入江紀美子は疑惑を抱えながら森川晋太郎の前に来て、低い声で「社長」と呼んだ。「昨夜は何故帰ってこなかった?」晋太郎は冷たい声で問い詰めた。「体の具合が悪かったからです」紀美子は視線を下げながら答えた。「具合が悪かった?口まで開けない状態だったか?まずは俺に報告することを忘れたのか?」晋太郎は更に厳しい口調で問いただした。紀美子は眉を寄せ、「違います、薬を飲んで眠ってしまいました。わざと報告を怠ったのではありません。」晋太郎は無理やり目の中の怒りを抑え、益々冷たい声で、「本当に眠ってしまったのか、それともわざと他の男のところで寝て報告しなかったのか?」「えっ?」「他の男って?」紀美子は頭を上げて不思議そうに聞き返した。晋太郎は冴え切った目で紀美子を見つめ、「その質問は俺がすることではないか?」と挑発まじりに聞いた。「入江さん?」まだ戸惑っていた紀美子は、優しそうな声が聞こえてきた。一瞬、紀美子は思い出した。昨日晋太郎に電話を切られる前、塚本先生と話をしていたのだ。もしかして晋太郎が言っている男は、塚本先生のことだろうか。紀美子はこちらに向かって歩いてくる塚本悟を見て、また挑発している晋太郎の顔を覗いた。そこから説明してもすでに遅かった。悟は紀美子の傍で停まり、彼女のその針を抜いてから手で押さなかったせいで血が垂れ続けている手の甲を見た。眉を寄せながら、悟は疑い深そうに「血が出ている、この時間ならまだ点滴が終わっていないはずです」と問い詰めた。紀美子はそれに気づいて慌てて針の穴を手で塞いだ。「ありがとう、あとで処理しておくから」悟は自分の手を紀美子の額に当て、心配そうにため息をついた。「熱は退いたけど、まだ静養が必要ですよ」紀美子は晋太郎に誤解されたくないので、慌てて視線を逸らした。「分かっています」悟は仕方なく手をポケットの中に突っ込んで、ようやく隣で息を潜めている晋太郎に気づいた。「この方、患者さんは静養が必要ですので、どうか会話する時間を変更してください」悟は謙遜かつ礼儀正しい言葉遣いで注意した。「医者が体温計ではなくただ手を当てるだけで患者の体温を正しく測れるなんて、初めて見たな」晋太郎は悟に目線を合わせた。「臨床の経験を活かせば、患者さんのお時間を節約できることもあり
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