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◇ボディガード 58

Author: 設樂理沙
last update Last Updated: 2025-04-09 03:52:23

58

「ほう、あなたが島本玲子さんか、ようこそ、このオフィスへ。

ここへ来なくて済めばよかったのだが……まぁ、しようがないね」

 何を言われているのか全く分からない私は、反射的に入り口付近に

立っているはずの井出さんの姿を探した。

 私が振り向いても一度も見てくれず、今まであんなに親切にしてくれて

一緒に暮らしていた人なのに、何がどうなっているのか?

 自分の見知っていた面影を彼のどこにも見つけられず、

私はますます混乱した。

 心細くなって彼の名前を呼んだ。

「井出さん、井出さん、どうしてこんなところに私を連れて来たの」

 井出さんは前を見たまま私の方を見ることはなかった。

 彼の代わりに目の前の初老の男性が口を開いた。

「彼は私のボディガードでね、今は勤務中だからあなたとの私語は

許されてないんですよ、島本さん」

「でも離島まで連れて行ってくれて一緒に暮らしてたんですよ、私たち」

「それも私が頼んだ仕事だからですよ。

 だからここへもあなたを連れて来た。

 井出はやさしい奴ですよ。

 筋書きにはなかったのに3年大人しく島で暮らしていれば、どうにかなる……というようにあなたにそれとなくアドバイスしてましたからね」

「どうしてそれを」

「知ってるかって? あの家は盗聴されてたからね」

「あなたの指示で?」

「そうですよ」

「じゃあ井出さんは……」

「知ってたか、知らなかったか、私には分かりません。

 ただ私からは盗聴器をしかけるとは一言も話してませんがね」

「私を逃がしてくれたのにどうしてまた私はここに

連れて来られたのでしょう?」

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    Last Updated : 2025-04-13
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