All Chapters of シャープペンシルより愛をこめて。: Chapter 21 - Chapter 30

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3・放っておけない人…… Page5

「いいじゃん、奈美ちゃん! 恋は人を成長させてくれるんだよ? そんなに恥ずかしがることないって!」「そう……かな?」 ……恋愛小説家が本業の私が、こんなことでどうするの! というか、本職(プロ)の私よりも由佳ちゃんの言っていることの方が文学的だ。私も見習わなきゃな。……じゃなくて!「そうだよ! あたし、全力でナミちゃんの恋応援してるから! その人とうまくいくといいね」「うん、ありがと。私頑張る!」 由佳ちゃんと話しながら帰っていると、その日の疲れとかイヤなこととかを忘れられるから不思議だ。そして元気になれるし、勇気をもらえる。やっぱり友達っていいな。 ――交差点で、私は由佳ちゃんと別れた。「次に一緒のシフトになるの、明後日(あさって)だね。んじゃまた! お疲れ!」「うん、またね。お疲れさま!」 由佳ちゃんと別れてから、私はマンション近くのコンビニに寄った。 私は料理が好きで、普段はちゃんと自炊(じすい)するのだけれど。今日はもうクタクタで何か作る元気もないので、晩ゴハンのおかずになりそうな冷凍食品を何種類か買って帰ることにしたのだ。幸(さいわ)い、ゴハンだけは朝炊(た)いてきてあるし。 買い物を終え、コンビニの袋を提(さ)げてマンションに帰ったのは夕方五時少し前。「――はあー、疲れた……」 ウチのマンションにはエレベーターもないので、どれだけ疲れていても二階までは階段を上がっていかなければならない。二階に住む私でこれなのだから、三階以上の住人はもっと大変だと思う。 こうしてヨロヨロと階段を上がって二階に辿(たど)り着いた私を、部屋の玄関前で待っている男性が一人――。 ……原口さん?「――あっ、先生。どうもお疲れさまです」 それは私が行ったのとは違うコンビニの袋を提げた、紛(まご)うことなき原口さんだった。彼は私に気づくと、ペコリと頭を下げた。「どうも……」 私も会釈(えしゃく)を返す。「バイトの帰りですよね?」「ああ、はい。途中で買い物してきましたけど。――あの、今日はどうしたんですか? 仕事……じゃないですよね?」 彼の服装が、ジャケットを着込んだ〝お仕事スタイル〟なのが私は気になった。 編集者という職業柄(がら)、土日関係ナシなのは分かっているけれど。少なくとも私との仕事ではないはず。私の次回作が出るのはもう少し
last updateLast Updated : 2025-03-06
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3・放っておけない人…… Page6

「まあ、仕事といえば仕事なんですけど。別の先生に用があって……、でもちょっと困ったことになってるんで、先生と酒でも飲みながら相談に乗って頂こうかと思いまして」 原口さんは肩をすくめながらそう言って、提げている重そうな袋を私に見せた。 中に入っているのは五〇〇ミリリットル入りの缶チューハイが五、六本。あとはさきイカやチーズたらなどのおつまみだ。「先生って酒豪なんでしょう?」「はい。っていうか、原口さんも飲むんですね。知らなかった……」 少し前に琴音先生から聞くまで、彼の私生活なんてほとんど知らなかったから。そもそも彼とお酒を飲んだことだって一度もなかったし――。 そういえば、琴音先生はどうしてあんなに原口さんのことをよく知ってるんだろう? ――そう思った時、私の中でまた小さな疑念(ぎねん)が燻(くすぶ)り始めた。 二年前に琴音先生と別れた元カレって、もしかして……?「――巻田先生、どうかしました? なんか浮かない表情(かお)してますけど」 原口さんに呼びかけられて、私はハッと我に返った。どうやら一人で考え込んでいて、彼に心配をかけてしまったらしい。「あっ、いえ。何でもないです。ゴメンなさい。――えっと、原口さんてお酒飲むんでしたっけ?」 もしかしたらさっき、彼は答えてくれていたかもしれないけれど。「いえ、あんまり強くはないんですけどね。今日は飲まなきゃやってられないんで」「はあ」 ヤケ酒を呷(あお)りたくなるほどのことがあったのだろうか? だとしたら、担当してもらっている作家としては(もちろん個人的にはそれだけじゃないのだけれど)放っておけるはずがない。「分かりました。今日は二人でとことん飲みましょう! どうぞ、上がって下さい」 私は鍵(かぎ)を開け、彼を招き入れるとリビングに通した。「じゃあ私、ちょっと着替えてきますから。ソファーに座って待っててもらえますか?」 バッグをソファーの隅っこに下ろし、コンビニの袋をダイニングテーブルの上に置いてから、私は原口さんに言った。「はい」 原口さんは素直に頷き、いつもの定位置に腰を下ろした。 私は例の寝室(兼仕事部屋)に入るとドアを閉めて、窮屈(きゅうくつ)な仕事着からゆったりした普段着に着替えてからリビングに戻る。 原口さんは仕事で来たわけではないからなのか、いつもよりリラックスし
last updateLast Updated : 2025-03-06
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3・放っておけない人…… Page7

「――さてと、そろそろ飲み始めます?」 時刻はそろそろ五時半。お腹(なか)も空いてきたし、飲み始めるにもいい頃(ころ)合(あい)だと思う。「そうですね。つまみはこんなものしか買ってないですけど……」 袋の中身をローテーブルの上に並べながら原口さんが頷いた。これだけのおつまみじゃ、お腹はいっぱいになりそうにないな……。あ、そうだ!「私も晩ゴハンのおかずにしようと思って、冷凍のギョーザとか唐揚げとか買ってきてあるんです。それも温(あった)めておつまみにしませんか?」「それ、いいですね! ありがとうございます!」 ――数分後。私がレンジで温めてきたギョーザやシューマイ・唐揚げなどのお皿もローテーブルの上に並び、二人だけのささやかな宅(たく)飲み会が始まった。 お酒は各々(おのおの)グラスに注(つ)ぎ、皿の上のおつまみ(おかず系)を箸(はし)でつっつき合う。 自他共に認める(?)酒豪だけあって、私はどれだけ飲んでも全く顔に出ない。でも、原口さんは相当弱いらしくて、ちょっと飲んだだけですぐに顔が赤くなった。 これだけ下戸(ゲコ)な彼が「飲まなきゃやってられない」なんて……。一体何があったんだろう? 私は原口さんが本格的に酔(よ)っ払ってしまう前に、思いきって彼に訊ねてみた。「原口さん、ヤケ酒飲むほど困ってることって、一体何があったんですか?」「実は……、蒲生(がもう)大介(だいすけ)先生のことなんですけど」 アルコールが少し入って緊張の糸が緩(ゆる)んだせいか、彼はためらいながらも話し始めた。「蒲生先生って……、〈ガーネット〉のレーベルの中で一番のベテラン作家の!?」 そこにとんでもないビッグネームが飛び出し、私はビックリして飲んでいたチューハイでむせそうになった。 蒲生先生はもう五十代半(なか)ば。作家としてのキャリアは三十年以上になるらしい。 彼は私の憧れであり、目標とする作家でもある。母が大ファンだったのをキッカケにして私もハマり、作家を志(こころざ)すことにしたのだ。「そうです。今日、彼の脱稿日だったんで、原稿を受け取りに伺ったんですけど。『書けなかった』って言われたんです。『一枚も書けなかった』って」「ええっ!?」「まあ、事情があって書けなかったというなら、僕も理解できなくはないんですけど」「違った……んですか?」 私の問
last updateLast Updated : 2025-03-06
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3・放っておけない人…… Page8

「それは……、原口さん個人で解決できないなら、島倉(しまくら)編集長に間に入って話をつけてもらうべきなんじゃないですか? 後任者も見つけてもらわなきゃいけないし」 島倉編集長は五十代前半のバリバリのやり手編集者で、蒲生先生がまだ売れていない頃には彼自身が担当についていたこともあったそう。 一度は組んでいたこともある彼の説得になら、蒲生先生も耳を傾(かたむ)けてくれると思う。「そうですよね……。先生はガッカリなさったんじゃないですか? ずっと憧れだった蒲生先生がそんな人だったって知って」「私のことはいいんです。それより、この問題を解決する方が先決でしょ? ――よし! 私から編集長に連絡してみますね」 私はバッグからスマホを取り出し,電話帳で島倉さんの連絡先を検索した。何かあった時のためにと登録してあったのだ。「――あった! コレだ。発信しますね」「あっ、待って下さい!」 電話をかけようとした私を、原口さんが制止した。「えっ?」「あの……、先生に相談しておいて何なんですけど。やっぱり、先生が首突(つ)っこまれるのは筋(すじ)が違うと思うんで……」「……ああ、そうですよね。なんか出すぎたマネしてゴメンなさい」 原口さんのいっていることはもっともだ。私はスマホを引っ込めた。私としたことが。好きな人の力になりたいと思うあまり、つい余計なマネをしてしまった……。「そのお気持ちだけで、僕は十分嬉しかったです。僕のことを心配して下さってのことですよね? ありがとうございます」「ええ、まあ……」 原口さん、買いかぶりすぎ。――まあ、半分は当たっているけど、もう半分は自己満足でしかないのに。 私は照れ隠(かく)しで、またお酒のグラスに口をつけた。酔っていることを口実(こうじつ)にしたいのに、〝ザル〟だから酔わない自分が恨(うら)めしい。「――それにしても、先生ってホントにアルコールに強いですよね。僕、羨ましいです」 私よりだいぶ赤い顔で(私の顔が赤いのは酔っているからでは断じてない)、原口さんが少々呂律(ろれつ)が怪しい調子で言った。「羨ましい? ――ああ、琴音先生も同じこと言ってましたけど。お酒が強い女性って、男性的には色気がないだけなんじゃ?」「そんなことないですよ。僕個人としては、ですけどね。むしろ、酔ってやたら絡(から)んでくる女性の方
last updateLast Updated : 2025-03-06
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3・放っておけない人…… Page9

 ――今日一緒に飲んでみて分かったけど、原口さんは酔うとやたら饒舌(じょうぜつ)になるみたい。普段は口数の少ない人なのに。「……ねえ原口さん。あなたって完全に酔い潰(つぶ)れちゃうとどうなるんですか?」「う~んと……。僕は全く覚えてないんですけど、どうも〝素(す)〟が出ちゃうらしいです」「〝素〟……って」 一体どんな状態? って訊いてみたいけれど、本人が覚えていないんじゃ訊いても仕方ないか……。まあ、だいぶ酔いが回ってきているみたいだし、この後イヤでも分かるだろうけれど。「――そういや、先生の元カレさんはどうだったんですか? 先生の酒豪っぷり見て引いてました?」「え……」 どうして今更(いまさら)、潤(アイツ)のことなんか訊くんだろう? 私にとってはもうキレイさっぱり過去のことなのに。 でもきっと、彼は酔いが醒(さ)めたら訊いたことさえ忘れるんだろう。――そう思うから、私は答えてあげることにした。「アイツは引いてなかったかなあ。あなたと一緒で下戸だったから、『お前の方が男らしいよな』って笑ってましたね」 潤も基本的にはいいヤツだった。私もアイツのことが好きだったから付き合っていられたのに……。「井上さんとは僕も面識ありますけど。あの頃は先生といい感じに見えたのに、どうして別れちゃったんですか?」 私は答えに詰(つ)まる。――どう答えたらいいんだろう? というか、いつかは誰かに訊(き)かれるだろうと思っていたけれど。まさか、自分が想いを寄せている相手ご本人から(酔った勢いとはいえ)正面切って訊(たず)ねられるとは思ってもみなかった。「えーっと……、簡単に言えば〝すれ違い〟……になるのかなあ」 ひとまずそう答えてから、私と潤が別れることになるまでの経緯(いきさつ)を整理していった。「潤とは大学に入ったばかりの頃、アイツの方から告(コク)られて付き合い始めたんです。私も次第(しだい)にアイツのこと好きになっていって、二人はけっこういい関係を続けていってたと思います。――私の小説家デビューが決まるまでは」「……というと?」 原口さんが首を傾げる。 私とアイツが別れた原因は、彼には理解できないだろう、実に下らないことだった。
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3・放っておけない人…… Page10

「私は彼のこと好きだったし、夢も叶(かな)ったばっかりだったから、どっちも大事にしたかったんです。でも、彼は違ってました。『作家の仕事かオレか、どっちか選べ』って」「そんな……! 井上さんも知ってたはずじゃないですか。先生が本気で作家を目指してたこと」 原口さんも私の話を聞いて憤慨(ふんがい)している。「それって、『作家を続けるなら自分と別れろ』、『自分と付き合い続けたいなら作家を辞(や)めろ』ってことでしょう!? 勝手すぎるでしょう、そんなの!」 どうして原口さんがこんなに怒っているのかは分からないけれど、当時の私は怒(いか)りとは別の感情を抱いた。「原口さん、あなたがそんなに興奮(こうふん)しなくても。――でもね、私は怒りを通り越してなんか悲しくなっちゃって。散々(さんざん)泣いた後、『なんでこんな勝手なヤツに縋(すが)りつかなきゃいけないの?』って思ったら、自然とどっちを選ぶか決まりました」「……で、別れたと。でも、それでよかったと思いますよ。そんな自己中(ジコチュー)なオトコ、さっさと切り捨てて正解ですわ、ホンマに!」 相当酔いが回ってきたらしい彼は、やたら熱弁し始めた。……けど、あれ? イントネーションがおかしい。というか関西弁?「……ときに原口さん。出身はどこでしたっけ?」「僕は兵庫(ひょうご)の出身ですよ。っていっても、神戸(こうべ)みたいな都会じゃなくて。有名な漫画家の先生の記念館くらいしか名物がないところですけどね」「へえ……」「大学入学と同時に上京して来たんで、もう十年になりますかね」 ――それからは、彼の身の上話を延々(えんえん)と聞かされた。とはいえ、私も知りたいと思っていたことだったので、全然迷惑(めいわく)じゃなかったけれど。 彼は上京してからずっと、「関西弁は東京ではバカにされる」と思い込み、なるべく標準語で話すようにしてきたらしい。 でも、幼(おさな)いころに一度身についたネイティブな話し方というものは何の拍子(ひょうし)に出てくるか分からないので(たとえば今日みたいに酔い潰れた時とか)、最近はもう関西弁は出るに任せているのだとか。「――どうです、先生? 僕って実はこんな人間なんですけど、引きますか?」 原口さんはさっきから、関西弁を封印して必死に標準語で話そうとしている。イントネーションは関西寄りだ
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3・放っておけない人…… Page11

「――あっ! 『好き』っていうのはそういう意味じゃなくてっ! 嫌いか好きかでいうところの『好き』っていう意味でっ!」「ああ、なんだ。そういう意味ですか……。ビックリしましたよー」 〝ビックリした〟とか関西寄りのイントネーションで(それはもういいか)言うわりには、少なからずショックを受けている様子の原口さん。……ちょっと待って! ショックを受けたってことは、さっきの「好き」を私からの告白と解釈したかもしれないってこと!? ああ、否定しない方がよかったのかなあ。――いやいや! そんなことないよね。 酔い潰れてる時にされた告白なんて、酔いから醒めれば忘れられてしまうから。記憶に残らない告白なんて、しても惨(みじ)めなだけだ。告白するなら彼が素面(シラフ)の時に、ちゃんと記憶に残る形でしなきゃ意味がない。 ――そういえばさっきから、話が脱線しまくっている気がする。「……えーっと、話戻しますけど。私ね、潤とのことがあってから、『現実の恋愛って面倒だなー』って思い始めたんです。小説っていいよなーって。だって、紙の上にどんな恋愛を書いたって誰にも迷惑かけないから」 決して現実逃避(とうひ)をしたくて小説を書いているわけじゃないけれど……。「じゃあ今、先生は現実で好きな人いないんですか? べっぴんさんやのに勿体(もったい)ない」 ……原口さんよ、どうしてそこでまた関西弁になる? ――あーあ、こりゃ相当潰れてきてるな。 というか、「べっぴんさん」なんて……。同性の琴音先生に言われた時は照れ臭いだけだったけれど、やっぱり好きな人に言われると嬉しいな。たとえ酔った勢いで、明日になって彼が覚えていなかったとしても。「そんな、べっぴんさんさんなんて! ……えっと、恋愛っていうか好きな人はいますよ。多分まだ片想いですけど」 それがあなたです、とは言わないけれど。私は正直に答えた。「そうですか」 原口さんはそれだけしか言わなかった。 ……まあ、こんな状態になった彼が何を思い、私の言葉をどう捉(とら)えたかなんて分かるはずもないのだけれど――。「はい、そうです」 ねえ、原口さん。今度この言葉を伝える時は、こんな遠回しな言い方じゃなくてもっとハッキリ分かりやすく伝えるから。心の準備をしておいてね。――そういう意味を込めた眼差(まなざ)しを彼に送り、私は頷き返した。
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3・放っておけない人…… Page12

「――っていうか、原口さん。あなた、夕方に来た時よりスッキリした表情(かお)してますよ」「えっ、そうですか? 先生が話聞いて下さったおかげさんですね。ありがとうございます」「いえいえ! 私は何も!」 むしろ出すぎたマネをしようとしたんですけど。これで感謝されていいんですか、私? ――何はともあれ、お酒ですっかりでき上っちゃってるとはいえ、原口さんが上機嫌(きげん)になってくれて、私はホッとした。   * * * * ――テーブルの上のおつまみも乾(かわ)きものだけになり、六本あった徳用缶チューハイも残り二本になった頃。時刻は夜の九時半過ぎ。「原口さん! そんな酔い潰れちゃって大丈夫なんですか!? ちゃんと帰れますか!?」 彼はアルコールに相当弱いらしい。三時間以上も飲み続けていたら、もうベロンベロンになってしまっていた。下戸だとは聞いていたけれど、こんなに前後不覚(ふかく)になるまで酔っ払ってしまうとは!「はぁ~い、俺はダイジョ~ブです~。ぜ~ん然酔っ払ってなんかいまへ~んよ~~」「……ダメだこりゃ」 完全に酔っ払いですがな。呂律回ってないわ、関西弁になってるわ。 とどのつまりは、一人称が「俺」。――彼が「俺」って言うのは怒っている時だと思っていたけれど、「酔うと〝素〟が出る」って聞いたからやっぱりこっちが彼の素なんだろう。……それはともかく。「原口さん、全然大丈夫じゃないじゃないですか! 電車通勤でしょ!? 駅に着くまでに事故にでも遭(あ)われたら私が困るんで!」 このまま寝てしまったら、彼はどちらにせよ今日は帰れなくなってしまう。終電は確実に逃(のが)すだろうし、タクシーに乗っても行き先をちゃんと運転手さんに伝えられるかどうか怪しいところだ。 ……と引き止めてみたところで、どうしたものか? 考え抜いた末(すえ)に出た答えは一つしかなかった。それはあまりにも大胆な提案だったのだけれど。「原口さん、今夜はウチに泊まっていって下さい」「…………へっ? なんですってぇぇぇ!?」 一瞬キョトンとした後、原口さんが思いっきり取り乱した。彼の酔いは、さっきの私の発言で少し醒めたことだろう。……多分。 私は別に、男の人をこの部屋に泊めることには何の抵抗(ていこう)もないのだけれど。彼にとってはそのこと自体が衝撃(しょうげき)的だったのだろう
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3・放っておけない人…… Page13

「そそそ、そんな! 独身女性の部屋に男が泊まるやなんてとんでもないっ! 何か間違いがあったらどうするんですか!?」 彼は大まじめに抗議するけれど。酔い潰れた状態で言われても説得力は半分以下だ。「間違いって?」「いや、だからそそその……何や。俺が先生の寝込み襲(おそ)ったりとか、アレするとか」 〝アレする〟とはつまり、一線を越えてしまうことを言いたいらしい。「先生はそれでもええんですか!?」「それは……えっと」 私にそういう願望がないのかと訊かれれば答えは「ノー」なのだけれど。――まあ、相手は自分の想い人だし? でも、今この段階で、酔いで我を忘れている原口さんを相手にそれはない。「……って、それどころじゃないでしょ!? 今晩『泊まって』言ったのは、ただの親切心からだけですから! 下心(したごころ)なんてないですからね!?」 ……そう。ただ単に、この酔っ払いと化(か)した彼を放っておけないだけ。決して、彼が前後不覚なのをいいことに誘惑してしまおうなんて気は、私にはさらさらないのだ。「……ホンマですかぁ? それ」「ホントですってば!」 ジト目でしつこく訊かれ、私はムキになって答える。……いつもの私と原口さんとのやり取り。アルコールが入っているせいか、ヘンに意識しすぎることなく自然に接することができている。――それにしても、私はさっきまでの彼の取り乱しっぷりが気になる。「泊まっていって」と言っただけなのに、あの慌てようは……。どうも女性経験がないわけではなさそうだけれど。 だって、彼はイケメンだし長身だし(身長百五十センチ台半ばの私より二十センチは高いはず)、昔は彼女もいたらしいから、今だって女性が放っておかないと思う。 酔い潰れると前後不覚になるところなんかは手がかかるというか、母性本能をくすぐられるというか。そういうところも放っておけないし。 ……ただ、彼にはSっ気があるから、女性が彼の扱いに困るかもしれないとも思う。 できれば、原口さんが今フリーでありますように。そして――、琴音先生とも何もありませんように! 琴音先生(あの人)がライバルだったら、私はきっと敵(かな)わないから――。
last updateLast Updated : 2025-03-06
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4・縮まる距離、そして元カレとの再会 Page1

 ――何はともあれ、私は原口さんを今晩一晩だけ、私のマンションに泊めてあげることにした。とはいえ、ここは単身向けの物件。私が仕事部屋(兼寝室)として使っている部屋以外に、「部屋」と呼べる場所はない。「えーっと、寝る場所はどうしましょう? 私の部屋かリビングのソファーしかないんですけど……」 できることなら、ソファーはあまりお勧(すす)めしたくない。ウチのソファーはなかなか寝(ね)心地(ごこち)が悪い。私も何度かここで寝る羽目(はめ)になったことがあるからよく知っているけれど。朝起きた時、必ずと言っていいほど首が痛くなっているのだ。「私の部屋で寝ます? 床(ゆか)にお布団(ふとん)敷いて」 確か、納戸(なんど)に予備の布団が一組あったはずだ。ソファーよりはいくらかマシだと思う。「ええ~、床ですか……?」「床がイヤなら、ソファーか私のベッドで一緒に寝てもらうことになりますけど?」 不服そうな(……なのかどうかは定かじゃないけど)原口さんに、私はイタズラっぽく言ってみた。「い……っ、いやいやいや! ダメですよ、そんなん! 一緒の部屋で寝るだけでもダメですって!」 原口さんの顔がさっきより真っ赤になる。関西弁が抜けていないところを見るに、まだ酔っているには違いないだろうけど。これはどうもそれだけじゃないように見える。 ……もしかして照れてるの? そうだとしたら、ちょっと可愛いかも。「僕はソファーで寝ますから! 一緒の部屋で寝るのだけはカンベンして下さいよー」 そんなに拝(おが)み倒すほど、私と同じ部屋で寝るのが苦痛なの? 冗談(じょうだん)で言っただけなのにちょっと傷付く。「……分かりました。冗談ですって。――じゃあ、納戸から毛布か何か持ってきます。クッションを枕代わりにしてもらえば」「何から何まで、ホンマにすんません。一晩お世話んなります」「いいええ」 私は謝り倒す原口さんにニッコリ笑顔で応じ、彼がソファーで寝るための準備にとりかかった。酔っ払いを外に放り出すほど私は鬼(オニ)じゃない。ましてや、好きな人ならなおさら。 ――準備が整(ととの)うと、彼はジャケット脱いでゴロンとソファーに横になった。「じゃ、明(あ)かり消しますね。原口さん、おやすみなさい」「ふぁ~い……」 窮屈そうに背中を丸め(そうしないと、長身の彼は足がはみ出して
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