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会社を辞めてから始まる社長との恋
会社を辞めてから始まる社長との恋
Author: 花崎紬

第1話 お願い、助けて

Author: 花崎紬
帝都、サキュバスクラブ。

その日は入江紀美子が名門大学を卒業する日だった。

しかし家に帰って祝ってもらう余裕もなかった。

実の父親に、200万円の値段で薬を飲まされクラブの汚いオヤジたちに売られた。

うす暗い部屋からなんとか逃げ出したが、薬の効果が彼女の理性を悉く飲み込んでいった。

廊下で、彼女の小さな頬が薄紅色になり、怯えながら迫ってきた男達を見つめた。

「来ないで、私…警察を呼ぶから…」

先頭に立つ男が口を開き黄ばんだ歯を見せながら、手に持っている鞭を揺らしながら彼女に近づいてきた。

「いいだろう、好きなだけ呼ぶがいい。サツが来るのが先か、それともお前が俺達に弄られて昇天するのが先か」

「べっぴんさんよ、心配するな、お兄さんたちがお前を気持ちよくさせてやるから…」

紀美子は耳鳴りがしてきた。

彼女は父が救いようのないろくでなしだと知っていた。

大学に通っていたこの数年、彼女はずっとアルバイトで稼いだお金で生活していて、父からは一銭も貰わなかった。

それなのに、まさか父が今、賭けの借金を返す為に娘を人に売ろうとしているとは!

紀美子は逃げ出そうとするが、足が覚束なくなり、力が抜けていた。

彼女は躓き床に倒れ、自分の身体を獲物同然に分けようとする人たちを目の前にして、どうしようもなかった。

ちょうどその時、彼女の左前の部屋のドアが開かれた。

黒色の手製の皮靴が彼女の目に映った。

見上げると、男の真っ黒な瞳は冴え切った湖の如く、まるで魂を吸い取る冷たさをしていた。

男を見て、彼女は少し安心した。

彼女は男のズボンの裾を引っ張り、「お願い、助けて!この人たちに薬を飲まされたの!」と泣きながら助けを乞うた。

男は眉を寄せ、視線は冷たく彼女を掠め、一瞬の不快を見せた。

彼は身体を屈め、手を伸ばした。

「助けてくださりありがとうございます…」

紀美子は安心して手を伸ばそうとした。てっきり彼が自分を支えてくれると思ったその時。

男は彼女の手を振り払い、自分のズボンを握っているもう一本の手を冷たく払った。

この世界のトップ100の企業を牛耳るMKの社長として、森川晋太郎は決して上で動くような人ではなかった。

「晋様!」

彼の後ろに立つアシスタントの杉本肇は一枚のハンカチを渡してきた。

晋太郎は冷たくそれを受け取り、強く紀美子に触られた掌を擦った。

そして、そのハンカチを嫌悪とともに床に叩きつけ、振り返らずにその場を離れた。

肇は晋太郎を追おうとした。

離れる前、肇はふと紀美子を睨んだ。

一瞬、彼の目の奥には驚きが見えた。

しかし晋様が遠く行ったのを見て、肇は急いで追うしかなかった。

廊下にいる男たちは、再度紀美子を睨みながら悪だくみをした。

「小娘よ、MKの社長に助けを求めるなんて、まったく身の程を知らないんだな。もう観念して俺たちについてきたらどうだ…」

男達は欲張りに紀美子を囲んだ…

入り口の前。

流線形をするメルセデス・マイバッハが黒い夜景に潜んでいた。

晋太郎が不快そうな顔をして出て来たのを見て、運転手は急いで車のドアを開けた。

高貴な男が車の後ろの席に座り込んでから、おいついてきた肇が急いで近づき、彼の耳元で囁いた。

「晋様…」

肇の囁きを聞いた晋太郎は、そのハンサムな顔に一抹の不安を見せ、「彼女を連れてこい」と眉を凍らせるかのように命令した。

……

翌日。

紀美子は悪夢から目覚めた。

「いやっ!」

彼女は汗まみれのベッドから身体を起こした。

すべすべのシルクのシーツが彼女の身体から滑り落ち、キスマークに満ちるセクシーな胴体が見えてきた。

床には脱がされた彼女の服と、十数個もの使い捨てられた「ゴム」が落ちていた。

昨夜の惨烈な戦いぶりが垣間見えた。

彼女は羞恥と怒りを堪えながら布団を抱え、目の前のソファに座りタバコを吸っている男に目を赤くして問い詰めた。「私に何をした…」

儚く漂う煙が晋太郎のハンサムな顔を包んでいた。

この時の彼は携帯電話のスクリーンを強く見つめ、目は複雑な気持ちに満ちていた。

紀美子の声を聞いて、彼は手元のタバコを消し、立ち上がってベッドの傍で自分のシャツの襟を開いた。

「お前が俺に何をした、と聞くべきじゃないか」

彼の鎖骨にある同じくみっしりしたキスマークを眺め、彼女は一瞬思考が止った。

頭の中では、細かく砕けた記憶の断片が結合し直そうとしていた。

彼女は微かに思い出したようだーー

昨夜自分は薬を飲まれ、危うくあの男たちに侵されるところを、この男のアシスタントに助けられた。

その後、彼女は一台の車に乗せられた。

しかしその時にちょうど薬が効いてきて、彼女は身体の本能に従い目の前の男に交歓を求めるしかなかった…

そこまで思い出すと、紀美子の頬が赤く染まり、床に捨てられたコンドームを眺めた。

昨夜、彼女は彼を搾りきるところだった…

「助けてくれて、ありがとう…」

彼女は目を垂らし、男の目線を逸らした。

そして一枚の名刺が目の前に落ちてきた。

名刺には僅か数文字しか書かれていなかった。

MK:森川晋太郎

帝都にその名前を知らない人なんていない、と言わんばかりに、それ以上の情報を載せる必要はなかった。

この魔都とでも呼ばれる街には、この神の如く美しい男はまさに支配者だ。

紀美子は問い詰めるような目線を上げようとしたそのとき、晋太郎の冴え切って磁性のある声が聞こえてきた。

「秘書が一人要る。月給は200万円だ。お前に俺の仕事そして生活の全ての面倒を見てもらう」

月給200万円の秘書?

紀美子は目を大きくして、「あれだけ優秀な人材たちがMKに応募しているのに、なぜ私を選んでくれたのですか?」

晋太郎は彼女の澄んだ瞳を見つめ、急に身体を屈め、指で紀美子の耳たぶを優しく擦った。

「このホクロのためだと言ったら、信じてくれるか?」
Comments (1)
goodnovel comment avatar
寺澤由実子
違うのが読みたい!!
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    晋太郎はうなずき、紀美子と一緒にリビングに入った。その時、子どもたちも階段を下りてきた。ちょうど朔也も電話を終えたところだった。彼は紀美子に言った。「G、これ、全部晋太郎の仕業だろう?結局は俺が手伝わなきゃならないなんて、まったく。君たち二人の婚約式なのに、まるで俺が主役みたいだ」紀美子は子供たちに小さなフォークを配りながら言った。「さっき、お酒のランクは高ければ高いほどいいって言ってたのは誰?」朔也はニヤニヤしながら言った。「俺さ!」「それで、お酒を変えた方がいいって言ったのは誰?」「それも俺さ」「じゃあ、なんでそんなことを言うの?」紀美子は呆れた。朔也は鼻を鳴らして言った。「俺は、ホテルが用意した酒なんて見向きもしないよ。晋太郎、お前も少しは気を使ってくれよ」「君が手伝ってくれるじゃないか」晋太郎は彼を一瞥した。「……まあまあ、俺はお前たち夫婦にはかなわないよ」朔也は言った。「夫……夫婦……」紀美子は恥ずかしくなり、慌てて一切れのリンゴを取って、朔也の口に押し込んだ。「もう、黙ってて!」「あまり準備できていないけど、怒らない?」晋太郎は紀美子を見て言った。紀美子はオレンジを差し出しながら言った。「全然。婚約のことは急に決まったから、まだいろいろなことが残っているじゃない。こんな小さなことは気にしないで」「これは小さなことじゃない」晋太郎は言った。「婚約式は一回だけだから」「分かった、あなたの言う通りにするわ」紀美子は仕方なく言った。「ママ」紀美子の言葉が終わると、ゆみがイチゴを食べながら顔を上げて聞いた。「ママ、今夜はちゃんと早く寝るんだよ?」「どうしたの?」紀美子は驚いて尋ねた。「早く寝ないと、明日元気が出ないよ」佑樹が言った。「ママ、きれいな花嫁になりたくないの?」紀美子は子どもたちに言われて耳が赤くなった。「まだ花嫁じゃない……」「明日婚約したら、もう婚約者だよ」念江が言った。「半分くらい花嫁だね」「こんなこと、誰に教わったんだ?みんな結構詳しいな」朔也は笑って言った。「ネットで調べたよ!ママ、今晩は早く寝ないと、明日元気いっぱいにならないよ!」ゆみはニヤリと笑って言った

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    「この件は早くはっきりさせるべきだ」晋太郎は言った。「引き延ばすのは、佳世子にもお前にも良くない」「分かってるけど、どう言い出せばいいのか分からないんだ」晴は答えた。「藍子と子どものことから始めて、佳世子に対する偏見を最小限に抑えてみて」晴は少し黙ってから言った。「親に言えっていうことか?孫が藍子に殺されたって?それは無理だ!母は佳世子のお腹の子が俺の子じゃないと考えているんだ!」「それで、彼らが言ってるからって信じるのか?」晋太郎は冷笑した。「晴、お前、男だよな?」「そうだよ!だから俺だって藍子に会いに行ったんだろ!?」「それが?」晋太郎は嘲笑しながら言った。「お前は、佳世子に対する気持ちが深いと言いながら、彼女を弁護する勇気すらないのか?」晴は黙った。「とりあえず、明日の婚約式、来てくれ」晋太郎は立ち上がった。「婚約式?」晴は驚いて言った。「紀美子と俺の婚約式だ」晋太郎はデスクの席に着きながら言った。「全然情報が流れてないじゃないか。メディアには知らせたのか?」晴は目を見開いて言った。「メディアには、夜の12時に公開させるつもりだ」晋太郎は微笑んだ。「俺と紀美子の婚約のことを、みんなに知らしめるんだ」晴は晋太郎を見て、心から喜んだ。「よかったな、紀美子とやっと報われたな!」「お前もだろう」晋太郎は晴をじっと見つめながら言った。「晴、自問してみろ。今の佳世子の状況を見ても、彼女を選ぶのか?」「俺は、何があっても彼女と一緒にいる!」晴は迷わず言った。「彼女がどんな病気にかかってても構わない!俺が望むのは、彼女が俺の元に戻ってくることだけだ!」晋太郎は彼をじっと見て言った。「周りの目を、全て受け入れられるか?」「もちろん!」「将来的に感染のリスクがあることを、覚悟できてるか?」「もちろんだ!!」晋太郎は冷笑しながら言った。「なら、どうして親に言うことを先延ばしにしてるんだ?」晴は答えられなかった。「この件は俺には手伝えない。晴、お前は自分でやるしかない」晋太郎は忠告した。「分かってる……」晴は深いため息をついて言った。「時間を見つけて、親にはっきり話すよ」「忘れるな、藍子の裁判前

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第872話 刑務所に行かなくて済む

    「他には?」念江も尋ねた。ゆみは両手を腰に当て、ため息をつきながら言った。「お兄ちゃんたちはかっこよくて、ゆみは可愛いって言ってた!」紗月が言った成仏のことについて、ゆみは口にしなかった。彼女はそれが何か分からなかったが、話してはいけないことだと分かっていたので、しっかりとその約束を守っていた。帰り道。ゆみは小さな手で紀美子の顔を何度もなぞった。紀美子は苦笑いしながら彼女を見た。「ゆみ、何をしてるの?」「おばあちゃんがこんな風に顔を触ってたの!ママを触りたかったけど、触れなかったみたい」ゆみは答えた。紀美子は驚いた。「おばあちゃん……そんなことしてたの?」「そうよ!」ゆみは紀美子の腕に飛び込んだ。「ママ、おばあちゃんは本当にきれいだったよ。長くて巻かれた髪が腰まであって、目はママと一緒だった!でも、おばあちゃんはずっと泣いてて、涙は赤かった」紀美子はゆみの話を聞きながら驚いた。どうして赤い涙が出るの?「おばあちゃんは、また会いに来るって言ってた?」紀美子は聞いた。ゆみは首を横に振り、目を閉じて言った。「ないよ。ママ、ゆみはちょっと疲れた……」そう言うと、ゆみは口を開けてあくびをした。「ママ、抱っこして。眠い……」紀美子はゆみを膝に乗せ、背中を優しく叩きながら寝かしつけた。MK。晋太郎は技術部の社員と会議をしていた。技術部長は晋太郎に資料を渡した。「社長、こちらが相手のファイアウォール突破回数です。MKの支社はすべて統計を取っていますので、ご確認ください」晋太郎は資料を受け取り、集中して目を通した。最後に見て、眉をひそめた。「A国のファイアウォールは、すでに8回も攻撃されたのか?!」A国の会社を除けば、他の支社の回数はどれも3回を超えていない。相手はかなりの情報を持っているに違いない。だからこそ攻撃を繰り返しているのだろう。「A国の技術部から何か連絡はあったか?」晋太郎は冷たく聞いた。「はい、彼らは8時間おきにファイアウォールの修復と暗号化を行っていると言っていました。すぐには突破できないだろうとのことです」技術部長は答えた。「向こうの副社長に連絡して、重要なファイルを速やかに多層暗号化するよう伝えてくれ。

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第871話 もう心配しないで

    紗月は周囲の人々を一巡して見渡し、仕方なくため息をついてからゆみを見た。「ゆみ、どうして言うことを聞かないの?」ゆみは無邪気に紗月に小さな手を差し出した。「おばあちゃん?」紗月はうなずきながら言った。「そうよ、ゆみはとても可愛いし、お兄ちゃんたちもとてもかっこいいわ。おばあちゃんはみんなが大好きよ」「おばあちゃん、どうして急に現れたの?」ゆみは尋ねた。紗月は優しく答えた。「ひいじいさんと一緒にいくために来たの」「行く?」ゆみは首をかしげて聞いた。「どこに行くの?」「ひいじいさんとひいばあさんが再び会える場所に行くのよ」紗月は言った。「嫌よ!」ゆみは小さな頭を振って言った。「おばあちゃんは綺麗で優しいから、ずっといてほしい!」「ダメよ。私たちには私たちの世界があって、あなたたちと一緒にいることはできないの。そうしないと、あなたたちが想像できない代償を払わなければならなくなるわ」「代償?」ゆみは理解できない様子で尋ねた。「どんな代償?おばあちゃん、どうしてみんなはあなたが見えないの?」紗月は目を伏せて言った。「おばあちゃんはもうこの世界に属していないから」そう言うと、紗月は腰をかがめ、ゆみの澄んだ瞳に静かに目を合わせた。「ゆみ、あなたが大きくなって、力を身につけたら、私を成仏させてくれるかしら?」ゆみはまだ成仏の意味が分からなかったが、それでもおとなしく頷いた。「分かったよ」紗月は満足そうに微笑んだ後、再び紀美子と翔太を見た。「ゆみ、おばあちゃんから伝えてほしいことがあるの。お母さんに、おばあちゃんのことを怒らないようにって。ずっと苦しませてごめんねって。それと、おじさんに、あまり遅くまで働かないようにって、体を大事にしなさいって、私はすごく心配なの。それから真由おばあちゃんにも、私は元気だから、心配しないでって伝えてね。それと……」そのあたりから、紗月の声は詰まってきた。彼女の目からは、血のように赤い涙が流れた。ゆみはこんな状況を見たのは初めてで、少し驚いた。しかし、目の前の人が自分のおばあちゃんだと分かっていたため、必死に冷静さを装った。「それと何?おばあちゃん?」ゆみは聞いた。「それと……」紗月は涙を拭った

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第870話 見えない人

    入江紀美子を捉えても、渡辺野碩の目の中には特になんの感情も見えなかった。まるで全く知らない人を見ているようだった。随分経ってから、彼は突然思い出したように、無力に口を開いた。「来て」紀美子はゆみを佑樹に預け、ベッドの近くまで来た。渡辺翔太は立ち上がり、紀美子を先ほど自分が座っていたところに座らせた。紀美子が座った瞬間、野碩はゆっくりと長く息を吐いた。彼の目は、更に濁った。「悪かった」紀美子は特に何も言わず、ただ野碩に合わせて「うん」と返事した。「人間は……老いたら固執するようになるほか、はっきりと見えないことも……ある。わしの懺悔など……君は聞きたくもないだろうな……しかし……わしはやはり君に……謝りたいのじゃ……」紀美子は目を下に向け、低い声で返事した。「分かった、受け入れるわ」野碩は首を傾げ、紀美子を見つめた。そのまま暫くして、彼はゆっくりと笑った。「やはり親子……紗月とそっくりだ……」そして、野碩の視線は紀美子の後ろの子供達に向けられた。「あれは……君の子供か……」紀美子は頷き、子供達に「こっち来て」と示した。子供達が立ち上がり、ベッドの横に集まってきた。「曾祖父様と呼んで」紀美子は子供達に言った。「曾祖父様」子供達は声を合わせて呼んだ。「いいのう……いい子達だ」野碩は笑って返事した。そして、彼は深呼吸をしてから、疲れたかのように目を閉じた。誰もが声を出さず、静かに野碩が再び目を開けるのを待った。しかし、いくら待っても野碩の反応は見れなかった。彼らは慌てて横のバイタルサインモニターを確認するが、映っている生態情報は至って穏やかだった。真由が口を開こうとした時、ゆみはゾクッと身震いをした。皆の視線は一斉にゆみに集まった。ゆみは慌てて周りを見渡し、その視線は入り口の方向に向けられた。紀美子は緊張したまま娘の反応をじっくりと観察した。ゆみは柔らかい声で、入り口の方に向って口を開いた。「きれいなおばさん」その場にいる他の全員が、一斉に入り口を見た。「ゆ、ゆみちゃん、誰のことを言ってるの?」真由は驚いて尋ねた。「ゆみ、何が見えた?」翔太も険しい表情で尋ねた。紀美子は真っ先にゆみを抱き上げようとしたが、

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第869話 何をしに尋ねてきた?

    20分後、一行は病院に到着した。長澤真由は森川念江の手を、渡辺翔太は佑樹の手を取り、紀美子はゆみを抱えて病院に入った。ゆみは首を傾げて口を開いた。「お母さんが、ゆみに独立しなさいと言ってたじゃない?何で今は抱っこしてくれるの?」紀美子は暫く沈黙した。前回ゆみが病院でおかしくなってから、きつく抱きしめていないと何か良くないことが起きる気がして怖かった。「病院は広いからね。抱っこしてあげる」「わーい、やっぱりお母さんは優しいね!」ゆみは母の首に手を回して言った。「ゆみは今でも他の人が見えないモノが見えるの?」紀美子は笑みを浮かべて尋ねた。「お母さんは霊のことを聞いてるの?」ゆみは口をすぼめて暫く考えた。紀美子はやや驚いたが、そのまま頷いた。「見える時と見えないときがある……」ゆみは悔しそうに答えた。紀美子は、前回晋太郎が教えてくれたみなしさんからの伝言を思い出した。ゆみは今はまだ霊眼を開いている途中だ。そのせいか、ゆみは時々何かが見えるのだろう。「うん、お母さんは知ってるよ。後で病室に入って、何か怖いモノが見えたら、必ずお母さんに教えてね。いい?」「分かった。安心して。お母さん!」病室の入り口にて。真由はドアを押し開いて入っていった。病室の中、衰弱した様子の渡辺野碩はベッドに寝ていた。彼は両目を瞑っており、顔には酸素マスクを付けられていた。隣のモニターには彼の穏やかな心拍を映し出していた。野碩を見て、ゆみは戸惑った様子で母に尋ねた。「お母さん、彼があの冷たかったお爺ちゃんなの?」「何でゆみが知ってるの?」紀美子は驚いた。「皆知ってるよ!」ゆみは答えた。「ゆみもね」「うん、その人がお母さんの祖父、つまりゆみの曾祖父なの」「分かった」ゆみは頷いた。真由は念江をソファに座らせ、翔太も紀美子に座るように合図をした。そして、真由は野碩の近くにいき、体をかがめて呼んだ。「お父さん、皆がお見舞いにきたよ」真由の声が聞こえたからか、野碩はゆっくりと両目を開いた。彼は呆然と暫く天井を眺め、そして周りを見渡した。翔太を見ると、野碩の指は動いた。「おじいちゃん」翔太は近づいて野碩を呼んだ。野碩は目を閉じ、かすれた声で口

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第868話 本当に行かなくていいの?

    入江ゆみは駄々をこねながら、父の懐に潜った。森川晋太郎は思わず口の端を上げ、真っ黒な瞳は愛に満ちた。「行きたくないなら行かなくていいよ」晋太郎の言葉を聞いて、ゆみはすっと目を開けて父を見つめた。「ほんと?本当に学校に行かなくていいの?」「うん、でも条件がある」「なに、条件って?」ゆみは大きくてきれいな目を光らせながら尋ねた。「どんな条件なの?」「携帯を預けるのと学校に行くこと、どっちを選ぶ?」そう聞かれ、ゆみはがっかりして肩を落とした。「やっぱり学校にいく。携帯を没収されるなんていや」「昨晩も結構遅くまで遊んでいたんだろ?」晋太郎は尋ねた。「そんなことないよ……」ゆみは口をすぼめて答えた。「お兄ちゃんがあそばせてくれないもん」「じゃあ、ぼく達が寝たと思ってこっそりと携帯を出して遊んでいたのは誰だった?」シャワールームから佑樹の声が聞こえてきた。ゆみが驚いて説明しようとすると、晋太郎に遮られた。「うーん、うそをつくようになったか。やはり俺は父失格だ」「えっ?」「違うの。お父さんのせいじゃない。ゆみが遊びに夢中だっただけ。お父さんは関係ない……もうこれから夜は遊ばないから!!学校にいくから!」ゆみは慌てて悔しそうに言った。「じゃあ、約束して」晋太郎は笑みを浮かべながら満足げな表情になった。1階にて。晋太郎が子供達を連れて降りてきたのを見て、紀美子は少し躊躇ってから口を開いた。「今日はこの子達を休ませよう」「どうして?」晋太郎は尋ねた。「子供達を連れて見舞いに行きたいの。まゆさんが、彼はもう長くないって……」「本当に会いに行くのか?」晋太郎は暫く考えてから尋ねた。「うん。恩や怨みなどもうどうでもいいわ」「情に弱いのはよくない」晋太郎は注意した。「分かってるけど、もう真由さんと約束してるから」「分かった」晋太郎はそれ以上言わなかった。「子供達に飯を食わせてからにして」「ちょっと甘やかしすぎてないかしら?」晋太郎がゆみを抱えて座るのを見て、紀美子は少し困った顔で言った。「ご飯を食べるくらい、ゆみは自分でできるじゃない」「女の子だから、少し甘えてやったって問題ない」「お母さん、そんなことを言っても無駄

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