いた。さすがに医者の飲み会だけあって、料理もいくらか豪華な気がする。ここぞとばかり、私は箸を動かしていた。「お前は、注ぎに行かなくて良いの?」宮城先生の小さな声が聞こえた。「ええ、嫌いなので」「へぇ」と、何か言いたそう。遠くの方では良太がかいがいしく片付けやビールの追加を出している。夏美と翼はお姉さん看護師達や、若手スタッフに囲まれている。こうしてみると、品の悪い合コンにしか見えないわね。***歓迎会も、お開きの時間。「じゃあね、また明日」みんな気持ちよさそうに帰って行く。何人かは2次会に行くみたいだけれど、私が誘われるわけもなく、ありがたく帰らせていただきましょう。「オイ」「はい」後ろから声がかかり、振り向くと宮城先生。「この間のお礼は?」ああ、そういえば。「いいですよ。どこ行きますか?」「ラーメンは?」「入るんですか?」「ああ」って、私は無理だあー。歓迎会で、食べ過ぎてお腹いっぱい。それに、「ごめんなさい。私、麺類苦手なんです」あの、ズルズル吸う感じが好きになれない。「ふーん、じゃあファミレスにするか?」「はい」ファミレスなら食べられるものがあるから、大歓迎です。***なぜか焼き豚丼を頼んだ宮城先生と、ケーキセットを注文した私。「よく食べられますね」「何で?」「結構食べてましたよね?」「悪いか?」「いいえ」何なのよ、この威圧感。普段の温厚さはどこにおいてきた?「先生、二重人格ですか?」決して悪口のつもりで言ったわけではない。でも、「お前はわかりやすく裏表がないな」ちょっと意地悪な顔。「ええ。それをモットーに生きてます」「医者になるくらいだから頭良いんだろうに、バカだな」「はあ?」「生き辛いだろう」「まあ。そうですね」損な性格だと、私も思っている。だけど、なんだこの人。こんなにも無遠慮に、ずけずけと私の中の入ってくる。「何で、私には本性見せてくれるんですか?」「何でだろうな」「私が『宮城先生の本性はドsで
翌朝、病院のコンビニ。「おはよう」 「おはようございます」 当たり障りのない朝の挨拶。彼は、宮城公(みやぎこう)35歳の内科医。 優しい口調と温厚な性格で、患者さんにも人気がある。 10年以上にわたって僻地医療に携わり、地域医療に関しては県内の若手ホープと言われている人。 そして、私の彼でもある。私たちの出会いは、2年前。 研修医のローテで内科を回ったときにお世話になったのが彼だった。 穏やかな目、体格は中肉中背。背は・・・180センチ。165の私とも良いバランス。ん? レジに並ぶ公が、私を見ている。『今日もまたサンドウィッチとデザートなの?』って目が言っているけれど、好き嫌いの激しい私が食べられる物ってこれくらい。テへへ。 と笑ってみせると、 仕方ないなあ。と、肩を落とす公。「あら、宮城先生」 ほら、また患者さん。「田中さん。その後いかがですか?」 「はい、おかげさまで」 「季節の変わり目ですからね、気をつけてください。何かあれば受診してくださいね」 「はい、ありがとうございます」 患者さんは笑顔で立ち去った。こんな調子だから、公には普段からお見合いの話がよくくる。 もちろん、断ってくれてはいるけれど・・・そのうち、断れないようなお見合い話がくるかもしれない。 ***元々かわいげがなくて、好かれるか嫌われるかのどちらかしかない私は、2年前の内科研修でも苦戦していた。 3ヶ月間の研修中、お局様のベテラン女医に捕まってしまった。 本当なら愛想笑いでもしてかわいらしくすればいいのに、それがでない私は完全にロックオンされてしまい意地悪をされた。 それでも、泣き言が言えない損な性格。「カルテの整理と、診断書の作成を明日までに終わらせてね」 言い残して帰るお局様に、 「はい」 と答えてしまう。大量に残されたカルテと書類の束。 こんなの1人でできるわけないのに。 分っているのに。 ***夜中の医局で、1人カルテの整理と診断書の作成。 どうせやってもケチつけられる。 でもやるのが、意固地な私。その時、 「何してるの?」って声をかけられた。「診断書?何で1から作るの?」 私のデスクに並んだ書類を見ながら、呆れた顔をする宮城先生。
「ただいま」家に帰り、自分の部屋のリビングで、ソファーに倒れ込む。「おーい、酔い覚まし飲めよ」玄関から翼の声がする。「はーい」冷蔵庫から翼のお母さんが送ってくれた漢方を取り出して、うわー、これ苦手なのよね。でも、明日の勤務のことを考えれば、ゴックン。苦っ。ありがたいと思っていただきます。「なあ紅羽、お前明日日勤だろー」またまた階段下から大きな声。ッたく、うるさい。でも、勝手に入ってこないのが翼。あくまでもシェアハウスなんだから。必要以上に干渉したり、勝手に入ってくる事はしない。「そうよ。だから寝るの。うるさいわねっ」「母さんがパン買ってきてるから、食えよ」へ?言われてドアを開け、2階に上がったところにある踊り場スペース。本当だ、紙袋にパンがぎっしり入っている。いつもありがとうございます。お母さんは誰が食べているか知らないんだろうけれど・・・申し訳ないようで、とってもありがたい。「ありがとう、いただきます。お母さんにお礼言ってね」「ああ」おやすみ。***世間では、とは言っても同期や仲のいい友人の親しいごく一部だけれど、私たちが付き合っていると思っている。飲み会も一緒に出かけるし、仕事で困ったときにはやはり翼に相談してしまうし、周囲から見れば私たちは恋人同士に見えるんだろう。でも、違うんだなあ。本当は、翼の女よけ。それだけの存在でしかない。世間の常識的にこの関係が正しいのかどうかは別にして、私も翼も今の状態に満足している。でなければ、大学時代から数えて7年もこんな生活を続けたりはしない。うーん、ほどよく回ったお酒が気持ちいい。午後11時か。これで明日が元気なら文句無しなんだけれど。ピコン。『ちゃんと帰ったか?』毎日この時間にやってくるメール。私はイエスのスタンプを返信した。『明日勤務だろ、早く寝るんだぞ』『分っています』『ならいい。お休み』『お休みなさい。当直頑張って』これが、毎晩の日課。実は、私には付き合って2年になる彼がいる。
「カンパーイ」 盛り上がる店内。ここは最近評判のレストラン。 なかなか予約が取れないって噂なのに、誰かがコネを使ったのね。「おーい、ビールおかわり」 「こっちはハイボール」 「すいませーん、注文お願いしまーす」 色んな所から声が上がる「はーい、お待ちください」 店員さんも忙しそう。そんな中、相変わらず大騒ぎしている若者達は一気飲みや訳のわからないゲームまで。 パッと見は、大学生にしか見えないけれど・・・「これでも医者なのよねー」 すぐ隣から呆れた声が聞こえてきた。「あんたもね」 ガブガブと酒を飲んでいる美女に突っ込みを入れた。「紅羽(くれは)、顔真っ赤よ」 自分は全く顔に出さない美女夏美が、笑ってる。 「あんたとは違うの。一体どれだ強いの」 私だって弱い方ではないんだけどね、夏美が強すぎるのよ。勤務後、夕方7時から始まった飲み会。 すでに2時間以上がたち、みんなそれなりに酔っ払ってきている。 当然、私も夏美もかなり飲んでいる。「こらー、元樹と真一郎には絶対に飲ませるなよ」 遠くの方から、幹事の良太が止める声。そういえば2人とも今夜は待機だったはず。 そりゃあ、飲ませたらまずいわ。***私、山形紅羽(やまがたくれは)は27歳の小児科医。 やっと研修医の肩書きがとれて、医師として歩き出したばかり。今日は同じ大学の同期で、付属病院に就職したメンバーとの飲み会。 夏美は大学の同期で、私と同じ小児科医。 本当はお金持ち開業医の娘なのに、チョー現実主義者。 今だって、 「もったいないから、ほら飲みなさい」 良い所のお嬢さんとは思えない発言を繰り返す。「ほんと、黙っていれば美人なのにね」 「紅羽、やかましい」 あら、聞こえてた。「こら紅羽、飲み過ぎだぞ」 どこからともなく現れた翼が注意する。「はいはい、分ってます」福井翼(ふくいつばさ)は大学から同級生。 今は救命医として勤務している。 見た目は雑誌から飛び出てきたような、THE王子様。 顔が良くて、頭が良く、それで性格の良い奴ならモテないはずがない。 当然、学生時代からかわいそうなくらい目立っていた。「飲み過ぎるな。介抱なんてごめんだからな」 耳元に口を寄せ、小声でささやく。ッたく、不必要なまでにいい男。 ここまでくると、嫌みよ
「カンパーイ」 盛り上がる店内。ここは最近評判のレストラン。 なかなか予約が取れないって噂なのに、誰かがコネを使ったのね。「おーい、ビールおかわり」 「こっちはハイボール」 「すいませーん、注文お願いしまーす」 色んな所から声が上がる「はーい、お待ちください」 店員さんも忙しそう。そんな中、相変わらず大騒ぎしている若者達は一気飲みや訳のわからないゲームまで。 パッと見は、大学生にしか見えないけれど・・・「これでも医者なのよねー」 すぐ隣から呆れた声が聞こえてきた。「あんたもね」 ガブガブと酒を飲んでいる美女に突っ込みを入れた。「紅羽(くれは)、顔真っ赤よ」 自分は全く顔に出さない美女夏美が、笑ってる。 「あんたとは違うの。一体どれだ強いの」 私だって弱い方ではないんだけどね、夏美が強すぎるのよ。勤務後、夕方7時から始まった飲み会。 すでに2時間以上がたち、みんなそれなりに酔っ払ってきている。 当然、私も夏美もかなり飲んでいる。「こらー、元樹と真一郎には絶対に飲ませるなよ」 遠くの方から、幹事の良太が止める声。そういえば2人とも今夜は待機だったはず。 そりゃあ、飲ませたらまずいわ。***私、山形紅羽(やまがたくれは)は27歳の小児科医。 やっと研修医の肩書きがとれて、医師として歩き出したばかり。今日は同じ大学の同期で、付属病院に就職したメンバーとの飲み会。 夏美は大学の同期で、私と同じ小児科医。 本当はお金持ち開業医の娘なのに、チョー現実主義者。 今だって、 「もったいないから、ほら飲みなさい」 良い所のお嬢さんとは思えない発言を繰り返す。「ほんと、黙っていれば美人なのにね」 「紅羽、やかましい」 あら、聞こえてた。「こら紅羽、飲み過ぎだぞ」 どこからともなく現れた翼が注意する。「はいはい、分ってます」福井翼(ふくいつばさ)は大学から同級生。 今は救命医として勤務している。 見た目は雑誌から飛び出てきたような、THE王子様。 顔が良くて、頭が良く、それで性格の良い奴ならモテないはずがない。 当然、学生時代からかわいそうなくらい目立っていた。「飲み過ぎるな。介抱なんてごめんだからな」 耳元に口を寄せ、小声でささやく。ッたく、不必要なまでにいい男。 ここまでくると、嫌みよ...
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