３．信じ難い状況

　スタンリーが召喚に成功してから一ヶ月後、それを祝うパーティーが王城で開催され、勿論ヴィクタールもヘビリアをパートナーとして参加した。

　ダンスが終わった後、ヘビリアは笑顔でヴィクタールに水の入ったグラスを差し出した。

「お疲れ様です、ヴィクタール様ぁ。喉が渇いたでしょう？　お水をどうぞぉ」

「ありがとうございます、ヘビリア。丁度飲み物が欲しかったので助かりました」

　ヴィクタールはヘビリアに微笑むとグラスを受け取り、その水を一気に飲み干す。

「…………？」

　一息ついた時、突然眠気が襲ってきた。

「……っ。――すみません、ヘビリア。気が抜けたのか、少し睡魔が……。ちょっと休憩室に行って休んできますね」

「大丈夫ですか、ヴィクタール様ぁ？　あたしの事は気にせずにゆっくりと休んできて下さい！」

「はい、ありがとうございます……」

　ヴィクタールはおぼつかない足取りでパーティー会場を出て、休憩室に入るとすぐさまベッドにうつ伏せで倒れ込み、そのまま意識を失ってしまった。

　……どのくらい眠っていたのだろうか。

　まだ意識が朦朧としている。

「ヴィクタール様、起きましたかぁ？　パーティーもうすぐ終わりますよぉ？　入っていいですかぁ？」

　ヘビリアの声が遠くからし、扉が開く音がした。

（ヘビリア、迎えに来たのか……。もう起きないと……）

　すると突然、

「きゃああぁぁっ！！」

　と、彼女の悲鳴が部屋中に響き渡った。

「っ！？」

　ヘビリアの甲高い叫びでヴィクタールは完全に覚醒し、ガバッと身を起こした。

　彼女の方を見ると、両手を口に当て目を大きく見開いている。

「ヘビリア？　どうしました――」

「その――その女性は誰ですかっ！？　まさかヴィクタール様、その女性と――」

「え？」

　怪訝に眉を顰め、ヴィクタールはヘビリアの視線に倣って、自分の隣を見た。

「…………っ！？」

　そこには、ヴィクタールも驚愕の光景があった。

　見知らぬ女が全裸で寝そべり、両腕で胸を隠し震えながらこちらを見上げていたのだ。

「……は？　これはどういう――」

　自分の置かれた状況が理解出来ない。

　急いで自分を見ると、ちゃんと服は着ていた。パーティーの正礼装のままだ。乱れも無い。

　しかし、隣には素っ裸の女性が横たわっている……。

　眠ってからの記憶が、全く無い。

「そんな……ヴィクタール様、酷い……っ！　あたしには『婚前交渉はしない』って言っておきながら、その女性と……っ！」

「――ち、違うっ！　違います、ヘビリア！　これは何かの間違い――」

「ヘビリア嬢、どうしましたか！？」

　騒ぎを聞きつけたのか、スタンリーと騎士数人が休憩室に駆け込んできた。

「スタンリー様っ！　ヴィクタール様が――」

「こ……これは……っ！？　――兄上、心底見損なったよ！　僕の祝いのパーティーで休憩室に女を連れ込むだなんて……！　嫉妬と妬みからの愚行か？　本当に最低だなっ！」

　フラリと自分にもたれ掛かったヘビリアをしっかりと腕の中に抱き留め、スタンリーは憎悪の表情でそう言葉を吐き出した。

「スタンリー様ぁ……」

「ヘビリア嬢、こんな光景を見てしまって辛かったね……。可哀想に……。貴賓の部屋を用意するから、今夜はそこで泊まっておくれ」

「はい……」

　深く抱き合う二人の親密な様子を愕然として見ながらも、ヴィクタールは弁明する。

「違います……聞いて下さい、スタンリー、ヘビリア！　私は何もしていません！　現に私は服を着ています！　脱いだ形跡も全く無い――そうだ、君！　君はどうしてここに――」

　二人に向けていた視線を隣の女性に移したヴィクタールは、アメジスト色の瞳を大きく見開かせた。

　いつの間にか女性は一枚のワンピースを着ていたのだ。彼女の近くに置いてあったのだろうか。

（…………！？）

　そこでヴィクタールは違和感を感じた。

　このパーティーの出席者の服装は礼装だ。という事は、女性陣は全員ドレスでの参加となる。

　隣にいる女性は、ドレスではなくワンピースを着ていた。

　着脱し易い“それ”を。

　まるで予め、この状況が起きるのを分かっていたかのように――

「君――」

　ヴィクタールがその女性に声を掛けようとした時、彼女は不意に泣きそうな顔になり、唇を小さく動かした。

　そして、女性はベッドから飛び降りると走って休憩室を出て行ってしまった。止める間も無かった。

「…………っ」

　ヴィクタールは、女性が最後に言った言葉を、呆然としたまま頭の中で反芻していた。

「ごめんなさい……っ。どうか許して――」