日本舞踊家の家に生まれ、自身も師範を持つ百合乃は日本舞踊家として指導をしたりして充実した毎日を送っていた。ある日、父からお見合い話をされ顔合わせすることになる。顔合わせ当日、やってきたのは亡くなった姉と婚約者だったイケメン華道家・月森流家元の月森郁斗だった。
Lihat lebih banyakすやすやと寝息を立てて眠っている彼女はいつもの綺麗で凛々しい表情ではなく、可愛らしい寝顔をしている。思わず髪に触れて撫でてみると、くすぐったかったのか体を歪ませた。その姿が小動物のようで可愛らしい。 ――やっとだ。やっと、彼女が俺の手の中に出来た。 彼女と出会ったのは、俺が高校生で彼女は中学生の頃。 場所は、月森(うち)の家元が使うことが許される稽古室だった。俺は、いつもの日課のように当時の家元である祖母と稽古をしていた。 「郁斗、今日はね千曲家のお嬢様方が来るわよ」 「……千曲家? お祖母様のお友達の?」 「そうよ。妃菜ちゃんと百合ちゃんって言ってね、ずっと頼(らい)の元で稽古していたのだけど私のとこでお稽古してもらうことになったのよ」 頼というのは、お祖母様が1番信頼している師範だ。なのに頼から祖母に来るなんてよっぽど優秀なんだろう。それに、その二人のどちらかと婚約するんだろうと軽く思っていた。 「初めまして。千曲妃菜乃です」 「……はじめまして、千曲百合乃です。よろしくお願いします」 二人はとても似ており、とても瓜二つ。まるで双子のような顔をしていたが、性格は正反対だった。 妃菜乃ちゃんは、俺と同い年で明るく年相応の女の子。昔からかっこいいと持て囃されていたこの顔を見てうっとりとしてその辺の女のような反応を見せた。だが、百合乃ちゃんは大人しくお淑やかな箱入り娘という感じでとても可愛らしかった。 この日はあまり話せずに終わってしまったのだが、その後も稽古で一緒になることがあったが話は出来ずにいた。そんなある時、祖母に誘われて千曲流日本舞踊発表会へと見にいくことになった。 日本舞踊をみるのは初めてだったけど、あの姉妹が出るのだと聞いてとてもワクワクしていた。 二人は家元の娘ということで演目の最後の方だった。 最初に出てきたのは姉の妃菜乃ちゃんの方だ。歌とかはよく分からないのだが、彼女はとても完璧だった。周りの観客もさすがだとか家元の娘だものねだとか言っていて完璧の踊りなのだと理解する。 妃菜乃ちゃんが踊り終われば、舞台は真っ暗になりアナウンスがかかり唄が聞こえだす。そして、一気に舞台が明るくなった。 そこには、美しい天女がいた。 確か妃菜乃と同じ演目だったはずなのに全く違う。全ての動きが洗礼されていて、覚
エレベーターで上に上がり、宿泊する部屋に到着する。さっきは気付かなかったけど、よく見たらとても豪華な部屋だった……というか、フロア貸切ってお金どれだけ使ってるんだろう。「百合ちゃん、座っていてお茶淹れるから」「え、それなら私がします」 この部屋は小さなキッチンがあってお湯が普通に沸かせる。「いいから、座ってて。あ、コーヒーとあるみたい。煎茶と紅茶とコーヒー何がいい?」「そうですね、郁斗さんは何飲みますか?」「俺は今日はコーヒーにしようかなって。少し暑いしアイスを作ろうかなって」「じゃあ、私もコーヒーがいいです」 郁斗さんは「了解」と言ってお湯を沸かし始めた。チラッとそちらを見ればインスタントだと思ったが、ドリッパーにフィルターをセットしていた。「郁斗さん、本格的ですね」「うん。コーヒーがあるの知ってて、ホテル側にドリッパーを準備してもらっていたんだよ」「え、そうなんですか?」 話をしているとお湯が沸いていて、それを止めると彼はドリップポットにお湯を注いだ。「いつもコーヒーはこうやって淹れてるんですか?」「いや、仕事が休みの時だけかな。あとは朝に余裕があれば」「そうなんですね」 コーヒーのドリップが終わり、マグカップにコーヒーが注がれる。それをソファのあるテーブルへと運んでくれた。「……ありがとうございます、いただきます」 「どうぞ、召し上がれ」 湯気が立つマグカップに口をつけ一口飲む。コーヒーの香りと共にフルーティーで爽やかな味が口いっぱいに広がる。「……美味しい、郁斗さん、美味しいです」「良かった。誰かに淹れるのは初めてだったから喜んでもらえてよかったよ」「こんなに美味しいのに……なんだか特別って感じがして嬉しいです」「俺の奥さんなんだから特別だよ」 郁斗さんはそう言いながらコーヒーを飲んでそろそろディナーの予約時間が迫っているからと私に告げる。 私もコーヒーを飲み終わると、ディナーに行くために彼が用意していたレースのバックリボンが可愛いらしい背中開きのワンピースに着替えをした。 準備が終わった郁斗さんと一緒に部屋を出ると、エスコートをされながら最上階の都内が見渡せる夜景の綺麗なレストランへ向かった。ウェイターさんに案内されて個室に入った。 個室は二人の空間になっており、ラグジュアリーな雰囲気もあり緊張し
郁斗さんとのお見合いから早いことで半年が経った。私はラグジュアリーホテルとして有名な唐橋リゾートグループの一つホテルKARAHASHlにある一室にいた。「とてもお似合いです、百合乃様」「ありがとうございます」 今日は私と郁斗さんの結婚式が行われる日だ。天気は快晴。いい天気だ。私たちの結婚式はチャペルではなく、お寺で行われる【仏前式】と呼ばれるものだ。 仏前式とは、仏様やご先祖様に結婚の挨拶をして二人巡り会えたご縁に感謝をする儀式であり一度結婚すると来世まで連れ添うという仏教の教えにのって新郎新婦が仏様の前で来世まで結びつきを誓う。そして、その中で【念珠授与】と呼ばれる儀式は結婚の祝いとして白房の数珠を新郎に赤房の数珠を新婦に僧侶が授けるといった特徴的なものがある。「郁斗様がいらっしゃいましたが、通してもよろしいでしょうか?」「はい。どうぞ」 そう言えばスタッフと共に黒紋付き羽織袴を着た郁斗さんが入ってきた。「百合ちゃん、綺麗だよ」「郁斗さん。ありがとうございます……郁斗さんもとても素敵です」 私の花嫁衣装は白無垢で錦織の正絹という天然の絹でできた高級感のある光沢を持ち手触りも滑らかな素材で色は完全の白ではなく少しクリーム色がかかった色味になっている。 柄には吉祥の象徴とされる“松竹梅”や長寿の象徴の“菊”に華やかな“牡丹”に“桜”、番になると一生添い遂げるという風習のある“鶴”や吉兆があるとされる“鳳凰”という金刺繍施されているものだ。 髪型は伝統的なヘアスタイルで頭の上の方で髷を結いいくつもの簪で飾る文金高島田というものだ。日本舞踊でもしたことのある髪型だが、やはり違う感じ……緊張しているからだろうか。化粧も昔ながらの|白粉《おしろい》を水で溶いたものを肌に乗せていく水化粧というものに赤い紅をさしたものだ。「何度も衣装でこんな感じのものを着ているのに、やっぱり違いますね。緊張もあるかもしれないですけど、とても気持ちが昂ってます」 「そうか。俺も和装は慣れていると思っていたのだが、なんだかくすぐったい。だけど、綺麗な百合ちゃんを見せたくはないな」 和装でも座りやすいソファに横並びで座ると、郁斗さんは私の手を握って「今はこれくらいしかできないからね」と指を絡ませた。 何を話すでもなく、そのままでいるとあっという間に時間になった
お見合い当日はとても朝から温かくて気持ちが良く、快晴だった。 そして大安という吉日だから縁起がいい。きっとこの縁談を持ってきたのではないかと思われるお祖母様がこの日を指定したと思う。 「綺麗ね、百合乃ちゃん」 「ありがとう、お祖母様」 早起きした私はパパッと支度をして美容院に送られた。そこで振袖を着て髪をセットされる。編み込みがされている緩い感じのシニヨンは自分ではできない髪型だ。 「……可愛いわね」 そう呟いたお母さんは振袖を見て懐かしむような表情をする。 美容師さんはすごいなぁと思いながら鏡を見ていれば、お父さんがノックをしてピョコっと顔を出した。「百合乃、そろそろ大丈夫か?」「うん、大丈夫だよ」「似合ってるな、母さんの若いときにそっくりだ」「……ありがとう、お父さん」 私は立ち上がると、お父さんとお祖母様と一緒に美容院の前に停めてある車に向かう。運転手がドアを開けてくれて乗り込む。 今日はお留守番らしいお母さんにここで見送られて車は出発した。 美容院からお見合いする場所である【高級寿司・風花(ふうか)】までは三十分かかる。都内から外れた小高い丘にある。 【高級寿司・風花】は、江戸時代から続くお寿司屋で戦前は旧華族や皇族も通う老舗であり、今でも富裕層の方々に人気の高級寿司店だ。それに、一度テレビで特集されたため予約も殺到していて三ヶ月待ちと聞いたことがあるけど……お金を注ぎ込んだのか、それともそれくらい前から話がでていたのか。 到着して車から降りると、そこには立派な門構えがあった。門を潜って玄関に到着すれば、高級旅館を思わせる都心の喧騒を感じさせないどこか神秘的な雰囲気が漂う。 玄関に入れば、仲居が綺麗なお辞儀で出迎えてくれた。「いらっしゃいませ、千曲様。お待ちしておりました」 ここは担当の仲居が付くらしく今日はこの人らしい。「私、ナガヤマと申します。よろしくお願いいたします。では、ご案内しますね」 お見合いをする場所は、奥らしいのでその途中骨董品らしきものが飾られていた。きっと父は価値とかが分かるんだろうなと思うが全くわからない。 個室の手前にあるお手洗いも教えてもらい奥へ進むと、そこには綺麗な華が飾られていた。 確かこれは木瓜とピンポンマムだった気がする。それに、郁斗さんの作風に似てる……?いつだったか、
私には、『鳳翠』として指導をしているので毎日ではないが稽古日がある。一週間の中で月曜水曜木曜がキッズ教室で、初心者向け教室は火曜金曜土曜とあり門下生は週何回とかは決まっていないが大体が金曜土曜日曜だ。だからほとんどが休みがないように見えるが、キッズも初心者も夕方からなので午前中は休むことができる。 稽古室があるのは千曲流日本舞踊会館の中に三つ棟があってその中の一つで行われる。師範室から移動して稽古室の一つの部屋に向かった。 「――では、お辞儀から始めましょう」 今日は、初心者向け教室の日。初心者教室はいくつかクラスがあり私が担当しているのは趣味としてやっている方々で十人ほどのクラスだ。着物の着付けもあるし礼儀作法も学べるため、人気がある教室で教室が始まってすぐは基本のお辞儀の復習からだ。 日本舞踊の稽古は“礼にはじまり礼に終わる”。基本中の基本であり、踊り中でもお辞儀をすることがあるため大切になる。 扇子を膝の前に置き、背筋を伸ばし肩甲骨をつけ肩を下ろし力を入れず顎を引く。ゆっくりと前に手をつき、一旦止めて挨拶をしながら頭を下げる。その時は肘をなるべくつけて、肘を張りすぎず膝を囲うような形でお辞儀をした。そして、ゆっくりと頭を上げ肘を伸ばした形で止まり一呼吸ついてからゆっくり手を伸ばして最初の形に戻るとお辞儀が終わる。 このお扇子をおくという行為は、“自分と師匠の間に一線を引く”“謙虚な姿勢で踊りを習う”という心の表れと意味がある。たかがお辞儀一回二回と言われるがこのお辞儀が難しいし、今後ステップアップをしていく中で踊りをするときにつまづいてしまうこともあるから私は力を入れている。 お辞儀がある程度できるようになると、次にお扇子の扱い方を学ぶ。扇子は紙と骨と要、なまりで出来ているため上に投げてもなまりが入っているため要から降りてくるようになっている。 扇子は、胸の高さで持ち親骨を一つ開き平らに奥へと広げていく。握り込みで持った扇子を右膝につけ、左手を手前に立てて手のひらで前に閉める――それが扇子の開き方だ。 それからすり足と呼ばれる基本の足の運びを説明をしながら実践してもらう。「姿勢を正しくして腰を入れてから正面へ足を滑らすように足の裏が地面から離れないようにして重心がぶれないように気をつけてね」 すり足が上手くできるようになったら、夏の
稽古着であるお気に入りである芥子色の着物を来て帯を締める。建物内にある【お稽古室・桜】という稽古部屋に入ると荷物を置いた。「……よし、やるか」 スマホの音楽アプリに登録してある曲【藤娘】をタップしてスピーカー機能のある機械にセットすれば、いつもと同じ三味線の音が聞こえ『津の国の――』と唄が始まり踊り始めた。 この長唄である藤娘は、日本舞踊といえば藤娘(これ)!と言われるくらい有名な曲であり藤の花の精が娘の姿で現れて女心を踊る作品のこれは私の大好きな曲だ。 部屋のドアが勢いよく開く。踊り始めたばかりだが、音楽を停止させる。「百合乃、邪魔するよー」「……慶翠(けいすい)さま、返事してないです。言ってください」「どうせ言っても聞こえないだろ? それに慶翠とか他人行儀はやめろよ。お兄ちゃんだろ?」 私、千曲(ちくま)鳳翠(ほうすい)改め千曲百合乃(ゆりの)は千曲流日本舞踊家の家元の娘で私自身も師範代を持っている。日本舞踊家として門下生もいてキッズ教室と初心者教室も受け持っており指導も行っている。 そして急に現れた男性は千曲慶翠といい、同じ千曲流日本舞踊家で次期家元であり、実の兄だ。「ここは家じゃありませんので、ケジメです。割り切ることは大切ですよ」「堅いなぁ」「堅くて結構です。それよりも何か用事があったのでは?」「あ、そうそう。客だよ、客!」 お客様?私に? 私に尋ねて来るとは誰だろうと、入り口をみると男性が入ってきた。「久しぶりだね、百合ちゃん」「郁斗(ふみと)さん。お久しぶりです。今日は、どうしたんですか?」「仕事の打ち合わせだよ。次の公演でいけばなを担当するからね」 郁斗さんは、月森流華道家であり現在の家元で雅名を月森(つきもり)耀壱(よういち)という。祖母同士が友人で小さい頃から月森流華道を一緒に稽古させてもらっていたので幼なじみのような存在だ。 彼は昨年朝ドラの華道監修をしてからイケメン華道家家元として一躍有名となり雑誌や特集番組に出演依頼もたくさん来ているらしいし、SNSでは『国宝級イケメン華道家』とも言われているくらいに顔が整っているし、声も甘い蜂蜜のようで目が合うだけで好きになっちゃうくらいに麗しく綺麗な青年だ。「それに妃菜乃(ひなの)のお墓参りをしてきたから」「そうなんですね」 彼は懐かしむような、悲しそう
稽古着であるお気に入りである芥子色の着物を来て帯を締める。建物内にある【お稽古室・桜】という稽古部屋に入ると荷物を置いた。「……よし、やるか」 スマホの音楽アプリに登録してある曲【藤娘】をタップしてスピーカー機能のある機械にセットすれば、いつもと同じ三味線の音が聞こえ『津の国の――』と唄が始まり踊り始めた。 この長唄である藤娘は、日本舞踊といえば藤娘(これ)!と言われるくらい有名な曲であり藤の花の精が娘の姿で現れて女心を踊る作品のこれは私の大好きな曲だ。 部屋のドアが勢いよく開く。踊り始めたばかりだが、音楽を停止させる。「百合乃、邪魔するよー」「……慶翠(けいすい)さま、返事してないです。言ってください」「どうせ言っても聞こえないだろ? それに慶翠とか他人行儀はやめろよ。お兄ちゃんだろ?」 私、千曲(ちくま)鳳翠(ほうすい)改め千曲百合乃(ゆりの)は千曲流日本舞踊家の家元の娘で私自身も師範代を持っている。日本舞踊家として門下生もいてキッズ教室と初心者教室も受け持っており指導も行っている。 そして急に現れた男性は千曲慶翠といい、同じ千曲流日本舞踊家で次期家元であり、実の兄だ。「ここは家じゃありませんので、ケジメです。割り切ることは大切ですよ」「堅いなぁ」「堅くて結構です。それよりも何か用事があったのでは?」「あ、そうそう。客だよ、客!」 お客様?私に? 私に尋ねて来るとは誰だろうと、入り口をみると男性が入ってきた。「久しぶりだね、百合ちゃん」「郁斗(ふみと)さん。お久しぶりです。今日は、どうしたんですか?」「仕事の打ち合わせだよ。次の公演でいけばなを担当するからね」 郁斗さんは、月森流華道家であり現在の家元で雅名を月森(つきもり)耀壱(よういち)という。祖母同士が友人で小さい頃から月森流華道を一緒に稽古させてもらっていたので幼なじみのような存在だ。 彼は昨年朝ドラの華道監修をしてからイケメン華道家家元として一躍有名となり雑誌や特集番組に出演依頼もたくさん来ているらしいし、SNSでは『国宝級イケメン華道家』とも言われているくらいに顔が整っているし、声も甘い蜂蜜のようで目が合うだけで好きになっちゃうくらいに麗しく綺麗な青年だ。「それに妃菜乃(ひなの)のお墓参りをしてきたから」「そうなんですね」 彼は懐かしむような、悲しそう...
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