Chapter: ◇苦しみと切なさ15 花とふたりきりで話せると思っていたのにおばさんは部屋から出て行かずドアの側に立っていた。「花、昨日はちゃんと説明できなくてごめん。 それから誤解されるようなことしてごめん」 花はベッドの上で両手で布団の端を握り締め前方を見ている。 声を掛けても俺のほうを見ない。「今日花が休んでてびっくりした。 俺のことが原因ならちゃんと話を聞いてもらって誤解を解かなきゃって、会いにきたんだ。な、花、俺を見て!」「見たくないよぉ~、見ない見ない、何も聞かない、帰って。おかあさん、苦しい~」 苦しい~と言い出した花は前方に身体を折り曲げて『うぅ~』と唸り声を出し始めた。「約束よ、匠吾くんそこまでにしてね」「はい……」 花の状態がここまでとは思わず俺はこれからどうしたらいいのか、途方に暮れるばかりだった。 花の部屋から出ておばさんに見送られた時にどうしても黙っていられなくて俺は自分の現状を話した。「一緒にカフェバーに行ったことはすごく反省しています。 花との約束を破る事になったわけで……。 ですがそれだけなんです。 島本から暗にそういうのを誘われましたが断って帰って来たのです。 それを花が分かってくれてないようなので、誤解させた自分が悪いのですがなんとも切なくて」「匠吾くん、私は君の話を信じる。 だけどこれからのことは娘のことを第一に考えようと思ってるの。 取り敢えずは花の様子見してからの話になるわね」「はい、ありがとうございます。失礼しました」「花には折を見て一番大事な話を、匠吾くんと女性との間には疚しいことは何もなかったってこと、伝えておくから」「よろしくお願いします」 花乃子おばさんがちゃんと肝心要のポイントをちゃんと理解してくれていることが今の自分には少しの励ましになったと思う。 花がちゃんと分かってくれるといいのだが。
Last Updated: 2025-03-10
Chapter: ◇過呼吸14 片や花の状態はというと、食事も摂らずたまに水分補給するくらいで一日ベッドの中で過ごしていた。 ◇ ◇ ◇ ◇ 仕事を終えて帰宅後匠吾は花を訪ねた。 玄関で出迎えてくれた花乃子に匠吾は頭《こうべ》を垂れた。「おばさん、申し訳ありません。 昨日花ちゃんに嫌な思いをさせてしまいました。 すぐに彼女に謝ろうと思ったのですが僕もパニクってしまい伺えませんでした。 それで今日こそ会社でちゃんと説明して分かってもらおうと思ってたのですが話せなかったものですから、お邪魔させていただきました」 匠吾を見ると大層悩まし気な風情で、彼の今回の困惑具合が手に取るように分かった。「折角心配して来てもらったけど、花ね、昨日過呼吸起こして精神的にまだ安定してないから日を改めて来てもらおうかな」「えっ、過呼吸……。 ひと目でいいんです1分だけでも。 何でもいいから花から何か聞きたいです、罵倒でもいいから。 ひと目会わないと俺たち駄目になりそうで不安なんです。 お願いします、会わせてください」「匠吾くん、ほんとに少しだけにしてね。 もしかしたら花はまともに返事できないかもしれないということも分かった上で会ってね」「わ、分かりました」 *** 「花、入るわね。匠吾くんがお見舞いに来てくれたのよ」
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Chapter: ◇あざとい行為13 今日こそはちゃんと話をして花を何とか宥めようと、そんな算段をして 匠吾は出勤したというのに花は出勤してこなかった。 総務の課長に理由を聞いてみると……。「ああ、掛居さんね、体調不良で2~3日休むことになったよ」「そうなんですか」 昨日の今日で花が休みってことは俺のせいだよなぁ……。 行き違いだけは、俺の気持ちだけはなんとしてでも聞いてもらわないと。 昼の休憩時になり席を立とうとした時、島本玲子が俺の側までやって来た。 「土曜は楽しかったですね。 あ、そうそう、これ向阪さんのじゃないですか。 お店で落としてましたよー」と周囲に対してデートしましたよねを主張しまくりの、とどめが 俺のハンカチ登場だった。 俺が手洗いに席を立った時にでもカバンから抜かれてたのだろう。 この女ならあり得る。 画像は自宅へ来るための手段、ハンカチは社内へ向けての 私たちデートした仲アナウンス。 気持ち悪いほど一つ一つ仕掛けられていたようだ。 俺は無言で受け取り彼女を無視して席を離れた。 そしていつものメンツとカフェテリアへ向かった。 好きなメニューを乗せたプレートをテーブルに置いて座った時だった。 さっきのシーンを見ていたであろう同期の藤本が言った。 「なんか、ややこしいことになってるのか?」「えっ?」「いやぁ~なんかさっきの島本さんとお前の遣り取り見てたら温度差が 半端ないっていうか、お前彼女にストーカーされてない?」「思いたくないけどそうかもしれない」「掛居さんが出社してないのもそのせいだったりして。 気を付けたほうがいいぞ。 島本さんお前とのツーショット画像を土曜の夜にかなりの人数に 送ってるみたいで、送ったあとで『間違って送ってしまいました』っていう すみませんメールまで送ってるしぃ」 そこまでやられてるのか、俺は。 ガックリと項垂れるしかなかった。 「掛居さんに誠心誠意謝るしかないよなぁ~」 他人事のように……いや実際他人事だからな、他人事のように呟く 藤本の慰めの言葉を遠くで聞いた。
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Chapter: ◇下心があったのかなかったのか12 「花ちゃん、どうしたの? 何かあった? お部屋入るわね」 花乃子が部屋に入ると娘の花は声を殺して泣いていた。 「匠吾くんとDVD見るって言ってたのに……。 喧嘩でもした?」 「おかあさん、私胸が苦しいの」 初めて見る娘の苦しむ姿に花乃子はびっくりした。 そのうち見るからに呼吸の仕方がおかしくなり、急いで ホームドクターに来てもらうことにした。 花は過呼吸をおこしていた。 その夜花乃子は娘から午前中にあった出来事のあらましを 聞き出したのだった。 ◇ ◇ ◇ ◇ 花の話から匠吾くんと相手の女性の係わり方が全部は把握できてないかもしれないけれど、相手の女性がまともではないということだけは分かる。 相手の女性が何も話さなければ、匠吾くんも花には何も言わず あとは会うこともなかったのかもしれない……し、会ったかもしれない……か。 ふふっ、この辺は分からないわねぇ。 匠吾くんは一応花から相手の女性とは係わらないでほしいと 言われてたのに、会ったのだから。 しかも夜の酒場で。 下心があったのかなかったのか、そんなもの神のみぞ知る? 匠吾くんは知ってるよね、自分の気持ちなんだから。 どちらにせよ、夜の街で、酒場で恋人以外の女性と会ったという事実は 消えない。 この時花乃子は花が匠吾との未来は選ばないと言ったら 花の言う通りにしてやろうと決めていた。 そして仕事から帰って来た夫とも話し会い、同じ結論に至った。
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Chapter: ◇許さない11 「島本さんに聞いたよ。 匠吾の裏切り者、約束してたのに。 許さないから」 許さないからの言葉を残して、足早に花は自分の家へ入って行った。 はっとした。 俺が先ほど『彼女に訊いてくれていいから』と言ったので花は 島本を追いかけて行き、ふたりのことを訊いたのだろう。 あの島本のことだ。 何を花に話したのやら。 どこまでも迂闊な自分に腹がたつ。 俺が花を連れて島本に説明させればよかったものを。 何かこうなったら全て島本玲子のペースに乗せられて 俺は深い穴に落ちていくような気分だった。 『花、島本に何言われたか知らないけど俺の言うことを信じてほしい。 店に行ったことはごめん。謝るから、連絡ください』 『花、連絡ください。 俺と彼女の間に疚しいことは何もない、ほんとだから信じて』 『ツーショットの画像なんて撮らせてごめん。 言い訳に聞こえるかもしれないけどあれもハプニングで 隣に座ってた男と島本が勝手に撮ったものなんだ』 寝るまでにメールを何度も送り続けたが花からの返信はなかった。 胸が痛い。 どうか……花が明日は話を聞いてくれますように! ◇ ◇ ◇ ◇ちょうど花壇の手入れをしようと母親の花乃子が玄関口に 出ようとしていたところ、娘の花が血相を変えて家の中に入ってきて そのまま自分の部屋に向かったので、花乃子は気になり 花の部屋のドアをノックした。
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Chapter: ◇壊れた10 その頃匠吾の家では母親の沙代がどういうことなのかと匠吾に詰め寄っていた。 「花ちゃん、血相変えて出て行ったけどあなたたち大丈夫なの?あなたは男だからまだまだ年齢的に猶予があるけれど花ちゃんは 女の子だからね、おじいさまが心配なさって『そろそろ婚約、結婚と 話を進めなけりゃあならんなぁ』とおっしゃってるところだから 気をつけけてよ、身辺にね。 まさか、さっき訪ねてきた島本さんと何かトラブったりして ないでしょうね」「彼女とは正社員になるための勉強方法とか聞かれて問題集を貸して あげただけなんだけど、困った人だ」 匠吾は、母親に掻い摘んで昨夜のことや先ほど島本玲子が訪ねてきた 理由などを話した。 「カフェバーか、行ったのを知ったら花ちゃん悲しむね、きっと」「なんでちゃんと断らなかったんだろ。優柔不断だな俺」 「なんか、島本さんの行動が怪し過ぎるわね。 削除してほしいって頼んだ画像のことでわざわざ家に……休日の朝に 来る必要ないものね。 花ちゃんにもう一度ちゃんと話して誤解を解いた方がいいと思うわ。 ちゃんと話せばおかしな振舞いの島本さんの言うことより あなたの言うことを信じてくれるはず。長い付き合いだもの」「うん、ちょっと花が心配だからその辺見てくるよ」 ◇ ◇ ◇ ◇ 家の前に出ると、ちょうど花が自分の家に向かって歩いているのが 見えた。 家の右、祖父の家を一軒挟んで隣が掛居家になる。 「花、どこ行ってたんだ?」 花は泣いていた。 「花……なんで」
Last Updated: 2025-03-06