Chapter: 紅羽、襲われる ③家に帰りるとやはり傷口が痛み出し、翼が処方した鎮痛剤を飲んでなんとか朝を迎えた。 朝には公が来てくれた。「はい」差し出されたのは、病院近くにあるベーカリーのパン。「ありがとう」当直明けの公は、この後朝からの勤務が待っている。 時間がないのにわざわざ来てくれたことが嬉しい。「あまりゆっくりはできないんだ」 「うん」コーヒーを入れ、 2人でパンをつまんだ。「お前は何でも1人で抱えすぎだ」 「ごめん」 心配してくれているのが分って、素直に口をでた。「どうして相談しないんだよ」 「まさか、怪我するとは思っていなかったし。大丈夫だと思って」 「大丈夫じゃなかったな」公の呆れた顔。「だから、ごめん」2人でいるときの公は、いつもとっても俺様だ。 厳しいことを言われることだって珍しくないけれど、嫌な気分ではない。 それは、私だけが知る公だから。フフフ。「こら、怒られてるのに笑うな」公は怒っているけれど、そんな公がとっても好き。***昼前には母さんからも電話があった。「警察から連絡があったのよ」 「あ、うん」 「大丈夫なの?」 「・・・心配かけてごめん」そんな言葉しか出てこない。「父さんがね、一度帰ってきなさいって」 「うん」そういえば最近顔出していない。「本当に大丈夫なのね」お母さんは心配そうに何度も聞いてくる。「大丈夫、元気だから。近いうちに帰る。父さんにもそう伝えて」 「わかったわ」無理をしてはダメよと繰り返し、母さんの電話は切れた。 私は親不孝な娘だ。 こんなに大切に育ててもらったのに、恩返しもできないどころか、いまだに心配をかけ続けている。***私の実の父は私が生まれる前
Terakhir Diperbarui: 2025-04-14
Chapter: 紅羽、襲われる ②怪我自体は比較的軽症で、7針ほど縫う切創。 翼が自分で縫合してくれた。「旦那は呼ばなくていいのか?」 処置室で2人になったタイミングで聞かれた。旦那とは公のことで、翼はいつもそう呼ぶ、「知らせなくていいわ。心配かけるだけだから」怪我もたいしたことなかったし、後で話せば十分だろう。「本当にそれでいいのか?」不満そうな翼の顔。 だからといって無理強いしないのが、翼らしい。 ***「何があった?」いつも優しい救命部長が真剣な顔で聞いてくる。「自転車に乗った人が後ろから近づいてきて、いきなり切りつけられました」 「相手は見たのか」 「いいえ。いきなりで顔を見ることはできませんでした」 「そうか」 そう言って、ジーッと私の顔を見る部長。「襲われるような心当たりはあるのか?」 今度は翼にも視線を送る。翼の上司である部長は、私と翼が付き合っていると思っている。 そう思わせているのは私たちだけれど、騙しているような気持ちは消えない。「紅羽、最近何かあったのか?」 「うん。まあ・・・」翼に聞かれれば嘘はつけず、曖昧な返事しかできない。「言ってみなさい」しかし、怖い顔をした部長にも言われ、話すしかなくなった。。「実は・・・」私は車に嫌がらせのビラが貼ってあったことを告白した。「そういうことは早く言えよ」翼は怒り出し、部長に「警察を呼ぶぞ」と言われ、頷くしかない。***警察は色々と事情を聞き、 1時間ほどで帰っていった。その後翼が付き添っていると、診察室がノックされ、公が顔を出した。「大丈夫?」周りにいるスタッフを気にしてか、とっても優しそうな顔。しかし、呼ばれてもいない公が顔を出せば、 「先生どうしたんですか?」 と周りにいたスタッフに聞かれしまう。「うん。たまたま救急に呼ばれたんだ。そうしたら山形先生が運ばれたって聞いてね、お見舞い」相変わらずいい笑顔。あたしじゃなくて、公の方が絶対小児科医に向いているわ。「俺、医局覗いてくるわ」気を遣ったのか翼が出て行き、いつの間にか公と2人になっていた。「大丈夫か?」 「うん」 「なんですぐに知らせないんだ?」 「だって、心配かけると思ったし」 「その油断がこの結果を招いたんだろう。しっかりしろ、何かあってからでは遅いんだぞ」やっぱり叱られた。「ご
Terakhir Diperbarui: 2025-04-13
Chapter: 紅羽、襲われる ①1日の終わり。 あーぁ、今日も忙しかったと1人ぼやきながら、私は借りている駐車場へと向かっていた。日が長くなり、まだ周囲は明るい。 今日は公が当直だから、1人でゆっくりビールでも飲もうなんて考えながら、私は駐車場に近づいて行った。そして、車が見えるところまで来たとき、足が止まった。『山形紅羽』 真っ赤な字で、ただ名前だけ書かれた紙。うわ、気持ち悪い。 一体誰だろう。 個人で借りている駐車場だから、病院の駐車場ほど管理も厳重ではない。 もしかして、翼のファン? いや、まさかね。 さすがにそこまでは・・・でも、なくはない。 とにかく帰ろう。 帰って翼に相談しよう。 紙をはがし、タオルでフロントガラスを拭くと、私は自宅に向かった。***警察に通報しようかとも考えたけれど、思い止まった。 色々うるさく聞かれるのは好きじゃないし、嫌がらせメールや無言電話も以前からあった。 翼のファンに呼び出されたことだって、1度や2度じゃない。そんなときでも、私はただ黙っている。 「あんた何様よ」 「翼くんはあんたなんか好きじゃないのよ」 「どっか行っちゃってよ」 中には手を上げそうな勢いで掴みかかってくる子までいるが、私は無反応を通した。 恋人でない以上、何を言われても平気だった。 だから、今更こんな嫌がらせに負けたりしない。私はこんな性格だから、イジメには慣れている。 小学校の時から、時々イジメられた。 さすがに自分のかわいくない性格を変えようとした時期もあった。 周りのみんなに負けないように精一杯笑顔を作ったり、興味もないくせに話を合わせてみたり、似合いもしないのにおそろいの髪型にしてみたりと自分なりに努力はした。 でも、長くは続かなかった。 嘘をついて自分をごまかすことが苦しくなって、いつの間にか1人になっていた。 無視されるのも、物を隠されるのも、囲まれて小突かれることだって経験すみ。 張り紙一
Terakhir Diperbarui: 2025-04-12
Chapter: 困った患者小児科の勤務医となって3ヶ月。 元々研修医としてお世話になっていた病院でもあり、馴染むのに苦労はなかった。 ただ1人、この春赴任してきた小児科部長を除いては・・・本当にあの部長は、今まで出会った上司の中で最悪。 とにかく、私に対する敵対心が半端ない。 そりゃあ、私に問題がないとは言わないけれど・・・「紅羽先生、顔が怖いですよ」外来看護師の沙樹ちゃんが「ほら笑って」と、笑顔を向ける。 はいはい。 今日の私は外来の担当で病棟にいる部長には会わなくてもいいわけだから、ノビノビやりましょう。「じゃあ、始めましょう」 「はい」今日も患者であふれかえる小児科外来から、私の1日が始まった。***「先生、次呼んでいいですか?」 「はい」答えながら、パソコンに向かい必死にカルテ入力をする。 こう見えて、医者って結構激務だ。 診察、カルテ記載、カンファレンスを開いて治療計画を検討したり診断書の作成もして、その間で勉強だってしなくては今の医療についてはいけない。 それに、最近の親はクレイマーも多いから気をつけないとすぐに文句を言ってくる。 特に私みたいにニコニコしない医者には風当たりも強い。 そう言えば2年前、小児科医になると決めた私に翼は驚いた顔をした。 それだけ意外な選択だったのだろう。 けれど公は、「お前らしい」と言ってくれた。 どちらにしても、自分で決めた以上はしんどくても頑張るしかないんだ。***「先生、今夜熱がでなかったら、明日から保育園に行けますよね?」私よりも年下に見える母親が、探るように聞いてきた。「え、明日診察に来ていただいて、良ければ登園OKを出しますが、すでに4日も熱が続いていて肺炎になりかけているんです。本当だったら入院して点滴治療をするところなんですよ」患者は4歳の女の子で、風邪が長引いていてここ数日毎日受診している。 薬のお陰で少しづつ回復してきていて、今朝はもう熱もなくなった。 でも本当ならすでに入院をしていてもいい経過で、どうしても無理だって言うから外来で治療しているのに・・・「明日は、どうしても休めないんです」母親は、とうとう泣き出してしまった。 こういうことも今時珍しくもない。 私はすぐに院内のケースワーカーを呼び、市がやっているサポートセンターを紹介した。「私は医者だから、お子
Terakhir Diperbarui: 2025-04-11
Chapter: 私の彼氏、宮城公 ③「研修医にしてはいいところに住んでるんだな」ファミレスを出て、宮城先生と2人で家の前まで来た。 きっと翼が帰っているのだろう、家には明かりがついている。「実家な訳、ないよな」色々考えながら探るような言葉を口にする宮城先生。「ええ、違います」フフフ。 良い気分。 さっきまで宮城先生ペースだったのに、今は完全に私のペースだ。「良かったら寄っていきますか?」 「嫌、でも・・・」最初は送るからと言われ流れでここまで来てしまったが、私は宮城先生を驚かせたくなった。「コーヒーくらい入れます」 「うん、じゃあ」やっぱり気にはなるらしい。***鍵を開け玄関の中へ。「ただいま」 「お帰り」入り口で立ち尽くす宮城先生。 すると、何も知らない翼が顔を出した。「遅かったな」次の瞬間、 「ええ」 「あっ」 男性2人の声が重なった。よし、勝った。 私はガッツポーズでもしたいくらい。 一方、驚いて声も出ない宮城先生。「お前・・・」 翼は私を睨んでいる。驚かせてごめん。 私が手を合わせて謝ると、翼は肩を落として見せた。「宮城先生、ごゆっくり。失礼します」 一方的に言って、翼は消えていった。「先生どうぞ。2階です」驚いている宮城先生を、私は部屋に案内した。***「シェアハウスって事か」2階に上がった時点で、先生も状況を理解したらしい。「まあそうです」 「随分と大胆だな。変な噂でも立ったらどうする?」 「別に気にしません」何、嫁入り前の娘がとでも言う気? バカらしい。「で、コーヒーは?」 「ああ、そうでした」好き嫌いの激しい私は、食べられないものが多い。 その分好きなものにはこだわりがあって、コーヒーもその1つ。「ブラックでいいですか?」 「ああ、ありがとう。あれ、豆から挽くのか。こだわってるな」 「ええ、ちょっと待ってくださいね」どうしてもインスタントを飲めない私は、家では豆から引いてコーヒーを入れる。 面倒くさいけれど、やっぱり美味しいから。「うまい」 いつもの診察室で見せる優しい笑顔。「ありがとうございます」「ねえ、これは?」宮城先生は壁一面に作り付けられた本棚にぎっしり並べられた本を手に取る。「私の趣味です」 「へえー」並んでいるのは全部医療物。 小さい頃から、私は医療物
Terakhir Diperbarui: 2025-04-11
Chapter: 私の彼氏、宮城公 ②その後再び宮城先生と話すことができたのは、4月から異動になったドクターやスタッフの歓迎会の席だった。 その日は私たち研修医も部長命令で全員参加したものの、飲み会の花形は赴任してきたイケメンな若手たち。宮城先生も中心から少し外れたところで中堅看護師達と座っていて、私もなんとなく向かいの席に着いた。さすがに医者の参加する飲み会だけあって料理もいつもより豪華だったため、ここぞとばかり私は箸を動かしていた。「お前は、注ぎに行かなくて良いの?」飲み会も中盤に差し掛かった頃、宮城先生の小さな声が聞こえた。「ええ、そういうのは嫌いなので」 「へぇ」と、何か言いたそうな顔。遠くの方では研修医仲間達がかいがいしく片付けやビールの追加を出しているし、夏美と翼はお姉さん看護師達や、若手スタッフに囲まれている。 こうしてみると、品の悪い合コンにしか見えないわね。***2時間ほどで、歓迎会もお開きの時間。「じゃあね、また明日」みんな気持ちよさそうに帰って行く。 何人かは2次会に行くみたいだけれど、私が誘われるわけもなく、ありがたく帰らせていただく。「オイ」 「はい」後ろから声がかかり、振り向くと宮城先生だった。「この間のお礼は?」ああ、そういえば。「いいですよ。どこ行きますか?」 「ラーメンは?」 「入るんですか?」 「ああ」私は無理だ。 歓迎会で、食べ過ぎてお腹いっぱい。 それに、「ごめんなさい。私、麺類苦手なんです」あの、ズルズル吸う感じが好きになれない。「ふーん、じゃあファミレスにするか?」 「はい」ファミレスなら食べられるものがあるから、大歓迎です。 ***なぜか焼き豚丼を頼んだ宮城先生と、ケーキセットを注文した私。「よく食べられますね」 「何で?」 「結構食べてましたよね?」 「悪いか?」 「いいえ」何なのよ、この威圧感。 普段の温厚さはどこにおいてきた?「先生、二重人格ですか?」決して悪口のつもりで言ったわけではない。 でも、あまりにも普段と違う。「お前はわかりやすく裏表がないな」 ちょっと意地悪な顔。「ええ。それをモットーに生きてます」 「医者になるくらいだから頭良いんだろうに、バカだな」 「はあ?」 「生き辛いだろう」 「まあ。そう
Terakhir Diperbarui: 2025-04-11