Chapter: 初めての異世界人 もう空が明るい。遠くに朝焼けが見える。 さすがに歩き続けて足が棒のようだ。半日も動き続けていたら当然か。 ちょっと先の木々の合間に、座って休めそうな倒木がある。周辺は少し開けていて、辺りを見渡すことが出来そうだ。 少し腰をおろしたところで罰は当たらないだろう。この森を抜けるまで、まだまだ俺は歩き続けなければならないのだから。「あ~、疲れた。限界だよもう」 倒木に座ろうとしたら、ひざが言うことを聞かない。体を支えることを放棄して、ドサッと崩れ落ちてしまう。 太ももが、足の裏が、じんわりと蓄積した疲労を訴えかけてくる。 なぜか背中まで筋肉が張っていて、上半身を丸めると楽になると気づく。 ふぅと息を吐くと、急激な眠気に襲われた。さすがにこの状況で寝たらまずいだろうな……。 朝を告げる鳥のさえずりが聞こえてくる。今の俺には子守歌だ。 木々の隙間から差し込む光が、寝るな寝るなと注意してくれてるみたい。(ステータス) 黒川 夜 レベル:2 属性:闇 HP:10 MP:10 攻撃力:5 防御力:5 敏捷性:5 魔力:5 眠気に負けないように、ステータスを開いてみる。「おかえり5歳児……」 残酷な現実を突きつけられた。 今の俺ではスライムにすら殺されるだろう。 先ほどまで張っていた気もショックで緩み、一瞬で眠りに落ちてしまった。********** ……ザシュ ザシュ ザシュ 何かの足音と、いつの間にか眠ってしまった自分に驚く。「うわっ!」 叫びながら眼を覚ます。 音のした方に目を向けると、同じような服装をした男性が斧を持ってこちらに歩いてきている。 長身でガタイがいい。40代後半くらいだろうか。自分とは違う緑色の短髪を見ると、異世界の人だなぁと感じてしまう。
最終更新日: 2025-02-11
Chapter: ミドルハウンド 暗闇でギラリと光る赤い瞳がこちらを見つめている。距離は5メートル以上も離れているが、油断はできない。 俺のステータスは5歳児並みらしいからな。走って逃げたところで、アニメみたいに尻を噛まれる。 いや、それですめばいい。捕まったら間違いなく食い殺されるだろう。生きたまま食われるなんて考えたくもない。(犬と対峙した時は、目線を逸らしてはいけないって本で読んだことあるな……) 精一杯の睨みを効かせながら、ゆっくりと後ろに下がっていく。(右手 シャドークロー) 万が一のためにスキルを発動させる。すると、その瞬間、先ほどまで数歩先も見えなかった視界が驚くほど広がった。 もちろん、夜の闇は変わらない。しかし、まるで月や星の光が増したかのように、しっかりと目の前のミドルハウンドの姿が掴めるようになった。 昼に比べても半分ほどの視界の広がりだ。 その変化に驚きながら、思わず声を発してしまった。「え!?」 その声を皮切りに、ミドルハウンドが一気に距離を詰めてきた。「うわああああ!」 俺の喉元を目がけて獣が飛び上がる。 牙を突き立てようとした瞬間、とっさに右手のシャドークローを前に突きだした。 ズジュウウウウ! 痛みを覚悟して目を閉じてしまったが、自分の身体が無事であることに思わず驚く。 恐る恐る目を開けると、目の前には首から上を失ったミドルハウンドが横たわっていた。「やった! やはり俺のスキルはモンスター用だったんだ!」 命の危機を回避した俺は安堵し、その場にへたり込んでしまう。 同時に猛烈な空腹感に襲われた。「これ、食べちゃおっか……」 右手のシャドークローを当てると、昼間の光景が嘘のようにモンスターの体を切り裂いていく。 自炊経験はないが、なんとなく皮や骨を削ぎ落とし、可食部を切り分ける。 右手にシャドークロー(ナイフ)、左手にフォーク(素手)。テーブルマナーなど無視だ。さっそく生肉を食べてみた。(この獣臭さがジビエってやつか? 臭すぎるけど、空腹よりはマシだ。吐くのを我慢すれば、なんとか食えるな) 血がしたたる生肉のおかげで、飢えと渇きをしのぐことができた。「百獣の王黒川……ってか?」 レバーの部分を口に含み、得意げにニヤリと笑う。 命のありがたみを嚙みしめるとき、ライオンさんもこんな気持ちなんだろ
最終更新日: 2025-01-27
Chapter: 新たな敵 かすかな振動とともに、シャドークローが触れた部分の汚れや埃を落としていく。なんと、木登り中についた汚れが、シャドークローの微妙な摩擦で綺麗になっていくのだ。 スキルを解除して左腕に手を触れると、なんともスベスベになっており、角質さえ削ぎ落としているようだった。「これは街で美顔マッサージ店なんて出したら流行るかもしれない……。って! なんだこの使い方は! 美容じゃなくてモンスター退治に役立てよっ!」 あまりの情けなさに落ち込んでいると、お腹が痛くなってきた。 先ほど食べたカユカユの木の葉の影響だろう。「いたたたたたた……。出るぞこれは……!」 すぐさま茂みに入り、周囲にモンスターがいないことを確認。身構えながら用を足す。 だが、トイレットペーパーなんてあるはずもない。仕方なく、近くの大きめの葉っぱで尻を拭こうと試みたその時、ふとひらめいた。シャドークローなら、手で直接触れずに尻が拭けるんじゃね……と。(右手 シャドークロー) ジジジジジジジ…… 葉っぱで拭くと切れる可能性があるし、面積が狭いから最悪な状況になる恐れがある。 しかしシャドークローなら汚れも綺麗さっぱり。紙で拭くよりいいかもしれない。 ……そう、これはもはやウォシュレット。 シャドークロー改めウォシュレットクローだ!「これはいい使い方を思いついたぞ! ……って、こんなんでいいのか?」 自身のスキルの不甲斐無さに、素直に喜べなかった。「まずいな。日が暮れてきたぞ」 野宿をしてたらスライムに溶かされて死んじゃってました……では済まされない。 最悪な未来を想像し、夜に怯え始める。 早急に街を見つけるため、オレンジ色に染まり始めた森の中を早足に進んでいく。 この世界にも夜はくるらしい。とうぜん夜行性のモンスターも存在するだろう。 視界の悪い夜は、昼間とは危険度が大幅に違う。 女神が言っていた通り、この辺りは人族成人男性基準では危険なモンスターも少ないはずだが、5歳児レベルの俺には到底太刀打ちできそうにない。 半日以上も食事を取っていないうえ、水分もほとんど摂っていないため、体調はかなり危うい状態だ。「……いや、どうすんだこれ?」 やがて、辺りは漆黒の闇に包まれてしまった。自分の手のひらさえも見えないほどの暗闇。 木々の隙間からも、かすか
最終更新日: 2025-01-27
Chapter: シャドークロー「しっかし、せっかく魔法の世界でスキルが使えるっていうのにさー。木の上から飛び降りて踏み潰す方が強いってどうなの?」 辛うじて成功したとはいえ、先ほどのスライム討伐は苦い記憶だ。ぼそりと独り言をつぶやきつつ林を散策していく。危険を冒す気にはなれず、視界の悪い木々の間ではなく、少し開けた小道をキョロキョロと周囲を観察しながら進む。 あのとき、着地に失敗して足を骨折し、もしあのスライムに完全に捕まっていたら……。じわじわと消化されていたかもしれないという事実には、どうしても目を背けたくなる。「シャドークロウねぇ。どうしたものやら。もしかして、木は切れなかったけどモンスターにはすんごく有効な属性だったり?」 ふいに芽生えた謎の可能性に、わずかばかり心を躍らせる。再びスライムに遭遇すれば、今度こそ俺の『唯一の闇属性』が輝くかもしれないという、無茶な期待を抱いてみたのだ。(体をへこませたら体当たりが来ると予測できるし、一回くら試してみてもいいかも……) 樹上からのとんでもない滑落事故なんて、もう水に流してしまおう。鼻歌交じりに楽観的な気持ちで林の中をどんどん歩いていく。周囲には相変わらず樹木しか見えず、街がどこにあるのかも全く見当がつかない。 そして、増え続ける空腹感に耐えきれなくなったその時、ふと肉厚な葉を持つ一本の樹木が目に留まった。「実の生ってる木も見当たらないし、いっちょこれ、つまんでみますか? ほんのちょっと食べて具合が悪くなったら捨てればいいし。うん、それでいこう!」 ここが異世界だという事実を完全に忘れてしまえば、葉っぱに毒がある樹木なんてそう多くはない。猛毒の恐れを無視した黒川式毒見方法を考案し、少しかじってみる。「おや? レモンの皮のような風味に、甘みは無いが酸味はある。食べれなくは無い……かもな。一発目で当たり引いちゃったかこれ?」 もし本当に猛毒が含まれていたとしたら、1時間ほどで効果が出るだろう。食べかけの葉と、追加で10枚ほど千切ってポッケにしまった。 腹が減ったらどうせ死ぬしと、自嘲気味に笑いながら。 ……そのまま歩き続けて5分くらいたったかな。 うん、こりゃ毒だ。間違いない。「唇と口の中と、葉っぱが通ったであろう内臓の至る所に痒みが生じているな。よし、この葉はカユカユの木の葉と命名し、捨てよう!」 かぶれ
最終更新日: 2025-01-27
Chapter: スライム 近くの茂みが揺れる音が耳に入った。 警戒しながら茂みを注視していると、地面をズリズリと縦横無尽に変形させながら、こちらへ向かってくる物体が見えた。「スライム!?」 そう、あのスライムだ。 流動性の体を持ち、丸く半透明な姿に中心部のコアが輝いている。 どうやら体内に何かの植物を取り込んでおり、ゆっくりと消化しているらしい。 動きは鈍く、危険性も低そうに見えた。直径はバスケットボールより少し大きい程度。「いけるかな?」 手に持っていた石を思いっきりスライムに投げつけた。 ビュッ! バチュン! 核を狙って投げたはずの石は、スライムの表面から約5cmほどのところまで食い込み、そのまま地面に落下。 すると、攻撃を受けたと認識したスライムは、頭頂部を地面側に凹ませ、勢いよく体を伸ばして体当たりを仕掛けてきた。その体当たりは、時速約120kmにも達するかのようなスピードで、直径40cmほどの体液で満たされた球状の物体として突進してくるのだ。「ヒッ……!」 運よく体に掠ることなく、反射神経のみで体当たりを交わすことに成功した……が、直撃していたら5歳児程度のステータスでは大怪我をしていた可能性がある。人生で初めて冷や汗をかくという経験をした。と同時に、思考を停止し一目散に逃げだす。「もっと距離が近かったら、とんでもないことになってた……」 まずはモンスターの脅威を再認識し、どうにかスライムを倒せる作戦を練らなければならない。 あまりにステータスが低いため、人族の成人男性なら力任せに踏みつけるだけで倒せるであろうスライムが、俺にとっては強敵そのものなのだ。 ちなみに、女神が特典かなにかで授けてくれたのか、俺の頭にスライムの情報がある。モンスター図鑑てきなやつかもしれない。 スライムはその核を破壊すれば、体液に含まれる消化能力が消滅する魔力生命体だという。この世界では常識のようだが、俺には到底信じがたい話だ。 ……知らない知識を当然のように知ってるって、なんか怖いね。「近づくと体当たりが来るから、遠くからなんとかしないと……」 周囲を見回すと、ひらめいた。 小石で5cm程度しか削れなかったのなら、樹上からもっと大きな石を落として、核ごと叩き潰せばいいんだ。 俺は直径20cmほどの石を拾い、木に登ってスライムの待ち伏せ
最終更新日: 2025-01-27
Chapter: 新生活「それでですねー、新しい世界ではレベルとステータスという概念が存在します」 女神がさも当然のように言う。 なに、ステータスだと!? ゲームとかでよく見る、あの!? もしかしてこれ、ちょっと面白いんじゃね!? 俺、ラッキーか!? ワクワクしながら、勢いよく叫ぶ。「ステータス!!」 その瞬間、脳内に数値が浮かび上がるような不思議な感覚が広がっていく。 黒川 夜 レベル:1 属性:闇 HP:10 MP:10 攻撃力:5 防御力:5 敏捷性:5 魔力:5 装備 ・村人の服 ・村人のズボン ・麻紐のベルト ・スーパーの肌着 ・クマ模様の靴下(水色) ・スーパーのボクサーパンツ ・薄汚れたシューズ(学校指定) ・麻の袋(大銀貨30枚) スキル ・シャドークロー レベル1「おぉ……」 目の前に広がる数値の羅列。 これは現実世界では味わえない感覚だ。 装備の下のほうは見なかったことにしよう。 クマ模様の靴下とか、異世界に持ち込むアイテムじゃないだろ俺……。 興奮を抑えきれず、ガッツポーズをしていると──「あら、話は最後まで聞いてほしかったのですが」 女神が微笑んでいた。「ステータスを確認するときは、声に出さずに念じるだけで大丈夫ですよ?」「……あっ」「だって、そんな大声で『ステータス!!』なんて叫んでいたら恥ずかしいじゃないですか? みっともないですよ、黒川さん」 言い方よ……。完全にバカにしてるだろ。「ちなみに、人族の成人男性の平均的なレベル1のステータスは、HPとMPが100、その他の能力値は25程度でしょうか」「……え?」「黒川さんは転移者ですから、少し優遇されているはずなのですが……どうでした?」 ちょっと待て。何か、聞き捨てならないことを言われた気がする。「あの、俺のステータス……かなり低いような気がするんですが……?」 まさか、何かの間違いか? おかしいだろ。女神の言う通りなら、もっと凄い数値が出るはずだ。「どれどれ、見てみましょうか……」 女神が俺のステータスを覗き込む。「あらら、あらー。あぁーらららら。……ぷぷっ」「今笑ったよな?」 あらあらっておい……。 異世界転生とか転移ってアニメとかでたまに見るけど、大丈夫なの
最終更新日: 2025-01-27
Chapter: ストレスがすごい「ユートルディス殿、お気を確かに!」 ランデルが深緑色の液体を持った小瓶を持っている。 俺が大量の汗をかいているから、何か飲み物をくれようとしているのだろうか。 とてもじゃないが今はまだ飲み物を口に出来るような状態ではない。 もう少し落ち着いたら貰うとしよう。「さあ、飲み込むのです!」「びゅひぇあっ!」※ぶふぇあっ! このジジイ、瓶を俺の口の中に突っ込んできやがった! 息をするのもやっとだというのに。「お早く、お命に関わりますゆえ!」 こいつ、鼻を塞いできやがった。 お、溺れる。 今がまさにお命の危機なんだが!「ぎぇひょっ、ぎぇひょぁ、おええええっ!」※ゲホッ、ゲホァ、おええええっ! し、死ぬかと思った。 火事場の馬鹿力というやつだろうか。 こんなに早く液体を飲み干したのは初めてだ。 しかも恐ろしく不味かった。「ふぅ、危ない所でしたな。では先を急ぎましょう!」 危なかったのは完全にお前のせいだけどな! 陸の上で溺死するところだったんだが。 液体が気管に入り込んでしまったのか、咳が止まらない。 椅子に座って背中を丸め、落ち着くのを待つしかない。 シンプルな木製の長椅子なので、座り心地が非常に悪い。コメ:陸で溺れる勇者wコメ:ランデル殺す気満々で草コメ:何を飲んだの?コメ:食レポよろw たしかに、俺は一体何を飲まされたのだろうか。 馬車の揺れも相まって吐き気を催している。勇太:センブリ茶のような苦味と、本格的なインドカレーに似たスパイシーな香りがあった。それを無理やり誤魔化そうとしたのだろうが、気持ちの悪い甘ったるさがあり、なんとも不快な味を作り上げている。罰ゲームだと言われても納得できるほど不味い液体だった。コメ:食レポ上手くて草コメ:ユートルディスは、スキル『絶望的な食レポ』を獲得した。コメ:
最終更新日: 2025-02-11
Chapter: 伝説の装備って重いんだね「ではユートルディス殿、そろそろ参りましょうか!」 宝物庫から出て、ランデルと一緒に今来た道を戻っているだけなのだが、全身から大量の汗が吹き出してくる。 盾と剣を預かってもらえたのは幸運だったが、金ピカの全身鎧は脱がせてもらえなかった。 このミラージュメイルがとにかく重くて、まともに歩けない。 全身分を合わせたら四十キロ前後あるのではないだろうか。 普通に歩こうとするとももを上げる感覚が狂い、段差の無いところでつまずいて転びそうになる。 ペンギンのようにヨチヨチと歩くしかなく、それだけでも息が上がる。コメ:デバフかかってる? コメ:ゼンマイで動いてるのかよw 勇太:こういう感じに動くおもちゃありますよね? コメ:冷静で草 視聴者数は三十三人に増えていて、登録者数が二十五人になっている。 配信開始から二時間程度でこの人数は多いのだろうか? コメントを見る限り、みんな楽しそうに視聴してくれているのは分かる。 だんだん歩くのが辛くなってきたので、コメントと会話をして気を紛らわせたい。勇太:他のキャスターさん達も初日はこんな感じなんですかね? コメ:初日で四天王を倒しに行く奴が他に居るとでも? コメ:最初の挨拶で死にたくないから安全に行くって言っておきながら、滑舌が悪くなるスキルで魔王を倒しに行くのが普通だと思ってる? コメ:勇者ユートルディスはお前だけだわ!w 城の外に出る頃には、心臓が破裂しそうなほど強く鼓動していた。 城は小高い丘の上にあるようで、石造りの街並みが一望出来る。 少し下った所にある石畳の広場では、兵士達が綺麗な長方形の形に整列している。 冒険の始まりを感じさせる圧巻の光景であった。 異世界に来たんだと強く認識させられ、今更ながら三億を諦めて元の世界に戻りたくなった。 脳内では、帰還という二文字の危険信号が繰り返し点灯している。 それはそうだろう。 俺がやっている事は時間をかけた自殺に等しいのだから。「ユートルディス殿、いよいよですな。このランデルがどこまでもお供しますぞ!」「おうてぃにきゃえりちゃいよおりぇは……」 ※お家に帰りたいよ俺は……「ほう、流石はユートルディス殿。残虐の王ネフィスアルバが『オウッティ』山脈に潜んでいることに気づかれましたか。この場所からでも奴
最終更新日: 2025-01-27
Chapter: 老騎士ランデル ランデルと呼ばれたその男の顔や体には、何度も死線を潜り抜けてきたためか無数の傷跡がある。 獲物を狙う猛獣のごとく鋭い銀色の瞳。顔に深く刻まれたシワが表情に凄みを与えており、まるで年輪のように戦歴を表しているようだ。 後頭部が大きく円状に禿げあがり、その周りから申し訳なさそうに生える白髪が肩まで伸びている。 見た目は武人らしくかっこいいのだが、台無しにするくらいのハゲだった。コメ:ハゲだな。 コメ:うむ、可哀想なくらいハゲだ。 コメ:お前らやめろ!w「ランデルよ、そなたは魔王軍四天王が一人――残虐の王ネフィスアルバを討伐し、みなの士気を高めるのだ!」「はっ、必ずやネフィスアルバの首を持ち帰ってご覧に入れましょう! 勇者ユートルディス殿、四天王討伐はワシに任せて下され!」 王による発令に従い、青い鎧の老兵ランデルが勢いよく立ち上る。 胸のあたりを拳でガチャンと叩き、残虐の王ネフィスアルバを討ち取ると高らかと宣言した。勇太:なんかハゲが四天王を倒してくれるみたいです。ついでに魔王もやって欲しい! コメ:ハゲが倒したらハゲに三億なんじゃ? コメ:ハゲが倒してもユートルディスにガチで三億マネチャしますよw コメ:ハゲハゲ言うのやめてあげて!w このランデルという勇ましい騎士が魔王に勝ったとしても、俺に三億円が入る確約を貰ったからな。任せてくれと言うならお願いしようじゃないか。「おにぇぎゃいしみゃしゅ!」 ※お願いします! 四天王を一人削ってくれるのはありがたい。 他にもランデルみたいに強そうなやつがいるといいんだけど。「なんと! 『俺が行きます』……ですと? これは頼もしい。さすがは勇者殿」 ……ん? 俺はお願いしたんだぞ? ランデル、どこでそうなった?「ふむ、面白い。勇者ユートルディスよ、ランデルと共にゆけい!」 言ってない言ってない、何も面白くないでしょうが! 待ってくれよ王様、ゆけいじゃないんだってば!コメ:さすが勇者ユートルディス。勇敢すぎるw コメ:滑舌悪さしすぎwww コメ:これ死んだだろw 仮に俺が勇者だとしましょうか。 だとしたら、魔王とか四天王を倒す前に、まずは訓練とか修行をするべきなんじゃないの? 素振りとか弱いモンスターと戦ったりとか、戦闘の経験を積ませて欲しいんだけど
最終更新日: 2025-01-27
Chapter: 絶望的な滑舌 スキル『絶望的な滑舌』を授かったみたいだ。 ヒューコンは、常に体の状態を監視していて、重大な変化が起こった時には自動で教えてくれる。 その機能によって、どんなスキルを授かったのかが分かるのだが、俺が獲得したのは滑舌が悪くなるだけの大ハズレスキルだった。勇太:『絶望的な滑舌』ってスキルを手に入れました。 コメ:ダメそうw コメ:どういうスキルなんですか? 勇太:絶望的に滑舌が悪くなるみたいです。 コメ:どうすんのそれw コメ:終わったな……。 目を開けてみると、高級そうな赤い絨毯が敷き詰められた広場だった。 壁には、美しい女性や騎馬に乗った騎士が描かれた巨大なステンドガラスが何枚もはめ込まれており、そこから色鮮やかな陽光が差し込んでいた。 その下には、鈍く光る金属鎧姿の騎士らしき人々や、暗色のローブを身に纏った怪しい人達が立っていた。「何なのだ今の光は! もしや、そなたは伝説の勇者なのではないか?」 声がする方を見ると、黒髪に白髪が混じった偉丈夫が、玉座のような椅子に大股を開いて座っていた。 その男は、仕立ての良い派手な衣装を身に纏まとい、豪勢な装飾品がついた金色の王冠をかぶっている。 筋骨粒々で背が高いのだが、その割りに顔が小さい。 鼻筋が通っており、顎がしっかりした美しい顔立ちをしている。 四十代半ばに見えるその男性は、目が合ったはずなのにしばらく無言を貫く俺を見下ろしながら、心配そうな面持ちで自分のあごひげをなでていた。勇太:勇者じゃなくて勇太なんですけどねw コメ:草生やしとる場合か! コメ:やめい!w コメ:おもろw ふと視聴者数を確認すると、二十一人になっていた。 会話が出来ないのは不安だったが、いざコメントをしてみたら意外と楽しい。「何なのだ今の光は! もしや、そなたは伝説の勇者なのではないか?」 おそらく王様であろう人物が、心配そうにこちらを見ている。 俺がコメントと会話をしていたせいで、まさか自分が無視されているのではと不安になったのだろう。コメ:二回目?w コメ:勇太さんが答えてあげないからw「ぢょうみょ、きょんにちは!」 ※どうも、こんにちは! まずは挨拶と思い口を開いたのだが、自分でも何を言ってるのか分からないほどに活舌が悪い。 コメントの人たちも、ヒューコ
最終更新日: 2025-01-27
Chapter: 配信始めます ヒューコンの検索機能で、まだキャスターが降り立ったことの無い異世界を検索する。 人気キャスターになる為には、無限に存在する異世界の中から前人未踏の世界を選ぶ事も重要なのだ。 俺は、ラドリックという世界を選んだ。 太陽のような恒星と月のような衛星があり、地球と環境が類似しているようだ。 それほど文明が発達していない世界だが、魔法やモンスターが存在し、地球とは異なる生態系になっている。 タイキンさんが活躍している世界と同じくダンジョンがある事も確認済みだ。 ワーキャスに接続し、自分のアカウントにログインして配信の準備をする。 タイトルは、『初キャスです。異世界ラドリックへ旅立ちます!』と無難な感じにしておいた。 これから配信を始めると思うと急に緊張してきた。 心臓が喉から飛び出しそうだ。「ふぅ、ふぅ、いくぞ……いくぞ!」 意を決して配信をスタートした。 配信画面には、俺の視界に映る殺風景な部屋が映っているはずだ。 今始めたばかりなのに、視聴者が五人も来てくれている。 ここはやはり挨拶から始めるべきだろう。「あ、あー……。えっと、みなさん初めまして。勇太っていいます。これからラドリックという異世界に旅立ちます。応援よろしくお願いします!」コメ:初見です! コメ:リセマラですか? もうコメントが流れている。 誰も見てくれなかったらどうしようかと不安だったので、素直に嬉しい。「今のところリセマラを考えています。俺、運動音痴だし喧嘩もした事がないから、すぐ怪我しちゃいそうで……」コメ:気持ち分かりますw コメ:アタリのスキルだといいですね! 初配信には、荒らしと呼ばれる心無い発言を連投するやからが出ると聞いていたので、温かいコメントばかりで安心した。 荒らしは無視して即ブロックだ。 放置したり構ったりすると、チャット欄で言い争いに発展してしまうからだ。「一応フルタイム配信なので、トイレの時だけミュート推奨しときます。切り抜きは自由にアップロードして頂いて構いません」コメ:体張ってますね! コメ:切り抜き自由はありがたい。 配信中に盛り上がった場面を短い動画にする切り抜きは、キャスターの人気に深く関わってくる。 とぅいっとパラダイス、通称とぅいパラと呼ばれるSNSにアップロードされる事が多
最終更新日: 2025-01-27
Chapter: バイト辞めました「店長、俺バイト辞めます! 今までお世話になりました!」 昨晩の出来事だ。 俺は、一年半勤めていたコンビニバイトを辞めた。 高校を卒業してから一番長く続いたバイトだった。 俺の日常は、ルーティン化されたつまらないものだった。 朝起きたらストレッチをする。 リビングへ行くと、テーブルの上には母さん手作りのご機嫌な朝食が用意されている。 レースのカーテンを通して柔らかくなった朝の日差しに包まれながら、優雅に食事をする。 食事を終えたら歯磨きの時間だ。 歯ブラシは極細毛で硬めというこだわりがある。 強烈ミントの歯磨き粉が、口の中を爽やかな香りで満たし、一日の始まりを感じさせてくれる。 お洒落好きな俺は、毎朝シャワーを浴びる。 お気に入りのフローラル系の香がついたボタニカルシャンプーで髪を洗うと、とても気分がいい。 鏡の前で髪を乾かしながら、マットなヘアワックスで髪形を自然に整えて、バイト先の近所のコンビニへ向かう。 そんな毎日に嫌気が差した。 バイトの安い給料でも、実家暮らしの俺なら必要最低限の生活は出来る。 しかし、二十歳になり、このままの生活でいいのかと考えるようになってしまった。 食って寝て仕事して、たまに趣味に金を使う。 平凡な生活の中に、ささやかな幸せを感じるのが人生だと頭では理解している。 ほとんどの人がそうであると頭では理解している。 でも、俺は変えたかった。 刺激的な毎日を送りたいと考えてしまったんだ。 今は、ベッドの上で寝転んで束の間の無職を満喫している。 ヒューコンのシアター機能を使い、とある配信を見ているところだ。 ワーキャスの日本キャスターランキング一位、タイキンさんの異世界配信だ。 五万人以上の視聴者が常駐しており、多い時には三十万人を超える。 タイキンさんの推定年収は数十億円と言われている。 タイキンさんは、イグドラシアという異世界にワープし、『炎の勇者』というスキルを授かった。 主な配信内容はダンジョン攻略なのだが、派手な火属性魔法と勇者の身体能力を活かした迫力のある戦闘が視聴者を虜にしている。 時折、異世界の商品紹介なんかも混ぜながら、見ている者を飽きさせない工夫も素晴らしい。 キャスターの収入源は、広告掲載料、サブスクライブ、マネー
最終更新日: 2025-01-27