「……あ、あのっ……」
「ん??」
「……ほ、本気、ですか??」
「本気だよ?? だって、それが俺が望んだ゙お礼゙だからね??」
「……で、すよね」
なんでこうなっているんだろう……。
お礼をしたいと言ったら、なぜかその日の夜、ラブホテルに来てしまっていた。
彼が放った言葉は、わたしの身体でお礼をしろってことだった。
まさかとは、思ったけど。やっぱり……。
あの時は通学途中だったため、夜また駅で待ち合わせをしようと言われた。
連絡先の書いた名刺を渡され、その番号に終わったら連絡してと言われて……。
現在(いま)に至る。
今いるのは、ラブホテルの一室。
ちょっと高級そうなラブホテルで、少しゴージャスな感じの雰囲気だった。
「……君、お酒は飲める??」
「えっ!?お酒、ですか??」
「うん。飲める??」
「は、はい。飲め、ますけど……」
「じゃあとりあえず、俺たちの出会いに乾杯しよう」
「えっ??あっ、はい……」
シャンパンの入ったグラスを渡され、お互いにグラスを合わせて乾杯した。
「ん、美味しい……」
このシャンパン、今まで飲んだ中で一番美味しい。
口当たりが爽やかというか、飲みやすい……。
「よかった。気に入ってくれた??」
「は、はい……」
なんていうか、ちょっと緊張する。
こんなオシャレな部屋でシャンパンを飲むなんて、今までしたこともなかったし。
大人な雰囲気に、なんとなく慣れなくて、ちょっと緊張する。
「……大丈夫??」
「へっ!?あっ、だ、大丈夫です……」
なんかわたし、挙動不審!?
「もしかして、緊張してる??」
「……あ、はい。少しだけ」
「大丈夫だよ。リラックスして??」
「そんなこと、言われても……」
こんな大人な方と一緒に過ごすなんて、初めてだから、緊張しちゃうよ……。
「……そういうとこ、可愛いね??」
「……えっ??」
そして彼の大きな左手は、わたしの頬にそっと触れた。
―――ドキッ
なぜだか分からないけど、すごくドキドキしてるのが自分でも分かる。
こんなにもドキドキするなんて、初めてで……。
思わず、顔を背けたくなる。
優しく撫でられた頬が、真っ赤になるのがわかって、熱を持つのもわかる。
……ど、どうしよう。
なんかもう、目を反らせない……。
「……そんなに可愛い顔されると、もう我慢出来ないんだけど??」
「えっ……??」
そう思った時にはもう、わたしは言葉を出せなくなっていた。
―――彼の唇が、深く重なったからだ。
「んっ……」
もう何も考えられなくなっていた。
気が付いた時にはもう、わたしはベッドの上に倒れ込んでいて……。
「んっ……ちょっと待ってください……」
「待たないよ?? 早く、お礼させて??」
やっぱりこの人は、有無を言わさない人だ……。
こんなにも大人な人なのに、せっかちな所は少し子供みたいで……。
なんというか……。
少しだけ、くすぐったいような気持ちになった。
―――だけど、彼に抱かれた時、わたしは間違いなく彼の腕の中で温もりを感じた。
「あっ……あ、んっ……」
彼に抱かれたのは初めてなのに、何度も抱かれているかのような気持ちになった。
お礼をしたいと言ったのはわたしなのに、こんなにも優しく、だけど情熱的に抱かれたのは初めてで、もう何も考えられなくなっていた。
「はぁっ……っ……」
時々漏れてくる、彼の甘い吐息が、わたしの理性をさらに狂わせた。
彼のことがもう好きになりそうなくらい、彼のテクニックにトリコになっていた。
さすが大人な男って感じだった。
……今まで何人の女の人を抱いたんだろうってくらい、テクニックがあって、もうわたしの理性は保てそうになかった。
「やぁっ……んっ……」
ギシギシと揺れるダブルベッドが、その二人の保てそうにない理性を物語っていた。
「んっ……もう、ダメッ……です……」
「俺ももう……ダメだ……」
ずっと優しく情熱的だった彼も、最後には理性を手放すかのように、思いっきりベッドを揺らした。
そしてそのまま、二人で暗闇の中へと堕ちていった……。
「……大丈夫??」
「はい……大丈夫です」
わたしはベッドから起き上がると、グラスに残ったままのシャンパンを一気に飲み干した。
……まだ体に染み付いている、彼の温もり。
そして彼の香水のニオイ。
あんなにも激しく、だけど情熱的に抱いてくれた人は初めてだった。
もう自分が自分じゃいられなくて、何もかも忘れそうになった。
……なんでこんなこと、思うんだろう。 ただ一度だけの関係なのに。
゙ギュッ゛
「……えっ??」
突然、後ろから抱きしめられた。
「……君とこのまま離れるのは、なんだか名残惜しいな」
そしてバックハグをしたまま、耳元で甘く優しい声でそう言った。
「……でも、お礼ならもう、終わりました……」
本当はまた彼に抱かれたい。 そう思っている自分がいる。
だけどその気持ちを隠すように、その言葉で隠した。
そんなことを思ってしまったら、わたしは彼から離れられなくなってしまいそうで。……そのことを悟られたくない。
「……でも君だって本当は、俺にもっど抱かれたい゛と思ってるんだろ??」
だけどそんなのは、すぐにウソだってバレる。
彼にわたしの心の中を、見透かされているみたいだった。
……悔しい。だけどそのとおりだ。
「……ち、違います……」
だけどそんなことを口にできる訳もなく、ウソをつく。
「……んっ!?」
だけどその言葉はすぐに、彼の唇で塞がれた。
悔しいけれど、彼も分かっている。
わたしが彼のことをもう、好きになっていることを。
そしてまた、抱いてほしいと思ってることを。
だけど彼はかなり歳上で、わたしみたいな子供になんて、相手をしてくれるとも思っていない。
だから今日だけでいいから、愛してほしいなんて、思ってしまう。
……本当は、そんなこと、望んではいけないことだとわかってても。
だけどもう止められない。
わたしはもう……。歳上の大人な彼に、心も体も、恋をしてしまっているんだ……。
結局その日、わたしは自分の理性に負けてしまい、また彼の腕の中で情熱的に抱かれた。
それは二人が限界を迎えるまで続いた。
……ああ、もう、わたしは彼に敵わない。
彼のニオイ、彼の体温、彼の言葉。
全部に溺れてしまっていた。
もう引き返すことは出来ない。
……そんなことさえ、思ってしまった。
真夜中の三時半過ぎ。
わたしは、彼の腕の中からそっと抜け出して、静かにシャワーを浴びた。彼の体温やニオイ、全部消し去るように隅々まで洗った。
もう二度と会うことはない。これっきり。
そう思うようにして、彼のことを必死で忘れようとした。
そして服を着替えて、枕元に五千円を起き、カバンを持ってそっと静かに部屋を出た。
* * *
―――それは、それからしばらくした時のことだった。 夏もそろそろ終わりを迎えて、季節が移り変わろうとしていた時のことだった。 いつもより体調が優れなくて、頭痛や微熱などが続いた。 ただの風邪かと思ったけど、季節の変わり目ということもあり、大学終わりに念の為病院に行った。 そしたらそこで、衝撃的なことを言われるのだった。「麻生実来さん、診察室へどうぞ」「はい」 診察室へ入るなり、問診票を見て、先生が一言言った。「麻生さん、あなた……生理きてる??」「えっ?? 生理……??」 そう言われると……。 あれ、しばらく生理……来てない。 もともと不順な方ではあったから、また遅れているだけかと思っていた。「……いえ、そういえば、来てないです」 でもどうして、そんなことを聞くのだろうか……。「それはいつから??」「えっと……多分、この時くらいから、ですけど……」 カレンダーを指差して、一言そう言った。「……ちょっとエコーをしても、いいかしら??」「えっ??エコー……??」 わたし、もしかしてどこか悪いの……??「―――麻生さん、あなたもしかして、妊娠してるんじゃない??」「……えっ??」 妊娠……?? 最初、先生が何を言っているのか分からなかった。「生理がしばらく止まってる。しかも妊娠の症状というのは、風邪に似ていることが多いから、風邪だと勘違いする人もけっこう多いのよ」「……わたしが、妊娠??」「その様子じゃ、身に覚えがあるみたいね」「…………」 わたしはその言葉に何も、言えなくなった。 あの日からは彼のことを忘れてたつもりだけど、心のどっかでは、忘れられてなかった。「……さ、調べてみましょう。ここに横になって??」「あ、はい……」 言われたとおり、ベッドへと横になった。 お腹にジェルを塗り、先生はゆっくりとエコーを当てた。 ―――すると。「……ほら、見える??あなたの、お腹の子よ」「……これが、赤ちゃん??」 かすかだけど、お腹の中に見えた、小さな命。 やっぱりわたし、妊娠していたんだ……。先生の言うとおりだった。「妊娠ニヶ月ってところかな」「……ニヶ月」 わたしは、お腹に新しい命を宿していた。 その子は、あの日結ばれた、名前も知らない大人な彼との間に出来た子供。 ふと、あの日の夜のことを思
「おはよう実来‼」「おはよう、彩花(あやか)」「あれ??どうしたの??」「えっ??」「なんか、顔色悪くない??具合でも悪い??」 それから何日かして、大学で親友の彩花と一緒になった。 だけど、変化ってすぐに気が付くもので……。「だ、大丈夫‼ 何でもないよ‼」「……なんかあった、でしょ??」「な、なんで??」「実来のことは、なんでも分かちゃうよ」「……ま、参りました」「で、何があったの??」 わたしは観念して、昼休みに彩花に全てを話すことにした。 彩花は昼休み、黙ってわたしの話を聞いてくれた。そして一言、こう言った。「……実来はもう一度、その人に。お腹の子の父親に、会いたいんだね??」「……うん」 あれから何日も考えていたけど、やっぱり、わたしは彼のことが忘れられなかった……。―――もう、出会ったあの時からわたしは、彼に恋をしているんだとその時気付いた。 会いたい。もう一度、彼に会いたい。 だけど、会うのが怖い。 会って妊娠していると告げた時、彼がどんな反応をするのか想像しただけで、体がビクビクする。「実来??」 「……えっ??」「あたしは、ちゃんと話すべきだと思うよ??」「……でも、少し怖い」「それでも、逃げちゃダメだよ。これは……実来だけの問題じゃないんだよ?? 実来のこれからのためにも、ちゃんと話すべきだと思う」「……でも、わたし、どうすれば??」「素直に言うんだよ。自分の気持ちを」「……自分の、気持ち」そうだ。言わなきゃ……。だってわたしは、彼のことが好き。 彼にもう一度会って、ちゃんと今の気持ちを話したい。「……わたしもう一度、連絡してみる」「うん。頑張って。応援、してる」「ありがとう……」「大丈夫。妊娠のことは、誰にも言うつもりないから、安心して」「……ありがとう、彩花」 彩花が親友で本当によかった。 誰にも言うつもりなかったけど、彩花だけにはやっぱり話せる。……話してよかった。 その日わたしは、講義が午後までだったので、思いっきって彼に連絡してみることにした。 カバンの中から取り出す、あの時もらった彼の名刺……。スマホを取り出して、また番号を打つ。 そしてゆっくりと、発信ボタンを押した。プルルルル……プルルルル……。 何回かのコールの後、「はい」という声が聞こえた
その後、森嶋さんがお会計をしてくれた。 わたしも払うと言ったけど、奢らせてと言われてしまい、それ以上何も言えなくなった。 そして駅の近くにある公園で、ふたり腰掛けて座った。「……実来ちゃん」「はい……??」 わたしは森嶋さんの方へ振り返る。「俺との子、産んでくれないかな」「……えっ??」 それは、予想外の言葉だった。 産んでほしいと言われるとは、思ってなかった。 なんで、産んでほしいなんて……。「……勘違いしないでくれ。責任を取りたいから産んでほしいと言ってるんじゃない。 本気で、本気で、そう言ってるんだ」「……でも、わたし……」 わたしは怖くなって俯く。「聞いてくれ。 俺が今一番守りたいのは、実来ちゃん、君なんだ」 わたしは森嶋さんに「……それ、は赤ちゃんが出来たから、ですか??」と問いかける。「違う。そうじゃない」「……じゃあ、なんで……そんなこと……」 わたしは責任をとってほしいなんて思ってない。「―――君を好きなんだ」「……えっ??」「君のことが……実来ちゃんのことが好きなんだ。 本気でそう思ってる」 そんなの、ウソだよ。だって大人は、ウソを付く。「……でも大人の人は、すぐにそうやってからかいますよね?? そうやって甘い言葉で……んん……っ!?」 なのにわたしの言葉が遮られた。 でもそれを遮ったのは、言葉なんかじゃなくて、森嶋さんのその唇だった。「えっ……。森嶋、さん……??」「冗談なんかじゃない。本気で言ってる」 その瞳(め)が本気だと物語っていた。「……あ、あの、わたし……」 どうして、キスなんてするの……。どうして……。「俺は本気で、君のことを守りたいんだ。 君のお腹にいる子も、俺が守りたいんだ。……ダメか??」「……いや、あの……」 ダメかと言われても……。「君のお腹にいる子の父親は、俺なんだろ?? だったら、俺はお腹の子の父親として、君たちを守る権利がある」「それは、その……」 確かに、そうかもしれないけど……。「そうだろ?? それなのに実来ちゃん、君は何を躊躇っているんだ??」「何を……躊躇ってる??」「そうだ。俺はたしかに35だよ。君は20歳くらいだろうから、15も年の差があるけど」 わたしは何も言えなくなってしまう。「だけど年の差なんて関係ないだろ??年の差があ
あの日の夜、あのベッドで過ごしたあの子はどうしているだろうか。 何故かあの子のことばかり、気になって仕方なかった。 だってあの子を抱いた時、初めて愛おしいという気持ちになった。 あんなにも誰かを、心の底から抱いたのは初めてだった。 あんなにも情熱的に求めてくる彼女を、俺は何度もあのベッドの上で抱いてしまった。 だけど、ただひとつ失敗したのは……避妊をしなかったことだ。 そう、あまりにも欲望が出すぎてしまい、避妊していなかったのだ。 最初は避妊しようと思っていたのに彼女に触れた途端に、あまりにも欲望が深すぎてしまった。 本当にあれは、失敗だった……。 だけど彼女の温もりと体温が溶け合ううちに、それがもう心地よくなってしまって……。彼女がベッドの中で甘えた声を出しながら、俺との情事を受け入れていたから、俺も本気になってしまった。 彼女との情事は、本当に気持ち良くて俺も止められなかったのは事実だ。 ……いや、あれは本当にもう反省しかない。 そしてそれからしばらくして、彼女から久しぶりに連絡が来た。 その声ですぐに、彼女だと分かった。 麻生実来(あそうみくる)。彼女は電話越しに名前を教えてくれた。 実来(みくる)いい名前だ。 彼女にピッタリの名前だと思う。 でも彼女は、女子大生だ。年齢は多分二十歳くらい。 お酒を飲んでいたし、多分そうだろう。 俺は仕事に全うする三十五で、彼女は二十歳。……いや、どう見ても年の差がありすぎる。 下手したら、彼女に訴えられたりしないか……?? そんな考えまでも、頭の中をよぎっていた。 そんなことを考えていても、仕方ないと分かっている。 だけど彼女から大事な話があると言われた時、俺は確信した。 ああ……きっと、俺を訴ると言うんだろうなって思い不安に狩られた。……だけど違った。 彼女と食事をしていた時、彼女から母子手帳を見せられ、俺の子を妊娠していると告げられた。 明らかに俺との間に出来た子だと分かって、驚いた。 でもなんとなく、そういうことがあってもおかしくないと思った。 だってあの日の夜、彼女を抱いた事実は確かにあったから。……だけどまさか、それがそんな形で返ってくるとは思わなかった。 彼女は、俺の子を妊娠している……。母子手帳を見せられたから、間違いないだろう。 彼女は俺の子を、身篭って
それは、ある夏のかなり暑い日の出来事だった。 いつものように大学へ行くため、わたしは電車に乗っていた。 時間は朝8時15分、満員電車の通勤ラッシュの時間帯だった。 その日は友達と遊びに行く約束もしていたため、いつもよりも薄手の格好をしていた。 そう満員電車だから、乗れるわけもなく、通学時間40分ずっとたちっぱなしだった。 そして電車に乗り始めて10分後くらいだった。゛それに゛気付いたのは。 わたしのお尻に、サワサワと何か違和感があった。 ……これってもしかして。―――痴漢?? その予感は、的中した。 だけどこんな満員の電車の中で、声も出せる訳もなくて……。 できることならいっそのこと、今すぐその手を掴んで「この人、痴漢です!!」って口にしたい。 だけど、こんな状況で、口に出来る訳がない。 そう思った時だった。「ゔっ……!!??」「すみません‼この人、痴漢です‼」「……えっ??」 急にその手が離れて、違和感が無くなった。 振り返って後ろを見ると……。 痴漢していたおじさんの右手を掴んでいたのは、背の高いスラッと人だった。……わっ、イケメン。そして駅に着いた途端、彼はおじさんの手を掴んだまま電車から引きずりおろして、駅員さんに引き渡した。……た、助かった。 本当に怖かったし、声が出せないって辛いんだなと、改めて思ってしまった。 こういう時、ちゃんと言える人だったら、よかったのにって、思ってしまった。 わたしも急いで電車を降りて、助けてくれたあの人の所へと走った。「あっ、あの……‼」「ああ、大丈夫??」「は、はいっ‼あの……助けてくださって、ありがとうございます‼」「いや、別に」「本当に……なんてお礼をしたらいいか……‼」「気にしないで??何もなくてよかったよ」その人は、優しく微笑んでそう言った。「あ、あの……‼」「ん??」「本当に、何かお礼させてもらえませんか??」「本当に気にしなくていいから」「えっ、でも……‼」「……どうしてもお礼したいの??」「は、はいっ‼このままだと、わたしが申し訳ないので……!!」「そう??」「は、はいっ……‼その、迷惑でなければ、ですけど……」だってこんなイケメンな人に助けてもらって、お礼しないわけにはいかない。せめてお茶でもごちそうしたいくらいだ。こん
あの日の夜、あのベッドで過ごしたあの子はどうしているだろうか。 何故かあの子のことばかり、気になって仕方なかった。 だってあの子を抱いた時、初めて愛おしいという気持ちになった。 あんなにも誰かを、心の底から抱いたのは初めてだった。 あんなにも情熱的に求めてくる彼女を、俺は何度もあのベッドの上で抱いてしまった。 だけど、ただひとつ失敗したのは……避妊をしなかったことだ。 そう、あまりにも欲望が出すぎてしまい、避妊していなかったのだ。 最初は避妊しようと思っていたのに彼女に触れた途端に、あまりにも欲望が深すぎてしまった。 本当にあれは、失敗だった……。 だけど彼女の温もりと体温が溶け合ううちに、それがもう心地よくなってしまって……。彼女がベッドの中で甘えた声を出しながら、俺との情事を受け入れていたから、俺も本気になってしまった。 彼女との情事は、本当に気持ち良くて俺も止められなかったのは事実だ。 ……いや、あれは本当にもう反省しかない。 そしてそれからしばらくして、彼女から久しぶりに連絡が来た。 その声ですぐに、彼女だと分かった。 麻生実来(あそうみくる)。彼女は電話越しに名前を教えてくれた。 実来(みくる)いい名前だ。 彼女にピッタリの名前だと思う。 でも彼女は、女子大生だ。年齢は多分二十歳くらい。 お酒を飲んでいたし、多分そうだろう。 俺は仕事に全うする三十五で、彼女は二十歳。……いや、どう見ても年の差がありすぎる。 下手したら、彼女に訴えられたりしないか……?? そんな考えまでも、頭の中をよぎっていた。 そんなことを考えていても、仕方ないと分かっている。 だけど彼女から大事な話があると言われた時、俺は確信した。 ああ……きっと、俺を訴ると言うんだろうなって思い不安に狩られた。……だけど違った。 彼女と食事をしていた時、彼女から母子手帳を見せられ、俺の子を妊娠していると告げられた。 明らかに俺との間に出来た子だと分かって、驚いた。 でもなんとなく、そういうことがあってもおかしくないと思った。 だってあの日の夜、彼女を抱いた事実は確かにあったから。……だけどまさか、それがそんな形で返ってくるとは思わなかった。 彼女は、俺の子を妊娠している……。母子手帳を見せられたから、間違いないだろう。 彼女は俺の子を、身篭って
その後、森嶋さんがお会計をしてくれた。 わたしも払うと言ったけど、奢らせてと言われてしまい、それ以上何も言えなくなった。 そして駅の近くにある公園で、ふたり腰掛けて座った。「……実来ちゃん」「はい……??」 わたしは森嶋さんの方へ振り返る。「俺との子、産んでくれないかな」「……えっ??」 それは、予想外の言葉だった。 産んでほしいと言われるとは、思ってなかった。 なんで、産んでほしいなんて……。「……勘違いしないでくれ。責任を取りたいから産んでほしいと言ってるんじゃない。 本気で、本気で、そう言ってるんだ」「……でも、わたし……」 わたしは怖くなって俯く。「聞いてくれ。 俺が今一番守りたいのは、実来ちゃん、君なんだ」 わたしは森嶋さんに「……それ、は赤ちゃんが出来たから、ですか??」と問いかける。「違う。そうじゃない」「……じゃあ、なんで……そんなこと……」 わたしは責任をとってほしいなんて思ってない。「―――君を好きなんだ」「……えっ??」「君のことが……実来ちゃんのことが好きなんだ。 本気でそう思ってる」 そんなの、ウソだよ。だって大人は、ウソを付く。「……でも大人の人は、すぐにそうやってからかいますよね?? そうやって甘い言葉で……んん……っ!?」 なのにわたしの言葉が遮られた。 でもそれを遮ったのは、言葉なんかじゃなくて、森嶋さんのその唇だった。「えっ……。森嶋、さん……??」「冗談なんかじゃない。本気で言ってる」 その瞳(め)が本気だと物語っていた。「……あ、あの、わたし……」 どうして、キスなんてするの……。どうして……。「俺は本気で、君のことを守りたいんだ。 君のお腹にいる子も、俺が守りたいんだ。……ダメか??」「……いや、あの……」 ダメかと言われても……。「君のお腹にいる子の父親は、俺なんだろ?? だったら、俺はお腹の子の父親として、君たちを守る権利がある」「それは、その……」 確かに、そうかもしれないけど……。「そうだろ?? それなのに実来ちゃん、君は何を躊躇っているんだ??」「何を……躊躇ってる??」「そうだ。俺はたしかに35だよ。君は20歳くらいだろうから、15も年の差があるけど」 わたしは何も言えなくなってしまう。「だけど年の差なんて関係ないだろ??年の差があ
「おはよう実来‼」「おはよう、彩花(あやか)」「あれ??どうしたの??」「えっ??」「なんか、顔色悪くない??具合でも悪い??」 それから何日かして、大学で親友の彩花と一緒になった。 だけど、変化ってすぐに気が付くもので……。「だ、大丈夫‼ 何でもないよ‼」「……なんかあった、でしょ??」「な、なんで??」「実来のことは、なんでも分かちゃうよ」「……ま、参りました」「で、何があったの??」 わたしは観念して、昼休みに彩花に全てを話すことにした。 彩花は昼休み、黙ってわたしの話を聞いてくれた。そして一言、こう言った。「……実来はもう一度、その人に。お腹の子の父親に、会いたいんだね??」「……うん」 あれから何日も考えていたけど、やっぱり、わたしは彼のことが忘れられなかった……。―――もう、出会ったあの時からわたしは、彼に恋をしているんだとその時気付いた。 会いたい。もう一度、彼に会いたい。 だけど、会うのが怖い。 会って妊娠していると告げた時、彼がどんな反応をするのか想像しただけで、体がビクビクする。「実来??」 「……えっ??」「あたしは、ちゃんと話すべきだと思うよ??」「……でも、少し怖い」「それでも、逃げちゃダメだよ。これは……実来だけの問題じゃないんだよ?? 実来のこれからのためにも、ちゃんと話すべきだと思う」「……でも、わたし、どうすれば??」「素直に言うんだよ。自分の気持ちを」「……自分の、気持ち」そうだ。言わなきゃ……。だってわたしは、彼のことが好き。 彼にもう一度会って、ちゃんと今の気持ちを話したい。「……わたしもう一度、連絡してみる」「うん。頑張って。応援、してる」「ありがとう……」「大丈夫。妊娠のことは、誰にも言うつもりないから、安心して」「……ありがとう、彩花」 彩花が親友で本当によかった。 誰にも言うつもりなかったけど、彩花だけにはやっぱり話せる。……話してよかった。 その日わたしは、講義が午後までだったので、思いっきって彼に連絡してみることにした。 カバンの中から取り出す、あの時もらった彼の名刺……。スマホを取り出して、また番号を打つ。 そしてゆっくりと、発信ボタンを押した。プルルルル……プルルルル……。 何回かのコールの後、「はい」という声が聞こえた
―――それは、それからしばらくした時のことだった。 夏もそろそろ終わりを迎えて、季節が移り変わろうとしていた時のことだった。 いつもより体調が優れなくて、頭痛や微熱などが続いた。 ただの風邪かと思ったけど、季節の変わり目ということもあり、大学終わりに念の為病院に行った。 そしたらそこで、衝撃的なことを言われるのだった。「麻生実来さん、診察室へどうぞ」「はい」 診察室へ入るなり、問診票を見て、先生が一言言った。「麻生さん、あなた……生理きてる??」「えっ?? 生理……??」 そう言われると……。 あれ、しばらく生理……来てない。 もともと不順な方ではあったから、また遅れているだけかと思っていた。「……いえ、そういえば、来てないです」 でもどうして、そんなことを聞くのだろうか……。「それはいつから??」「えっと……多分、この時くらいから、ですけど……」 カレンダーを指差して、一言そう言った。「……ちょっとエコーをしても、いいかしら??」「えっ??エコー……??」 わたし、もしかしてどこか悪いの……??「―――麻生さん、あなたもしかして、妊娠してるんじゃない??」「……えっ??」 妊娠……?? 最初、先生が何を言っているのか分からなかった。「生理がしばらく止まってる。しかも妊娠の症状というのは、風邪に似ていることが多いから、風邪だと勘違いする人もけっこう多いのよ」「……わたしが、妊娠??」「その様子じゃ、身に覚えがあるみたいね」「…………」 わたしはその言葉に何も、言えなくなった。 あの日からは彼のことを忘れてたつもりだけど、心のどっかでは、忘れられてなかった。「……さ、調べてみましょう。ここに横になって??」「あ、はい……」 言われたとおり、ベッドへと横になった。 お腹にジェルを塗り、先生はゆっくりとエコーを当てた。 ―――すると。「……ほら、見える??あなたの、お腹の子よ」「……これが、赤ちゃん??」 かすかだけど、お腹の中に見えた、小さな命。 やっぱりわたし、妊娠していたんだ……。先生の言うとおりだった。「妊娠ニヶ月ってところかな」「……ニヶ月」 わたしは、お腹に新しい命を宿していた。 その子は、あの日結ばれた、名前も知らない大人な彼との間に出来た子供。 ふと、あの日の夜のことを思
「……あ、あのっ……」「ん??」「……ほ、本気、ですか??」「本気だよ?? だって、それが俺が望んだ゙お礼゙だからね??」「……で、すよね」なんでこうなっているんだろう……。お礼をしたいと言ったら、なぜかその日の夜、ラブホテルに来てしまっていた。彼が放った言葉は、わたしの身体でお礼をしろってことだった。まさかとは、思ったけど。やっぱり……。あの時は通学途中だったため、夜また駅で待ち合わせをしようと言われた。連絡先の書いた名刺を渡され、その番号に終わったら連絡してと言われて……。現在(いま)に至る。今いるのは、ラブホテルの一室。ちょっと高級そうなラブホテルで、少しゴージャスな感じの雰囲気だった。「……君、お酒は飲める??」「えっ!?お酒、ですか??」「うん。飲める??」「は、はい。飲め、ますけど……」「じゃあとりあえず、俺たちの出会いに乾杯しよう」「えっ??あっ、はい……」シャンパンの入ったグラスを渡され、お互いにグラスを合わせて乾杯した。「ん、美味しい……」このシャンパン、今まで飲んだ中で一番美味しい。口当たりが爽やかというか、飲みやすい……。「よかった。気に入ってくれた??」「は、はい……」なんていうか、ちょっと緊張する。こんなオシャレな部屋でシャンパンを飲むなんて、今までしたこともなかったし。大人な雰囲気に、なんとなく慣れなくて、ちょっと緊張する。「……大丈夫??」「へっ!?あっ、だ、大丈夫です……」なんかわたし、挙動不審!?「もしかして、緊張してる??」「……あ、はい。少しだけ」「大丈夫だよ。リラックスして??」「そんなこと、言われても……」こんな大人な方と一緒に過ごすなんて、初めてだから、緊張しちゃうよ……。「……そういうとこ、可愛いね??」「……えっ??」そして彼の大きな左手は、わたしの頬にそっと触れた。―――ドキッなぜだか分からないけど、すごくドキドキしてるのが自分でも分かる。こんなにもドキドキするなんて、初めてで……。思わず、顔を背けたくなる。優しく撫でられた頬が、真っ赤になるのがわかって、熱を持つのもわかる。……ど、どうしよう。なんかもう、目を反らせない……。「……そんなに可愛い顔されると、もう我慢出来ないんだけど??」「えっ……??」そう思った時には
それは、ある夏のかなり暑い日の出来事だった。 いつものように大学へ行くため、わたしは電車に乗っていた。 時間は朝8時15分、満員電車の通勤ラッシュの時間帯だった。 その日は友達と遊びに行く約束もしていたため、いつもよりも薄手の格好をしていた。 そう満員電車だから、乗れるわけもなく、通学時間40分ずっとたちっぱなしだった。 そして電車に乗り始めて10分後くらいだった。゛それに゛気付いたのは。 わたしのお尻に、サワサワと何か違和感があった。 ……これってもしかして。―――痴漢?? その予感は、的中した。 だけどこんな満員の電車の中で、声も出せる訳もなくて……。 できることならいっそのこと、今すぐその手を掴んで「この人、痴漢です!!」って口にしたい。 だけど、こんな状況で、口に出来る訳がない。 そう思った時だった。「ゔっ……!!??」「すみません‼この人、痴漢です‼」「……えっ??」 急にその手が離れて、違和感が無くなった。 振り返って後ろを見ると……。 痴漢していたおじさんの右手を掴んでいたのは、背の高いスラッと人だった。……わっ、イケメン。そして駅に着いた途端、彼はおじさんの手を掴んだまま電車から引きずりおろして、駅員さんに引き渡した。……た、助かった。 本当に怖かったし、声が出せないって辛いんだなと、改めて思ってしまった。 こういう時、ちゃんと言える人だったら、よかったのにって、思ってしまった。 わたしも急いで電車を降りて、助けてくれたあの人の所へと走った。「あっ、あの……‼」「ああ、大丈夫??」「は、はいっ‼あの……助けてくださって、ありがとうございます‼」「いや、別に」「本当に……なんてお礼をしたらいいか……‼」「気にしないで??何もなくてよかったよ」その人は、優しく微笑んでそう言った。「あ、あの……‼」「ん??」「本当に、何かお礼させてもらえませんか??」「本当に気にしなくていいから」「えっ、でも……‼」「……どうしてもお礼したいの??」「は、はいっ‼このままだと、わたしが申し訳ないので……!!」「そう??」「は、はいっ……‼その、迷惑でなければ、ですけど……」だってこんなイケメンな人に助けてもらって、お礼しないわけにはいかない。せめてお茶でもごちそうしたいくらいだ。こん