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15.海の精霊

Penulis: 望月 或
last update Terakhir Diperbarui: 2025-03-20 13:57:00

「海の精霊、レヴァイ……? 人の姿をしていて、自由に姿を現す事が出来る――お前、上位の精霊だな? リシュティナってアイツの事か?」

「おや? まだお互いの自己紹介もしていませんでしたか。まぁ、死にたがりのお二人ならそれは意味の為さないモノですもんね。どうせすぐに死ぬんですからねぇ」

 ニヤニヤとしているレヴァイに、ヴィクタールは怪訝な顔を向ける。

「死にたがりの二人……? 一人はオレなのは分かるが、どうしてアイツも入ってるんだ?」

「だって彼女、死ぬ為に海辺に行ったんですよ。そこでアナタを見つけてしまった」

「は……っ?」

 それを聞いて固まってしまったヴィクタールに、レヴァイは両目を半月にしてクスクスと笑う。

「さぁて、ここでアナタに質問です☆ ここはリシュティナと彼女の母君が共に暮らしていた家、場所は町から少し外れた森の中。アナタは正反対の海辺に倒れていました。ここまでの長い道程を、誰がアナタをせっせと運んだのでしょうか?」

「誰が……」

 確かに、リシュティナのような華奢な身体の女性では、成人男の自分を抱えて運ぶのは無理だ。

「…………」

「はーい、時間切れ☆ 正解はワタクシでしたぁ。アナタを浮かばせて運んだのですよ。難しかったですか?」

「そんなの分かるわけねぇだろ……」

「クヒッ。さて、次の質問です☆ アナタは海辺で倒れていた時、あちこち骨折をしていて打撲や裂傷も激しく、胸の傷からの大量出血で、いつ死んでもおかしくないほどの虫の息状態でした。それをサラッと華麗に治したのは誰でしょう?」

「…………」

「おや? これも難しいですか? 仕方ないですね、そんなアナタに特別ヒントを差し上げましょう☆ リシュティナは魔力が全く無いので魔法は使えず、勿論回復魔法も使えません。そうなると……消去法で考えたらすぐに分かりますよね?」

「…………お前、か?」

「はーい、大正解☆ 海は『全ての生命の母』と呼ばれていますからね。海の精霊のワタクシは最上級の回復魔法なんてお手の物ですよ♪」

 得意げにふんぞり返り過ぎてシルクハットが落ちかかっているレヴァイに、ヴィクタールは頭を下げた。

「……礼を言う」

「いいえ~? モチロン、タダでは治しませんよ? 精霊の世界は『等価交換』です。それと同等の“対価”をリシュティナから戴いたので、御礼には及びませんよ。最初に申し上げた通り、御礼
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    「今日は良い天気だ。雲一つ無いぜ。あぁ、鳥が羽ばたいてった。気持ち良さそうに飛んでたな」「ふふ、そっか」 草原の道を、ヴィクタールはリシュティナの細い指に自分の指を絡ませながら歩く。 リシュティナはヴィクタールの言葉を聞きながら、優しく微笑んでいた。 心地良い風が、彼女の前髪を揺らす度、光の無い蒼色の瞳が見え隠れする。 それでも、その瞳は吸い込まれるようにとても綺麗だった。 ヴィクタールが景色よりもリシュティナを眺めている時間の方が多い事は、見えない彼女には気付かないだろう。 ふと、リシュティナがヴィクタールを見上げて、ふわりと笑った。 途端、ヴィクタールの心臓が大きく跳ねる。「ヴィル、ありがとう。私の為に、どんな景色か教えてくれてるんだね」「あ……あぁ」「だから……楽しいよ、私。とっても」 目を細め、嬉しそうに微笑むリシュティナに我慢出来ず、ヴィクタールは彼女の身体を引き寄せ抱きしめた。「えっ?」 瞬間、彼女の頬が真っ赤に変わった。「も、もうっ! 外ではいきなりやらないでって言った!」「あぁ、悪ぃ……。お前が可愛過ぎて我慢出来なかった」「!!」 正直に告げると、リシュティナの顔が更に朱に染まる。恥ずかしがる彼女も可愛くて堪らない。 自分の腕の中に一生閉じ込めていたい思いに囚われ、バタバタと身体を動かす彼女を深く抱き込んだ。 ――あの時。 元婚約者に裏切られ、“恋”だの“愛”だの、『好き』だの『愛してる』だの、もう沢山だと辟易した。 けれどリシュティナと出会い、いつの間にか自分の中は彼女で埋め尽くされ、彼女無しではいられないようになった。 “恋”や“愛”という陳腐な言葉では言い表せない、『好き』だの『愛してる』だの、そんな軽い言葉で言い表したくない、酷く深く重く熱い想いが自分の胸を焦がした。 その熱情に身を任せ、彼女の滑らかで柔らかい身体を余す事無く貪り尽くしたい気持ちに必死になって蓋をした。 こんな強い欲望があったなんて自分でも驚いた。 懸命に我慢はしているが、想いは留まる事を知らず、きつく閉じた蓋から少しずつ漏れてきて。 手繋ぎから抱擁、そして額への口付けと、彼女への欲が止まらず出てきてしまっていて。 それ以上は彼女が自分を好きになるまで駄目だと、最後の砦のように理性を最大限にして抑えている。 彼女が一

  • 弟と婚約者に裏切られた不運の王子は、孤独な海の娘を狂愛する   34.旅立ちの日

    「旅の資金もある程度貯まったし、明日にでも旅に出るか。王国の地図も買ったし、旅の準備も出来てるしな」「えっ、いきなりだね!? しかももう準備万端っ!?」 ある日の夜。 いつもの如くベッドでリシュティナを抱き込みながら、ヴィクタールは唐突にそう告げた。「スタンリーの野郎はもう召喚を決行しただろう。成功したのなら、父上が現国王でも、王権は奴が半分以上握る事になる。悪影響が本格的に出る前にこの王国を去りたい。――オレは、お前とずっとこんな風に穏やかな生活を送っていきたい。ただそれだけがオレの望みなんだ」「ヴィル……」「リィナ……。いつまでも一緒だ」 ヴィクタールの声が近くなったと思ったら、前髪を掻き上げられる気配がし、額に柔らかく温かいものが触れた。「えっ!?」 驚くリシュティナに構わず、ヴィクタールは彼女の首筋に顔を埋めた。「……可愛い、リィナ」 首筋に顔を埋めたままそう言われ、吐息が直接当たる擽ったさに、リシュティナの身体がブルリと震える。「……お前の温もりって眠気誘うよな……。しかも快眠の……。おやすみ、リィナ――」「えっ、ヴィルッ?」「…………」 ……ヴィクタールは、リシュティナの首筋に顔をつけたまま眠ってしまった。(――さ、さっきの額の感触は……もしかして……。う、ううん、きっと指だよ指! ……で、でも、指よりも柔らかかった……。――もうっ、一体何なのーーっっ!?) 真っ赤な顔のリシュティナの叫びは、虚しくも心の中で消えていったのだった……。◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 朝になり、少し寝不足気味のリシュティナをヴィクタールが心配しながらも一緒に朝ご飯を食べ、旅の支度を整えた。 家を出て畑の所に行くと、ヴィクタールは心地良く響く低音の声を張り上げる。「土の精霊、水の精霊、聞いてるか? 今までありがとな。オレ達これから旅に出るから、野菜や果物達を土に還してくれねぇか? 思い入れがあるし、このまま枯れていくのは嫌だしさ。頼むよ」 すると、畑に生い茂っていた野菜や果物達が、シュルシュルと音を立てて小さくなり、やがて土の中に消えていった。「ありがとな、お前ら。いつまでも元気でいろよ。ここが危なくなったらすぐに逃げろよ――ん?」 ヴィクタールは、土の上に幾つかの小さな種がある事に気が付いた。「何だコレ?」「精霊達の“餞別”です。

  • 弟と婚約者に裏切られた不運の王子は、孤独な海の娘を狂愛する   33.召喚決行の結末

    「シャーロット様も『聖なる巫女』の血を引いていない……!?」「じゃあシャーロット様も、リントン侯爵閣下の子では無い――?」 周りが酷くざわめく中、とうとう立っていられなくなった侯爵夫人は、戦慄いたまま、ガクリと両膝をついた。「……ヘビリアが産まれてから二年後、君が『子供が欲しい』と言ってくれた時、ようやく私を見てくれたと嬉しかったよ。けれどそのすぐ後に『子供が出来た』と言った君に不信感を抱いた私は、君の事を調べさせて貰った。……結果、まだ不貞の相手と切れていなかった。私を求めたのは、不貞の相手との間に子供が出来、それを私の子とする為の偽造工作だった。……ヘビリアの時も似たような状況だったと思い当たった時、酷く失望したよ」「あ、あなた……」「君の義務は、『聖なる巫女』の直系である私との子を産む事だった。その為の“政略結婚”だった。けれど君はそれを軽く考え、義務を放棄した。そして他の男の子供を作った。それも二度も。――そんなに私との子を産むのが……私との子を育てるのが嫌だったんだな。……言ってくれれば、すぐに君と離婚したのに」「ご、ごめんなさい、あなた……。本当にごめんなさい……! け、けど、離婚だけは許して……!」「…………」 リントン侯爵は、夫人の謝罪に何も言わず、眉間に皺を寄せ瞼を閉じた。「そ……そんな……。それじゃあ『聖なる巫女』の血を直系で引く者は誰もいないじゃないか! “王たる器”を持つ僕の世代に! そんなの――そんなの許されないっ!」 スタンリーが両目を見開き激昂すると、再び海獣神ネプトゥーの声が聞こえてきた。『何を巫山戯た事を言っている、王族の人間よ。汝には“王たる器”はどこにも無い。貪欲に塗れた愚者よ。偽の「聖なる巫女」といい、このような茶番に付き合わされ、我は酷く腹立たしい。我は非常に忙しいのだ。今すぐにこの王国の国民を滅しないと気が済まない』 海獣神ネプトゥーの言葉に、その場にいた全員がギョッと目を剥いた。 殆どの者が慌てふためく中、国王が前に出て、その場で勢い良く土下座をした。「海獣神ネプトゥー様のお怒り、御尤もで御座います。しかし、こちらの予期せぬ不備で御座いまして、一度貴方様の召喚を成功した私めに免じて、お怒りを鎮めて頂けないでしょうか」「ち、父上……」 スタンリーは、威厳をかなぐり捨てて床に頭を付けて土下座

  • 弟と婚約者に裏切られた不運の王子は、孤独な海の娘を狂愛する   32.召喚決行の日

     海獣神ネプトゥーを召喚する決行の日がやってきた。 『召喚の間』には、国王を始め、王国の重鎮達や貴族達、抽選で選ばれた国民達が集まり、魔法陣の上に立つスタンリーを固唾を呑んで見守っている。 第三王子のウェリトは、船に乗り隣国の視察に行っているので、この場には居ない。 スタンリーの隣には、『聖なる巫女』の直系の血を引く、リントン侯爵家の長女であるヘビリアが笑みを浮かべて立っていた。 二人の左手の薬指には『古の指輪』がそれぞれ嵌められ、キラキラと輝いている。 しかし二人共、指輪が少し小さかったようで、指の真ん中辺りで止まっていた。 見守る貴族の中に、海を渡って外交をしており、いつも屋敷を不在にしているリントン侯爵家当主の姿もあった。 ピンク色の珍しい髪に少し白髪が交じり、金茶色の瞳を持つ、穏やかな風貌のリントン侯爵は、静かな眼差しでヘビリアを見ている。 その隣には、リントン侯爵夫人が少し青褪めた顔で夫の様子をチラチラと窺っており、その母の隣でシャーロットは、ウットリとした面持ちでスタンリーを見つめていた。 スタンリーは、海獣神召喚にかなりの自信があった。 自身の魔力はこの城の者達の中で一番高いし、ヘビリアとも幾度となく“絆を結んでいる”。 万が一の為の“保険”もしてある。 失敗する要素が何一つ無い。 先日、王家に言い伝えられている『伝承』を再確認しようと書物を調べていると、興味深い文章を発見した。 “魔力高き王族の者と、『聖なる巫女』の直系の血を引きし者との“絆”が更に強く深まる時、伝説の獣神の召喚が成功するであろう”、と。 今の自分に全て当て嵌まっているので、スタンリーは、海獣神を召喚したら、次は伝説の獣神を召喚を試みようと目論んでいた。 それで更に王国内で自分の評価は急上昇するだろう。 もしかしたら、海を越えて世界中でもその名誉ある評判は広まるかもしれない。 スタンリーはニタリと口の両端を持ち上げると、真面目な顔を作り観客に厳かに告げた。「では、海獣神の召喚を始める」 スタンリーは目を閉じ、詠唱を唱え始めた。「――海獣神ネプトゥーよ、我の呼び掛けに応えよ!!」 詠唱が終わり、スタンリーが最後の言葉を放つと、魔法陣が赤く輝き出した。「赤色……? 儂の時は確か青色だった気が――」 淡く輝く魔法陣の色に、国王が疑問の言葉を

  • 弟と婚約者に裏切られた不運の王子は、孤独な海の娘を狂愛する   31.求め合う二人

     リシュティナには、いつ朝が来たか分からない。 眠りから目覚めて瞼を開けても、ただ一面暗闇が広がっているだけだからだ。 今も脳が覚醒し始め、そっと瞳を開けても、目の前は闇一色だ。 身体から、ヴィクタールの温もりが消えていた。「……ヴィル?」 上半身を起こし、小さな声でヴィクタールに呼び掛ける。 しかし、返事は無い。暫く待ってみても、返ってこない。 リシュティナは、真っ暗闇の中、急に独り取り残されたような疎外感に襲われた。「ヴィル……ヴィル、どこ? どこにいるの……?」 震える声でヴィルを呼びながら、カタカタと小刻みに揺れる手を前に伸ばす。「ヴィル――」 泣きそうになった、その時。「――リィナ」 待ち望んでいた声が聞こえたと同時に、伸ばされたリシュティナの小さな手を、大きく温かな手がギュッと握り締めてきた。 そのまま引っ張られ、いつもの温もりがリシュティナの身体全体を包み込む。 その温もりに、無意識にホッとしている自分がいた。「悪ぃ、手洗いと顔を洗いに行ってた。グッスリ寝てたからまだ起きないと思ったんだ。大丈夫だ、オレはお前に黙って遠くへなんて絶対行かない。死んでもお前の隣にいるって言ったろ?」 ヴィクタールは、リシュティナの震える身体を労るように更に深く抱きしめ、自分の額を彼女の額にコツンと当てた。「怖がらせちまって悪かった。けど、オレを求めてくれてすっげぇ嬉しかった。もう無いようにするが、万が一またこんな事があったらすぐ声を出してオレを呼んでくれ。すっ飛んで来るから」「…………うん、ありがとう」「ん。もっとオレを求めていいからな?」 ヴィクタールは嬉しそうな声音を出すと、リシュティナを抱きしめたまま、その首筋に自分の顔を埋めた。 滑らかなリシュティナの首筋に、ヴィクタールは甘えるように頬を擦り寄せている。(あぁ……どうしよう。私もヴィルに依存しちゃってる……?) リシュティナの心の中で、ヴィクタールを“魅了”から解放してあげたい気持ちと、ずっとこのまま彼と一緒にいたい気持ちがせめぎ合い、心揺らぐ自分が嫌になるのであった……。◆◇◆◇◆◇◆◇◆ “魅了”を解除する方法を探そうと決意したリシュティナだったが、一つ大きな難関があった。 それは、ヴィクタールが文字通りリシュティナから離れない事だ。 朝の件があってか

  • 弟と婚約者に裏切られた不運の王子は、孤独な海の娘を狂愛する   30.王子の変化

     ヴィクタールは宣言通り、リシュティナから片時も離れようとはしなかった。 歩く時は指を絡めて手を繋ぐ。町で歩く時は勿論、家の中にいる時でもだ。 リシュティナがそっと立ち上がると、直ぐにヴィクタールが反応し、「どこに行くんだ? 一人じゃ危ねぇよ」 と、必ず手を掴まれ指を絡ませてくる。「えっと……ちょっと物を取りに行くだけだよ。場所は分かるから、手探りで行けるよ。一人でも大丈夫――」「ダメだ。そう言ってどこかにぶつかったらどうすんだ。言えばオレが取りに行く。お前はオレの傍で座っているだけでいいんだ」「え……そんな、悪いよ……」「全然悪くない。もっとオレに頼ってくれ、リィナ。オレはお前の為なら何でもやる。人を殺せと言われても、お前がそれを望むなら喜んで殺ってやるさ」「そ……そんな事絶対に言わない!!」「あぁ、そんなの知ってるよ。けど、それだけオレは本気だという事を分かってくれ」「…………」 こんな風に、過保護に拍車が掛かっている。度々不穏な台詞を言ってくるのが心臓に悪いけれど。 手洗いや浴室までついてこようとしたので、それは流石に全力で阻止した。「一人で出来ねぇだろ? オレが手伝う。最初から最後まで」「てっ、手伝……!? 最後まで!? だっ、大丈夫だよ、出来るから! 手探りで何とかなるから! 流石にものすっごく恥ずかしいからっ!」「……あぁ、いいな。オレに対してすごく恥ずかしがるリィナを眺めていたい――」「ヴィルッ!」「……分かったよ。チッ……」 とても不服そうな声を出され、更に舌打ちまで聞こえてきたけれど、そこは絶対に譲れない! とリシュティナは心を鬼にしたのだった。 ご飯はヴィクタールが作ってくれた。リシュティナの料理を手伝ってきたからか手際が良く、味も満点だった。 彼は一度教えたら、すぐにコツを掴んで何でもやってのけるのだ。 だからリシュティナは、町の人がヴィクタールについて噂していた、「何をやっても中途半端」「兄の方が出来損ない」とは全然違う事に疑問を持っていたのだった。 ――そしてそこでも、彼女にとって羞恥の時間が待っていた。「ほら、リィナ。あーんしろ、あーん」 ヴィクタールがリシュティナにご飯を食べさせたがるのだ。「あ、『あーん』て……。じ、自分で食べられるよ。大丈夫だから……」「ダメだ、こぼすだろうか。

  • 弟と婚約者に裏切られた不運の王子は、孤独な海の娘を狂愛する   29.いつまでも傍に

     視界が、真っ黒に染まっていた。 目を開けている筈なのに、一面に塗り潰された黒。 それ以外、何も無い。(――あぁ、本当に見えなくなったんだな……)「レヴァイ? レヴァイ……そこにいる?」「はーい☆ レヴァイ君、ここにいますよ~」「良かった……。ヴィルは? ヴィルは治った?」「えぇ、もうすっかり元気でピンピンですよ☆ けど、盲目の貴女の面倒を看切れないからって、どこかに行っちゃいましたよ。いやぁ、本当薄情ですねぇ。折角貴女が視力を失ってでも治したのに」「……そう……」 リシュティナは小さく頷くと、微笑んだ。「……良かった。ヴィル、こんな私の傍にいたら迷惑掛けるだけだもん。自分の行きたい所へ行って、幸せになってくれるといいな。折角『生きよう』って思ってくれたんだから」「おや? 恨まないんですか?」「え、何で? これは私が決めて勝手にやった事だよ。私は私の大切なヴィルに生きていて欲しかった。生きて幸せになって欲しかった。ただそれだけ」「おやまぁ、何とも健気ですねぇ。そんな絶望的な状態になって、死のうと思いますか?」 リシュティナは、レヴァイのその問いに首を横に振る。「ううん、思わないよ。だってヴィルが生きてるんだもん。離れていても、彼が生きている限り、この同じ空の下で一緒に生きるよ。そう……『約束』もしたから。……でも、何も見えないと本当不便だね……。それに、真っ暗だとやっぱり怖いね、ふふっ……。――ねぇレヴァイ、“対価”を渡すから、歩いててぶつかりそうになったら教えてくれる? あとは欲しい物がある場所とか――」「――そんなモン、コイツに頼む必要はねぇっ!!」 突然割り込んできた馴染みのある声に、リシュティナはビクッと身体を震わせた。「え? もしかして……ヴィル?」「この仮装悪魔がっ! 無理矢理オレに『沈黙魔法』を掛けやがって……! はっ倒すぞ!?」「おやまぁ、強制的に魔法を解除しましたね。流石莫大な魔力を秘めているだけありますねぇ。でも良かったでしょう? リシュティナの本音が聴けたのですから」「……クソ悪魔がっ!!」 ヴィルの悪態をつく声が聞こえたと思ったら、リシュティナの身体がふわりと温かいものに包まれた。「このバカッ! オレがお前を置いてどこかに行くわけねぇだろうが!! オレの幸せはお前と共にあるんだよ! お前がいなき

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