主人公である実来(みくる)は、ある夏の暑い日に大学へ向かう途中満員電車の中で痴漢被害にあってしまう。 声も出せずにいると、そこに居合わせた男性が痴漢から助けてくれる。 京介にお礼がしたいと伝えた実来は、その男性と夜に濃密で甘い夜を過ごし、身体を何度も重ね合う。 実来はそんな名前も知らない彼と身体を重ねることに気持ちよさを覚えてしまったが、真夜中にたった一夜だけの関係を終えるとそっとホテルを出る。 しかしそれからしばらくが経った頃、実来は体調に異変を感じるようになり病院へ行く。そこで実来は、妊娠していることが発覚する。 実来は助けてくれた彼と再び連絡を取ると、あの日の夜で妊娠したことを告げる。
Voir plusもうダメ……。本当に痛くて、子宮が取れそうな感覚になってしまう。 なぜか一緒に涙も出てきてしまったし。「森嶋さーん、赤ちゃんの頭がまだ出てきてないから、指示出したらその通りにやってみてくれるかな」「は、はいっ……」 赤ちゃんの頭もまだ出て来てないの!? こんなに痛いのに……。わたし、こんな弱気で頑張れるのかな……。「森嶋さん、息を吸ってから吐いてみてくれる?」「は、はいっ」 言われた通りに、息を吸って吐いてを何回かやってみた。「OK、いいよ。 森嶋さん、次いきんでくから息を吐きながらいきんでみてくれるかな」「えっ、はっ、いたたっ……!」 いたたたた……! やばい、めちゃめちゃ痛いっ! 言われた通りにいきんでくと、力が入るからかなり子宮が圧迫されたような感じがして、とても痛かった。 もはやこれは我慢できないほどの痛みだった。 ああ、早く赤ちゃん出てきて……。痛みに一生懸命耐えながら、そんなことばかりを考えていた。「森嶋さん、もう一回いきんでー!」「はいいいっ……!」 思いっきり力を振り絞りながら、いきんでいく。「ふんんんっ……!!」 やばい、痛いし身体が限界を迎えそうだ。 おでこや身体全体に汗をたくさんかきながら、本当に必死だった。 途中からはもう、何だかもうよく分からなくて、ただただ赤ちゃんが出てきてくれることだけを祈っていた。「森嶋さん、まだいきまないでね〜」 「っ……はあ、はあ……っ」 もう苦しい……。無理かも……。「森嶋さん、赤ちゃんの頭が見えてきたよー! はーい、もう一回いきんでみて!」「ふんんんんっ……!!」 でも赤ちゃんの頭が見えてきたって言葉を聞いて、少しだけ嬉しくなった。 もう少しで、もうちょっとで赤ちゃんと会えるんだ……。「実来!頑張れー!!」 一生懸命いきんでいく中で、やっと京介の姿が見えたけど、不安そうな顔でこっちを見ていた。 でも……きっと大丈夫。京介が応援してくれてるし、ここで見守ってくれているんだから。 「森嶋さん、旦那さんが到着されましたよー! よかったですね!」「っ、は、はいっ……!」「実来、もう少しだ!頑張れっ!」「う、うんっ……!」 京介の声が聞こえてくる度に気持ちが高まるし、元気がもらえる。「森嶋さーん、赤ちゃんの頭出てきたよー!もう少しだから、この
「っ……いたたたっ……!」 え、なんかお腹痛い……! なにこれ! それから数日後、その日はお天気が良かったので外の中庭を歩いていた。 その時、急にお腹にドッと痛みを感じた。 あまりにも痛みが強くて、わたしはその場にしゃがみ込んでしまった。「森嶋さん、大丈夫ですかっ!?」 そこへ通りすがった先生がわたしの元へ駆け寄る。「お、お腹が、痛くてっ……!」 痛みでまともに話すことも出来ない。 きっとこれは、陣痛かもしれない。「森嶋さん、ちょっとお腹触りますね」 先生がわたしのお腹に触れると「森嶋さん、すぐに病室に移動しましょう。子宮口が少し開いてるかもしれません」とわたしに告げた。「先生、い、痛いです……!」「大丈夫ですよ、森嶋さん。一緒に頑張りましょうね」「は、はいっ……!」 それは今までに感じたことのないような痛みで、どうしようもなくて、思わず泣きそうになってしまった。 車イスを用意されて病室に移動すると、超音波検査などを行った。 そして先生は、子宮口を確認していく。「森嶋さん、子宮口がもうちょっとで開きそうだから、もう少しだけ我慢してね」「ううー……まだ、ですか?」「後もう少しだから、もうちょっとだけ待ちましょうね」 それからもう少しだけ、子宮口が開くのを痛みに耐えながら待っていた。「はぁ……はぁ……痛いよお」 先生まだかな……。 いつまで待てばいいのかは分からないけど、子宮口が開かないと赤ちゃんが出て来られないとのことだったので、陣痛を促す薬を投与してもらい、完全に開くまで待つことになった。 でも開くのもいつになるのかわからないので、途方に暮れそうだった。「せ、先生……?」 それからどのくらい経ったかは分からないけれど、痛みに耐えながら待っていたら、先生が来てくれたのでようやくかなと思った。「森嶋さん、子宮口確認するね」「は、はいっ……」 陣痛って、こんなにも痛いのか……。本当にすごく痛い。 生理痛の何倍も痛いから、何度も泣きそうになってしまった。 だけどここまで来たら後少しだから、と自分に言い聞かせた。「森嶋さん、良かったね!ようやく子宮口開いたよ。 よし、出産準備に入るからちょっと待っててね」「は、はいっ……!」 良かった……。ようやく開いたみたいで、産む準備に入れるそうだ。「森嶋さん、旦那さ
「おねえちゃんは、いつあかちゃんうまれるの〜?」 わたしのそぱに来た紗奈ちゃんという女の子は、わたしのお腹に目を向けている。「こら、紗奈!お姉ちゃんの邪魔しちゃダメでしょ?……すみません、うちの子が」 紗奈ちゃんのお母さんは、わたしの元へとゆっくり歩いてくる。「いえ。 紗奈ちゃん、お姉ちゃんもね、もう少しで赤ちゃんが産まれるんだよ」 「さなも、あかちゃんたのしみなんだぁ! おねえちゃんも、あかちゃんがんばってね〜」 紗奈ちゃんに応援してもらったおかげで、なんだか気持ちが明るくなった気がしたわたしは、紗奈ちゃんに「ありがとう、紗奈ちゃん」と紗奈ちゃんの頭を撫でた。「紗奈、こっちに来なさい! パパにジュース買ってもらいな」「うんっ!パパのとこいく〜」 紗奈ちゃんはパパのところへ行こうと走り出す。「こら!走っちゃダメよ、紗奈!」「パパ〜!」「紗奈! もう、紗奈ったら……。騒がしくて、すみません」「いえ。 可愛いですね、紗奈ちゃん。おいくつですか?」「四歳です。女の子なんですけど、とにかく活発で困るんですよ〜」「そうなんですか? でもすごく可愛いですよね」 紗奈ちゃんを見ていると子供ってやっぱりいいなって思う。 これがわたしの理想の家族像かもしれない。「ありがとうございます。 出産は初めて?」「はい。 なので、本当に不安だらけで……」「初めてはそうだよね。 うちももう三人目だけど、やっぱり毎回不安になりますよ」 そうなんだ……。三人目でも不安になるんだな。「三人目ですか? すごいですね。男の子ですか?女の子ですか?」「うちは全員、女の子なのよ。 男の子一人くらい欲しいかったんだけどね」「女の子だと、可愛いですよね。 可愛い服とか、いっぱい着させられそうですし……」 いつかは子供と一緒にリンクコーデみたいな感じにするのが、夢ではある。 そうなったらいいな。「でも女の子も女の子で、大変ですよ? 騒がしくて、言うこと聞かないのよ〜」「え、そうなんですね?」「でもやっぱり、子供は可愛いですよね。やんちゃで大変だけど、それでもやっぱり可愛いのよね〜」 そう言われたので、わたしも「だってすごく、幸せそうですもん」と思わず口にしてしまう。「そうですかね?」「はい。もう楽しそうな家族だっていうのが、目に見えて分かります」
「……ふうっ」 お腹がかなり大きくなっていたわたしは、立ち上がったりするのが大変で、産まれるまでようやく後少しという所まできた。 妊婦生活も臨月に差し掛かり、もういつ産まれてもおかしくない状況になっていた。 身体が重いし、歩くのも大変だ。 だけど、お腹の子が元気に動くのを感じて、早く産まれてきてほしいという思いが強くなっているのは、確かだった。 この子と、産まれてくる赤ちゃんに早く会いたいという気持ちが、以前よりも強くなっていき、早く対面したいと思ってる。 わたしが母親になって初めて気付いた、愛情という感情。 そして産まれてくる子に対する、この奇跡という名の宝物。 二人でたくさんその奇跡を共有したい。「もう少しだな、産まれるまで」「うん」 京介も優しく微笑みながら、元気に動くお腹の子を眺めている。「……実来」「ん?」「出産、頑張ろうな」 京介が何かと助けれてくれるから、わたしは頑張られる気がする。「うん、頑張るね」「本当に、実来のために何も出来ないのが申し訳ないくらいなんだけどな」「そんなことないよ。……不安な時に、こうやってそばにいてくれるだけで、それだけでわたしはもう安心するんだよ」 わたしがそう話したら、京介は「そうか……?」とわたしを見る。「うん。正直、今すごく不安だし。……だけど、京介がいてくれるだけで、その不安が少し和らぐからとても頼りになるよ??」「そっか。 ならよかった」「ありがとう、京介。 出産までもう少しだから、頑張るからね」「ああ、大丈夫だ。……俺がそばにいるからな」「……うん、ありがとう」 微笑むわたしに京介は優しく手を握ってくれて、寒いからとコートを掛けてくれる。「ありがとう、京介」「今日は一段と冷える。……身体に障るといけないから、中に入ろうか」「うん」 京介の家にはもうほとんど何もなくなっていた。 ベッドと冷蔵庫がぽつんと置いてあるだけで、とても殺風景になっていた。「……いよいよ明後日には、引越しだな。ここともお別れだ」「そうだね。なんだか、寂しくなるね」 もうここに来ることもなくなるのか……。と思うとなんだか寂しくなる気がする。「そうだな。 まあ今度は実来と子供と三人で暮らせるようになるし、楽しみもあるけどな」「うん、そうだね。 わたしたち、三人で暮らす新しい家だも
「お母さん、後少しだけど、よろしくね」 「はいはい。今のうちに存分、甘えておきなさい」「はーい。 じゃあお母さん、お腹空いたからご飯食べたい」「アンタって子は……よし。ご飯にしよっか。お箸持っててくれる?」「うん」 お箸をテーブルに並べて、お味噌汁の入ったお椀を並べた。 お母さんのご飯を食べられるのも、後少しなんだよね……。なんか、寂しくなるな。 恋しくなる、母の味。 わたしの母の味は、なんだろうな。 やっぱり肉じゃがと、甘い卵焼きかな。「さ、食べましょう」「「いただきます」」 お母さんと一緒に夕飯を食べるのも残り少なくなって、なんだかんだで寂しい気持ちになる。 お母さん、これから一人で寂しくないかな……?「ん、美味しい。これだよ、これ。やっぱりお母さんの肉じゃが、本当に美味しい」「ならよかった。アンタは昔から甘めが好きだもんね」「うん。お母さんの作る肉じゃが、お袋の味って感じだもん」「そっか。お袋の味か……」「うん。後ね、甘い卵焼きも」 お母さんの作る甘い卵焼きはとにかく大好き。高校の時のお弁当にも、毎日甘い卵焼きは入っていたし。 甘い卵焼きは大好きだから、食べるとほころぶ気がする。「卵焼きはいつもお砂糖たっぷり入れてるからね」「そう。その甘いヤツが極上に美味しいんだよね」「それはよかった。遊びに来たら、また作ってあげるわね」「やった。嬉しい〜。子供にも食べさせてあげたいな」「食べさせてあげなさい。 実来の料理が、いつかお袋の味になるようにね」 わたしのお袋の味か……。いつかそうなったらいいなって思う。「そうだね、頑張ろう。 料理もっと上手くなりたいから、お袋の味ってヤツを作ってみてもいいかもなあ」「頑張りなさい。母は強し、よ」「うん」 母は強し……か。 確かによくそれを聞く。 お母さんいわく、母になると精神的にも強くなるらしい。 さすがお母さん、尊敬する。「ねぇ、お母さん」「ん?」「肉じゃがとご飯、おかわりしていい?」「いいわよ。いっぱい食べるわね」「だって、美味しいんだもん」「食べすぎてあんまり太り過ぎないように、気を付けなさいよ」「うん。気を付ける」 その後はご飯をしっかりと食べた後に、お風呂に入った。 お風呂から上がると、京介からLINEが来ていた。【実来、ご飯食べたか?
バレンタインデーが過ぎ、ニ月も後半に差し掛かろうとしている。 わたしもいつでも新居に引っ越せるように、少しずつ準備を始めた。 お母さんともこれから離れて暮さないといけなくなるし、本当に寂しくなる。 だけどそんなに遠い訳ではないし、いつでも遊びにいけるから、そこはよかったなって思う。 今の家は駅からは歩いて十五分くらいだし、乗り換えも一回で済むから、けっこうアクセスも便利だ。 快速があるから、行くにも少し早くなるから、それはそれでありがたい。 お母さんは寂しくなるだろうな……。「お母さん、寂しくなった時は遊びに来るね」「ええ、いつでも遊びに来なさい。赤ちゃんの面倒だって見てあげるわ」「それは心強いよ。ありがとう」「初めての子育ては、大変なことばかりだからね」 「そうだよね。本当に色々と大変そう」 わたしにちゃんと、お母さんが出来るのかな? 不安な思いを抱えていると、お母さんが「でも大丈夫。赤ちゃんを育てていくうちに、アンタも自然とお母さんになっていくから」と言ってくれた。「え?」「新米ママはママ一年目でしょ? 赤ちゃんと一緒で、ママになって初めて一緒に成長していくのよ」 ママ一年目か……。確かにそうだよね。「そうだよね」「そうよ。だから分からないこととか、悩んだ時は何でも相談しなさい。 後はストレスフリーが一番だから、迷ったり辛くなったらストレスを吐き出すことね」「うん。ありがとう、お母さん」「アンタがママになって、どんな風に子供を育てていくのか、お母さんは今から楽しみだわ」「やめてよー。プレッシャーになるから」 そんなお母さんも楽しみが勝っているのか「うふふ。楽しみね」と微笑んでいる。「アンタみたいにおっちょこちょいにならないといいけどね。 アンタに似たら、ちょっとドジになるでしょ?」「ええ、ひどい〜。そんなことないのに」「旦那さんに似たら、少し違うかもね」 た、確かに京介に似たらしっかりしていそう。「お母さんはアンタに似ないか、ちょっと心配だわ」「……似ないことを、祈るしかないね」「そうね?祈っておきましょうかね」 まあなんだかんだで、産まれてくる子には元気がいて欲しいから。 ちょっとおっちょこちょいでも、元気が一番だから。 元気に育ってくれることを願う。 京介に似て落ち着いた子だったら、いいん
「京介、ハッピーバレンタイン」「お、そっか。今日はバレンタインか」「うん。 だから、はい。バレンタインチョコ」「いいのか? ありがとう」 今日はバレンタインデーだ。 その日の夜、仕事から帰ってきた京介と夕食を食べた後にバレンタインチョコを手渡した。「実来からもらう初めてのバレンタインチョコか。……すごい嬉しいな」「バレンタインだから、一生懸命手作りしたの。 美味しいかは、分からないんだけどね」 でも一生懸命作ったから、喜んでもらえて嬉しい。こんなに喜んでもらえたのなら、作った甲斐がある。「ありがとう、実来。嬉しいよ、すごく」 今日は京介と迎える、初めてのバレンタインデーだから。 手作りチョコを京介に渡したくて、前の日の夜に、一生懸命手作りした。 元気に動く赤ちゃんと共に、わたしはドキドキとワクワクを募らせながら……。 大好きな京介のことを想いながら、生チョコレートと、チョコレートプリンを手作りした。 初めて京介のために手作りしたバレンタインチョコだから、いい思い出になることを夢見て、わたしは今日、この日を迎えた。「美味そうだな。……食べてもいいか?」「うん。食べてみて」「じゃあ早速……いただきます」 京介はまず、チョコレートプリンを一口食べていく。「うん、美味い。 甘さちょうどいいな」「本当に? 良かった」「ああ、大人の味って感じがする。……すごく美味いよ」 良かった。美味しいって言ってもらえることが一番嬉しいことだ。「うん、生チョコも美味い。 ちょっとほろ苦いこの感じがたまらないな。これも大人の味だ」 「そうかな? でもお口に合って、本当によかった」 生チョコは正直自信がなかったから、上手く出来て良かった。「本当に美味しいよ。 実来の愛情がたくさん詰まってて、実来の愛が伝わってくるよ」「嬉しいな。ありがとう、京介。……そう言ってもらえて、本当に嬉しい」「こちらこそありがとう、実来。 今までの人生のバレンタインの中で、最高の思い出に残るくらいのバレンタインになったよ」「それは嬉しいな」 京介は「ヤバイな。美味くて止まらなくなるよ」と言ってくれている。「嬉しい。 美味しそうに食べてくれるから、わたしも嬉しいよ」「実来、本当にありがとうな。……来月のホワイトデー、楽しみにしといてくれ」 京介がそう言っ
「今日は、赤ちゃんすごく動くね」「うん。男の子だから、元気いっぱいだよ」「もう少しで産まれるんだもんね」「うん。もう、楽しみ。 だけど少しだけ、不安かな」 今日は親友の彩花とまたお茶会の日だ。 京介と先月結婚したと言うのに、まだ新居には住めていないので、しばらくはまだ実家で暮らしている。 そしてわたしは、もう間もなく臨月を迎えようとしていた。 出産までの道のりはとても遠くて、毎日とても大変だ。 それでもわたしは母として、妻として、一生懸命頑張ると決めている。 左手の薬に光る結婚指輪が、わたしの結婚したという証なのだから。 子供が産まれたらきっと、何かと大変だと思うけど、協力して頑張っていきたい。 産まれてくる我が子のために。「赤ちゃん、どんな子になるんだろうね」「ね、確かに。どんな子になるんだろ?」 「きっと実来に似て、可愛い子になるんじゃない?」「そうかな? そうだと嬉しいけどね」 でも京介に似た子なら、きっとハンサムな子になるだろうな〜。「そうだよ。実来に似て、きっと可愛い子になるわよ」「うふふ。楽しみだな」 「赤ちゃん産まれたら、写真送ってね」 わたしは「うん、もちろん。たくさん送るね」と返事をする。「約束よ」「もちろん」 彩花はわたしにメニューを見ながら「実来、パンケーキ食べない?」と聞いてくる。「パンケーキ?」「ここのお店のパンケーキ、めちゃめちゃ美味しいんだよ、ふわっふわで」「ふわっふわ? えっ、それは気になるなぁ。食べたい」「じゃあ一つ頼んで、二人で分けっ子しようよ」「いいね。そうしよっか」 わたしたちは一番人気のホイップバターパンケーキを注文して、二人で分け合って食べた。「ん、ほんとだ。美味しいね」「ね、美味しいでしょ?」「うん、美味しい。確かにふわふわしてる」 厚みもあってふわふわなのに軽くて食べやすい。「ここのお店、インスタとかでも有名なんだよ」「そうなの?」「そうそう。今度、テレビにも出るみたいなんだけどね」「そうなんだ〜。いいお店に来たね」「そうでしょ?」「うん、ほんとに美味しい。止まらない」 二人であっという間にパンケーキを食してしまう。「今度はチョコバナナのパンケーキ食べない?」「いいよ〜。 せっかくだし、赤ちゃん産まれたらまた来たいな」「そうしよ
「ん……」 二回目に目を覚ましたのは、夜だった。「今何時だ……?」 ベッドのそばにある時計に目をやると、時間は十九時を過ぎていた。「もうこんな時間か……」 あの後寝たおかげか、頭痛はすっかり落ち着いていた。 寝室を出てリビングに行くと、実来はもう部屋にいなかった。「さすがに帰ったか」 ふとテーブルに視線を向けると、置き手紙がテーブルに置いてあった。「ん……? 手紙?」【京介へ夕飯にリクエストのハンバーグを作ったので、冷蔵庫に入ってるよ。よかったら温めて食べてね。実来】「実来……ありがとう」 玉ねぎのお味噌汁のおかげで、二日酔いも良くなった気がしたし、頭も少しスッキリしている気がするので、実来の作ってくれた夕飯を食べることにした。 メモの通り冷蔵庫を開けると、ラップに包んであったハンバーグが顔を出した。 とても美味しそうな、ハンバーグだ。 しかも付け合わせにブロッコリーやほうれん草のソテーまで乗っていて、彩りも良かった。「こんなに……」 すごいな、実来。栄養のバランスまでしっかりと考えられている。 実来が俺の妻で、本当に良かったなと思う。 ハンバーグをレンジで温めてお茶碗にご飯を盛り、味噌汁をコンロで温めて準備をし「いただきます」と手を合わせた。 熱々のハンバーグを食べると、ジューシーでボリュームもあって、とても美味しかった。 「……美味いな」 手作りのソースもまた、濃厚で美味しかった。 ハンバーグによく合う味付けだった。 「ごちそうさまでした」 あまりの美味しさに、あっという間に完食してしまった。 実来の愛情がたくさんこもった、美味しい料理だった。 【実来、ハンバーグすごく美味しかったよ。ありがとう】 食べ終わったあと、実来にLINEを送信した。 結婚したとはいえ、まだ一緒に住んではいないので早く一緒に住みたい。 こんなに美味しい料理をまだ一緒に食べられないなんて、本当に残念だ。【本当?良かった。 さっきハンバーグ食べたいって言ってたから、作っちゃった。】【本当に美味かったよ。 実来の料理のおかけで、元気が出たよ】【それはよかった】 実来の料理を毎日食べれる時が来るのが、待ち遠しいな……。 俺の大好きで愛おしい妻。「やばいな……もう会いたくなったな」 そのくらい俺は、実来に恋い焦
それは、ある夏のかなり暑い日の出来事だった。 いつものように大学へ行くため、わたしは電車に乗っていた。 時間は朝8時15分、満員電車の通勤ラッシュの時間帯だった。 その日は友達と遊びに行く約束もしていたため、いつもよりも薄手の格好をしていた。 そう満員電車だから、乗れるわけもなく、通学時間40分ずっとたちっぱなしだった。 そして電車に乗り始めて10分後くらいだった。゛それに゛気付いたのは。 わたしのお尻に、サワサワと何か違和感があった。 ……これってもしかして。―――え、痴漢? その予感は、的中した。 だけどこんな満員の電車の中で、声も出せる訳もなくて……。 できることならいっそのこと、今すぐその手を掴んで「この人、痴漢です!」って口にしたい。 だけど、こんな状況で、口に出来る訳がない。 そう思った時だった。「ゔっ……!?」「すみませ。この人、痴漢です!」「……えっ?」 急にその手が離れて、違和感が無くなった。 振り返って後ろを見ると……。 痴漢していたおじさんの右手を掴んでいたのは、背の高いスラッと人だった。 ……わっ、イケメン。 そして駅に着いた途端、彼はおじさんの手を掴んだまま電車から引きずり降ろして、駅員さんに引き渡した。……た、助かった。 本当に怖かったし、声が出せないって辛いんだなと、改めて思ってしまった。 こういう時、ちゃんと言える人だったら良かったのにって……思ってしまった。 わたしも急いで電車を降りて、助けてくれたあの人の所へと走った。「あっ、あの……!」「ああ、大丈夫?」「は、はい!あの……助けてくださって、ありがとうございました」「いや、別に」 その人は本当にイケメンな人だった。……会社員さんかな?「本当に、なんてお礼をしたらいいか……!」「気にしないで。何もなくてよかったよ」その人は、優しく微笑んでそう言った。「あ、あの…」「ん?」「本当に、何かお礼させてもらえませんか?」「いいって。本当に気にしなくていいから」「えっ、でも…」 痴漢から助けてくれたのにお礼もしないなんて……礼儀正しくない気がする。「……どうしてもお礼したい?」「は、はいっ。このままだと、わたしが申し訳ないので……」「そう?」「は、はいっ……その、迷惑でなければ、ですけど……」 だってこんな...
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