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見習い魔女竜胆白緑は四十六歳
見習い魔女竜胆白緑は四十六歳
Author: 173号機

プロローグ

Author: 173号機
last update Last Updated: 2025-03-16 22:52:51

 俺の名前は竜胆白緑。

 竜胆はそのまま読んで「りんどう」、白緑と書いて「みどり」。見習い魔女をやっているれっきとした男だ。

 きっとこの世界の人たちからすると、男が魔女だなんて意味が分からないことだろう。でも俺はこことは別の世界から来た。だから男が魔女でもいたって普通。

  目的は真なる魔女になるため。いわば修行だ。しかし現在、修行は難航……いや停滞している。

 転移してきた少年時代、運良くその日のうちに優しい魔女たちに拾われ、超難関と言われる国立の魔女大学まで通わせてもらったのに、俺は相も変わらず見習い魔女のまま。

 なぜなら俺の力の根源である魔力がこの世界には微々たる量しか存在しないから。それはつまり使える魔法も習得できる魔法も、ものすご~く限られるということ。

 そしてこの世界の魔女が根源としている力は妖力で、ほぼ無限に存在する。お陰で実力差は開くばかり。

 しかもこの世界の魔女は完全で強烈な女社会。

 別に自称フェミニストや過激派ポリコレなる脳みそバーサーカー気味の魔物が男を排除しているわけじゃない。と思いたいが実際はどうなのだろう。未だ分からない。

 とにかく男が魔女とバレようものなら恐ろしい目に遭わされること必至らしい。

 ただ俺は種族的な能力でほぼなにも消費せずに変身できる。それで今までなんとかバレずにやってこれた。変身を魔法と偽り、あとは謀略のみで大学を卒業したのはちょっとだけ自慢だったりする。

 けどやっぱり俺は見習いなのだ。ず~っと見習い。そんなもの十を数える辺りでさらりと卒業するのが当たり前にもかかわらず。

 ああ……気が付けばもうすぐ四十六歳。

 ずっとバイトと魔女の修行で稼ぎはほぼ無し。おまけに実家住まい。

 ゴキブリにストーカーされるし、カブトムシがライバルとか言われるし……あああこの先もこのままだったどうしよう!

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     目指すはご近所さんの学校。その名も日本退魔師大学附属聖ロキロキロ学園。 伴奏はすべてマイナーメジャーセブンスコードの高速連打という個性的な校歌をもつ、小中高一貫の聖職者育成学校である。校訓は悪魔討つべし魔女殺すべし。     その過激な校訓とは裏腹に、何故か俺にはまったく気付かない。教師含め未熟者ばかりで逆に心配になるくらいだ。 実は俺、校庭の樹木や学食目的で何度もここに忍び込んでいる。ベリーの言ってた気になる食堂ってのがここの学食で、三十円のぎりぎり定食という色んな意味でぎりぎりの定食がコスパ最高なんだ。 これを買うと生徒の皆がおかずを分けてくれるし、同い年かちょっと歳下の学食のおばちゃんもサービスしてくれる。さすが心優しき聖職者の卵たちとその関係者。 でもまあその度に「貧乏な新入生可哀想」みたいな目をされるが俺はまったく気にならないし、嘘も言ってないから心も痛まない。俺自身が貧乏なのは事実だし、ちゃんと”侵”入生ですって自己紹介したからな。意味を勘違いしたのは奴らの方だ。 そんなわけで先ずは忍び込み慣れてる高等部からにしよう。「ベリーはいつもみたく制服になってくれ。シラーは財布だ」 『オッケー』 「かまいませんが、中身が空というのはリアリティに欠けますし財布のプライドが許しません。一万円……いえ、三千円でいいので入れといてください」 は? 猫ばば確定なのにそんな大金入れるわけないっての。そもそも財布のプライドってなんだ。じゃあいつも五百円しか入ってない俺の財布はどうなる。「三百円だ」 「やれやれ、ケチ臭いですね」 ケチなもんか。それだけあれば 一ヶ月は満腹を維持できる。あっちの世界と違ってこっちは砂糖がすこぶる安い。三百円もあれば砂糖水という素晴らしいご馳走を毎日楽しめてお釣りまでくるじゃないか。『今さらだけど、いい歳のおじさんが高校生の振りってどうなの? 図々しくない?』 「図々しくない。俺は老けない体質だから実質高校生だ。それに木を隠すなら森の中、だろ?」 「せめて稼ぎだけは歳を重ねて欲しいものですね。なんですか三百円って。嘆かわしい」 うるさい――っと、今はそんなことどうでもいい。とにかく毒薬を探さねば。 ほぼ無い魔力を使い魔法を発動、くるくる蓑虫を召喚する。この虫はあらかじめ伝えておいた探し物に近付くと、手元に引き

  • 見習い魔女竜胆白緑は四十六歳   第23話 見習い魔女と反抗的な使い魔

     ジャックが大きな溜め息をついた。「白緑よ、我としてはずっと側にいられて嬉しいのだが、その……」 「なんだ?」 思えばジャックと幽霊たちに身の回りの世話をしてもらうのもすっかり慣れてしまった。上げ膳据え膳生活の快適さよ。 それによく考えればジャックは元々ゴキブリじゃないんだし、直接触られるわけでもない。もういいだろうと思えてきた。「我に身を委ねておるし、毎日下着姿で眼福ではある。外出も夜中に樹液を吸いに行くだけであるし、我はこの上なく幸せだ。だがな、そろそろまともな生活をだな……」 なんだよ。やる気が無いときはこうするのが一番なんだ。薬局のバイトは良司さんに引き継いだし、見習いの仕事も声がかからないんだから、まともじゃない生活だろうが別に問題ないだろ。仕方ないことなんだ。「ジャック、あなたは白緑にすべてを捧げる契約をしたのです。何も言わずただ白緑に従っていればいいんですよ。ああ、ワショク、次は辛口の日本酒。つまみはエイヒレで」『そだよぉ。一日中ネトフーリで動画見ながらおやつを食べることが今のぼくらの仕事なんだもん。あ、チューカくん、ごま団子おかわり。それからフレンチちゃんはチョコの盛合せ追加ね。イタリアンは三段ケーキお願い。生クリームたっぷりだよ』 ペンギンの可愛らしさを捨て去った酒臭いシラーと最近テカリを帯びてきたベリーが俺の代わりに返事をする。 二人はふわふわ浮かんでいる。それは醜く肥大化し過ぎたせいでことあるごとに何かにぶつかるため、ついに生活圏を空中に移したからだ。もちろん浮力はジャックの力。浮かび上がっているのに堕落という、表現の難しい光景。 ああはなりたくないものだ。  かくいう俺もダラけてはいるものの、最低限の自己管理はできている。「だが、さすがにこの状態は良くない。不潔かつ不健康、なにより迷惑だ」 ネクロマンサーでゴキブリの肉体をもつヤツが何を言ってるんだろう。お前はそういう環境を好む種族じゃないか。それに存在するだけで世界中に迷惑をかけているのはそっちだ。 だいたい俺は不潔でも不健康でもない。シラーと違って毎日風呂に入ってるし、ベリーも洗濯してもらっている……まあ、ぬるぬるするからあまり着る気にならないんだけど。「良司のこともだ。最近ますます反抗的になっているではないか」 それはそうだが、良司さんの感じから察するに

  • 見習い魔女竜胆白緑は四十六歳   第22話 見習い魔女とネクロマンサーの吊り橋

     ジャックの放つ光は近付くにつれて強烈になっていく。 こ、これ、ひ弱な人間なら灰になってるところだぞ。ジャックのやつめ、愛しいとかほざいておきながら殺しにかかってるじゃないか。だからネクロマンサーは信用ならないんだ。「く、くそう……」 はっきり言ってどうしていいか分からない。ベリーを頼ろうにも、さっきの言動のせいかジャックに力を貸してやがる。俺の魔力を奪いジャックへ流し込む非道さ。最低なやつだ。 シラーはシラーで苦しそうにしながらもニタニタと俺を見てくる。同じく魔力を……まったくなんて薄情なんだ。俺の使い魔のくせに信じられない。性根が腐りきってる。「イトシイ、ミドリ……」 とかなんとか考えているうちにジャックの手が顔の前まで迫っていた。 ああ、もう駄目だ。真なる魔女になって親父に褒めてもらいたかっただけなのに、異世界に飛ばされて使い魔に裏切られたあげくネクロマンサーに殺されるなんて。 眩しさと諦めで目を閉じれば、思い出が走馬灯のように駆け抜けていき、最後にヘラヘラ笑って俺を抱き締めようとする親父と不満そうな緑色のちんちくりんの姿が浮かんだ。 短い人生だったな……「ふはっ。目を開けろ白緑」 死を覚悟して来世はどんな種族がいいかと考えていたらジャックが吹き出した。まともな声に戻っている。 恐る恐るだが言われたとおり目を開けると、ジャックはしてやったりといった顔をしていた。「え? は?」「どうだ白緑? 恋に落ちたのではないか?」 はあ? 「ドキドキしたであろう? その胸の高鳴りは我に恋しているからなのだぞ」 どういう思考回路してんだコイツ。今の状況でどうやったら恋に落ちるってんだ。なんだ? ゴキブリの求愛はこうだってのか?「これはかの有名な――」 この時代、誰でも知っているであろう吊り橋効果のことを大発見のように説明していくジャック。さっき紹介された料理人の幽霊たちが感銘を受けたよう表情でジャックを持ち上げている。 わざとらしいことこの上ない。ていうかそんな説明したら吊り橋効果は無意味なのでは……。「え、なになに? もう終わりなの? なんだつまんないなぁ」 良司さんが心底つまらなそうな顔で部屋を出ていった。 うむ、あの態度はなんなんだろうか。実は良司さんて性格に難ありなのかもしれない。内緒話もすぐバラすし。「四十歳越えの未

  • 見習い魔女竜胆白緑は四十六歳   第21話 見習い魔女と悪の一族

     その老人の正体っていうのが――「母なんです」 「えっ!? 紫さん!?」 信じられないのも無理はない。良司さんは母の美しい部分しか見ていないのだから。「今でこそ穏やかな感じですが、母は結婚を期に引退するまでバリバリの悪い魔女だったんですよ。白雪姫をブチ殺すよう唆した魔法の鏡の中の人だったり、ヘンゼルとグレーテルとか、いばら姫とか……とにかく童話とかそういうのに出てくる悪い魔女は全部母だと思ってもらってかまいません」 そう、竜胆家は由緒正しき悪の一族なのだ。 因果は巡る糸車、かつて母が陥れた者やその子孫たちは、竜胆家が母の血筋だと知ると即報復を企てる。 中でも強烈だったのがヘンゼルとグレーテルの子孫。軍の秘密部署に所属していた奴は、あろうことか我が家に向けて魔女浄化ミサイルなるものを発射しやがった。 それにいち早く気付いた当時まだ学生だった姉、黃壱がぶちギレ。烈火の如く反撃した結果、ミサイルが七百個複製され奴の母国上空へ瞬間移動、エ●ァンゲリオンも真っ青な大爆発を起こした。 当然、国際問題に発展した。 しかし何をしたのか知らないけど、両親が奴に全責任を負わせたお陰で、黃壱は同族浄化という大罪を逃れることができた。 ただ俺としては、黃壱がどこかの監獄にでもぶち込まれてくれた方が嬉しかった。なぜならその後、そういう奴らを見つけ出しては喧嘩を吹っ掛けるようになった黃壱の巻き添え食らう羽目になったからだ。 今思い出してもゾッとする。どいつもこいつも反撃のためには手段を選ばない異常者ばかりなんだもん。「それで、母はまだ魔法のハープを愛用してまして……ほら、母の部屋へ行った時、音楽が流れてたじゃないですか。あれがそうです」 「そういえばそうだったような……」 「あれを返す気なんてさらさらない母は、退魔師に扮してジャックを封印したんです」 人間による真実の愛のキスで封印が解けるなんてやはり母も昔の感覚が残っていると思ったが、よく考えればゴキブリにそんなことする人間が現れるとは思えないから、やはりえげつない封印だ。「もしかして白緑君って、他にも童話の裏話を知ってたりする?」 「まあ……こういう類いの話は絵本がわりによく聞かされたので」 にしても迂闊だった。ネクロマンサーのゴキブリと知った時点で気付けるはずだったのに。豆の木も囓ってたわけだし……お

  • 見習い魔女竜胆白緑は四十六歳   第20話 見習い魔女と本当はヤバいジャックと豆の木

     まずなにから話そうか……そうだな、ジャックのその後からにしよう。 盗みを働いたあげく巨人を殺したジャックは、金や銀を吐き出す袋に金の卵を産む鶏、そして魔法のハープでぼろ儲け。一目惚れした男爵の娘と結婚するため、金にものをいわせ、それはもう強引に婿養子となった。 あっという間に子供を二人もうけるも、妻には早々に飽きて、美しい侍女や爽やかで凛々しい騎士見習いを節操なく次々と囲い入れていった。子供たちにはデレデレだったらしいが、育児は妻と母に任せっきり。そうして好き放題のまま約三年ほど暮らしたという。 しかしある時、宝物が忽然と消えてしまった。また、災難は続くもので、空から巨大な木の根が顕れてジャックを館ごと引き上げていった。その際、逃げようとした妻と母、使用人たちが空に放り出され絶命。ジャックと子供たちだけが残された。 巨大な木の根が蔓延る雲の世界はかつてと違い、酷く荒廃していた。そこでジャックを待っていたのが巨人の娘。 実はジャックが殺した巨人は異世界の月へと繋がる門の番人であり、妻は月の精霊だったのだ。 当時は世界と世界の繋がりが不安定で、そういった場所は珍しくなかったらしい。 ジャックが盗み出した宝物は月の大精霊から門番夫婦に貸し出されていたもの。巨人の妻は贖罪として命を差し出し、同時に娘の命を救う願いに換えた。 当然、巨人の娘は復讐に燃えた。とある神直属の部下である緑色の部下たちの力を借り、恨みを晴らすべくジャックを捕獲した。だが家族の死に涙する仇を前にした彼女は冷静であった。自分がされたようにジャックの家族を奪い、我に返ったのだろうか。 巨人の娘は両親の墓前で謝罪し宝物を返せば、子供たちと下界へ帰すと言う。だがジャックは既に宝物を失っている。 結局ジャックは許されなかった。 毎日目の前で少しずつ肉を削ぎ落とされる我が子ら。空腹はその肉で満たされ、喉の渇きはその血で癒された。 子らの解放と自らの死を懇願し続けながら、すっかり二人を食べ終えた頃、今度は転生する度に一切の幸福を得ることなく、必ず転生者した家族を巻き込んで苦しみと後悔溢れる人生を送る呪いをかけられた。解呪するには、やはり宝物を返すしかないらしい。 ジャックは絶望のまま死を迎えようとしていた。 そこにひょっこり緑色の悪魔が現れる。道に迷ったと言うそれは、歌って踊る陽気な悪魔

  • 見習い魔女竜胆白緑は四十六歳   第19話 見習い魔女とジャックの思い出

     目が覚めると憎き親友たちはいなくなっていた。そりゃそうか。一週間も寝てたらしいからな。 幸い”私”を保ったまま意識を失ったので秘密は守られたままだ。良司さんとベリーに聞いても目が覚めるまで”俺”に戻ることはなかったという。 ちなみにシラーは未だ便器とランデブーしてるらしい。それから盗撮の類いの魔法が心配だったので、今ジャックに確認してもらっている。 あいつらはいつだって誰かの弱味を握って危険な仕事をさせようと企んでいる。それも無報酬で。俺も何度危ない橋を渡らされたことか。ていうか橋すら無かったこともある。あのときは絶望したなぁ……。 ただまあ、今回はなんだかんだで楽しかったし、なにより魔力が半分ほど回復しているという、いつぶりかの状態の良さ。感謝しておこう。 最悪の味という欠点はあるものの、この世界にこれほど魔力が豊富なものが存在していたとは。確か万年ウミウシとアホ人魚だったか?「図鑑、図鑑……っと………あっ」 調べてみようとベッドから降りて思い出した。なぜ爆破したはずの家やジャックが無傷なのかを。 ちょうどジャックが戻ってきたけど、それとなく腰に手を回されそうな気配がしたので良司さんの後ろに隠れる。「心配していた魔法も機械もなかった――なぜ離れる?」「俺にゴキブリとイチャつく趣味はない。ていうかなんで無傷なんだ。家も、お前も」「あ、それは僕も気になってた。家がなくなったから別荘に引っ越さなきゃって思ってたんだよ」 べ、べべべべ別荘!? 今、別荘って言ったのか!?「……持ってるんですか?」 ゴクリと喉が鳴ってしまった。「うん。ブライトンとブリュッセルとウィーンとサンフランシスコに一軒ずつね」 四軒!? しかも海外!? JRR職員とはそんなに儲かる仕事なのだろうか……。「ほう、ブライ

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