十歳の誕生日、うっかり魔女になりたいと口にして、異世界から日本へ飛ばされて早うん十年。優しい両親に拾われて何不自由なく育った見習い魔女()は、なんと見習いのまま四十六歳になりました。 いい大人がバイト生活の実家暮らし。果たしてちゃんとした魔女になれるのか……
もっと見るさて、すったもんだあったが衣食住の衣と住は確保できた。 衣は元々ベリーが担当していたから新鮮味はないが、住となった良司さんの家はなかなかに居心地が良い。本当、使い魔様様である。 あとは同じく使い魔のシラーが食を担当してくれれば言うことなしなのだが、どうも困ったことにゴキブリ魔王がでしゃばってくる。「我は家事が得意なのだ。すべて任せるがよい」 などど言って、昼食を作ろうとキッチンに立とうとするのだ。 いくら見た目が長い触角を持ったイケメン魔王とはいえ元はゴキブリ。ばっちいの次元を遥かに越えている。例え何かの過ちで許したとしても、あっという間に正気に戻ってキッチン丸ごとP●ファイアーだ。「頼むから一切の家事に関わらないでくれ。むしろ必要な時は呼ぶから裏で好きにしててくれると嬉しい」「それではせっかく白緑の側にいられるという幸運の意味がないではないか。それに我は早く封印を解いて欲しいのだ」 言い終わると同時に目を閉じてキス待ち顔になるゴキブリ。すると俺の左耳をシュンシュンシュンッと風切り音が通りすぎていった。「うぎゃーー!!」 シラーが改造ネイルガンを発射したようだ。顔を押えてのたうち回るゴキブリには悪いが、あの辺りは徹底洗浄の後、滅菌処理してもらおう。 あ、良司さんが救急箱を取りに走った。なんてこった。良司さんはゴキブリにも優しいのか。どうせすぐ元に戻るんだから放っておけば良いのに。やはりできる大人は違うんだな。『はぁ。これは素晴らしい武器ですね』 俺の肩から飛び降り追撃の構えをとったシラーがうっとりした声を出した。あんな恍惚とした顔、この三十六年間で一度たりとも見たことがない。「ほどほどにしとけよ。後で仕返しされたって知らないぞ」「ケヒヒ」「え?」 今、シラーから聞いたことのない笑い声が聞こえたような気がする。『うわぁここにきてシラーの本性が……』「は?」『あ、ううん。なんでもないよ。あ~! もうぼくお腹ペコペコだよ! ねぇお
※ベリーからのお知らせ。 今回はちょっぴり刺激が強い内容だよ。心臓が弱い人は気を付けてね。 ---------------- 第13話 見習い魔女と黒き妖精 迫り来る数多のウィル・オ・ウィスプ。奴らはカサカサという特有の音を立てながらもうすぐそこまで来ている。 シラーやベリーに助けを求めようにも姿が見えない。良司さんもだ。主のピンチに駆け付けない使い魔になんの意味があろうか。あいつら三人はクソだ、ごみ屑だ。 しかもベリーがいないから私の格好はパジャマ。防御力云々とかいうレベルじゃない。「あああ、ウィル・オ・ウィスプの弱点はなんだっけ。久々過ぎて思い出せない!」 ウィル・オ・ウィスプは幽霊系の中でもわりと厄介な方で、触れると凄く冷たい。焼けるような冷たさと言えばいいだろうか。とにかくこんな数に襲われたらショック死かよくて凍死。 床に散らばる木の破片や枯れ葉を投げ付けて威嚇をするも、それらを取り込こまれて炎を大きくするだけだった。 この揺らめく青白い炎のせいか、時折景色がざわざわ動いて見えるのも気味が悪い。「水、そうだ水をぶっかけて――」 いやいや、ただの火の玉じゃないんだから水をかけても無意味だって習ったじゃない。大学で消火実習をしたけど二十年以上前だし、そもそもウィル・オ・ウィスプなんて現代じゃ滅多に出くわさないから対処法なんか綺麗さっぱり忘れてしまった。「ダ、ダメ! 全然思い出せない!」 四方八方から揺らめき寄るウィル・オ・ウィスプ。ぶつかる、と思ったその瞬間、勇ましい声が響いた。「止めないかお前たち!」 白馬に乗った王子様を思い起こさせる声、または勇者が颯爽と現れたかのような安堵感、あるいは威厳ある魔王の命令……。 ピタッと止まったウィル・オ・ウィスプたちが、どこか残念そうな雰囲気で声のした方向へ飛んで行く。 ウィル・オ・ウィスプが去ると、室内がずいぶん薄暗いのだと改めて
とりあえず良司さんには、この異様な城が真っ白な壁の庭と暖炉つき一戸建てに見えるらしい。 結婚を夢見る乙女か。 長年見習い魔女をやっている私でも、ここまでのTHE・いわくつき魔法物件、そうそうお目にかかったことはないんですけど。 私たちは真南の路地から真っ直ぐここへ来た。南西に小学校、北に高校、南東に中学校が建っていて、円形の道が城を囲んでいる。そして北西と北東方向にも直線の道が伸びている。 詳しいことは分からないけれど、何かしらの何かが施されているのは明らかだ。しかもさっきからキルジャッキルジャッって聞こえる。なにこれ、恐すぎる。こんなことなら乱子について来てもらえばよかった。「……ちなみにいくらだったんですか?」「え~っと八千万くらいだったかな。一括で払ったからもうちょっと安くしてくれたと思うけど」 はっせ――「白緑! 気をしっかり! は、八千万なんて……八千万なんて……ぐっ!?」『シラーも落ち着くんだ! 深呼吸してあっちの実家を思い出して! 八千万がなんだっていうんだよ! 父親のパンツ一枚より安いじゃないか!』 ああ、シラーとベリーの声が遠くでこだましている。 ぼんやり呻き声のする方をみれば、シラーが心臓を押さえて地面に転がっているし、パンツより安いとか言うベリーはショックで頭がおかしくなっちゃったみたいね。「……さん? 白緑さん?」 はっ! 八千万円の一括払いとかいうえげつない財力の前に、何処かへ行きかけていた。ただ不安を紛らわせようと聞いただけなのに、余計な負荷で心臓が押し潰されそうになってしまったじゃない。「と、とりあえず中に入りましょう」「うん。あれ? 入口はそっちじゃないよ」 おや、良司さんがなにもない壁に手をかけている。ああなるほど。普通の人にはあそこがドアなのか。「良司さん、そこは壁です。たぶん、本当の入口はこっち」 私が指差し
純朴そうな若者から腕を離して美女が駆け寄ってくる。相変わらずたわわな胸が奔放なことだ。 「白緑が男連れなんてどう風の吹き回しかしら。それにその荷物。あ、もしかして――」 きっとこいつ、これから失礼なことを言うわね。「処女卒業おめでとう!」 そう叫んでガシッと私の両手を掴んだこの変態痴女……げふんげふん、露出多めな服を着た爆乳女は魔女大の同期。「ちょっと止めてよ。良司さんとはそんなんじゃないわ」 疎らとはいえ人目もあるのに。大きな声で恥ずかしいことを言わないで欲しい。「白緑く――さんのお友達?」「え、ええ。この子は夜鶯胤乱子(やおういんらんこ)っていうの。魔女大の同期なのよ」 私の顔を見てきた良司さんに囁く。「あら? あららら? 白緑はこの人に魔女だって伝えてるの? じゃあやっぱりそういう仲なんじゃない」 これまであまりにも男っ気の無かった私だ。乱子の目が興味で輝いている。良司さんが挨拶をしようとしたのを遮ってグイグイくる。「ああもう! 本当は同期会で自慢するつもりだったのに……あのね乱子、良司さんは私の使い魔なの。それも月光の妖力に適性があるとっても凄い珍しいタイプのね」 予定とは違ったけれど、使い魔自慢ができて少し嬉しい。「ええ!? それはもう処女卒業どころじゃなわ! 予定変更、緊急招集――はダメね。やることあるのよ」 思い出したように放ったらかしていた純朴男子を見た乱子が、ごめんねと微笑んだ。 どうしていいか分からず、ドギマギしていた純朴男子は乱子に手招きされて、安心したように含羞んでから、小走りで寄ってきた。「あっ」 私の口から小さな驚きが溢れた。「は、はじめまして。俺、杉村っていいます」 少ししゃがれたような声で色黒。スポーツ刈りを放置してそのまま伸びたであろう短髪にやや幼さが垣間見える輪郭。さらに誠実さの中に燻る初々しい性欲も感じ取れる整った容姿は、乱子の拗れた癖にぶっ刺さる見た目だ。おまけに名前も杉村ときた。 二十六年前に乱子を乱子たらしめることとなった事件の原因と瓜二つ。 彼の存在を知ってから、いつもカントリーロードを口ずさみ不可能とされる二次元から錬成するホムンクルスの研究に没頭していった乱子だけど、遂に成功したのだろうか。「やだ、違うわよ白緑。杉村は正真正銘の人間よ」 ああそれは可哀想に。墓場鳥の
さ、寒い。 昼とはいえ真冬の野外。寂れたJRRの駅前は雪こそ降っていないけれど、凍てつく冬の風が駆け抜けていく。そういえば今年の正月は何十年かに一度の大寒波だとニュースで言っていた。 パジャマ姿の俺は既にヤバい眠気に襲われつつある。もちろん母に放り出された心理的な影響もあるだろう。現実逃避には睡眠が一番だから。しかしこうなると、いつも状況に合わせていい感じの服になってくれるベリーのありがたみがこれでもかと身に沁みる。 あれ、言ってしまえばハグだもん……。「凄い! 瞬間移動だ! 紫さんの魔法だよね!?」 良司さんは俺そっちのけではしゃいでいる。悪いがそんな珍しくもなんともないことはどうでもいい。とにかく寒い。一先ず良司さんは放置だ。 えっと、一緒に放り出されたスーツケースの中に何か防寒できるものがないかな。「うおっ!?」 スーツケースの中から音がする。ドンッ、ドンッと、まるで外に出せと言わんばかりの迫力……ええい、少し怖いが構うものか。 今にも寒さと悲しみにKO負けしそうな俺はスーツケースを開け放った。 と、同時に飛び出してきたのは――「くそが!! あんのジジイめ、なんてことしやがる!!」『うぅぅ、僕の体がちょっぴり燃えちゃったよぉ』 怒れるシラーとベリーだった。おお、神よ。これでこの凍てつく寒さともお別れできます。「あああああベリー! 会いたかった! 今すぐ暖かい服になってくれ! このままじゃ――」『やだ!! 白緑のせいでこうなったんだからね!! 見てよここ、勝蔵の息でこんなことになっちゃったんだよ!』 半泣きでポカポカ殴りかかってくるだけでベリーは暖かい服になってくれない。せめてローブのままでいいから羽織らせて欲しいが無理そうだ。「じゃ、じゃあシラー! 大きくなって俺を腹の下に入れてくれ!」「断る!! 私の腹の皮は卵や雛の為にあるんです! 白緑みたいな加齢臭漂うオッサンの為にあるわけじゃない!!」 か、加齢臭!!? 「お、俺が加齢臭なんてありえないだろ! 種族的特徴でいつでもふんわり香る良い匂いなんだ! 柔軟剤要らずで経済的だって褒められるのに! 撤回しろ!」「加齢臭は自分じゃ気付かないっていいますもんね!」 そ、そんな馬鹿な……掴みかかったシリーの反論に心が折れそうになる。「み、白緑君は加齢臭なんてしないよ。君の
土下座のかいあってか、良司さんは快くお金を貸してくれた。しかも「僕のものはもう全部白緑君のものなんだから返さなくていいよ」とまで。 が、それは駄目だ。借金をしておいてなんだが、この歳になればお金関係で友情や愛情、主従関係が崩壊していく様を何度も見ている。 使い魔との良好な関係は立派な一人前の魔女の条件でもあると俺は考えている。 とりあえず三万七千円をありがたく拝借して、小悪魔たちに千円ずつあげた。 手が震えてなかなか離せなかったけど、小学生組は大喜びしてくれたから良しとしよう。中学より上の連中は予想通りの態度だが、これも良しとしておくのが大人だ。 そして姉兄たちに軽く挨拶してから母の待つ、彼女の部屋……もとい魔女の部屋へ向かう。 奥座敷の地下にあるのだが、怪しげな掛け軸の裏や、隠し通路がありそうな床脇は無視。いったん振り返り欄間めがけてジャンプ―― するとあら不思議。あっという間に地下室の階段にたどり着きましたっと。「に、忍者屋敷って本当にあるんですね。ワクワクしてきました」 ついてきた良司さんが少し興奮している。 そうか。これ一般家庭にはない設備なのか。子供の頃から慣れ親しんだ俺には当たり前だった。あっちの世界ではもっと色んな仕掛けがあるし……。「忍者屋敷っていうよりは魔女の館って方がしっくりきますけどね」 階段を降りて、ちょっとした巨大迷路を抜け、罠を解除して合言葉を囁き、現れた行き止まりの壁に家族の紋章をかざしてようやく母の部屋の前に辿り着く。「か、かなり厳重なんですね」「法に触れる物やヤバいモノがわんさか保管してあるんでそれなりには……内緒ですよ?」 俺の言葉にごくりと喉を鳴らした良司さんだが、物凄く楽しそうだ。「母さん、入るよ」 ここで返事を待たずに入るのは厳禁。もしも、怪しげな召喚や薬の調合なんかしてたらえらい目にあう。「遅かったな。ほれ、紫が準備万端で待っとるぞ」 母ではなく父が出迎えてくれる。しかし、準備万端とはいったい……。 禍々しい素材置き場を通りすぎ、目をキラキラさせて首を動かす良司さんの手を引き、調合室もすぎて休憩室に行くと、微笑む母が椅子に座っていた。いつものようにかすかに流れているハープかなにかで奏でられる音楽がとても心地よい。「白緑ちゃんも、良司ちゃんも座って。大事な話があるの」 椅子が俺
良司さんを使い魔にした翌朝、俺はとても清々しい気分で目が覚めた。 良司さんは床に敷いた布団に寝かせて……あれ、いない。「まさか夢だったのか?」 いや、しかし布団は綺麗に畳まれている。きっと几帳面であろう良司さんがやったのだ。「無理心中されそうになったことなら現実ですよ」『お尻に手を出されなくて大人の階段を登れなかったことも現実だよ』 部屋に入ってきたシラーとベリーが、お握りを食べながら言う。 寝起きだから二人の冗談に突っ込めなかった。ていうか朝だと思ったらもう昼過ぎ。よっぽど疲れていたんだな。「……ん? なんか騒がしくないか?」 ドアの隙間をこじ開けるように、はしゃぐ子供の声が入ってくる。「そりゃそうですよ。黃壱(きいち)と靑弐(あおふた)と赤肆(あかし)と黑伍(くろいつ)が帰ってきてるんですから」『昨日紫と勝蔵がいなかったのは四人一家を迎えに行ってたからみたいだよ』 なん……だと?『そんな顔してどうしたの? お正月なんだから当然でしょ?』 おむすびを飲み込んだベリーが悪戯声でドアを開けていく。「待ちなさい! 逃げるなんて許しませんよ!」 くっ、すすきの箒を引っ付かんで逃走を図った俺を遮ってシラーが邪魔しやがる。 いかん……このままでは奴らが来てしまう。「なんかみどりの部屋から音が聞こえたぞ!」「あ! ドアが開いてるよ!」「いけいけ~!」 まずいまずいまずい!! ズドドドドドっという音が迫ってくる。小悪魔たちの跫音――「あ、逃がすか!」 シラーを掴み、ベッドに投げ捨て窓から飛び立とうとした瞬間、背後に飛び付かれた。「みんな早く!」 一人ならなんとかなりそうだったのに、次から次へと小悪魔たち、もとい甥っ子と姪っ子が飛びかかってくる。いくら子供とはいえ七人は無理だ……。「子供に好かれるなんていいことです。きっと白緑はイイ人なんでしょうね」『うんうん。じゃ、あとはイイ人に任せて僕らはお出かけしよ~』 あ、あいつら、俺を生け贄にしやがった。「あら何言ってるのよ」「シラーとベリーもまだやるべきことがあるだろ?」「ん!」「ん!!」「ん!!!」 小悪魔たちからやや遅れてやってきた大きな小悪魔五匹。「ペン?」『てへ?』 うおっ気色悪。 二人の可愛い子ぶった表情と仕草に鳥肌が立つ。だいたいペンてなんだ
ダメなタイプの浮遊感が腹の底から込み上げてくる。しかしそんなことはどうでも良い。「良司さんが死にたがってたなんて、俺嬉しいです!」「へ? ああ、嬉しいよ。みどり君!」 落下中だというのに良司さんが涙目になって微笑んでいる。 いやいや、嬉しさでいえば断然俺の方が上だ。ずっと今の良司さんみたいな死にたがってる人に会いたかったんだよ。神様ありがとーう! なんだなんだ~、死にたいなら早く言ってくれればよかったのに。「シラー、ベリー! 起きろ! やっと見つけたぞーー!」「ふがっ!?」『なに~? もう終わったの~?』 せっかくのチャンス。魔力をケチるのは止めだ。 俺は溜め込んでいた魔力を解放。落ちていく車のボディを突き破って空中へ躍り出た。もちろん、片手に良司さんを掴んでいる。車も反対の手で掴み崖の上へ投げる。大事故を防ぐなんて偉いぞ俺。 そして山肌から突き出た岩場に降りたって、唖然とする良司さんの肩に両手を置く。「死ぬならいいですよね? 俺がもらっていいよね?」「え……?」「返事はうん、もしくはイエスですよ!」「イ、イエス……」 きょとんとしている良司の額から血が出ている。手間が省けて良いことだ。「よしよし、今から儀式をするんで、絶対動かないでくださいね。絶対ですよ!」 まず俺の手首を噛み千切り血を用意する。そして良司さんの血と俺の血を混ぜる。次に良司さんと俺の周りにそれぞれやったら難しい魔法陣を描いていく。魔力を纏っているから昼間のように見えるし血も乾かない……よし、完成。「あ、あの、みどり君?」「そのままそのまま。リラックスですよリラ~ックス」 良司さんに深呼吸させて準備完了。「シラー、ベリー。全力でやるぞ」「ふぁ……はい……」『へいへい』 魔法陣に魔力を流し呪文を唱えていく。 俺の髪と目の色が元に戻る。シラーはペンギン姿に、ベリーはローブ姿になって魔力を注いでくれる。すると緑色の光が俺と良司さんを包んでいき、能天気なあのちんちくりんと親父の声が一瞬聞こえた。 徐々に魔法陣が浮かび始める。それはしだいに赤い木の根に変じると、良司さんの心臓を貫いてから俺に巻き付いた。「我が名は竜胆白緑。真名をアルイード・コルキス・ロシティヌア』「同じくシラー・ペルビアナ」「同じくクリソ・ベリル」 眠たそうなまま、シラーとベリ
どうしよう。 このままラブホテルであんなことや、こんなことをされてしまうんだろうか。『別にいいじゃないですか、尻穴の一つや二つ……』 『俺には一つしかないんだよ!』 『慣れると気持ちいいって話ですよ~』 『そういう問題じゃない!』 焦る俺と違って、シラーとベリーは満腹に脳ミソをやられちまったらしい。この状況を受け入れるなんて断固拒否だ。俺は美樹木の化身と結婚するって決めてるんだ。『あ~もう眠いです』 『ことが済んだら起こしてよ。お尻に優しいパンツになってあげるからさ』 そんな気遣いはいらぬ!! とりあえずいつでも逃げ出せるように窓を開けよう。でも箒がない。いざという時のために蓄えてある魔力を使って空を飛ぶにしても、酔ってるからペース配分を間違えて墜落するかもしれない。 なにか、なにか方法はないだろうか……。 とか考えていたら、良司さんはラブホテルをあっさり通り過ぎた。ずんずんとさらなる山奥へ車を進めていく。「あ、あれ? えっと、どこまで行くんですか?」 俺の問いに良司さんがゆっくり口を開いた。「実は僕ね、今日会社を辞めたんだよ」 「へ? ああ、そうなんですか……」 そんな日に奢ってもらって悪かったか?「あ、お金のことは全然気にしなくていいよ。自分で言うのもなんだけど、貯金だけは凄いんだ僕」 ハハハと笑う良司さんの雰囲気がえらく妙だ。「それでね。辞めた理由なんだけど、セクハラだって若い部下に言われちゃって……全然心当たりがないんだけど、あれよあれよと話がすすんじゃって。実質、即日解雇ってわけなんだ」 「そ、それは大変でしたね」 それ以外に言葉が出てこない。「帰宅したら自分の人生なんだったんだろうって考えちゃって。結婚もせずにずっと仕事一筋……立ったまま動けなくなったんだ。そしたらみどり君から連絡があったんだよ。本当、今日の晩御飯は楽しかったなぁ。ありがとうね」 「いえ、こちらこそです。ありがとうございます」 正社員になったことのない俺には分からないが、きっとずっと勤めた職場を辞めるのって辛いんだろう。しかもその原因が訳の分からない濡れ衣なら尚更。「おわっ!?」 ガシャンッと金属を引き千切る音と、小さな衝撃を感じた。とたんにガタガタの山道になった。「みどり君。この先にね、大きな崖があるんだよ」 車の一気にスピ
俺の名前は竜胆白緑。 竜胆はそのまま読んでりんどう、白緑と書いてみどりだ。見習い魔女をやっているれっきとした男。 きっとこの世界の人たちからすると、男が魔女だなんて意味が分からないと言うだろう。でも俺はこことは別の世界から来た。だから男でも魔女と名乗るのは普通のことなんだ。 でも、大きな問題があった。 この世界には俺の力の根源である魔力が微々たる量しか存在しない。そして魔女は別の力を根源としているということだ。さらに魔女は完全で強烈な女社会。 別に自称フェミニストや過激派ポリコレなる脳みそバーサーカー気味の魔物が男を排除しているわけじゃない。と思いたいが実際はどうなのだろう。未だ分からない。とにかく男が魔女とバレようものなら恐ろしい目に遭わされるだろう。 とは言ったが実は性別に関しては対処済み。俺は種族的な素質でほぼなにも消費せずに変身ができる。問題はやっぱり魔女の根源たる力。そのせいで俺はずっと、ずっとずっとず~っと見習い魔女から抜け出せない。 見習いなど一〇を数える辺りでさらりと卒業するのが当たり前にもかかわらず。 気が付けば今年――四十六歳。 少年時代、運良く優しい両親の養子になり国立の女子大まで通わせてもらったのに、卒業後はずっとバイトと魔女の修行で稼ぎはほぼ無し。ゴキブリにストーカーされるし、カナブンやカブトムシがライバルとか言われるし……あ、ああああ……このままじゃ、このままじゃ駄目だぁぁぁぁ!...
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