機械仕掛けの偶像と徒花の聖女

機械仕掛けの偶像と徒花の聖女

last updateHuling Na-update : 2025-04-09
By:  日蔭スミレIn-update ngayon lang
Language: Japanese
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「実を結ぶ花の名を持つ癖に、何をしても結果は出せない」 「努力さえ結ばず、恩さえ仇で返す」 全て無駄、よって徒花。と、蔑まれる伯爵令嬢キルシュは、〝忌々しい古き信仰の名残〟とされた能力と、孤児の出自ゆえ、学院にも養家族にも冷遇された嫌われ者。 ある日、彼女は義兄の言葉に傷付き家出した。 ひとりぼっち彷徨う真夜中の森。この世の者と思えぬ奇っ怪な生き物に襲われ、そこを救ったのは、自立し思考する機械人形――まるで機械仕掛けの王子様。 彼との出会いが、孤独な少女に初恋と運命を芽吹かせる。しかし、宿命は二人を残酷な終末へと導き、絆の結実を許さない。 儚く甘い。産業革命・近世ヒストリカル風×ファンタジーロマンス。

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プロローグ 終末を告げる大聖堂の鐘の音

 大聖堂に響き渡る鐘の音は、まるで終りの時を知らせるように寂しい音を響かせていた。  誰も居ない筈の場所で、いったい誰が鳴らしているかは分からない。  それはまるで、計り知れぬ悲壮に慟哭しているかのように聞こえてしまった。 眼下に望む見慣れた錆色の町並みは、まさに終末と呼んで良い程……。  横殴りの雪が降りしきる中で赤々とした炎の群れが至るところで上がり、崩れた落ちた建物から黒煙が上がっていた。 そんな終末の大聖堂──頂点へと続く途方もなく長い石造りの階段を茜髪の少女はひたすらに駆け上っていた。その合間も砲弾が撃ち込まれる鈍い音と、尋常ではない振動が襲い来る。    来た道を振り向けば、石造りの階段はバラバラと崩れ落ち、ぽっかりとした虚ろができていた。  もう引き返せない。そう思いつつも、彼女は前を向き再び階段を駆け上る。 窓の外に見える、屋根の上に佇むものは教会の雨樋〝ガーゴイル〟を彷彿させる姿の怪鳥だった。  しかしそれは、鉄錆びた色合いの機械仕掛け。極めて人工的な姿をしていた。 ……彼女自身も認めたくない事実ではあるが、これが彼女の愛した青年の成れの果てだった。 ──ケルン。 少女は身を焦がす程に恋した青年の名を呟き、溢れ落ちた涙を拭って再び階段を駆け上る。 実を結ぶ花の名を持つ癖に、何をしても結果を出せず、努力さえ実を結ばず恩さえ仇で返す。よって〝徒花〟と、不名誉にも呼ばれた日々の事。彼と過ごした半年ばかりの短くも幸せ過ぎた日々の事。そして、忘却の彼方にあった断片的な記憶の数々。 茜髪の少女、キルシュ・ヴィーゼは一つ一つを思い返した。...

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プロローグ 終末を告げる大聖堂の鐘の音
 大聖堂に響き渡る鐘の音は、まるで終りの時を知らせるように寂しい音を響かせていた。  誰も居ない筈の場所で、いったい誰が鳴らしているかは分からない。  それはまるで、計り知れぬ悲壮に慟哭しているかのように聞こえてしまった。 眼下に望む見慣れた錆色の町並みは、まさに終末と呼んで良い程……。  横殴りの雪が降りしきる中で赤々とした炎の群れが至るところで上がり、崩れた落ちた建物から黒煙が上がっていた。 そんな終末の大聖堂──頂点へと続く途方もなく長い石造りの階段を茜髪の少女はひたすらに駆け上っていた。その合間も砲弾が撃ち込まれる鈍い音と、尋常ではない振動が襲い来る。    来た道を振り向けば、石造りの階段はバラバラと崩れ落ち、ぽっかりとした虚ろができていた。  もう引き返せない。そう思いつつも、彼女は前を向き再び階段を駆け上る。 窓の外に見える、屋根の上に佇むものは教会の雨樋〝ガーゴイル〟を彷彿させる姿の怪鳥だった。  しかしそれは、鉄錆びた色合いの機械仕掛け。極めて人工的な姿をしていた。 ……彼女自身も認めたくない事実ではあるが、これが彼女の愛した青年の成れの果てだった。 ──ケルン。 少女は身を焦がす程に恋した青年の名を呟き、溢れ落ちた涙を拭って再び階段を駆け上る。 実を結ぶ花の名を持つ癖に、何をしても結果を出せず、努力さえ実を結ばず恩さえ仇で返す。よって〝徒花〟と、不名誉にも呼ばれた日々の事。彼と過ごした半年ばかりの短くも幸せ過ぎた日々の事。そして、忘却の彼方にあった断片的な記憶の数々。 茜髪の少女、キルシュ・ヴィーゼは一つ一つを思い返した。
last updateHuling Na-update : 2025-03-05
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1話 少女の憂鬱
 帝都ファルカを色にするのであれば、赤銅あるいは鈍色だろう。豊かな自然を彷彿させる緑色が極端に少なく、人造的な色が多い。 煉瓦造りの背の高い建物がゴチャゴチャとひしめき合い、都市西側には轟音と粉塵を上げて蒸気機関車が走っている事から、どこか窮屈な印象を感じてしまうものだった。 製錬や機械化学と工業技術が発展した経済的水準も高い先進国、ツァール帝国。 その中心地なのだから、この景色はさも当たり前の事には違いないだろう。 ──空気は悪く、人が多い。労働者を寄せ集めたファルカの朝早い。 早朝五時に市街中心部に高々と聳える古びた大聖堂の鐘の音が響き渡り、皆その音で一日を始める機械的な街だった。 そして今現在……ファルカの朝が始まって数時間。 とっくに空は青に色付いて、太陽も昇ったにも関わらず〝埃っぽい街〟が災いし、部屋に差し込む初秋の陽光はあまりに弱々しかった。 暗緑色のカーペットにクリーム色の壁。弱々しい陽光の差し込む質素な部屋の中、カリカリと羊皮紙にペンを走らせる音だけが静謐な空間に反響する。「それで、君はまた暴力を振るったのか?」 ──これで五度目だ。なんて、付け添えたのは初老の男だった。 彼は、大きなため息を吐きながらペンを置き、正面に立つ茜髪の少女をギロリと睨み据える。「もう! だから、どう考えても正当防衛だって言っているじゃない!」 茜髪の少女、キルシュ・ヴィーゼはジトリと若苗色の瞳をジトリと細めて、初老の男を睨み返した。 まるで、豪雨に打たれたように、彼女はずぶ濡れだった。 艶やかな茜の髪は水に濡れてぺったこ。レースをふんだんにあしらったクリーム色の襟付きブラウスに膝丈の焦茶色のスカート、革製のコルセットにブーツ……と、パトリオーヌ女学院の制服は頭の上から足の先までびっしょりと濡れて、彼女の華奢な身体にピタリと張り付いていた。 唇をへの字に曲げて、眉を釣り上げたその面持ちは、明らかな怒りに満ちていた。 その顔には「私は悪くない!」と書いてある。「だからね、私は何もしていないわ! 悪くないの!」  この部屋に来て、数度目の台詞をキルシュは甲高く叫ぶと、初老の男──この女学院の最高責任者、学院長はこめかみを揉んで深いため息を吐いた。 事の始まりは、朝の登校時に遡る。 ……いつも通りの登校中。寮から校舎に入ろうと外階段を
last updateHuling Na-update : 2025-03-05
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2話 謹慎処分
 まずい。キルシュは自分の手のひらから芽吹いた蔓を見ると、たちまち焦燥した。「……」  ─────まただ、いけない。 自分を落ちつかせるよう、深く息を吸い、ゆったりと吐き出す。  すると、蔓と花は瞬く間に光の欠片となって、キラキラと空気中を漂い消失した。 これがキルシュの『能有り』としての固有の力、植物の具象だ。 芽吹き花を咲かせるだけ……と、基本は無害で美しい。  意識的に出す事は勿論できるが、こうして感情が昂ぶってしまうと、このように現れて、自身を守ろうとする。    今回はただの蔦と花で済んだが、場合によっては棘を持った巨大な茨の蔦となる事もある。  なので、確実に無害とは言い切れない事は確かだった。  その上、現在では差別を受ける程に忌まれた力なので、本来ならばみだりに使うべきでないとキルシュもよく理解していた。    この具象の力は感情に左右されるものだ。  ましてやキルシュは多情多感な十七歳。感情はどうしても表に出やすい。 キルシュ本人も、この力を上手に制御できない事を少なからず悩んでいた。どんなに頑張って制御しようにも強い感情を抱けば、どうしても現れてしまうのだ。「学院長。驚かせてごめんなさい」    一拍置いて、消え入りそうな声で詫びると、学院長は忌まわしいものでも見たとでもいったような冷ややかな視線でキルシュを見て深い息をつく。  明らかな蔑みの視線だった。学院長は皺の寄った眉間を揉んで首を振る。   「君は一カ月の謹慎処分を。家にはもう連絡は済ませてあるから一度レルヒェ地方へと帰りなさい」    静かに学院長は言う。  感情で具象を出す程、だったので少しスッキリしたのだろう。あれ程までに怒りが満 ちていたのに、熱は一気に冷めた気さえもした。「分かりました」 キルシュは素直に返事して、膝を折り、びっしょり濡れたスカートの裾を摘まんで挨拶すると、学院長室を後にした。 時刻はちょうど一限を終えた頃だった。  休憩時間で談笑の漏れる教室幾つも横切り、階段を下りて校舎から出た時だった。  頭上から『いいザマだわ!』なんて嘲笑が幾つも降り落ちてくる。 視線を向ければ案の定、三階の窓からブリギッタとその取り巻きが見下ろしていた。「あら~徒花ぁ~! どぉこいくのぉ~!」 「学院長からカンカンに怒ら
last updateHuling Na-update : 2025-03-05
Magbasa pa
3話 消えない差別の理由
 帝都から、南部レルヒェ地方までの距離はなかなか遠いもので、汽車でおおよそ半日の旅となる。そこから更に数十分馬車に乗り継ぎ、ヴィーゼ伯爵家に。  現在は昼過ぎ。帰る頃にはもう暗くなっているだろう。なかなかの長旅だ。  ファルカ駅から汽車に乗り込んだキルシュは車窓から移り変わる景色をぼんやりとと眺めていた。 日中の列車となれば当然乗客が多い。四人掛けの対面座席のシートは全て埋まっていた。  都会の人間はそんなに他人をジロジロと見ないだろう。  そうと分かるが、乗客も多いからこそキルシュは能有りの紋様を隠す為に上品なレースのあしらわれた薄手の手套をはめた。 謹慎処分中の宿題も学院から出されたが、今はまだ手を付ける気になれやしない。  ぼんやりと窓の外を眺めて、このまま時間なんて止まってしまえば良いのに……なんて、非現実的な空想ばかり浮かべていた。    けれど、いつまでも続く錆色の街を眺めていても気が滅入るばかりだ。  帝都中心地に聳え立つ、大聖堂の左右対称の円錐屋根が小さくなり始めた頃、キルシュはようやく外の景色を見るのを止めた。    ほぅ。と、一つ息を吐き出して、気持ちを切り替える。そうして、キルシュは鞄から一冊の本を取り出した。  それは、ツァール帝国建国時程に書かれた神話や民話などを寄せ集めた古書で、古本市で購入した大のお気に入りの一冊だった。 しかし、この書物は旧語で綴られているので、とてつもなく読みにくい。それでも、全く読めない訳でもなかった。 否……キルシュだからこそ読めるのだ。 彼女は確かにパトリオーヌ女学院の成績最下位、劣等生だ。  だが、それは重要科目の理数学においての事。 古典文学・語学・史学といった大して成績に加点されない、部類の学識に対しては、学院で右を出る者はいないと程にこの才だけは長けていた。  大陸にある周辺国とツァールに程近い離島国。合計五~六カ国語なら問題無く読み書きができる。キルシュとしてもほんの少しだけ誇れる特技だった。    近隣国の言語においては、文法と法則さえ掴めば決して難しいものではない。  それは、今日では古文と言われる旧語も同じだ。  言葉は少しばかり冗長だが、法則さえ掴めば解読は簡単で、今日使われているツァール語と大差は無かった。 数
last updateHuling Na-update : 2025-03-10
Magbasa pa
4話 冷ややかな再会
 ──古書の解読に没頭する事、どれ程の時間が経過したのだろう。    周囲の乗客の会話も随分と賑やかだったが、それも次第にと消え始めキルシュは本を閉じる。 車窓から差し込む光も茜が射し、黄昏時となっていた。  やがて、空は橙から紫へ変わり天井に埋め込まれた丸い電球に明かりが灯り始める。  ぼんやりと宵闇迫る外の景色を眺めてみれば、あんなにもひしめき合っていた建物は減り、ライラックの帳が広がった世界は、随分と牧歌的になった事が分かり、辺境に近づいた事悟る。 それから暫しして、紺碧の空に黄金や白銀を散りばめたかのように星が瞬き始めた頃、列車はレルヒェの駅に着いた。    同じ車両に乗っていたのはキルシュ一人だけ。  レルヒェ駅に降りる乗客は誰一人おらず、車掌に切符を渡したキルシュは一人、革製の大きな鞄を抱えて降り立った。    誰も迎えが来ていなければ良い。伯爵家まで遠いが、一人で時間をかけてゆっくり歩いて帰りたい。……と、そんな事を思いながらホームを歩むが、改札を出たと同時にその願いは打ち砕かれた。    そう、明らかに見覚えのある馬車が留まっていたのだから。  御者台に座す男はキルシュの姿に気が付くと、手を上げ軽い挨拶をする。「おお、キルシュ嬢。遅かったな、道草でも食ってきたのか?」 男は義兄とそう年も変わらない。ヴィーゼ家に仕える使用人ユーリだった。  宵闇と同じ濃紺を基調とした使用人服に身を包んだ彼は、皺の無いシャツをキッチリと着こなしていた。風格だけ見れば、貴族と変わらない気品を感じるが、彼も彼で能有りだ。だが、その証である紋様はいつも白の手套で隠されている。   「ユーリ久しぶり」  迎えに来て貰って、あからさまに嫌な顔はできなかった。キルシュはフリルがふんだんにあしらわれた卵色のスカートの裾を摘まみ、礼儀正しくお辞儀した。「久しいな。とは言え、数ヶ月前の夏の休暇で会ってた気もするが……」 艶やかな淡い金髪淡い金髪を掻き上げたユーリは、指折り暦の計算をする。
last updateHuling Na-update : 2025-03-12
Magbasa pa
5話 埋まることのない亀裂
「……でも」 ようやく出た言葉はたった一言。イグナーツは更に眉根に寄せた。「言い訳か? 恥さらしが。おまえは何のために生きている? 誰に拾われて生かされたんだ」  続けて言われた言葉に、キルシュは一瞬目を瞠るが、すぐに俯いた。 きっと分かってくれない。聞いてくれる訳がない。たったこの一言で悟る事ができたからだ。   〝誰に拾われて生かされた〟これを言われてしまえば、もうおしまいだ。 自分には、何も言う権利も持ち上がらせていないという事だ。 悔しくてやるせなくて堪らない。どうしてこうも……何も言わせないようにするのだ。 たちまちキルシュの若苗色の瞳には分厚い水膜が張り、それはみるみるうちに水流となって頬を滑り落ちる。「ごめんなさい」 俯けば、ポタポタと熱い雫が落ちてきた。義理とは言え兄だと思い、大切に思ってきた。 昔は優しかった。怖い夢を見て夜中に起きてしまい眠れなくなった夜、一緒に寝てくれた事もあったし、転んで泣いてしまったら、抱き締めて慰めてくれた事もあった。 『……大丈夫だ、キルシュ。俺がいる』 同じベッドの中、名前で呼んでくれた。抱き締めて背を撫でてくれた。涼やかな双眸を細めて、穏やかに笑んでくれた。  けれど、そんな優しい兄はもういないのだ。  キルシュは溢れ落ちる涙を拭い、肩で呼吸する。嗚咽が絡んで苦しい。 心がひどくヒリヒリとした。しかし、気を緩められない。気を緩めて、感情に飲み込まれてしまえば、具象の花が芽吹いてしまう。 そうしたら、もっとひどい叱責をされるのは分かっていた。 これ以上叱られるのだって癪だった。 なるべく思考に感情に飲み込まれぬよう、呼吸を整えていれば、ふと一つの疑念が過った。 ……兄が変わったのは、婚約の破綻のあったあの日。 具象の花をあげた事は、空気が読めない自分が悪かったと思うが、ここ
last updateHuling Na-update : 2025-03-14
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6話 それは天使か悪魔か
 部屋に引きこもったまま数時間。キルシュはベッドに移って突っ伏していた。 使用人が夕食を運んでくれたが、返事をする事はおろか起き上がる気にもなれず、食事が乗せられたワゴンは廊下に置かれたままだった。(言ってしまったからにはもう巻き戻せない……) キルシュは寝返りを打ち、仰向けになる。 そうして薄く目を開けて、ぼんやりと天蓋の裏を眺めた。 時刻は既に十二時を回っただろう。使用人の足音や会話さえ聞こえず、屋敷中シン……とした静謐に包まれている。 明かりもつけずに何時間も真っ暗闇の中にいたので、暗順応で部屋の輪郭ははっきりと見えた。何も考えないでいた方が良い。気が滅入って、心が壊れてしまいそうだ。だから、こうしてぼんやりして寝落ちしようしているのに、頭も心も散らかり、どうにも義兄の顔が不機嫌な顔が浮かぶ。 そして続け様に、学院長、性格が悪いクラスメイトたちの顔まで……。 耳の中にこびりついた自分を蔑む言葉の数々に、キルシュは手で目を覆って唇を拉げた。(こんな力いらないよ……欲しくなかった) 再び嗚咽を溢すと、キルシュの手のひらから蔓が伸び、白い小花が次々に綻び、散った。 好きで、能有りで生まれたわけではない。できる事なら、そんなものは持たないで生まれたかった。 かといって、自分を不幸とは思わないし、恵まれすぎている待遇だとは思っている。 ……この屋敷に来た時、義父から部屋を与えられた。『今日からここがキルシュのお家だ』 そう言って、ドレスや装飾品を沢山与えられて、街に出掛けた時には可愛らしいお人形も買ってもらった。欲しいものは何でも与えてもらえて、美味しいものや甘いものも食べさせてもらって、記憶喪失とはいえ幸せな幼少期を過ごさせてもらった。  それに家庭教師を付けてもらえたし、十四歳でパトリオーヌ女学院に入学し、充分すぎる程の教育も受けさせてもらった。 どう考えても、ごく一般的な十七歳より
last updateHuling Na-update : 2025-03-17
Magbasa pa
7話 生まれて初めての反抗
 頭上に広がる紺碧の夜空に沢山の星々の瞬きが鮮明だった。今日は月が無い、新月だったようだ。 初秋の夜風は少しだけ冷たさを含んでいるが、まだ震える程の寒さでは無い。 キルシュは着の身着のまま、女学院の夏制服を纏ったキルシュは一人……否、一羽の鳩を連れて伯爵家へと続く穏やかな坂道を下りながら、ぼんやりと空を眺めて歩んでいた。 その表情は、どこかせいせいとしており、先程までの暗さが無かった。 「勢いだけで、本当に屋敷から出てきちゃった……」 キルシュは歩みつつも後ろを振り返る。後方には明かりが消えた屋敷の輪郭だけが闇にぼんやりと浮かんでいた。 ──何のために生きるんだ? おまえは、自分の存在意義をどうしたいの? 突如として現れた〝喋る鳩〟に訊かれた事に、キルシュは今も尚、答えも出せずにいた。 だが、考えるよりも身体が動くのは早かった。『分かった。出て行く。後で考える』と、鳩にそう言って、最低限の荷物を肩掛けの鞄に詰めた。そうして…… 探さないでください、兄様さようなら。 出来損ないの妹より そう、書き殴って家出した。  しかし、玄関から出れば間違いなく、使用人にバレてしまう。そこで、すぐに浮かんだ脱出方法は窓からだった。 自室の窓を空けて、能有りの力を使った。植物の蔦を生やし、近くの木に結びつけて飛び移り……そうして、あとは蔦を伝って木を降りた。 そうして思いの他、簡単に脱出に成功してしまったのだ。  ほんの少しだけ運動神経が良かった事も幸いしただろう。しかし。まさかこんな事に自分の力が役立つとは思わず、キルシュ自身も驚いてしまった。 「私の力って、夜逃げや家出に向いてたのね……なんか結構便利かも」 普段遣うなと制限しているものだ。それなのに、こうも簡単に思い通りに扱えてしまうとは。そして、家出を成功させてしまうとは。 ちょっとし
last updateHuling Na-update : 2025-03-19
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8話 森の先にある未来
 無計画に歩む事、幾許か。  真っ暗闇に静まり帰った真夜中の街を横切り、林檎畑の続く農園地帯を横切り、領地の南端の方までやってきた。  そもそも伯爵家のある場所が領地の南寄り。実際には大した距離ではない。 ……無計画とはいえ、家出は成功させたい。  やはり兄の言った言葉は到底許せぬもので、キルシュ自身むきになっていた。だからこそ、せめてこれくらいは成し遂げたいなんて思えてしまった。    とはいえ、二度と帰らないという程の心構えではなかった。  いつか帰って来て、立派になって見返してやりたい。と、ふんわりとその程度に思うだけ。  それでも屋敷を出るのに成功したのだ。何だか、今なら何でもできる気がして仕方ない。   (あのお兄様に〝ぎゃふん〟と言わせてあげたい。そうできたら最高) この家出を本当の意味で成功させるには、絶対に見つからないように、探し出せぬように。これが必須だ。そこで考えたのは、国外逃亡だった。 今、キルシュの目の前には鬱蒼と茂る森が広がっていた。この森はシュメルツ・ヴァアルト……ツァール帝国と隣接するオルニエール王国の境となる森だった。 ……そう。レルヒェ地方でもヴィーゼ領は国境沿いの街だった。  だが、この深い森──シュメルツ・ヴァルトが理由してここには関所が無い。オルニエール王国との行き来するには、二つ以上離れた領地の川の関所を通らねばならない。  まさに抜け道と言えば抜け道だが……誰もこんな場所を通って他国に逃亡しようなんて考えもしないだろうと思えた。 だが、この選択は不思議と〝意図して〟というより自然と浮かんだものだった。  むしろ、勝手にこの方向に足が進み、直感的に悟っただけで……。(オリニエール語は一応話せるけど……ツァール語が普通に通じる地域が多いって聞いたわ。あちらで何かしら、仕事を見つけてどうにか生計を立てていけば暮らしていけるはず) きっと大丈夫だ。と、根拠も無い自信を心を弾ませて、キルシュは暗闇に広がる森を見る。  しかし、足は震えて一歩がなかなか踏み出せなかった。 この
last updateHuling Na-update : 2025-03-21
Magbasa pa
9話 痛みの森
 新月の夜という事もあって、森の中はひたすらに暗かった。  しかし、カンテラなどの明かりをもっていたら、〝見えてはいけないもの〟が見えそうで、逆にこの真っ暗な方がかえって怖くない気がした。    森に入って一時間近く。キルシュは獣道を歩んで森の奥へと進んでいた。  時折、木の枝に引っかかったりもするが、問題なく歩けている。  こうも暗くとも暗順応が働き、目が慣れるものだった。それに針葉樹の隙間から見える星空を見る限り、星たちは西の方向へ動いている。  あと数時間で空が白み、夜明けを迎えるだろう。  それを理解すると、なぜだがホッとしてしまい、キルシュはその場にしゃがみ込んだ。「さすがに疲れたわ……」    家を出てから、ほぼ立ちっぱなしの歩きっぱなしでだった。  もう足が棒のようだ。膝も笑って力が入らなくなってきた。大都会で寮暮らしをするお嬢様にしては根性を出しただろう。ほんの少し自画自賛して、キルシュはその場に腰掛けた。 だが、そこで座ってしまった事が間違いだっただろう。  疲労から来る眠気は容赦無く襲いかかり、瞼が重たくなってきたのだ。  そもそも普段の生活では、日付が変わる前には確実に寝ているのだ。今の詳しい時間は分からないが、恐らく午前二時を過ぎたのではないだろうか。キルシュは瞼を擦って欠伸をひとつ。(せめて陽が昇るまでは起きていよう……) だが、もう一度立つ気力が湧かない。それに瞼は段々と持ち上がらなくなってしまった。国内屈指の心霊スポットだ。こんな場所で眠れるなんて自分の神経が意外にも図太いなんて自分でも心のどこかで感心してしまうが、体力的にもう限界だった。   (少しだけ、ほんの少しだけ……休もう)    すぐに起きるんだと自分に言い聞かせて。キルシュは、背を木の幹に背を預け眠りに落ちた。 それからどれ程の時間が経過しただろうか。  心地良い眠りを彷徨っていたキルシュは、どこか聞き覚えのある子どもの声に突如として叩き起こされた。『おい、キルシュ起きろ!
last updateHuling Na-update : 2025-03-31
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