Chapter: 第30話 ◇帰って来るはず30. そして更に、例え妻が遠方に行ったからといっても1日に何度もどころか1ヵ月あっても2回のメールしかできない自分に気付いてしまった。 しかも姉の美咲との言い合いで気付いたくらいで。 今のいままで何も思うことなく過ごしてた。 葵が帰って来ないかもしれないって? 何だ、それっ……。 不安を煽ったりしてきた姉に本気で腹が立ってきた。 何で今更……。 いや、実際友人たちも今更なアラ還になって皆奥さんに出て行かれてるじゃないか! 俺は昨年の春先にした宣言で今までのことを全て葵が受け止めてくれたと思ってしまっていたけれど……。 イヤイヤ……小さな不安を捻じ伏せて、俺はそんな突拍子もないことを、と姉の物言いを小馬鹿にして封じ込めた。 その内、楽しかったぁ~って元気にここへ、俺の元へ帰って来るはずだ。 そう願いつつも、葵が旅行に出る前にひと悶着あった小野寺祐子のことが頭に浮かんだ。 小野寺のことはあのまま黙ってやり過ごした方が良かったのかもしれないと今更だが少し後悔していた。 あの時は後から小野寺もしくは他の誰かから知れたらそれこそ修羅場になると思い、正直に話したのだが。 付き合い自体、もう過去のモノなのだし。 今回のニ度目の旅行、1ヶ月過ぎても一向に帰って来る気配のない妻の行動は、もしかしたら凸事件簿も多少は関係しているだろうか。 脛に疵を多く持つ身なので、流石に姉貴に葵は帰って来ないと断定された今、じわじわと胸の中に不安が押し寄せてくる。 あまり小さな男と思われるのもイヤだ。もう1ヶ月様子見をして、それでも帰って来なければ詳しい住所を聞いていちど会いに行ってみようと思っている。 しかし、息子たちが妻のことに関してうんともすんとも言わないのはどうしてなんだぁ~? 結婚してから妻とこんなに離れて暮らすのは、初めてで正直寂しい。 俺は外で好き勝手して午前様で帰ることもよくあったけれど家には妻の葵がいつもいるのが当たり前過ぎる生活だったからなぁ~。 何とも侘しくて心許ない心情だ。 年のせいだろうか?
Last Updated: 2025-04-11
Chapter: 第29話 ◇姉の言うことに……29. 「姉貴、だから葵は旅が終わったら帰って来るってぇ。連絡だってちゃんと取れてるんだし。 息子たちだってここにいるんだぜ? 姉貴の早トチリ、妄想がすご過ぎっ!」 「あ・の・ね、女を舐めンじゃないわよ!あなた葵さんが突然今回旅行に出ると言って家を出たとでも思ってるの? そう本当に思ってるならどんだけ天然のアホかと思うわ。 フンっ!] 「それ、どういうことだよっ?」 「彼女は何年も前から出て行く準備をしてたってこと。 チャンスが巡ってきたらいつでも出て行けるようにね。 旅行って言って出て行ったのは新天地で上手く暮らしていける地盤を見つけられなかった時のための保険ね、きっと。 しかし、そう考えると葵さんなかなかやるジャンねぇ?] 「分かったから、姉貴もう帰ってくれ! トンチンカンな妄想で俺を不安にさせようと煽るのはよしてくれ。ささっ……帰ったかえった」 追い立てる仕草で姉を家から追い出した。 時には頼りになる姉だが、何かにカチリと嵌るとトチ狂うウザイ姉だ。 姉の妄想予測に少し心を動かされそうになったが、妻が出て行くならもっと何年も前だろう……小さな胸騒ぎを抱えつつも、俺はそう自分を納得させた。 姉には葵と連絡だって取れてると言った。 1月の初めに出掛けて約1ヶ月経った頃、俺の方からしたメールに2回程、確かに返信があった。 信州方面から北海道まで足を延ばして、その土地その土地で短期の逗留をして、自然の中での生活を満喫していると書いて寄越している。 が、今のところ葵からのメールは一切ない。 今まで浮気相手にバンバンメールでのやりとりをしたことはあったが、思い起こしてみると、妻の葵とはほとんど業務連絡のようなメールしかしたことがないことに気付いた。 俺が外から妻にメールをして、会話を楽しむようなことはなかったし話なら大抵葵は自宅にいるので家で話すからメールでのやり取りは不要だったのだ。
Last Updated: 2025-04-11
Chapter: 第28話 ◇妻は帰ってこない28. ~葵が旅に出てからしばらくして貴司姉、美咲と貴司との会話~(貴司が葵のいる町を尋ねて行く前のこと)「その後、どうなの? 葵さんからはちゃんと連絡あるの?」「あぁ、一度だけ。旅の行く先々で楽しくプチ生活しながら、移動しているみたいだ。 もう少し、知らない町での暮らしを堪能したいから帰るのが先になりそうだと言ってきた。 お金も必要だろうから、送ったよ」「貴司、葵さんもうたぶん帰って来ないよ」「姉貴、俺の話ちゃんと聞いてた? 何でそういう話になるのさ。 俺は皆の前で去年の春頃に宣言したろ? 他の女には余所見せず、これからは葵だけを大切にしていきます、って! 家族と過ごす時間も増やして葵や息子たちともっと向き合っていくつもりだって。 なのに何で逃げ出すっていう話になるんだよ!」 「貴司、全然あなた分かってない。 まず、信じられない。同じ女性としていくら考えてもあなたのあの発言は良くないと思うよ」「周りの皆も姉貴だって、それに当人の葵息子たちもうれしそうにしていたじゃないか。 皆拍手して頑張れって言ってたじゃないか!」 「言っとくけど、周りの人たちがどんなだったかは知らないけど少なくとも葵さんや息子たちはちっともうれしそうなんなかじゃなかったから。 口角は上げてたけど3人とも、目が死んでたわよ。 このバカ! 気付きもしない野郎だからあんなふざけたこと宣言できたんだろうけど。 まぁ、あなたも自分の所業に何か思うところがあったから改心したことを発表したんでしょうが……。 あなたがしなきゃいけなかったのは、Audienceつまり友人知人親族なんかのいない所で誠心誠意3人に今までのふしだらな数々の女性関係を謝り、償いとして3人をそして妻の葵さんのために今後は全力で向き合い大切にしていきますと、謝罪宣言するべきだったのよ。 分かった? この唐変木野郎!」「ナ、何そんなカッカ熱くなってんだよ、姉貴!」「まぁ、私としてはあなたのその改心がもう10年早ければなぁと、思わずにはいられないってこと。 兎に角、妻も子もいる身で、しかも今まで普通の男が経験できないような女性遍歴があるんだし、女の尻を追いかけるの……じゃなかった、女に自分の尻を追っかけさせるようなことはもう金輪際止めなさい
Last Updated: 2025-04-11
Chapter: 第27話 ◇うれしい再会27. 仕事の合間にコウの様子を見られるのも至福のひと時だ。 コウが赤ちゃんの時からイクメンして子育てならぬ仔猫育てをしているニャン子たちが数匹いて、そのコたちがいつも身体の不自由なコウの側で見守ってる。 その様子に心癒される。 誰かが言ってた。 動物はしゃべらないからいいんだって。 そうかもしれない。 だけど時々、コウと話せたらどんなにいいだろうって思うこともある。 コウが葵のこと好きって言ってくれたら、どんなにうれしいだろう。 一生無理だけど。 けど、聞いてみたい。 そんな私はたぶん病気だなっ! そんなこんなで生活に余裕ができた頃キャンプ場のオーナー、沙織さんとご主人に連れられてお酒を飲みに出掛けた。 そこで予想もしてなかった人との再会があった。 お互いが思ったことと思うけど……。 「「なんで、ここにいるんですか?」」 だってお互いに関西の神戸に住んでいたはずだから。 その人物は長男が小学生の時の同級生の父親で、モチロン息子たちもよく診てもらってた地元の小児科医の西島薫先生だった。 もう長男も。彼此(かれこれ)27才になっていて最後に西島先生に診てもらってから15年は経っているんだけど、まぁ忘れるような関係でもなくて……。 お互い、びっくりポン状態だった。 西島さんは独りで店に来ていたみたいで私は沙織さんたちともおしゃべりしつつ、しばし西島さんとも帰るまでポツポツと会話を続けた。 ちょうど息子さんが就職した年に病気で奥さんを亡くし、それを機に田舎暮らしすることにしたらしい。 今はアルバイトで診療所で働いていて、時間のある時は畑をしているのだとか。 このまま自然に囲まれてノンビリと余生を送るのが夢らしい。 私は何故か西島さんとの会話で、畑に喰いついてしまった。 やってみたいと何度か連呼するのを聞いていた西島氏が少し畳2帖分くらいから始めてみますかと、言ってくれた。 『よぉぉ~っしゃぁ~』心の中でガッツポーズ。「ほんとですかっ、わぁー うれしいです、ありがとうございます。体力もあまりないですし、それで充分です」と早速、厚かましくも即答していた。 西島さんは結構な広さの畑を耕していたので先でもっといろいろな作物を作りたければ、もっと使ってもらってもいいですよ、と言ってくれた。
Last Updated: 2025-04-11
Chapter: 第26話 ◇新しい環境で26. TV番組で見た時からひと目で恋してしまったコウと一緒に暮らせるなんて夢のようだ。 幸先の良いスタートを切った私は、きっと今回の旅は片道切符で済むだろうことを予感した。 大丈夫だいじょうぶ、きっと私はこの地で幸せになるちゃんと暮らしていけると、不安を払拭するように改めて自分を励ました。 住居は思ったよりも早く見つかった。 この辺では顔の広いオーナーの沙織さんのお陰で。 山の麓にちょうど猫を飼える小振りの古民家があって元々住んでいた方が昨年亡くなって空き家になっていた物件。 縁者である娘や息子さんたちは別の地ですでに住居を構えていて、ずっと空き家にしておくのも本意ではなくオーナーが私の話を持って行くと、住んでくれるだけで有難いと、家も古いしということで、平屋で5ツも部屋があるのに破格の35000円で貸してもらえることになった。 うんうんっ、ほらっ……やっぱり。 この土地の神様か何だか私にこの土地で頑張りなさいって背中を押されたような気がした。 やけに単純で簡単に物事を良いように捉えすぎだろうか。今で2つめ。 良いことが3回重なったら本物だよね。 そういうわけで、私は3つめのLuckyを密かに待っていた。 私は短時間のキャンプ場での仕事をこなしながら資格を活かした通訳の仕事を探した。 長野は外国からの観光客も多く、思ったより早くに仕事が見つかった。 主に土・日・祝日にその仕事の多くを突っ込むことにした。 平日はキャンプ場での短時間のバイトだけと決めた。 年齢的にこんなところが落し所かと思ったので。 無理をしてどちらもできなくなることが一番困るのだから。 周りにも迷惑を掛けることになるし、自身も生活に支障が出るのだ。 何もかもが順調過ぎて、はっと我に返ると早2ヶ月が過ぎようとしていた。 通訳の仕事も慣れてきて、だいたい仕事のペースも固まってきた。 自然豊かなキャンプ場での仕事も猫や犬たち、動物に囲まれ客足の無い日は猫たちを相手にのんびり過ごすこともあったりで緩急があって充実していた。 反して多忙な日もあって大変なこともあるけれど身体が疲れたら小休止させてもらえるので高齢の自分でも何とか続けていけそうだ。 だから暇な日はなるべく自分で仕事を見つけて
Last Updated: 2025-04-10
Chapter: 第25話 ◇コウ(猫)のいるキャンプ場25. 私は家を出る日、わざと夫が仕事に出掛けている時間帯を選んだ。 下の息子に車で最寄の駅まで送ってもらった。 大きな荷物はコウ(猫)のいるキャンプ場で受け取ってもらえるよう先に送っているので、手荷物はその分半減。 電車と新幹線を乗り継いで旅先へと向かった。「母さんが新しい場所で落ち着いたら兄貴と一緒に遊びに行くよ」 『夏季休暇使って来れたらいいね。それまで半年ぐらいあるから、何とかキャンプ場の仕事の他に通訳の仕事も見つけて、落ち着けたらいいんだけどね』 兄の賢也は忙しいらしく、今日は休日出勤でどうしても駅まで私を見送りに来ることができなかった。 会社に出勤する前に、気を付けて後のことはちゃんと上手くやるからと、励ましてくれていた。 息子たちふたりが今の私には支えだった。 彼らの静かな応援は私の力となった。 その日の内に信州の地に降り立った私はコウのいるキャンプ場に向かった。 キャンプ場で何泊かの宿泊の予約を取り、キャンプ場での調理の仕事のことなども、翌日話をすることにしてその日は周りの山々の景色を見ながら散歩を楽しんだ。 散歩から戻って来るとコウたち猫ちゃん軍団もゾロゾロと散歩を終えて戻って来たところだった。 ヨタヨタ……ヨタヨタ……でもコウは今日もちゃんとお散歩したようだ。 キャンプ場のオーナーの沙織さんと猫チャンたちの話をしていて、恋する位コウのことが気になってとコウのことを熱弁していたら、すごい申し出を受けてしまった。 そんなにコウのことを気に入ってもらったのだったらコウを譲ってくださるというものだった。 ひょぇーーーーっ、ひょぇーーーっ?? 私の胸の内は、あまりの、そして突然の、幸運に言葉にならない動揺が走ったのだった。 ただ一頭飼いは寂しい思いをするかもしれないので仕事で出勤している間は連れて来てほしいとお願いされた。 私の仕事が終わるまでの間、ここに居る猫ちゃんたちと過ごせるからと。 私も大賛成で異論のあろうはずがない。 コウもひとりで私の帰るのを待っているなどと寂しい思いをしなくていいし。 自宅ではコウとふたりきりになれるなんて、すごくすごく幸せ! 私は沙織さんに何度もお礼を言った。 調理の仕事は次の土曜日の繁忙期から入ることになったのででき
Last Updated: 2025-04-10
Chapter: ◇飲み会 6262 実際に業務に付いてみると現場監督は50人近くいて現場ごとの現場監督はその現場規模によりけりで、大きい現場になると3人だったり5人だったりという具合のようであった。 その時々で仕事が増えたり減ったりするため、ひとまず常時の体制は3人の正社員とパート社員数名、派遣社員2名で業務を回しているようだった。 所長と呼ばれることもある現場監督の仕事は多岐に渡るらしい。 それらは外回りと言われる現場の視察であったり接待であったりと現場事務所が立ち上がると超多忙なのだとか。・施主の要望があると施主への接待として、暑気払いだの安全大会だの 上棟式だの慰労会だの頻繁にそのようなイベントがあり飲み会・忙しい現場だと、作業所内スタッフとの懇親や慰労という名の飲み会 ・設計事務所への接待……での飲み会・自社の幹部とのつきあいでの飲み会・所長だと下請けさんからも声が掛かり飲み会など、飲み会の機会が半端なく多いのだと諸々、接待の相手先を、派遣の遠野さんから聞いて少しオオバーかもしれないけれど私は気絶しそうになった。『肝臓やられて、長生きできなさそう』というのが私の感想である。 独身の間はいいけど、メンヘラな奥さん貰っちゃったら、たぶん速攻離婚案件だよね。『独身、奥さん、離婚』 自分が思考した3つのワードにチクっと胸に痛みを感じた。『亭主元気で留守がいい』が性に合ってる女性なら旦那さんにいいよねぇ~。 例えば、自分に明確に生涯通してやりたいことのある人ならば。 これ一筋と思えるような仕事や趣味がなく、いつも旦那さんとLoveLoveしてたい女性はだめだろうなぁ~。
Last Updated: 2025-04-11
Chapter: ◇伝家の宝刀 6161 花はその日の夜、今回の件で祖父の家を訪ねた。「私という逸材を一日何もさせず会社から給料を支給させている 今の上司の方針をどう思う? おじいちゃん。 たぶん普通は長い物には巻かれろで黙っているしかないと思うけど、 経営者一族の端くれとして、こんな悪習はなくした方がいいと 思うんだけど……」 「よう言うた。花の言う通りだ。 会社の人件費を無駄にしておるな。 ひとまず今の部署の担当が辞めるまでその忙しい部署の事務補佐として 部署替えをさせようかな。 花の今の上司は次の異動でどこぞの閑職に飛ばそう。 まぁ我が社に閑職などあってはならないんだがね。 下請けにでも飛ばすか! はははっ……。 今夜中に現場の部署の上に連絡をして、明日からはそこに花の席を 作ってもらうことにしよう。 花が仕事熱心で儂もうれしいよ。 花のような頼もしい身内がいておじいちゃんも将来が楽しみだ」「おじいちゃん、私の話をちゃんと親身になって聞いてくれて ありがとうございました。私、仕事頑張るわ」 次の日花が出社すると、すでに現場監督の数名が居並ぶ場所のほど良い場所に 花のデスクが運ばれていた。 時間外? 朝早くにこの机を運んで移動させてくれた人に 花はちょっぴり申し訳ない気持ちになるのだった。 それにしても祖父の力が絶大だということを改めて知る花なのだった。 初めて使った伝家の宝刀は思った以上に強力だった。 折角貰ったチャ~ンス、おじいちゃん、自分のため一族のため…… 仕事頑張るからね。 その日新しい上司に挨拶をし現場監督をしている社員にも次々と挨拶を 済ませ、花は仕事に取り掛かった。 この部署の事務仕事は次から次へと休む暇もないぐらい有り、 やりがいのあるものだった。
Last Updated: 2025-04-11
Chapter: ◇新たな門出 6060 ― 時は少し遡り ――総帥からの圧力もある中、向阪匠吾が祖父茂に対して、ひいては花に 対しての謝罪の意味を込め、けじめをつけようと玲子との結婚話を 進めていた頃……失意の内に前職を辞めた花は祖父の働きかけで 心の平安を取り戻し、グループ企業のひとつである三居建設株式会社へと 入社した。 配属は作業所事務部門。 花の次の勤め先は募集などかけていない中での中途での入社だったため、 最初のうちは皆の仕事の補佐をすることで時間を紡いでいた。 そのため自分の決められた仕事がなく、どうしても仕事の途切れる時間が できてしまう。 それが時々ならよいのだが、一日に何度もでき、ただデスクに座っている だけというのはとても苦痛である。 考えてみるに自分の課では担当者がそれほどハードな仕事では ないのだろう。 しかし、他部門ならどうだろう。 猫の手も借りたいほど忙しい部署があるかもしれない。 花はそういった忙しい部署の仕事をやらせてもらえるよう上司に 掛け合った。 しかし、花の提案はあっさりと却下され、また翌日も暇でしょうがない 一日を……何もないデスクを見るだけの一日を……過ごすことになった。 なるべくなら『伝家の宝刀』を抜きたくはなかったがしかし、 これは我が一門の行く末にも係わる由々しき問題。 性格の良くない上司のようで助け合いの精神は持たないらしい。 他部門のためにどうして自分のところの人間を貸し出さなければならないのか、というような思考の持ち主のようだった。 実は上司にこの話を持っていく前に花はリサーチしていた。 それによると、現場を抱えている部署では顧客対応や現場での対応に かなり時間を取られるので現場監督はデスクワークになかなか時間を 割けず超勤が続いているようだと聞いていた。
Last Updated: 2025-04-10
Chapter: ◇恐怖に震える 5959 「あれほど偶然とは思えない不運が次々と自分の身に起こり反省するのかと思いきや、よほどオツムが緩いようで同じことを繰り返すからですよ。 島本さん、私は花の祖父の向阪茂という者だ。 あなた、いや、お前のせいで孫がふたり不幸になった。 まだ覚えてるかな。 いろいろ調べているうちにすごいことが分かった。 お前は実の姉の恋人も10年ほど前に寝取ってるじゃないか。 次が花と匠吾の仲を引き裂き、島へは渡って3ヶ月しか経っていないというのに、看護師から恋人を奪っただろ。 人の大切なモノを奪っても法に触れなければいいのか? 法がお前を許しても私がお前を許しはしないよ。 本州から島へ逃亡した時、お前には真面目に暮らしていればこの先の制裁は許そうと思ってたがそうもいかなくなった。 そうそう、島の家では何気に井出にまですり寄ってたの聞いたよ」「プライバシーの侵害よ」「よく聞きなさい。ふたつにひとつだ。 山奥の温泉街でその自慢の身体を使って働くか、山奥の寺に入って剃髪して仏門に帰依するか、選びなさい」「どちらもお断り」 玲子は急いで入り口に向かって逃げようとした。 だがすぐ入り口の近くにいた井出ともう一人の男に捕まり椅子へと戻された。「じゃあ神戸湾の奥深く沈んでみるかい。 これ以上お前のせいで不幸な人間が出ないようにしないといかん」 玲子はこれ以上逆らうと本当に海に沈められるかと恐怖に震えるのだった。 ◇ ◇ ◇ ◇ その日を境に数年後、山奥できれいなお坊さんを見たという人あり、また山奥にある温泉街に行くとめっぽうきれいで男好きする女がいると聞いたりするそうな。 その後両親の暮らす家には玲子直筆の手紙が届いた。 そこには『離島で暮らすことにしたので探さないでください。 警察にも届けを出さないように』と書かれてあったそうな。
Last Updated: 2025-04-10
Chapter: ◇ボディガード 5858「ほう、あなたが島本玲子さんか、ようこそ、このオフィスへ。 ここへ来なくて済めばよかったのだが……まぁ、しようがないね」 何を言われているのか全く分からない私は、反射的に入り口付近に 立っているはずの井出さんの姿を探した。 私が振り向いても一度も見てくれず、今まであんなに親切にしてくれて 一緒に暮らしていた人なのに、何がどうなっているのか? 自分の見知っていた面影を彼のどこにも見つけられず、 私はますます混乱した。 心細くなって彼の名前を呼んだ。「井出さん、井出さん、どうしてこんなところに私を連れて来たの」 井出さんは前を見たまま私の方を見ることはなかった。 彼の代わりに目の前の初老の男性が口を開いた。 「彼は私のボディガードでね、今は勤務中だからあなたとの私語は 許されてないんですよ、島本さん」 「でも離島まで連れて行ってくれて一緒に暮らしてたんですよ、私たち」 「それも私が頼んだ仕事だからですよ。 だからここへもあなたを連れて来た。 井出はやさしい奴ですよ。 筋書きにはなかったのに3年大人しく島で暮らしていれば、どうにかなる……というようにあなたにそれとなくアドバイスしてましたからね」「どうしてそれを」「知ってるかって? あの家は盗聴されてたからね」「あなたの指示で?」「そうですよ」「じゃあ井出さんは……」 「知ってたか、知らなかったか、私には分かりません。 ただ私からは盗聴器をしかけるとは一言も話してませんがね」 「私を逃がしてくれたのにどうしてまた私はここに 連れて来られたのでしょう?」
Last Updated: 2025-04-09
Chapter: ◇初老の男性 5757「それと走行中、業務関係の人と遣り取りするかもしれないけど気にしないで寝てていいよ」 そう言う井出さんは見るとハンズフリーのイヤホンを耳に装着していた。 なんかめちゃくちゃデキるボディガードみたい。 そんなことを考えながらスムーズな走行に私はうつらうつらしていた。 井出さんが誰かと遣り取りしているみたいで会話している彼の声が子守歌のように心地良かった。「玲子ちゃん……玲子ちゃん、着いたよ」「あぁ、ごめんなさい。つい寝てしまってたみたい」 私たちがいるのは広いけれど周囲は壁で囲まれていて地下の駐車場のようだった。 エレベーターに乗ると階数のボタンがたくさんあって、かなりの高層ビルだということが分かった。 どんな素敵なレストランなのだろうと私は井出さんが20階のボタンを押すのをドキドキしながら見ていた。 エレベーターを降りて左方へ歩いて行くと一面シースルーで外から中が見通せる会議室のような部屋が現れてびっくりした。私は先を歩く井出さんに声を掛けた。「あの、ここってどういう……」「今説明しなくても直ぐにここへ来た理由が分かるので取り敢えず部屋に入ったら私が案内する席に座って下さい。 そのあと会長から説明があると思うので」「会長って誰? どこの?」 もう説明はしてくれなさそうな井出さんの背中に向けて呟いた。 部屋の入口をくぐる前に、長楕円形の卓の向かって左右壁に沿って男の人が1人ずつ立っている中の様子が見えた。 そして入り口をくぐる時に、右手1mくらいのところに男性が1人立っているのに気がついた。 井出さんは私が座るべき席を案内してくれるとそのまま、入り口から左手1mくらいのところに立った。 他の人に気を取られて気付かなかったけれど座った私の正面向こう側には初老の男性が座っていた。 そしてその人が口を開いた。
Last Updated: 2025-04-09
Chapter: ◇イケボな男性 第56話56― 出会いと再会(美鈴《薔薇》)― 新天地での暮らしが漸《ようよ》う落ち着いてみれば、暦は落ち葉が舞い落ち何となくもの寂しさを感じるようになっていた。そんな暮らしの中、初めての町内会の回覧板が回ってきた。そこには掃除の件の他にバス旅行の案内が記されていて、費用について観光バス代・昼食代・有料道路代・入園代含む費用9100円と書かれてあった。町内は高齢者ばかりのようだから、どうしようかななんて考えたけど逆に同世代のいない気楽さがあるかもしれないし、顔見知りのいない今だからのお気楽さとも併せて行ってみようかという気持ちになった。締め切りギリで申し込んでから約1か月後に私は町内会のバス旅行に参加した。当日バスに乗り込むと、皆《みんな》親子連れ2人とか老夫婦で参加していて出発ギリギリまで1人で座っているのは自分だけ。ひゃあ~、気楽ではあるけど余りにも寂しいような……微妙な心持ちになった。出発直前にバスガイドさんからの点呼が始まり「え~と後は根本さんがまだいらしてないようですので皆様、今しばらくお待ちください」とアナウンスがあった。『私の隣になる人はどうもその根本という人みたいだ。爺様なのか婆様なのか、はたまたおじ様なのかおば様なのか。4択のどれなんだろう』そんなふうに想像していたら、イメージ外のイケボでものすごい顔立ちの整ったそこだけ眩いオーラで纏われたモデル級の男性が姿を現した。「いやぁ~、遅れてすみません。根本です」「おはようございます。根本さんのお席は野茂さんの隣になりますのであららへどうぞ」バスガイドはそう言うと直ぐに挨拶を始めた。
Last Updated: 2025-04-11
Chapter: ◇奈羅の企み 第55話55 ― 奈羅の企みを知った綺羅々 ―薔薇のいなくなった悲しみを彼女の家族と共有したあと、母親が薔薇の部屋に案内してくれた。そして『美味しいおやつと飲み物を持ってくるので少し待ってて。あなたも疲れでしょ、何か口に入れてゆっくりしていってね』……と言い置き、『あ』や『い』も言わさず彼女はさっさと部屋から出て行った。俺は側にある椅子に座って待つことにした。「はぁ~、参ったな」正直な気持ちが呟きとなって零れ落ちる。綺麗に整理整頓された薔薇の部屋。できるなら、彼女の恋人として訪れ、実のある会話で楽しい時間を過ごしたかったなと切実に思う。とそこに突然薔薇の元へ誰かからメッセージが届いたようで、透明のタッチパネルが部屋の中で立ち上がった。自分へのものではないから少し戸惑いがあったが、やっぱり湧き上がる興味には勝てず、パネルを引き寄せメッセージを読んでしまった。『Hi! あれから何のリアクションもないから念押ししておくわ。綺羅々のことはきっぱりと諦めること。彼が好きなのは私だからね。いい、分かった? 私たちは付き合ってるのよ、だからこの先綺羅々に近づかないこと、私たちの邪魔をしないこと――奈羅』あれから……ってことは、他にもメッセージが送られてきているってことだな。俺はパネルを操作し、このメッセージの前にも奈羅から送られてきていたメッセージを見つけた。そこには信じられない言葉の羅列と映像が添えられていて、俺は頭を掻きむしりたくなった。それでだったのだ。デートの最中も薔薇の瞳が悲しみの色で覆われていたのは…… 俺の思い違いなんかじゃなくて、こういうことだったのだ。俺はこの時ほど己の自己管理の甘さと脇の甘さを呪ったことはなかった。
Last Updated: 2025-04-11
Chapter: ◇彼女が目の前から消えた 第54話54 ― 長老に学びに行く ―余りのことに悲しみに暮れる綺羅々。アクシデントで人間界へ行ってしまった薔薇。失態を犯したにも関わらずデートに誘うと会ってくれた薔薇。デート中自分の話に耳を傾けてくれていたけどどことなく、哀し気だった薔薇。だからこの先も何度もデートに連れ出し、楽しい気持ちに、そして元気にしてあげたいと考えていたのに……それどころか彼女はバランスを崩して覗き込んでいた滑り台から滑り落ちていってしまった。そして彼女が消えてしまった場所には、バッグが残されているだけだった。一昨日の挽回をするため、薔薇が楽しめるようにとデートに、宇宙船に乗り込み地球上の天界の様子などを見学することに決めたのだが、大変なことになってしまい 意気消沈する綺羅々。その後、事故のあらましを薔薇の家族に連絡し、貴重品であるバッグを返しに行くことになる。薔薇の両親と姉たちは残念がりそれなりに胸を痛めている様子が見てとれたが、彼らは人間とは違いまた将来互いがどこかの時代どこかの場所で産まれ変わり再度出会うことを知っているので、深い絶望まではいかない。この時綺羅々は、薔薇の家族のためでもあるが自分のために、地球上に産まれ落ちた 薔薇の様子を定期的に見守り、金星よりずっと時間の流れの速い地球で薔薇が人間としての一生を終えた時、地球の地上から離れ天界迄の空間に彷徨っているところを見計らって迎えに行こうと決心した。ただ、それは100%上手くいくかどうか分からないことなので薔薇の家族には話さなかった。できれば連れ帰るのはここにいた時のままの薔薇で連れ帰りたい。そのため、この時の綺羅々は長老のところへ行き、薔薇が元いた場所に同じような年齢軸で連れ戻せる方法を学ぼうと決めていた。
Last Updated: 2025-04-10
Chapter: ◇さよなら、綺羅々 第53話53綺羅々から、ずっと前から予約していた宇宙船に乗ろうと誘われて乗船した あとも、彼が奈羅との一夜をどんな風に消化しているのだろう、 どれくらい好きなのだろう、 彼女と仲良くしておいてどうして私をデートに誘うのだろうって……彼の 気持ちが知りたくてぐるぐる同じことを想い続けてしまう。そんな気持ちの不安定な私に綺羅々はずっと気遣ってくれて、 素敵な場所に 連れて行ってくれた。「楽しくて面白い場所があるから少し船を降りてみよう」彼からそう提案されて降り立ったのは、地球の雲の上だった。小さな天使たちの指導的立場の天使たちが見守る中、小さな天使たちは 思い思いに自分たちが選んだ滑り台から次々と滑っていく姿があった。 「あの下界へと続く滑り台を滑っていくとあの子たちはどうなるの?」「地球に住む女性のお腹に飛び込んで、その女性の子供として産まれ、 一生を過ごすんだ。皆、自分で選んだお母さんの子供になるんだ。でも大抵皆、そのことを忘れてしまうみたいだけどね。 面白いよね。 中には自分で親を選んでない子たちもいるらしいけど」『人間……』 大好きな綺羅々と会って話をするのも、イケボを聞くのも、彼の心情を慮る のもどんどん辛くなってきていた私は、事故を装い倒れ込む振りで、側に あった滑り台からスルスルっと下界に向けて滑り落ちていった。 『さよなら、綺羅々』「ワァー、アァー……薔薇~、薔薇~待って」悲壮な綺羅々の叫び声を背中で聞きながら、私は日本人のお母さんのお腹の 中に飛び込んだ。そして自ら望んだように、綺羅々との記憶を消してしまっ たのだ。
Last Updated: 2025-04-10
Chapter: ◇返事を待ち続ける 第52話52待ち続けていた綺羅々からのメッセージ。 私は飛びつくようにして読んだ。奈羅からの余計な連絡で落ち込みまくったあとでの綺羅々からのメッセージ。私が送ったメッセージに対する返事は何も書かれてなくてガッカリだ。奈羅とOne Night Loveしたから? 彼は奈羅と私に二股しているわけ? って違うか。 私とはまだ何も始まっていない。私からの昨夜無事に帰れたのかという問いかけにも反応しない綺羅々。奈羅の送ってきた映像で確定事項となっていて、昨夜彼は奈羅と一緒に いたはずなのに今日私に会うことに積極的で。これって、私の立ち位置なら誰もが綺羅々に対して『……ざけんなっ』って いう反応を返すような状況なのに会おうなんて言う。いくら考えても、何かがモヤモヤして胸に引っ掛かるのだ。彼の言う通り今日会えば自分の納得のいく何かを……とにかく今の状況より は1つでも多くの情報を知り得ることができるかもしれないと思い、私は彼 と会うことにした『Hi! 予定はないわ。どこに行けばいいかしら』 というメッセージを彼に返信した。翌日私は待ち合わせ場所へと向かった。約束の場所へ着くと私より先に来て待っていてくれた綺羅々がにこやかに 手を振り話し掛けてきた。「昨日はせっかく楽しく話してたのに途中で酔っ払っちゃってごめん。 俺何か君に迷惑をかけなかった? 恥かしながらドームを出た頃からの記憶が飛び飛びで……もし、迷惑かけて たら申し訳ないって、ずっとそればかり気になっちゃってて……」綺羅々の謝罪発言で、彼がすごく私のことを気にかけてくれてたんだと分か り、荒んでた私の気持ちが少しだけほぐれた。好かれていると勘違いさせるような気の使われ方をして……でもやはり、 奈羅と一夜を共にし、彼女と一緒にベッドに寄り添っていた彼の姿、それら の映像が、私の頭の中から消えてはくれず……それなのに目の前の爽やかな 彼の笑顔と やさし気な話し声に私の胸は苦しくなるばかりで痛かった。彼のイケボを聞いて益々彼のことを好きになってしまいそうで、それも 辛かった。
Last Updated: 2025-04-09
Chapter: ◇失態 第51話51余りの己の失態振りに頭を抱えんばかりにオロオロしたのだが、泥酔して いたことと……世話になっていて酷い言い草だとは思うが、以前より奈羅 から秋波を感じてはいたものの、自分が好意を受け取れるゾーンには少しも 受け入れることのできない相手であり、あとのことも考えて綺羅々は下手に 出るのは得策ではないと瞬時に判断した。 「そっか、ありがと。悪かったね、手間を取らせて。 今日はどうしても外せない用事があるのでこのまま失礼するよ」「えっ、朝ご飯だけでも一緒に食べようよ」「えーと、ごめんよ。ほんとにもう時間がなくて……」 そう言うや否や、綺羅々は大急ぎで部屋を出た。勿論ちゃんと会計窓口で支払いも済ませて。昨夜同じ部屋に泊まったふたりの間に性的な関わりなど当然なかったかの ような言動で最初から対応したのが功を奏したのか、奈羅が一言もその辺の ところを突いてこなかったので、綺羅々は胸を撫で下ろした。綺羅々が唯一気になったのは薔薇のことだった。薔薇とはずっと一緒だったはずなのに一体全体どーしてこうなった? 酔っ払いがうっとおしくなって、自分を置いて先に店を出て行ったのだろうか? 自宅に戻り落ち着いたら、薔薇に連絡してみよう、そんなことを考えながら、 急ぎ足で綺羅々は帰路についた。そして自宅に着くとすぐに薔薇にメッセージを入れた。『薔薇、昨日は君と話せて楽しかった。 明日もしもよければ、また会いたいんだけど、何か予定入ってる?』こんなふうに、昨日どの辺りから自分が薔薇と一緒ではなくなったのか、と いう本当に訊いてみたいことはオクビにも出さなかったのである。それにしても、うれしくて浮かれたからと言って泥酔してしまうとは…… 情けなさ過ぎてクッションに顔を埋めて悶絶する綺羅々だった。
Last Updated: 2025-04-09