知紘と仲良く暮らしていた美鈴の結婚生活に暗雲が立ち込める。 いとも簡単に美鈴との絆を断ち切った夫・知紘。 悲しみと共に困惑するやらで、ネガティブになってしまう 美鈴の前に救世主が現れる。その人は金星からやって来たという 綺羅々だった。どうして、私にやさしくしてくれるの? よその女性に現を抜かす夫の知紘に見切りをつけ、亡き祖父母 が住まっていた古民家へと移住する美鈴。そこで偶然か必然か? 根本圭司という人物と知り合うことになる。 ふたりの男性と交流ができる美鈴の未来は、誰と? どこに? 向かうのだろう。 美鈴は過去世で金星にいた時、薔薇という名前で 存在しその時に嫉妬心に駆られた奈羅という女性から 嫌がらせを受けていた。
View More64 当日、根本さんに迎えに来てもらい『今はちょうど山々もそして公園なども真っ赤に染まる紅葉の季節だからちょっとお寺にでも寄ってからにしませんか』と誘われ、私たちは送迎途上にあるお寺にお参りすることになった。 お参りした寺では本堂に続く参道や茶室近くに広がる紅葉や楓が赤や黄色に 色付き、心和まされた。そしてその後、彼のお宅にお邪魔することになった。誰の出迎えもなく、私は部屋に通された。 「根本さん、ご家族は? お出かけですか?」 「ははっ、僕は独身で両親は親父が退職して、最近のことですが母と一緒に 郷里に引っ込みましたので1人住まいです。あっ、1人住まいのところへお招きしてはいけなかったかもしれませんね。気が回りませんで……失礼しました。今更ですが、ご心配なくというのもなんですが庭のピザ窯でピザを焼く つもりにしてますのでずっと密室にいるようなことにはなりませんので……」「お気遣いいただき、畏れ入ります」「え~と、外に椅子も出してますし、よろしかったら庭に出られますか?」 「はい、そうします」私が根本さんに促されて庭に出て散策していると、早速彼が紅茶を淹れてくれ、庭に置かれている丸いテーブルに出してくれた。その後、すでにいろいろと下準備していたようで、すぐにピザを持って彼が 庭に現れ、テーブルにピザを置いたかと思うと、着火剤の上や周囲に炭を 乗せたり置いたりし、着火剤に火をつけて炭に火を回したものをピザ窯の 下に入れ、そしてピザを上段に入れた。そのあと鉄板を蓋代わりに窯の入り口に立てて、塞いだ。 一連の動作が手慣れていて、ちょくちょくピザを焼いているのが窺い知れた。 しばらくは、2人してピザが焼きあがるのを待つ、まったりタイム。コーヒーをゆっくりと一口飲み、カップをテーブルに置きながら 根本さんが話し出す。 「野茂さん、先日僕が話をした件ですが、あれでかなり僕の持っている能力 が眉唾ものでもないと信じていただけているということを前提に、今から話 すことも耳を傾けてもらえたらと思うのですが、どうでしょう?」 「ということは、今からのお話も普通の人間には信じがたい話 ということでしょうか?」「はい。普通で考えればある意味、お伽話のように聞こえてしまうかも しれませんね」「そう言われると何だかお話を伺う前
634日後、根本さんからピザパーティーに誘われることに。 こんなに早く連絡をもらえるとは思ってなくて、少し動揺した。彼はもしかすると、いやもしかじゃなくておそらく私のことを独身者だと 思ってる。彼の家にお呼ばれした日にそれとなく自分が既婚者であることを 伝えるべきよね。でも、案外彼も既婚者で、お呼ばれした日に奥さんや子供を紹介される 可能性あるかも。彼はどういう気持ちからこんなに頻繁に誘ってくれるのだろう。 私が引っ越してきたばかりで孤立化するのを防ぐため? 気の毒に思って? 最初はそう受け取っていた。けれど、余りにも短期間のうちに急接近のようにしか見えない彼の振る 舞いに、このまま単純に浮かれて誘いに乗じていいものだろうかと思い 始めている自分がいる。でも考えてみると、異性として魅力的な男性《ひと》だというのはもちろん なんだけど、そういう枠を取っ払ったとしても、自ら相手の好意を突っぱねて 距離を置く必要があるだろうか、そう思えるのは彼が霊能者だからだ。 海千山千と霊能者にもいろいろいるが、彼は数少ない本物で、私は 自分の身の上にあったことを通してそれを知っている。いろいろ思うところはあっても、私の中でこの先の彼との付き合いの 方向性は、決まっていた。そして、彼の話をもう少し聞いてみたいという気持ちが徐々に大きく 膨らんでいくのを止められなかった。
62ウォーキングのイベント帰りのレストランで美鈴は根本が東北出身の霊能者であることを知らされ、自分の身近であった信じられないような金星人の綺羅との接触があったことなどを当てられてしまう。金星からやって来たという綺羅々との出会いだけでもすごいことなのに、何ですと……根本さんはいろいろと人のことが視えるのだとか。自分とは一生縁のなさそうな人たちに2人も遭遇する自分って一体……。穿った見方考え方をするならば、え~ともしかして、私も金星にいたことがあり どこかの過去世でイタコだったことがあるとか? ふっ、いくら何でも穿ち過ぎだよね。レストランでの食事の後、私は自宅まで車で送ってもらった。私が車から降りると彼も一緒に外に出て来て、私に声を掛けてくれた。「身体の方は大丈夫?」「心地よい疲れなので入浴したらそのまま今夜はぐっすりと眠れそうです。今日のイベント、誘っていただいて良かったです。誰にも話せなかったことも話せましたし」「そりゃあ良かった。今日はお疲れさまでした。また、連絡します」「はい。根本さんもお疲れさまです。送っていただいてありがとうございました」私は数奇屋門先で彼の車が小さくなるまで見送り、それから庭につながる敷地に足を踏み入れた。今日は午前中から移動で車に乗り、独りではなく誰かと一緒に食事をし、誰かと一緒に歩いて宇宙人を探し、帰りも誰かと一緒にまたまた食事をして……独りじゃなくて誰かと一緒に自宅まで帰って来た。こちらに引っ越すと決めた日には、この先ずっと1人で暮らしていくのだと気負いを持ってこの家に住み始めたのに、根本さんのお陰でずーっとずっーと独りというわけでもなく、楽しい日々を過ごせている。また連絡くれるって。たった1人とだけど、繋がっていられる人のいる暮らしは、ほっとする。そこには、心の中にある寂しさを補ってくれる力がある。とにかく、お風呂に入ってまったりしよう。私はその夜、久しぶりに綺羅々のことを思った。彼を呼べば……そして彼にどうして私の前に現れたのかを訊けば何か分かるのだろうか。そんなことを考えているうちに私は夢の中へと誘《いざな》われていった。
61 ― 根本、美鈴の過去世を視る ―「目をつむってくれますか? 僕は少しの間あなたのことを集中して視ることにしますから」根本さんから指示されて私は瞼を閉じた。 それはものの30~40秒の間のことだっただろうか。「はい、もういいですよ」 と彼から言われ私は目を開けた。 「彼はどうやら前世であなたと知りたいだったみたいですね」 「恋人同士だったとか夫婦だったとかって、そういうことでしょうか?」「いえ、そういうのではなさそうです。 人間界で言うなら、同じ職場の同僚だったようなそれくらいの関わりですね。どうしたのでしょうね、わざわざ金星からあちらでの時間軸が違うとはいえ、時間を費やして来ているわけですから。あなたに恋でもしていたのじゃないですか。 地球にまでわざわざやって来ているのですから。きっと、野茂さんの熱烈なファンだったのかも」「えーっ、そんな付き合ったり結婚していたわけでもないのに、わざわざ? ストーカーには見えませんでしたけど」私ったら、あんなに素敵で、しかも私を慰めてくれた人に対して、 ストーカーだなんて言葉を口にしたりして。少し、自己嫌悪。 ◇ ◇ ◇ ◇ 俺はそれ以上、彼女に何も告げなかった。金星人の彼が過去世で彼女に対してどれほどの想いを抱えていたのかを。そして、もう一つ重大なこと……彼女もまた彼に惹かれていたという事実を。話すべき機会《時》が来れば、その折には話してもいいかもしれない。だからといって、彼女を譲ったりはしないがな。
60 ― 特殊な能力者 ―「さっきの話だけど、僕は元々東北の方の生まれでね、そういう家系なんだ」「そういう家系とは?」「つまり、霊能者ってこと」「青森と言えば、女性霊媒師でイタコのことは聞いたことありますけど、でも確か男性のイタコは聞いたことないですね」「そう? 過去テレビなどで取り上げられていたのがたまたま女性ばかりだったからかもしれないね。でも確率の問題で沖縄のユタなんかもそうだけど、男の霊能者を名乗る人間は結構いますよ」根本さんの言い方に違和感を感じて私は失礼を承知で質問を投げかけた。「偽者もいるということでしょうか?」「そう……ですね、中にはいるかもしれません。ちらっと数人に対する偽者発言は聞いたことありますね」「……ということは、根本さんは本物ということでしょうか? あっ、失礼しました。不躾な質問をしてしまいました」「大丈夫ですよ。野茂さんのように考えてしまう人が大半でしょう。ただ本当に救いを求めて困ってる人には、本物の霊能者に出会ってほしいと思います。困ってる人は藁をも縋るという精神状態ですからね。ただ、信じても信じなくても僕はどちらでも構いません。本業はちゃんと別にありますし、仕事として人に何か手助けをしているわけでもないので。ただ、今回のあなたへの発言は間違っていない自信があります。どうですか?」「はい。普通の人が聞けばキ〇ガイ扱いされそうですが……。数か月前、私が凹んで打ちのめされていた時に、私を励ましてくれた金星人? ですかね。金星から来たという人と植物園で遭遇しました」 「その人物はあなたに会いに来た目的を何か話しましたか?」「え~っと、それは何も聞いていません。ほんと、どうして私の前に突然現れたのでしょう。私ったら呑気ですよね。根本さん、何か分かりますか?」
59結局その後、メールの遣り取りを経て、私は根本さんに誘われる形で市の『宇宙人を探せ! in 宝が池公園』と銘打つウォーキングに参加することとなった。参加を決めてから当日までを数えると20日余り。健康と美容のためもあり、私は毎日人気《ひとけ》や車の往来の少ない道を選んで練習を重ね日々を過ごした。……そして、イベント当日を迎える。私たちは根本さんの車で現地まで行くことにしたのだが、周辺の駐車場が少ないため、予定時刻よりかなり早めに出発し最寄りのカフェで朝食を摂ることにした。私はドーナツと紅茶を、根本さんはサンドイッチとコーヒーを注文し時間を潰《過ご》した。外を歩くにしても公園内で時間を潰すのにも、今が暑からず寒からずの良い気候なので助かる。食後しばらく胃袋を休ませてから、私たちは公園へと向かった。― ある日、宝が池公園に宇宙船がやってきた……というSTORY. 宇宙船に乗っていたのは、ご当地観光ツアーに来た宇宙人で、わくわくが止まらない宇宙人は、ツアーガイドの言うことを聞かず好き勝手に行動しはじめてしまったという設定。宇宙人を探し出すというのがミッションだった ―いや、何て言うか……親子連れとかだと楽しくて良い企画だと思うけど。でもまぁ、ひたすらゴール目指して歩くだけよりは途中でおさぼりもできそうだし、いっか。根本さんが何才なのかは知らないけど私と似たような年齢だと思うから何が悲しくておばさんとおじさんがこんな子供向けのイベントに参加とは……とほほのホと思わなくもないけど、よいお天気だし気持ちよく過ごそう~っと。しばらくの間、ここかなあそこかなと探しまくっていたけれど人目のつかない場所で何度か私たちは休憩し《だらけ》た。2回目の休憩迄は『宇宙人はどの辺にいるのだろう』と今回の趣旨に外れない会話だったが、3回目の休憩タイムに入った時のことだった。「野茂さん、最近金星人と接触したことあるでしょ」と根本さんから言われた。えーっ、一体全体~どういうこと? 大体からして、金星人という言葉自体普通の人間の人知を超えた単語で、尚且つ私がその疑わしいような金星人と出会っているなんてことを知っているなんて、根本さん……何者なのじゃ。実際自分が体験しているというのに、私は頭が真っ白になるわ、胸はドキドキするわで、
58『一人で水族館巡りかぁ~』なんて考えていたら、すっと自然に側にいた根本さんから話し掛けられてそのまま一緒に見て回る雰囲気になった。あちこちあ~だこうだと話しながら、最後には一緒に座り何年か振りにイルカショーを見た。彼と声を掛け合って楽しいをシェアできて気持ちよかった。気付くと自分に笑顔が増えていたー。普段使ってない筋肉をめいっぱい使ったような気がする。さて、次に訪れたのは京友禅体験工房での染め物体験だった。何種類かあるうちの型紙を選んで染料を筆に取り塗って染めていく。仕上げた後で根本さんと見せ合いっこして、感想を言い合った。イケボとの会話は殊の外、心が癒された。そしてその次に行ったのがビール工場の見学で機械を見たり、ぬいぐるみと一緒に撮影したり……私と根本さんふたりで一枚のフィルムに中に納まった。『ねぇ、確実に私……運気上がってない?』存外に楽しくて、バスから降りる段になるとあっという間の一日だったなぁ~なんて思えた。自宅に戻れる安堵感と共に、ひょいと寂しさが顔を出す。「今日は1人きりでの行動だと思っていたのに根本さんと同行できて楽しかったです。ありがとうございました」「それはわたしのほうです。やっぱりおしゃべりできる相手がいると楽しいし、時間の過ぎるのがあっという間でしたね。ははっ。」「じゃあ、これで失礼します」そう言い、美鈴が潔く踵を返し歩き出したあと、根本から思い出したかのように呼び止められた。「そうだ! 自分のところの宣伝みたいで申し訳ないですが……」美鈴は声の主の方へ振り返り首を傾《かし》げて返した。「はい?」「実はですね、もうすぐ毎年恒例のウォーキングイベントがあるのですが、 よろしければ参加してみませんか? 一緒に参加するご友人とかご家族がいらっしゃらないのであれば、わたしがお供しますので」目の前のイケボが言う。『わたしがお供しますので……』『わたしがお供しますので…』『わたしがお供しますので』行くに決まってるでしょ。「予定が入っていなければ、参加させていただきますね」「ありがたい。じゃぁ、詳細をご連絡したいので名刺に載せてるわたしのメールアドレスに空メール送ってもらえますか」「……はい分かりました。今どきは名刺にメルアドも書いてあるんですね」「はははっ、役所
57 「皆様お待たせいたしました。 本日はお天気にも恵まれ、絶好の旅日和となりました。これから水族館、染め物体験工房、ビール工場へと順次訪問予定に なっております。最後まで皆様にとって良い思い出がたくさん出来ますよう、精いっぱい 努めさせていただきたいと思います。それでは出発します」『やっと、逢えた~感無量だ』美鈴に対してそう胸の中で呟いたのは根本圭司《ねもとけいし》。「おはようございます」「おはようございます」爽やかな挨拶を美鈴と交わし圭司は座席に座った。「今日は天気が良くてよかったですね」 「あ、はい。そうですね」 「今まで……お見かけしたことありませんよね?」 「ええ、2か月とちょっと前に越して来ました」 「そうでしたか。え、わたくしこういう者です」そう言って私は根本さんから名刺を渡された。へぇ~、市役所にお勤めなんだ。 名刺には建設局土木管理部・土木管理課とあった。公僕の人の名刺があれば、何か困りごとが起きた時頼れそう~。 私は彼の名刺を有難くバッグに大事にしまった。それから私たちは、お互い町内のどの辺りに住んでいるかというような世間 話などで最初の訪問先までの時間を費やして過ごした。 初めて会った見ず知らずの、とんでもないイケボの方とあまりにも普通に 会話している自分にびっくりするわ。ふふふ。きっと根本さんが気さくで話し上手なせいね。バス内で会話を繋いでいるうちに、最初の訪問先である水族館前に着いた。私たちはガイドさんに促されて下車。 そこでガイドさんからの案内アナウンスがあった。決められている時間内に水族館前に集合ということで私たちは解散した。
56― 出会いと再会(美鈴《薔薇》)― 新天地での暮らしが漸《ようよ》う落ち着いてみれば、暦は落ち葉が舞い落ち何となくもの寂しさを感じるようになっていた。そんな暮らしの中、初めての町内会の回覧板が回ってきた。そこには掃除の件の他にバス旅行の案内が記されていて、費用について観光バス代・昼食代・有料道路代・入園代含む費用9100円と書かれてあった。町内は高齢者ばかりのようだから、どうしようかななんて考えたけど逆に同世代のいない気楽さがあるかもしれないし、顔見知りのいない今だからのお気楽さとも併せて行ってみようかという気持ちになった。締め切りギリで申し込んでから約1か月後に私は町内会のバス旅行に参加した。当日バスに乗り込むと、皆《みんな》親子連れ2人とか老夫婦で参加していて出発ギリギリまで1人で座っているのは自分だけ。ひゃあ~、気楽ではあるけど余りにも寂しいような……微妙な心持ちになった。出発直前にバスガイドさんからの点呼が始まり「え~と後は根本さんがまだいらしてないようですので皆様、今しばらくお待ちください」とアナウンスがあった。『私の隣になる人はどうもその根本という人みたいだ。爺様なのか婆様なのか、はたまたおじ様なのかおば様なのか。4択のどれなんだろう』そんなふうに想像していたら、イメージ外のイケボでものすごい顔立ちの整ったそこだけ眩いオーラで纏われたモデル級の男性が姿を現した。「いやぁ~、遅れてすみません。根本です」「おはようございます。根本さんのお席は野茂さんの隣になりますのであららへどうぞ」バスガイドはそう言うと直ぐに挨拶を始めた。
1昨日までのあたしは、平凡ながらも幸せだった。 大恋愛の末、結婚をした知紘《ちひろ》との暮らしに。……なのに、たった一日でグルリンパっとあたしの幸せが ひっくり返ってしまった。それはものの見事に。こんなことって、ある? びっくりし過ぎて涙も出やしない。 それは……ほんの小一時間ほど前の出来事。[今は夜時間]知紘が珍しく酩酊状態に近いぐらい酔っぱらって帰宅。 ドアを開けるなりいきなり、トーク炸裂。「ねね、聞いてぇー。うひひ、俺ってなんでこうモテちゃうんだろねー」「チーちゃん、気をつけて。こけそうだよ」知紘が片手を壁について、靴を脱ごうとしているんだけど、 身体がふらついていて危うい。それでも話は止まらない。「俺さぁ~、田中真知子さんからデート誘われたんだぜ。 あーっ、モテてごめんねっ。うひひっ。 あっ、おいっ、そこのおばさん、嘘じゃないぜっ。 信じてないなぁ~。ちよっと待ってみ……」 くだらないことを言いながら知紘がふらふらしながら ポケットに手を突っ込む。出してきたのは小さなカードのような名刺。 「これ、見てー」 私に手渡してきたので仕方なく名刺を見た。 『田中真知子』と保険会社の社名入りの名刺だった。 確かに知紘の言う名前と一致している。『そんな女とどこで知り合ったのよ』 知紘に聞きたいわけじゃないから訊かない。 知りたいのは本当だけど。 名刺からして、彼女の営業絡みというのはおよそ察しはつくけども。だけど今日は野球のサークルからのご帰還なわけで、どいうこと? って思うわけよ。会社に来て会ったというのでないのなら、野球の練習している場所に 彼女が来てたってことになるわよね。 「はい、はいー。見た? じゃっ、も……返してっ。 彼女さぁ、むちゃくちゃ俺好みなのよー。ドストライクぅ~」『はぁはぁ、さようでございますかっだわさ』 ここまではギリ許容範囲だった。 「んとにな、古女房とは比べ物にならんっ。あははははーっ。 真知子ぉ~、スキっ」 そう言いながら知紘は名刺にキスをした。 『ぎゃあ~、阿保タレがっ、なにを……』「ねねっ、ちょ、聞いてるぅ? おばさん」「おばさんって誰やねん」 私が訊くと、ちゃんと反応する知紘。 いらんところ...
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