ラエスタッド王国第一王子、ヴィクタール・ワース・ラエスタッドは、貴賓の部屋の前で、呆然と立ち尽くしていた。 扉の中から微かに聞こえてくる声は、聞き慣れた女の声。 そして男の、女の名を何度も呼ぶ、同じく聞き慣れた声。「ヘビリア、ヘビリア……っ」 その名は。――その、名前は。 自分の……『婚約者』の名前―― そして、馴染みのあるその男の声は。 自分の弟である、第二王子、スタンリー・ツーク・ラエスタッドの声――「スタンリー様ぁっ! 好き、大好きぃっ」「僕も好きだ……愛してる、ヘビリア……。兄上よりもずっと……。ねぇ、君もそうだよね? 兄上なんかより、僕を愛しているよね?」「えぇ、勿論っ。あんな堅苦しいヴィクタール様なんかより、あなたを心から愛してるの、スタンリー様ぁっ」 叫びにも似た、二人の愛を伝え合う言葉を扉越しに聞きながら、ヴィクタールは思わず両目を固く瞑って耳を塞ぎ、力無くその場に膝をついたのだった――◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ ここ、ラエスタッド王国は、海に囲まれた島にある、小さな王国だ。 海の恩恵を授かっているこの王国では、国民は海獣神『ネプトゥー』を崇拝し、日々生活をしている。 丘の上にある、ラエスタッド城。 その庭園にある椅子に、二人の男女がテーブルを挟んで向かい合って座り、仲睦まじく談笑をしていた。 男は、黄金色の無造作に切り揃えた短い髪と、紫色の瞳を持った美丈夫で。 この国の第一王子である、ヴィクタール・ワース・ラエスタッドだ。 女は、ヘビリア・リントン。リントン侯爵家の長女で、赤茶色のウェーブした長い髪と同じ色の瞳を持った、可愛らしい女性だ。 彼女は、ヴィクタールの婚約者だ。 リントン侯爵家は、代々『聖なる巫女』の血を直系に受け継ぐ家系で、そこで産まれた娘は、王族との婚姻が定められていた。 王家には、こんな『伝承』が言い伝えられているのだ。 “王家の血を引く者、『聖なる巫女』の血を引く者との絆が深まりし時、互いに『古の指輪』を嵌めよ。さすれば海獣神召喚され、“王の器”として認められし者へ、莫大な『力』と『富』を与えん。――但し、過ちを犯した者、海獣神の強大な怒りに触れん” ……と。 王家の血筋を引く者は、代々、精霊を召喚出来る能力を持って産まれる。 最下級の精霊でも、それを召喚出来た者は、『王位継承権』
Last Updated : 2025-03-12 Read more