author-banner
日暮ミミ♪
日暮ミミ♪
Author

Novel-novel oleh 日暮ミミ♪

シャープペンシルより愛をこめて。

シャープペンシルより愛をこめて。

大学の文学部時代に作家デビューした人気恋愛作家・巻田ナミ(23)。 彼女の作品は、シャープペンシルによる直筆原稿によって生み出される。が、いかんせんパソコン書きの作家より原稿は遅れがち。 担当編集者の原口晃太(28)からは「パソコン、習ったら?」としょっちゅうイヤミを言われているが、それでも彼女は直筆にこだわる。 ナミにとって原口は、口うるさくて一番苦手な相手。だったはずが……!?
Baca
Chapter: 9・シャープペンシルより愛をこめて。 Page11
 私は目を閉じた。自分の心臓の音が、映画の効果音のようにバクバク聴(き)こえてくる。彼の吐息を間近に感じたかと思うと、唇が重なった。それも一瞬じゃなく、数秒間続いた。長いけれど優しいキス。 唇が離れると、彼は私を抱き締めてこう言った。「先生、今日はここまでにします。これ以上はちょっと……歯止(はど)めが効かなくなりそうなんで」 私はそれでも構わなかったけれど、その台詞が誠実な彼らしいので素直に頷いた。「じゃ、僕はそろそろ失礼します。――あ、そうだ。一つ、先生にお願いが」「お願い? 何ですか?」 私は首を傾げる。彼の事務的(ビジネスライク)な口調からして、「やっぱりさっきの続き」とかいう空気じゃなさそう。「カバーの題字に、先生の字をそのまま使わせて頂けないかなと。……構いませんか?」「えっ? ――はい、いいですよ」 作家の手書き文字を読者に見てもらえる機会なんてあまりないし、エッセイの内容からしてもそれはすごくいいことだと思う。「本当ですか!? ありがとうございます! ――じゃ、僕はこれで。また連絡します」「はい。……原口さん、ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」 原口さんは玄関先でもう一度私にキスをして、ペコリと頭を下げて帰っていった。 ――私はソファーに座り込むと、唇をそっと指でなぞった。そこには柔(やわ)らかな感触と、どちらのか分からないカフェオレの香りが残っている。グラスを見たら、彼の分も空になっていた。 ……私、キスだけで腰砕(こしくだ)けになってる。恋をしてこんなになったのは初めてだ。 でも、原口さんに私の想いが伝わってよかった。恋心だけじゃなく、エッセイに込めた想いも。だから、彼に私の字をそのまま題字に使いたいって言われたのはすごく嬉しかった。 『シャープペンシルより愛をこめて。』、――それがあのエッセイのタイトル。 彼に伝わったように、このエッセイを読んでくれる全ての人達にも、私の想いが伝わればいいなと思う。
Terakhir Diperbarui: 2025-04-11
Chapter: 9・シャープペンシルより愛をこめて。 Page10
「――私ね、前にも話しましたけど、潤とのことがあってから、『もう恋愛は懲(こ)りごり』って思ってたんです。もう恋愛で傷付いたり疲れたりしたくないって。……でも私はやっぱり恋愛小説家だから、性(しょう)懲(こ)りもなくまた恋をしちゃいました」 考えていた台詞はどこかに行ってしまったけれど。私のこの想いだけ伝わればいい。「原口さん。……私、あなたが好きです。多分、二年前に担当になってくれた時からずっと」 よし、言えた! ――さて、彼の反応はどうだろうか?「…………えっ!? ぼ、僕ですか!?」 ……がくぅ。私は脱力した。これってわざとですか? ボケですか?「そうに決まってるでしょ!? 今ここに、他に誰かいますか?」「そう……ですよね。いやあ、なんか信じられなくて」 コメカミを押さえながらツッコむと、彼は夢心地のように頬をボリボリ。でも次の瞬間、彼から聞けたのは思いがけない(こともないか。実はそうだったらと私も密かに望んでいた)言葉だった。「実は僕から告白しようと思ってたので、まさか先生の方から告白されるなんて思ってなくて」「え……?」 待って待って! これって夢?「僕も、巻田先生が好きです。二年前からずっと」「……ホントに?」「はい」 こんなシチュエーション、小説にはよく書いてるけど、いざ自分の身に起こると現実味が薄い。「……あの、あなたが二年前に琴音先生より私を選んだのはどうして? 彼女の方がずっと魅力的なのに」「それは、僕が心惹かれた相手が先生だったからです。責任感が強くて一生懸命で、でも僕のボケには的確にツッコんで下さって。僕にとってはすごく可愛くて魅力的な女性です」 〝ボケ〟とか〝ツッコミ〟とか、いかにも関西人の彼らしい。――つまり、私達の相性は最強ってことかな。SとMで、当たり前のように惹かれ合っていたんだ……。「――実はね、私ちょっと前まであなたのこと苦手だったんです。あなたが酔い潰れた姿を見るまでは、あなたのこと口うるさいカタブツだと思ってたから」 あの夜、〝素〟の彼を見て分かった。彼は精一杯、バカにされないように突っ張っていただけなんだと。「じゃあ、あの夜に僕が本当は何を考えてたか分かりますか? ――もしこのリビングが明るかったとしたら」「え……」 私は瞬く。と同時に理解した。男性である彼が、「理性を保てなく
Terakhir Diperbarui: 2025-04-08
Chapter: 9・シャープペンシルより愛をこめて。 Page9
 ――そして、待つこと十数分。 ピンポーン、ピンポーン ……♪ ……来た! 私はインターフォンのモニター画面に飛びつく。「はい!」『原口です。原稿を頂きに来ました』「はっ……、ハイっ! ロック開けてあるのでどうぞっ!」 思わず語尾が上ずってしまい、インターフォン越しに彼がプッと吹き出したのが分かった。……恥ずかしい! 緊張してるのがバレバレ! もう二年以上の付き合いなのに(仕事上だけれど)、「今更?」って思われていたらどうしよう? そしてそのショックで、昨日まで練(ね)りに練った告白プランが全部飛んでしまった。「――先生、おジャマします」「はい、……どうぞ」 玄関で原口さんを出迎えた私は顔が真っ赤だったはずだけど、彼は「今日、暑いですよね」と言っただけでいつもの定位置に腰を下ろした。――彼なりに空気を読んでくれた?「あの、先生――」「あ……、原稿ですよね? ここにちゃんと用意してあります」 何か言いかける彼の機先(きせん)を制し、まずは原稿の封筒を彼に手渡す。「あ、ありがとうございます。――あの、ここで読ませて頂いてもいいですか?」「はい。じゃあ私、冷たいものでも淹れてきますね」 私はキッチンに立つと、二人分のアイスカフェオレのグラスを持ってリビングに戻った。 彼は普段と変わりなく、原稿を一枚一枚めくっている。でも今回はじっくり時間をかけて読み込んでいる気がする。「――コレ、どうぞ」 グラスを彼の前に置いても、「どうも」と会釈してくれただけで、視線はすぐ読みかけの原稿に戻された。私は何だか落ち着かず、彼の隣りでアイスカフェオレを飲みながら成り行きを見守ることに。 ――原口さんが二百八十枚全部を読み終わったのは、夕方五時半ごろだった。「どう……でした? 誤字とかのチェックはもう自分でしてあるんですけど」 私は彼に、原稿の感想を訊ねてみる。毎回この瞬間はドキドキするけれど、今回の緊張感は普段とはケタ違いだ。「……いや、これスゴいですよ。恋愛遍歴なんかもう赤裸々(せきらら)すぎちゃって、僕が読むのなんかおこがましいっていうか何ていうか」「いいんです。あなたに読んでほしかったから」 私の過去の男性遍歴は、あまり人に自慢できるようなものじゃないけれど。それでも好きな人には知っていてほしいから。
Terakhir Diperbarui: 2025-04-07
Chapter: 9・シャープペンシルより愛をこめて。 Page8
「――で? 告白の時はもうすぐなの?」 笑いがおさまったらしい由佳ちゃんが、私の顔を覗き込む。「うん」 締め切りは来月半ばだけれど、今の執筆ペースでいけばそれより早く書き上げられるはず。そしたらその日が、いよいよ告白決行のX(エックス)デーだ! 美加も由佳ちゃんも、そして琴音先生も気づいている。彼が私を好きだってことに。そして多分、私の気持ちを彼も知ってる。告白にはエネルギーが必要だけど、今回はもしかしたら〝省エネ〟で済むかもしれない。「そっか。きっとうまくいくって、あたし信じてるよ! ――さて、早く食べて仕事に戻ろ!」「うん!」 作家の仕事と同じくらい、私はこの書店での仕事も大好きだ。このお店で大好きな仲間と働けていることに感謝しながら、私はお弁当の残りをかき込んだ。   * * * * ――それから二週間ほど経った。 週四~五日は昼間はバイト、夜は原稿執筆に精を出し、休日には書けたところまでをチェックするという日々を送り、季節は梅雨からすっかり夏になっていた。今年は梅雨明けが早かったらしい(注・この作品はフィクションです)。 今日は店長のご厚意(こうい)で、有給にしてもらえた。昨日、「今の原稿、明日には書き上げられそうなんです」って私が言ったら、「じゃあ明日は有休あげるから、執筆頑張るんだよ」と言ってくれたのだ。
Terakhir Diperbarui: 2025-04-06
Chapter: 9・シャープペンシルより愛をこめて。 Page7
 ――数日後。「おはようございます!」 何日ぶりかに〈きよづか書店〉のバイトに復活した私は、ケガも不調もウソだったみたいに元気よく出勤した。「おはよ、奈美ちゃん。今西クンから聞いたよ! こないだケガして、それでしばらく休んでたんだって? もう大丈夫なの?」 今日は一緒のシフトに入っている由佳ちゃんが、心配して私を質問攻めにした。「うん。大したケガじゃなかったし、もう何ともないよ。――あ、店長。おはようございます」「おはよう。巻田さん、調子はどうかな?」「はい、もう大丈夫です。先日はご心配とご迷惑をおかけしてすみませんでした」 店長は今西クンから、私が悩んでいたことを聞いたらしい。きっと何日も一日気を揉(も)んでくれていたであろう清塚店長に、私は心からのお詫(わ)びを伝えた。「その調子だと、もう吹っ切れたようだね。よかった」「はい! 今日からまた、心機(しんき)一転(いってん)頑張ります!」「……? 奈美ちゃん、〝吹っ切れた〟って何が? ケガ以外に何かあったの?」 あの日は休みだったから事情を知らない由佳ちゃんが、一人首を傾げる。「うん、まあ……。色々あったんだけど、詳しい話はお昼休みにね。――さ、仕事しよ」「えっ!? うん……」 私が肩をポンッと叩くと、彼女はまだ釈然(しゃくぜん)としないのか、キョトンとしていた――。   * * * *「――ええっ!? 奈美ちゃんがスランプ?」 お昼を過ぎ、客足が落ち着いてきたので、私と由佳ちゃんは一緒にお昼休憩を取らせてもらった。 自作のお弁当を食べながら、私は数日前の出来事を由佳ちゃんに話した。――三日前に琴音先生からかかってきた電話のことも。万引き事件の話の時には、「悔しい~! あたしがその場にいれば、その中坊とっ捕まえてやったのに!」と怒りをあらわにしていた。「うん。まあ、お母さんのおかげで抜け出せたんだけどね」「っていうか、あの女の人、ホントに原口さんの元カノだったんだねー。ビックリ」 由佳ちゃんがサンドイッチにかぶりつきながら、素直な感想を漏らした。「まあ、別れたのは自分の不器用さゆえだって、原口さんは言ってたけど。でも分かんないんだ。どうして彼が私を選んだのか」「やっぱ、奈美ちゃんが好きだからなんじゃないの? なんだかんだで大事にされてるみたいだし」「うん。……Sだけ
Terakhir Diperbarui: 2025-04-05
Chapter: 9・シャープペンシルより愛をこめて。 Page6
『というか先生、いいタイミングで連絡下さいましたよ。実はたった今、〈パルフェ〉のWEB(ウェブ)サイトが完成したところで』「えっ? じゃあ今、編集部に?」『はい。僕が編集長なんで、一人残ってサイトの作成してました。――大丈夫です。残業手当ては出ますんで』 ……いや、心配はしてましたけども! ご本人が言うことじゃないでしょ、それ。『先生、そこにパソコンありますか?』「はい」 洛陽社のホームページから入れるというので、スマホをスピーカーにしてからパソコンを起動し、「洛陽社 パルフェ文庫」で検索してみたら、確かにそこには〈パルフェ〉のポップなデザインのサイトができている。「サイトに入れました。――えっ? もう私の本の情報アップしたんですか? 早すぎません?」 創刊は八月で、今はまだ六月中旬。しかも表紙どころか原稿すらまだ上がっていないのに。『まあ、これは宣伝も兼ねて。それに、これご覧になったら先生の士気(しき)も上がるんじゃないかと思って』「はい。これを見て、私も俄然(がぜん)やる気になりました」 原口さんって不器用だけど、時々こうして粋(イキ)な計らいをしてくれる。お節介だと思うこともあるけど、こういうところが憎めないのだ。『このサイト、スマホからも入れるようにしてあります。あと、SNSのアカウントも作っておいたのでフォローしておいてもらえると……』「分かりました。ありがとうございます。最後まで頑張って書きますね! じゃ、失礼します!」 電話を切ると、スマホのホーム画面にもサイトのショートカットを貼りつけた。これを見れば、もしまた挫(くじ)けそうになっても「頑張ろう!」と思える。「――さて、昨日から書きまくって疲れたし、今日はこれくらいにしとこうかな」 三日ぶりに執筆ペースが戻り、この二日間飛ばしたので疲れた。でもイヤな疲れじゃなく、なんだか心地いい疲労感だった。 そして内容としても、一番のヤマだった恋愛の章を書き終えたことで、少し肩の荷が下りた気がした。
Terakhir Diperbarui: 2025-04-04
トップシークレット☆ ~お嬢さま会長は新米秘書に初恋をささげる~

トップシークレット☆ ~お嬢さま会長は新米秘書に初恋をささげる~

大財閥〈篠沢(しのざわ)グループ〉の先代会長だった父の急死を機に、17歳でその後継者となった一人娘の絢乃(あやの)。 そんな彼女を献身的に支えるのは、8歳年上の秘書・桐島(きりしま)貢(みつぐ)。彼は自身をパワハラから救ってくれた絢乃に好意を抱き、その恩返しに秘書となったのだった。 絢乃もまた桐島に初めての恋をしていたが、自分の立場や世間の注目が彼に集まってしまうことを危惧して、その恋心を内に秘めていた。 ところがある日の帰宅時、桐島の車の中で彼にキスをされたことにより、絢乃は彼の自分への秘めた想いに気づいてしまう──。 初恋に揺れ動くキュートなお嬢さま会長と、年上ポンコツ秘書とのラブストーリー。
Baca
Chapter: エピローグ PAGE3
「貴方は出会ってから、わたしに色んなことを教えてくれたよね。パパの余命を前向きに捉えることとか、悲しい時には思いっきり泣いていいんだってこと、緊張した時のおまじない、それから」「えっ、そんなにありましたっけ?」 彼はここで驚いたけれど、わたしがいちばん伝えたい大事なことはこの先だ。「うん。……それから、恋をした時の喜びとか苦しさも、わたしは貴方から教えてもらったの。だから、この先もずっと貴方に恋をし続けていくよ」「はい。僕も同じ気持ちです。あなたに一生ついて行きます」「だから、それって花嫁のセリフだってば」 わたしはまた笑った。「――絢乃、桐島くん。式場のスタッフが呼んでるわよ。『そろそろフォトスタジオにお越し下さい』って」 控室のドアをノックする音がして、オシャレなパンツスーツを着こなした母が一人の中年男性を伴って入ってきた。「はい、今行きます! ――絢乃さん、では僕は先に行っていますね。フォトスタジオでお待ちしています」「うん、分かった。また後でね」 控室を後にする彼を振り返ったわたしは、母と一緒に立っている人物に目をみはった。 父に顔はよく似ているけれど、父より少し年上の優しそうな紳士――。「やぁ、絢乃ちゃん。久しぶりだね。結婚おめでとう」「聡一(そういち)伯父さま……」 それは、アメリカから帰国した父方の伯父、井上聡一だった。伯父にも招待状を送っていて、出席の返事はもらっていたけれど、どうして母と一緒に控室を訪ねてきたのかは分からなかった。「今日は、来てくれてありがとう。……でも、どうしてわざわざ控室まで?」「加奈子さんに頼まれたんだ。源一の代わりに、絢乃ちゃんと一緒にバージンロードを歩いてほしい、って。私は父親じゃないが、君の親族であることに変わりはないからね」「…………伯父さま、ありがとう……。パパもきっと喜んでくれてるよ……」 伯父の優しさが心に沁みて、わたしは感激のあまり泣き出してしまった。「あらあら! 絢乃、泣かないで! せっかくキレイにメイクしてもらったのに崩れちゃうわ」「うん、……そうだね。こんな顔で行ったら貢がビックリしちゃうよね」 慌てる母に、わたしは泣き笑いの顔で頷いた。 その後母に呼ばれたヘアメイク担当のスタッフさんにお化粧を直してもらい、わたしはウェディングプランナーの女性に先導され、母
Terakhir Diperbarui: 2025-02-28
Chapter: エピローグ PAGE2
 彼はブルーのアスコットタイを結んでいる。これは「サムシング・ブルー」になぞらえたらしいのだけれど……。「貢……、それって新婦側の慣習じゃなかったっけ?」 わたしは婿を迎え入れる側だけれど、とりあえずこの慣習を取り入れてイヤリングと髪飾りをブルーにした。でも、新郎側がこれを取り入れるなんて聞いたことがない。「まぁ、そうなんですけどね。僕も気持ちのうえでは嫁(とつ)ぐようなものなので」「……そっかそっか。まぁいいんじゃない? 今は多様性の時代だしね」 何も古くからのしきたりに囚(とら)われることはないのだ。これがわたしたちの結婚の形、と言ってしまえばそれまでなんだから。「ところで貢、知ってた? ママがこれまで断ってきた、わたしの縁談の数」「いいえ、僕は聞いたことありませんけど。……どれくらいあったんですか?」「聞いて驚くなかれ。なんと二百九十九人だって!」「えっ、そんなにいたんですか!? 逆玉狙いの男性が」 彼はわたしの答えを聞いて、愕然となった。彼の解釈は間違っていない。「ママね、わたしが小さい頃からずっと言ってたの。『絢乃には、本心から好きになった人と幸せを掴んでほしい』って。よかったよー、貢がその中に入らなくて」「そうですね。これが絢乃さんにとって、いちばんの親孝行ですよね」「うん。わたし、貢となら絶対に幸せになれると思う。やっぱり、貴方とわたしとの出会いは運命だったんだよ。貴方に出会えて、ホントによかった」「僕も、絢乃さんに出会えてよかったです。もう二度と恋愛なんてゴメンだと思ってましたけど、そんな僕をあなたが変えて下さったんです。ありがとうございます」 こうして向かい合って、お互いに感謝の気持ちを伝え合えるってステキなことだとわたしは思う。この先もずっと、彼とはこういうステキな夫婦関係を築いていきたい。「絢乃さん、こんな僕ですが、末永くよろしくお願いします」「……何かそれ、もう完全に花嫁さんのセリフだよね」 思いっきり立場が逆転しているなぁと思うと、わたしは笑えてきた。「でも、わたしたちって最初っから一般的なオフィスラブと立場が逆転してるんだよねぇ」「……まぁ、確かにそうですよね」 貢もつられて笑った。今日みたいないいお天気の日には、笑顔での門出が似合う。梅雨の時期なのに今日は朝からよく晴れていて、絶好の結婚式日
Terakhir Diperbarui: 2025-02-28
Chapter: エピローグ PAGE1
 ――こうして、わたしと貢の関係は恋人同士から婚約関係となった。ちなみに、あの騒動のおかげでわたしたちの関係は世間的に公になったのだけれど、これは喜ぶべきだろうか? 真弥さんはあの日撮影した映像を、自分のアカウントでもXにアップしていて、その投稿は見る間に拡散したらしい。〈彼氏登場! いきなりハイキックとかカッコよすぎww〉〈彼氏、ヒーローすぎてヤバい〉 などなど、称賛のコメントと共に思いっきりバズっていた。  去年のクリスマスイブは彼と二人きりで過ごし、婚約指輪はそこでクリスマスプレゼントとして彼からもらった。小粒のダイヤモンドがはめ込まれたシンプルなプラチナリングで、多分価格もなかなかのものだったはず。彼の男気を感じて嬉しかった。 誕生日にもらったネックレスとともに、この指輪もわたしの一生の宝物になるだろう。 その夜は彼のアパートに泊まり、彼の小さなベッドの上で一緒に朝を迎えた。わたしの後から起きてきた彼と目を合せるのが照れ臭かったことが忘れられない。でも、それが結婚生活のリハーサルみたいに思えて、心躍ったのも確かだ。 三月の卒業式には、母と一緒に貢も出席してくれたので驚いた。母の話によれば、その日は一日会社そのものをお休みにしたんだとか。会長の新たな出発の日だから、社員一丸となってお祝いするように、と。「ママ……、何もそこまでしなくても」と呆れたのを憶えている。 四月最初の日曜日、両家顔合わせの意味も込めて我が家で食事会をした。料理は専属コックさんと母、わたしと史子さんで腕によりをかけて作り、デザートのイチゴのシフォンケーキもわたしが作った。桐島さんご一家のみなさんも「美味しい」と喜んで、テーブルの上にところ狭しと並べられた料理を平らげて下さった。 そこで、わたしと貢は驚くべき事実を知った。なんと、悠さんがお付き合いしていた女性と授かり婚をしたというのだ! 顔合わせの席にはその奥さまもお見えになっていて、お名前は栞(しおり)さんというらしい。年齢は貢の二歳上で、悠さんが店長を務められているお店の常連客だったそう。そこから恋が始まり、お二人は結ばれたというわけだった。……ただ、順番が違うんじゃないだろうかと思うのは考え方が古いのかな……。 そこから彼が我が家で同居することになり、二ヶ月が経ち――。 本日、六月吉日。愛する人と二人で選
Terakhir Diperbarui: 2025-02-28
Chapter: 大切な人の守り方 PAGE15
「――絢乃さん、僕、覚悟を決めました。あなたのお婿さんになりたいです。僕と結婚して下さい。お父さまの一周忌が済んで、絢乃さんが無事に高校を卒業して、そうしたら。……で、どうでしょうか」「はい。喜んでお受けします!」 彼からの渾身のプロポーズに、わたしは喜び全開で頷いた。エンゲージリングはまだなかったけれど、気持ちのうえではもう、二人の結婚の意思は確固たるものになっていた。 思えば初めてわたしの気持ちを彼に伝えた時、子供っぽい告白になってしまった。でも今なら、彼にとっておきの五文字で想いを伝えられるだろうか。あの時から少し大人になったわたしなら……。「貢、……愛してる」「僕も愛してます、絢乃さん」 わたしたちは熱いハグの後、長いキスを交わした。「――ところで、絢乃さんは高校卒業後の進路、どうされるんですか? 僕、まだ教えて頂いてないんですけど」 帰り道、彼が器用にハンドルを切りながらわたしに訊ねた。……おいおい、今ごろかい。「わたしね、大学には進学せずに経営に専念しようと思ってるの。やっぱり好きなんだよね、会長の仕事とか会社が」「……なるほど」「ママは最初、大学に進んでもいいんじゃないか、って言ってくれたんだけど。最後には折れてくれたの。わたし、これまでよりもっともーっと会社に関わっていきたいから」「加奈子さん、絢乃さんに甘々ですもんね」「うん、まぁね。ちなみに、里歩は大学の教職課程取って、高校の体育教師目指すんだって。唯ちゃんはプロのアニメーターを志して、専門学校に進むらしいよ」 卒業後の進路はバラバラでも、わたしと里歩、唯ちゃんとの友情はこれから先も変わらない。きっと。
Terakhir Diperbarui: 2025-02-28
Chapter: 大切な人の守り方 PAGE14
「――改めて、貴方には心配をおかけしました」 わたしはいつもの指定席である助手席ではなく、後部座席で彼に深々と頭を下げた。「ホントですよ。あれほど無茶なことはするなと言ったのに。ヘタをすれば、絢乃さん、アイツにケガさせられてたかもしれないんですからね?」 彼はまだご立腹のようだった。でも、それはわたしのことが本当に心配だったからにほかならない。「だーい丈夫だって。そのためにあの頼もしいお二人にも協力してもらったわけだし。いざとなったらボディーガードをしてもらうつもりで――。まあ、結局は貴方に助けられたわけだけど」「イヤです」「…………は?」 彼に唐突に話を遮られ、わたしはポカンとなった。「イヤ」って何が?「あなたが他の人に守られるなんて、僕はイヤなんです。あなたを守るのは僕じゃないとダメなんです。……すみません、ダダっ子みたいなことを言って」「ううん、別にいいよ。貴方の気持ち、すごく嬉しいから」 むしろ、ダダっ子みたいな貴方が可愛くて愛おしくて仕方がないんだよ、とわたしは目を細めた。「でも、今日ほどわたしは貴方に守られてるんだなって思ったことはなかったかも。ホントにありがと」 わたしはいつも、自分が彼を守っているんだと思っていた。でも、時々こうやって自分を顧(かえり)みずに無茶なことをしでかすわたしを助けてくれているのは貢だった。それは秘書としても、彼氏としても。「わたし、いつもこうやって貴方のことを助けてるつもりでも、結局のところは貴方に助けられてるんだね」 父の病気が分かってショックを受けた時、父が亡くなった時、親族から心ない罵声を浴びせられた時。それから会長に就任した時もそうだった。彼はいつもさりげなく、わたしの心の支えとなってくれていたのだ。彼の優しくて温かい言葉に、わたしはどれだけ救われてきたか分からない。「今ごろ気づかれたんですか? 僕の大切さが」「……うん、ごめん。でもありがと」「それにしても、僕を守るなら他に方法くらいあったでしょう? あえて僕と離れて、中傷の目を遠ざけるとか」「それは、わたしがイヤだったの。たとえ貴方を守るためでも、貴方と離れるなんてダメだと思った。だったら、一緒にいながら貴方を守る方法を取った方がいい、って。……まぁ、その分お金はかかったし、ちょっと危ない橋も渡っちゃったけど」 傍から見れば
Terakhir Diperbarui: 2025-02-28
Chapter: 大切な人の守り方 PAGE13
 ――作戦は無事成功したものの、わたしは何だかワケが分からなかった。わたしもまたドッキリにかけられたような気持ち、というのか……。「……どうして貢がここに? 打ち合わせでは、あの場で登場するのは内田さんだったはずじゃ」「ああ、内田さんから連絡を頂いたんです。今日、絢乃さんが危ない目に遭うかもしれないから、新宿駅前に来てほしい、って」「相手が激昂してる時に、見ず知らずの男が現れたら事態が余計に悪化するかもしれないと思ってな。ここは格闘技を習得した彼氏に花を持たせてやった方がいいかな、って」「内田さん、そういうことは事前に教えておいてくれないと。わたしをドッキリにかけてどうするんですか!」 そういう問題じゃない気もしたけれど、わたしはとにかく一言抗議しないと気が済まなかった。「悪い悪い。でも、桐島さんが間に合ったんだからよかったじゃん」「そうですよ! 僕が間に合ったからよかったですけど、下手したら絢乃さん、本当に危ないところだったんですからね!?」 彼が怒っているのは、わたしのことを本気で心配してくれていたからだ。だからわたしは叱られているのに嬉しかったし、自分の無謀な行動を猛省した。「……ごめんなさい」「でも、無事でよかった……。本当によかった」 彼は深いため息をつくと、ここが公衆の面前だということもお構いなしにわたしをギュッと抱きしめた。「ちょっ……、貢……?」 彼はわたしを抱きしめたまま震えていた。泣いてはいないようだったけれど、それだけでわたしへの心配がどれくらいのものだったかが伝わってきた。 わたしは彼の背中に手を回し、そっと背中をさすった。父の葬儀の日、泣けなかったわたしに彼がそうしてくれたように。「ごめんね、貢。心配かけちゃって、ホントにごめん。……でも、心配してくれてありがと。もっと他に方法はあったはずなのにね。わたし、これくらいの方法しか思いつかなくて」 路上で抱き合っていると、周りが何だかザワザワと騒がしくなってきた。「……とりあえず、クルマに乗って下さい。話はそれからです」「そう……だね」 これ以上のイチャイチャは人目が気になるので、わたしたちは彼のレクサスへと移動することにした。「じゃあ、あたしたちもこれで撤収しまーす♪ あとはお二人でどうぞ♪」「絢乃さん、オレたちこれで五十万円分の働きはしたよな?」
Terakhir Diperbarui: 2025-02-28
拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~

拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~

「お元気ですか? わたしは今日も元気です――。」 山梨の養護施設で育ち、高校進学を控えた相川愛美は、施設に援助してくれているある資産家の支援を受けて横浜にある全寮制の名門女子校へ進学。〝あしながおじさん〟と名付けたその人へ、毎月手紙を出すことに。 しばらくして、愛美は同級生の叔父・純也に初めての恋をするけれど、あるキッカケから彼こそが〝あしながおじさん〟の招待であることに気づいてしまい……。 (原作:ジーン・ウェブスター『あしながおじさん』)
Baca
Chapter: 渾身の一作と卒業の時 page3
   * * * * 愛美は宿舎へ向かう前に、庭の方を通りかかった。サッカー少年の涼介が、今日もここでサッカーの練習をしているような気が下から。 今もこの施設に暮らす男の子たちに混ざって、高校生くらいの少年が一人、サッカーボールを追いかけながら走っている。愛美は彼の顔に、自分がよく知っている少年の面影を見た。「――あっ、やっぱりいた! お~い、リョウちゃーん!」 手を振りながら呼びかけると、驚きながらも手を振り返してくれた少年――小谷涼介は、身長が少し伸びて筋肉もついているけれど、顔は三年前とほとんど変わっていない。「愛美姉ちゃん! 久しぶり……っていうかなんでここに? ――あ、ちょっとごめん! お前ら、今日の練習はここまで。もうすぐ晩メシだから、ちゃんと手洗えよ!」 子供たちのコーチをしていたらしい涼介は、泥まみれになっている彼らに練習の終了を告げた。三年近くここに帰ってこない間に、彼もすっかり〝お兄さん〟になっていた。「リョウちゃん、元気そうだね。わたしもね、今年の冬休みの間はここで過ごすことにしたんだよ。新作のための取材も兼ねてるんだけど」「そっか。そういや愛美姉ちゃん、作家になったんだよな。おめでと。オレも本買ったよ。義父(とう)さんも義母(かあ)さんも、『この本は施設にいた頃のお姉ちゃんが書いたんだ』ってオレが言ったら二人とも買ってくれてさ。ウチにはあの本が三冊もあるんだぜ」「そうなんだ? リョウちゃん、すっかり新しいお家に馴染んでるみたいだね。よかった」 自分が〝あしながおじさん〟=純也さんにお願いして見つけてもらった涼介の養父母。彼がその家に馴染んでいるか、愛美はずっと心配だったけれど、彼の口ぶりからしてすっかり気に入っているようでホッとした。「うん。二人とも、オレにすごくよくしてくれてるよ。園長先生から聞いたんだけど、愛美姉ちゃんが理事の人に頼み込んで見つけてくれたんだよな? 姉ちゃん、ありがとな」「ううん、わたしはただお願いしただけで、実際に動いてくれたのはその理事の人だよ。わたしの時にも手を差し伸べてくれたから、リョウちゃんのことも何とかしてくれるかな……と思ってダメもとでお願いしたら、ちゃんとしてくれて。ホント、いい人でしょ?」 彼はお金を出してくれて終わりではなく、常に相手にとって最善の方法を見つけてくれる。 愛
Terakhir Diperbarui: 2025-04-11
Chapter: 渾身の一作と卒業の時 page2
 愛美の答えを聞いた園長は、困ったような笑みを浮かべた。「……実はね、愛美ちゃん。辺唐院さんも今月の第一水曜日にここへいらした時、私におっしゃってたのよ。『どうやら彼女は、僕の正体に気づいているみたいです』って。あなたは頭のいい子だから、いずれはこうなると思ってらっしゃったみたいで。もしかしたら、あなたに本当のことを打ち明けるタイミングを計りかねている感じだったわ」「そう……なんですか? だとしたら、彼はいつごろわたしに打ち明けてくれるつもりなんだろう……?」 彼がタイミングを計っていることは間違いないだろうけれど。打ち明けると愛美と気まずくなるのを恐れて、なかなか打ち明けられないというのもあるのかもしれない。「――とにかく、今日から二週間はあなたも実家に帰ってきたつもりで、ここでお過ごしなさい。ちゃんと取材には応じてあげるから。あとは子供たちの相手をしてくれたり、事務作業を手伝ってくれると助かるけれど。それはあくまであなたの意思に任せるわね」「はい」「あなたはまた六号室で寝泊まりしてもらおうかしらね。みんな、愛美お姉ちゃんと一緒に寝るのを楽しみにしてるから」「分かりました。六号室かぁ……、懐かしいなぁ」 愛美はここを巣立っていくまでずっと、六号室で五人の幼い弟妹たちと過ごしていたのだ。あれから三年近く経って、あの子たちも大きくなったことだろう。幼稚園の年長組だった子も、小学三年生になっているはずだ。「あ、あとね、涼介君も今、施設に帰ってきてるのよ。引き取られた先のご両親が、夏休みと冬休みにはここに帰ってきてもいいっておっしゃったらしくて」「えっ、リョウちゃんも? 嬉しいな」「ええ。今夜はクリスマス会をやるから、愛美ちゃんも参加してね。涼介君も参加したいって言ってたから。お正月にはみんなでまた近くの神社へ初詣に行きましょうね」「はい!」 まるで自分の祖母のような園長とのやり取りで、愛美はあっという間に三年前に引き戻されたような懐かしい気持ちになった。このアットホームな雰囲気が、この園での生活が楽しいと感じたいちばんの理由だった。「――そういえば、その服の感じも懐かしいわね。愛美ちゃん、ここにいた頃もよくブルーのギンガムチェックの服を着てた憶えがあるわ」 園長はふと、愛美が着ているブルーのギンガムチェックのシャツを眺めて目を細める。ボト
Terakhir Diperbarui: 2025-04-08
Chapter: 渾身の一作と卒業の時 page1
「――園長先生、実はわたし、もうだいぶ前から〝あしながおじさん〟の正体に気づいてたんです。でも、ずっと気づかないフリを続けてるんです」「……ああ、そういえば手紙にもそう書いてあったわね。あなたの身近にいる人だって」「はい。もしかしたら違ってるかもしれませんけど……、その人って辺唐院純也さん……ですよね? わたしの親友の叔父さまなんです。そして、わたしと彼は一昨年の夏からお付き合いしてます」 愛美が思いきって打ち明けると、聡美園長は驚いたように大きく目を見開く。そして大きく頷いた。「…………ええ、間違いないわ。辺唐院さんはあんなにお若いのに、もう何年もこの施設に多額の援助をして下さってるの。そして三年前、中学卒業後の進路に悩んでいたあなたに手を差し伸べて下さったのよ。女の子が苦手だったはずなのに、『この子だけは放っておけない。この子の文才をこのまま埋もれさせるのは惜しい』って」 純也さんはもしかしたら、その頃から愛美の文才に惚れ込んでいたんだろうか。自分が援助することで、作家としてデビューできるように。「そうでしたよね。そういえば、彼も言ってました。『最近はどんな本を読んでも楽しいと感じられないんだ』って。だからわたし、彼と約束したんです。『わたしが絶対、純也さんが面白いって思えるような小説を書く』って。……その時はまだ、彼が〝あしながおじさん〟だなんて気づいてなかったんですけど」「そう……。じゃあ、今回書こうとしてる小説は彼のためでもあるわけね? でも、まさかお付き合いまでしてるなんてビックリしたわ。辺唐院さん、ここへ毎月いらっしゃってるのに、私にはそんな話、一度もして下さらないんだもの」「それは、後ろめたい気持ちがあるからじゃないですか? 後見人の立場とか、年齢差とか色々気にして」 年の差については純也さん自身もいつか言っていたことだけれど、後見人の立場を気にしているというのはあくまでも愛美の考えだ。愛美がそう思っていなくても、愛美が有名作家になった時に周囲からいわゆる〝パトロン〟のように見られることを気にしているんだろう。「恋愛は個人の自由なんだから、話を聞いたところで私は何も言わないのにねぇ。――それはともかく、愛美ちゃん。本当のことを知っているのに、気づかないフリをしているのはどうしてなの?」「彼から打ち明けてくれるのを待ってるからで
Terakhir Diperbarui: 2025-04-07
Chapter: わかば園と両親の死の真相 page16
「――では、私はこれで失礼します。相川さん、今日はお会いできてよかった。こんなに立派に成長されて……、天国のご両親もきっと喜ばれていることでしょう」 北倉弁護士は用件が済んだようで、早々に席を立とうとした。「こちらこそ、ありがとうございました。両親の最期がどんなのだったか、わたしもずっと知りたかったので。今日は貴重なお話を聞かせて頂けて嬉しかったです。それに、政府からのお見舞いのお金まで取り返して下さって。本等にありがとうございました」 愛美は彼に丁寧なお礼の言葉を述べ、何度も頭を下げる。(わたし、やっぱりお父さんとお母さんに愛されてたんだな……。で、園長先生は二人からすごく信頼されてたんだ。でなきゃ、まだ小さかったわたしを安心して託せなかったはずだもん) 北倉弁護士の背中を見送りながら、愛美はそんなことを考えた。まさか自分たちが事故で命を落とすとは思っていなかっただろうから、本当に一時的にだったのだろうけれど。信頼できる人だからこそ、両親も恩師である聡美園長を頼ったに違いないのだ。 ――北倉弁護士が退出した後、愛美は改めて、聡美園長に「ただいま帰りました」と言った。「お帰りなさい。あなたから『冬休みは園で過ごしたい』ってお手紙をもらった時は嬉しかったわ。ここを舞台にして新作を書きたいんだそうね」「はい。ここにいた頃のわたしを主人公のモデルにして、ここでのありふれた日常を描(えが)こうと思ってます。まだここを巣立って三年も経ってないけど、今日久しぶりに門の外から眺めてたらすごく懐かしく感じました。ああ、帰ってきたんだ。ここがわたしの実家なんだな、って」「そう言ってもらえると嬉しいわ。養子にもらわれていったりして、ここを巣立って縁が切れてしまう子もいるけど、あなたとは縁がまだ繋がっていたのね」「そうみたいですね。わたし、ここでの生活が好きだったから。不便なことも多かったけど、たくさんの弟妹(きょうだい)たちに囲まれて、毎日賑やかで楽しかったです。――みんな元気ですか?」 愛美が施設で育ったこと後ろめたく感じてこなかったのは、この施設での生活が楽しかったからだった。血は繋がっていないけれど、毎日一緒に過ごしてきた大切な弟・妹たち。みんなはどうしているんだろう?「みんな元気にしてるわよ。里親に引き取られていった子も何人かいるけれど。――涼介君も、
Terakhir Diperbarui: 2025-04-05
Chapter: わかば園と両親の死の真相 page15
「それでね、一度あなたの様子を見に行った時にその事実が分かって、私が児童相談所に通報したの。そして、その親戚夫婦はあなたの養育権を剝奪されて、あなたは一時的に預かっていたこの施設で暮らすことになったのよ」「そうだったんですね。園長先生、その時に通報して下さってありがとうございます。その通報がなかったら、今のわたしはいなかったと思うから」 愛美は改めて聡美園長に、育ててもらったことと命を救ってもらったことへのお礼を述べた。彼女の通報がなければ、愛美はその後無事だったかどうかも怪しいのだ。「いいのよ、愛美ちゃん。あなたは私にとって孫も同然だって、さっきも言ったでしょう? 大事な教え子だったあなたのご両親を亡くした私にとって、あなたは希望だったから」「はい……!」 両親がどうして自分のことを施設に預けたのか分からなかった愛美は、その事情を知って改めて両親から愛されていたんだと分かり、胸がいっぱいになった。聡美園長に預けたのも、恩師である彼女を信頼していたからだろう。「――ところでですね、相川さん。親戚が騙し取ったその見舞金の一千万円、私が全額彼らから取り返すことができたんですが。あなたはどうされますか? ここに現金で用意してあるので、この場でお返しすることもできますが」 北倉弁護士がそう言って、大きな茶封筒を応接テーブルの上に置いた。かなりの厚みがあるそれには、百万円分の札束が十個入っているらしい。「そんな……、こんな大金、受け取れません!」 一瞬、「これだけあれば純也さんにこれまで出してもらったお金が全額返せる」とも思ったけれど、それでは筋が違う。彼に返すお金は、自分で作家として稼いだものでなければ意味がない。 それに、まだギリギリ高校生の身に一千万円という金額は大きすぎる。「いえいえ、これは本来あなたが受け取るべきお金ですから。どうぞ、お納めください。使い道はあなたに委ねますので」「そう……ですか? ありがとうございます。じゃあ……」 封筒を受け取った愛美は、中の札束を二つだけ取り出して自分の手元に置いた。そして――。「これだけわたしが頂いて、あとはこの施設に寄付します。さすがに一千万円は金額が大きすぎるので」「愛美ちゃん……、本当にいいの?」「はい。この施設のために役立てて下さい」「……分かったわ。ありがとう。この園の子供たちのた
Terakhir Diperbarui: 2025-04-04
Chapter: わかば園と両親の死の真相 page14
「それをお話しする前に、あなたはあの事故についてどの程度の事実をご存じですか?」「ここへ来る前、ネットで調べました。山梨の山中にジャンボジェット機が墜落して、乗員・乗客五百人全員が助からなかった、って。あと、わたしの両親らしい『相川』っていう苗字の夫婦の名前が乗客名簿にあったっていうのは知り合いから聞かされたんですけど……。それじゃやっぱり、その夫婦っていうのが」「はい、あなたのご両親で間違いないと。お二人のご遺体は幸いにも状態がよかったので、ここにいらっしゃる若葉園長が身元の確認をされたそうです。お二人は園長が小学校の教員をされていた頃の教え子だったそうで、卒業後にも交流があったそうなんです」「えっ、そうだったんですか?」 愛美は驚いて、聡美園長に向けて目を見開く。「ええ、実はそうなのよ。あの二人は私の教え子だった頃から仲がよくてね、結婚式にも出席させてもらったわ。あなたのご両親は、子供ができなかった私たち夫婦にとって我が子も同然だったの。だから、事故が起きる二日前、『親戚の法事でどうしても愛美ちゃんを連れていけない』っていう二人の頼みを聞き入れて、すでに開園していたこの施設でまだ小さかったあなたを預かってたのだけれど……」 そこまで話した園長が、涙で声を詰まらせた。「……まさかその二日後に、あんな変わり果てた姿で再会するなんて……」 たった二日前、元気な姿で別れた教え子夫婦とそんな形で物言わぬ再会をすることになった園長の気持ちを想像したら、愛美も自然ともらい泣きをしていた。気づけば、北倉弁護士の目にも涙が……。「……ああ、すみません。――それでですね、ここまでは前置きで、ここからが本題なんです。ご両親を亡くされた幼いあなたは、お母さまの弟さんのご夫妻に引き取られることになったんですが……」「わたし、親戚がいたんですね」「ええ。ですが、そのご親戚が問題でして。二人は日本政府から被害者遺族に支給されたお見舞金目当てであなたを引き取り、見舞金を受け取った後はあなたへの育児を放棄して遊び惚けていたんです」「…………! そんな……ヒドすぎる……」 愛美は顔も憶えていないその叔父夫婦に対して、何ともいえない怒りがこみ上げていた。もしその二人が今になって「親戚だよ」と再び目の前に現れたら、彼らに何をするか分からない。
Terakhir Diperbarui: 2025-04-02
Jelajahi dan baca novel bagus secara gratis
Akses gratis ke berbagai novel bagus di aplikasi GoodNovel. Unduh buku yang kamu suka dan baca di mana saja & kapan saja.
Baca buku gratis di Aplikasi
Pindai kode untuk membaca di Aplikasi
DMCA.com Protection Status