ブライダル会社に勤める緋雪(ひゆき)は、新企画のためのブライダルドレスのデザインを、新進気鋭のデザイナー・最上梨子(もがみりこ)に依頼しに行く。 しかし、オファーを請ける代わりに、ある秘密を守ってほしいとマネージャーである宮田(みやた)に頼まれてしまう。宮田は見た目とは違って中身は変わり者で、緋雪は振り回されるが、冗談めかしながらも好きだと言われるうちに意識し始める。 だが、宮田を好きなモデルのハンナに嫉妬された緋雪はあからさまに意地悪をされて……
View More「日曜日? なぜですか?」 『なぜって……デートだから』 「意味がわからないので、お断りします」 『あ、ちょっと待って!』 私がそのまま電話を切るとでも思ったのか、電話口で慌てるような声が聞こえてきた。 ……ちょっと、面白い。 相手に見えていないのをいいことに、私はスマホを耳に当てたまま、思わず笑みを浮かべる。 いつも驚かされたりあわてさせられたりしているのは私のほうなのだから、ちょっとはあの人もあわてたりすればいい。「なんでしょう?」 『デートっていうのは言い過ぎた』 でもやっぱり、こうやって意味不明だ。『実は、朝日奈さんにお願いがあってね』 「お願い?」 この人が私にお願いなんてすることがあるの?と、少し違和感を覚える。 だって、いつも有無を言わせず決定するような、わがままな性格だと思っていたから。 人の都合を気にかけるような、そんな普通の人間らしい部分も持ち合わせていたのか…。 どうやら少しは普通の人間であったようだけれど。 それが意外すぎて、今私が喋っているのは本当に本人かと疑いたくなってしまう。『僕の知り合いのデザイナーがパーティを開くんだ。事務所の十五周年記念パーティ。僕も招待されたんだけど、朝日奈さんに一緒に行ってほしいと思って』 「わ、私がですか?!」 な、なぜに私が。 だって私、関係なくないですか? 「いや……おひとりで行かれては?」 『招待券がね、二枚届いてるんだよ。なのに一人で行くのもどうかなって感じでしょ。それにこういうときは女性同伴でどうぞって意味じゃない? 男を誘って行ったりしたらがゲイじゃないかって邪推されちゃう』 とうとうと電話口で喋ったかと思うと、最後はそう言って笑い声を漏らす。 あなたがゲイに間違われようと知ったことではありません。 逆にあたふたしてるあなたを、見てみたいくらいですけども。 「別にもう……いいじゃないですか、ゲイデビューしても」 『バカなこと言わないでよ!!』 そういう業界にはゲイも多いらしいけれど。 彼はどうやら微塵も誤解されたくないらしい。「だったらほかの人を誘ってください。そちらの事務所のスタッフの方とか」 いつもデザイン事務所に赴くと、電話番を兼ねたような事務の女性もいるし。 たとえ事務所にいなくとも、ほかのスタ
「緋雪! 今週の日曜日、空いてる?」 お昼休みに休憩スペースでコンビニの鮭おにぎりを頬張っていたら、麗子さんから声をかけられた。「今週、なにかあるんですか?」 「うん。友達と行こうとしてたライブがあるんだけど。その友達、行けなくなっちゃってね。チケットがもったいないから一緒に行こうよ!」 テンションの高い麗子さんを前に、眉尻を下げてペコリと頭を下げる。「すみません、今週はちょっと用事があるんですよ。本当は麗子さんとライブに行きたいんですけど……」 麗子さんと出かけるほうがどんなに良いか。 どんなに楽しくて、気が楽なことか。 聞けば、それは今人気のバンドのライブだった。 ストレス解消にはちょうどいいのだけど。「なんだぁ、緋雪もダメかぁ」 「ごめんなさい」 シュンと肩を落として謝ると、麗子さんがクイっと口の端を上げて意味ありげに微笑んだ。「何……緋雪、彼氏でもできたの?」 「いやいやいや、そんなわけないじゃないですか!」 手をブンブンと横に振りながら、あわてて真っ向否定すると、麗子さんはケラケラと綺麗な顔で笑う。 否定する自分が悲しいけれど。「また、誘ってください」 「うん、また今度。その代わり、男が出来たら絶対言いなさいよ?」 せっかく先輩が誘ってくれたのに、それを無下に断る後輩でごめんなさい。 それもこれも全部、気まぐれイタズラわがままっ子のせいなんです! ――― 時は、昨日の夜にさかのぼる。 私が仕事から帰ってきて、家でホッと一息ついたのもつかの間。 スマホに、宮田さんから着信があった。 どうしたのかと、自然と眉間にシワを刻みながらも静かに通話ボタンを押す。「もしもし」 『あ、もしもし。朝日奈さん?』 一週間ぶりに聞く、彼の声。 そう、あの日…… 告白だのキスだのと、幻聴とか幻影に一気に襲われたあの日から、会ってもいないし電話もしていなかった。 デザインの進捗は気になっていたし、それは仕事として確認しなくてはいけなかったけれど。 あれがまったくの幻だったとは、やっぱり思えない。 どう考えてもあれは夢や幻じゃなくて現実だった。 それをただ認めたくなくて、私は幻だったと思いたいだけなのだ。 仕事をする上で、彼を無視するのもそろそろ限界だなと思っていた矢先。 おそるおそる電
「もし、そのモデルくんに会うことができたら告白しちゃう?」 「なにを言ってるんですか。もう会えませんよ。八年間、全く紙面で見かけませんし」 「万が一だよ。万が一、もう一度会えたら、好きですって言うつもり?」 サラっと返事を返す私とは正反対に、隣を見るとなぜか宮田さんは不機嫌そうな面持ちになっていた。 八年ぶりにまた会えたからって、告白? 本当になにを言うんだ、この人は。 向こうにとってみれば八年ぶりも何もなく、いきなり知らない女が告白してきたことになるのに。 八年前からファンでした、くらいのことは勇気を出せば言えるかもしれないけれど。 本気の告白なんて、できるわけがない。ま、するつもりもないけど。 憧れの人をまたこの目で見てみたいだけだ。 でも、こういうのももしかしたら片想いのうちに入るのかな? 憧れだから、違うのかな?……それすら私はよくわかっていない。「どうしたんですか? 顔が怖いですよ」 「だって気になるし、妬けるよ」 漆黒の瞳が、私を捕らえてじっと射貫く。 なんだか距離が近いのでは? と思ったときにはすでに、額にそっとキスをされていた。「なっ、なにしてるんですか」 「あ、本当だ」 まるで今のは、自分ではない別人がしたことみたいに、宮田さんはあっけらかんとした表情で笑っていた。 冗談では済まされない行為でしょ、これは。「なんか今ね、チュってしたくなったんだ。なんでだろうね」 なんでだろうね、って言われても、こっちが聞きたい。「……あ、そうか」 彼は自問自答しつつ、なにか自分なりにその答えを見つけたようだ。「僕は朝日奈さんが好きなのか……」 なんだ、そういうことか。 などと、納得したような顔をする宮田さんを前に、私は驚愕して言葉が出ない。 ただ宮田さんを見つめて、パチパチとまばたきを繰り返してしまう。 私は今、告白されたのだろうか。 宮田さんから? ま、まさか。 だって宮田さんにとって私は、ただの仕事相手で。 ほかの女性と変わらない、からかって遊ぶだけの、なんてことはない存在のはずなのに……「冗談……ですよね?」 だけど。宮田さんの唇が触れた額が、そこだけ熱を持って熱い。 どうしちゃったんだ、私…… というか、唐突になんてことをしてくれるんだ!「本気だけど?」
ただ一方的に憧れているだけだもの。 私のことを知ってもらおうとか、そんな気持ちは一切ないから。 あの時はただ、彼を見て純粋に胸がキュンとした。 整った顔がまるで王子様みたいで、その笑顔に胸が高鳴った。 あれから八年経つ。……今の彼はもっと大人になっているんだろうな。 今もきっと、イケメンぶりは健在なのだろう。「袴田さんもこのことは知らないの?」 「……うちの部長ですか?」 唐突に出された名前に、首を傾けながら不思議そうに宮田さんを見る。「はい。言ってませんけど?」 「それを聞いたら、袴田さんは妬いちゃうよね」 「……は?」 今度は思わず眉をしかめた。この人はなにを言ってるんだろう。「部長が……妬く? 私にですか?」 「うん。あれ? そういう関係じゃないの?」 「違いますよ! 部長は若く見えますけど四十歳です。私といくつ歳が離れてると思ってるんですか。そんな関係にはなりえません」 私がそう言うと、宮田さんはワハハと声に出して急に笑い出す。 勘違いが解けるといいのだけれど。「バカだね、朝日奈さんは。年齢なんて関係ないじゃん。それくらい歳の離れたカップルや夫婦、いくらでもいるよ」 そう言われてみると、そうだ。 その人のことを好きかどうかであって、年齢は関係ない。 私と部長は十四歳差だけれど、世の中にはそれくらいの歳の差カップルもたくさん存在する。 自分の言ったことが、今更恥ずかしくなってきた。「それにしても袴田さんは四十歳なんだ。ほんと、実年齢よりずいぶん若く見えるね。髪型や体つきもオジサンくさくないし、シャツとかネクタイとか、選んでるもののセンスがいいからかな」 部長とは一度会っただけのはずなのに、そこまで見ていたのかと感心してしまったけれど。 そういえば以前、部長が言っていた。 人や部屋や空間……そういうところを見てしまうのがクセなのだと。 宮田さんも、きっとそうなのだろう。「部長は元々インテリアデザイナーを目指してたんですよ」 「……デザイナーね。なるほど、どうりで。まさか僕と同じ畑だったとは」 なにかをデザインして、それを形にしていく…… そう。ふたりはおおまかには同じ畑の人間なのだ。「ま、とにかく。袴田さんと付き合ってないんだったら、ライバルはその、八年前のモデルくんかな
「今から言うことは誰にも言わないでもらえます?」 「わかった」 「絶対に秘密ですよ?」 「もちろん」 本当は私がただ恥ずかしいだけで、別に今さらほかの誰かに知られたとしてもどうってことのない内容なのだけれど。 だけど大げさに“秘密”だと冗談を言う私に、宮田さんがうなずきながらイタズラっぽく微笑む。「これで僕たち、お互いの秘密を共有しあう仲になるんだね」 一応そうなりますかね。あなたのほうは本当に誰にも言えない秘密ですけど。 何故か意味深に言う宮田さんがおかしくて、思わずクスっと笑いがこみ上げた。「私が高校三年生のときの話なんですけどね。たまたま通りかかったチャペルで、モデルさんが撮影してたんですよ」 「撮影?」 「はい。今思えば、ウエディング専門誌とか、そういうのだと思うんですけど。真っ白なウエディングドレスを着た綺麗な女の人と、かっこいいタキシードを着た綺麗な男の人がいました。周りには機材がたくさんあって、カメラマンやスタッフもいて、すぐに撮影だってわかったから、私はヤジウマで遠くからそれを見ていたんです」 見ていた……というより、見入っていたんだ。 その場から離れられなくて、釘付けになった。「男性のモデルさんがすっごく素敵で、イケメンで、かっこいいなぁーって思っちゃって。でも、あとでどの雑誌を探しても、そのモデルさんを見かけることはありませんでした。だけどもしかしたら……私もこの業界に就職すれば、また会えるかもしれないって内心そう思ったのは事実です」 動機、不純でしょ? と笑ってそう言えば、宮田さんが苦笑いを浮かべる。 本当に不純な動機だ。 そのモデルの彼に近づけるのなら、職種は何でも良かったのか?と、当時の自分に突っ込みたいくらい。 だけど実際にブライダル業界に就職してみたら、仕事は思っていた以上に楽しい。 今は当初の動機を忘れちゃうくらい。「そのモデルの名前は?」 「さぁ? わかりません。年齢は若かったと思いますけど、もちろん私よりも年上でしょうね」 「もしかして、まったくなにも知らないの?」 驚きの声をあげる宮田さんに、私はゆっくりとうなずく。「あの時たまたまモデルをやっただけで、元々モデルとしての活動をしていなかったのかもしれませんし、今となっては探す手段もありません」 「そっか」 「とい
「あ、起きた?」 少しまどろむ、なんてかわいいものじゃない。 どうやら私はソファーで一時間以上ぐっすりと眠ってしまっていたようだ。「疲れてたんだね」 宮田さんがデスクから離れ、こちらへと歩み寄ってくる。 その顔はおだやかで、不機嫌な様子はない。「買ってきたものが冷めちゃったな」 「本当に申し訳ありません」 宮田さんにしてみれば、食事を買いに行って戻ってきたら私は寝ているのだからあきれただろう。 あぁ、もう……穴があったら入りたい、とはこのことだ。 恥ずかしさと申し訳なさで、真っ直ぐ宮田さんのほうを見ることすらできずにうつむく。「それにしても寝ちゃうとは。いい度胸してるよね」 「っ………」 機嫌を損ねなかったのは不幸中の幸い……などと勝手に思っていたけれど。 口調とはうらはらに、実は密かに怒っているのかもしれないと疑念を抱く。 宮田さんが怒ったところなんて、今まで見たことがないけれど。 こういうタイプは怒ったら怖い……とか?「それとも、僕を誘ってるってことだったのかな?」 隣に座った宮田さんを盗み見るといつもの笑顔を浮かべていたので、なぜかそれが私をホッとさせた。 ……怒ってはいないようだ。「ち、違います!」 「はは」 誘っているとか、100%冗談だとしても恐ろしいことを言わないでもらいたい。 冷静に考えてみたら、いつもこの部屋で私たちはふたりきりなのだから。「人生で最高に大切な思い出を、一緒に造ってあげたいのはわかるけどさ。ハードに仕事をしすぎたら身体を壊すよ?」 「……え?」 「雑誌で言ってたでしょ? この仕事を始めたきっかけ」 もうそろそろ失礼します、と頭を下げて帰ろうかと思っていた矢先だった。 宮田さんが不意にそんなことを言ったのは。 それって、例の…… 私が袴田部長に騙されて載ってしまった雑誌の話だ。『新郎新婦のおふたりにとって、人生で最高に幸せで大切な思い出を私も一緒に造ることができたらと思ったからです』 あの質問と答えの部分だけ活字がほかより大きかったけれど、そこまでよく覚えてるなと感心してしまう。「あれは……実際にそう思ってる部分はありますけど、ほかにももっとあるんです」 「?……なにが?」 「この仕事を始めようと思った、不純な動機です」 私が苦笑いでそう言う
「朝日奈さんさぁ、晩御飯まだだよね? たしか、仕事の帰りだって言ってたもんね」 「……はい」 「じゃあ、今からなにか買ってくるよ」 「え?!」 ……なんですか、その唐突な言動は。 今、仕事の話をしていましたよね? この人の頭の中のスイッチングが、本当にわからない。「けっこうです。お話が済めば失礼しますので」 「この近くにさ、遅くまでやってるテイクアウトのお店があるんだ」 すぐ買ってくるから、と笑みを向ける宮田さんに、人の話を聞いていますか?と突っ込みたくなる。「朝日奈さんはきっとお腹がすいてるんだよ。人って、お腹がすくと無意識に不機嫌になるからね」 一方的にそう言葉が放たれ、パタンと部屋のドアが閉まる。 急にシンと静まりかえる部屋。 突然ひとりでこの部屋に残されてしまった。 だいたい、去り際に言ったさっきのセリフはなんなのよ。 このイライラの原因は、空腹からきているとでも? 仕事終わりに呼びつけられ、おかしな発案ばかり聞かされればイライラしてくるに決まってる。 それを私が空腹だからだと思いこむあたり、ポジティブというかズレてるというか。 誰もいないのをいいことに、私はソファーの背もたれにダランと頭を乗せて、ぼんやりと天井を見上げた。 そのまま数分が経ち、宮田さんは仕事の相手なのだから、イライラさせられたとしても顔や態度に出しちゃダメだと少しばかり反省モードになる。 本当はあの人が、デザイナー・最上梨子なのだから。 やはり今日はエネルギーが足りていないのがいけない。 エネルギー不足だと、あの気まぐれイタズラわがままっ子には太刀打ちできない気がする。 なにを買いに行ってくれたのかわからないけれど、宮田さんが戻ってきたら、適当に理由をつけて今日はもう帰ろう。 こういうときは、仕事の話も仕切りなおすのが一番だ。 宮田さんが戻るのを待っていたはずなのに…… 私の身体はまるで充電が切れたかのようにソファーに沈んで、挙句まどろんでしまっていた。 ふと気づいた次の瞬間には、身体の上にブランケットが掛けられていて。 それに驚いて、咄嗟に飛び起きるように上半身を起こす。「す、すみません! 私、寝ちゃってました」 部屋の奥にある仕事用のデスクに座る宮田さんを視界に捉え、あわてて頭を下げる。
しゃぼん玉か。会場の演出としては、アリだと思う。「入り口の両サイドに小さな装置を置いて、静かにフワフワっとしゃぼん玉が漂う中で来賓をお出迎えするのもいいですね!」 それならば、邪魔にはならないかわいらしい演出だと思う。 私の頭の中で、すんなりとイメージが湧いてきた瞬間だった。「えぇ? 入り口付近だけ? どうせならもっと派手にいこうよ」 「派手、に?」 「うん。披露宴中に上からもドバーっと、すごい量のしゃぼん玉を落とそうよ! 来賓客が驚いて、うわぁ~って声を出しながらみんな見あげるんだ」「え……」 「サプラーイズ! って感じになるでしょ。想像すると、ワクワクするね!」 あの……私はワクワクが吹っ飛んで、頭痛がしてきましたが。「そんなことできませんよ!」 「どうして?」 「来賓の方にしゃぼん玉が大量にかかって大変なことになります! それに、テーブルの上のお料理もお飲み物もすべて台無しですよ!」 「あー、そっか、なるほど」 いい案だと思ったのに、と宮田さんは肩を落としながら口を尖らせる。 来賓客の中でも特に女性は高級な着物やドレスを身に纏っている人が多数いる。 そんな人たちのお召し物に、シミがついてしまう可能性のある大量しゃぼん玉の演出なんてできるわけがない。 髪だってそうだ。 朝から美容院できちんと綺麗にセットしてもらった髪が、しゃぼん玉の泡でぐちゃぐちゃになるかもしれない。 若い人たちは比較的サプライズを喜んでくれても、中高年の人たちからはクレームになりかねないだろう。 はぁ……この人の閃きは非凡すぎるから。 凡人である私にはついていけないだけなのかな。 というより、まずは常識的なところに気を配ってもらいたいものだ。「あ、そしたらさ!」 目の前の宮田さんが、またなにか思いついたというような顔をする。 目がキラキラしている。 なにを言い出すのかと思うと、聞く私のほうが一瞬ひるんだ。「花火はどう?」 「は、花火?!」「うん。お色直しのあと、高砂に新郎新婦が座った途端に、両サイドから、シャー!って下から吹き上げる派手な花火。そういうのもサプラーイズ!って感じで、みんなびっくりするだろうね!」 そ、そんなにサプライズがお好きですか。 ドッキリを仕掛けるのが目的じゃないんですけど!「もちろん
でも、彼の言う“めちゃくちゃ良いアイデア”というのは、どんなものなのか気になる。 これまで、まったくイメージがわかないと言っていたのに。 彼のデザイナーとしての閃きは天才的だから、なにか少しでも取っ掛かりが見つかると、常人では思いつかないアイデアが降臨してくるのかもしれない。 そうだとしたら、時間がどうの、疲れがどうの、などと私の都合を言っていられない気がした。「わかりました。今からすぐ伺います」 私がそう言うと、『待ってるねー』という明るいトーンの声が聞こえて、そのままプツリと電話は切れた。 駅に着いて改札を抜け、構内のトイレに駆け込んだ。 鏡で自分の顔を確認すると、案の定ひどい状態だった。 このあとはもう帰宅するだけだと思っていたから、無防備に化粧が崩れてドロドロだ。 浮き上がった脂を取って、上からパフで粉を施す。リップも綺麗に塗りなおした。 すでに疲れきった一日の終わりに、一番疲れる人のところへ今から向かうのだ。 エネルギーは残っているだろうか。 心配になりつつ、ほかには誰もいないトイレで密かに気合を入れた。 最上梨子デザイン事務所へ着くと、宮田さんがいつものごとく笑顔で出迎えてくれて、すぐに例のアトリエ部屋へと通された。「朝日奈さん、早かったね。そんなに早く僕に会いたかったのー?」 いきなりの先制パンチにクラクラする。いつもの冗談に突っ込む気力もない。 今日はエネルギー不足だとか、そんなことはこの人には関係ないもの。「お電話いただいたときには、もうすでに駅近くにいましたので」 淡々とそう述べると、彼は「ふぅ~ん」と生返事をしながらコーヒーメーカーへと近づいていく。 そして、ふたつのカップにコーヒーを注いで戻ってきて、例の真っ黒な高級ソファーにゆったりと腰を下ろした。「あの、早速なんですが。先ほど仰っていた、浮かんだアイデアというのは……?」 「ああ、あれね。浮かんだのはまだ漠然としたイメージだけなんだけど。朝日奈さんがどう思うか聞いておきたくてね」 「……はい」 どんなアイデアなのか、すごく気になってワクワクする。 宮田さんが奥にあるデスクへなにか取りに行って、戻ってきたと思ったらガラステーブルの上に写真を並べた。 視線を向けると、それはこの前水族館で撮った写真だった。「これ!
「へぇー、思ってたより大きく載ってるじゃない!」「麗子(れいこ)さん、恥ずかしいですってば」「どうして? 緋雪(ひゆき)、写真うつりいいわよ?」「あんまり見ないでくださいよー」 お昼の休憩時間、人気の女性雑誌をパラパラとめくりながら、会社の先輩社員である麗子さんがニヤニヤとした笑みで私を冷やかす。 【 ウエディングプランナー・朝日奈(あさひな)緋雪さん 26歳 】 ブライダル会社で働いている一般人の私にとって、自分の顔が大きく載っている雑誌を目の前にすると、恥ずかしくて顔から火が吹きそうになる。 私は一年ほど前まで、式や披露宴、結婚指輪や引き出物など、お客様をサポートする実務に就いていた。 だけど今は企画部に移り、新しいプランの作成と、市場調査をおこなうのが私の仕事になっている。 そんな私に、雑誌の取材オファーが来たのは一ヶ月ほど前だった。 記者がどこで私のことを知ったのかはわからない。 だけど、なぜか私を取材したいと名指しで指名してきたようだ。『いいじゃないか、朝日奈。会社にとっても良い宣伝になるし』 私の上司である袴田(はかまだ)部長は、その話を聞いた途端、笑顔で大賛成した。『いや……でも、部長……』『働く女性特集の記事だってさ。朝日奈が優秀だからオファーが来たんだよ。大丈夫だって! それにもう取材OKの返事をしちゃったからなぁ』『え、えぇ?!』 否応なく、とは……まさにこのことだ。 私が断ろうと思ったときには、すでに部長が先方へ返事をしてしまったあとだった。 しかも、優秀だから、などと取って付けたようなお世辞まで言われて。 にこっとした笑みを向ける上司を目の前にして、力なくガクリとうな垂れたのを覚えている。 袴田部長は、四十歳で独身の男性。 元々、インテリアデザイナーを目指していたらしい。 十年ほど前、違う会社から引き抜きで我が社へやってきた人材だということは、他の人に聞いて知った。 たしかに部長は、何を選ぶにしてもセンスがいいし、アイデアも素晴らしい。 だから部長職に抜擢されたのだと思う。 そんな部長のもとで一緒に仕事がしたくて、私は企画部への異動を希望して現在に至っている。 部長が面白いと感じたもの、いけると思ったプランは実際に評判を得ることが多い。 だから私は純粋に部長を...
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