旧校舎の部室で一人読書にふける文芸部員、高野聖(たかのまこと) 軽音楽部の歌姫、伏見ななせ(ふしみななせ)とその部員 学園七不思議の秘密を追うオカルト研究部の上田麻里(かみだまり) それぞれの思いが絡まる学園ラブコメミステリ
Lihat lebih banyak上田をベッドに寝かせる。コートを脱がせ、呼吸がしにくいだろうと黒いマスクを外し、代わりに白い熱さましシートを額に貼ると、なんだかオセロのゲームのように思えた。黒いものをやたらと好む上田だが、その肌は陶器のように白い。印象が急に黒から白に替わったようだ。右目を覆う黒い眼帯も汗でぬれている。これも外してやったほうがいいかと思いながら、手を触れようとした直前に思い直す。なんだか自分の行為がとてつもなくスケベなことをしているように感じたのだ。眼帯が、黒のレースでできていて、違う何かを連想してしまったのかもしれない。汗にぬれた眼帯は、そのままにしておくことにした。僕はそのまま立ち去ってもよかったのだが、やはりそれは何か無責任のように感じて上田の隣でしばらく待つことにした。 ここはそれなりに静かな場所だ。あるいはここならゆっくりと読書ができるのではないかと無神経な考えが頭をよぎったが、そもそも手元に本を持っていないし、もし持っていたとしてもやはりここでは落ち着いて読むことなんてできないだろう。 しばらくして、上田が目を覚ました。「高野君、ごめんなさい。わたし……」「僕のほうこそ悪かった。気づいてあげられなくて……」「そんなことないの、あれは……」 上田はいつもよりも急にしおらしくなってしまっていて……なんだか急にかわいらしくもある。「気にせずにもう少し休んでいろよ」「うん……」 僕は保健の先生に言われ、部室においてある上田の荷物を取りに行った。帰ってくると上田はもう起き上がっていて、だいぶ楽になったとのことだ。「上田さんはおうちの方は連絡が取れるかしら? 今日は無理しないように迎えに来てもらったほうがいいの思うのだけれど」 保健の先生が気を遣っていってくるが、「今日は、家に誰もいないので……」「あら、そう。それは大変ねえ、どうしようかしら?」「大丈夫です。家、ここから近いので」「そう、なら無理をしないようにね」「はい」「じゃあ、彼氏君は家まで送って行ってあげるのよ」 ――カレシクン? きっと、僕のことを言っているのだろう。僕たちは当然そんな関係ではないのだけど、だからと言ってここで即否定するような野暮なことはしない。そもそも、僕にも責任があるのだから家まで送っていくことくらいは吝かではない。 確か上田の家は39アイスから少し先に行ったところだと聞いている。ならば、歩いたとこ
階段を降り、文芸部の部室の戸を開ける。 いつもの僕の指定席に怪しい女が座っていた。 制服の上に学校指定の紺のダッフルコートを着て、漆黒のつやのある髪に、右目には黒い眼帯。そしてさらに今日は大きな黒い布マスクが鼻から口にかけて覆っている。もう、ほとんど真っ黒で、一瞬、ヒグマか何かと勘違いするところだった。 彼女は僕のほうをギロリと睨む。「ねえ、約束。忘れていたでしょう?」 今日の上田は、少し鼻にかかった声を出す。「それより、風でも引いたのか?」「ちょっと調子がわるいだけです」「こんな寒い中、アイスを四玉も食べるからだよ」「それを言うなら、伏見さんだって……」「あいつは特別なんだよ。それに、僕だって少し手伝った」「そう、伏見さんは特別だから手伝ってあげたのね」「それだと少し、意味がちがうくないか?」「厭味で行ったのよ?」「厭味?」 ――よく、意味が解らない。「まあ、ともかく僕は約束を忘れていたわけじゃあないよ。僕だっていろいろと忙しいんだ。っていうか、別に約束はしていないよね?」「そういうヘリクツはいいからさ」「そうだな、とりあえず祠へ行ってみるか」 僕は上着を羽織る。昨日と同じ轍は踏まない。「まあ、そうがっかりするなよ」 昨日油揚げを置いた場所に何ら変わらずそこにあり続ける状態に肩を落とした上田に、僕は優しい声を掛ける。このままここに置いておいて腐ってしまうと見栄えも悪いだろうし、いかんせんそんなことになってしまったら、石像ではあるがキツネ様に悪いような気もして片付けようと近づく僕を「ちょっと待って」と上田が制す。「あの繁みの中から、何かがこっちを見ています」 また上田の中二病的妄想かと思いきや、本当に繁みからこちらをうかがう光る双眸がある。どうやらこちらを警戒しているようだ。僕たちは言葉を交わすことなく、そのまま静かに後ずさりして、旧校舎の陰からじっと祠を観察した。 ほどなくして、繁みから何かが姿を現した。 人面犬。と言えばなかなかしっくりくる言葉ではある。それは小さな子犬ではあるけれど、まるで立派なひげを蓄えた老人の顔にも見える。 確かシュナウザーという犬種だったと思う。全身がグレーの毛並みだが、泥がこびりついていて、薄汚れた上にガビガビしている。怪我でもしているのか、片脚をひきずっているように見える。あたりに誰もいないことを確認したその子犬は、警戒しながら
翌日の放課後。やはり寒波の影響で冷たい風が吹いている。旧校舎は新校舎から少し離れた坂をさらに上ったところにある。吹き抜ける風は冷たく、ポケットに手をつっこむ。耳が、ちぎれそうになる。小刻みに震えながら文芸部の教室のドアを開ける。 伏見ななせがそこにいた。僕がいつも座る特等席に腰を掛けてスマホをいじっている。「あ、マコトだ!」「そりゃ、そうだろ。ここは僕の部室で、僕しか来ない場所だ」「最近、上田さんがちょくちょく来ているみたいだけど?」「暇なんだろ。黒魔術研究部って、普段何してるんだ?」「知らないわよ、そんなこと。自分で聞いてみたら? 仲いいんだから」「別に、仲がいいわけじゃない」「でも、エッチな想像をしてオカズにしてるんでしょ?」「してないよ、昨日のあれはなんだ、言葉のあやというか、その場のノリで言ってるだけだ」「どうだか」 ――そんなこと、正直に言えるわけないだろ。「ところで、なんか用か?」「うん、昨日ね、ついに新曲が完成したから聞きに来ないかなって。今から部室で通しで演奏するから聞きに来てよ」「まあ、新曲って言っても、僕としてはもうとっくに知っている曲なんだけどな。なにせ真下で音をずっと聞いてる。何なら、僕が歌うことだってできるかもしれない」「え、まじ? だったらさ、今度演奏するときにコーラス参加してよ」「冗談だろ?」「まじまじ!」「断るよ」「だってマコトは頼まれれば断らないタイプでしょ?」「え、普通に断るよ。絶対嫌だ」「どうしても?」「僕は決して押しに弱くない」「じゃあ、仕方ない。コーラスに参加してもらうのはあきらめるからさ、そのかわり今日は付き合ってよ、今日だけ。お願い。いいでしょ?」 まったく。美少女にこうまでして頼まれると、さすがに断ることなんてできない。「ちょっとだけな」 言いながら、荷物を置いて教室を出る。ななせと二人、軽音部の部室へと向かう。「はーい、みんなー。ギャラリー連れてきたよ」ギャラリーとはいってもどうやら僕一人だけのようだ。 僕の姿を見るなりバンドメンバーは一様に頭を下げる。ここ旧校舎にいるメンバーは僕を含め全員が同い年の一年生なのだが、皆は僕のことを一目置いてくれているように思える。 まずその要因の一つとして、軽音楽部もオカルト研究部も今年の秋に新設されたばかりの新しい部だが、僕のいる文芸部はもっと以前からこの旧校舎を使っていたか
「なんというか、色味の少ないさみしいアイスですね」「シンプルで美しいと言ってくれ」「まあ、どっちでもいいですけれど……いいんですよね? 本当に当てちゃいますよ」「ああ、当たるものならな。実はこういうシンプルなものほど情報が少なすぎてわからないものだ」「いや、そうでもないですよ。まず、上の段のライトグリーンのアイス。選択肢としてはシャインマスカットかホワイトチョコミントかというところですけど、さっきも高野君が言っていた通り、わたしと同じコーヒーをブラックで飲んでいた高野君ならやっぱりホワイトチョコミントですよね。ブラックコーヒーが好きな人はミント味が好きな人も多い、これは僕と同じだ。みたいなこと言っていましたよね。 問題はこっちのほうです。このシンプルで黒いアイスに該当しそうな候補は三つ。ショコラショコラか、チョコレートモンブランか、ビターコーヒーです。 でも、こっちも考えるほどでもないですよね。ショコラショコラもチョコレートモンブランも39アイスの中ではトップクラスの激甘フレーバーです。甘いものが苦手な高野君が選ぶはずがないです。 答えはホワイトチョコミントと、ビターコーヒーです」「ファイナルアンサー?」「それ、言わなきゃダメですか? はっきり言って寒いのでスルーしたいんですけど」「寒いのは上田がアイスを四玉も食べているからだよ」「ああ、それも寒いですね。そんなことはいいからさっさと負けを認めてください」「そうか……じゃあ、端的に答えを言おう。両方間違いだ。答えは上のがシャインマスカットで、下のがチョコレートモンブランだ」「う、嘘です。本当は当たっているのに悔しいから嘘を言ってるんでしょ」「いや、嘘じゃないぞ。何なら一口食べてみるがいい」 上田はそれぞれを一口ずつスプーンですくって口に運ぶ。「う、うう。まさか、高野君が本当にこんな甘々なチョイスをするとは、考えていませんでした……」「僕の勝ちだね。いやまあ、確かに上田の考察は悪くなかったとは思うよ。だけど、上田は大きな勘違いをしている」「勘違い?」 僕は、手に持ったアイスをななせのほうに差し出す。ななせはそれを僕の手から取り、代わりに持っていた自分のアイスを僕に渡す。ななせは美味しそうに、シャインマスカットのアイスをスプーンですくって口へと運ぶ。「上田さんはさ、まるでななせが僕を普通にアイスクリームデートにでも誘っ
「まず、下の段のライトグリーンのアイスだけど、色的にはシャインマスカットかホワイトチョコミントのどちらかということになるだろう。 ところで上田は今日、部室で僕の淹れたコーヒーに砂糖やミルクはいらないと言ったよね? だから多分それほど甘党ではないと思うんだ。甘党じゃない人は結構ミント味が好きなものなんだよ。僕がそうだからね。つまりは下の段はホワイトチョコミントだ。 そして問題の上の段。まず、それほど甘党でないならバナナ&ストロベリーは違うと思う。あれは結構甘さが強いからね。後はピーチブラマンジェ、ストロベリーリボン、ラズベリーチーズケーキ。 うーん、むつかしいところだけど……ところでさ、上田は家、この辺りなのか?」「ええ、そうですよ。実はすぐこの先なんです。ここの前は毎日通っているから、今日からスノーマンキャンペーンが始まるとわかっていたのでとても楽しみにしていたんですよ」「うん、ありがとう。おかげで答えがわかったよ。ラズベリーチーズケーキにはNEWのマークがついている。つまりこれは新作なわけで、さっきの話だと上田は毎日この前を通っているんだよね。それで今日からスノーマンキャンペーンが始まると知っていた。 だとすれば、おそらく昨日やおとといなんかにはわざわざ来ないだろうと思うんだよね。どうせ来るなら、キャンペーンが始まってからの今日になってからくるのが普通。だから新作のラズベリーチーズケーキは今まで一度も食べていない確率が高い。 にもかかわらず、さっき上田はななせのラズベリーチーズケーキに対して『それおいしいですよね』と言ったんだ。つまり、既に新作の味を知っていたというわけだ、それはつまり、食べたことがあり、味を知っているという意味。 君が食べているアイスは、ずばりホワイトチョコミントとラズベリーチーズケーキだ!」「……………………ざんねん!」「え、嘘だろ? もしかして、シャインマスカットだった?」「違うわよ。そっちはホワイトチョコミントで正解」 そう口にしたのはななせだ。しばらくショーケースを眺めていた彼女が返ってくるなり僕を諫めた。「正解は、ホワイトチョコミントとストロベリーリボンよ」「いや、まさか」「そのまさか。伏見さんが正解よ」「だってさっき上田はラズベリーチーズケーキの味を知っているふうな言葉を……」「それは、その前に食べたからよ。上田さんは、アタシたちが
39アイスクリームの店舗は、学校の最寄り駅に向かう道から少し迂回した場所にある昭和を感じさせるような古い商店街を抜けたその先だ。 道すがらにななせが質問をぶつけてくる。「ねえ、マコトは今日。クロ研の上田さんとずっと一緒にいたんだよね」「いや、別に一緒にいたわけじゃないけど……」「さっき部室に行ったとき、マコトのマグカップともうひとつ、紙コップが置いてあったし、オセロのセットの位置が変わってた」「名探偵、ななせ」「もしかしてマコトのことが好きなのかも?」「ははは、それはないな。単に人手がほしかっただけだろう。クロ研は部員が上田一人しかいないみたいだしな。学園七不思議を調べているとか言っていた」 僕は聞かれてもいないのに今日あった出来事をすっかり話してしまった。とはいえ、旧校舎裏の祠に油揚げを供えたことと、オセロをしたことぐらいだ。ほかには何もしていない。「ああ、それで――」とななせは言った。「今日の昼休みにさ、麻里ちゃんが学食に来て、アタシが接客したんだけどね、今日はきつねうどんを頼んだのよ」 伏見ななせは調理科の生徒だ。調理科の生徒は他の科の生徒が昼休みの時間に、授業の一環として学食の調理、運営を行っている。 「うん、なんとなくそんな話は聞いたな」「そう、それでさ、麻里ちゃんは今日、『一生に一度のお願いだから揚げを二枚乗せてくれ』っていうのよ。『お揚げの乗っていないきつねうどんはもはやたぬきうどんだ』ってさ。意味わかんないなって思ったんだけど、そういうことだったのね。一枚でも載っていればちゃんときつねうどんなのにって思ってたんだけど」「いや、そういうことだったじゃないだろ。つか、そこをななせがツッコむのもどうかと思う」「うん? まあ、仕方ないから二枚載せたわけだけどさ、先輩に見つかっちゃったらアタシもヤバいんだけど」「いや、もうどこをツッコんででいいのか……とりあえず、上田にはちゃんとななせに迷惑かけないように言っておくから……」「うん、そうしてくれると助かる」 言っているうちに、39アイスの前に到着した。今日の放課後あんな話をしなければ気づきもしなかったのだけれど、ここの39アイスの隣はソバ屋で、その隣は古本屋だった。やっぱりソバ屋の主人が怪しいなと……いや、その話はもういい。店内に入り、ショーケースに並べられた39種類のアイスを吟味するななせ。僕としてはか
今日の調査はこれにて終了。実に、あっという間の出来事だった。 僕たちは文芸部の部室に戻り、我が部室唯一の電化製品の湯沸かしポットに電源を入れる。体が冷えたので温かいコーヒーで休息だ。自前で用意しているマグカップと来客用の紙コップにインスタントのコーヒーの粉を入れ、沸かしたお湯を注ぐ。「上田、砂糖とミルクは?」「いらないです、そのままで大丈夫」 マグカップと紙コップの両方に入ったブラックコーヒーを机に運び、オセロの盤を用意する。 二階で鳴り響く騒音は依然鳴りやむことを知らず、僕と同じく退屈そうにしている上田に相手をしてもらう。 当然のように黒を選んだ上田が必死で盤面を黒く染めようとするが、やはり最終的には白のほうが多くなる。 申し訳ないが、オセロではあまり負ける気がしないのだ。「オセロでなら、上田の考えていることが読めるんだけどなあ」と愚痴をこぼす。「そうですね。ほかのことに関しては、高野君は全然わたしの考えを理解してくれません」「理解も何も……さっきのアレ、どうやったんだ?」「あれ、と言いますと?」 僕は部室の隅の、まだ片付けていない紙コップの群を指さす。「何を言っているんですか? わたしは何も小細工なんかしていませんよ」「していないわけないだろう? だって現に上田が勝っているんだ」「勝つも負けるもないです。あれはただ単に、すごく効くという風の予防薬が手に入ったから皆さんにおすそ分けしたにすぎません。風邪が流行っているようですから、やさしいわたしからのほんの心づてです。でも、とにかくあの薬、めちゃくちゃ苦いのでちょっとしたレクリエーションを織り交ぜたというだけですよ」「なるほど、小細工はしていなかった……そういうことか」「そうです、わたしは何も小細工していませんでした」「我慢していた、ということか」「そうです。わたしはあの薬、普段から飲んでいるのでそれなりに慣れてしまっているんですよ」 つまり、あれは初めから六つすべてが激マズドリンクという名の風邪の予防薬だったのだ。普段から飲んでいる上田は顔色一つ変えずに、自分が当たりを引いたフリができるということだ。「ああ、そうだ。とにかくあの風邪の予防薬、効果抜群なので高野さんも飲んでおいてくださいね」「そこまで苦いとわかっていて、飲む気にはなれないな」「おこちゃまですか?」「子供とかじゃなく、苦すぎるのは誰だっていやだろ
旧校舎には幽霊が住んでいる。開かずの扉となっている三階の時計塔からは時折物音や、ピアノの音が聞こえてくる。 旧校舎の裏には小さな稲荷の祠があり、そこに油揚げを供えると願い事をかなえてくれる。 この学校のある山は昔、神の巫女の住む山として祀られており、そこに建てられたこの学校自体が呪われている。 この学校のある山には神田池という沼があり、そこには河童が住んでいると言われている。 この学校がある山には、人面犬が住んでいる。 以上だ。 僕は、それらを指でなぞりながら数えていく。「五個しかないよね」「今のところ見つかったのが五個です」「じゃあ、なんで七不思議って言っちゃったの?」「そのうちあと二つくらいは見つかりますよ」「三つ、四つ見つかることもあるよね?」「数の問題じゃないんです。七不思議っていうのは」「は?」「何でしたら後からいらないのを削ればいいだけですから」「まあ、今の時点であまり学校に関係なさそうなものもあるけどね。というかほとんどこの学校とは関係ない、この学校のある山に関するうわさ話だ」「ともかく、今わかっているこれらを調べていこうと思うんです」 とはいえ、直接学校に関するうわさとしてあるふたつはいずれもこの旧校舎に関するものだ。調べるには簡単な問題ではあるけれど……「まず、この一つ目に関してはすでに解決した問題だな。この旧校舎に幽霊は住んでいない。三階の開かずの間にはちゃんと鍵が存在していて、時々人が出入りしている。そこにピアノが置いてあるし、不思議なことは何もない。 それは、この旧校舎の部室を使っている人たちならみんな知っているはずだ」「競技かるた部を除いてですが」「まあ、それは……」 この旧校舎一階の文芸部ともう一つある教室は、本来競技かるた部の部室だ。しかし以前幽霊騒動があった時に怖がって誰も活動をしなくなり、今はほとんど空き教室になっている。 旧校舎三階の鍵は、数年前に無くなったとされていた。が、それはひょんなところから出てきたのだ。なんと、この文芸部の本棚に差された誰も読まないであろう辞書をくり抜き、その中に鍵を隠してあったのだ。鍵は、職員室へと返却したのだが、僕は当然のようにこっそりとスペアキーを作っている。その鍵は僕が管理をしていて、そのことはこの旧校舎を使う部員たちにとっては既知の事実だが、おそらくそのことをこの学校のほとんどの
「いいですか? それじゃあ、みんなせーのっで行きますよ」「「「「「せーのっ」」」」」 そのあまりの苦さに、軽音楽部の四人が悶絶している。 そして、案の定。上田はカップのドリンクを飲みほしてなおケロリとした様子だ。「あれ、高野君。飲まないんですか?」「必要ないだろ? 答えはもう出てる」「ずるい人ですね」「なんとでも言え。負けとわかっているなら、何もその上で苦い思いまでする必要はないだろ」 僕は、口をつけるふりをして一滴も飲まなかったカップをテーブルの上に置く。「そういうことで、わたしの勝ちですね。伏見さんのハグは、わたしがいただいちゃいます」 皆が見守る中で、上田とななせが抱きしめあう。しかも、少しまとわりつくように濃厚だ。 ななせがほかの男の毒牙にかからなかったというのならばそれはそれで納得。 それに……この光景、それはそれで悪くない。 上田とななせの間に挟まれたい。なんて感想を持ったのは何も僕だけではなかったはずだ。 ほんのひと時の談話を終え、それぞれが部室へと帰っていく。 準備に少し手間取ったななせが最後に、「じゃあアタシも、そろそろ行かなくっちゃ。じゃあ、またあとでね!」 それだけ言い残すと、教室を後にして廊下を走り、ギイギイと軋む旧校舎の階段を一段飛ばしで駆け上がる。 とても静かなこの旧校舎では、そんな足音までもがどこにいてもよく聞こえる。特に、ななせのように少しおてんばで元気に動き回るならばなおさらだ。 さて、ななせが去り、再び文芸部の部室に静寂が訪れる。 無駄かとも思いながらも文庫を再び手に取り読書を再開する。「よし、それじゃあそろそろはじめよっか」 天井の裏側から、かすかにななせの声が聞こえる。 ガタガタと、古い建物のガラス戸が振動する。やはり、どうしてもこの音だけは許容できない。遠くで聞こえる吹奏楽部のトランペットが音をはずしても、走り込みをする陸上部の「ファイト」の掛け声もそれほど気になりはしないのだが、やはりどうしても天井の裏側で毎日執り行われるななせたち軽音楽部の練習の音だけは許容できない。 果たしてこれほどまでに、読書に向いていない環境があるだろうか。 仕方なく文庫を閉じて鞄にしまい、スマホを開いてダラダラと過ごす。 こんな放課後は本意ではないけれど、そのあとにななせと寄り道をすることを考えるなら先に帰るというわけにもいかない。 特に
放課後の静かな旧校舎の一室、カバンから取り出した文庫本を開く。 冷たい風が古い窓をたたく音さえもどこかいとおしく、風にさらわれる枯葉の音さえ聞こえてきそうなこの場所で、僕はただ読書をしていたかっただけなのだ。 それなのに…… とある放課後、突然として旧校舎の前に現れた野良犬の首なし死体。さらに、一人きりの教室で響く文明的な呼び出し音に舌打ちしながら、伏せた本と入れ替わりにスマホを手に取る。『あ、もしもし! わたし、麻里。今、旧校舎の裏山にいるの。 大変です! ヤバいもの見つけてしまいました! 死体、本物の死体です。 しかも、普通じゃないんです。 これ、リョウメンスクナですよ!』...
Komen