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第1263話 時機を待て

Author: 花崎紬
「悟が育てているのは、昔で言えば雇い主のためなら命をも捨てられる兵士だね」

念江は真剣な口調で言った。

「その通りだ」

晋太郎は頷いた。

佑樹は話を続けた。

「つまり、お母さんがいる場所では悟は手を出さず、いない時は父さんを狙ってくる。

だから、僕たちは今安全だけど、ボディガードたちは危険にさらされることになる」

「俺のボディガードもただの飯食いじゃない」

晋太郎は言った。

「それに、出発させたのはボディガードだけじゃない。

都江宴ホテルの従業員も何人か同行させている」

「従業員?」

佑樹と念江は不思議そうに尋ねた。

「都江宴ホテルの従業員は全員殺し屋なのよ」

紀美子は龍介から聞いた話を子供たちに説明した。

しかし、二人はそれほど驚かなかった。

前に隆久と話した時、晋太郎が「隆久は殺し屋並みの訓練をさせる」と言っていた。

そして、隆久が否定しなかったことが何よりの証拠だった。

都江宴ホテルの従業員が全員殺し屋だというのもあり得なくなかった。

我に返った紀美子は、子供たちの知能がすでに自分の想像をはるかに超えていることに気づいた。

こんなに優れた遺伝子を、自分の未練で引き止めていたら、彼らの人生を台無しにするところだった。

――別荘。

悟はボディガードから晋太郎側の情報を聞くと、上着を手に外へ歩き出した。

「情報は確かか?」

悟は再確認した。

「はい、今の状況から分析すると、今朝の情報は彼が意図的に流したダミーかと」

ボディガードが急いで後を追った。

「奴は自惚れているのか、それとも俺をこれまでの相手と同じレベルだと見くびっているのか」

悟は笑った。

「社長の知略には誰も及びません」

車に乗り込むと、ボディガードが言った。

「おだてるな」

悟の目つきは寒気を帯びた。

「今すぐ晋太郎を始末しなければならない。

紀美子の方はどうなっている?」

「手配の者から、都江宴ホテルの前で晋太郎を見送っていたとの報告がありました。

社長、途中で始末しましょうか?」

「油断は禁物だ。

晋太郎の手下もただ者じゃない。

もう少し時機を待て」

悟は注意した。

「承知しました。すぐに連絡します」

――1時間後、うとうとしていた紀美子は晋太郎の携帯の着信音で目が覚めた。

彼女は子供たちの様子を確認してから、晋太
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    子供たちが安心して眠れるよう、車内の照明は薄暗いナイトライトのみが残されていた。淡い光に照らされ、紀美子の憂いを帯びた澄んだ瞳が晋太郎の目に映り込んだ。最近の出来事で少し痩せた彼女の顔を見て、晋太郎の胸に痛みが走った。無意識に手を動かし、紀美子の頬に触れてしまった。その温もりを感じた瞬間、我に返った晋太郎は慌てて手を引こうとした。紀美子は素早く両手で彼の手を捕まえた。「晋太郎、あんた…もしかして……」彼女の目には驚きが浮かんでいた。「顔に着いてたゴミを拭いただけだ、何を考えてるんだ?」晋太郎はいつもの表情に戻ったが、紀美子の顔は見る見る赤くなった。「別に…何も考えてないわ」彼女は慌てて晋太郎の手を離した。そして、紀美子はきまり悪そうに視線をそらした。先ほどの彼の挙動を見て、彼女はてっきり晋太郎は記憶が戻ったと思った。紀美子はナイトライトの方を見つめた。もしかしたらこの光のせいで、錯覚したのかもしれない。「早く休め。着くまでまだ時間がかかる」晋太郎が言った。「少しでいいから、状況を教えて。でないと安心して休めないわ」紀美子は目を伏せた。「同じルートではない。俺は別件で出かけることにしてるから、同じルートで行くと疑われる」しつこく聞く彼女に、晋太郎は答えた。これで、紀美子は自分らが安全圏内にいることが確信できた。「あんたも少し休んで。私は子供たちを見てくるわ」彼女は安堵の息をつき、立ち上がった。「ああ」翌朝8時。紀美子たちが民宿に着いた途端、佳世子から電話がかかってきた。「紀美子、もう着いた?」佳世子は尋ねた。「ええ、ここ、空気がとてもきれいで気持ちいいわ」紀美子は周りの山々を見回しながら答えた。「私もそう思う!」佳世子はクスっと笑った。「どうして電話越しにここの空気がわかるのよ?」紀美子は笑いながら尋ねた。すると、紀美子の背後から佳世子が忍び寄り、笑いをこらえながら横に立った。「だって私の鼻は敏感だもの」「佳世子、あんたどうして……」突然現れた佳世子に、紀美子は驚いた。「どうして私も来たのかって?」佳世子は大笑いしながら電話を切った。「晴が晋太郎を説き伏せて、場所を教えもらったわ」紀美子が横

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第1263話 時機を待て

    「悟が育てているのは、昔で言えば雇い主のためなら命をも捨てられる兵士だね」念江は真剣な口調で言った。「その通りだ」晋太郎は頷いた。佑樹は話を続けた。「つまり、お母さんがいる場所では悟は手を出さず、いない時は父さんを狙ってくる。だから、僕たちは今安全だけど、ボディガードたちは危険にさらされることになる」「俺のボディガードもただの飯食いじゃない」晋太郎は言った。「それに、出発させたのはボディガードだけじゃない。都江宴ホテルの従業員も何人か同行させている」「従業員?」佑樹と念江は不思議そうに尋ねた。「都江宴ホテルの従業員は全員殺し屋なのよ」紀美子は龍介から聞いた話を子供たちに説明した。しかし、二人はそれほど驚かなかった。前に隆久と話した時、晋太郎が「隆久は殺し屋並みの訓練をさせる」と言っていた。そして、隆久が否定しなかったことが何よりの証拠だった。都江宴ホテルの従業員が全員殺し屋だというのもあり得なくなかった。我に返った紀美子は、子供たちの知能がすでに自分の想像をはるかに超えていることに気づいた。こんなに優れた遺伝子を、自分の未練で引き止めていたら、彼らの人生を台無しにするところだった。――別荘。悟はボディガードから晋太郎側の情報を聞くと、上着を手に外へ歩き出した。「情報は確かか?」悟は再確認した。「はい、今の状況から分析すると、今朝の情報は彼が意図的に流したダミーかと」ボディガードが急いで後を追った。「奴は自惚れているのか、それとも俺をこれまでの相手と同じレベルだと見くびっているのか」悟は笑った。「社長の知略には誰も及びません」車に乗り込むと、ボディガードが言った。「おだてるな」悟の目つきは寒気を帯びた。「今すぐ晋太郎を始末しなければならない。紀美子の方はどうなっている?」「手配の者から、都江宴ホテルの前で晋太郎を見送っていたとの報告がありました。社長、途中で始末しましょうか?」「油断は禁物だ。晋太郎の手下もただ者じゃない。もう少し時機を待て」悟は注意した。「承知しました。すぐに連絡します」――1時間後、うとうとしていた紀美子は晋太郎の携帯の着信音で目が覚めた。彼女は子供たちの様子を確認してから、晋太

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第1262話 何だったの

    「なるほど」晋太郎は軽く頷き、興味深そうに頬杖をついて続けた。「他に補足はあるか?」「お父さんはボディガードに情報を流させて、計画を変更したと見せかけるんだ。僕たちと旅行に行くはずが、急用で一人で出張することになった。そして何人かのボディガードをお父さんに成りすまさせ、大勢の護衛を連れて出発させる」子供たちの分析を聞いて、紀美子は呆然とその場に立ち尽くした。彼女は茫然と晋太郎を見つめ、答えを待った。「隆久について行かせるのを許可したのは正解だったようだ」晋太郎が言った。「じゃあ、子供たちの分析は当たったの?」紀美子は尋ねた。晋太郎は頷いた。「ああ。俺は奴のターゲットを混乱させた。護衛なしで堂々と出かけるなんて、バカでも手を出さない。だが、俺が一人で護衛を連れて出かけるなら、君がいない時が奴にとって最高のチャンスだ」「違うわ!」紀美子はすぐに反論した。「あの時だって、悟は大勢の護衛を連れて銃を撃ちながら追ってきたじゃない!今回私がいるいないで何が変わるの?私がいるからって彼が手柔らかにしてくれるとでも?忘れないで、彼は龍介さんに爆弾を仕掛けて、こっそり私の会社に置いていたのよ!」「要するに、奴は龍介を殺すつもりはなかった」晋太郎は説明した。「君の会社を破壊したり、社員を傷つけるつもりもなかった」「どういう意味?」紀美子は呆然とした。「爆弾は偽物だった」晋太郎は話を続けた。「奴が本当に俺たちを殺す気なら、あの夜の船上で、君を一人で残しておけば良かった。俺が到着した時に爆弾を爆発させれば、奴にとって最も手っ取り早い選択だったはず」「じゃあ、その後の追撃は何だったの?」紀美子は驚愕して尋ねた。「あれは単に俺たちの注意をそらすための手法だ。人間は危険に晒されると、他のことに気を回せなくなる」紀美子はまだ混乱しており、悟が自分のために手を出さなかったなんて納得できなかった。紀美子の表情を見て、晋太郎は彼女がまだ理解していないのが分かった。そして彼は再び説明を始めた。「その件を遡ると、実は俺が奴を会社から追い出した時点に起因する。奴は俺が対抗措置を取ることを理解し、潤ヶ丘がどんな場所で、どんな強力なネットワークがあるかも把握してい

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第1261話 罠だと気付く

    悟の計画は、晋太郎の帰還により砂のように崩れた。退路を考えていなかったことが、今の窮地を招いた。だが、彼はその状況をいつまでも続けさせるつもりは無かった。そう考えながら、悟は再び紀美子の資料を手に取った。子供たちを除くと、晋太郎の弱点は紀美子だけだった。……夜。晋太郎は紀美子と子供たち、運転手だけを連れ、都江宴ホテルを出発した。「ボディガードは本当に連れていかないの?」紀美子は周囲を見回して尋ねた。「後ろに大勢ついて回らないと護衛にならないのか?」晋太郎はシートベルトを調整しながら言った。紀美子はしばらく考えて、ボディガードたちはおそらく密かについてきているのだと理解した。だが普段なら派手に車列を組んでいたはずでは?いつもと違うのは、何か目的があるから?幾つかの疑問を抱えていたが、紀美子はそれ以上聞かなかった。代わりに、子供たちと一緒に晋太郎が用意したレゴで遊んだ。道中、紀美子は子供たちと遊びながらも、晋太郎に注意を向けていた。晋太郎は終始真剣な表情で何かのメッセージを返していた。誰かが話しかけない限り、彼は一言も発しなかった。「お母さん、お父さんは仕事で忙しいの?それともあの人の件?」念江もその状況に気づいて母に尋ねた。「お母さんもわからないわ」紀美子は首を振って答えた。「一緒に遊びに行くって言ったのに、一人で忙しそうにしてるなんて」佑樹は唇を尖らせた。「佑樹、急な旅行だったから、お父さんは処理しないといけない仕事が沢山あるのよ」佑樹の不満を察し、紀美子は慌てて説明した。「人のことを話すなら、聞こえないようにしたらどうだ?」突然、晋太郎の声が会話を遮った。紀美子は顔を赤らめた。確かに声を潜めていなかった。「用事を片付けていたが、もう終わった」晋太郎は携帯を置き、姿勢を正した。「他にも何かやってたんでしょ?」佑樹が容赦なく聞いた。 母の言い分はわかるが、ボディガードを連れていないのは不自然だ。今朝も襲われたし、普段ならもっと多くの護衛をつけるはずだが、後ろに誰もいないなんてあり得ない。高速で何かあったら、ボディガードはすぐに駆けつけられるのか?「何をしていたと思う?」晋太郎は佑樹を見て尋ねた。「ボディガ

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