【BLではありません】 石畳の洒落た通りは、街灯もアンティーク感を漂わせて全体のイメージを敢えて統一しているのがわかる。 夜は尚更異国の雰囲気を感じさせ、それに倣った店構えが並ぶ中、その店はひっそりとそこにあった。 今はもう照明の落とされたガラス張りの大きな店舗と店舗の間、半畳ほどの狭いステップから地下に繋がる階段を降りていく。 暗がりをランプの灯りが照らす中、重厚そうな扉を押し開くと…… その店には、男も女も骨抜きにする美人の「バーテンダー」がいる。 「僕が泣いても、やめないで」
View More「……何言ってるんですか。もう終電もなくなりますよ」「大丈夫です、走れば間に合うし。それに週末はあのオッサンまた来るかもしれないじゃないですか」「梶さんなら、最近は来ても別に僕に絡まないし、佑さんがお相手してるから特に困ってませんよ」呆れたと言わんばかりの顔で慎さんは言うけれど。確かに、近頃来店してもそれほどしつこく絡んでいる様子はないし、佑さんと話していることが多い。だが、それを認めてしまうともう番犬は必要ないから来なくていいと言われてしまいそうだ。っていうか、ちょっと……今。イヤなものを想像して、寒気が。「……あのオッサン、まさか佑さんに鞍替えっすか?」「は? いや、まさか……そんな」ぽかん、とした表情の慎さんと顔を見合わせる。恐らくは今、脳内で似たような絡みを想像しているのではないだろうか。次の瞬間、血の気が引いた青い顔色で思いっきり口と鼻を歪ませた。「……んなわけないでしょう。変なもの想像させないでください」「すんません……俺も鳥肌立った……」おえっ。オッサン二人の絡みなんか。当然美しいわけがない。当の佑さんは流し台で洗い物をしていて、こちらの話は全く聞こえていないようだが、もしも聞いていたら面白がって悪ふざけを考えたに違いない。「…っと、とにかく。戻ってきますから。閉店までには」「そんな、無理をしなくても」「無理じゃなくて、俺がそうしたいだけですから!」そうと決まれば、早く行かなければ。出来れば終電があるうちに戻って来たいところだ。急いで背を向けた一瞬、複雑な表情を浮かべながらもほんの少し、嬉しそうに見えたのは……希望的観測が過ぎるだろうか。三人の元に戻れば、まだ二回目だというのにまるで決まり事の如く俺がアカリちゃんを送る形で解散した。そこからの俺は気もそぞろで、電車の中でアカリちゃんと話はしたものの内容はさっぱり覚えていない。彼女の家の最寄り駅で降りてからも、つい早足になる歩調に気付いては、後ろを振り向いて慌てて緩める、の繰り返し。しまった。大した距離じゃないんだし、電車を降りたらすぐにタクシーに乗れば良かったのだ。一生懸命俺の後ろを着いてくる彼女に、罪悪感が沸いて少し気を落ち着かせようと深呼吸をする。「なんか、ごめんな」「ううん、こっちこそごめんね。またこんなとこまで送らせちゃって……」
浩平は、とにかく俺とアカリちゃんをどうにかしたいらしい。っつか、馬鹿め。この店に来た時点でそんな目論見は破綻している。慎さんがバーテンダーをしているこの店で、彼(彼女)以上に女を引き付けられるわけがないのだ。自分で言っててかなり虚しいが、俺の好きな人は俺なんか足元にも及ばないくらい女にもモテモテなのだから仕方ない。「ヤバイ、あのひとなに?! モデルとかじゃないの?!」「めちゃくちゃ綺麗だったね、男の人にしとくの勿体ない……」慎さんがカウンターの方へと下がっても、視線で後を追うように身体ごと振り向かせ、ほう、とピンクの溜息をつく。彼女たちの前には、慎さんが作った色合いの可愛らしいカクテルが並んでいる。赤い液体に、ミントの葉と白いパウダー状のものが雪みたいに散っているイチゴマティーニと、薄いピンク色のピンキーサワーはどうやらマンゴーらしい。『お二人のアクセサリーの色に合わせてみたんです。こういう楽しみ方もいいでしょう?』そう言って微笑んだ慎さんは、確かに誰よりもかっこよく麗しい、バーテンダーだった。「……馬鹿だろ浩平。ここに来たらこうなるに決まってんだろ」「いや、確かにちょっとは思ったけど……なんかあのひと、今日は特に接客気合入ってねえ?」そうだろうか?いつだって慎さんは女の人にはめちゃくちゃ優しいし、飛び切りの王子様スマイルだけど。「あああ、どうしよう。本気で暫く通っちゃおうかな」「やめとけやめとけ。お前なんか相手にされるわけないだろ」「うっさいわね、そんなのわかんないじゃないの!」浩平とミキちゃんが、喧嘩腰の軽口を叩き合う。大学時代から、これが二人の雰囲気らしい。付き合っている、というわけではないそうだが。「男だって見た目は大事よ! アカリもそう思うよねー」「あはは。そうねえ……すごく綺麗だから、目の保養にはなりそうだけど、緊張しそう」「そう?」「うん、私はもうちょっと、身近な感じの人の方がいいかな」そう言って、アカリちゃんがちらりとこちらを見て視線が合った。同意して欲しいのだろうか。確かに、慎さんが綺麗な人だということには何の異論もないが。「話してみると、結構面白い人だよ。人間味あるし」緊張する、という言葉が、なんとなく「自分たちとは違う人」と一線を引いたものに聞こえて、ついそんなことを言ってしまった。
別に、ほんのちょっと妬いてくれたくらいでそれがイコール「好き」という感情に直結するとは思ってない。だけど、そのほんのちょっとの嫉妬と同じくらいに、希望があるって思っていいんだよな?胸の奥が苦しいくらいにきゅんきゅんと鳴っている。この人は、良くも悪くも俺の心拍数を上げてくれるから、そこんとこをもうちょっと自覚してほしい。すみませんでした、と小さく頭を下げた彼女に首を傾げると、少しもじもじとしながらもう一度謝罪の言葉が聞こえた。「……陽介さんの気持ちを、疑ったことです。すみませんでした」「ま、慎さん……!」と、またしてもカウンターを乗り越えたい衝動に襲われて、カウンターに阻まれる。いらないだろ。邪魔でしかないだろカウンター。しかし、遮られてなかったら本気で抱き着いて殴られてたに違いない。「受け入れたわけじゃないですよ! し、信じただけですから!」俺の気持ちを信じると言ってくれた。それだけで十分だった。俺はすっかり舞い上がって、その後俺の居ないところで、浩平と慎さんが話をしていたなんて、随分後になるまで全く知らなかった。―――――――――――――――――――――あれから、半月程。今夜のbarプレジスは賑やかだ。カウンターが俺の特等席だが、今は一番奥のテーブル席にいる。なぜなら今夜は、ものすごく不本意ながら……一人ではないからだ。「こんな素敵なバーがあるなんて、浩平ったら全然教えてくれなくて」「本当、こんなお洒落なバー、初めて来ました……なんかそわそわしちゃう」浩平の大学の頃の女友達、ミキちゃんと、その隣で、ほんのり頬を染めて小さな身体をさらに縮こませてモジモジしているアカリちゃん。そして俺の隣で若干白けた表情の浩平の四人という、俺としては何とも複雑な面子での来店だった。「ありがとうございます。ここは女性のお客様も良くいらっしゃいますよ。気楽に楽しんでくださいね」こんな状況にも拘らず、慎さんは今日も変わらず妖艶な微笑を浮かべ、ピンと伸びた綺麗な姿勢で立っている。ミキちゃんとアカリちゃんは、すっかり慎さんの王子様スマイルの虜のようで、ハートがキラキラ飛び散ってる幻影まで見えそうだ。慎さんがオーダーを聞こうとしているのに、何かと脱線してさっきから無駄話しかしていない。それでも、慎さんは嫌な顔一つ見せないのだから……やっぱ
どくどくどくと早鐘を打つ鼓動に焦燥感も煽られる。「アカリちゃんって子が明らかに陽介狙いだったんで、送ってやれって二人きりにさせてみたんすけどね」「だから俺は」焦って説明しようとする俺の言葉に被せるようにして、慎さんが言った。「恥ずかしがることないじゃないですか。陽介さんにも春が来たんですね」「……」ぷつん。と何かが切れた音が頭の中でした気がする。目の前には、慎さんがいれてくれたシャンディガフ。薄黄色の透明な液体で埋められたグラスの中、きらきらと小さな粒のような泡がくるくる昇るのを見乍ら、苛立ちを抑えようとしたけれど。我慢できずに、グラスを掴みひと息に飲み干した。冷えた液体が身体の中心を通ったけれど、頭は冷えてくれなかった。春が来た、って何。俺はずっと春だけど。慎さんと出会ってから、頭ン中ずっと春爛漫だけど?!なんで今更他の女と春を迎えなきゃならないんだ。好きだって言ったのに、なんで信じてくれてないんだ。だん!と勢いよくグラスを置いた衝撃で、会話を続けていた二人の声がぴたりと止まった。「陽介さん?」「俺は!」椅子から立ち上がり張り上げた声に、慎さんが目を見張る。今漸く、ずっと逸らされたままだった視線が合った。「俺は、慎さんが好きだって言いました!」信じてもらえない苛立ちそのまま言葉をぶつけてしまったけど、それでいいやと抑止は全く働かない。驚いた慎さんの手から、ダスターがぽとりと落ちた。「ちょっ、陽介さん……」「拒否されててもわかってはくれてるものと思ってました! もっと口に出した方がいいっすか、もっと態度で示さないとわからないですか」「ちょ、ちょっ……馬鹿かお前!」「どうせ俺は馬鹿ですよ!」嘘つきだとか節操無しだとか思われるより、馬鹿の方がなんぼかましだ。完全に頭に血が上った俺に、慎さんが動揺したのか目線がちらちらと他所を向く。なんだよ、俺に集中しろよ!子供染みた独占欲みたいなものが沸いてでて。その視線の先に、慎さんの動揺の理由に気付いた。「浩平ならもう知ってます。俺、言ったから」「は?」ぽかん、と口が開いたままおかしなものでも見つけたような、表情だった。「ば……馬鹿じゃないか、本当に」「なんとでも。男も女も関係なく、慎さんが好きです。何回でも言いますし誰に知られても、俺はいいです」そう
【高見陽介】「上手くいくといいですね、その彼女と」浩平が、何やら誤解を招きそうな言い回しをしやがると思っていたら、案の定。しっかり誤解はされたけれど、慎さんは怒っている風でもなく、俺一人が必死になって言い訳して。挙げ句、笑顔で言われたその台詞は結構な打撃だった。咄嗟に、言葉が続かないくらい。店があるから、と身を翻したその時も彼女はいつものごとくそれはそれは綺麗な笑顔で、俺の静止にも止まってくれなかった。「浩平、お前ぇぇ!!」誤解された。それよりも、全く平気な顔をされたことのがショックなんだから、浩平に当たるのは筋違いなのかもしれないが。「お前、なんで余計なことばっか言うんだよ!」「なんだよ、昨日アカリちゃんとどうなったか聞きたかっただけだろ」「なんともなるわけねぇだろ、くそ!」後を追いかけなくては。わかっちゃいるが、さすがに凹んでしまってすぐには立ち直れず、その場にしゃがんで頭を抱えた。さっきまでは、すげー幸せ気分だったのに。この落差に頭が追い付くのに時間がかかった。「お前さあ。全然脈なんかなさそうじゃんか」「……うっせぇ」「ってか、相手が男ってとこでまず無理だろ。お前本気であの人相手に恋愛出来る気でいんの」浩平の言い分は尤もだった。言い返せる材料がない。いや、あるとするなら慎さんが本当は、女だっていうことだ。言ってしまえば浩平だって反対しないだろうし、誰にだって堂々と話せるのに。「……恋愛してるよ、俺は!」当然、秘密を言うわけにはいかなくて、しゃがんだままぐしゃっと髪を掻きむしる。違う、そうじゃない。今だって、堂々と出来る、俺は。別にあのひとが男だって女だって関係なく好きだった。今までだって堂々と、迷惑はかけたくないから営業中はアカラサマな態度は避けていたけど。慎さんが好きだって、態度には出してたつもりだった。だけどその全部が、余りにも綺麗に何もなかった出来事のように処理されてしまった気がする。伝わらなかった?そういえば、「好き」だと言葉にしたのは最初の一度きりかもしれない。足りなかっただろうか。だから、浩平の言い回しをそのまま全部鵜呑みにして、俺とアカリちゃんが昨夜どうにかなったように信じたのだろうか。平気な顔をされたのもショックだが、気持ちが伝わってなかったことの方がショックだった。
――――――――――――――――――――――――――――グラスを一つ一つ磨いては、棚に並べる。傍らでは佑さんが水を出しっぱなしにしながら流し台を洗っている。「佑さんこまめに水止めなよ」「お? ああ、悪い」あの二人が結構長く飲んでいったけど、やはり予想通り今日はあまり客は入らなかった。余りよろしくない数字だ。黙々とグラスを磨いていると、流し台を洗い終えたのかダスターで周辺を拭きながら佑さんがぼそりと言った。「気にしてんのか、浩平に言われたこと」「……別に」「嘘つけー」「……うるさい」陽介さんが機嫌を直した後(彼から見れば、機嫌を直したのは僕の方だと言うだろうが)気が抜けたのかお手洗いで席を立った時だった。浩平さんは、このために今日店に来たんだろう。彼と少し話をした。「陽介は、馬鹿だけどめちゃくちゃいい奴です」突然、僅かな時間も惜しむように切り出されたのは、陽介さんが戻るまでに言いたいことを言ってしまいたかったのだろう。「そうですね。それはよく、わかります」「応えるつもりもないなら、さっさと振ってやってください」「僕は、ちゃんと断ってるつもりですが」それでもお構いなしに纏わりついて来るのが、彼であって。浩平さんの主張は、少々お門違いではないだろうかと鼻白む。「慎さんと知り合ってから、あいつ急に付き合いも悪くなったんです。仲間内の飲み会にも来なくなって」「……そうなんですか」まるでとぼけたような相槌になってしまったが、思えば確かにそうだろう。彼は週末の殆ど、それだけでなく平日でもちょくちょくこの店に顔を出していて、仕事と睡眠以外のかなりの時間をここで費やしているようには感じていた。ともすれば、睡眠の時間さえ。番犬扱いで佑さんが多少まけてはいるものの、彼の懐具合が心配にもなってきているところだった。それだけでなく……身体の方も。「俺は友達だし、慎さんが心配するような変な噂たてたりなんかしませんけど」「……」「けど、男相手の恋愛なんて賛成できません。慎さん、ゲイってわけじゃないんでしょう。さっさと次へ行けるように、引導渡してやってください」今日会ってから、少しも好意的な空気を見せなかった彼だが、その時だけはきっちりと頭を下げて見せた。真剣なその様子に、僕は何も言い返すことができなかった。話していて、よく伝
「ちょ、ちょっ……馬鹿かお前!」「どうせ俺は馬鹿ですよ!」開き直んな!僕や佑さんだけならともかく、自分の会社の人間が見ている前で。冗談で流せるような雰囲気でもなく、慌てて言い繕う言葉を探す。だが、僕の視線の行方を追って言いたいことに気が付いたのか、陽介さんは更に驚くべき言葉を吐いた。「浩平ならもう知ってます。俺、言ったから」「は?」開いた口が塞がらず、まさか……と浩平さんに目を向けると何か疲れたような表情で溜息をついている。馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが……。「ば……馬鹿じゃないか、本当に」「なんとでも。男も女も関係なく、慎さんが好きです。何回でも言いますし誰に知られても、俺はいいです」突如始まった公開告白に、外野を決め込む約二名の視線が気になって仕方ない。「確かに女の子送ったけど、それだけでなんもしてないし当然家にも上がってませんし、なんならお月様見て慎さんのことで頭がいっぱいでしたよ!」「は? え、月? なんで」「仕方ないじゃないですか、綺麗な月だったんです!」なんで月見て僕で頭がいっぱいになるんだ。わけがわからないが、思いっきり恥ずかしい事を言われてるのはわかって、まともになんて聞けやしない。「わかった……わかったからちょっと……」「全然わかってません。慎さんが好きなのに……他の女の子に流されたりしません」張り上げるばかりだった声のトーンが、少し落ち着いてくる。
仕事着に着替え身支度を整え、すぐに店に戻ると、案の定、だ。「慎さん!」追いかけて戻ってきている気がしていたけれど、丁度店に入ってきたところだったらしい。酷く焦った顔の陽介さんと、浩平さんも一緒にカウンター間近で立っていた。佑さんが、状況を理解しかねて首を傾げている。「あれ、いらっしゃいませ。来てくださったんですか」何も、狼狽えることはない。そう自分に言い聞かせるように、バーテンダーの笑顔を貼りつける。「だって、さっさと帰っちゃうから……」「店があるから、と言ったじゃないですか。来てくださってありがとうございます。夕食の時間ですが、あまりしっかりした料理はうちでは出ませんけど良いんですか?」浩平さんと陽介さんを交互に見ながら、二人の間近にあるスツールの前に、オシボリを置いた。言葉に詰まり、一層眉を八の字にする陽介さんには気が付かないフリをした。そうでなければ、僕もどんな顔をしていいのかわからなくなっていたからだ。この人は元々彼女がいたりした、普通の性癖の人なのだし僕のことは男だと思っているし、だから当然だ。僕に構っているのは一時のことで、気になる女性が出来ればそちらへ流れていくのは自然なことだし。その方がありがたい。佑さんに変にからかわれないで済むし。「何を作りましょう?」唇の端を引き上げて、目を細める。もの言いたげな陽介さんよりも、浩平さんへと敢えて長く視線を向けた。よくわからないが、彼はなぜだか、僕と話をしにきたような気がしたのだ。アルコールの余りきついものは今日は避けたいと言うので、ビールベースのシャンディガフを二つ並べた。微妙な沈黙が訪れそうで、間が開くとまた陽介さんが余計なことを話しだしそうで、こちらから会話を切り出す。といっても咄嗟に浮かばなくて。「昨夜の合コンは、楽しかったのですか?」なんでその話を出した自分!と脳内で突っ込んだ。「良かったですよ、女の子も可愛かったし。なあ」「俺は行きたくて行ったわけじゃ」「アカリちゃんって子が明らかに陽介狙いだったんで、送ってやれって二人きりにさせてみたんすけどね」「だから俺は」必死に言い繕おうとする陽介さんをよそに、浩平さんと僕は話が弾んでいるように見えて、彼の目は笑っていなかった。「恥ずかしがることないじゃないですか。陽介さんにも春が来たんですね」
「ちょっと一緒に食事に出ただけです」と慌てて言い繕って浩平さんに目を向ける。やはり、返ってくる目はどこか冷やかだった。「わかってますよ、当たり前でしょう。ノリの軽い男ですみません」「……いえ」口元は笑っている。だから、陽介さんは気付かないだろう。だが、明らかに僕に対する悪意か嫌悪か侮蔑……どれかわからないがマイナスの感情がダダ漏れだった。「それより、陽介。昨日の晩、お前どうだったんだよ」そして僕からまた視線を外し、陽介さんに話しかける。その瞬間、なぜだかその空間から僕がはじき出されたような感覚を覚えた。気のせいじゃない。この、微妙な空気の理由がよくわからないが、仕方ない。このまま二人が話をするようなら、僕は立ち去るべきだろう。「昨日? ってなんだよ」「とぼけんなよ」僕にはわからない会話を続ける二人に声をかけようと、陽介さんの肩を叩こうとした。その手が、止まる。「昨日、合コンの途中でアカリちゃんと抜けただろ。上手くやったのかと思ってさあ」それはもう、面白いくらいに。びくん、と自分の手が震えたのが、目に見えた。「は? 何言ってんだよお前……別に抜けたわけじゃ」「抜けただろ、あの後俺らはダーツバーに行くっつったのに」「確かにそうだけど別にアカリちゃんと二人で抜けたわけじゃ……」訝しい声で会話を続けていた陽介さんが、はっと何かに気付いたように振り向いて僕を見る。それがまるで「マズい」と言ってるような気がして、その瞬間胸が焼け付くような、抑えきれない不快感が湧いて出た。「アカリちゃん、家まで送ったんだろうが。どうだったんだよ」「ちょっ、浩平、ちょっと黙れ」聞きたくもないのに、耳に流れてくる会話。慌てた陽介さんの様子が、余計に苛立ちを募らせる。胸を掻きむしりたくなるような、衝動をどうすればいいのかわからない。「あの子、一人暮らしだしなー。上手いことやりやがって」「家まで送れって言ったのお前だろうが!」「でも送ったんだろ?」「……へえ」二人の会話に割り込んだ僕の声は、それはそれは低かった。「ちょっ、慎さん、違いますからね?!」「何がです? 昨日は合コン行かれてたんですね。お疲れなのに、付き合わせてしまって申し訳ない」「それは数合わせで仕方なく……それに帰りが一緒になった子を送ったのは確かだけど、別に何も
【高見陽介】 帰国子女らしいって話。 何か国語だ? ぺらっぺらで。 取ってくる契約は桁違いの大口だったり、それでいて会話もスマートで偉ぶらない。ビジュアルも完璧、男の俺から見たら怪物みたいな存在の上司。まだ若いからって課長職に甘んじていたけど、将来約束された本物のエリートだった。 普段なら争う対象でもなく、同期じゃなくて良かったと思うくらいだ。仕事でなんか敵うわけもねーから成績を比べたことすらなかったけど。「ごめんね、陽ちゃん。私、真田さんに着いて行きたいの」独立した鉄人上司に、彼女を取られた。 この時ばかりは、流石に腸煮えくり返ったとも。「おい陽介……もう帰ろうって」 同僚に自棄酒に付き合わせて、半分は酔ったフリの蛇行歩きだ。浩平がさりげなくタクシー乗り場に誘導していることに、気付かないわけがない。「嫌だ! 俺はまだまだ飲むぞまだ日付変わったばっかだろ!」 「日付変わったから帰ろうっつってんだろうがしばくぞこら」 あー、明日の朝、酒抜けねえかも。 残った理性がそう冷静に判断するけど、入社した頃から二年付き合った彼女を掻っ攫われた心の痛手は、酒で誤魔化そうとする程度には、ダメージはでかかった。 秋を迎えて夜は少々肌寒い。酒効果で妙にチカチカする視界で空に浮かぶ月を見ると、尚更感傷に浸りたくなる。 ってか、翔子。 お前結構いい女だったけど、所詮一般の部類だ。 あれはさすがに格が違いすぎるって。 雲の上の存在過ぎてまさかのノーマークだったわ。 そのうちポイっと捨てられるに決まってる。 本気で心配したけれど、それは言わなかった。 余りにも惨めだろ。 可哀想だろ、俺が。 「唯一勝てそうなのって背の高さしかねぇな……」 「あー、人混みでも難なく見つけられる立派な長所だ誇りに思え」 夜風同様、浩平の態度が冷たい。愚痴を垂れ流し過ぎたのか、受け流しもぞんざいになってきた。これ以上面倒がられないようにそろそろ帰るか、とさっき通り過ぎたタクシー乗り場を振り返ろうとしたが、浩平の言葉に引き留められた。「そうだ。そんなに飲みたきゃ、いいとこ連れてってやる」 何かを思いついたようにそう言って、突然すぐ傍の角で左に曲がる。「なんだよいいとこって」 風俗とか言うなよ。 俺は今は女より酒が欲しい。「ショットバーだよ」...
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