家が焼けて住む場所がなくなった私・夢見萌々を拾ってくれた人は、顔よしスタイルよしの麗有皇羽さん。「私に手を出さない約束」のもと、皇羽さんと同居を開始する。 だけど信じられない事が判明する。なんと皇羽さんは、今をときめく人気アイドルと瓜二つだった!皇羽さんは「俺はアイドルじゃない」と言うけど、ソックリ過ぎて信じられない。 とある理由があって、私はアイドルが大嫌い。だから「アイドルかもしれない皇羽さんと一緒にいられない」と言ったけど、皇羽さんは絶対に私を離さなかった。 どうして皇羽さんが、出会ったばかりの私を深く想ってくれるのか。皇羽さんからたくさんの愛をもらった後、私は衝撃の事実を知る。
View More「萌々、昨日自分が何をされたか分かってないのかよ」「な、なにって……」なにって、なに⁉それ以上は聞くのが怖かったため、グッと言葉を飲みこむ。すると皇羽さんが「それよりも」と自分のお腹を労わるようにさすった。「お前の寝相はどうなってんだよ。回し蹴りを食らって気絶するかと思ったぞ」再び寝相の話をするなんて、よほど痛かったんだ。でも私が悪いわけじゃない。皇羽さんにだって落ち度はある!「横で私が寝ているのに、逃げなかった皇羽さんが悪いです。何をモサッとしていたんですか?」 「! ……なんでもない」静かになった皇羽さんを見るに、昨日なにかを書いていたことは秘密にしたいらしい。あの時の私はほとんど眠っていたから、何を書いていたかまでは見えなかったんだよね。本当は根掘り葉掘り聞きたいけど、皇羽さんの右手首が気になる。昨日張った湿布が、半分以上とれかけているからだ。「皇羽さん、ちょっと右手かしてください。湿布を貼り替えます」「……ん」大きなたくましい腕が、ズイと私に向かって伸びて来る。湿布をはがす時、ゴツゴツした指に触れると皇羽さんがピクリと反応した。「小学生じゃあるまいし」なんて思ったけど、耳をほんのり赤く染める皇羽さんを見ると私まで意識してしまう。だんだんと指が汗ばんで来た。いけない、また流されそうになっている!邪念を祓うため、近くにあった油性ペンを手に取る。そして貼り直した湿布に、楽しく落書きをした。といっても私は猫しか描けない。「出来ましたよ」「ん、さんきゅ」どうやら猫に気付かなかったらしい皇羽さんは、持っていたシャツに袖を通す。高校指定のシャツかな?私の学校の物とよく似ている。チラリと時計を見ると、現在七時半。よし、なんとか間に合いそう!自分の準備をしながら、ふと疑問に思ったことを皇羽さんに聞いてみた。「皇羽さんは何時の電車に乗るんですか?調べたところ、私の学校と皇羽さんの学校は近いみたいです。駅も一つしか違いません。日によっては一緒に行ける日がありそうですよ!」いい案だと思ったけど、皇羽さんは「あ~」とシャツのボタンを留めながら唸る。何か不都合があるのかな?何に悩んでいるんだろう?気になって皇羽さんの言葉の続きを待っていると、「いいのか?学校に遅れるぞ?」 「本当に話題を逸らすのが下手ですね……」どうやら私に知られたくない
一方、画面の中にいるIgn:s のメンバーも、思いもよらないレオの発言に興味津々。矢継ぎ早に質問を投げかける。『へーどんな猫?ってか住み着いてるって(笑)』 『レオの家に行くぐらいだから、すごく品のある猫とか?』『普通の猫だよ。ただ少し気性が荒くてね。何回ひっかかれそうになったか』 『じゃあ追い出すの〜?』レオは少し考えた後。意味深な笑みを浮かべてニコリと笑う。『追い出さない。むしろずっと住み着いていてほしいな。どうにかして気に入られたいんだよね。俺、あの猫が気に入っちゃったんだ』「……」その時、私の頭に手を置く皇羽さんの手がピクリと反応する。そればかりか「チッ」と舌打ちをし、〝さっきいじめた〟私の首にスルリと指を這わせた。「勝手につまみ食いしやがって。なにが“気に入った”だ。俺が見つけたんだ。気に入られたかったら、全力でこいつを手懐けてみろよ」「こいつ」なんて言葉が悪いなぁ――そんなことを思っていたら、皇羽さんの手に力が入る。え、まさか「こいつ」って私のこと?……まさかね。考えすぎか。皇羽さんが私を襲わないと分かって安心したからか、本格的に眠くなってきた。するとテレビを消した皇羽さんが私の髪に触れる。まるで赤ちゃんを撫でるように、何度も私の髪に手を通した。規則的な動きから来る安心感で、眠さが倍増だ。サラサラと髪が順番に滑り落ちていく。その度に良い匂いが二人を包み込んだ。「やわらかい髪だな。それに俺と同じ匂いがする」シャンプーもボディソープも洗濯洗剤も。全て一緒で同じ匂い。一緒に住んでいるから当たり前なんだけど、それが妙にくすぐったい。この前会ったばかりなのに、すごく仲良しみたいじゃん。「はぁ、たまらないな……」皇羽さんの熱っぽい吐息を聞いて、夢見心地だった意識が少しだけ覚醒する。なんだか雲行きが怪しいような……。重たいまぶたを僅かに開けると、皇羽さんは堪えきれない笑みを隠そうともせず口に弧を描いていた。不敵な笑み丸出しだ。「アイツへのお返しは、ココだけじゃ足らないよな?」トントンとノックするような手つきで、再び私の首を触る。顔をのぞきこまれたから、急いで目を瞑った。そんな私を見て皇羽さんは「起きないなら好都合だな」とおでこにキスを落とした後。自室から、紙とペンを持って来る。手首を痛めた右手に代わり、左手でペンを走らせる。そ
それにしても、こうなった皇羽さんは「テコでも動かない」って何となく分かる。皇羽さんの部屋の秘密を知りたいけど、どうやら彼の口は堅そうだ。仕方ないからため息を一つ吐いて、キッチンから雑炊を運ぶ。用意が整った後、私も皇羽さんの隣へ座った。「萌々の手料理……うわ、やばい」まるで熱い物を食べた時のように、頬を紅潮させ雑炊を見つめる皇羽さん。適当に野菜を入れて雑炊の素を入れただけの料理に、そこまで有難みを覚えられると逆に肩身が狭くなる。「いただきます」「ど、どうぞ」そう言えば薄味にし過ぎたかも。鶏肉、かたくなりすぎてないかな?自分の料理がいざ他人の口に入ると思ったら、妙に緊張してしまう。だけど皇羽さんはそんな私の緊張ごと食べるように、大きな口を開けて勢いよく雑炊を胃に落としていく。「……っ」ドキドキ。私の手料理を食べる皇羽さんが直視できなくて俯く。すると床に並んだ私たちの足が目に入った。身長だけにとどまらず、私たちは足の大きさもけっこう違うらしい。皇羽さんの足って巨人みたいだ。いったい何センチあるんだろう。「ん、うまっ」「! 味、薄くないですか?」「ちょうど良くてすごく美味い。あったまるわ、ありがとうな萌々」「い、いえっ」どうやら「すごく美味い」はお世辞じゃないらしく、皇羽さんはパクパクと食べてくれた。一口が大きいなぁ、なんて思っていると「おかわりある?」と自らソファを立つ。「ありますよ」と答える前に、そそくさとキッチンへ向かうものだから思わず笑ってしまった。せっかちだなぁ。だけど、それほど私の雑炊を食べたいと思ってくれるのは嬉しい。今まで自分が料理を作って自分が食べるだけだったからなぁ。誰かに食べてもらえるって、こんなに嬉しいことなんだ。「そういや昨日から何も食べてなかったな」「ちょっと、冗談はよしてくださいよ」私ははっきり見ましたよ。コンビニで買った唐揚げとグミを、皇羽さんがキレイに完食したのを!言い返そうとしたけど、熱で記憶が曖昧なのかもしれない。本人が覚えていないことを蒸し返しても仕方ないよね。全て風邪が悪いってことにしておこう。「しかし本当に熱って怖いですね。記憶障害が起きるなんて……ふぁ〜」「あくび?寝てないのか?」ソファの背もたれに寄りかかり目を擦る私を見て、皇羽さんはキョトン顔。私を見ながらも雑炊を食べる手を止めな
◇翌朝。皇羽さんは九時に寝室から出てきて「良く寝た」と大きなあくびをする。ちょうどキッチンに立っていた私は、すっかり顔色が良くなった皇羽さんをジーッと見つめた。体調は良さそうだ。熱も引いたかな?そのまま「腹減ったー」と皇羽さんがやって来た。たった一人増えただけなのに、皇羽さんのガタイが良いばかりに広いキッチンが一気に狭く感じる。「皇羽さんおはようございます。調子はどうですか?」 「ん、もう全快」昨日は倒れるほど調子を崩していたのに今は元気なんて。それはそれでバケモノだ。ひょっとして無理しているとか?昨日だって、熱があるのに不必要に外出を繰り返した皇羽さんのことだ。今日もどこか出かけたいからと、体調の悪さを隠している可能性は充分にある。「体調、本当に良いんですか?」「ほんと」「ウソじゃなくて?」「いくら萌々に心配かけたくないからって、ウソはつかないぞ」「……そうですか」なんと言っていいか分からなかったから、そこで話を区切る。念のため顔色を見ると、確かに血色が良い。よかった、元気そうだ。昨日の〝赤いのか青いのか〟みたいなマーブル色じゃなくてホッと息をつく。「あ、ちょっと失礼しますね?」「! ……ん」手を伸ばしておでこに触れる。触る直前、なぜか皇羽さんが嬉しそうにまぶたを閉じた。なんだか飼い主に気を許した猫みたい。ちょっと可愛く見えちゃって、彼に触れる指先が脱力した。……あぁダメダメ。私まで気を許しそうになっちゃった。ペシリと、皇羽さんのオデコを軽く叩いた後。「大丈夫ですね」と距離をとる。無意味に一発食らった皇羽さんは、さっきの幸せそうな顔とは打って変わって渋い顔だ。心の中で「ごめんなさい」と謝る。「触った感じは平熱ですね。でも一応は体温計で測らせてください。あと夕方は体温が上がりやすいので、その時にもう一度測りますよ」 「えらく詳しいな?」「自分の体調は自分で管理しないといけなかったので、自然と覚えたんですよ」 「……」私にとっての日常を語ると、皇羽さんは固まってしまった。隠しとけばよかったかな?でも本当のことだし……。母親は、家に帰って来ない日が多々あった。私が病気をしている日も然りだ。最初こそ自分が優先されないことにショックを受けたけど、慣れてしまった今は何も思わない。それに手探りで覚えた渡世術は、こうしてちゃんと役に立
「首……」「どうかなっていますか?」「蚊に刺されたみたいに赤くなっている。どうした?」って真剣な顔で聞かれても困る。「どうしたもこうしたも、皇羽さんにキスされた以外は何もありませんよ」すると皇羽さんは「は?」と、目ん玉が転がり落ちそうなほど見開いた。「俺がキス?萌々に?」 「おやおや皇羽さん、いくら風邪だからってほんの少し前のことを忘れてもらっては困りますよ。冷静に喋ってはいますが、これでも私そうとう怒っていますからね?」だけど皇羽さんは立ち止まったまま私の首から目を離さない。私の首に何かついている?そう言えば、さっき皇羽さんは「蚊にさされたみたいに赤い」と言ったけど――わけがわからない。困惑から、チラリと皇羽さんを盗み見る。すると彼の顔には「本当に身に覚えがありません」と言わんばかりの驚いた表情が浮かんでいた。うそ、本当の本当に覚えていないの?お昼にキスしたことを忘れたの?まさか高熱のせいで?改めて風邪の恐ろしさを思い知る。だってウィルスをよせつけなさそうな皇羽さんの記憶がなくなるほどの威力を持つ菌だよ?怖すぎる!やっぱり寝てもらわないとダメだ。これ以上悪化したら、最終的に「僕は誰?」とか言い出しかねないもん。皇羽さんの身を守るためにも、今すぐベッドに連れて行かなくちゃ!「本当に忘れたんですね。いいですよ、皇羽さんが回復したら絶対に思い出してもらいますから。そして何時間でも説教します!だから今はさっさと寝てください!」私の首に回る皇羽さんの腕を、ヨイショと担ぎ直す。ズッシリした体重が、遠慮なくのしかかって来て危うく倒れそうになった。だけど次の瞬間。ふわっとした浮遊感の後、全ての物が軽くなる。私の首に回る皇羽さんの腕も二人分の体重がかかった私の足も、何もかも軽い。「ちょっと、何やっているんですか皇羽さん!」何もかもが軽い。それもそのはず。なぜなら皇羽さんが、私をお姫様抱っこしたからだ。熱で顔を赤くしながら私を抱いて移動する皇羽さんに、思わずツッコミを入れたくなる。だって皇羽さんさっき「意識朦朧」とか言っていたんだよ?そんな状態で私を持ち上げるなんて無謀すぎるって!だけど心配する私を知ってか知らずか。皇羽さんは寝室に入り、勢いよく私をベッドに落とす。「わ!もう、ビックリするじゃないですか」口を尖らせて文句を言う私が、更にビック
ギュッと痛いくらい抱きしめられた後。皇羽さんは、自身の大きな体が揺れるくらい「はぁ~」と深く息を吐く。「よかった萌々。いたんだな」「〝よかった〟って……」皇羽さんの体が熱い。抱きしめ合っていると、私の体がジワジワと汗ばんでくるほど。やっぱり皇羽さんは熱があるんだ。それなのに私を探しに行こうとしてくれていたんだね。……だったら何も良くないじゃん。こんな体で外に出たら、皇羽さん倒れちゃうよ?「強引なんだか、優し過ぎるんだか……」さっきムリヤリキスされたことを許してしまいそうなほど、私を心配する皇羽さんの気持ちが嬉しい。コップに水を注ぐように、少しずつ心が満たされていく。思い返すと、昨日から皇羽さんは私に構いすぎだ。作ってもらったおかゆをスルーして外出する……くらいの方が正しい距離感だよ。ムダになったおかゆを見るのは悲しいけど、私たちは昨日会ったばかりの浅い関係。逆に今までの皇羽さんが優し過ぎたんだ。だから皇羽さん、調子悪い時くらい私に構わずゆっくり休んでよ。お願いだから、早く元気になって。「もし皇羽さんが風邪をこじらせて入院でもしたら、私また一人ぼっちじゃないですか」「萌々……」「だから行かないで、ここにいてください。私のそばにいて」「っ!」皇羽さんの背中へ控えめに手を回す。今まで抱きしめられた事は何度かあったけど、私が抱きしめ返したのはたぶん今回が初めてだ。皇羽さんの胸板に寄せた耳に、ドッドッドと忙しない心臓音が伝わって来る。皇羽さん、すごくドキドキしている。なんで?どうして私が抱きしめ返しただけで、そんなにドキドキするの?熱だから?体がしんどいから?それとも――不思議に思って皇羽さんを見上げる。すると思ったよりも至近距離にいた皇羽さんは、切れ長の瞳を見開いた後、悔しそうに細めた。「クソッ」という舌打ち付きで。「卑怯くさいな。俺が調子悪くて意識朦朧としている時に限ってこんな事しやがって……」「意識朦朧の状態で、どうして起きていられるんですか。バケモノですか」「うるさい……」見上げると、顔を真っ赤にした皇羽さんと目が合う。熱のせいで目が潤んでいるのが妙に色っぽくて、思わず心臓が跳ねる。しまった、皇羽さんのドキドキが移っちゃった。急いで皇羽さんから顔を逸らす。すると皇羽さんの重たい頭が、私の肩にポスンと乗った。熱のせいで温かくなった
◇その後。スキップしながら部屋を出た皇羽さんは、なぜかそのまま外へ出た。とうとう戻ることなく、現在は午後七時。これだけ帰ってこないということは、結局は仮病だったってこと?私がおかゆを作った意味も、学校を休んだ意味もなかったということだ。「なんて無駄な一日……いや、それよりも」キスだよキス!なにちゃっかりキスしているの!いくら唇じゃないとはいえ、勝手にキスするなんて許されるものじゃない。あの時の羞恥心を思い出し、唇がワナワナと震える。どっぷり日が暮れた空を見る。窓には、すっかり鬼の形相になった私が写っていた。帰って来たら、絶対に一言文句を言ってやるんだから!すると玄関からガチャと音がする。皇羽さんが帰って来たんだ!「はぁ、しんど……」皇羽さんの独り言。「しんどい」って……はは~ん。さては風邪をぶり返したな?まだ本調子じゃないのに外に行って遊ぶからだ。自業自得だよ。……あ、そうだ。このまま「お帰りなさい」と出迎えるのもシャクだから、トイレに隠れることにした。って言ってもすぐに見つかるだろうけど。でも私だって、少しくらい皇羽さんを「ギャフン」と言わせたい。私がいないことを知った皇羽さんが、一秒でも焦ったら私の勝ちだ。静かにトイレのドアを閉める。同時に、皇羽さんがリビングに入って来た。「萌々? 寝てるのか?」午後7時に寝る高校生がいたら、かなりの健康重視派だと思う。しかも生憎わたしは夜型だ。両手で口を覆って笑い声を我慢する。その間も皇羽さんは私を探していた。「おい、萌々ー」返事なんてしてやるもんか。せいぜい私がいないと知って焦ってよね。今日一日、どれだけ私が皇羽さんを心配したと思っているの。人の気も知らないで、挙句の果てにキスだよ?病人のくせに、そういう下心だけは元気なんだから。「ふふ、いい感じに困ってる」トイレのドアをソッと開けて覗いて見る。ちょうど皇羽さんが寝室から出てきた。あれ?コートを着たまま、マスクも帽子もつけたままだ。いつもなら玄関で脱ぐのに、珍しい。だけどもっと珍しい光景を見る。帽子とマスクの間からのぞく皇羽さんの目が、所在なくキョロキョロしているのだ。不安そうに揺れているのだ。「萌々」と、私の名前を口にしながら。「どこにもいない。まさか、またアパートに?もしそうなら迎えに行ってやらないと……」言いながら、皇羽さんは急
「……ねぇ、さすがに傷つくんだけど」 「だ、だって!」皇羽さんからのキスを逃れるため、仕方なく最大限に顔を逸らした私。首が痛くなるくらい逸らせば、さすがの皇羽さんも「キスしよう」とは思わないはず!それに忘れたとは言わせない。いつか私と交わした、あの約束のことを!「皇羽さん、私とした約束を覚えていないんですか?口にはキスしないって、そう言ってくれたじゃないですか」 「は?」 「もう忘れたんですね、最低です。もう話すことはありません。これで失礼します」皇羽さんの手が緩んだ隙に、力いっぱいもがいて脱出する。そして寝室に逃げ込んだ。だけど逃げ込んだ先が悪かった。うつ伏せになっていた私は、ギシッというベッドが軋む音がして、初めて自分の過ちに気づく。「なんだか背中が重い……え、皇羽さん?」 「んー?なに」私の背中。その上に皇羽さんが乗っている。密着した体が皇羽さんのゴツゴツした胸板を捉えた。耳元にかかる息遣いもそう。二人揃って全部が近すぎる。「……っ」どうしよう。未だかつてない、とんでもない状況だ!動揺してバクバク鳴る心臓を押さえ、ひとまず深呼吸。うろたえてはダメ、落ち着いて。きっと皇羽さんは私の反応を見て楽しんでいるだけ。その手には乗らないんだから!焦りを皇羽さんに悟られないよう、背中に乗る彼をキッと睨む。「早く退いてください。ここは寝室ですよ?冗談にもなりません」 「ココが寝室って知っているよ、だから来た。誘われたのかと思って」 「誰が!」文句を言ってやろうと、グルンと向きを変える。そして秒で後悔した。だって目の前に皇羽さんの整った顔があったから。前髪を通り越して、まつ毛が当たる距離にお互いがいる。吐き出す息と、かかる息。もうどちらがどちらのものか全く分からない。「……ッ!」ここにきて私は動揺を隠せなくなった。顔に熱がカッと集まるのが嫌でも分かる。虚勢で釣り上げていた眉毛が、困惑してどんどん下がる。男の人とこんな距離になるのは初めてだ。「ど、どけてください。皇羽さんっ」 「例えば、俺が君にキスをしたとする」「へ?」 「そうしたら君はどうする?」いきなり何の話?それは「今からキスをするから覚悟して」ってこと?それとも本当に「例えば」の話?皇羽さんの真意が分からなくてしばらく黙り込む。だけど、どちらにしろ私の答えは変わらな
◇「ねぇ、ちょっと」「……あれ、私いつの間にか寝ちゃっていたんですね」肩を揺らされて目を開ける。ソファの後ろに立つ皇羽さんは、ソファに座ったまま寝る私を呆れた顔で覗き込んでいる。だんだんと意識がハッキリしてきた。確か、おかゆが出来たけどあまりにも皇羽さんが気持ちよさそうに寝ていたから「起こすのは可哀想」と思って声をかけなかったんだ。私は休憩したくてソファに座って……。あぁ、やっちゃった。窓から少し傾いた太陽が、責めるようにジリジリと私を照らしている。「すみません、久しぶりに料理をしたら疲れちゃったみたいです。私が寝ている間に、体調が悪くなりませんでしたか?」「別に平気だよ」「それなら良かったです。ならば、おかゆ食べますか?温めますよ?」だけど皇羽さんは「いらない」の一点張り。もうお昼が近いから何か食べててほしいんだけどな。食欲がないのかな?すると皇羽さんは「聞きたい事あるんだけど」と真剣な顔。何を言うのかと思えば、「 Ign:s が嫌いなの?」「は?」「さっきのテレビ、すごい怖い顔で消していたから……」「今さら何を言っているんですか。その件については昨日お話したでしょう?嫌いな Ign:s が出ていたら、誰だって険しい顔になりますよ」「! そうなんだ……」明らかにショックを受けている皇羽さん。昨日も話した内容だよ?どうしてショックを受け直しているんだろう?うーん、やっぱり今日の皇羽さんは変すぎる。記憶がごっそり抜けているから、まるで別人みたいだ。でもこんなに顔のイイ人が他にいるわけないし……。なんだか狐につままれているみたい。妙な違和感に、胸がザワザワする。すると皇羽さんのスマホがいきなり鳴った。私から目を離し即座にメールを確認した皇羽さんは「遅いよ」と口にして、いきなり立ち上がった。玄関に向かうところを見れば、どうやら出て行くらしい。ん!?”出て行くらしい”⁉「ちょ、ちょっと待ってください!どこに行くんですか!熱があるんですよ⁉」「散歩だよ、すぐ帰るから」「行かせられません!」キッと睨みを聞かせて皇羽さんを見る。いつもは口をへの字にしそうな物なのに、なんと今日はニコニコ笑顔。皇羽さんの周りにバラの花びらが飛んでいる。しかも大量にだ。更にありえないことに、皇羽さんは私の手をとり甲にキスを落とした。優しく、控えめに
パチパチと燃え盛る炎に包まれる、私のアパート。季節は一月。冬特有の乾いた空気と、たまに吹き抜ける突風。それにより……「格安木造のアパートが全焼とは……」火の勢いってスゴイ。何がスゴイって、炎がどんどん大きくなっていって、あっという間にアパートを飲み込んでしまう所だ。「出て行ってて良かったね、お母さん……」誤解がないように言うと「ちょっと用事で留守中」とか、「少し買い物に出ている」とかではなく。お母さんは永遠に出て行った。幼い頃に両親が離婚して以来、母に育てられた私。だけど今朝、母は書き置き一枚で、アパートから姿を消していた。『冷蔵庫におにぎりあるからね』そのおにぎりも、アパートが燃えた今は炭になってるわけだけど。「おにぎり、食べたかったなぁ……」栗色ロングの私の髪に、空中を舞う灰が絡まる。黒色の斑点が、髪に浮かび上がった。「はぁ、今日のお風呂が大変だよ。髪が長いと、ただでさえ洗うの面倒なのに」言いながら、燃え上がる自分の部屋を見つめる。そういえば、私の部屋が燃えているということは、お風呂もないってことだよね?寝るところも無いんだよね?どこかのお焚き上げみたいに眺めていたけど、燃えているのは、私の全財産だ。あの炎の中に、(微々たる額とはいえ)私の全財産があるよね?お金だけじゃなくて、学校のカバンや制服も何もかも全部だ。「や、ヤバいかも……!」今さらになって、自分の身に起きた〝最悪の出来事〟を自覚する。ヤバい、本当にヤバい。何も手元に残らない!今日は土曜日。起きた私は意味もなく、ダルダルの部屋着を着て外を散歩していた。だから今、私の手の中には、アパートの鍵が一つあるだけ。「じゃあお風呂とか言う前に、下着も燃えた……?」その時、消防士さんに「下がって!」と注意される。「わ……!!」慌てた私がコケそうになった、 その時――ガシッ「あっぶねぇな」あれ?誰かにギュッてされている感覚。いま私、誰かに包み込まれている?大きな手が、私の腰を掴んでいる。いとも簡単に引き寄せ、倒れそうだった私を真っ直ぐ立たせた。「あ、ありがとうございます……」 「ん、気をつけろよ」 「は……い!?」ペコリとお辞儀をした後。ビックリしすぎて、声が裏返っちゃった。だって!「(なんと言う顔の小ささ!ううん、服が大きいだけ? ひょっとして来年以降...
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