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第2話 契約秘書

Penulis: 花崎紬
紀美子は当然、信じられなかった。

学生時代、耳たぶのホクロが「特別だ」と友達から褒められたことはあるけど。

たかがホクロのために、MKの社長が月200万円で雇ってくれるのか?

自分がおかしいのか、それとも彼がおかしいのか。

そんな考えを巡らせている間に、晋太郎はもう立ち上がっていた。

彼がゆっくりとシャツのボタンを締める様子からは凛とした雰囲気を発していた。

「俺は人に無理を強いるつもりはない。よく考えろ。」

言い終わると、彼はその場を離れた。

扉の前では、アシスタントの肇が待っていた。

晋太郎の目の下の腫れを見て、彼は驚きで目を見開いた。

まさか、これまで童貞をなによりも大事にしていた晋様が、初体験を奪われるとは。

しかもかなり激しい戦況だったように見える。

我に返った肇は、慌てて晋太郎に告げた。

「晋様、手に入れた情報をあなたの携帯に送信しました。この入江さんは晋様がお探ししている人ではないようですが、追い払いましょうか?」

「いいや、資料は読んだ。彼女の学校での履歴は完璧だ。

何よりも俺は彼女に反感を持っていない、そして秘書室は今能力のある人間を必要としている。

もし彼女が三日以内にMKに現れたら、すぐに入社手続きをしてやれ」

「もし現れなかったら?」

肇は恐る恐ると追って聞いた。

「ならば彼女の好きにさせろ」

晋太郎はあまり考えずに答えた。

……

三年後、MK社長室

紀美子はタブレットを持ち、真面目に晋太郎にスケジュールを報告していた。

「社長、午前十時にトップの会議がありまして、

十二時にエンパイアズプライドの社長と会食、

午後四時に政治界の方々との宴会があります…」

彼女の声は落ち着いていたが、その唇が動くたび、無意識に誘惑的な雰囲気を醸し出していた。

化粧をしていない小さな顔は、それでも艶やかで目を引く美しさだった。

晋太郎は目の前の資料から視線を上げると、その細長い瞳に一瞬、炎のような情熱を宿した。

彼の喉仏が上下に動き、その視線は紀美子に絡みつくようだった。

やがて彼は書類を机に置き、長い指でネクタイを不機嫌そうに引っ張った。

「こっちにこい」

晋太郎は紀美子に命令した。

紀美子は呆然と頭を上げ、晋太郎の幽邃な目線に触れた瞬間、自分が次に何をすべきかすぐに悟った。

彼女はタブレットを机に置き、従順に晋太郎の前に来た。

立ち止まった途端に、晋太郎に乱暴に懐の中に引っ張られ、彼の膝の上に座らせられた。

晋太郎は紀美子の小さな顎を指で掴んだ。

彼の表情には、邪悪と誘惑の雰囲気が漂っていた。

「もう三年も教えてきたのに、まだどうするべきか分からないのか?」

彼は問い詰めた。

紀美子は緊張で体が硬く張っていたが、次の瞬間、大人しく自ら晋太郎の少し冷たい唇にキスをした。

……

幕を下ろした

晋太郎は服を整え、社長室を出て会議に出かけた。

紀美子は寂し気に床に散らかっている服を拾った。

シャツを着ようとすると、胸元にびっしりと刻まれたキスマークが見えた。

これらの痕跡を見て、紀美子は自嘲的に口元に笑みを浮かべた。

三年前、晋太郎は彼女に一枚の名刺を渡し、MKに入社して彼の秘書にならないかと尋ねてきた。

二日迷ったが、彼女は入社することを選んだ。

母が急に重病にかかったからだった。

高額な治療費と父が残した借金の前では、彼女は現実に頭を下げるしかなかった。

月給200万円。

彼女は、これは決して秘書の仕事だけではないと、もちろん分かっていた。

この三年、彼女は晋太郎の右腕だけではなく、彼の欲望を発散する相手としての役割も担わされていた。

毎回、彼はまるで狂ったように彼女の体を欲した。

紀美子は最初、てっきり自分に魅力があるからだと思っていた。

しかし後になって分かった。

晋太郎が自分を選んだのは、本当にただ耳たぶにホクロがあるからだと。

晋太郎は幼い頃に事故に遭った。

そのとき、彼を助けたのはある幼い女の子だった。

その女の子の耳たぶには、紀美子と全く同じのホクロがあったらしい。

そしてこの三年、晋太郎はずっとあの女の子を探し続けてきた。

彼は紀美子に契約書に署名させた。

それは将来、晋太郎があの女の子を見つけたら、紀美子に高額な補償金を払う代わりに永遠に帝都から離れてもらうことだった。

身だしなみを整え、紀美子は椅子に残した怪しい痕跡をきれいに拭いてから出て行った。

彼女は資料を人事部に持って行こうとしたが、入り口の前についた途端、激しく争っている音が聞こえた。
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    「なるほど」晋太郎は軽く頷き、興味深そうに頬杖をついて続けた。「他に補足はあるか?」「お父さんはボディガードに情報を流させて、計画を変更したと見せかけるんだ。僕たちと旅行に行くはずが、急用で一人で出張することになった。そして何人かのボディガードをお父さんに成りすまさせ、大勢の護衛を連れて出発させる」子供たちの分析を聞いて、紀美子は呆然とその場に立ち尽くした。彼女は茫然と晋太郎を見つめ、答えを待った。「隆久について行かせるのを許可したのは正解だったようだ」晋太郎が言った。「じゃあ、子供たちの分析は当たったの?」紀美子は尋ねた。晋太郎は頷いた。「ああ。俺は奴のターゲットを混乱させた。護衛なしで堂々と出かけるなんて、バカでも手を出さない。だが、俺が一人で護衛を連れて出かけるなら、君がいない時が奴にとって最高のチャンスだ」「違うわ!」紀美子はすぐに反論した。「あの時だって、悟は大勢の護衛を連れて銃を撃ちながら追ってきたじゃない!今回私がいるいないで何が変わるの?私がいるからって彼が手柔らかにしてくれるとでも?忘れないで、彼は龍介さんに爆弾を仕掛けて、こっそり私の会社に置いていたのよ!」「要するに、奴は龍介を殺すつもりはなかった」晋太郎は説明した。「君の会社を破壊したり、社員を傷つけるつもりもなかった」「どういう意味?」紀美子は呆然とした。「爆弾は偽物だった」晋太郎は話を続けた。「奴が本当に俺たちを殺す気なら、あの夜の船上で、君を一人で残しておけば良かった。俺が到着した時に爆弾を爆発させれば、奴にとって最も手っ取り早い選択だったはず」「じゃあ、その後の追撃は何だったの?」紀美子は驚愕して尋ねた。「あれは単に俺たちの注意をそらすための手法だ。人間は危険に晒されると、他のことに気を回せなくなる」紀美子はまだ混乱しており、悟が自分のために手を出さなかったなんて納得できなかった。紀美子の表情を見て、晋太郎は彼女がまだ理解していないのが分かった。そして彼は再び説明を始めた。「その件を遡ると、実は俺が奴を会社から追い出した時点に起因する。奴は俺が対抗措置を取ることを理解し、潤ヶ丘がどんな場所で、どんな強力なネットワークがあるかも把握してい

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    悟の計画は、晋太郎の帰還により砂のように崩れた。退路を考えていなかったことが、今の窮地を招いた。だが、彼はその状況をいつまでも続けさせるつもりは無かった。そう考えながら、悟は再び紀美子の資料を手に取った。子供たちを除くと、晋太郎の弱点は紀美子だけだった。……夜。晋太郎は紀美子と子供たち、運転手だけを連れ、都江宴ホテルを出発した。「ボディガードは本当に連れていかないの?」紀美子は周囲を見回して尋ねた。「後ろに大勢ついて回らないと護衛にならないのか?」晋太郎はシートベルトを調整しながら言った。紀美子はしばらく考えて、ボディガードたちはおそらく密かについてきているのだと理解した。だが普段なら派手に車列を組んでいたはずでは?いつもと違うのは、何か目的があるから?幾つかの疑問を抱えていたが、紀美子はそれ以上聞かなかった。代わりに、子供たちと一緒に晋太郎が用意したレゴで遊んだ。道中、紀美子は子供たちと遊びながらも、晋太郎に注意を向けていた。晋太郎は終始真剣な表情で何かのメッセージを返していた。誰かが話しかけない限り、彼は一言も発しなかった。「お母さん、お父さんは仕事で忙しいの?それともあの人の件?」念江もその状況に気づいて母に尋ねた。「お母さんもわからないわ」紀美子は首を振って答えた。「一緒に遊びに行くって言ったのに、一人で忙しそうにしてるなんて」佑樹は唇を尖らせた。「佑樹、急な旅行だったから、お父さんは処理しないといけない仕事が沢山あるのよ」佑樹の不満を察し、紀美子は慌てて説明した。「人のことを話すなら、聞こえないようにしたらどうだ?」突然、晋太郎の声が会話を遮った。紀美子は顔を赤らめた。確かに声を潜めていなかった。「用事を片付けていたが、もう終わった」晋太郎は携帯を置き、姿勢を正した。「他にも何かやってたんでしょ?」佑樹が容赦なく聞いた。 母の言い分はわかるが、ボディガードを連れていないのは不自然だ。今朝も襲われたし、普段ならもっと多くの護衛をつけるはずだが、後ろに誰もいないなんてあり得ない。高速で何かあったら、ボディガードはすぐに駆けつけられるのか?「何をしていたと思う?」晋太郎は佑樹を見て尋ねた。「ボディガ

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第1260話 子供たちを巻き込んでしまう

    「後片付けは任せた」晋太郎はナイフをゴミ箱に投げ捨て、美月から視線を外した。「かしこまりました」美月は唇を引き締めて笑いながら答えた。晋太郎はオフィスを出て、紀美子と子供たちのいる客室に戻った。ドアを開けると、紀美子が二人の子供と旅行先を選んでいる最中だった。音に気づき、彼らは晋太郎の方を見た。「あの店員、白状したの?」佑樹が興味深そうに尋ねた。「そう簡単にはいかない」晋太郎は反対側のソファに座った。「奴の悟への忠誠心を甘く見ていたようだ」 「悟は人の心を操るのが上手い人だから、部下が忠誠を誓うのも当然でしょう」紀美子は言った。「で、行き先は決まったか?」晋太郎は話題を変えた。「田舎に行きたい」念江は携帯画面を晋太郎に見せた。「田舎?」晋太郎はてっきり彼らが海外や他の都会を選ぶかと思っていたため、少し驚いた。「どこの田舎だ?」「この辺りは行ったことがないけど、民宿がたくさんあるみたい。お母さんもこういうのどかな場所が好きだって言ってたよ」念江は携帯画面に指さしながら言った。「わかった。荷物を準備して、今夜出発だ」森の奥にある小さな荘園。ドアが開き、ボディガードが慌ててソファで資料を読む悟のもとへ駆け寄った。「社長、晋太郎たちは琢山方面へ旅行に行くとの情報が入りました」 悟は資料を握る手に力を込め、一瞬だけ感情が瞳をよぎった。 「二人だけか?」悟が少し首を傾げて尋ねた。「子供たちも同行するようです。社長、手配しましょうか?」「まだいい」悟は言った。「今手を出したら、子供たちを巻き込んでしまう」 「なぜそこまで子供たちのことを気にするのですか?」ボディガードは不思議そうに尋ねた。「余計なことを聞くな」悟は資料を置き、不機嫌そうに言った。「失礼しました。すぐに仕事に戻ります」ボディガードはハッとして姿勢を正した。ボディガードが去ると、悟は窓の外の景色を眺めた。 彼は子供たちのことを躊躇っているわけではなかった。たとえ今の状況でも、彼は紀美子が子供を失う姿を見たくないだけだった。彼の標的はあくまで晋太郎だけで、紀美子には……まだ未練があった。また、今すぐ行動を起こさない理由は、情報が簡単

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第1259話 予想通りだった

    晋太郎はメッセージを数通だけ読んで、ボディガードに携帯を返した。「美月にこの番号を調べさせろ」 ボディガードはすぐに美月と連絡を取った。晋太郎は再び店員を見て、冷たく笑った。「貴様のメンタルは想像以上のものだな」店員はきょとんとした表情を装った。晋太郎は立ち上がり、オフィスデスクの方へ歩み寄った。「貴様はずっと嘘をついている」彼はデスクの上にボディガードに用意させたナイフに指を滑らせながら言った。「俺は別に貴様の身元など調べていないし、親の話もただの試しだった。なのに貴様はわざと驚いたふりをして、俺の話に合わせた」店員の表情が徐々に固まっていった。晋太郎はナイフを手に取り、淡々と彼を見た。「そのやり取りのメッセージも、貴様が俺を騙すための芝居だ。貴様は賭けをした。俺が貴様の嘘に騙されるかどうかをな」「それに、レストランで貴様が長期間働いているなら、店長は即座に貴様をその場で叱責するはずだった。しかし、奴はそうしなかった。貴様があの店で働くようになってから、1週間も経っていないだろう!」晋太郎の分析を聞いて、店員の表情が次第に固まった。「なめられたもんだな!だが、これで終わりだと思うな」晋太郎は冷ややかに笑った。「こいつの目を隠せ」「何をするつもりだ?」反応する間もなく、ボディガードが取り出した黒い布で彼の目は覆われた。晋太郎はナイフを店員の左腕の内側に当てた。そこには、一本の黒い線だけのタトゥーがあった。晋太郎にナイフを当てられた部位から金属の冷たさが伝わり、彼の心拍数が一気に上がった。傍らの機械が激しい警告音を発した。「やはり俺の予想通りだった」晋太郎の黒い瞳に冷たさが浮かんだ。店員が返答する前に、晋太郎は素早くナイフを彼の腕に突き刺した。悲鳴がオフィス中に響き渡った。ちょうどドアの前に来た美月は、中の物音を聞くと、興奮した表情を浮かべた。彼女は楽しげに口角をあげ、ドアを押し開けた。晋太郎が店員の腕から、肉血がついた小さな黒い塊を取り出すと、美月は言った。「新型のマイクロ爆弾ですね?」「いつまでそこで見ているつもりだ?」美月は急いで近づき、途中で何枚ものティッシュを取った。晋太郎の横に来ると、彼女は慎重にそのマイクロ爆弾

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第1258話 余計なことは考えなくていい

    「ちょうど今日、あんたが同行してるから、あの店員は悟の指示で襲撃を仕掛けてきたと思う」考えれば考えるほど、紀美子は怖くなってきた。もしさっき晋太郎の反応が少しでも遅れていたら、きっとエリーに首を切られたボディガードと同じ運命をたどっていただろう。悟は暗闇に潜んでいて、いつ子供たちにまで手を出すか分からない。そう考えると、紀美子は子供たちに視線を向けた。彼らが早く隆久について行けば、もっと安全かもしれない。晋太郎は紀美子の手を握って慰めようとした。「余計なことは考えなくていい。この件は俺が解決する。君たちは明日の午前中までに、旅行の目的地決めて」晋太郎の冷静な表情を見て、紀美子はそれ以上何も言わなかった。午後1時半。食事を済ませ、晋太郎は一人でMKに向かった。オフィスの前に着くと、ボディガードが晋太郎にドアを開けた。 中では、瀕死状態に殴られた店員が血だるまになって倒れていた。「起こせ」晋太郎は彼を一瞥し、ボディガードに指示を出した。ボディガードは頷き、すぐに塩水を持ってきて実行した。傷口に塩水を流され、気絶していた店員は痛みで目を覚ました。「お願いです、逃してください!」彼は苦痛の叫び声を上げ、恐怖を堪えながら懇願した。「今更ここで助けを乞うなんて、覚悟を決めて俺を殺そうとしたんじゃなかったのか」晋太郎は冷たい目で彼を見下ろした。「何でも話します!だからお願いです!」晋太郎は冷たく笑った。本当に話す気なら、そんな言葉は出てこない。「ウソ発見器を持ってこい。こいつが嘘をついたら、その親を刺し殺せ」店員の顔は一瞬で蒼白になり、驚きのあまりしばらく声が出なかった。ボディガードがウソ発見器を装着し終えると、晋太郎は指で軽く肘掛けを叩きながら低い声で言った。「お前に聞くことは三つだけだ」店員は緊張で唾を飲み込んだ。恐怖で彼の心拍数が乱れ、機械は警告音を発した。「もう嘘の答を考え始めたのか」晋太郎は目を細めた。「準備させろ」そう言うと、彼はボディガードに指示した。ボディガードが頷こうとした瞬間、店員は慌てて呼び止めた。「待ってください!話します!本当のことを話します!」 「一つ目の質問だ。今日の襲撃計画はいつ指示された?」

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第1257話 俺が連れて行く

    そう言われると、佑樹と念江は慌てて紀美子の顔を見上げた。落ち着いている母の顔を見て、佑樹はほっと胸を撫で下ろした。「出発は来週の月曜日」「あと6日一緒に過ごせるけど、お母さん……休暇取れないの?」「とれるわ!」紀美子は迷わず即答した。「この6日間、お母さんがずっと付き合ってあげるわ」念江と佑樹は目を見合わせて笑った。「お母さん、父さんが旅行に連れて行ってくれると言ってたけど、行きたいところある?」「そうね、どこに行くか迷っちゃうわ……」紀美子は考え込むふりをした。「僕、いい提案があるんだけど……」念江が話し終わらないうちに、個室のドアが突然開き、男性店員がトレイを持って入ってきた。トレイの上にはアイスクリームが2つ乗っていた。「お客様、本日の特別サービスで、ご来店のお子様全員にアイスクリームをプレゼントしております」「ありがとう、テーブルに置いてください」紀美子は頷き、笑顔で答えた。店員は手に持っていたアイスクリームをテーブルに置いた。しかし、彼が手を引こうとした瞬間、紀美子の目に何かが光るのが見えた。それが何か確認する間もなく、店員の視線が晋太郎に固定された。紀美子の胸に不吉な予感が走り、すぐに叫んだ。「晋太郎、危ない!!」晋太郎が気づいた時、店員はすでにナイフを抜き、自分の首をめがけて素早く突き出してきた。彼は瞬時に目の前の皿を掴み、刃が首に届く直前で受け止めた。「カチャッ」と、お皿が割れる音が響いた。晋太郎はもう一方の手で店員の手首を素早く掴んだ。一気に力を入れると、店員の手は不自然な形に折れ曲がった。「ああっ――手が、手が!!」店員は悲鳴を上げた。晋太郎は息つく暇も与えず、立ち上がって店員の胸元に強烈な蹴りを叩き込んだ。その蹴りの衝撃で、店員はドアにぶつかり、ドアごと後方に倒れ込んだ。大きな音に、レストランの客全員がこちらを見つめた。店長も慌てて駆けつけてきた。床に転がったナイフを見た店長の顔色が一変した。店長は店員の状態など気にも留めず、すぐに晋太郎と紀美子に向かって頭を下げた。「申し訳ありません入江さん、森川社長、驚かせてしまい……こいつをすぐに処分いたします!」「結構だ」晋太郎は怒りを込めて制止した。「

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