「え、ちょっと。何ですか皇羽さん」私の静止を振り切り、熱くなった手を私の肩に置く。そしてあろうことか、そのまま思い切り下へ力を込めた。ズルッ今にもずり落ちそうだったシャツは、皇羽さんの手で簡単に肩から外れる。すぐさま私のそれが露わになり、空気に当たってスース―し始めた。「きゃ!皇羽さん見ないでください!」 「……はぁ」私の悲鳴を聞いて、なぜか皇羽さんはため息をつく。丸見えの私の肩に自分の頭を乗せ、熱い呼吸を繰り返した。いやいや何に浸っているかは知りませんが、今すぐ私から離れてください。下着の紐が丸見えで恥ずかしいから今すぐ直させて!そう心の中で懇願する。だけど、「たまんねぇな……」 「ひゃっ」皇羽さんの吐息がくすぐったい。笑いそうになるのをこらえながら、上目遣いで皇羽さんを見た。「皇羽さん、それやめて?」 「……」 「もう。退けてくれないなら逃げるまでです」膝を折って座り込む。その隙に、肩から落ちたシャツを元の高さに戻した。皇羽さんに「なんで肩を隠すんだよ」ってグチグチ言われそう。だけど皇羽さんの口から出てきたのは、意外な言葉だった。「萌々は〝自分が可愛い〟って事をもっと自覚しろ」 「はい?」「必死で〝俺の俺〟を抑える俺の身にもなれよな」 「よく分からないですが、今こんな所で肩をむき出しにされた私の身にもなってほしいです……」こんなケモノみたいな人と衣食住を共にしている私の身がとても心配だ。もしもの時は股を蹴ってでも逃げよう――静かに決意表明すると、空から大きな何かが降って来る。バサッ「わ⁉」 「着替えろ」再び白いシャツが飛んできて、私の頭に引っかかる。今着ているシャツよりも、少し小さそうだ。「いま萌々が着ているのは、俺でさえ大きいサイズだからな。本当に貸そうと思っていたシャツは、そっち」 「なんでわざわざ大きいサイズを着させたんですか?」「そんなの」と皇羽さんはスッと目を細めて嘲笑する。「俺が見たかったからに決まってんだろ」 「……」そうですか――とはならなかった、その後。また口喧嘩を始めた私たちは各々の身支度に取り掛かる。そして必要な物を買い足しに、皇羽さんと初めてのお買い物に出発した。◇「お支払いはいかがされますか?」 「カードで」 「……」皇羽さんを「お金がない者同士、私と仲間かもしれない」
「ナンパはどうしたんですか?」 「あんなの構ってたらキリないだろ。流して終わりだっての」 「キリないくらいナンパされたんですね……」さすがイケメンは言うことが違う。感心していると、私よりも先に皇羽さんが店の中へ入っていく。そして近くにいた店員さんを呼び止めた。「ここって男性の入店は可能ですか?」 「ひ、イケメン!本来ならお断りしているのですが、特別に許可できます!」なんでよ!顔を赤くした店員さんに物申したい。こんな危険生物を許可したらダメ!絶対に!だけど私の願いもむなしく、私と皇羽さんは二人一緒に試着室の前へ案内される。店員さんが「いま話題の下着は」と説明し始めると、話も聞かず皇羽さんは立ち去った。え、まさか遠慮してくれたの?さすがの皇羽さんも、下着を選ぶ時くらいは気を遣ってくれたんだ!良かった~と安堵の息が漏れる。だけど一秒後、私は大後悔することになる。「はい、萌々」 「え?」皇羽さんは、別の店員さんと一緒に三つの下着(上下セット)を持って来た。そして当たり前のように「ん」と私に渡してくる。「着けてみろ。ぜったい萌々に似合う」 「は?」いやいやいや。なんで皇羽さんに下着を選ばれなきゃいけないの!だけど店員さん同士は顔を見合わせて「ごゆっくり」とニヤニヤしながら姿を消した。えぇ!店員さんは気を遣わなくていいんだよ!姿を消さなくちゃいけないのは皇羽さんの方!店員さんは今すぐ戻ってきてください!お願いします!だけど私の願いも虚しく、私たちだけ残されたこの場に閑古鳥が鳴く。さっき皇羽さんに「気を遣ってくれたんだ」と思った私がバカだった……。しばらく抵抗していたけど、ずっと下着屋さんにいるのも申し訳ない。だから諦めて試着することにした。もちろん皇羽さんを試着室の外へ追い出して。だけど往生際悪く「あ」と皇羽さんがカーテンの隙間から手を伸ばし、私の服を引っ張る。「着け方がわからないなら俺がつけてやろうか?」「!」また、この人は!からかわれたのが悔しくて「結構です」と試着室のカーテンを閉める。カーテンの向こうでは、クツクツと笑う皇羽さんの声が響いていた。「もう……。喋りすぎて喉が渇いちゃったよ」だけど正直な話、皇羽さんが下着を選んでくれて助かった。いつも私はテキトーに下着を選んじゃうし、そもそもこれほどきちんとしたお店で買った事がない
皇羽さんの衝撃的な爆弾発言に、レジのスタッフさんも近くにいたお客さんも動きを止めた。皆が皆、両目をハートにして皇羽さんを見つめている。「あんなにイイ男に抱かれるなら本望よ」と血迷った声さえ聞こえる。「さ、先に外へ出ます!」恥ずかしさに耐えられず、クルリと向きを変える。その際に皇羽さんとスタッフさんの会話が聞こえた気がしたけど、聞かなかったことにしてダッシュで外へ飛び出した。その時の会話が、どんなものだったかというと……「愛されてますねぇ彼女さん」「でしょ?可愛いアイツ見られるのは俺の特権だからね」「はぁ~いい男ですねぇ。でも、あなたどこかで」「おっと、じゃあね」私を追いかけるため、ショッピングバッグを持ってお店を後にする皇羽さん。スタッフのお姉さんは名残惜しそうに「ありがとうございました」とお辞儀をした。一方。先にお店を出た私は、お店から遠い場所に設置された無人のベンチに座っていた。皇羽さんと一緒に行動すると疲れるから、ちょっと休憩。「人前であんな恥ずかしい事を言うなんて。皇羽さんどうかしてるよ……」本人がいないのをいいことに悪口を言いまくる。といっても今まで皇羽さんからされてきた事を思えば、少々の悪口を言ってもきっとバチは当たらない。「だいたい下着屋さんに入るのもダメだし勝手に選ぶのもダメだよ。全部私の好みだったけどさ」「へぇ好みならいいじゃん。何に怒ってんだよ」「わ⁉」振り向くと、ベンチの後ろに皇羽さんが立っていた。かけ直したサングラスから漂う、どこぞのVIPオーラ。加えて体格も顔もいいから困りものだ。本当にアイドルじゃないの?むしろアイドルじゃないとおかしいよ。……いや、皇羽さんが本当にアイドルだったら困るけどさ。「萌々?もーも?」皇羽さんは後ろから、不満そうに私の顔を覗き込む。……むぅ。下着屋から離れた場所にいた私をすぐに見つけるなんて。皇羽さんには、私を見つけるセンサーでもついているのかな?彼の急な登場に、ビックリして言葉が出ない。「なにビックリしているんだよ。まさか俺から逃げられると思ったのか?甘いな萌々」「逃げられるとは思っていないです。それよりも何よりも、下着屋さんでの皇羽さんの言動が恥ずかしかったんです!」必死に訴えるも皇羽さんは興味なさげに「ふーん」と言うだけで、自分が悪いと思っていないみたい。「もう」と
私の指が食べられた瞬間。皇羽さんの舌の感触にビックリして、思わず「あ」と声を上げてしまう。その声が上ずってしまい、妙になまめかしくなった。いやらしい声を皇羽さんに聞かれるのが恥ずかしくて慌てて口を押さえる。今の声、皇羽さんに聞かれた?聞かれなかった?どっち……!?不安を覚えながら、皇羽さんへ顔を向ける。すると彼は無表情で私を見つめていた。もっとニヤニヤしているかと思ったのに意外だ。少し見直しちゃった。そう思った直後「はぁ~」と皇羽さんがため息を吐く。サングラス越しに黒い瞳がギラついて見えるのは、気のせいだろうか。「お前って奴は本当に。マジでどうなってんだよ」 「〝 どう〟とは?私は別にどうもなっていないですよ?」「いや、なってる。現に、場所を選ばず俺を〝その気〟にさせてるだろ」 「勝手になってるだけじゃないですか……」そうか。さっき皇羽さんが無表情だったのは、頭から「その気」を追い払っていたんだ。せっかく皇羽さんを見直したのに、まさか〝 私の声で興奮した頭〟を冷やしていたなんて。「大体あれだけナンパされている人が、たかだか女子高生の色っぽい声を聞いただけで反応するなんて」呆れながら言うと、皇羽さんは頭を横へ振りながら「違う」と否定した。「女子高生の声なんて聞いても何も思わない。俺は、萌々の声だからこそ…………」「私の声だからこそ?」「……思い出させるな」大きな手で顔を覆った皇羽さんを、恐る恐る覗き見る。するといつもの強気な雰囲気ではない、耳を赤くした皇羽さんが視界に写った。眉間にシワを寄せている……いや、あれは困った顔かな?皇羽さんの意外な一面に、思わずプッと吹き出しちゃう。「ともかく、あんな声を聞いただけで顔を赤くするなんて。皇羽さんって意外にウブなんですね」 「おい萌々。今日の夜は覚えていろよ?」下着のショップバッグを左右へ動かしながら、真顔に戻った皇羽さんが脅してくる。もちろん私は高速で「すみません」と謝った。◇その後。私たちは朝食を食べるために、ゆったりした曲が流れるイタリアンのお店に入った。「それで?なんで萌々は Ign:s が嫌いなんだよ」 「えぇ……」今それ言う?運ばれてきたパスタに手をつけようとした瞬間、そんな話題を振るなんてあんまりだ。私はギュッと口をへの字に曲げる。「今する話じゃありません」 「じ
「正確にはIgn:s のデビュー曲が嫌いなんです」 「デビュー曲?」「『Wish&』です」 「嫌いな割にはよく知ってるな」「友達が Ign:s を大好きなだけです」 「ふーん」大盛りパスタを注文した私とは反対に、皇羽さんはコーヒーだけ頼んだ。運ばれてくると、サングラスを外して長い足をキレイに組む。カップを持ち上げている姿はどこぞのモデルで、まるで撮影中みたいだ。「一つ聞きたいんだが」サングラスをとっているから、皇羽さんとバッチリ視線がぶつかる。私を探るように、漆黒の瞳がこちらへ向いた。「デビュー曲が嫌いな理由は?歌い方かダンスか、それとも歌詞が嫌いなのか?」 「歌詞が嫌いです」 「……マジ?」今まで一番驚いた顔で、皇羽さんは私を見た。なにやら衝撃を受けたらしく固まってしまう。試しに顔の前で「おーい」と手を振っても、何の反応もない。気にせずパスタを何口か食べていると、やっと皇羽さんは正気に戻ったらしい。まるで息を止めていたように「はぁ~」と長いため息を吐いた後、何を言うでもなく窓の外へ顔を向けた。それきり黙ってしまったから、私は気にせず続きを話す。「歌詞に出てくる女の子が、私とよく似ているんです。お金がなくて苦労している所とか」皇羽さんはチラリと瞳だけ寄こす。顔は窓へ向いたままだけど話は気になるらしく、「それで」といつもより低い声で続きを促した。「私と似ている女の子……なんですけど、その女の子は王子様みたいな人と出会って人生大逆転。今までの苦労がウソみたいに、誰よりも幸せになっちゃうんです」 「つまり〝自分と同じ境遇でありながら最後には幸せになる奴が許せない〟って事か」少し攻撃的な言葉に、思わずムッとする。皇羽さんって「ここぞ」という時にイジワルだ。私が隠したい本音を、わざわざ引っ張り出してくるんだもん。「……誰もそこまで言っていませんよ」への字になった自分の口へパスタを運ぶ。あれ?おかしいな。さっきまで美味しかったのに、今じゃ全く味がしないや。まるで素パスタを食べているみたい。「もう。皇羽さんのせいですよ。嫌な話をしたせいで気分が下がっちゃいました」 「……」一方的に怒る私を見ても、皇羽さんはいつになく静かだった。さすがに家での口ケンカを外で再現する気はないらしい。周りのお客さんの迷惑にならないよう、急いで私も口を閉じ
「〝今度は俺が幸せにしてやる〟って……何を言ってるんですか皇羽さん。お金がたまって住むところが決まれば、すぐマンションから出て行きます。いつまでも皇羽さんに頼るつもりはありませんよ」混乱した頭の風通しを良くするよう一息つく。落ち着きを取り戻した後、また話を続けた。「第一さっきの言葉、まるでプロポーズみたいでしたよ?もし私が生涯路頭に迷ったら、墓場まで一緒に行ってくれるんですか?絶対にしないですよね?さっき無意識に発言しましたよね?あ~あ、これだからモテる男の人は困ります」……うそ、全然落ち着いてない。その証拠に、自分でもビックリするくらいペラペラと喋ってしまう。口が勝手に動いてしまう。皇羽さんの「俺がお前を幸せにしてやる」発言が、頭の中をグルグルと回る。思いもしない言葉を聞いたせいで混乱が八割、トキメキが二割。このまま皇羽さんと一緒にいたらどうなるんだろうって、ありもしない未来を一瞬だけ想像しちゃった。だけど私はただの居候で、期間限定の同居人だ。それなのにロマンティックなセリフを聞いただけで流されるなんて……危ない危ない。きっと皇羽さんは「俺がお前を幸せにしてやる」=「俺の家にいる間はのんびり過ごせ」って言いたかったんだよね?きっとそうだ。自分の納得いく答えが出てスッキリする。すると食欲が増し、再びパスタをフォークに巻き付けた。その間、皇羽さんはじっと私を見つめる。頼んだコーヒーは冷めたらしく、湯気が消えていた。「皇羽さん?」 「……まぁ萌々なら〝自力で幸せを掴む〟って言うよな」ポツリと一言こぼすと、皇羽さんは今までの真剣な表情から一変。脱力した様子で、コーヒーを喉へ流し込む。「じゃあ俺からアドバイス。自分には何もないって思っている奴の方が意外と色んなモンを持っている。世の中そんなもんだ」 「つまり、どういうことですか?」 「萌々はスゴイってこと」いやいや分からないよ。もしかして励ましてくれている?小首をかしげていると、皇羽さんが「てかさ」と眉間にシワを寄せる。どうやらさっきの話を深堀りする気はないらしい。私も私で改めてパスタの美味しさに気付けたので、黙って皇羽さんの話を聞く。「 Ign:s を嫌うのはお門違いだぞ。作詞家の名前を見たのか?」 「見ていません。 Ign:s が書いているんですよね?」 「ちがう。大体の楽曲は提供される
「よく作詞家の名前を覚えていましたね?皇羽さんは Ign:s のファンなんですか?」 「そんなわけないだろ。むしろレオと間違われて嫌気がさしてるっての」「じゃあどうしてmomosukeのことを知っていたんですか?」 「……たまたまテレビで見て知っただけだ。珍しい名前だしな」珍しいと言われたらそれまでだけど、本当にそれだけ?質問したかったけど、外を見る皇羽さんの横顔が強張っているから聞きにくい。……意図が読めない表情をするのはやめてほしいな。「もしかして何か隠している?」って疑っちゃうよ。ただでさえ Ign:s のレオと瓜二つなんだから、怪しい言動は控えてよね。「あの、皇羽さん」気にしないようすればするほど気になるから、やっばり「何か隠しています?」って聞こうとした。だけど視線を下げた時、皇羽さんと一緒に回った数々のショップバッグが目に入る。久しぶりの買い物はとても面白くて、楽しかった。下着屋さんではひと悶着あったけど、それでも今日は本当に楽しかったんだ。火事で何もかもを失いぽっかり空いた心を皇羽さんと一緒に埋めていく、そんな日だった。今日は心がずっと温かい。「なんだよ萌々」「……いえ、何でもありません」今日が楽しかったから、深く質問するのはやめよう。水をさすことはしたくないし、〝きっと皇羽さんは何も隠していない〟って今なら信じられるから。私は残りのパスタを、一気にフォークに巻き付ける。そしてにっこりと笑って見せた。「パスタがとても美味しいです。皇羽さんも一口どうですか?」 「食わせてくれんの?」パカッと口を開けた皇羽さんが、笑いながら私を見る。今更だけど、家にいる時とは違う雰囲気が(悔しいほど)カッコイイ。いや家にいる時もカッコイイけど、ビシッと私服を着こなしている分〝さらに〟だ。頭上にぶらさがる照明も、いい塩梅に彼を照らしている。「〝あーん〟なんてしませんよ?恥ずかしいじゃないですか」「恥ずかしい?萌々がしてくれるなら大歓迎だけどな」そんな調子のいいことを言う、一般人とは程遠いイケメンの皇羽さん。私を見る眼差しが優しい。というか妙にソワソワして色めき立って見えるのは気のせい?「なぁ萌々」 「ん?」「夜の下着、さっき買った中のどれにする?想像すると楽しみで何にも手につかねー」 「……」それが原因で、お昼時だというのにコ
その後。いつもの雰囲気に戻った私たちはパスタを食べ終え、あいも変わらず口喧嘩しながら家へ帰った。口喧嘩の内容はというと……。「どうして皇羽さんはヘンタイ発言しか出来ないんですか!」 「逆に、どうしてその発想に至らないのか不思議だな」事の発端はこうだ。ショッピングから帰宅後、皇羽さんに用事があったけど姿がなかったため彼の部屋をノックした。でも返事がないから「寝ているのかな?」と思い、静かにドアを開けようとしたのだ。だけど私の背後から、ニュッと骨ばった手が伸びる。『待て。そこはダメだ』 『わ!』どうやら自室ではなく寝室にいたらしい皇羽さんが、まるで狩りをする獣のごとく光の速さで駆け寄った。そして頑なに自室への入室を拒否したのだ。そんなことをされたら〝部屋の中に何があるのか〟気になって仕方がない。だから「部屋に入ってみたい」とド直球に〝お願い〟してみた。だけど皇羽さんは「ダメだ」の一点張り。それでも引き下がらない私に、皇羽さんはとある約束を(半ば強制的に)とりつけた。『俺との生活で約束してほしいことは一つだけ。絶対に俺の部屋に入らない事、いいな?』 『もし破ったら?』『俺の目の前で、今日買った下着を順番につけてもらう』 『ヘンタイ!!』そうして冒頭の口喧嘩へ繋がる、というわけだ。でも侮れないのが、皇羽さんは「やると言ったらやる男」だということ。もし私が皇羽さんの部屋に入ったら、確実に生着替えをさせられる。だから絶対に入らない!でも、どうして入ったらダメなんだろう。ここまでして私から自室を遠ざけるなんて、中に〝とびきりヤバい物〟があるに違いない。それって何だろう。気になる。腕を組んでうなる私。そんな私を見た皇羽さんはとびきり大きなため息を吐きながら、買い込んだショップバッグを床へ置く。次におもむろにシャツを脱ぎ始め、たくましい腕に引っ掛けた。「ギャ!いきなり何ですか!」「汗かいたんだよ。風呂に行ってくる」「まだ夕方ですよ?」「いい。それより早くスッキリしたいんだ」すれ違いざま、皇羽さんが持つシャツから香水の匂いがする。皇羽さんも香水をつけるらしく、玄関にいくつか瓶が置いてあった。今日ショッピングに行く前、興味本位で嗅いだらいい匂いだったからよく覚えている。「だけど、さっき匂ったのは違う香りだよね?」きっとショッピング中、ナンパされ
きっと重かっただろうな。それでも顔色一つ変えずに、私がお店を気にしたら「入るか」といろいろ寄ってくれたんだよね。遠くにあるお店が気になった時も、すかさず「行くぞ萌々」って。私のどんな仕草も見逃さない皇羽さん。裏を返せば、それだけ私のことをたくさん見ているのかな?気にしているってこと?それは居候の身としては有難い。だけど「過保護すぎない?」とも思ったり。いや絶対に過保護だ。だって……「このショップバッグの数が物語っているよね。明らかに買い過ぎだよ」いち、に、さん……すごい。十を超えている。というか二十までいきそうだ。でも考えてみれば妥当だ。だって回ったショップのほとんどで買い物をしたのだから。遠慮する私に、皇羽さんがどんどん買う物を運んで来たんだ。「萌々はこっちが似合う」とか「これ必要だろ」って。あれこれ口を出されすぎて、まるで皇羽さんの買い物に行ったみたいだったよ。やっぱり皇羽さんは過保護だ。「でも全部のお金を出してもらっちゃった……アルバイトして絶対に返さないと!」意気込んだけど足が疲れたから、少しだけソファへダイブする。三キロくらい体重が減ったかも?って思うほど、すごい運動量だった。「ふー」と息を吐きながら目をつむる。すると頭の中に、一日一緒にいた皇羽さんの顔が浮かんだ。過保護の皇羽さん。だからといって侮れない皇羽さん。パスタのお店で私がトイレへ行く時、あの質問をされた時はビックリした。――一年前、この辺りで何か買った?――例えば〝ドキドキするもの〟みたいなあれは一体どういう意味だったんだろう。「心当たりがない」と完璧に言えないから返答に困った。だから「知りません」とあいまいに返したけど、あれで良かったかな。でも「だよな」とアッサリ引き下がった皇羽さんを見るに、深く考えずに質問したことだったかな?「皇羽さんが優しいのは分かったけど、それでも〝まだまだよく分からない人〟なんだよね」どういう理由があって私を部屋へ置くのか。どうしてここまで尽くしてくれるのか。何か考えがあるのか、それとも全くないのか。「むしろヘンタイな考えしか頭になかったりして」チラリと下着屋さんのショップバッグを見る。今日の夜から着るわけだけど、まさか「見せろ」とは言わないよね?あぁ、まさか自分の身を二十四時間ずっと気にする日が来るとは……。皇羽さんって基本はいい人なんだ
その後。いつもの雰囲気に戻った私たちはパスタを食べ終え、あいも変わらず口喧嘩しながら家へ帰った。口喧嘩の内容はというと……。「どうして皇羽さんはヘンタイ発言しか出来ないんですか!」 「逆に、どうしてその発想に至らないのか不思議だな」事の発端はこうだ。ショッピングから帰宅後、皇羽さんに用事があったけど姿がなかったため彼の部屋をノックした。でも返事がないから「寝ているのかな?」と思い、静かにドアを開けようとしたのだ。だけど私の背後から、ニュッと骨ばった手が伸びる。『待て。そこはダメだ』 『わ!』どうやら自室ではなく寝室にいたらしい皇羽さんが、まるで狩りをする獣のごとく光の速さで駆け寄った。そして頑なに自室への入室を拒否したのだ。そんなことをされたら〝部屋の中に何があるのか〟気になって仕方がない。だから「部屋に入ってみたい」とド直球に〝お願い〟してみた。だけど皇羽さんは「ダメだ」の一点張り。それでも引き下がらない私に、皇羽さんはとある約束を(半ば強制的に)とりつけた。『俺との生活で約束してほしいことは一つだけ。絶対に俺の部屋に入らない事、いいな?』 『もし破ったら?』『俺の目の前で、今日買った下着を順番につけてもらう』 『ヘンタイ!!』そうして冒頭の口喧嘩へ繋がる、というわけだ。でも侮れないのが、皇羽さんは「やると言ったらやる男」だということ。もし私が皇羽さんの部屋に入ったら、確実に生着替えをさせられる。だから絶対に入らない!でも、どうして入ったらダメなんだろう。ここまでして私から自室を遠ざけるなんて、中に〝とびきりヤバい物〟があるに違いない。それって何だろう。気になる。腕を組んでうなる私。そんな私を見た皇羽さんはとびきり大きなため息を吐きながら、買い込んだショップバッグを床へ置く。次におもむろにシャツを脱ぎ始め、たくましい腕に引っ掛けた。「ギャ!いきなり何ですか!」「汗かいたんだよ。風呂に行ってくる」「まだ夕方ですよ?」「いい。それより早くスッキリしたいんだ」すれ違いざま、皇羽さんが持つシャツから香水の匂いがする。皇羽さんも香水をつけるらしく、玄関にいくつか瓶が置いてあった。今日ショッピングに行く前、興味本位で嗅いだらいい匂いだったからよく覚えている。「だけど、さっき匂ったのは違う香りだよね?」きっとショッピング中、ナンパされ
「よく作詞家の名前を覚えていましたね?皇羽さんは Ign:s のファンなんですか?」 「そんなわけないだろ。むしろレオと間違われて嫌気がさしてるっての」「じゃあどうしてmomosukeのことを知っていたんですか?」 「……たまたまテレビで見て知っただけだ。珍しい名前だしな」珍しいと言われたらそれまでだけど、本当にそれだけ?質問したかったけど、外を見る皇羽さんの横顔が強張っているから聞きにくい。……意図が読めない表情をするのはやめてほしいな。「もしかして何か隠している?」って疑っちゃうよ。ただでさえ Ign:s のレオと瓜二つなんだから、怪しい言動は控えてよね。「あの、皇羽さん」気にしないようすればするほど気になるから、やっばり「何か隠しています?」って聞こうとした。だけど視線を下げた時、皇羽さんと一緒に回った数々のショップバッグが目に入る。久しぶりの買い物はとても面白くて、楽しかった。下着屋さんではひと悶着あったけど、それでも今日は本当に楽しかったんだ。火事で何もかもを失いぽっかり空いた心を皇羽さんと一緒に埋めていく、そんな日だった。今日は心がずっと温かい。「なんだよ萌々」「……いえ、何でもありません」今日が楽しかったから、深く質問するのはやめよう。水をさすことはしたくないし、〝きっと皇羽さんは何も隠していない〟って今なら信じられるから。私は残りのパスタを、一気にフォークに巻き付ける。そしてにっこりと笑って見せた。「パスタがとても美味しいです。皇羽さんも一口どうですか?」 「食わせてくれんの?」パカッと口を開けた皇羽さんが、笑いながら私を見る。今更だけど、家にいる時とは違う雰囲気が(悔しいほど)カッコイイ。いや家にいる時もカッコイイけど、ビシッと私服を着こなしている分〝さらに〟だ。頭上にぶらさがる照明も、いい塩梅に彼を照らしている。「〝あーん〟なんてしませんよ?恥ずかしいじゃないですか」「恥ずかしい?萌々がしてくれるなら大歓迎だけどな」そんな調子のいいことを言う、一般人とは程遠いイケメンの皇羽さん。私を見る眼差しが優しい。というか妙にソワソワして色めき立って見えるのは気のせい?「なぁ萌々」 「ん?」「夜の下着、さっき買った中のどれにする?想像すると楽しみで何にも手につかねー」 「……」それが原因で、お昼時だというのにコ
「〝今度は俺が幸せにしてやる〟って……何を言ってるんですか皇羽さん。お金がたまって住むところが決まれば、すぐマンションから出て行きます。いつまでも皇羽さんに頼るつもりはありませんよ」混乱した頭の風通しを良くするよう一息つく。落ち着きを取り戻した後、また話を続けた。「第一さっきの言葉、まるでプロポーズみたいでしたよ?もし私が生涯路頭に迷ったら、墓場まで一緒に行ってくれるんですか?絶対にしないですよね?さっき無意識に発言しましたよね?あ~あ、これだからモテる男の人は困ります」……うそ、全然落ち着いてない。その証拠に、自分でもビックリするくらいペラペラと喋ってしまう。口が勝手に動いてしまう。皇羽さんの「俺がお前を幸せにしてやる」発言が、頭の中をグルグルと回る。思いもしない言葉を聞いたせいで混乱が八割、トキメキが二割。このまま皇羽さんと一緒にいたらどうなるんだろうって、ありもしない未来を一瞬だけ想像しちゃった。だけど私はただの居候で、期間限定の同居人だ。それなのにロマンティックなセリフを聞いただけで流されるなんて……危ない危ない。きっと皇羽さんは「俺がお前を幸せにしてやる」=「俺の家にいる間はのんびり過ごせ」って言いたかったんだよね?きっとそうだ。自分の納得いく答えが出てスッキリする。すると食欲が増し、再びパスタをフォークに巻き付けた。その間、皇羽さんはじっと私を見つめる。頼んだコーヒーは冷めたらしく、湯気が消えていた。「皇羽さん?」 「……まぁ萌々なら〝自力で幸せを掴む〟って言うよな」ポツリと一言こぼすと、皇羽さんは今までの真剣な表情から一変。脱力した様子で、コーヒーを喉へ流し込む。「じゃあ俺からアドバイス。自分には何もないって思っている奴の方が意外と色んなモンを持っている。世の中そんなもんだ」 「つまり、どういうことですか?」 「萌々はスゴイってこと」いやいや分からないよ。もしかして励ましてくれている?小首をかしげていると、皇羽さんが「てかさ」と眉間にシワを寄せる。どうやらさっきの話を深堀りする気はないらしい。私も私で改めてパスタの美味しさに気付けたので、黙って皇羽さんの話を聞く。「 Ign:s を嫌うのはお門違いだぞ。作詞家の名前を見たのか?」 「見ていません。 Ign:s が書いているんですよね?」 「ちがう。大体の楽曲は提供される
「正確にはIgn:s のデビュー曲が嫌いなんです」 「デビュー曲?」「『Wish&』です」 「嫌いな割にはよく知ってるな」「友達が Ign:s を大好きなだけです」 「ふーん」大盛りパスタを注文した私とは反対に、皇羽さんはコーヒーだけ頼んだ。運ばれてくると、サングラスを外して長い足をキレイに組む。カップを持ち上げている姿はどこぞのモデルで、まるで撮影中みたいだ。「一つ聞きたいんだが」サングラスをとっているから、皇羽さんとバッチリ視線がぶつかる。私を探るように、漆黒の瞳がこちらへ向いた。「デビュー曲が嫌いな理由は?歌い方かダンスか、それとも歌詞が嫌いなのか?」 「歌詞が嫌いです」 「……マジ?」今まで一番驚いた顔で、皇羽さんは私を見た。なにやら衝撃を受けたらしく固まってしまう。試しに顔の前で「おーい」と手を振っても、何の反応もない。気にせずパスタを何口か食べていると、やっと皇羽さんは正気に戻ったらしい。まるで息を止めていたように「はぁ~」と長いため息を吐いた後、何を言うでもなく窓の外へ顔を向けた。それきり黙ってしまったから、私は気にせず続きを話す。「歌詞に出てくる女の子が、私とよく似ているんです。お金がなくて苦労している所とか」皇羽さんはチラリと瞳だけ寄こす。顔は窓へ向いたままだけど話は気になるらしく、「それで」といつもより低い声で続きを促した。「私と似ている女の子……なんですけど、その女の子は王子様みたいな人と出会って人生大逆転。今までの苦労がウソみたいに、誰よりも幸せになっちゃうんです」 「つまり〝自分と同じ境遇でありながら最後には幸せになる奴が許せない〟って事か」少し攻撃的な言葉に、思わずムッとする。皇羽さんって「ここぞ」という時にイジワルだ。私が隠したい本音を、わざわざ引っ張り出してくるんだもん。「……誰もそこまで言っていませんよ」への字になった自分の口へパスタを運ぶ。あれ?おかしいな。さっきまで美味しかったのに、今じゃ全く味がしないや。まるで素パスタを食べているみたい。「もう。皇羽さんのせいですよ。嫌な話をしたせいで気分が下がっちゃいました」 「……」一方的に怒る私を見ても、皇羽さんはいつになく静かだった。さすがに家での口ケンカを外で再現する気はないらしい。周りのお客さんの迷惑にならないよう、急いで私も口を閉じ
私の指が食べられた瞬間。皇羽さんの舌の感触にビックリして、思わず「あ」と声を上げてしまう。その声が上ずってしまい、妙になまめかしくなった。いやらしい声を皇羽さんに聞かれるのが恥ずかしくて慌てて口を押さえる。今の声、皇羽さんに聞かれた?聞かれなかった?どっち……!?不安を覚えながら、皇羽さんへ顔を向ける。すると彼は無表情で私を見つめていた。もっとニヤニヤしているかと思ったのに意外だ。少し見直しちゃった。そう思った直後「はぁ~」と皇羽さんがため息を吐く。サングラス越しに黒い瞳がギラついて見えるのは、気のせいだろうか。「お前って奴は本当に。マジでどうなってんだよ」 「〝 どう〟とは?私は別にどうもなっていないですよ?」「いや、なってる。現に、場所を選ばず俺を〝その気〟にさせてるだろ」 「勝手になってるだけじゃないですか……」そうか。さっき皇羽さんが無表情だったのは、頭から「その気」を追い払っていたんだ。せっかく皇羽さんを見直したのに、まさか〝 私の声で興奮した頭〟を冷やしていたなんて。「大体あれだけナンパされている人が、たかだか女子高生の色っぽい声を聞いただけで反応するなんて」呆れながら言うと、皇羽さんは頭を横へ振りながら「違う」と否定した。「女子高生の声なんて聞いても何も思わない。俺は、萌々の声だからこそ…………」「私の声だからこそ?」「……思い出させるな」大きな手で顔を覆った皇羽さんを、恐る恐る覗き見る。するといつもの強気な雰囲気ではない、耳を赤くした皇羽さんが視界に写った。眉間にシワを寄せている……いや、あれは困った顔かな?皇羽さんの意外な一面に、思わずプッと吹き出しちゃう。「ともかく、あんな声を聞いただけで顔を赤くするなんて。皇羽さんって意外にウブなんですね」 「おい萌々。今日の夜は覚えていろよ?」下着のショップバッグを左右へ動かしながら、真顔に戻った皇羽さんが脅してくる。もちろん私は高速で「すみません」と謝った。◇その後。私たちは朝食を食べるために、ゆったりした曲が流れるイタリアンのお店に入った。「それで?なんで萌々は Ign:s が嫌いなんだよ」 「えぇ……」今それ言う?運ばれてきたパスタに手をつけようとした瞬間、そんな話題を振るなんてあんまりだ。私はギュッと口をへの字に曲げる。「今する話じゃありません」 「じ
皇羽さんの衝撃的な爆弾発言に、レジのスタッフさんも近くにいたお客さんも動きを止めた。皆が皆、両目をハートにして皇羽さんを見つめている。「あんなにイイ男に抱かれるなら本望よ」と血迷った声さえ聞こえる。「さ、先に外へ出ます!」恥ずかしさに耐えられず、クルリと向きを変える。その際に皇羽さんとスタッフさんの会話が聞こえた気がしたけど、聞かなかったことにしてダッシュで外へ飛び出した。その時の会話が、どんなものだったかというと……「愛されてますねぇ彼女さん」「でしょ?可愛いアイツ見られるのは俺の特権だからね」「はぁ~いい男ですねぇ。でも、あなたどこかで」「おっと、じゃあね」私を追いかけるため、ショッピングバッグを持ってお店を後にする皇羽さん。スタッフのお姉さんは名残惜しそうに「ありがとうございました」とお辞儀をした。一方。先にお店を出た私は、お店から遠い場所に設置された無人のベンチに座っていた。皇羽さんと一緒に行動すると疲れるから、ちょっと休憩。「人前であんな恥ずかしい事を言うなんて。皇羽さんどうかしてるよ……」本人がいないのをいいことに悪口を言いまくる。といっても今まで皇羽さんからされてきた事を思えば、少々の悪口を言ってもきっとバチは当たらない。「だいたい下着屋さんに入るのもダメだし勝手に選ぶのもダメだよ。全部私の好みだったけどさ」「へぇ好みならいいじゃん。何に怒ってんだよ」「わ⁉」振り向くと、ベンチの後ろに皇羽さんが立っていた。かけ直したサングラスから漂う、どこぞのVIPオーラ。加えて体格も顔もいいから困りものだ。本当にアイドルじゃないの?むしろアイドルじゃないとおかしいよ。……いや、皇羽さんが本当にアイドルだったら困るけどさ。「萌々?もーも?」皇羽さんは後ろから、不満そうに私の顔を覗き込む。……むぅ。下着屋から離れた場所にいた私をすぐに見つけるなんて。皇羽さんには、私を見つけるセンサーでもついているのかな?彼の急な登場に、ビックリして言葉が出ない。「なにビックリしているんだよ。まさか俺から逃げられると思ったのか?甘いな萌々」「逃げられるとは思っていないです。それよりも何よりも、下着屋さんでの皇羽さんの言動が恥ずかしかったんです!」必死に訴えるも皇羽さんは興味なさげに「ふーん」と言うだけで、自分が悪いと思っていないみたい。「もう」と
「ナンパはどうしたんですか?」 「あんなの構ってたらキリないだろ。流して終わりだっての」 「キリないくらいナンパされたんですね……」さすがイケメンは言うことが違う。感心していると、私よりも先に皇羽さんが店の中へ入っていく。そして近くにいた店員さんを呼び止めた。「ここって男性の入店は可能ですか?」 「ひ、イケメン!本来ならお断りしているのですが、特別に許可できます!」なんでよ!顔を赤くした店員さんに物申したい。こんな危険生物を許可したらダメ!絶対に!だけど私の願いもむなしく、私と皇羽さんは二人一緒に試着室の前へ案内される。店員さんが「いま話題の下着は」と説明し始めると、話も聞かず皇羽さんは立ち去った。え、まさか遠慮してくれたの?さすがの皇羽さんも、下着を選ぶ時くらいは気を遣ってくれたんだ!良かった~と安堵の息が漏れる。だけど一秒後、私は大後悔することになる。「はい、萌々」 「え?」皇羽さんは、別の店員さんと一緒に三つの下着(上下セット)を持って来た。そして当たり前のように「ん」と私に渡してくる。「着けてみろ。ぜったい萌々に似合う」 「は?」いやいやいや。なんで皇羽さんに下着を選ばれなきゃいけないの!だけど店員さん同士は顔を見合わせて「ごゆっくり」とニヤニヤしながら姿を消した。えぇ!店員さんは気を遣わなくていいんだよ!姿を消さなくちゃいけないのは皇羽さんの方!店員さんは今すぐ戻ってきてください!お願いします!だけど私の願いも虚しく、私たちだけ残されたこの場に閑古鳥が鳴く。さっき皇羽さんに「気を遣ってくれたんだ」と思った私がバカだった……。しばらく抵抗していたけど、ずっと下着屋さんにいるのも申し訳ない。だから諦めて試着することにした。もちろん皇羽さんを試着室の外へ追い出して。だけど往生際悪く「あ」と皇羽さんがカーテンの隙間から手を伸ばし、私の服を引っ張る。「着け方がわからないなら俺がつけてやろうか?」「!」また、この人は!からかわれたのが悔しくて「結構です」と試着室のカーテンを閉める。カーテンの向こうでは、クツクツと笑う皇羽さんの声が響いていた。「もう……。喋りすぎて喉が渇いちゃったよ」だけど正直な話、皇羽さんが下着を選んでくれて助かった。いつも私はテキトーに下着を選んじゃうし、そもそもこれほどきちんとしたお店で買った事がない
「え、ちょっと。何ですか皇羽さん」私の静止を振り切り、熱くなった手を私の肩に置く。そしてあろうことか、そのまま思い切り下へ力を込めた。ズルッ今にもずり落ちそうだったシャツは、皇羽さんの手で簡単に肩から外れる。すぐさま私のそれが露わになり、空気に当たってスース―し始めた。「きゃ!皇羽さん見ないでください!」 「……はぁ」私の悲鳴を聞いて、なぜか皇羽さんはため息をつく。丸見えの私の肩に自分の頭を乗せ、熱い呼吸を繰り返した。いやいや何に浸っているかは知りませんが、今すぐ私から離れてください。下着の紐が丸見えで恥ずかしいから今すぐ直させて!そう心の中で懇願する。だけど、「たまんねぇな……」 「ひゃっ」皇羽さんの吐息がくすぐったい。笑いそうになるのをこらえながら、上目遣いで皇羽さんを見た。「皇羽さん、それやめて?」 「……」 「もう。退けてくれないなら逃げるまでです」膝を折って座り込む。その隙に、肩から落ちたシャツを元の高さに戻した。皇羽さんに「なんで肩を隠すんだよ」ってグチグチ言われそう。だけど皇羽さんの口から出てきたのは、意外な言葉だった。「萌々は〝自分が可愛い〟って事をもっと自覚しろ」 「はい?」「必死で〝俺の俺〟を抑える俺の身にもなれよな」 「よく分からないですが、今こんな所で肩をむき出しにされた私の身にもなってほしいです……」こんなケモノみたいな人と衣食住を共にしている私の身がとても心配だ。もしもの時は股を蹴ってでも逃げよう――静かに決意表明すると、空から大きな何かが降って来る。バサッ「わ⁉」 「着替えろ」再び白いシャツが飛んできて、私の頭に引っかかる。今着ているシャツよりも、少し小さそうだ。「いま萌々が着ているのは、俺でさえ大きいサイズだからな。本当に貸そうと思っていたシャツは、そっち」 「なんでわざわざ大きいサイズを着させたんですか?」「そんなの」と皇羽さんはスッと目を細めて嘲笑する。「俺が見たかったからに決まってんだろ」 「……」そうですか――とはならなかった、その後。また口喧嘩を始めた私たちは各々の身支度に取り掛かる。そして必要な物を買い足しに、皇羽さんと初めてのお買い物に出発した。◇「お支払いはいかがされますか?」 「カードで」 「……」皇羽さんを「お金がない者同士、私と仲間かもしれない」