二十歳のカイトは祖父と父が失踪した現場である東京タワーを訪れた際に召喚され、異世界に転移する。 テルスという異世界には魔法が実在し、国家に属する魔道士と国防を担う魔道士団というシステムも確立していたが、治癒魔法を行使できるのは異世界から召喚された者だけだった。 カイトの前に召喚されたのは二人のみ。その二人とは四十四年前と十五年前に失踪したカイトの祖父と父だった。 激動の時代を迎えていた異世界で、強大な魔力を持ち治癒魔法を行使する三人目の聖魔道士となったカイトは、王配となっていた祖父と師事する最強の魔道士の後押しによってミズガルズ王国筆頭魔道士団の首席魔道士となったことで英雄への道を歩むこととなる。
View More残暑というには暑すぎた前日の熱気を引きずるかのように、空気は淀んでいた。 西暦二〇一九年九月十一日、午前十時。 水曜日にも関わらず、家族連れや観光客の姿が目立つ東京都港区の芝公園を、二人の男子が談笑しながら歩いていた。 二人はおとなしめのカジュアルな服装で、悪目立ちしない優等生に見える大学生だった。 男子の一人が立ち止まり、天に楔を打ち込まんとするかのように聳える東京タワーを見上げた。「ここが、現場か……」 鋭い眼差しで東京タワーを見据えた男子が、ぼそりとつぶやいた。「カイト? なんだよ急に立ち止まって」 もう一人の男子にカイトと呼ばれた男子は、ばつが悪そうに微苦笑を浮かべながら、「いや……思ったより高いな、と思ってさ」 と後頭部を掻きながら答えた。 カイトの言葉に一応の納得を示しながら、もう一人もカイトにつられるように東京タワーを見上げた。「確かに。間近で見ると高いよな。それに、スカイツリーより艶があるよ。風格って言うのかな……やっぱりこの曲線にはスカイツリーにはない色気があるっていうかさ」「レンは表現が色っぽいな」 カイトが笑みを漏らすと、レンと呼ばれた男子は「そうか?」と片頰笑みながら、「懐の深さって言ったほうがいいのかもな。数多の怪獣に壊されてきた東京の象徴だからなあ。特撮の世界じゃある種の記念碑的な建造物ってやつだ」 と東京タワーへの感想を続けた。「レンって、特撮にも詳しかったのか?」「詳しいってほどじゃないさ。一般常識の範疇だろ」「どこの一般常識だよ、それ」 カイトにツッコまれたレンは声を上げずに笑いながら、「スカイツリーじゃなくて東京タワーを選ぶあたり、渋いよなカイトも」 と返した。「わるいな。せっかくの東京なのに、なんか付き合わせちゃって」 カイトが軽い調子で詫びる。 百七十四センチと平均的な身長で体型もやや細身だが標準的。黒髪の短髪で瞳は暗褐色、まつげが長く鼻筋は通っているが特段に美形という訳でもないカイトは、大人しい印象を与える二十歳の男子だった。「いいさいいさ。来たかったんだろ、東京タワー」 レンが理解を示すように応じると、それにうなずいたカイトは、「ああ、ちょっとした因縁があるんだ」 と冗談めかしながら答えた。「因縁ってまた穏やかじゃないな。温厚が売りのカイトには似合わない単語だ
男の脳裏に浮かんだのは息子の顔だった。 この異世界に来てから産まれた娘の顔ではなく、元の世界で成長しているであろう五歳までの姿しか知らない息子の顔。 男は自嘲した。 父親らしいことを何もしてこなかった自分がこんな時にだけ息子を思うなど虫がよすぎる、と。 小高い丘の上に張られた天幕の中に男はいた。 ミズガルズ王国の国旗が掲げられた天幕は、本陣としてその戦場にあった。「ダイキ卿……残念ながら彼我の戦力差は明らかです。戦況は刻刻と悪化しております。ここは撤退を……」 ダイキと呼ばれた男は、自分の身を常に案じてくれる青年の切迫した声で我に返った。 人払いが済んださほど広くもない天幕の中には、ダイキと青年しかいなかった。 長身の青年はダイキと揃いの純白の軍服を身に纏っており、その翠玉のように輝く瞳は憂いを帯びていた。 とうに中年となってしまった自分が失って久しい、若さのきらめきを感じさせる青年に憂いは似合わないとダイキは思った。 まさに敵の手が首にかかろうとしている逼迫した戦場の気配を感じながら、ダイキは口を開いた。「フォレスター卿とインプレッサ卿は?」「遺憾ながら……」「そうか……あの奇跡の親子が、こんなところで……アルテッツァ卿。俺はやっぱりお飾りの筆頭だったみたいだ……」 ダイキが吐露した弱気に、アルテッツァと呼ばれた青年の整った眉がぴくりと反応する。「ダイキ卿。卿は聖魔道士にして、我らトワゾンドール魔道士団の筆頭。卿が救わねばならぬ命がある内に、そのような弱音を吐くべきではありません……!」 アルテッツァの叱責を、大希は素直に受け取った。「いつでも温厚な卿を怒らせちまった……すまない。そうだな……俺には、まだやるべきことがある……」 ダイキが簡素な椅子から立ち上がった、その時だった。 本陣たる天幕の周りにはべていた側近の兵士たちが、ほぼ同時にどさりと倒れる音がダイキの耳に届いた。 不穏に反応したダイキの皮膚が粟立った瞬間、何者かが天幕に侵入した。 ダイキの目で捉えられる速さではなかった。 天幕の中に黒い影が侵入した、ダイキが認識できたのはそれだけだった。「見つけたぞ」 場違いに若い侵入者の声。 声の主は未だ少年の無邪気すら残香する若い男だった。 風属性魔法であるクッレレ・ウェンティーで加速している金髪碧眼の男は
男の脳裏に浮かんだのは息子の顔だった。 この異世界に来てから産まれた娘の顔ではなく、元の世界で成長しているであろう五歳までの姿しか知らない息子の顔。 男は自嘲した。 父親らしいことを何もしてこなかった自分がこんな時にだけ息子を思うなど虫がよすぎる、と。 小高い丘の上に張られた天幕の中に男はいた。 ミズガルズ王国の国旗が掲げられた天幕は、本陣としてその戦場にあった。「ダイキ卿……残念ながら彼我の戦力差は明らかです。戦況は刻刻と悪化しております。ここは撤退を……」 ダイキと呼ばれた男は、自分の身を常に案じてくれる青年の切迫した声で我に返った。 人払いが済んださほど広くもない天幕の中には、ダイキと青年しかいなかった。 長身の青年はダイキと揃いの純白の軍服を身に纏っており、その翠玉のように輝く瞳は憂いを帯びていた。 とうに中年となってしまった自分が失って久しい、若さのきらめきを感じさせる青年に憂いは似合わないとダイキは思った。 まさに敵の手が首にかかろうとしている逼迫した戦場の気配を感じながら、ダイキは口を開いた。「フォレスター卿とインプレッサ卿は?」「遺憾ながら……」「そうか……あの奇跡の親子が、こんなところで……アルテッツァ卿。俺はやっぱりお飾りの筆頭だったみたいだ……」 ダイキが吐露した弱気に、アルテッツァと呼ばれた青年の整った眉がぴくりと反応する。「ダイキ卿。卿は聖魔道士にして、我らトワゾンドール魔道士団の筆頭。卿が救わねばならぬ命がある内に、そのような弱音を吐くべきではありません……!」 アルテッツァの叱責を、大希は素直に受け取った。「いつでも温厚な卿を怒らせちまった……すまない。そうだな……俺には、まだやるべきことがある……」 ダイキが簡素な椅子から立ち上がった、その時だった。 本陣たる天幕の周りにはべていた側近の兵士たちが、ほぼ同時にどさりと倒れる音がダイキの耳に届いた。 不穏に反応したダイキの皮膚が粟立った瞬間、何者かが天幕に侵入した。 ダイキの目で捉えられる速さではなかった。 天幕の中に黒い影が侵入した、ダイキが認識できたのはそれだけだった。「見つけたぞ」 場違いに若い侵入者の声。 声の主は未だ少年の無邪気すら残香する若い男だった。 風属性魔法であるクッレレ・ウェンティーで加速している金髪碧眼の男は...
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