女神によって異世界へと送られた主人公は、世界を統一するという不可能に近い願いを押し付けられる。 分からないことばかりの新世界で、人々の温かさに触れながら、ゆっくりと成長していく。
View More「そうだ、先にお店を決めないとだ!」(デートマスター黒川ともあろうものが、とんでもないミスを犯すところだったぜ。宿に戻る前にレストラン『サルバトーレ』に寄っていこう) デートではないのだが、勝手に盛り上がってしまっている。 太陽の位置的に10時を過ぎたくらいだろう。少し早足で向かう。こういう時は余裕を持って行動しないといけない。デートマスター黒川は余裕のある男なのだから。 30分もかからずレストランに到着した。既にお店の半分近くの席が埋まっている。早速ウエイトレスさんに声をかける。「すみません、マルコスさんはいらっしゃいますか?」「少々お待ち下さい」 ウエイトレスさんは可愛らしく背中のリボンを揺らしながら、店の奥へと入っていった。 しばらくすると、マルコスさんがにこやかに微笑みながらこちらへやってきた。「これはこれはヨール様。今日はどうされましたかな?」「今日お昼をこちらで頂きたいのですが、席の予約はできますか?」「おや、デートですかな? 他でもないヨール様の為ならお安い御用です」「ま、まあそんなところです。お昼の鐘から30分後くらいに伺いますね。コースメニューがあればそれでお願いします!」「かしこまりました。お待ちしております」 これで食事はばっちりだ。小さくガッツポーズをすると、握りしめた拳の辺りを見てふととんでもないことに気がついた。そう、服装だ。 通りを歩く人々の半数以上は同じように村人の服を着ているが、これから行くのは少し敷居の高いレストランである。 冒険者らしく防具を揃えるか、少し質の良い服を買うかで迷ったが、前回サルバトーレに寄る前に買い物をした古着屋に立ち寄ることにした。「すいませーん、イケイケのオシャンな服を下さーい!」 店に入り、店主に服を見繕ってもらう。だんだん緊張してきているため、語彙力が酷いことになっていた。「はい、社交的な場であればこちら、デートなどであればこちらなどいかがでしょうか」 少しごわついた黄ばみがかった白い
「おーい、ヨールっぴー? 大丈夫かーい?」 肩を叩かれているのに気づき、ゆっくりと目を開ける。少し頭がふらふらするが、なんとか生きているようだ。ベッドに寝かされていたようで、心配そうな顔をしたティーダさんに起こされたようだ。なんとか体を起こす。どうやらギルドの医務室にいるらしい。「大丈夫れふ。」 顔の左に違和感がありうまく喋れない。歯の治療で麻酔を注射されたような感覚だ。「ぶひゃーっはっはっは。ヨールっぴの顔、左側だけパンパンに腫れてるよー! パンパンマンじゃーん!」 顔面を強打され、内出血しているのだろう。両頬を手で押さえると、左側だけかなり熱を持って腫れ上がっていた。「笑わないれくらはいよ! ポーション買ってきまふ!」「ぶははははははははは。ヨールっぴは笑いの天才だねー!」 医務室から出ると、青髪の巨人と銀髪の美女が立っていた。「良かった、気がついたか! まさかここまで突き抜けた変態だとは思わなかったぞ!」「あたしに手を出すようなクソガキなんざほっときゃよかったんだ!」「この度は誠に申し訳ありまへんれした。」 心配そうな様子の青髪と鬼のような銀髪に頭を下げた。「だははははははははは。すごい顔だな!」「ぶふっ。ま、まぁその顔に免じて許してやるか!」 右側までパンパンマンにされなくて良かった。許してもらえたみたいだ。セクハラとか痴漢とかでしょっ引かれてもおかしくなかったからな。「本当にごめんらはい。ポーションを買ってきまふ」「「ぶはははははははははは!」」 腹を抱えて笑う2人を背に冒険者の店へ行き、ポーションを2個購入した。 1つ飲むと、腫れがゆっくり引いていく感じがした。左頬に手を当ててみると、熱をもっている様子もなく、まだ少し腫れている気はするが、大分良くなったみたいだ。 早速ギルドに戻り、銀髪の美女に話しかけた。「今日はご迷惑をおかけし申し訳ありませんでした。わざとじゃないんです」「あぁ、もういいよ。笑わせて
(ここは……、ダンジョンの裏かな?) まだ外は暗い。既に数組が拠点を作り、見張りをたてて馬車を待っているようだ。 収納からバッグを出して服を着替え、その人の群れの中に入り、ゴザを引いて膝を抱えるようにして座り、しばし目を瞑って休息を取ることにした。(ステータス) 黒川 夜 レベル:31 属性:闇 HP:2310 MP:90 攻撃力:980 防御力:905 敏捷性:1200 魔力:1855 スキル ・シャドークロー レベル2 ・ダーク レベル2 ・ナイトメア レベル2 魔法 ・レイヴン レベル1(ナイトメア レベル2:最大で5つの対象を瞬時に移動させる。移動距離は対象から半径10メートル以内かつ影が繋がっていなければならない) 攻撃の動作に入った敵を様子見している敵の背後に移動すれば同士討ちが狙えるし、身代わりの術みたいな使い方もできそうだ。 攻撃を避けられた際に相手を遠くに移せばカウンターも食らいにくくなる。かなり有用なスキルになった。 シャドークローによる近接戦闘、レイブンによる遠距離攻撃、ダークによる状態異常、ナイトメアによる瞬間移動とかなりバランスの良いスキル構成に加え、裸になれば同レベルの冒険者の3倍近いステータスとなる。 ボブゴブリンとの戦いで見せた、逃げながらレイヴンを放ち、その追尾性能によりダメージを与えていく戦法を使うことで、素早さの劣る相手であれば負けることはないかもしれない。 今回のダンジョン踏破でゴールド級への昇格条件は達成した。後は依頼をこなしていけば近いうちに上級冒険者になれるだろう。 あれこれ考えていると、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。「さあ、みんな準備だ! そろそろ馬車が来るぞ!」 冒険者の声で目を覚ます。 外はもうすっかり明るい。 帰る準備をして、他の冒険者の後に続くようにダンジョ
「悪い子は居ねがー! 階段はねえがー!」 ナマハゲと化したヨルハゲは、疲れなどどこ吹く風とばかりに両手を広げて疾走し、モンスターを見つけては、「言うこど聞がねゴブリンはいねがー!」 と蹂躙を繰り返した。何故ナマハゲをチョイスしたかは気分である。 そろそろナマハゲごっこが飽きてきた時、16階への階段を見つけた。2時間以上は探しただろう。「そろそろヘトヘトだ。早く休みたいよ」 さすがに疲れの色が見えてきたのか、肩を落として溜息を吐く。トボトボとした様子で階段を降りると、先程までと代わり映えのしない16階の景色が視界に広がる。「お花畑とか山岳地帯とか風景が変わってくれると盛り上がるんだけどねー……。セーフゾーンまであと少し、気合入れていきましょ!」 深夜なので叫び声はあげなかったが、あと少しとばかりに更にスピードを上げ、セーフゾーンの明かりを目指して突き進む。30分ほど経っただろうか、ひときわ明るい光の漏れだす通路が見える。(黒川選手、ゴールです!) 着替える事など頭から抜け落ち、ただただ目的地にたどり着いた嬉しさから、ゴールテープを切るようにバンザイしながらセーフゾーンへと飛び込んだ。「は?」 ゴブリン20体、ゴブリンリーダー10体、ゴブリンアーチャー10体、ゴブリンメイジ10体が突如出現した。そう、モンスターハウスだ。「ゲヒャゲヒャ!」「ギヒィギヒィ!」 ゴブリンたちは醜悪な笑みを浮かべ、罠に獲物が飛び込んできたことを心底喜んでいるようだ。 ステータスを確認すると、MPは500を切っていた。「俺を嵌めたのがそんなに嬉しいか……。 怒ったかんなっ!」 慣れていないため、プリプリと可愛らしく怒ると、まるで鬼でも乗り移ったかのように怒気を発し、弾丸のようにモンスターの集団に突撃した。「オラッ! スカタン! おたんこなす!」 聞き慣れない悪口を吐きながら、質量を持った左右の影の爪が、弧を描く
「宝箱じゃーん!」 また行き止まりに宝箱を発見した。 黒川式罠検知術を発動する。「ちょいっとな」 先程まで自分の頭があった場所目掛けて、左の壁から槍が飛び出してきた。「はいはいお見通しでーす」 運良く罠を回避すると、再度黒川式罠検知術を発動した。 するとまた槍が飛び出した。「なるほどねー、宝箱破れたり!」 体を屈めて宝箱の蓋を開けると、頭上で槍が通過した。 宝箱の中には金属製のダガーが入っていた。「刃も綺麗だし、これは高く売れそうだぞ!」 手を叩いて喜ぶと、さらに迷宮の奥へと進んでいく。 分岐を3箇所ほど経て、14階への階段を発見した。「かなり広いや、13階も2時間はかかっていないだろうけど、90分くらいはかかってそうだなー。そうだ!」(ステータス) 黒川 夜 レベル:27 属性:闇 HP:3660 MP:1820 攻撃力:2620 防御力:3090 敏捷性:3975 魔力:5880 スキル ・シャドークロー レベル2 ・ダーク レベル2 ・ナイトメア レベル1 魔法 ・レイヴン レベル1「魔法が増えてる! どれどれ効果はー?」(レイヴン レベル1:対象1体に漆黒の鳥が襲いかかる)「やっぱり1体かー。多数相手には微妙か? とりあえずいっちょ使ってみますかー!」 通路を進むといましたよ、モルモットの皆さんが。ゴブリン2体にアーチャー1体にメイジ3体か。 まだこちらには気付いていないようだ。(レイヴン) 目の前で闇が凝縮するようにカラスを模した鳥となり、バサッと羽ばたくような音がすると、疾風の如き速さで一直線にゴブリンに飛来し、胸を貫き命を奪うと暗闇に溶け込むように消えた。(つええええ…&hell
(早速お出ましか!) ゴブリン3体にゴブリンアーチャー1体、ゴブリンメイジが1体だ。 体毛が無い緑色の肌で、汚れたボロ布を腰に巻いている。中学生くらいの身長だろうか。痩せ細り、お腹だけがぽっこりと膨れたみすぼらしい体型。目が細く、鷲のクチバシに似た大きな鼻をしており、耳の先端が尖っている。(ダーク) 漆黒の闇がゴブリンアーチャーとゴブリンメイジの視界を奪う。アーチャーは顔面を掻きむしるようにもがいている。「ゲギ、グギギ!」 ゴブリンが何か呟くと、ゴブリンメイジは手に持った杖の先を光らせた。すると、ゴブリン達の体がバチバチと放電するように雷の衣に包まれ、上階の2倍近いスピードでこちらに向かってきた。「なるほど、連携してくるわけね!」 こちらも相手に接近すると、先頭のゴブリンが右手に持つナイフを突き刺すようにして俺の腹部を狙ってきた。 拳1個分の余裕を持ち躱し、カウンターをお見舞いしようとしたその時、強い静電気が発生したかのようにバチッという音とともにナイフから青い光の線が俺の体に放出される。「痛っ!」 いたずらに使用される電流がビリリと流れるおもちゃのような鋭い痛みに驚き、一瞬体が硬直してしまう。 後ろに続いていたゴブリン2体も飛び上がり、左右から挟み込むようにして頭を狙って棍棒を振り下ろしてきた。 潜るように相手の後ろに回り込もうとすると、棍棒からもバチンと鳴り電流が流れてくる「いてっ!」 ドッキリに使用されるビリビリペンのような痛みにびっくりして動きが止まってしまう。「ゲギャッ!」 隙ありとばかりに棍棒が振り下ろされ、右肩を殴打されてしまう。「これは痛くないんかい!」 肩に手を置かれたような感覚に思わずツッコミを入れてしまった。 一度電気を放つとバフが解除されるらしく、動きの遅くなったゴブリンの頭を一撃のもとに跳ね飛ばし、無力化された遠距離2体も同様に消滅させた。「なんだこの嫌がらせは! いたずらが過ぎるぞ!」 ガム
「なんだなんだ!?」 次々と周囲から声があがる。 落下時間から考えると、ここは多分10階のセーフゾーンだろう。 3組のパーティーが部屋の3隅に分かれていたので、俺は残りの角へ行き、収納の魔道具からカバンを取りだし、何事も無かったかのように着替え始める。 収納の魔道具から物を取り出すのは結構簡単だった。 指輪を意識すると、指輪の中に収納されている物のリストが頭の中に表示される感覚があり、カバンのところを指差すようにイメージすると、何もない空間にポンと出現した。 まだ夜明けまで時間はあるが、10階からはゴブリンメイジが出現する。初見相手では梃子摺る可能性があるので、今日はここまでとしよう。 ゴザを引いてブランケットを掛け、横になって目を瞑る。(おやすみなさい)「ちょっと待て! 何普通に寝ようとしてんだよ!」 怒声とともに誰かが近づいてくる音がする。(ですよねー……) 観念して起き上がると、青髪の2メートルはありそうな大男が眉間に皺を寄せ、怒りを露わにしていた。「いや、あの、そのですね……。えへへ」 なんて説明したらいいのか分からない。属性の説明からするべきか、宝箱の罠の話をするべきか、どうしようか。「えへへじゃねえぞ! こっちは休んでたんだ!」 がしっと胸ぐらを掴まれる。足がバタバタするので俺は今空中にいるのだろう。凄い力だね!「それに関しては申し訳ないですけど、事故なんですよ」「どんな事故がありゃあ裸で股間に角が出来るんだこら!」 言われてみればその通りだ。手で隠しておけばまだマシだったか? いや、結局深夜のダンジョンのセーフゾーンに裸で現れてる時点で変わらないか。「手を離してやってくれよ、ソイツはうちのパーティーなんだ」 思わぬ助け舟に声の方へ視線を向けると、赤髪の剣士がこちらに近づいていた。「パトリックさん!」 そういえば、悲鳴をあげていたの
早速収納を試そうとするが、やり方が分からない。カバンを地面に置き、右手で触れてみるが何も起きない。「不良品? 返品はきくのかこれ?」 もう一度カバンに触れ、今度は頭の中で(収納)と念じてみると、先程までそこにあったカバンが目の前から消えた。「できた! さて、お願いします!」(ステータス) 黒川 夜 レベル:21 属性:闇 HP:2900 MP:2470 攻撃力:1860 防御力:2020 敏捷性:2750 魔力:4190 スキル ・シャドークロー レベル2 ・ダーク レベル2 ・ナイトメア レベル1 装備 ・冒険者証 ・収納の指輪「よし、思った通りだ! これで朝まで戦えるぞ!」 今来た道と逆方向に進んで行くと、すぐに階段が見つかった。5階は少し広く、攻略には90分以上かかってしまった。(もしかすると、5階、10階、15階以降は広くなっているのかもしれないな) より早く進む為に、常にシャドークローを発動させることにした。視界が広がり、弓の射程外からダークをかける事ができるからだ。 また、ダークがレベル2になったことで、ゴブリンアーチャーが複数体出現しても対応が簡単になるだろう。 それから6階、7階と順調に攻略し、8階へと到達した。「ダークがこんなに便利だったとは……。アーチャーを完全に無力化してしまったぞ」 鏃が当たったとしても、皮膚を突き抜ける事は無いだろうが、毒が塗られている可能性がある。用心は必要だ。 しかしここまで肝を冷やす場面はあったが、ソロとは思えない早さで進んでいる。ダンジョンはパーティーで攻略するのが冒険者の常識で、小ダンジョンとはいえ1人での攻略は異例である。 どんどん進んで行くと、明るい光の漏れる通路を発見した。(お、セーフゾーンか? ちょっと休憩もありだな) 中を覗くと広い部屋になっ
鈍く光る金属のナイフが俺の脇腹に深く突き刺さ……らなかった。 チクリとした痛みが走り、ナイフは皮膚を少し傷つけただけで、それより深く突き刺さることはなかった。ステータスが上がっているおかげで、普通なら刺し殺されていてもおかしくないような攻撃でも耐えられるらしい。「ゲヒヒ! ゲヒヒ!」 ゴブリンは涎を垂らしながら、野蛮な薄ら笑いを浮かべ、両手でグリグリとナイフを押し込もうとしている。「いたたたたたた! この野郎!」 素手で殴りつけると、吹っ飛ばされたゴブリンは壁に叩きつけられ、骨が折れたのかおかしな角度に首を曲げ、そのまま地面に吸い込まれていった。「危なかった! 今のは危なかったでしょ!」 コマ送りのように、ゆっくりと自分の体にナイフが迫る体験に、体中から冷や汗が止まらない。 レベルが上がりステータスがかなり上昇している為、ゴブリン程度の攻撃では致命傷を与えられないようになっていた。 急ぎその場を立ち去り、6階への階段を探す。 途中、左右の分岐を左に曲がると、奥は行き止まりになっていたが、ダンジョンらしい物を発見した。通路の真ん中にポツンと置かれた、古びた趣のある赤茶色の木箱。「これは……。宝箱じゃないか!?」 早速開けてみようと近づくが、直前で思い留まる。(こいつぁ臭うぞ、罠の臭いがプンプンしやがる……) 罠の心配を考慮し、足でフタの部分をちょこんと蹴り上げ、バックステップで距離を取る。 宝箱は一瞬かぱっと口を開き、その後沈黙する。「ふふ、罠検定2級の黒川様にかかればこんなもんよ!」 自信満々に宝箱を開けると、中には真鍮のように角度によって虹色に光る指輪が入っていた。「これは……。俗に言うステータスアップ系のやつか?」 指輪を右手の中指にはめ、ステータスを確認する。(ステータス) 黒川 夜 レベル:21
「あ~、夏休みだってのに補習なんて行きたくねぇ……」 俺――黒川 夜(くろかわ よる)は、照りつける太陽の光に目を細めながら、不満を漏らす。 高校2年の夏。数学のテストで壊滅的な点数(詳細は国家機密)を取ってしまったせいで、愛川かえで先生から補習を言い渡された。 しかも、俺だけじゃなく、同じような犠牲者があと3人いるらしい。教科ごとに分かれているせいで、各担当教師との二人きり。地獄のマンツーマンコースを強制されることに。 俺が通ってる白新高校は進学校。勉強はそこそこできるという自負がある。だが数学……てめえはダメだ。 数学とか、人生のどこで使うの……って思っちゃう。「まあ、言い訳だけどさ……はぁ……」 20分ほど歩いてようやく学校に到着。 ワイシャツの下に着ている母親がスーパーで買ってきた安物の肌着が、じっとりと汗を吸って気持ち悪い。 しぶしぶ机に教科書とノートを広げ、適当に漫画を開いて時間を潰していると── ガラガラガラッ…… 教室の扉が開く。 入ってきたのは愛川先生。そしてその後ろには……見知らぬ、異様なほど美しい金髪の女性。透き通るような肌、完璧な顔立ち、モデルどころかこの世のものとは思えないレベルの美貌。彼女は微笑みながら先生の肩にそっと手を置いている。 ……いや、先生の様子、おかしくね? 目の焦点が合っておらず、俺を見ているようでどこか別の場所を見ているみたい。 みんなからかえでちゃんの愛称で親しまれている彼女。栗色のショートカットに、教師らしいスカートタイプのスーツ姿。小動物を思わせる小柄で可愛らしい印象の先生が、なぜか今日は化け物のように感じてしまう。「黒川ぐん……ぎょうヴぁ補習し、じます。頭の悪い子はいでぃまぜん!」 ヨダレを垂らしながら、危ない薬でもやってるんじゃないかってくらい瞳孔が開いた目で俺を睨みつける愛川先生。その姿に、背筋がぞわりと粟立つ。「な、なんかやばくね……?」 絶対におかしい。あんなのかえでちゃんじゃない。 幸い、俺は窓から遠く、出口に近い席に座っている。逃げるなら今だ。自分の感覚を信じて席を立つ。 そして、一目散に走りだ……そうとした。「あら、補習はまだ終わっていませんよ?」 透き通った声が教室に響く。琴の音のように美しく、まるで脳に直接響くような、そんな声が。 金髪の...
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