――読書の秋だ。 読書をするうえでこれほどに恵まれた環境があるだろうか。 僕らの通う私立高校は山の斜面の中腹にあり、その斜面に沿って校舎が建てられている。 校門をくぐって一番手前にあるのが最も新しい新校舎。 そこからまっすぐに伸びる階段に沿ってひとつずつ古くなっていく校舎。 斜面の一番奥にあるのがこの旧校舎だ。 二階建ての木造建築で各階に教室は二つだけ。さらにその上にちょこんと乗っかる形の三階部分は時計塔の機械室になっている。時計の針はすでに動きを止め、時間は全く持ってでたらめな方向を差している。 かつてはこの学校の校舎はこの木造校舎だけだったらしいのだが、時代が進み、生徒が増えるにつれその下に校舎を一棟ずつ増やしていったという。 今となってはこの古い旧校舎はほとんど使われていない。 故にほとんど廃部寸前の部活動の部室としてのみ使われている。しかもこの旧校舎、少し前には幽霊が出るだとかそんなうわさも流れ、無関係の生徒は好き好んで足を運ぶようなことはしない。この上なく静かな場所であり、僕の所属する文芸部の部室はこの旧校舎の一階にある。これほどに読書に適した場所があるだろうか、しかも、今日用意した本は格別だ。岩井志麻子の『ぼっけえきょうてえ』 第5回角川ホラー小説賞を受賞した作品で、『ぼっけえきょうてえ』とは岡山弁で「とてもこわい」という意味だ。 過去に幽霊騒動があっというこの旧校舎は当然建物も古く、ホラー小説を読むにこの上ない雰囲気がある。むしろ雰囲気がありすぎるほどだ。しかし何もそこまで怖がる必要はない。あいにく僕は怪異譚だとか、都市伝説だとか真に受けるようなロマンチストじゃない。かといって、それをあえて馬鹿にするほど許容の狭い人間でもなく、エンターテイメントとしてのそれを楽しむことのできる懐の大きい人間だ。間もなく作中に没入し、秋の冷たい風がカタカタと古い窓をたたいて揺らす音さえも耳に入らなくなった頃合い……「マッコトー!」元気があり余り過ぎてこちらの迷惑さえも顧みない勢いで教室のドアを開き、読書にいそしむ僕の向かいに無遠慮に椅子を引いて座る伏見ななせという美少女。机に両肘をついて合わせたこぶしの上に顎を乗せる。じっとこちらを見つめるように話しかけてくる。「ねっ、ねっ、マコト。聞いた? 早乙女花蓮のハナシ!」 手に持ってい
Last Updated : 2025-03-06 Read more