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◇初老の男性 57

Author: 設樂理沙
last update Last Updated: 2025-04-09 03:51:08

57

「それと走行中、業務関係の人と遣り取りするかもしれないけど

気にしないで寝てていいよ」

 そう言う井出さんは見るとハンズフリーのイヤホンを耳に装着していた。

 なんかめちゃくちゃデキるボディガードみたい。

 そんなことを考えながらスムーズな走行に私はうつらうつらしていた。

 井出さんが誰かと遣り取りしているみたいで会話している彼の声が

子守歌のように心地良かった。

「玲子ちゃん……玲子ちゃん、着いたよ」

「あぁ、ごめんなさい。つい寝てしまってたみたい」

 私たちがいるのは広いけれど周囲は壁で囲まれていて

地下の駐車場のようだった。

 エレベーターに乗ると階数のボタンがたくさんあって、かなりの

高層ビルだということが分かった。

 どんな素敵なレストランなのだろうと私は井出さんが20階のボタンを

押すのをドキドキしながら見ていた。

 エレベーターを降りて左方へ歩いて行くと一面シースルーで

外から中が見通せる会議室のような部屋が現れてびっくりした。

私は先を歩く井出さんに声を掛けた。

「あの、ここってどういう……」

「今説明しなくても直ぐにここへ来た理由が分かるので取り敢えず

部屋に入ったら私が案内する席に座って下さい。

 そのあと会長から説明があると思うので」

「会長って誰? どこの?」

 もう説明はしてくれなさそうな井出さんの背中に向けて呟いた。

 部屋の入口をくぐる前に、長楕円形の卓の向かって左右壁に沿って男の人が

1人ずつ立っている中の様子が見えた。

 そして入り口をくぐる時に、右手1mくらいのところに男性が1人立っているのに気がついた。

 井出さんは私が座るべき席を案内してくれるとそのまま、入り口から

左手1mくらいのところに立った。

 他の人に気を取られて気付かなかったけれど座った私の正面向こう側には

初老の男性が座っていた。

 そしてその人が口を開いた。
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