シャープペンシルより愛をこめて。

シャープペンシルより愛をこめて。

last updateDernière mise à jour : 2025-04-02
Par:  日暮ミミ♪Mis à jour à l'instant
Langue: Japanese
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大学の文学部時代に作家デビューした人気恋愛作家・巻田ナミ(23)。 彼女の作品は、シャープペンシルによる直筆原稿によって生み出される。が、いかんせんパソコン書きの作家より原稿は遅れがち。 担当編集者の原口晃太(28)からは「パソコン、習ったら?」としょっちゅうイヤミを言われているが、それでも彼女は直筆にこだわる。 ナミにとって原口は、口うるさくて一番苦手な相手。だったはずが……!?

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1・それでも私は直筆が好き Page1

『――巻(まき)田(た)先生、原稿まだっすか? また遅れてますよ!』 着信したスマホを机の上でスピーカーにすると、担当編集者の原口(はらぐち)晃太(こうた)のイライラした声がダダ漏(も)れてきた。「分(わ)ぁかってます! 明日には書き上がるから、明日まで待って下さい!」 私(あたし)は右手にシャープペンシルを握りしめたまま、スマホに向かって怒鳴(どな)った。『まったく……。あれだけ直筆(じきひつ)は時間がかかるから、パソコン習えって言ったのに』 ……また始まった。原口さんのイヤミ攻撃が。私はブチ切れて反論した。「あーもう! 原口さんのイヤミに付き合ってたら、ホントに原稿間(ま)に合いませんよ! 他に用がないなら切りますね」 私――巻田ナミは、そのまま通話を切った。「はあ……、もう。うるさいったら!」 彼のイヤミ攻撃は、私が作家デビューしてからもう二年間続いている。 もう慣(な)れてしまったからなのか、全然イヤにならないのが不思議(ふしぎ)だ。  私はデビュー作以来、直筆原稿にこだわっているのだけれど。彼はどうも、それが気に入らないらしい。 それはなぜかっていうと……、私はパソコンが使えないのだ。 パソコンで書けば、そりゃあ速いでしょうけど。使えないんだから仕方がない。「――とにかく今は、原稿仕上げないと!」 明日間に合わなかったら、また原口さんのイヤミ地獄(じごく)が待ってる! 私はシャープペンシルを持ち直し、また書きかけの原稿用紙に向き直った――。   * * * * 私が洛陽(らくよう)社の新人文学賞で大賞を受賞して作家デビューしたのは、大学の文学部三年生の時。原口さんと初めて顔を合わせたのは、その授賞式の時だった。「初めまして! 今日から巻田先生の担当編集者を務めさせて頂く、原口晃太といいます。よろしくお願いします」 当時二十六歳(さい)だった彼は、私にとても爽(さわ)やかに挨拶(あいさつ)してくれた。この時の彼には、今の〝イヤミー原口〟の片鱗(へんりん)も何もなかったのに……。 その片鱗が見え始めたのは、デビュー後一作目の原稿を目にした彼の一言(ひとこと)から。「――えっ、巻田先生も原稿、手書きなんですか? 若いのに珍(めずら)しいですね」「…………」 本人には悪気(わるぎ)がなかったみたいだけれど、原口さん...

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1・それでも私は直筆が好き Page1
『――巻(まき)田(た)先生、原稿まだっすか? また遅れてますよ!』 着信したスマホを机の上でスピーカーにすると、担当編集者の原口(はらぐち)晃太(こうた)のイライラした声がダダ漏(も)れてきた。「分(わ)ぁかってます! 明日には書き上がるから、明日まで待って下さい!」 私(あたし)は右手にシャープペンシルを握りしめたまま、スマホに向かって怒鳴(どな)った。『まったく……。あれだけ直筆(じきひつ)は時間がかかるから、パソコン習えって言ったのに』 ……また始まった。原口さんのイヤミ攻撃が。私はブチ切れて反論した。「あーもう! 原口さんのイヤミに付き合ってたら、ホントに原稿間(ま)に合いませんよ! 他に用がないなら切りますね」 私――巻田ナミは、そのまま通話を切った。「はあ……、もう。うるさいったら!」 彼のイヤミ攻撃は、私が作家デビューしてからもう二年間続いている。 もう慣(な)れてしまったからなのか、全然イヤにならないのが不思議(ふしぎ)だ。  私はデビュー作以来、直筆原稿にこだわっているのだけれど。彼はどうも、それが気に入らないらしい。 それはなぜかっていうと……、私はパソコンが使えないのだ。 パソコンで書けば、そりゃあ速いでしょうけど。使えないんだから仕方がない。「――とにかく今は、原稿仕上げないと!」 明日間に合わなかったら、また原口さんのイヤミ地獄(じごく)が待ってる! 私はシャープペンシルを持ち直し、また書きかけの原稿用紙に向き直った――。   * * * * 私が洛陽(らくよう)社の新人文学賞で大賞を受賞して作家デビューしたのは、大学の文学部三年生の時。原口さんと初めて顔を合わせたのは、その授賞式の時だった。「初めまして! 今日から巻田先生の担当編集者を務めさせて頂く、原口晃太といいます。よろしくお願いします」 当時二十六歳(さい)だった彼は、私にとても爽(さわ)やかに挨拶(あいさつ)してくれた。この時の彼には、今の〝イヤミー原口〟の片鱗(へんりん)も何もなかったのに……。 その片鱗が見え始めたのは、デビュー後一作目の原稿を目にした彼の一言(ひとこと)から。「――えっ、巻田先生も原稿、手書きなんですか? 若いのに珍(めずら)しいですね」「…………」 本人には悪気(わるぎ)がなかったみたいだけれど、原口さん
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1・それでも私は直筆が好き Page2
   * * * * ――時間を現在に戻して、それから数時間後。「はー、やっと終わったあ……」 最後まで原稿を書き上げた私は、シャープペンシルを放り出して机に突っ伏(ぷ)した。 スマホで時間を確かめたら、もう日付が変わろうとしている。約束した「明日」には、何とか間に合ったみたいだ。 ――よく考えたら、原口さんはそんなにイヤな人じゃない……と思う。私の方が、勝手に苦手意識を持っているだけで。 確かに彼は、原稿の催促(さいそく)の時には口うるさいし、イヤミったらしいことも言う。けれど、誰よりも私の小説のよさを理解してくれているのも、実は彼なのだ。 だからって、私の彼に対する苦手意識がなくなるわけではないのだけれど……。「あ~……、疲れた。お風呂入って寝よ」 私はたっぷり一時間の入浴を済ませた後、ベッドに入って翌朝まで死んだように爆睡(ばくすい)したのだった。   * * * * ――ピーンポーン、ピーンポーン、ピンポンピンポンピーンポーン …… ♪「ん~? うるさいなあ、もう……」 朝っぱらから聞こえる、ドアチャイムの連打。誰よもう! っていうか、今何時だよ? 私は寝ぼけまなこで、枕元(まくらもと)のスマホに手を伸ばすと電源ボタンを押した。ただ、時刻を確認するだけのつもりだったのだけれど。「…………えっ!? 何これ!?」 表示されていたのは、「着信十件」という文字。すべて原口さんからの電話だった。「あちゃー……」 しかも、今の時刻は十時過ぎ。最初の着信は九時過ぎに入っていたから、彼は一時間も前から電話をかけ続けていたことになる。我(わ)が担当ながら、すごい忍耐(にんたい)力だと思う。 ピンポンピンポンピーンポーン …… ♪ そして、なおもピンポン攻撃は続いているらしい。 私はフラフラした足取りでインターフォンのところまで行き、応答ボタンを押した。ちなみに、モニター画面付きである。「ふぁ~い、ロック今開(あ)けまふ……」 玄関ロックを開けるや否(いな)やピンポン攻撃はピタッと止(や)み、ドアが勢(いきお)いよく開(ひら)いた。「おはようございます……って言いたいところですけど、先生! 俺(おれ)が何回電話したと思ってるんですか!」 彼は、めちゃくちゃ怒っていた。普段の一人称(いちにんしょう)は「僕(ぼく)」なのに、怒ると
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1・それでも私は直筆が好き Page3
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1・それでも私は直筆が好き Page4
 一応プロット(骨組み)はあるものの、締め切り前に焦(あせ)っていたりすると、プロットを無視して勢(いきお)いで書いてしまうことがある。 それは当然の結果として、ストーリーの展開に矛盾(むじゅん)を生(う)んだりする。――そのことを、編集者である彼はどう感じているのか?「いや、これはこれでアリかなと僕は思いますよ。読者の予想をいい意味で裏切る、なかなか面白い展開なんじゃないですか」「ほっ、ホントですか!? よかった……」 私は原口さんの高評価にホッと胸を撫(な)で下ろした。……が、次の瞬間。「内容はこれでいいとして……。パソコンで執筆(しっぴつ)したら、もっと早く原稿も上がってたはずなのになあ」 ……ほら来たよ、いつものイヤミ攻撃が。私はもう慣れたもので、ムッともせずに言い返した。「言っときますけど、原口さん。それ、私がパソ書きしたら、直筆の倍は時間かかりますからね?」「えっ!? ……ば、倍ですか?」 原口さんが目を丸くする。でも、そんなにビックリすることかな、これ?「ハイ。私、昔から両手でタイピングできないんです。キーボード叩(たた)くのに、指一本で一文字ずつしか打てなくて」 私は開き直って、パソコンで原稿を書けない理由をぶっちゃけた。 ローマ字入力だと、あ行(ぎょう)以外は二つ以上のキーを押して打たなければならない。それを右手の指一本でやるのだから、時間がかかるのも当然だろう。「一応、ノートパソコンとプリンターはウチにあるんです。大学時代にパソ書きで短編に挑戦してみたことがあって。でも、三〇枚くらいのを書くのに半月(はんつき)もかかっちゃって、それでパソ書きは諦(あきら)めました」 未(いま)だ両手タイピングができない理由は、その時に指がつってしまったことによるトラウマのせいもあるかもしれない。「それで……、今はパソコンは全然使われてないんですか?」「そんなことないですよ。バイト先でもパソコンは使うので、そのために練習したり、あとはネットで調べものしたりはしてます」「……そうですか」 原口さんはそう言うと、大きなため息をついた。――っていうか、最初の間(ま)はなに? そしてなぜため息をついた? もしかして、ガッカリしたのかな? 私が(彼にしてみたら)下(くだ)らない理由でパソ書きを諦めたから。 私はソファーに座ったまま、隣
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「ああ、ゴメンね! あたしの方が年上だからさ、ついつい馴(な)れ馴れしく呼んじゃうの。別に特別なイミはないから気にしないでね」 ……あ、そうか。琴音先生より原口さんの方が二つ年下なんだっけ。 でも彼女はオトナの女性だから、たとえ何かあったとしても、隠(かく)したりはぐらかしたりするのもうまそうで油断(ゆだん)できない。 とはいえ、私は別に彼女と原口さんとの仲を勘(かん)繰(ぐ)るつもりなんてないけど……。「――あ、話戻しますね。私、苦手な相手を好きになった経験なくて……。琴音先生、そういう経験ありますか?」 年齢(ねんれい)だけでもわたしより七つ年上なうえに、彼女は私より大人の色気もある。恋愛経験だって、確実に私より多いはず。 ――というか、訊(き)いてしまってから「私ってばなんて野暮(ヤボ)な質問をしてるんだろう」と思ったけれど。「苦手な人を好きになった経験? うん、あたしにも経験あるよ」「ほっ、ホントですか!?」 私は思わず,テーブルから身を乗り出す。こと恋愛に関しては百戦(ひゃくせん)錬磨(れんま)だと思っていた琴音先生に、苦手な男性がいたなんて……!「そんな驚(おどろ)くことかなあ? あたしだって、昔から男慣れしてたワケじゃないよ」 琴音先生は苦笑いしてから、私に経験談を話してくれた。「もう六年も前の話だよ。あたし、就職してから一年で今の会社に変わったの。その時の上司が、すごく苦手なタイプの男性(ひと)でね……」 彼女はテーブルにカップを置き、遠い目をしながら頬杖(ほおづえ)をついて話し始めた。「その人ね、あたしがヘコむくらい毎日仕事にダメ出ししてきたの。それも、なぜかあたしだけにピンポイントでね。正直、『なんであたしばっかり目のカタキにするの?』って思ったし、その人のこと苦手になったの。……でもね」「〝でも〟?」 気になるところで彼女の言葉が途切(とぎ)れたので、私は続きを促すように彼女を見つめる。 琴音先生はカフェオレをまた一口飲んでから、再び口を開いた。「ある時に分かったの。その上司は、部下であるあたしへの期待と愛情から、あたしにダメ出ししてくれてたんだって。――で、その時からあたし、その上司のことが気になり始めたんだ」「あ……」 彼女の話を聞いて、私はふと思った。もしかしたら、原口さんもその上司の男性と同じな
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2・恋かもしれない……。 Page5
「……で、その人に想いは伝えられたんですか?」 私の問(と)いに、琴音先生は悲しげにゆっくりと首を振った。「伝えられなかった。……好きだったけど、相手は妻子(さいし)持ちだったから。その人の幸せな家庭を壊(こわ)すなんてできなかったし、あたしは想ってるだけで幸せだったからね」 失恋の悲しい思い出のはずなのに、話し終えた琴音先生はなぜかスッキリした顔をしている。 私には彼女が(もちろん私より年上なのだけれど)年齢よりずっとオトナの女性に見えた。「そうなんですか……」 そう言ってからアイスラテをストローですすった私は、別の質問をぶつけてみる。「ちなみに今、彼氏っていらっしゃるんですか?」 彼女は今もすごくモテるから、浮いた噂(ウワサ)の一つくらいはあるだろう。 ……正直、琴音先生と原口さんとの間(あいだ)に今何もないって信じたいだけかもしれないけれど。「今はいないなあ。っていうか、前の彼氏と二年前に別れて以来、あんまり長続きしないんだよねえ……。声かけてくる男はいるんだよ、もちろん」「ほえ~っ……。いいなあ。私にも琴音先生ほどの色気がほしいです」 願望が思わず口をついて出ると、琴音先生にフフッと笑われた。「何言ってんの。ナミちゃんだって十分(じゅうぶん)可愛(かわい)いし魅力的よ。さっきから、窓際(まどぎわ)の席のお兄さん、ナミちゃんのキレイなうなじに見入っちゃってるし」「えっ、ウソっ!? ……やだもう」 彼女が指さす席の方を見れば、確かに大学生くらいの若い男性が、私の首の後ろを凝視(ぎょうし)している。 私は慌てて自分の手でうなじを隠した。 ――というか、さっきから話が脱線しまくっているような……。 琴音先生もそのことに気づいたらしく、カップの中身をスプーンでかき回しながら話の軌道(きどう)修正をはかった。「――あ、ゴメン。話戻すね。……あたし、さっきふと思ったの。もしかしたら原口クンも同じなんじゃないかな、って。あたしが苦手だと思ってたあの上司(ひと)と」「……はい。実は私も同じこと感じたところです」 私の反応に、琴音先生は目を瞠(みは)った。 残念ながら彼女の上司にはお会いしたことがないけれど、その人の言動(げんどう)が原口さんと似ているなあと思ったことは事実だ。……まあ、その人にSっ気(け)があるかどうかは私の知ると
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