ラエスタッド王国の第一王子であるヴィクタールは、何者かに無実の罪を着せられ、更に弟と自分の婚約者に、不貞と言う名の裏切りを受ける。絶望し死を決めた彼は、二人の目の前で崖から落ちていった―― リントン侯爵家の使用人リシュティナは、侯爵家の姉妹に苛められる日々だったが、恋人になったロッゾに裏切られ、更に理不尽な理由で侯爵家を解雇されてしまう。 絶望し死に場所に決めた浜辺で、リシュティナは倒れている瀕死の男を発見し介抱するが、目覚めた彼から放たれたのは怒りと『拒絶』の言葉で――? これは、裏切られ絶望し死を求めた二人が運命的に出逢い、様々な困難に遭いながらも愛を深めていく、狂愛と純愛の物語。
View More「ヴィル兄さんが崖から落ちた……? 兄さんはっ? 兄さんは無事なんですかっ!?」 所用で出掛けていたウェリトは、王城へ帰ってきた後国王に呼ばれ、王の間で言われた内容に信じられない気持ちで一杯だった。「崖下を捜させてはおるが、今も見つかってはいない。スタンリーが言うには、ヴィクタールは自分への嫉妬心から乱心し、崖の上で暴れ騎士達に危害を加えそうだったので、仕方なく斬った。その拍子に足を踏み外して崖から落ちた、との事だ。大怪我もしているし、あの高さから海へ落ちたのだ。きっともう……生きてはいまい――」「……そんな……!!」 ウェリトは父の言った言葉を信じなかった。 まず、ヴィクタールがスタンリーに嫉妬する筈が無い。 毎回スタンリーとの勝負に負けても、「流石、強いですね」とヴィクタールはいつも微笑んでいた。 嬉しそうに、弟の成長を喜ぶように。 それに、いつも冷静な兄が、嫉妬なんかで乱心する筈が無い。 スタンリーは確実に嘘を言っている。「……俺、自分の部屋に戻ります……」「……あぁ。国民にはこの事は暫く伏せておく。混乱を招いてはいけないからな。時期を見て知らせる。お前も、くれぐれもこの事を口外しないように」「……分かりました」 ウェリトは父に向かって一礼すると、唇を噛み締めながら自分の部屋に戻った。 すると、執務机の真ん中に二枚の紙が重ねて置いてある事に気付いた。 近くに行って紙を手に取ると、細かく文字が書かれており、それは誰かからの手紙のようだっだ。 ウェリトは首を傾げながら、それを読んでみる。『ウェリトへ。お前がこの手紙を読んでいる頃は、オレはもうこの世にはいないだろう。こんな形で別れる事になってすまない。オレはもう、生きる希望を失くしてしまったんだ。こんな情けない兄を許して欲しい。お前に真実を言っておく。パーティーの日、オレを嵌めたのはスタンリーとヘビリアだ。ヘビリアが自分が王妃になりたいが為にスタンリーと協力して起こした事件だ。婚約者をオレではなく、次期国王の可能性が高いスタンリーにする為に。そしてスタンリーは、海獣神を召喚に必要な『聖なる巫女』の血を引くヘビリアを得る為に。オレは潔白だ。ちゃんと正礼服を着ていたし、服もシーツも乱れが全く無かった。隣にいた女が、最初から脱着が簡易なワンピースだったのも怪しい。女の参
「兄上! 『王位継承権』を先に貰った僕に嫉妬しているのは分かるけど、嫌がらせの度が過ぎるよ! 早くそれを僕に返して!」「ヴィクタール様、子供みたいな真似は止めて下さいっ! それはスタンリー様とあたしに必要な物なんですぅ!」 ヴィクタールの近くまで来ると、スタンリーとヘビリアは早速口を開いて彼を責めた。 そんな二人を、ヴィクタールは無表情の冷めた目で見返す。「あー……うるせぇな。『自信過剰クソ男』に『乗り換えクソ女』が」「自信過剰クソ……!?」「乗り換え!? クソ女っ!?」 ヴィクタールの痛烈な言葉を繰り返し、唖然とするスタンリーとヘビリア。「次期愚劣王と卑猥妃決定ね、はいおめでとさん。オレを卑劣な手で騙した醜悪二人組で仲良く頑張んなよ」「「はぁっ!?」」 ヴィクタールの口調がガラリと変わっている事よりも、彼の言った内容に驚愕し、スタンリーとヘビリアの声が重なった。「ふ……フザけた事を言うなよ兄上! 誰が兄上を騙したって? そんな訳あるか! 僕への嫉妬心からある事ない事言わないでくれよ!」「そ、そうですよ! あたし、ヴィクタール様に裏切られて、とっても悲しかったんですからね!? それをスタンリー様が優しく慰めてくれたんです! だからあたし、彼なら新しい婚約者になってもいいって――」「へぇ? 慰めた? ――あぁそうだな。パーティーがあった日の夜、わざわざ見張りを遠くへやって、貴賓の部屋で慰め合ってたな、お前ら。あれさ、その夜が“初めて”じゃねぇだろ? 慣れた感じだったもんな。『今日は“いつもと”違って、一晩中一緒にいられる』とか言ってたもんな。恐らく一ヶ月前からそういう関係になってたんだろ。あーぁ、完璧不貞じゃん。お前らに慰謝料請求出来るじゃん。――そうそう、オレの隣にいた女に『暗殺者』を差し向けたって? それでもう証拠が何も残らないって言ってたな、お前ら。――はっ、どんだけ悪党なんだよ。怖い怖い」 スラスラと紡がれるヴィクタールの言葉に、騎士達の間に大きなざわめきが起きる。「……だ……黙れ……」「お前らがオレを騙し不貞の末に国王と王妃になるのは勝手だがな、莫大な『力』と『富』は与えねぇ。自分の力のみで王をやっていけよ。スタンリー、お前能力バカ高ぇんだろ? じゃあ海獣神の『力』と『富』なんていらねぇじゃん。そんなのお前にとってクズみたい
ふらつく足取りで自分の部屋に戻ると、ヴィクタールは身体を投げるように、ベッドに仰向けで倒れ込んだ。「……裏切られていた……。あの二人に――」 一体いつから……? ……そう言えば、この一ヶ月はヘビリアから自分に会いに来る事は一度も無かった。 一ヶ月前に起こった事と言えば――スタンリーが召喚に成功し、『王位継承権』を授かった事だ。「……あぁ、成る程……。私は“見限られた”のか……」 はは、と乾いた笑いがヴィクタールの口から漏れる。「そんな簡単に見限れる程度の関係だったんだな、私達は――」 ヴィクタールが二十歳、ヘビリアが十八歳の時に決まった、二人の婚約。 四年間の決して短くない年月で、お互いに良好な関係が築かれていると思っていた。 「好きです」と、ヘビリアは何度も口にしてくれた。 それに自分も同じ言葉を返していた。 彼女が欲しいと言った物は、買える物なら自分の私財で買ってあげた。 その度に彼女は喜んで、「大好きです」と言ってくれた。 彼女の無邪気な笑顔が好きだった――「……抱きしめれば良かったのか、彼女を? スタンリーのように――」 ヘビリアは、自分を抱きしめたり口付けをしない事に、ずっと不満を持っていた。 それをすれば、こんな事態は避けられた……?「――いや、それは違う……」 例えそれをしても、彼女に一切欲の湧かなかった自分だ。きっと失敗に終わっていただろう。 それに万が一成功したとしても、結局彼女は自分を裏切っていただろう。『未来のあたしの王様』『未来の僕の王妃様』 二人はそう言い合っていた。 彼らはこの国の『国王』と『王妃』になる事を切望したのだ。 だから彼女は、自分ではなく、次期国王になる可能性が十分に高いスタンリーを選んだ。 スタンリーも、海獣神ネプトゥーを召喚し“王の器”として認めて貰う為、『聖なる巫女』の直系の血を引くヘビリアとの婚姻を望んだ――「は……はは……」 自分の唇から、乾いた笑いが止まらない。 今や国民の誰もが、スタンリーが王になる事を望んでいるだろう。 何もかも兄に勝る弟。 情けなく頼りない自分より、何でも出来るスタンリーの方が選ばれるに決まっている。 それに今回の件で、元から低かった自分の評判は、更に地の底に沈んだであろう。 無実の証明をしてくれる者が誰もいない今、その評判
「……なんて事をしてくれたのだ、ヴィクタール」 あの後、混乱もなくパーティーは閉幕した。 会場から離れていた休憩室での出来事だった為、大事にならずに済んだのだ。 しかし、騎士数人と何人かの参加者に目撃されてしまった。 騎士達に連れられ、自分の部屋で謹慎していたヴィクタールは、国王に呼ばれ王の間へとやってきていた。 悲痛なヴィクタールの顔を見た国王は、眉間に拳を当てながら大きな溜め息を吐き、冒頭の台詞を言ったのだった。「父上、私は何もしておりません! 己の礼服に乱れはありませんでしたし、ベッドのシーツに汚れも乱れもありませんでした。何も無かった事は確かです。私は誰かに嵌められたのです!!」「そうだとしても、お前と裸の女性が一緒に寝ていたという最悪な状況を騎士達や貴族の何人かに見られてしまった。すぐに王城や王国中にお前の醜悪な噂が広まるだろう。広まった噂は抑えが利かず、“嘘”が『真実』となって更に広まっていく。どうする事も出来ないのだ」「…………」 ヴィクタールは俯き、奥歯をきつく噛み締める。「……あの逃げた女性は……? 彼女は最後に『ごめんなさい、どうか許して』と言ったんです。だから彼女は私を嵌めた者にあんな事をさせられたんだと思うんです。彼女を捜し出し、弁明させれば――」「……捜させてはいるが、未だ見つかっていない。恐らく、お前を嵌めた犯人がその者を遠くに逃したか、既に“処分”されたのだろう。――お前を弁護出来る者は、もう誰一人いないのだよ」「…………」 国王は深い息をつくと、厳かに言葉を続けた。「……ヴィクタールよ。騒動が落ち着くまで、お前を謹慎処分とする。そして、ヘビリア嬢との婚約を解消し、代わりにスタンリーを彼女の婚約者とする。ヘビリア嬢の希望だ。スタンリーもそれに了承した」「なっ!? そんな……!」「世間の目もあるし、彼女は酷く心が傷付いたそうだ。気持ちを汲んでやれ」「…………」 それは、ヴィクタールが無言で引き下がるには十分の言葉だった。「……もう下がって良い。謹慎中でも公務はしっかりと――それ以上に勤勉にやってくれ。その姿が、お前の評判を下げる噂を払拭する近道になるだろう」「……はい、分かりました……」 ヴィクタールは敬礼をすると、早足で王の間から出て行った。(今すぐにヘビリアに説明をしに行こう。ちゃんと話せ
スタンリーが召喚に成功してから一ヶ月後、それを祝うパーティーが王城で開催され、勿論ヴィクタールもヘビリアをパートナーとして参加した。 ダンスが終わった後、ヘビリアは笑顔でヴィクタールに水の入ったグラスを差し出した。「お疲れ様です、ヴィクタール様ぁ。喉が渇いたでしょう? お水をどうぞぉ」「ありがとうございます、ヘビリア。丁度飲み物が欲しかったので助かりました」 ヴィクタールはヘビリアに微笑むとグラスを受け取り、その水を一気に飲み干す。「…………?」 一息ついた時、突然眠気が襲ってきた。「……っ。――すみません、ヘビリア。気が抜けたのか、少し睡魔が……。ちょっと休憩室に行って休んできますね」「大丈夫ですか、ヴィクタール様ぁ? あたしの事は気にせずにゆっくりと休んできて下さい!」「はい、ありがとうございます……」 ヴィクタールはおぼつかない足取りでパーティー会場を出て、休憩室に入るとすぐさまベッドにうつ伏せで倒れ込み、そのまま意識を失ってしまった。 ……どのくらい眠っていたのだろうか。 まだ意識が朦朧としている。「ヴィクタール様、起きましたかぁ? パーティーもうすぐ終わりますよぉ? 入っていいですかぁ?」 ヘビリアの声が遠くからし、扉が開く音がした。(ヘビリア、迎えに来たのか……。もう起きないと……) すると突然、「きゃああぁぁっ!!」 と、彼女の悲鳴が部屋中に響き渡った。「っ!?」 ヘビリアの甲高い叫びでヴィクタールは完全に覚醒し、ガバッと身を起こした。 彼女の方を見ると、両手を口に当て目を大きく見開いている。「ヘビリア? どうしました――」「その――その女性は誰ですかっ!? まさかヴィクタール様、その女性と――」「え?」 怪訝に眉を顰め、ヴィクタールはヘビリアの視線に倣って、自分の隣を見た。「…………っ!?」 そこには、ヴィクタールも驚愕の光景があった。 見知らぬ女が全裸で寝そべり、両腕で胸を隠し震えながらこちらを見上げていたのだ。「……は? これはどういう――」 自分の置かれた状況が理解出来ない。 急いで自分を見ると、ちゃんと服は着ていた。パーティーの正礼装のままだ。乱れも無い。 しかし、隣には素っ裸の女性が横たわっている……。 眠ってからの記憶が、全く無い。「そんな……ヴィクタール様、酷い……
『召喚の間』は、床に召喚の媒体である複雑な魔法陣が描かれてあり、王子達はいつもここで召喚の習練を繰り返し行っていた。 消費する魔力が多いので、一日に二、三回位しか出来ないのが欠点だ。 『召喚の間』に入ると、後ろで結んだ橙色の長髪と青緑色の瞳を持つ青年が、床に描かれてある大きな魔法陣の上に立ち、見物者達に囲まれながら笑顔を浮かべていた。 彼はこの王国の第二王子である、スタンリー・ツーク・ラエスタッドだ。年は、ヴィクタールより二歳年下の二十二歳だ。 彼の前には、小さな魚の精霊がフヨフヨと浮かんでいる。下級の水の精霊、ナイアだ。 通常、精霊は人の目に見えないのだが、この魔法陣の中にいる時のみ、その姿を見る事が出来る。 上級の精霊だと、自ら姿を見せる事の出来る者もいるらしい。 ちなみに王族は、自分が召喚した精霊は魔法陣の上関係無く見る事が出来る。「すごいですよ、スタンリー!」 思わずヴィクタールが称賛の声を上げスタンリーのもとに駆け寄ると、彼は自分の兄を見てニコリと笑みを浮かべた。「兄上、僕、やったよ! でもごめん、兄上より先に『王位継承権』を貰っちゃった……」「いいんですよ、そんな事は。頑張りましたね、スタンリー」 シュンとするスタンリーをヴィクタールは労うと、彼は一瞬無表情になった後、再び笑顔を見せた。「俺はヴィル兄さんの方が先だと思ったのに……。兄さんがすごい努力をしてること、俺、ちゃんと分かってるからさ」 いつの間に側に来たのか、ヴィクタールの隣には、肩で揃えた黄金色の髪と紫色の瞳をした少年が、ブスッとした顔つきで立っていた。 彼の名はウェリト・サーラ・ラエスタッド。この王国の第三王子だ。 年はヴィクタールより八歳年下の十六歳で、まだ幼さの残る顔立ちをしている。「ありがとう、ウェリト。私もスタンリーに負けていられませんね。もっと鍛錬しないと」 ヴィクタールがウェリトの頭を撫でながら頷くと、それでもウェリトは不機嫌な顔を止めなかった。「ヴィル兄さんは十分頑張ってるよ! それと……俺、やっぱりヴィル兄さんは昔の言葉遣いの方がいい。――ちっ、あの女の所為でヴィル兄さんは……」 最後の方はウェリトの口の中で呟かれ、ヴィクタールには聞こえなかった。 しかし、すぐ近くにいたスタンリーには聞こえたようだ。「ウェリト、今何て言った?
ラエスタッド王国第一王子、ヴィクタール・ワース・ラエスタッドは、貴賓の部屋の前で、呆然と立ち尽くしていた。 扉の中から微かに聞こえてくる声は、聞き慣れた女の声。 そして男の、女の名を何度も呼ぶ、同じく聞き慣れた声。「ヘビリア、ヘビリア……っ」 その名は。――その、名前は。 自分の……『婚約者』の名前―― そして、馴染みのあるその男の声は。 自分の弟である、第二王子、スタンリー・ツーク・ラエスタッドの声――「スタンリー様ぁっ! 好き、大好きぃっ」「僕も好きだ……愛してる、ヘビリア……。兄上よりもずっと……。ねぇ、君もそうだよね? 兄上なんかより、僕を愛しているよね?」「えぇ、勿論っ。あんな堅苦しいヴィクタール様なんかより、あなたを心から愛してるの、スタンリー様ぁっ」 叫びにも似た、二人の愛を伝え合う言葉を扉越しに聞きながら、ヴィクタールは思わず両目を固く瞑って耳を塞ぎ、力無くその場に膝をついたのだった――◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ ここ、ラエスタッド王国は、海に囲まれた島にある、小さな王国だ。 海の恩恵を授かっているこの王国では、国民は海獣神『ネプトゥー』を崇拝し、日々生活をしている。 丘の上にある、ラエスタッド城。 その庭園にある椅子に、二人の男女がテーブルを挟んで向かい合って座り、仲睦まじく談笑をしていた。 男は、黄金色の無造作に切り揃えた短い髪と、紫色の瞳を持った美丈夫で。 この国の第一王子である、ヴィクタール・ワース・ラエスタッドだ。 女は、ヘビリア・リントン。リントン侯爵家の長女で、赤茶色のウェーブした長い髪と同じ色の瞳を持った、可愛らしい女性だ。 彼女は、ヴィクタールの婚約者だ。 リントン侯爵家は、代々『聖なる巫女』の血を直系に受け継ぐ家系で、そこで産まれた娘は、王族との婚姻が定められていた。 王家には、こんな『伝承』が言い伝えられているのだ。 “王家の血を引く者、『聖なる巫女』の血を引く者との絆が深まりし時、互いに『古の指輪』を嵌めよ。さすれば海獣神召喚され、“王の器”として認められし者へ、莫大な『力』と『富』を与えん。――但し、過ちを犯した者、海獣神の強大な怒りに触れん” ……と。 王家の血筋を引く者は、代々、精霊を召喚出来る能力を持って産まれる。 最下級の精霊でも、それを召喚出来た者は、『王位継承権』
ラエスタッド王国第一王子、ヴィクタール・ワース・ラエスタッドは、貴賓の部屋の前で、呆然と立ち尽くしていた。 扉の中から微かに聞こえてくる声は、聞き慣れた女の声。 そして男の、女の名を何度も呼ぶ、同じく聞き慣れた声。「ヘビリア、ヘビリア……っ」 その名は。――その、名前は。 自分の……『婚約者』の名前―― そして、馴染みのあるその男の声は。 自分の弟である、第二王子、スタンリー・ツーク・ラエスタッドの声――「スタンリー様ぁっ! 好き、大好きぃっ」「僕も好きだ……愛してる、ヘビリア……。兄上よりもずっと……。ねぇ、君もそうだよね? 兄上なんかより、僕を愛しているよね?」「えぇ、勿論っ。あんな堅苦しいヴィクタール様なんかより、あなたを心から愛してるの、スタンリー様ぁっ」 叫びにも似た、二人の愛を伝え合う言葉を扉越しに聞きながら、ヴィクタールは思わず両目を固く瞑って耳を塞ぎ、力無くその場に膝をついたのだった――◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ ここ、ラエスタッド王国は、海に囲まれた島にある、小さな王国だ。 海の恩恵を授かっているこの王国では、国民は海獣神『ネプトゥー』を崇拝し、日々生活をしている。 丘の上にある、ラエスタッド城。 その庭園にある椅子に、二人の男女がテーブルを挟んで向かい合って座り、仲睦まじく談笑をしていた。 男は、黄金色の無造作に切り揃えた短い髪と、紫色の瞳を持った美丈夫で。 この国の第一王子である、ヴィクタール・ワース・ラエスタッドだ。 女は、ヘビリア・リントン。リントン侯爵家の長女で、赤茶色のウェーブした長い髪と同じ色の瞳を持った、可愛らしい女性だ。 彼女は、ヴィクタールの婚約者だ。 リントン侯爵家は、代々『聖なる巫女』の血を直系に受け継ぐ家系で、そこで産まれた娘は、王族との婚姻が定められていた。 王家には、こんな『伝承』が言い伝えられているのだ。 “王家の血を引く者、『聖なる巫女』の血を引く者との絆が深まりし時、互いに『古の指輪』を嵌めよ。さすれば海獣神召喚され、“王の器”として認められし者へ、莫大な『力』と『富』を与えん。――但し、過ちを犯した者、海獣神の強大な怒りに触れん” ……と。 王家の血筋を引く者は、代々、精霊を召喚出来る能力を持って産まれる。 最下級の精霊でも、それを召喚出来た者は、『王位継承権』...
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