All Chapters of シャープペンシルより愛をこめて。: Chapter 11 - Chapter 20

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2・恋かもしれない……。 Page6

「うん、そうらしいの。偶然だろうけどね。でね、その中でナミちゃんが一番若いらしいの。だから、原口クンはナミちゃんに期待してるんじゃないかとあたしは思う」「私に期待……ですか?」 私は首を傾(かし)げた。それが本当だとしたら、一体どちらの意味での〝期待〟なんだろう? 作家として? それとも別の意味で……? 「ほら、若いうちなら努力次第(しだい)でパソコンだってどうにか覚えられそうでしょ? だから期待してるのかもよ? それに」 そこでまた一度カップに口をつけてから、琴音先生は続きを言った。「ナミちゃんの作品のよさを一番理解してくれてる味方は、他でもない彼でしょ?」 琴音先生ってスゴい。私の考えてること、全部お見通しなんだもん。だから。「……はい。そうかもしれません」 私は素直に認めた。ちょっと悔(くや)しいけどその通りだと思ったから。 確かに原口さんは口うるさいしSだし、イヤミったらしい時もある。でも、彼が私の小説を貶(けな)したことは一度もないし、ダメ出しだってめったにしない。 本当はもっと褒(ほ)めたいだろうに、ダメ出しも担当編集者の仕事だからとあえて厳(きび)しいことを言ってくれているのだと、私にも分かっている。 それはもちろん私のためなんだろうし、それこそが彼が私の小説を誰よりも愛してくれている何よりの証拠(しょうこ)だと私も思う。 けれど私は、やっぱり彼のことが苦手だ。
last updateLast Updated : 2025-03-05
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2・恋かもしれない……。 Page7

「琴音先生、人の感情って厄介(やっかい)ですよね」「えっ? どうして?」「苦手な人が急に気になり始めたり、そうかと思えば昨日まで好きだった人が急に嫌(きら)いになったり……。何ていうか、〝苦手・嫌い〟と〝好き〟の二つにハッキリ線引きっていうか、割り切れたらラクなのになあ、って」 この世の中で、移(うつ)ろいやすい人の感情ほど面倒(めんどう)なものはないと思う。もしも人の感情がキッチリ線引きできるなら、誰も悩んだり苦しんだりしなくて済(す)むのにな……。「そしたら私も、こんなに悩むことなかったのになあ、って。――あれ? 私何かヘンなこと言ってますか?」 私の話を聞き終わらないうちに、琴音先生が笑い出した。でも全然バカにしたような笑い方じゃなくて、楽しいことを発見した時みたいな笑い方、といえばいいのか――。「ううん、別に。いやあ、ナミちゃんって面白(おもしろ)いこと考えるんだねー」「……へっ?」「そりゃあ、何でも白黒(シロクロ)ハッキリ割り切れたら誰も悩まないよね。その方が気がラクだしさ。――でも、割り切れないから人って面白いんじゃないかな?」「はあ、なるほど……」 琴音先生の言うことは、実に深い。私と同じ小説家だけど、七年という人生経験の差はダテじゃないなと思う。私にはこんな考え方はできなかったから。「ねえナミちゃん。原口クンを好きになったこと、後悔(こうかい)してる?」「いいえ! 後悔なんて絶対にしません!」 私は強くかぶりを振る。それを見て、琴音先生は安心したように微笑(ほほえ)んだ。「そういうこと。ナミちゃんだって、厄介な感情があるから原口クンに惹かれたけど、それで後悔してないワケでしょ? だから人間は面白いんだと思うな」「はあ……」 琴音先生が言ったことは、私にとっては目からウロコだった。何だか心にかかっていたモヤが晴れてきた気がして、私はまだほとんど減(へ)っていなかったアイスラテを一気に半分くらいすする。 ――ところで、私には気になっていることがもう一つあった。「そういえば、根本(こんぽん)的な質問なんですけど。原口さんって独身なんですか? お付き合いしてる人は?」 琴音先生に訊くのは筋(すじ)違いかもしれない。でも、直接本人に訊ねる勇気があったら、私はこうして琴音先生に相談に乗ってもらう必要なんてないわけで。「独
last updateLast Updated : 2025-03-05
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2・恋かもしれない……。 Page8

「そうだ。琴音先生、私はこの先、あの人とどう接したらいいと思いますか? 『好き』って気づいたのが突然だったから、この先イヤでも意識しちゃいそうで……」 私だって、恋をしたことくらいなら何度もある。けど、どうも「好き」という気持ちがモロに顔に出てしまうらしいので、いつも相手に気持ちがバレバレになってしまう。 特に、今まで意識したことのなかった相手を好きになった今回は、会うたびに原口さんのことをヘンに意識して、いつボロが出るか私自身分からないから不安なのだ。「う~ん、そうだなあ……。急に態度を変えたら、原口クンに怪(あや)しまれると思う。だからあたしがナミちゃんなら、あえて今まで通りの態度で接するけど」「今まで通りに?」 私は首を捻(ひね)った。〝今まで通りの態度〟ってどんな感じだったっけ? 何も考えずにやってきたのに、意識してやろうとすると、今までどうやってきたのか思い出せない。「そう。まあ、〝あたしなら〟の話だけど。――どう? ナミちゃん、できそう?」「あんまり自信ないですけど……」 私は考えてから、残りのアイスラテをストローでズズズッとすすった。――あんまり上品な音じゃないなと自分でも思った。「何とか頑(がん)張(ば)ってみます」「そっか」 笑顔で意気込(いきご)む私を見て、琴音先生もホッとしたようにホットカフェオレを飲んでいた(あっ、なんかダジャレみたいになっちゃった)。「――そういえば、琴音先生はどうして今日私に電話下さったんですか?」 今更(いまさら)だけれど、私は彼女に訊ねてみる。 あの電話がなければ、私は今頃まだ部屋で一人、ウダウダ悩んでいるだけだっただろうから。――まさか、私が悩んでいることを知っていたわけはないだろうけど……。「ああ。今日はたまたまこの近くで用があったんだけど、早く終わってヒマになっちゃって。作家仲間に電話しまくってたの。もち、女性ばっかりね」「へえ……」「ナミちゃんに断(ことわ)られたら、今頃は別の作家さんとお茶してたかも」「ええ……?」 なんだ、やっぱりただの偶然だったのか。 作家という職業は本来、個人事業主(ぬし)であり自由業である。こういう横の繋(つな)がりはあっても上下関係はなくて、年齢が違っても対等な立場で付き合えるのだ。
last updateLast Updated : 2025-03-05
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2・恋かもしれない……。 Page9

「――ナミちゃん、今日は付き合ってくれてありがと。楽しかったよ。また一緒にお茶しようね」「はい! 私の方こそ、相談に乗って下さってありがとうございました。今度はぜひ、一緒にお酒飲みませんか?」「お酒か……、う~ん。あたし弱いからな。ナミちゃんは酒豪(しゅごう)だもんね。羨(うらや)ましいわ」「いや、別に羨ましがられることじゃ……」 酒豪の女って、男性から見たらどうなんだろうか? 色気がないだけなんじゃ……?「そんじゃ、またねー!」「ええ、また」 ――琴音先生と別れた後、私は彼女から聞いた話を原口さんに直接確かめてみたくなった。 彼が今、本当に独身なのかは知りたいところだけれど、そっちではなく。本当に私に期待しているから口うるさくなるのか、という方が今は知りたい。それを知ることで、私の中の彼に対する苦手意識もなくなるかもしれないから……。 私が今、洛陽社の近くにいるって分かったら、彼はビックリするだろうか――。 私はバッグの外ポケットからスマホを取り出し、原口さんのケータイに電話をかけた。『――はい』「あっ、もしもし。巻田です。お疲れさまです。――原口さん、今何なさってますか?」 会社にいるんだから、当然仕事だろうけれど。もしかしたら休憩(きゅうけい)中かもしれないし。『今ですか? 今は先生から頂いた原稿を、パソコンでゲラに起こしてるところです』 〝ゲラ〟とは、本になる前の「原稿」。つまり、作家が書いた原稿を本と同じ文字数・構成に直したもののことである。『どうしたんですか? 急に連絡下さるなんて。原稿でどこか修正したい箇所(かしょ)でも?』 わざわざ仕事中のタイミングで電話をかけたら、彼は当然そう思うだろうな。「あっ、いえ! そういうワケじゃないんです。……えっと、私いま神保町にいるんですけど」『えっ? 本当ですか?』「はい。さっきまで琴音先生とこの近くのカフェでお茶してたんです」 そこで話していた内容はともかく、それ自体は別にやましいことでも何でもないので、私は正直に話した。『琴音先生、って……。ああ、西原(さいばら)先生ですね。彼女も確か、もう脱稿してるんでしたっけ? 彼女の担当者から聞きました』 琴音先生の担当は、確か女性だったな。琴音先生に負けず劣(おと)らずの美人だったと思う。
last updateLast Updated : 2025-03-05
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2・恋かもしれない……。 Page10

「はい、そうらしいです。私もご本人から聞きました。――ところで原口さん。私、あなたに確かめたいことがあって……」『何ですか? 〝確かめたいこと〟って』「えっと…………」「確かめたい」という気持ちはあるのに、いざ言葉にしようとすると何て訊いていいのか分からない。でも原口さんだって忙しいんだから、あまり考え込んでもいられないし……。テンパった私は頭の中が真っ白になり、次の瞬間とんでもない質問を彼にぶつけてしまった。「はっ、原口さんはど……ど……、独身なんですかっ!?」『……は?』 電話の向こうで、彼が呆気(あっけ)にとられている光景が目に浮かぶ。『ええ、まあ。僕は独身ですけど。それって仕事中の人間に訊くことですか?』「――ですよね、やっぱり」 ……ああ、やっちゃった! いきなりこんな不躾(ぶしつけ)な質問をするはずじゃなかったのに。自己嫌悪(けんお)やら恥(は)ずかしいやらで、私はプチパニックに陥(おちい)った。「すっ、スミマセン! 間(ま)違(ちが)えました! じゃなくて、えーっとえーっと…………」 落ち着いて、私(あたし)! ――大きく深呼吸をした後、もう一度スマホを耳に当てた。『……先生? 大丈夫ですか?』 私がまだパニクっていると思っているらしい原口さんが、私に怪訝(けげん)そうな、それでいて気(き)遣(づか)わしげな声をかけてくる。私はそれでやっと落ち着くことができた。「あの……、琴音先生からお聞きしたんですけど。原口さんが私に口うるさくしたり、パソコンを覚えてほしかったりするは私に期待してるからじゃないか、って。それ、ホントですか?」 私はしばらく、彼の返事を待った。『……本当ですよ。僕は先生に、一日でも早く人気作家の仲間入りをしてほしいと思ってます。そのために、時には厳(きび)しいことを言ったりもしますけど、それは全部先生のためなんです。――パソコンに関しては、先生ご自身も少しずつ練習されてると聞いて安心しましたけどね』「私のため……ですか」 彼はただのイヤミーで口うるさいだけの人じゃなかった。私のことを、そこまで考えてくれているなんて……。少し彼のことを見直した。『最初から〝できない〟って諦めてしまう人は、何も進歩しません。でも先生は完全に諦めたわけじゃないですよね? 毎日少しずつでも努力していれば、いつか必ず努力
last updateLast Updated : 2025-03-05
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2・恋かもしれない……。 Page11

『僕は口ベタで不器用なもんで、言い方がイヤミったらしくなったり、Sっ気発揮(はっき)したりしますけど。いつも不愉快(ふゆかい)な想いをさせてすみません』「……はあ」 …………自覚あったんだ、原口さん。「いえ別に。私は気にしてませんから、大丈夫です」 その言葉にウソはない。でも、むしろそのバトルを楽しんでいることをここで言えば、「先生ってM(エム)なんですか?」って言われそうだから、あえて言わない。「――あっ、お仕事中に長々と、ゴメンなさい! 私、あなたの期待に応えられるかどうか分かりませんけど、いつか絶対に人気作家になってみせますから!」『先生……』「本になるの、楽しみにしてますね。――じゃ,失礼します」『はい』 原口さんの返事を聞いてから、私は終話ボタンをタップした。彼が言ってくれたことが、今も私の耳には強(つよ)く残っている。 ――毎日少しずつでも努力していれば、いつか必ず努力は身を結ぶ――。 ……うん、そうだよね。きっとそう。私はなぜか、その言葉を何の反発もなしにすんなりと受け入れることができた。 私はまだデビューして三年目の、〝人気作家〟には程(ほど)遠いひよっこ作家だ。ベストセラーの一つもまだ世に送り出せていない。でも、「一作でもいい作品(モノ)を書こう」と思って努力を続けていったら、私もいつかは人気作家の仲間入りができるようになるんだろうか? 原口さん(あの人)の期待に応えられるような作家に。 でもその時には、彼に一緒にいてほしい。彼が側(そば)にいて励(はげ)まし続けてくれたら(たとえSっ気を発揮していても)、私は努力することを苦痛に思わないから。「……私、やっぱり原口さんのことが好きみたい」 私は改めて、自分の中に芽生えた彼への想いを自覚した。 だって、彼の言葉一つ一つでこんなにも一喜(いっき)一憂(いちゆう)しちゃうんだもん。これが〝恋〟じゃないなら、一体何だっていうんだろう? 考えてみたら、今までに経験してきた恋と何も変わらない。ただ、相手がちょっと苦手な人ってだけじゃない! 何を戸惑う必要があったんだろう? ――この恋は恋愛小説家の私にとって、これから先のターニングポイントになる。 私はこの時、なぜかそんな予感がしていた――。
last updateLast Updated : 2025-03-05
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3・放っておけない人…… Page1

 ――月が変わって、五月の初め。 全国の書店の店頭(てんとう)に、私の最新作の文庫本が並んだ。――小説家・巻田ナミにとって、四作目の本。そして、二作目の長編書き下ろし小説である。 もちろん、私がアルバイトをしている〈きよづか書店〉の店頭にも。 ここは店長の清塚(きよづか)正司(まさし)さん(五十歳)が個人で経営されているお店だけれど、店舗(てんぽ)の規模(きぼ)がそれなりに大きいので、私の他にあと九人のアルバイト店員が働いている。……それはさておき。 ほんの少し前まで、原稿用紙にシャープペンシルを走らせてこれを書いていたのだと思うと、こうして無事に本として刊行されたことは作家としてとても感慨(かんがい)深(ぶか)い。 まだキャリアは浅(あさ)いので、知名度もまずまず。そのため、扱(あつか)いも平(ひら)積(づ)みというわけにはいかないけれど……。「――なんて、物思いに耽(ふけ)ってる場合じゃなかった! 仕事しないと!」 今の私は作家の巻田ナミではなく、この書店のアルバイト店員・巻田奈美(なみ)なのだ(ちなみに本名である)。「――すみませーん。本の予約をしてた者ですけど」「いらっしゃいませ! ――はい、確認致します。少々お待ち下さい」 男性のお客様に声をかけられた私は、棚(たな)の本の補充作業を中断して、レジ横のカウンターに向かう。そこには、商品検索(けんさく)や予約情報の管理を行(おこな)うためのパソコンが置かれているのだ。「今日、予約票の控(ひか)え忘れてきちゃったんですけど」 この書店では、ご予約をされる時には予約票を記入してもらい、お控えを渡して商品受け取りの時に控えを持ってきてもらうことになっているのだけれど。「大丈夫ですよ。店のパソコンにデータが登録されてますから。――お客様のお名前を伺(うかが)ってもよろしいですか?」「高橋(たかはし)ですけど」「かしこまりました。高橋様ですね。えーっと……」 予約情報のページを開いた私は、特訓の甲斐(かい)あってどうにかできるようになった片手タイピングで、「高橋」という名字(みょうじ)で検索をかけた。 ところが「高橋」という名字で本を予約されているお客様は十人以上。しかも、予約された本のタイトルも重複(ちょうふく)しているため、タイトルだけで絞り込むのも難しそうだ。「……あの、身分
last updateLast Updated : 2025-03-06
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3・放っておけない人…… Page2

「――高橋様、もう少々お待ち頂いてもいいでしょうか……?」 おそるおそる尋(たず)ねてみると、高橋様はだいぶイライラされているご様子で。「あのさあ、オレ急いでるんだけど。いつまでかかんのかなあ?」「もっ、申し訳ございません!」 お待たせしている立場の私は、陳謝(ちんしゃ)しながらも何とかスピードアップを図(はか)ろうとするけれど。焦(あせ)れば焦るほど手元が狂(くる)い、そしてまたパニクるという悪循環(じゅんかん)に。――万事(ばんじ)休(きゅう)す!「誰か助けて……!」 泣きそうな声で私が呟いたその時、救世主が! 二人も! ……ん? 二人?「巻田先輩! 大丈夫っすか!? オレが代わります!」 先にヘルプに飛んできてくれたのは、都立大学二年生のアルバイト・今西(いまにし)翔(かける)クン。今日は土曜日で大学が休みなので、朝から一緒のシフトに入っている。「今西クン、ありがとう! ……あっ、でもレジも混んできてるし……」 レジには行列ができていて、一人で応対している清塚店長がてんてこ舞いしている。 ――そこへすっ飛んできたのは……。「今西クン、君はレジのヘルプお願い。――奈美ちゃん、ここはあたしが代わるから。売り場の仕事に戻っていいよ」 私のパソコンオンチを知っている同い年のフリーター・沢村(さわむら)由佳(ゆか)ちゃん。彼女は短大を卒業後、就職はせずにここで働き始めたらしい。作家仲間以外では数少ない私の友達の一人だ。「はっ、ハイっ!」「ありがと、由佳ちゃん! ゴメンね!」 彼女の圧(あつ)に怯(ひる)んだ今西クンはレジの補助に入り、由佳ちゃんが「失礼致します」と高橋様にお断りを入れて、私の作業を引き継(つ)いでくれた。 私が四苦(しく)八苦(はっく)していたパソコン作業もサクサクこなし、高橋毅司様のご予約の確認もすんなり取ってくれたのだ。「――高橋毅司様ですね? ご予約の商品はこちらでお間違いないでしょうか?」 私としてはすごく助かったけれど、同時に由佳ちゃんには申し訳ない気持ちでいっぱいになった(もちろん今西クンにも)。 由佳ちゃんと私。同じ二十三歳なのに、どうしてこうも違うんだろう? ――私は商品の補充作業を再開しながら、由佳ちゃんの仕事ぶりをチラ見してはこっそりため息をついていた――。
last updateLast Updated : 2025-03-06
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3・放っておけない人…… Page3

   * * * * ――その日の夕方、終業時間。「「お疲れさまでしたぁ!」」「お疲れっした! お先に失礼しまっす!」 朝九時から夕方四時までの勤務を終えて、私と由佳ちゃん、今西クンの三人は清塚店長と遅番の人達に挨拶して退勤した。 タイムカードを押してからロッカールームでエプロンを外し、お店の通用口から出る。 夕方にもなると少し冷(ひ)えるので、私も由佳ちゃんも白い七分袖(そで)ブラウスの上からパーカーを羽織(はお)っている。「んじゃ、オレこっちなんで! お疲れっした!」 今西クンは帰る方角が違うので、今日も由佳ちゃんとお喋(しゃべ)りしながら帰ろう。――そう思っていたけれど。「ゴメン、奈美ちゃん! ここでちょっと待ってて!」 何か買うものがあったらしい彼女は、私を待たせて店内へと引き返した。 待つこと数分後――。「お待たせ~、奈美ちゃん☆ ジャ~ン♪」 お店から出てきた由佳ちゃんは、文庫本が入るサイズのビニール袋から買ったばかりの本を取り出して私に見せてくれた。「あっ、それ……私の最新作? わざわざそれ買いに行ってくれてたの?」 彼女が買っていたのは、今日発売された私の最新刊。実は彼女はデビュー当時からの私の小説の大ファンで、新刊が出るたびにこうして欠(か)かさず買ってくれているのだそう。「これ、ウチの店にあったラスト一冊だよ」「えっ、ウソ!? そんなに売れてたんだ」 私にはちょっと信じられなかった。私の書いた本が、(他の書店さんではどうか知らないけれど)ウチの書店で発売初日に完売するなんて……!「そうなんだよ。あたしも今日は買えないんじゃないかと思ったくらいだもん」「由佳ちゃん……、ありがと!」 私は感激のあまり、道端(みちばた)で彼女に抱きついた。彼女の方も困るどころか、「ちょっと厚(あつ)かましいんだけど」と私に頼(たの)みごと。「ナミ先生、ここにサインお願いします!」 本の見開き部分を開き、バッグから自前の(!)サインペンを出して私に差し出した。「用意よすぎ! ――いいよ。ファンサービスも作家の仕事だしね」 サインペンなんていつも持ち歩いてるの、と苦笑いしながらも、私は由佳ちゃんから本とペンを受け取ってスラスラとサインする。「はい、できた! 大事にしてね」「わーい、ありがと! これ、一生の宝物にするよ
last updateLast Updated : 2025-03-06
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3・放っておけない人…… Page4

「――それにしても、今日は忙しかったね」「うん……。土日に忙しいのはいつものことだけど、今日発売の新刊多かったからね」 由佳ちゃんもそうだけど、新刊は発売日に買いたいというのが人間の心理らしい。「予約の確認でパニクった時、店長にヘルプに来てほしかったけど。店長も大変そうだったし。だから、由佳ちゃんが助けてくれてよかった」「いいのいいの。友達だもん、当たり前でしょ?」 彼女は私が高校を卒業(で)てからできた、一番親(した)しい友達だ。バイトを始めたのは彼女の方が少し先だったのに、全然先輩ヅラしないで対等に接してくれている。「っていうかさあ、店長はヒマな時でもほとんど奈美ちゃんのヘルプに入ってくんないじゃん?」 由佳ちゃんが清塚店長に対する毒舌(どくぜつ)を吐(は)き始めた。「あー……、うん。確かに……」 悲しいかな、反論したくてもできない。 由佳ちゃんの言う通り、店長は私がパソコン操(そう)作(さ)で困っている時、ほとんど助けてくれない。今日みたいに忙しくて手が離せない時には「仕方ない」って諦めることもできるけど。明らかに手が空(す)いている時にもそうだと「なんで?」と思ってしまう。……けど。「あれってわざとシカトしてんじゃないの? だとしたらパワハラだよね」「由佳ちゃんがそんなに怒んなくても……。店長にだって、きっと何か考えがあるんだと思うよ」 私はさりげなく、清塚店長のフォローをした。 別に店長の肩を持つつもりはないけれど、原口さんのパターンもあるから一概(いちがい)に「店長はパワハラ上司だ」と言い切れないのだ。「そうかなあ? でも、あんまりヒドいようならあたしが抗議してあげるから!」 由佳ちゃんは鼻息も荒(あら)く宣言してくれたけれど。「由佳ちゃん、気持ちは嬉しいけどホントにいいから。店長とか他の人の手を借りなくても困らないように、私も努力してるの」「えっ、そうなの?」「うん。編集者の原口さんに言われたんだ。『いつか必ず努力は実を結ぶんだ』って」 そう電話で言われた時の、彼の温かいけど真剣な声を思い出して、私が一人赤面していると……。「ああ。〝原口さん〟って確か、奈美ちゃんの好きな人だっけ?」 私が彼に恋心を抱いていることは、もう由佳ちゃんにも打ち明けてあった。彼女はその時にも、自分のことみたいに一緒にはしゃいでくれ
last updateLast Updated : 2025-03-06
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