All Chapters of シャープペンシルより愛をこめて。: Chapter 1 - Chapter 10

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1・それでも私は直筆が好き Page1

『――巻(まき)田(た)先生、原稿まだっすか? また遅れてますよ!』 着信したスマホを机の上でスピーカーにすると、担当編集者の原口(はらぐち)晃太(こうた)のイライラした声がダダ漏(も)れてきた。「分(わ)ぁかってます! 明日には書き上がるから、明日まで待って下さい!」 私(あたし)は右手にシャープペンシルを握りしめたまま、スマホに向かって怒鳴(どな)った。『まったく……。あれだけ直筆(じきひつ)は時間がかかるから、パソコン習えって言ったのに』 ……また始まった。原口さんのイヤミ攻撃が。私はブチ切れて反論した。「あーもう! 原口さんのイヤミに付き合ってたら、ホントに原稿間(ま)に合いませんよ! 他に用がないなら切りますね」 私――巻田ナミは、そのまま通話を切った。「はあ……、もう。うるさいったら!」 彼のイヤミ攻撃は、私が作家デビューしてからもう二年間続いている。 もう慣(な)れてしまったからなのか、全然イヤにならないのが不思議(ふしぎ)だ。  私はデビュー作以来、直筆原稿にこだわっているのだけれど。彼はどうも、それが気に入らないらしい。 それはなぜかっていうと……、私はパソコンが使えないのだ。 パソコンで書けば、そりゃあ速いでしょうけど。使えないんだから仕方がない。「――とにかく今は、原稿仕上げないと!」 明日間に合わなかったら、また原口さんのイヤミ地獄(じごく)が待ってる! 私はシャープペンシルを持ち直し、また書きかけの原稿用紙に向き直った――。   * * * * 私が洛陽(らくよう)社の新人文学賞で大賞を受賞して作家デビューしたのは、大学の文学部三年生の時。原口さんと初めて顔を合わせたのは、その授賞式の時だった。「初めまして! 今日から巻田先生の担当編集者を務めさせて頂く、原口晃太といいます。よろしくお願いします」 当時二十六歳(さい)だった彼は、私にとても爽(さわ)やかに挨拶(あいさつ)してくれた。この時の彼には、今の〝イヤミー原口〟の片鱗(へんりん)も何もなかったのに……。 その片鱗が見え始めたのは、デビュー後一作目の原稿を目にした彼の一言(ひとこと)から。「――えっ、巻田先生も原稿、手書きなんですか? 若いのに珍(めずら)しいですね」「…………」 本人には悪気(わるぎ)がなかったみたいだけれど、原口さん
last updateLast Updated : 2025-03-03
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1・それでも私は直筆が好き Page2

   * * * * ――時間を現在に戻して、それから数時間後。「はー、やっと終わったあ……」 最後まで原稿を書き上げた私は、シャープペンシルを放り出して机に突っ伏(ぷ)した。 スマホで時間を確かめたら、もう日付が変わろうとしている。約束した「明日」には、何とか間に合ったみたいだ。 ――よく考えたら、原口さんはそんなにイヤな人じゃない……と思う。私の方が、勝手に苦手意識を持っているだけで。 確かに彼は、原稿の催促(さいそく)の時には口うるさいし、イヤミったらしいことも言う。けれど、誰よりも私の小説のよさを理解してくれているのも、実は彼なのだ。 だからって、私の彼に対する苦手意識がなくなるわけではないのだけれど……。「あ~……、疲れた。お風呂入って寝よ」 私はたっぷり一時間の入浴を済ませた後、ベッドに入って翌朝まで死んだように爆睡(ばくすい)したのだった。   * * * * ――ピーンポーン、ピーンポーン、ピンポンピンポンピーンポーン …… ♪「ん~? うるさいなあ、もう……」 朝っぱらから聞こえる、ドアチャイムの連打。誰よもう! っていうか、今何時だよ? 私は寝ぼけまなこで、枕元(まくらもと)のスマホに手を伸ばすと電源ボタンを押した。ただ、時刻を確認するだけのつもりだったのだけれど。「…………えっ!? 何これ!?」 表示されていたのは、「着信十件」という文字。すべて原口さんからの電話だった。「あちゃー……」 しかも、今の時刻は十時過ぎ。最初の着信は九時過ぎに入っていたから、彼は一時間も前から電話をかけ続けていたことになる。我(わ)が担当ながら、すごい忍耐(にんたい)力だと思う。 ピンポンピンポンピーンポーン …… ♪ そして、なおもピンポン攻撃は続いているらしい。 私はフラフラした足取りでインターフォンのところまで行き、応答ボタンを押した。ちなみに、モニター画面付きである。「ふぁ~い、ロック今開(あ)けまふ……」 玄関ロックを開けるや否(いな)やピンポン攻撃はピタッと止(や)み、ドアが勢(いきお)いよく開(ひら)いた。「おはようございます……って言いたいところですけど、先生! 俺(おれ)が何回電話したと思ってるんですか!」 彼は、めちゃくちゃ怒っていた。普段の一人称(いちにんしょう)は「僕(ぼく)」なのに、怒ると
last updateLast Updated : 2025-03-03
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1・それでも私は直筆が好き Page3

「いや、ちょっと。先生の格好(かっこう)がその……、刺激(しげき)が強すぎて」「え……? うわっ!?」 欠伸(あくび)をしながら自分の格好を見下ろした私は愕然(がくぜん)とした。 まだ寝(ね)間(ま)着(き)のままで、しかもショートパンツだ。太腿(ふともも)まで見えていたら、男性は目の遣(や)り場に困るだろう。おまけに、肩までの長さの茶髪だって寝癖だらけで爆発しているし。「ちょっ……、原口さん! 鼻の下伸ばしてイヤらしい目で見ないで下さい! 恥(は)ずかしさ半分で(これでも私は嫁(よめ)入(い)り前のオトメである)、私は必死に牽制(けんせい)した。「みっ……、見ませんよっ!」 原口さんは顔を真っ赤にして、ムキになって反論した。けれどそれ、却(かえ)って逆効果じゃないだろうか?「――あの、先生。とにかく原稿を……」 どうにか気を取り直したらしい彼は、やっと仕事のことを思い出した。「分かってますよ。服を着替(きが)えるついでに持ってくるので、リビングで待っててもらっていいですか? いつもみたいに」 原口さんににそう言って、私は仕事部屋に戻っていく。 この部屋は1LDKなので部屋は一つしかなく、そこは私の寝室も兼(か)ねているのだ。 ――六階建て・オートロックなしのこの賃貸(ちんたい)マンション二階の部屋で、私は作家デビューした二年前から一人暮らしをしている。都心だから家賃は安くない。そして、まだ人気作家とはいえないので原稿料と印税が入っても生活は楽じゃない。 そのため、書店でアルバイトをしながら兼業作家として活動している。 今日は、アルバイトの方は休みの日だ。 とりあえず、ピンクの長袖(そで)カットソーとデニムの膝(ひざ)丈(たけ)スカートに着替え、小さなドレッサーの前で髪をブラッシングした。普段からメイクはしない。 机の上に置いてあった、原稿の入ったA4サイズの茶封筒を手にして、私は原口さんの待つリビングに急いで戻った。 その途中(とちゅう)でふと思う。「彼は私に気があるんだろうか?」と。根拠(こんきょ)なんてない。ただなんとなく、そう思っただけだけれど……。「――お待たせしました。これ、原稿です」 リビングのソファーに座(すわ)って待っていた原口さんに封筒を手渡すと、彼は早速(さっそく)中身の確認を始めた。原稿の一枚一枚、隅
last updateLast Updated : 2025-03-03
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1・それでも私は直筆が好き Page4

 一応プロット(骨組み)はあるものの、締め切り前に焦(あせ)っていたりすると、プロットを無視して勢(いきお)いで書いてしまうことがある。 それは当然の結果として、ストーリーの展開に矛盾(むじゅん)を生(う)んだりする。――そのことを、編集者である彼はどう感じているのか?「いや、これはこれでアリかなと僕は思いますよ。読者の予想をいい意味で裏切る、なかなか面白い展開なんじゃないですか」「ほっ、ホントですか!? よかった……」 私は原口さんの高評価にホッと胸を撫(な)で下ろした。……が、次の瞬間。「内容はこれでいいとして……。パソコンで執筆(しっぴつ)したら、もっと早く原稿も上がってたはずなのになあ」 ……ほら来たよ、いつものイヤミ攻撃が。私はもう慣れたもので、ムッともせずに言い返した。「言っときますけど、原口さん。それ、私がパソ書きしたら、直筆の倍は時間かかりますからね?」「えっ!? ……ば、倍ですか?」 原口さんが目を丸くする。でも、そんなにビックリすることかな、これ?「ハイ。私、昔から両手でタイピングできないんです。キーボード叩(たた)くのに、指一本で一文字ずつしか打てなくて」 私は開き直って、パソコンで原稿を書けない理由をぶっちゃけた。 ローマ字入力だと、あ行(ぎょう)以外は二つ以上のキーを押して打たなければならない。それを右手の指一本でやるのだから、時間がかかるのも当然だろう。「一応、ノートパソコンとプリンターはウチにあるんです。大学時代にパソ書きで短編に挑戦してみたことがあって。でも、三〇枚くらいのを書くのに半月(はんつき)もかかっちゃって、それでパソ書きは諦(あきら)めました」 未(いま)だ両手タイピングができない理由は、その時に指がつってしまったことによるトラウマのせいもあるかもしれない。「それで……、今はパソコンは全然使われてないんですか?」「そんなことないですよ。バイト先でもパソコンは使うので、そのために練習したり、あとはネットで調べものしたりはしてます」「……そうですか」 原口さんはそう言うと、大きなため息をついた。――っていうか、最初の間(ま)はなに? そしてなぜため息をついた? もしかして、ガッカリしたのかな? 私が(彼にしてみたら)下(くだ)らない理由でパソ書きを諦めたから。 私はソファーに座ったまま、隣
last updateLast Updated : 2025-03-03
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1・それでも私は直筆が好き Page5

「……? 先生、どうかしました?」  私の視線に気づいたらしい原口さんが、不思議そうに訊(たず)ねてきた。「えっ? あ……、えっと……」 答えに詰(つ)まった私は、咄嗟(とっさ)に不自然ではないような言い訳(わけ)を考えた。「この原稿、今後改稿の必要とかは……?」 取ってつけたような言い訳だけれど。仕事に関することなら無難(ぶなん)だろう。「多分、ないと思いますよ。校閲(こうえつ)部の人はどう言うか分かりませんが、先生の書かれる文章はいつもキッチリされてますから」「そうですか! よかった」 私の過去作はどれも(といっても三作だけだけれど)、一度の改稿も言い渡されることなく出版されている。だからきっと、今回も大丈夫だ。原口さんが「大丈夫だ」って言ってくれたんだから。「――さて、パソコン談義(だんぎ)はまたの機会にするとして。原稿は頂いたので、僕はこれで失礼しますね」 原口さんの仕事は、担当作家から原稿を受け取って終わりではない。一冊の本が刊行(かんこう)されるまでには、まだいくつものプロセスがあるのだそう。――編集者って大変な仕事だ。「はい、ご苦労さまでした。すみません、お茶も出さなくて」「いえ、気にしないで下さい。先生はお疲れでしょうし、僕も期待(きたい)してませんから」 最後にS(エス)発言を残し、原口さんは洛陽社の〈ガーネット文庫〉の編集部へと帰っていった。 玄関先で彼を見送ると、私は何だかホッとしたような、ちょっとむなしような気持ちになり、はぁーっと大きなため息をついた。 ……あれ? 私の中で何かが引っかかる。彼のイヤミ攻撃から解放されて、ホッとするのは分かるけど、むなしくなるのはどうして? まさか……。ウソでしょ!?「私、原口さんのことが気になってるの……?」
last updateLast Updated : 2025-03-03
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2・恋かもしれない……。 Page1

 苦手だと思っていた原口さんが、いつの間にか気になり始めていたなんて。 中学時代からずっと恋愛小説を書いてきたのに、自分の中の恋心の芽生(めば)えに気づかないなんて! 私って恋愛小説家失格かな?「じゃあ、私が今まで書いてたのって、一体何だったんだろう?」 私は作家として、ちょっと自信をなくしかけていた。 一応、私だって二十三年間生きてきて、恋愛をした経験くらいはある。……数(かぞ)える程度(ていど)だけれど。 だから、恋の始まりがどんな感じなのかはだいたい分かっているつもりだったし、作品を書く時もたいていはそれを参考にしているのだけれど。 そんな私も、苦手な異性が気になったことは今までに一度もなかった。 だからなのかな? 彼に心惹(ひ)かれていることに気づけなかったのは。 ――私はその後、簡単なものでブランチを済ませ、暇(ヒマ)を持て余していたので、改めて仕事部屋の本棚(だな)にある自分の著書(ちょしょ)を読み直してみることにした。 二年間の作家生活で出した本は、たったの三冊。これは決して多くない。 けれど私の場合、デビュー作の長編書き下ろし作品以外は雑誌〈ガーネット〉に連載されてから単行本化されることの方が多かったので、まあこんなものだろうか。「――う~ん、やっぱりないなあ。苦手な異性に恋する話……」 三冊とも読み終え、私はボヤいた。というか、なくて当たり前なのだけど。作者自身に書いた覚えがないのだから。「もう、どうしたらいいのよ……?」 今までなかった経験に、途方(とほう)に暮れる。 原口さんは私にとって大事な仕事上の相棒(ビジネスパートナー)でもある。そんな彼と、私はこの先どんな顔をして会えばいいんだろう? 誰か、相談に乗ってくれる人はいないものか? ……と私が思っていたら。 ♪ ♪ ♪ …… 机の上に移動させていたスマホが鳴った。電話の着信音だけれど、誰だろう? ちなみに、原口さんでないことは確かだ。彼からの電話はすぐに分かるように、専用の着信音を設定しているから。「――ん? 琴音(ことね)先生からだ!」 電話を下さったのは、私より七歳年上の先輩作家・西原(さいばら)琴音先生だった。彼女も私と同じく、〈ガーネット〉で活動されている。 私はいそいそと通話ボタンをタップした。「はい、巻田です」『もしもし、ナミちゃ
last updateLast Updated : 2025-03-05
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2・恋かもしれない……。 Page2

『あたし、締め切り明けて今日は予定もないし、ヒマなんだ。ナミちゃんも今日休み?』「はい。私も今日脱稿(だっこう)したんです。バイトも休みですよ」『そうなんだ? お疲れさま。ナミちゃんは原稿手書きだから、大変だったでしょ?』 琴音先生は私ができないパソ書きをバリバリやっていて、実はちょっと憧(あこが)れている。「ええ、まあ……。ところで琴音先生,実は今、私の方から電話しようと思ってたところなんです。ちょっと、相談に乗って頂きたいことがあって……」 自分から誰かに電話しようと思っていたところに、琴音先生からの電話。私にとっては〝渡りに舟(ふね)〟だった。 すぐさま思い立って、私は琴音先生にお誘(さそ)いをかけた。「――あの、琴音先生。もしよかったら、今日これから私に付き合って頂けませんか?」 彼女なら人生経験もそれなりに豊富(ほうふ)だろうし(……って言ったら失礼かな? でも、少なくとも私よりは豊富だろうから)、きっと何かいいアドバイスがもらえると思う。『相談? いいよ。じゃあ、神保町(じんぼうちょう)まで出てこられる? あたし今、そこのカフェにいるから、一緒にお茶しようよ』「はい! 今から電車ですっ飛んで行きますね!」 私がそう答えると、琴音先生はカラカラと小気味(こきみ)よく笑った。『……ハハハッ! そんなに急ぐことないから。うん、じゃあ後でね』 彼女の笑い声の中、電話は切れた。 そういえば私、何に対しての相談ごとなのか話してなかったけれど、琴音先生はちゃんと話を聞いてくれるかな? ――きっと大丈夫。彼女なら広い心で受け止めてくれる。「――さてと、着替えようかな」 私は開けるのが本日二度目のクローゼットを開けた。 朝は慌てて着替えたから、今の私の服装は部屋着とほとんど変わらない。カフェでお茶するだけにしたって、電車にも乗るのにこれじゃカジュアルすぎるよね。 とりあえずスカートはそのままで、トップスは白のノンスリーブと淡いピンクのコットンブラウスに替えた。襟足(えりあし)の部分をルーズにずらして今時(イマドキ)っぽくする。 ハイカットスニーカーを履き、キチンと戸締りをして、最寄(もよ)りの代々木(よよぎ)駅まで走っていった。 ――けれど、私はすっかり忘れていた。今日は土曜日で電車が混(こ)むことも、自分が人混みを苦手としている
last updateLast Updated : 2025-03-05
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2・恋かもしれない……。 Page3

   * * * *「――琴音先生、お待たせしちゃってゴメンなさいっ!」 三十分後。私は洛陽社にほど近い神保町のセルフ式カフェの店内で、待っていて下さった琴音先生にペコッと頭を下げた。 今日は土曜日なので、満員電車が苦手な私は電車を二、三本遅らせた。そのせいで着くのが遅くなってしまったのだ。「ああ、いいって。気にしないでよ。あたし今日はヒマだって言ったじゃん? とりあえず、そこ座ったら?」 琴音先生はあっさり私のことを許してくれて、向かいの空(あ)いている席を勧(すす)めてくれた。 西原琴音先生はモデルさんみたいにスラリと身長が高くて、スタイル抜群(バツグン)。でも全く気取ってなくて、優しいお姉さんという感じの女性だ。 私はアイスカフェラテとガムシロップの載(の)ったトレーをテーブルに、バッグを椅子(いす)の傍(かたわ)らに置き、勧められた席に着(つ)いた。 琴音先生の前には、白いカップが置かれている。中身はカフェオレかな? 今は四月なので、温かい飲み物にしてもよかったのだけれど。私は猫(ねこ)舌(じた)なので、熱いのが苦手なのだ。「――それでナミちゃん。電話で言ってた相談ごとってどんなことなの?」 私が席に着き、落ち着くのを待ってから、カップを両手で持った琴音先生が話を促(うなが)す。「えーっと、実は……恋バナ……なんですけど……」「うん」 彼女が私の顔をまっすぐ見て〝聞く姿勢(しせい)〟に入ってくれたので、私は全てを話すことにした。 ずっと「苦手」だと感じていた原口さんのことが、気になっていること。彼のSな発言がちょっと楽しみになっていること。 でも、過去に経験したことがないから、これが〝恋〟なのかどうか自信がないこと。 これから先、彼にどんな顔をして会えばいいのか悩んでいること……。「――あの、まず一つ確認していいですか? これって〝恋〟……で間違いないんですよね?」「え、まずそこからなの? ……うん。それはもう〝恋〟で間違いないよ。原口クンのこと、異性として意識し始めてるんなら」「原口……〝クン〟?」 私は琴音先生の答えよりも、原口さんへの呼び方が気になった。 どうしてそんな親(した)しげな呼び方ができるんだろう? と思うのは、気にしすぎかな?
last updateLast Updated : 2025-03-05
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2・恋かもしれない……。 Page4

「ああ、ゴメンね! あたしの方が年上だからさ、ついつい馴(な)れ馴れしく呼んじゃうの。別に特別なイミはないから気にしないでね」 ……あ、そうか。琴音先生より原口さんの方が二つ年下なんだっけ。 でも彼女はオトナの女性だから、たとえ何かあったとしても、隠(かく)したりはぐらかしたりするのもうまそうで油断(ゆだん)できない。 とはいえ、私は別に彼女と原口さんとの仲を勘(かん)繰(ぐ)るつもりなんてないけど……。「――あ、話戻しますね。私、苦手な相手を好きになった経験なくて……。琴音先生、そういう経験ありますか?」 年齢(ねんれい)だけでもわたしより七つ年上なうえに、彼女は私より大人の色気もある。恋愛経験だって、確実に私より多いはず。 ――というか、訊(き)いてしまってから「私ってばなんて野暮(ヤボ)な質問をしてるんだろう」と思ったけれど。「苦手な人を好きになった経験? うん、あたしにも経験あるよ」「ほっ、ホントですか!?」 私は思わず,テーブルから身を乗り出す。こと恋愛に関しては百戦(ひゃくせん)錬磨(れんま)だと思っていた琴音先生に、苦手な男性がいたなんて……!「そんな驚(おどろ)くことかなあ? あたしだって、昔から男慣れしてたワケじゃないよ」 琴音先生は苦笑いしてから、私に経験談を話してくれた。「もう六年も前の話だよ。あたし、就職してから一年で今の会社に変わったの。その時の上司が、すごく苦手なタイプの男性(ひと)でね……」 彼女はテーブルにカップを置き、遠い目をしながら頬杖(ほおづえ)をついて話し始めた。「その人ね、あたしがヘコむくらい毎日仕事にダメ出ししてきたの。それも、なぜかあたしだけにピンポイントでね。正直、『なんであたしばっかり目のカタキにするの?』って思ったし、その人のこと苦手になったの。……でもね」「〝でも〟?」 気になるところで彼女の言葉が途切(とぎ)れたので、私は続きを促すように彼女を見つめる。 琴音先生はカフェオレをまた一口飲んでから、再び口を開いた。「ある時に分かったの。その上司は、部下であるあたしへの期待と愛情から、あたしにダメ出ししてくれてたんだって。――で、その時からあたし、その上司のことが気になり始めたんだ」「あ……」 彼女の話を聞いて、私はふと思った。もしかしたら、原口さんもその上司の男性と同じな
last updateLast Updated : 2025-03-05
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2・恋かもしれない……。 Page5

「……で、その人に想いは伝えられたんですか?」 私の問(と)いに、琴音先生は悲しげにゆっくりと首を振った。「伝えられなかった。……好きだったけど、相手は妻子(さいし)持ちだったから。その人の幸せな家庭を壊(こわ)すなんてできなかったし、あたしは想ってるだけで幸せだったからね」 失恋の悲しい思い出のはずなのに、話し終えた琴音先生はなぜかスッキリした顔をしている。 私には彼女が(もちろん私より年上なのだけれど)年齢よりずっとオトナの女性に見えた。「そうなんですか……」 そう言ってからアイスラテをストローですすった私は、別の質問をぶつけてみる。「ちなみに今、彼氏っていらっしゃるんですか?」 彼女は今もすごくモテるから、浮いた噂(ウワサ)の一つくらいはあるだろう。 ……正直、琴音先生と原口さんとの間(あいだ)に今何もないって信じたいだけかもしれないけれど。「今はいないなあ。っていうか、前の彼氏と二年前に別れて以来、あんまり長続きしないんだよねえ……。声かけてくる男はいるんだよ、もちろん」「ほえ~っ……。いいなあ。私にも琴音先生ほどの色気がほしいです」 願望が思わず口をついて出ると、琴音先生にフフッと笑われた。「何言ってんの。ナミちゃんだって十分(じゅうぶん)可愛(かわい)いし魅力的よ。さっきから、窓際(まどぎわ)の席のお兄さん、ナミちゃんのキレイなうなじに見入っちゃってるし」「えっ、ウソっ!? ……やだもう」 彼女が指さす席の方を見れば、確かに大学生くらいの若い男性が、私の首の後ろを凝視(ぎょうし)している。 私は慌てて自分の手でうなじを隠した。 ――というか、さっきから話が脱線しまくっているような……。 琴音先生もそのことに気づいたらしく、カップの中身をスプーンでかき回しながら話の軌道(きどう)修正をはかった。「――あ、ゴメン。話戻すね。……あたし、さっきふと思ったの。もしかしたら原口クンも同じなんじゃないかな、って。あたしが苦手だと思ってたあの上司(ひと)と」「……はい。実は私も同じこと感じたところです」 私の反応に、琴音先生は目を瞠(みは)った。 残念ながら彼女の上司にはお会いしたことがないけれど、その人の言動(げんどう)が原口さんと似ているなあと思ったことは事実だ。……まあ、その人にSっ気(け)があるかどうかは私の知ると
last updateLast Updated : 2025-03-05
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