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第051話

紗月は彼を無視した。

今一番会いたくないのが涼介だった。

彼女はそのままソファを避けてキッチンに向かい、自分のために水を注いだ。

「俺にも一杯注いでくれ」

リビングには低く冷たい彼の声が響いた。

紗月は内心で彼を罵りつつも、結局は丁寧に水を注ぎ、彼に差し出した。

彼女は今、自分がこの家のメイドであり、涼介が主人であることを忘れていなかった。

彼に水を注ぐのは当たり前のことだ。

「なんで泣いてたんだ?」

彼女が水をテーブルに置いた瞬間、涼介は優雅にタバコの火を消した。

深い瞳で彼女の顔を見つめ、まるで心の中を読み取ろうとしているかのようだった。

紗月は鼻をすすり、水を置いて立ち上がった。「別に。ただ、泣きたい気分だっただけだわ」

彼女は丁寧に一礼し、彼に目を向けた。「佐藤さん、特にご指示がないなら、上に戻るわ」

そう言い、彼女はすぐにその場を離れようとした。

だが、涼介のそばを通り過ぎた瞬間、長い腕が伸びて彼女を抱き寄せた。

彼の身体から漂う酒の匂いが、紗月の鼻腔に強く入り込んできた。

「理恵の件で、悔しくて泣いてたのか?」

涼介は紗月をソファに押し倒し、低く響く声でそう囁いた。

急な接近に紗月は居心地の悪さを感じ、必死に涼介の拘束から逃れようとしたが、男女の力の差は大きく、抵抗は無意味だった。

最終的に、彼女は力を振り絞って彼を押し返し、ソファに伏せたまま荒い息を吐いた。「佐藤さん、酔ってるよ」

「酔ってない」

涼介は彼女に再び手を出すことなく、冷たい笑みを浮かべてソファにもたれかかった。「お前が何を悔しがる必要があるの?

確かに理恵が間違ったことをしたとしても、お前だって不相応な幻想を抱いてここに来たんだ。

今日は俺のほうがよほど損をしているんだ」

その言葉に、紗月は思わず笑ってしまった。

「でも、佐藤さんは彼女の侮辱を受け入れたんだろう?

彼女は佐藤さんの婚約者だから、すべての過ちを許され、罪をかぶせて守られているわ。

それなのに、私はどうなの?ただの一般人で、彼女とは何の関係もないのに、盗撮されて泥棒猫扱いされて、悔しがる権利すらないの?」

涼介は静かに眉をひそめ、彼女をソファに座らせた。

水を一気に飲み干すと、彼は静かに言った。「実は......」

「理恵は俺にとって、とても大切な人なんだ。

それ
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