―――それは、それからしばらくした時のことだった。
夏もそろそろ終わりを迎えて、季節が移り変わろうとしていた時のことだった。
いつもより体調が優れなくて、頭痛や微熱などが続いた。
ただの風邪かと思ったけど、季節の変わり目ということもあり、大学終わりに、念の為病院に行った。
―――そしたらそこで、衝撃的なことを言われるのだった。
「麻生実来さん、診察室へどうぞ」
「はい」
そして診察室へ入るなり、問診票を見て、先生が1言言った。
「麻生さん、あなた……生理きてる??」
「えっ?? 生理……??」
そう言われると……。 あれ、しばらく生理……来てない。
もともと不順な方ではあったから、また遅れているだけかと思っていた。
「……いえ、そういえば、来てないです」
「それはいつから??」
「えっと……多分、この時くらいから、ですけど……」
カレンダーを指差して、一言そう言った。
「……ちょっとエコーをしても、いいかしら??」
「えっ??エコー……??」
「―――麻生さん、あなたもしかして、妊娠してるんじゃない??」
「……えっ??」
妊娠……??
最初、何を言っているのか分からなかった。
「……生理がしばらく止まってる。しかも妊娠の症状というのは、風邪に似ていることが多いから、風邪だと勘違いする人もけっこう多いのよ」
「……わたしが、妊娠??」
「その様子じゃ、身に覚え、あるのね??」
「…………」
わたしはその言葉に何も、言えなくなった。
……あの日からは彼のことを忘れてたつもりだけど、心のどっかでは、忘れられてなかった。
「……さ、調べてみましょう。ここに横になって??」
「あ、はい……」
言われたとおり、ベッドへと横になった。
そしてお腹にジェルを塗り、先生はゆっくりとエコーを当てた。
―――すると。
「……ほら、見える??あなたの、お腹の子よ」
「……本当だ」
かすかだけど、お腹の中に見えた、小さな命。
やっぱりわたし、妊娠していたんだ……。先生の言うとおりだった。
「妊娠ニヶ月ってところかな」
「……ニヶ月」
わたしは、お腹に新しい命を宿していた。
……あの日結ばれた、名前も知らない大人な彼との間に出来た子供。
ふと、あの日の夜のことを思い出した。 初めて彼に抱かれたあの日からずっと、わたしは彼のことが忘れられなかった。
「……おめでとうございます、お母さん」
「…………」
まだ、実感がなかった。
だってわたし、妊娠しているだなんて、これっぽっちも思ってなかったから。 これがまだ現実だとは思えない。
「麻生さん、これからつわりなどが頻繁に出てくると思います。食欲がなくなったり、倦怠感が出たり、色々と不調が出てくるでしょう。 だから、お腹の子の父親とよく話して、どうするか話し合ってください」
「……どうするか、って??」
「産むか、産まないかの、選択です」
「…………」
産むか、産まない……かの選択。
「もし産みたくないのなら、20週までに決断してください。……20週を過ぎると、中絶出来なくなりますので」
「……はい。分かりました」
わたしが、妊娠……。
本当に?? まだ、信じられない……。
病気を後にして、ゆっくりとそのへんを歩いた。
そして公園のブランコへと座った。 そっとお腹に手を当ててみる。
……妊娠、ニヶ月。わたしのお腹の中には、名前も知らない彼の子供がいる。
どうしよう……。ちゃんと避妊してくれているものだと思っていた。
正直、初めて会った二人だから、安心しきっていた自分がいた。
まさか、こんなことになるなんて……。
ただの風邪だと思っていたのに、まさかそれが妊娠なんて……。
衝撃的すぎて、頭が混乱している。
さっき、母子手帳をもらいに行った。カバン中から、母子手帳をそっと取り出す。
そこにはしっかり、わたしの名前が書いてある。
……この子にとっては、わたしはお母さんなんだよね。
あの日抱かれた時に、出来たあの彼との子供。
妊娠していることを彼にもし話したとして、彼はどんな反応をするだろうか??
きっと軽蔑するかな、わたしを。……堕ろせなんて、言われるのかな。
でもわたしも、正直分からない。 産みたいか、産みたくないか。
だけどもし、産むと決断したとして、わたしは彼と付き合っている訳ではないので、結婚することもない……。
一人で産んで、一人で育てる。 シングルマザーに、なるんだよね。
あ~どうしよう……。名前も知らない人の子を妊娠してるだなんて、お母さんにも言えないよ……。
お母さん、絶対反対するだろうし。……それにわたし、まだ二十歳だし。
成人したとは言え、子供なのは間違いない訳で……。
色々と考えれば、考えるほど、頭が混乱していく。
「……はぁっ」
ため息しかでない。
母子手帳をどれくらい眺めていただろう。 気づいたら辺りは暗くなってきていて、日が沈む頃だった。
「……帰ろう」
早く帰らないと、お母さんが心配する。
「……よし」
とりあえず、妊娠していることは周りの人に隠すことにした。 もちろん、お母さんにも。
そして通っている大学の友達にも。
バレないように、なんとしても隠し通そう。
今は、妊娠しているとバレたくない。
とりあえず、考える時間がほしい。 産むにしても、産まないにしても、時間がほしい。
考える時間が……とにかくほしい。
すぐにはやっぱり、決断できない。 しっかり考えてから、どうするか決めようと思う。
―――だけど、そんな矢先のことだった。
それは、ある夏のかなり暑い日の出来事だった。 いつものように大学へ行くため、わたしは電車に乗っていた。 時間は朝8時15分、満員電車の通勤ラッシュの時間帯だった。 その日は友達と遊びに行く約束もしていたため、いつもよりも薄手の格好をしていた。 そう満員電車だから、乗れるわけもなく、通学時間40分ずっとたちっぱなしだった。 そして電車に乗り始めて10分後くらいだった。゛それに゛気付いたのは。 わたしのお尻に、サワサワと何か違和感があった。 ……これってもしかして。―――痴漢?? その予感は、的中した。 だけどこんな満員の電車の中で、声も出せる訳もなくて……。 できることならいっそのこと、今すぐその手を掴んで「この人、痴漢です!!」って口にしたい。 だけど、こんな状況で、口に出来る訳がない。 そう思った時だった。「ゔっ……!!??」「すみません‼この人、痴漢です‼」「……えっ??」 急にその手が離れて、違和感が無くなった。 振り返って後ろを見ると……。 痴漢していたおじさんの右手を掴んでいたのは、背の高いスラッと人だった。……わっ、イケメン。そして駅に着いた途端、彼はおじさんの手を掴んだまま電車から引きずりおろして、駅員さんに引き渡した。……た、助かった。 本当に怖かったし、声が出せないって辛いんだなと、改めて思ってしまった。 こういう時、ちゃんと言える人だったら、よかったのにって、思ってしまった。 わたしも急いで電車を降りて、助けてくれたあの人の所へと走った。「あっ、あの……‼」「ああ、大丈夫??」「は、はいっ‼あの……助けてくださって、ありがとうございます‼」「いや、別に」「本当に……なんてお礼をしたらいいか……‼」「気にしないで??何もなくてよかったよ」その人は、優しく微笑んでそう言った。「あ、あの……‼」「ん??」「本当に、何かお礼させてもらえませんか??」「本当に気にしなくていいから」「えっ、でも……‼」「……どうしてもお礼したいの??」「は、はいっ‼このままだと、わたしが申し訳ないので……!!」「そう??」「は、はいっ……‼その、迷惑でなければ、ですけど……」だってこんなイケメンな人に助けてもらって、お礼しないわけにはいかない。せめてお茶でもごちそうしたいくらいだ。こん
「……あ、あのっ……」「ん??」「……ほ、本気、ですか??」「本気だよ?? だって、それが俺が望んだ゙お礼゙だからね??」「……で、すよね」なんでこうなっているんだろう……。お礼をしたいと言ったら、なぜかその日の夜、ラブホテルに来てしまっていた。彼が放った言葉は、わたしの身体でお礼をしろってことだった。まさかとは、思ったけど。やっぱり……。あの時は通学途中だったため、夜また駅で待ち合わせをしようと言われた。連絡先の書いた名刺を渡され、その番号に終わったら連絡してと言われて……。現在(いま)に至る。今いるのは、ラブホテルの一室。ちょっと高級そうなラブホテルで、少しゴージャスな感じの雰囲気だった。「……君、お酒は飲める??」「えっ!?お酒、ですか??」「うん。飲める??」「は、はい。飲め、ますけど……」「じゃあとりあえず、俺たちの出会いに乾杯しよう」「えっ??あっ、はい……」シャンパンの入ったグラスを渡され、お互いにグラスを合わせて乾杯した。「ん、美味しい……」このシャンパン、今まで飲んだ中で一番美味しい。口当たりが爽やかというか、飲みやすい……。「よかった。気に入ってくれた??」「は、はい……」なんていうか、ちょっと緊張する。こんなオシャレな部屋でシャンパンを飲むなんて、今までしたこともなかったし。大人な雰囲気に、なんとなく慣れなくて、ちょっと緊張する。「……大丈夫??」「へっ!?あっ、だ、大丈夫です……」なんかわたし、挙動不審!?「もしかして、緊張してる??」「……あ、はい。少しだけ」「大丈夫だよ。リラックスして??」「そんなこと、言われても……」こんな大人な方と一緒に過ごすなんて、初めてだから、緊張しちゃうよ……。「……そういうとこ、可愛いね??」「……えっ??」そして彼の大きな左手は、わたしの頬にそっと触れた。―――ドキッなぜだか分からないけど、すごくドキドキしてるのが自分でも分かる。こんなにもドキドキするなんて、初めてで……。思わず、顔を背けたくなる。優しく撫でられた頬が、真っ赤になるのがわかって、熱を持つのもわかる。……ど、どうしよう。なんかもう、目を反らせない……。「……そんなに可愛い顔されると、もう我慢出来ないんだけど??」「えっ……??」そう思った時には
―――それは、それからしばらくした時のことだった。夏もそろそろ終わりを迎えて、季節が移り変わろうとしていた時のことだった。いつもより体調が優れなくて、頭痛や微熱などが続いた。ただの風邪かと思ったけど、季節の変わり目ということもあり、大学終わりに、念の為病院に行った。―――そしたらそこで、衝撃的なことを言われるのだった。「麻生実来さん、診察室へどうぞ」「はい」そして診察室へ入るなり、問診票を見て、先生が1言言った。「麻生さん、あなた……生理きてる??」「えっ?? 生理……??」そう言われると……。 あれ、しばらく生理……来てない。もともと不順な方ではあったから、また遅れているだけかと思っていた。「……いえ、そういえば、来てないです」「それはいつから??」「えっと……多分、この時くらいから、ですけど……」カレンダーを指差して、一言そう言った。「……ちょっとエコーをしても、いいかしら??」「えっ??エコー……??」「―――麻生さん、あなたもしかして、妊娠してるんじゃない??」「……えっ??」妊娠……??最初、何を言っているのか分からなかった。「……生理がしばらく止まってる。しかも妊娠の症状というのは、風邪に似ていることが多いから、風邪だと勘違いする人もけっこう多いのよ」「……わたしが、妊娠??」「その様子じゃ、身に覚え、あるのね??」「…………」わたしはその言葉に何も、言えなくなった。……あの日からは彼のことを忘れてたつもりだけど、心のどっかでは、忘れられてなかった。「……さ、調べてみましょう。ここに横になって??」「あ、はい……」言われたとおり、ベッドへと横になった。そしてお腹にジェルを塗り、先生はゆっくりとエコーを当てた。―――すると。「……ほら、見える??あなたの、お腹の子よ」「……本当だ」かすかだけど、お腹の中に見えた、小さな命。やっぱりわたし、妊娠していたんだ……。先生の言うとおりだった。「妊娠ニヶ月ってところかな」「……ニヶ月」わたしは、お腹に新しい命を宿していた。……あの日結ばれた、名前も知らない大人な彼との間に出来た子供。ふと、あの日の夜のことを思い出した。 初めて彼に抱かれたあの日からずっと、わたしは彼のことが忘れられなかった。「……おめでとうございます、お母さん」「
「……あ、あのっ……」「ん??」「……ほ、本気、ですか??」「本気だよ?? だって、それが俺が望んだ゙お礼゙だからね??」「……で、すよね」なんでこうなっているんだろう……。お礼をしたいと言ったら、なぜかその日の夜、ラブホテルに来てしまっていた。彼が放った言葉は、わたしの身体でお礼をしろってことだった。まさかとは、思ったけど。やっぱり……。あの時は通学途中だったため、夜また駅で待ち合わせをしようと言われた。連絡先の書いた名刺を渡され、その番号に終わったら連絡してと言われて……。現在(いま)に至る。今いるのは、ラブホテルの一室。ちょっと高級そうなラブホテルで、少しゴージャスな感じの雰囲気だった。「……君、お酒は飲める??」「えっ!?お酒、ですか??」「うん。飲める??」「は、はい。飲め、ますけど……」「じゃあとりあえず、俺たちの出会いに乾杯しよう」「えっ??あっ、はい……」シャンパンの入ったグラスを渡され、お互いにグラスを合わせて乾杯した。「ん、美味しい……」このシャンパン、今まで飲んだ中で一番美味しい。口当たりが爽やかというか、飲みやすい……。「よかった。気に入ってくれた??」「は、はい……」なんていうか、ちょっと緊張する。こんなオシャレな部屋でシャンパンを飲むなんて、今までしたこともなかったし。大人な雰囲気に、なんとなく慣れなくて、ちょっと緊張する。「……大丈夫??」「へっ!?あっ、だ、大丈夫です……」なんかわたし、挙動不審!?「もしかして、緊張してる??」「……あ、はい。少しだけ」「大丈夫だよ。リラックスして??」「そんなこと、言われても……」こんな大人な方と一緒に過ごすなんて、初めてだから、緊張しちゃうよ……。「……そういうとこ、可愛いね??」「……えっ??」そして彼の大きな左手は、わたしの頬にそっと触れた。―――ドキッなぜだか分からないけど、すごくドキドキしてるのが自分でも分かる。こんなにもドキドキするなんて、初めてで……。思わず、顔を背けたくなる。優しく撫でられた頬が、真っ赤になるのがわかって、熱を持つのもわかる。……ど、どうしよう。なんかもう、目を反らせない……。「……そんなに可愛い顔されると、もう我慢出来ないんだけど??」「えっ……??」そう思った時には
それは、ある夏のかなり暑い日の出来事だった。 いつものように大学へ行くため、わたしは電車に乗っていた。 時間は朝8時15分、満員電車の通勤ラッシュの時間帯だった。 その日は友達と遊びに行く約束もしていたため、いつもよりも薄手の格好をしていた。 そう満員電車だから、乗れるわけもなく、通学時間40分ずっとたちっぱなしだった。 そして電車に乗り始めて10分後くらいだった。゛それに゛気付いたのは。 わたしのお尻に、サワサワと何か違和感があった。 ……これってもしかして。―――痴漢?? その予感は、的中した。 だけどこんな満員の電車の中で、声も出せる訳もなくて……。 できることならいっそのこと、今すぐその手を掴んで「この人、痴漢です!!」って口にしたい。 だけど、こんな状況で、口に出来る訳がない。 そう思った時だった。「ゔっ……!!??」「すみません‼この人、痴漢です‼」「……えっ??」 急にその手が離れて、違和感が無くなった。 振り返って後ろを見ると……。 痴漢していたおじさんの右手を掴んでいたのは、背の高いスラッと人だった。……わっ、イケメン。そして駅に着いた途端、彼はおじさんの手を掴んだまま電車から引きずりおろして、駅員さんに引き渡した。……た、助かった。 本当に怖かったし、声が出せないって辛いんだなと、改めて思ってしまった。 こういう時、ちゃんと言える人だったら、よかったのにって、思ってしまった。 わたしも急いで電車を降りて、助けてくれたあの人の所へと走った。「あっ、あの……‼」「ああ、大丈夫??」「は、はいっ‼あの……助けてくださって、ありがとうございます‼」「いや、別に」「本当に……なんてお礼をしたらいいか……‼」「気にしないで??何もなくてよかったよ」その人は、優しく微笑んでそう言った。「あ、あの……‼」「ん??」「本当に、何かお礼させてもらえませんか??」「本当に気にしなくていいから」「えっ、でも……‼」「……どうしてもお礼したいの??」「は、はいっ‼このままだと、わたしが申し訳ないので……!!」「そう??」「は、はいっ……‼その、迷惑でなければ、ですけど……」だってこんなイケメンな人に助けてもらって、お礼しないわけにはいかない。せめてお茶でもごちそうしたいくらいだ。こん