All Chapters of 弟と婚約者に裏切られた不運の王子は、孤独な海の娘を狂愛する: Chapter 11 - Chapter 20

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11.王子の予期せぬ行動

「さぁ、温かい内にどうぞ」 トレイに乗せ、湯気の出た具沢山のスープと焼いた丸パンを持ってきたリシュティナは、ベッドの隣にある小さなテーブルの上にそれを置いた。 その美味しそうな匂いに、ヴィクタールは朝から何も食べていない事にようやく気付き、同時に腹の虫がグゥと鳴った。「…………」「ふふっ、遠慮無くどうぞ? 勿論毒は入っていないので大丈夫ですよ。毒味をしましょうか?」「いや……大丈夫だ」 微笑むリシュティナに促され、ヴィクタールは羞恥を隠す為ブスリとした面持ちで上半身を起こすと、スープの器を手に取った。 スプーンで掬い、それを口に入れると、ミルク風味の温かく優しい味わいが口の中一杯に広がり、ヴィクタールは思わず、「うまっ」 と口に出して言ってしまった。「お口に合ったようで良かったです」 リシュティナはそれを聞き、嬉しそうに微笑む。「……今まで温かい飯なんて食べた事無かった……。毒味をした後だったから、毎回冷めてて……。こんなに……こんなに美味いんだな……。温かいだけじゃなく、味付けもすげー美味い……。こんなに美味い飯がこの世には存在していたのか……」「え、えぇっ……? いえ、そ……そんな、そこまででは……。ほ、褒め過ぎですよっ?」 両手を激しく左右に揺らし、アタフタとするリシュティナの姿に、ヴィクタールは思わずフッと笑ってしまった。 その後がっつくようにスープとパンを食べ、スープを二杯おかわりをしてお腹を満足させたヴィクタールは、再び毛布に包まり、ベッドに横になった。 良い匂いのする毛布に、また何とも言えない気持ちになってくる。 気を紛らわす為に窓を見てみると、外は真っ暗だった。もう夜も深いのだろう。 天井をボーッとしながら眺めているヴィクタールの近くに、ご飯の後片付けを終えたリシュティナがやってきた。「夜も遅いので、宜しければ一晩泊まっていって下さい。ベッド、そのまま使って構いませんよ。母と一緒に眠っていたベッドなので、広くて快適でしょう? ゆっくりと休んで下さいね」 微笑みながら言うリシュティナに、ヴィクタールは疑問に浮かんだ事を訊いてみた。「……なぁ。何でお前はオレにこんなに良くしてくれるんだ。お前はオレが王族だって気付いてるんだろ? 世話して金をせびる為か? やっぱり金の為なのか?」「えっ!? そんな――馬鹿にしな
last updateLast Updated : 2025-03-16
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12.リシュティナの危機

 リシュティナは、己の今の状況を理解するのに少々時間を要した。 頭の脇に固定された自分の両手首は男性特有の大きな手によって掴まれ、身体の上には、細身で引き締まった身体を持つ、全裸の美丈夫が伸し掛かっている。(わぁ、腹筋が綺麗に六つに割れてる……。鍛えてるなぁ。すごいなぁ) と、脳が現実逃避を選んで脈絡の無いものに感嘆している。 それより下は決して見てはいけないと、続けて脳が警告を発し、リシュティナは慌てて上に視線を向けた。 そして、紫色の神秘的な瞳と目が合った。 しかし、その瞳は光が灯っておらず、泥沼のように淀んでいる。 リシュティナは、そんな濁った彼の瞳の奥に、揺らめく一つの感情を見つけた。(……傷付いている……? この……自分自身の行動に……? 泣きそうになってる……?) ――あぁ……彼にこれ以上、こんな愚行を続けさせる訳にはいかない。 彼が更に傷付くだけだ――「で――」 「殿下」、と呼ぼうとした時、リシュティナは自分が重大な失念を犯した事に気が付いた。「あっ、しまった! “薬”! “薬”飲まなきゃ……っ! もう『効果』が切れてるっ!」 通常、その薬は夜には飲まないのだが、今日はヴィクタールがいる。 彼を助ける為にバタバタしていて、すっかり忘れてしまっていた。 薬は水と一緒に服用する為、台所にある。 リシュティナはヴィクタールから逃れようと何度も身を大きく捩ったが、全く効果は無く。「コラ、暴れんじゃねぇよ。ぶつかって怪我でもしたら大変だろうが」 心做しか優しい口調と、状況にそぐわない身体を心配する言葉で窘められ、再び動きを封じられてしまった。 キョロキョロと忙しなく顔を動かし、慌てふためくリシュティナの顔を、ヴィクタールは真顔でジッと見つめる。「前髪……邪魔だな。目、見せろよ」 そうボソリと口にすると、ヴィクタールは片手をリシュティナの前髪に近付け、それを掻き上げた。「あ――だ、駄目っ!」「っ!?」 そこには、海のような蒼色にキラキラと輝く、吸い込まれそうな位神秘的な瞳があった。 微かに潤みを含ませ輝きを増しているそれは、心の奥底に長い間鎮座していたヴィクタールの情欲をムクリと起こすのには十分で。 しかし、左の瞳には何故か一切光が入っていなかった。それでも魅惑的に感じる事は確かだ。 ヴィクタールは言葉を失
last updateLast Updated : 2025-03-17
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13.懐かしき唄

 結局、ヴィクタールには毛布に包まって貰い、リシュティナは改めて話を始めた。「最初にお尋ねしますが、海獣神ネプトゥーの“愛し子”である『セイレン』は御存知ですか?」「『セイレン』? あぁ、美しい歌声で人々を“魅了”し惑わせるっていう、半人半魚の事だろ?」「はい、その『セイレン』の血を引く者が母だったんです」「は……」 ヴィクタールは小さな声で話すリシュティナを凝視した。前髪の隙間から、神秘的な蒼色の瞳が見え隠れする。「母も、人々を“魅了”する声帯を持っていました。けれど母は強い魔力があった為、その力を制御出来ました。私もその声帯を持って産まれたのですが、私の場合、魔力が全く無かったので、その力を制御出来ませんでした。だから母は、声を枯れさせる薬を作ってくれ、私は毎日それを飲んでいました。朝飲んで夜に切れる即効短時間型の薬だったので」「魔力が……全く無い……?」 ヴィクタールは、リシュティナの言ったそれが胸に引っ掛かった。(魔力が無いって事は、回復魔法も使えないじゃないか。じゃあ、オレの大怪我をここまで綺麗に治したのは……?)「私の目の色も、『セイレン』特有の瞳の色だから人前では常に隠しなさいと母に言われ、前髪で隠していました。私の声の力は、唄を歌った時と、感情を込めた時に発動するので、今のように普通に喋る分には大丈夫なのですが、ふとした瞬間に感情が出てしまう場合もあるので、毎日の薬は欠かせないんです」「……成る程な……。――その、お前の母親は……?」「二年前に病気で亡くなりました。私は母から薬の作り方を教わっていたので、今もこうして薬を飲み続けながら生活をしています」「そうか……」(……ここまで父親の話が出ていないって事は、訊いちゃいけない事柄なんだろうな……)「話してくれてありがとな。――その、気になったんだが、その薬って喉に負担は掛からないのか?」「声帯を強制的に枯れさせるので、多少負担はありますね」「その“魅了”に掛かってしまった場合の効果時間はどれくらいだ?」「えっと……恐らく数時間程度だと思います」「じゃあ今日はもう飲むな。オレの前では飲まなくていい。理由が分かったしな」 リシュティナは、ヴィクタールに戸惑いの表情を向けた。「怖く……恐ろしくないんですか? 私が――」「いや、全ッ然? もっと怖ぇ女を知ってるし」
last updateLast Updated : 2025-03-18
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14.夜が明けて

「初対面の女に抱きついて、泣き喚いて泣き疲れて寝る――って、どこのガキだよオレは……」 ――翌朝。 フッと目を覚ましたヴィクタールは、そこがリシュティナのベッドの上だと分かると、昨日の自分の痴態を思い出し、頭を抱えて蹲った。 けれど、気持ちはとてもスッキリとしていた。流した涙と共に、ドロドロした膿のような感情が洗い流されたような気持ちだ。「いたっ」 台所からリシュティナの声が飛んでくる。いつでも聞いていたい位の、鈴を転がすような澄んだ声音。 薬は飲んでいないようだ。(……にしてもアイツ、昨夜からちょくちょくどこかをぶつけてるな……。ドジっ子なのか?) 『ドジっ子』という言葉に、自分で言って自分で苦笑していると、リシュティナが畳まれたヴィクタールの服を両手に乗せてやってきた。「おはようございます、殿下」「……あぁ、おはよ」 痴態をやらかした昨日の今日なので、何だか座り心地が悪い。「服、乾いていたのでお持ちしました。破けている箇所は一応縫っておきましたが、下手なので縫い目が目立つし、すぐに買い替えて下さいね」「別に構わない。ありがとな」「いえ、お礼を言われる事は何も。――着替えたら朝ご飯にしましょうか。昨日のスープがまだ残っているので、それでも宜しいですか?」「あぁ、寧ろそれが嬉しいよ。色々と済まないな」「いえ、気にしないで下さい。――スッキリされたようで良かったです。朝ご飯の準備してきますね」「――!」 リシュティナはヴィクタールに服を手渡しニコリと笑うと、再び台所に戻っていった。「いたっ」 ……また、どこかぶつけたようだ。 ヴィクタールは自分の顔を触ると、照れ臭いような、むず痒いような気持ちになったのだった。◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆「殿下はこの後どうされるのですか?」 朝ご飯を、今度はダイニングテーブルで美味しく戴いた後、リシュティナが後片付けをしながらヴィクタールに質問した。「……あぁ。そう言えば考えてなかったな……。昨日は死ぬ事ばかり考えて――」 そこで、ヴィクタールはハッとなってリシュティナに勢い良く尋ねた。「なぁ! オレさ、掌位の小さな箱を持ってなかったか!?」「え、箱? ――あぁ、ごめんなさい。すっかり忘れてました。これですね」 リシュティナは頷くと、棚の上に置いてあった、掌に乗る大きさの箱を取ると、
last updateLast Updated : 2025-03-19
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15.海の精霊

「海の精霊、レヴァイ……? 人の姿をしていて、自由に姿を現す事が出来る――お前、上位の精霊だな? リシュティナってアイツの事か?」「おや? まだお互いの自己紹介もしていませんでしたか。まぁ、死にたがりのお二人ならそれは意味の為さないモノですもんね。どうせすぐに死ぬんですからねぇ」 ニヤニヤとしているレヴァイに、ヴィクタールは怪訝な顔を向ける。「死にたがりの二人……? 一人はオレなのは分かるが、どうしてアイツも入ってるんだ?」「だって彼女、死ぬ為に海辺に行ったんですよ。そこでアナタを見つけてしまった」「は……っ?」 それを聞いて固まってしまったヴィクタールに、レヴァイは両目を半月にしてクスクスと笑う。「さぁて、ここでアナタに質問です☆ ここはリシュティナと彼女の母君が共に暮らしていた家、場所は町から少し外れた森の中。アナタは正反対の海辺に倒れていました。ここまでの長い道程を、誰がアナタをせっせと運んだのでしょうか?」「誰が……」 確かに、リシュティナのような華奢な身体の女性では、成人男の自分を抱えて運ぶのは無理だ。「…………」「はーい、時間切れ☆ 正解はワタクシでしたぁ。アナタを浮かばせて運んだのですよ。難しかったですか?」「そんなの分かるわけねぇだろ……」「クヒッ。さて、次の質問です☆ アナタは海辺で倒れていた時、あちこち骨折をしていて打撲や裂傷も激しく、胸の傷からの大量出血で、いつ死んでもおかしくないほどの虫の息状態でした。それをサラッと華麗に治したのは誰でしょう?」「…………」「おや? これも難しいですか? 仕方ないですね、そんなアナタに特別ヒントを差し上げましょう☆ リシュティナは魔力が全く無いので魔法は使えず、勿論回復魔法も使えません。そうなると……消去法で考えたらすぐに分かりますよね?」「…………お前、か?」「はーい、大正解☆ 海は『全ての生命の母』と呼ばれていますからね。海の精霊のワタクシは最上級の回復魔法なんてお手の物ですよ♪」 得意げにふんぞり返り過ぎてシルクハットが落ちかかっているレヴァイに、ヴィクタールは頭を下げた。「……礼を言う」「いいえ~? モチロン、タダでは治しませんよ? 精霊の世界は『等価交換』です。それと同等の“対価”をリシュティナから戴いたので、御礼には及びませんよ。最初に申し上げた通り、御礼
last updateLast Updated : 2025-03-20
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16.王子の自己紹介

 リシュティナは木に囲まれた小さな湖の畔に座り込み、薬の材料になる薬草を摘んでいた。「……あぁ、死に損なっちゃったな……。最期に人助けをって思ったけど、余計な真似だったみたいだし……。相当な覚悟だったと思うし、殿下に悪い事しちゃった……。けど、何だかスッキリした顔をしていたし、これを機に生きる希望が持てればいいな。……私は……やっぱり、お母さんのところに……いきたいな……」 手に持つ摘んだ薬草を見て、リシュティナは寂しく苦笑する。「殿下が出て行き易いように理由をつけて外に来たけど、薬草を摘んだって意味は無いんだよね……。薬を作っても、もう使わないし……。必要、ないから――」「――あるだろ、このバカッ!」「……えっ!?」 独り言に返事が来て、リシュティナは驚き勢い良く振り返った。 そこには、額に汗を浮かばせ、ゼェゼェと息を切らしたヴィクタールが立っていた。「くそっ! あちこち捜したぞ、ったく……」「で、殿下っ!? どうしてここに――」 リシュティナは肩で大きく息をしているヴィクタールに目を見開き、慌てて立ち上がる。「違う、もうオレは『殿下』じゃねぇ」「え……?」「自己紹介をするぞ。オレの名はヴィクタールだ。ヴィルと呼んでくれ。呼び捨てでいい。オレはもう王族じゃねぇからな。あと、敬語も止めだ。タメ口で話してくれ、いいな?」「え、えっと……?」「次はお前の番だ。お前の名は?」「え? あ、り……リシュティナ・キャンベラと申します……」「タ・メ・グ・チ!」「へっ、あっ、も、申し訳――あ……ご、ごめんね……」「ん。それじゃ、お前の事リィナと呼ぶぞ。よろしく、リィナ」「えっ? あ……よ、よろしく……ね……?」「あぁ」 矢継ぎ早に出されるヴィクタールの言葉に圧される形でリシュティナが返答する。 ヴィクタールはリシュティナのすぐ傍まで来ると、戸惑いがちに見上げてくる彼女の前髪を掻き上げた。 ……全く光を通さない、海のように澄んだ蒼色の左目―― ヴィクタールの奥歯が、ギリッと強く噛み締められる。「……すまない……」「え?」「左目。オレの所為で……」「え……あ……な、何で……? ――あ、もしかしてレヴァイに会ったの? あの子から訊いたんだね……。あの子ったら余計な事を……。全然気にしないでね。私がやりたくてやった事だから」「…
last updateLast Updated : 2025-03-21
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17.小さな楽しみを胸に

「――なぁ。お前は何で死のうと思ったんだ?」 ヴィクタールの問い掛けに、リシュティナは眉尻を下げ、首を軽く振る。「それもレヴァイから訊いたの? ……えっと、ヴィル程の事じゃないけど――」 そう言うと、リシュティナは経緯を話してくれた。「……その屋敷の姉妹に毎日暴力と苛めを受け、告白してきた使用人の男がその翌日姉と関係を持っていたと。しかもお前の悪口言って、告白を冗談だったとのたまって。その上理不尽に解雇されただぁ? ――十分腹立つ内容じゃねぇか、クソがっ!」「あはは、そうかな……?」「そうだよ!!」 大きく舌打ちをしたヴィクタールは、ハッとなって急いでリシュティナに訊いた。「暴力を受けた時の傷は大丈夫なのか!?」「あ、それは大丈夫。あそこの姉妹、スプーンやフォークより重い物を持った事の無い人達だから。蹴られても叩かれても少しの痣だけで済んだよ」「それでも痣が……くそっ! そいつらをボコボコに叩きのめしてやりてぇ……!」 苦々しい表情を浮かべるヴィクタールに、リシュティナは目を細めて微笑み、「ありがとう」と言った。『そんなもの、全く望んでいません! お金があったって何の意味もありませんから!!』 昨晩、金の為に自分を助けたのか訊いたヴィクタールに、リシュティナは憤ってその台詞を言った。(そうだよな……。金があったって、苛めはなくならなかった。金があったって、コイツの母親にはもう会えない――) ヴィクタールは、己の考え足らずな発言を恥じ、自責する。「なぁ、リィナ……。その……さ? お互い、さ……クソ野郎共の事なんかスッパリ忘れてさ。何か……そう、何でもいいんだ。少しでもさ、明日が待ち遠しいと思えるような事をしようぜ? ――リィナ、何かある?」「……え? そ、そんな、いきなりそう言われても……。えっと――」 ……さっきから、ヴィクタールに至近距離で見つめられ、頬を撫でられているので落ち着かない。 しかし、未来の事を話し、前向きになれた彼の気持ちをそのままにしておきたくて、リシュティナはされるがままでいた。「オレはさ、お前の料理がもっと食べたい。あんなに美味しいと感じたのは初めてなんだ。だから、今日も明日も……その明日も食べたい」「えっ? そんな事、お安い御用だよ? そう言ってくれると私も作り甲斐がある――あっ、じゃあ、野菜や果物
last updateLast Updated : 2025-04-01
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18.ささやかな幸せの時間

 リシュティナはヴィクタールの髪を茶色に染め、前髪を目の下まで垂らすと、二人は町に出掛けた。 道中、ヴィクタールはリシュティナの左側をピッタリとくっついて歩くので、「ヴィル、近いよ……?」 と、そっと指摘すると、ヴィクタールは首を横に振り反論した。「お前、左目見えてねぇから何かあったらぶつかるだろ。障害物から守ってんだよ、悪ぃか」「え、う……ううん、全然悪くないよ。嬉しいよ……ありがとう」「ん」 だからと言って近過ぎる気が……と思ったけれど、ヴィクタールの気持ちが嬉しいし、何だか機嫌が良い感じなので、それは黙っておく事にした。 衣料品店でヴィクタールの替えの服を何着か買い、そこで購入したものに着替える。 彼の着ていた服は、貴族以上の者が着る高級な服なので、どうしても目立ってしまうからだ。 その後雑貨屋に行って、幾つかの野菜や果物の種を購入し、馴染みの食料品店で、晩ご飯の品目を話し合って決めながら買い出しをした。「おや、リシュティナちゃん。見掛けない人と一緒にいるね? どなただい?」 会計をしている時、食料品店の店主である老婦人がニコニコとしながら声を掛けてきた。「こんにちは、店主さん。紹介が遅れてごめんなさい。彼、私の兄なんです。出稼ぎに行ってたんだけど、母が亡くなった事を心配して帰ってきてくれたの」 掠れた声で、リシュティナが店主に説明をする。 ヴィクタールは無言で店主に頭を下げた。「おやまぁ、そうかいそうかい。確かに髪の色も同じだし、前髪が長くて目が見えないのもソックリだわ、アハハッ。良かったねぇ、リシュティナちゃん。お兄さんが帰ってきてくれて」「はい、男手があると色々助かります」「そうだろそうだろ、仲良くおやりよ」「はい、ありがとうございます」 和やかに会計を済ませ、二人は帰路に就く。 歩いている間、ヴィクタールが気が抜けたようにボーッとしている事に、リシュティナは小首を傾げた。「どうしたの、ヴィル。疲れちゃった?」「……リィナ」「うん、何?」「オレ……楽しい」「え?」「町を回って買い物してさ、今日の晩ご飯何がいいかってアレコレ考えてさ、町人と他愛もない雑談してさ……。どれも王城の中じゃ絶対に経験出来ない事ばかりだ。オレ、ずっと公務ばっかやってたから……。だからさ、オレ……今、すっげぇ嬉しいし、楽しいんだ
last updateLast Updated : 2025-04-02
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19.二日目の夜

「ヴィル、ベッドで寝ていいよ? 私、昨日と同じソファで眠るから」「なっ……バカ言うな! そこじゃ寝た気がしないだろうが! お前がベッドを使えよ、オレがソファで眠るから」「ヴィルの身体の大きさじゃソファに入り切らないよ……」 二人の押し問答がさっきから続いている。 平行線な言い合いに辟易したのか、レヴァイがポンッと煙を出しながら姿を現した。「やれやれ……もう埒が明かないですから、一緒のベッドで眠ったらどうです? 以前はリシュティナと母君が一緒に寝ていたでしょう? 二人が寝られる広さがあるじゃないですか」「「えっ」」 ヴィクタールとリシュティナが同時に声を上げ、顔を見合わせる。 そして、どちらともなく顔を赤くした。「いやいやっ、そ……それは流石にマズイだろっ!?」「何がマズイんですか? ただ眠るだけでしょう? それのどこかマズイと?」「うっ……」 レヴァイの正論に返す言葉を失ったヴィクタールは、助けを求めるように再びリシュティナを見た。 彼女は真面目な表情で顎に手を当て考えていたが、やがて小さく頷いた。「……そうだね。このままだと譲り合いの言い合いで夜が明けそうだし、一緒に寝ようか」「はっ!? お、おい――」「背中合わせで眠れば大丈夫だよ。ね? 昨晩はちょっと気が立ってたんだよね? 私はヴィルを信じるよ」「うっ……。――き、昨日はホント悪かった……」「ううん、大丈夫」 ニコリと笑うリシュティナにこれ以上言える言葉も無く、ヴィクタールは複雑な気持ちで了承したのだった。「やれやれ、これでようやく静かに眠れますよ」 欠伸をしながら消えていったレヴァイを見送ると、二人は無言でベッドに入り、背中合わせになる。 二人が寝られる広さと言っても、それはリシュティナと彼女の母が寝ていた場合だ。 ヴィクタールは成人男性で、彼女の母より断然体格が良いので、どちらかが身動ぎすると、互いの背中が触れ合ってしまう。 その度に、二人は胸を高鳴らせてしまうのであった。「……あ――あのさっ!」「え、な……何?」 突然ヴィクタールから上擦った声を掛けられ、リシュティナはビクリとしながらも答える。「唄を――唄をさ、歌ってくれないか? 昨日みたいに……」「唄を?」「あぁ。お前の声、すごく心地良いからさ……。すぐ眠れると思って。きっと“魅了”に掛かる
last updateLast Updated : 2025-04-03
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20.生きる為にはお金が必要

「いや待て待てっ、ものすっごく早くねぇかっ!? 昨日の夕方種を植えたばっかだぞっ!? 明らかにおかしくね!?」「は、早過ぎだよね……?」「いやいやっ、早過ぎってモンじゃねぇぞこの育ち方はっ!?」「だ、だね……?」 呆然唖然としながら、二人は青々とした葉が生い茂る畑をただ眺めていると、ポンッとレヴァイが姿を現した。「これは土の精霊の仕業ですよ、お二人さん」「「え? 土の精霊……?」」「えぇ、彼がアナタにどうしても伝えて欲しいとの事で、ワタクシがわざわざ言いに参りましたよ」「へ、オレに……?」「はい、では言いますよ。『いつも召喚の呼び掛けに応えられなくてごめんなさい。皆、アナタの事は好きだけど、その内に秘める強大な魔力が恐ろしくて誰も近寄れなかったんです。せめてものお詫びに、水の精霊サンと協力して植物を最適な状態まで成長させておきました。これはお詫びなので交換のモノは必要ありません』……との事です」 それを聞き、ヴィクタールとリシュティナは顔を見合わせる。「強大な魔力……? オレ、そんなの持ってねぇぞ。昔『魔力測定器』で測ったけど、人並の魔力だって――」「どうやらアナタの何処かに、その強大な魔力が封印されているようなんですねぇ。誰が封印したのかは知りませんが。まぁそれを解き放つと、膨大な魔力に身体が耐え切れずバラバラになって吹き飛ぶ可能性がありますから、封印は妥当な判断ですよ」「ば、バラバラ……」 それを想像してしまったのか、ヴィクタールの顔が一気に青褪める。「そ、その封印って、突然解かれたりしないよな……?」「今の所厳重に封印されているみたいですから大丈夫じゃないですか? まぁ、ワタクシはアナタがボカンと吹っ飛ぶ瞬間、切に見たいですけどねぇ」 「クヒヒッ」と半月の目をしながらレヴァイは意地悪く笑うと、再びポンッと音を出して消えていった。「あ、あのやろ……っ」「……きっと……その封印した人は、ヴィルをすごく大切に想ってくれてた人だと思うよ。強過ぎる力は“災い”でしかないから……」「……オレを大切に想う……」(昔……自分を大切に想ってくれた人は、たった“一人”しかいない……) ヴィクタールは瞳を閉じ、肌身離さず首に付けている、紫色の石が付いているペンダントをギュッと握り締めた。「けど、精霊の力って本当すごいね……。暫く食材に
last updateLast Updated : 2025-04-04
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