Chapter: 第9話 謁見 出しゃばらずに自分への注目を集める術を十四歳にしてすでに身に付けているマヤが中心となり、歓談が程よく温まった頃合いで書斎のドアを控え目に三回ノックする音がした。 ケンゾーの「どうぞ」という声に合わせ静かにドアが開く。ドアを開けたのは先ほどマジェスタの目配せに応じて病室を出て行った濃紺の軍服を着た青年だった。 青年が深々と頭を下げてから報告する。「謁見の支度が整った由にて、報告させていただきます」 マジェスタが「承知した」と短く答えると、青年は再び深々と頭を下げてから退室した。 軽く一呼吸置いたマジェスタがカイトへ視線を向ける。「それではカイト閣下、これより女王陛下に謁見いただきたく存じます」 マジェスタの発した「謁見」という言葉の響きに、カイトは不安と緊張を隠せなかった。「はい。分かりました……でも、俺は正式なマナーとか知らないし、相応しい所作? みたいなものも身に着けてませんが……大丈夫でしょうか?」 素直に不安を口にしたカイトを見て、ケンゾーが微笑みかけた。「それは心配いらない。形式に則った正式な謁見ってわけじゃないし、女王のセルリアンは根が気さくな女性だから。俺も同席するし、気楽に会えばいい」 ケンゾーが同席すると聞いて不安がやわらいだカイトは、「はい。じゃあ、そうします」 とうなずいて返した。「よし。じゃあ、行こうか」 気楽な口調で言ったケンゾーが立ち上がると、それにつられるようにカイトとマジェスタも立ち上がった。 一人だけ椅子に腰掛けたままとなったマヤが、「わたくしは、ここでお留守番してますわね。いってらっしゃいませ、お兄様」 と可憐な笑みを添えてカイトを送り出した。 ケンゾーが先頭となり連れ立って王宮病院を出た三人は王宮に戻ると、シンメトリーな造りである王宮の中心線に当たる長い一直線の廊下を奥に進んだ。 その突き当たりに謁見の間があった。 金糸の刺繍が際立つ緋色の軍服を着た、ともに長身で金髪碧眼という双子のように容姿の似た二人の青年が、謁見の間の重厚な扉を挟むように立っている。 直立不動の二人はケンゾーたちが近づくと、見事にシンクロした動作で純白の扉を開けて三人を迎えた。 その場で跪き、最敬礼をもって迎える二人の美しい青年に対して、どう応じるのが正解なのか分からないカイトは軽く頭を下げてから謁見の間に入っ
最終更新日: 2025-01-31
Chapter: 第8話 異世界の異母妹 地球とテルスの違い。 その最たるものである魔法の有無が及ぼした影響の中でも、歴史を動かす戦争の形態を左右してしまう兵器の相違は大きい。このテルスという異世界を理解する上でキーになる。 そう直感したカイトは疑問点をありのまま口にした。「兵器が未発達。そこだけ聞いちゃえば、この世界はとんでもなく平和なのかも? と思えちゃいます。けど、つい二年前にも戦争があったっていうことは……戦争が兵器じゃなく魔法。兵士じゃなくて魔道士が、戦争での兵力を担っているってことですか?」 カイトの推測を肯定するようにケンゾーはゆっくりと首肯した。「ああ、その通り。魔法が使える魔道士と、どんなに鍛えようが魔道士ではない一般の兵士。その両者には力の差がありすぎる。兵力に差がありすぎれば、国家の輪郭を担う国防も機能しない。国家が機能していない混沌は大国も望まない。その結果、このテルスでの戦争は、戦場において国家の全権代理人である筆頭魔道士団に属する魔道士による勝負で決着が付けられるってのが基本になってる。その点だけで言えば、きみが言ってた中世に近いのかもしれないね」 ケンゾーが説明したテルスという異世界の大まかな仕組みについては理解できたカイトだったが、全権代理人という聞き慣れない言葉だけが妙に浮いて聞こえた。「全権代理人、ですか……それじゃあもう軍人というより、戦国時代の武将……いや、もっと前の三国志の将軍か、いっそ考えられるだけ古い古代文明の英雄……みたいな存在に聞こえますけど、俺には」 カイトの挙げた例えを聞いたケンゾーは、一理を認める微苦笑を浮かべながら首肯してみせた。「きみの感覚はズレてないよ。三国志の将軍なんかは例えとして的を射てると俺も思う。とにかく魔道士の数が少ない点も含めてね。およそ九十万人に一人と言われてる魔道士は、ドラゴンから魔力を賜ったとされる神祖と呼ばれる魔導師の末裔ってことになってる。それが真実かどうかは別として……テルスでの定義は、長い年月で血が薄まりながらも遺伝によって魔力が伝わってるってことになってる。ただ、魔道士の子供が常に魔道士って訳でもなくてね。逆に魔道士が何代もいなかった家系に突然、魔道士が産まれるケースもある」 多くのファンタジー作品に触れてきた免疫のおかげで、ケンゾーがつらつらと述べるファンタジー要素てんこ盛りの見解をすんなりと
最終更新日: 2025-01-30
Chapter: 第7話 意志の介在 戸惑いの色を含みながらも考察する者の顔をみせるカイトに対して、ケンゾーは前提となった出来事から説明を始めた。「この世界、テルスの神として実存するドラゴンは四柱いてね。そのうちの一柱であるナーガと呼ばれるドラゴンが、このミズガルズ王国の今の女王であるセルリアンに、異世界から人間を召喚する術式を下賜した。四十五年前のことだ。そのセルリアンが術式の構築を済ませてから、約半年後だったらしい。俺が召喚されたのはね」 この異世界の神はドラゴンだと聞いたカイトは、召喚された際に一瞬だけ見えた気がするドラゴンのような巨大な影を思い出した。「……東京タワーじゃなきゃいけない理由があった、とおじいさんは考えたわけですか?」 カイトの問いにケンゾーは小さく首を横に振ってみせた。「何の根拠もない、ただの直感でしかないよ。ただし、だ……ダイキもきみも、父親が失踪した現場って理由で東京タワーへ行った際に、召喚術式によってテルスに来ている。三人が肉親であることは偶然なわけもないのと同様に、三人とも同じ場所というのも何らかの意志がそこに介在したと考えるほうが自然だろ?」 同意を求める区切り方をしたケンゾーに、カイトは素直に首肯してみせた。「その何らかの意志、で召喚……三人の異世界転移を操ったんだろうドラゴン。そのナーガっていうドラゴン、神様とは意思の疎通はできるんですか?」 カイトの問いに肯定する表情を浮かべならがも、ケンゾーは小さく首を横に振った。「いや、ドラゴンは基本的にその姿を現さないんだ。人間との接触は有史以来数えるほどしか記録されていない。当時王女だったセルリアンとの接触は稀有な出来事なんだ」 異世界の神として存在するドラゴンについて、今は考えても進展がなさそうだと判断したカイトは、「父さん今、セナートっていう帝国にいるんだと聞いたんですが……」 と会話を次へ進めるように、不在だという父親についての質問を口にした。 当然の疑問だと示すようにゆったりとうなずいてからケンゾーが答える。「そう。大陸を牛耳る超大国、セナート帝国にいる。二年前だ。ミズガルズとセナートの国境にあたる離島で、戦争と呼ぶにはあまりに短い四日間の衝突があってね。ダイキはそのとき敵国だったセナート帝国に投降した。筆頭魔道士団の首席魔道士であり、総大将だったダイキが投降したことで戦争はあっさり
最終更新日: 2025-01-30
Chapter: 第6話 因縁めいたもの「……おじいさん?」 ぽつりとつぶやくように漏れたイツキの声に、ニカッと笑ってみせるたケンゾーは、「ああ、そうだよ。俺がきみの二親等、祖父ってわけだ。まあ、病室で立ち話もなんだ。場所を変えようか」 と異世界での初対面という特異な事態を感じさせない口調で答えた。 ケンゾーのフランクな応対に戸惑いながらもカイトはうなずいた。「……は、はい。そうですね」 カイトの返事に対して微笑で応じたケンゾーは、「こっちだ。すぐそこに俺の書斎がある」 と声をかけて廊下をスタスタと歩き始めた。 カイトとマジェスタは病室を出てケンゾーの後に続いた。 ケンゾーの足取りは軽快さすら感じるほど確かなものだった。カイトはその背中を見ながら記憶をたどった。(四十四年前に東京タワーで失踪したとき、確かおじいさんは三十一歳だったはず……ってことは、七十五歳!? めちゃくちゃ若くないか……?) 明るい廊下を二十メートルほど進んだ三人は、ケンゾーが王宮病院内に設けている書斎に入った。 書斎の壁は本棚で覆われており、本棚のキャパシティのギリギリを攻めるように書物がぎっしりと並んでいた。 ずらりと並ぶ彩り鮮やかな背表紙に目をやったカイトは、製本の技術から見て自分が思い描く異世界のイメージである中世よりも、かなり進んだ時代なのかもしれないと思った。 中庭に面した窓からは、昼を迎える前の清しい午前の日差しが射し込んでいる。 書斎の中央には簡素な椅子が四脚置いてあり、その内の一脚に腰掛けたケンゾーが、「さてさて、ここなら遠慮はいらない。まあ座って」 とカイトに向かって声をかけた。 書斎の主である祖父の言葉に従い、椅子に腰掛けるカイトの様子を見て微苦笑を浮かべたケンゾーは、「緊張してるみたいだね。まあこの世界へ来た途端に、会ったこともないじいさんと対面だもんなあ。当然っちゃ当然か。カイト、だったね」 とカイトの緊張に理解を示しながら名前を呼んだ。「はい。快適の快に人間の人と書いて、快人です」 カイトの答えにケンゾーはうんうんと小さくうなずいてみせた。「そうか、いい名前だ。マジェスタ殿は信頼できる御仁だから、この場で俺に対して緊張する必要はないよ。王配だのなんだのってな立場も気にしなくていい。カイト、きみにとってのじいさんとして接してくれて構わない」「……わかりました」
最終更新日: 2025-01-26
Chapter: 第5話 異世界の祖父 カイトは一度ゆっくりと深呼吸をしてから、マジェスタに対しての質問を切り出した。「女王陛下との謁見については、なんとなく流れとして理解できないこともないんですが、俺が「閣下」というのは何か理由があってのものですか?」 カイトの問いに対し、マジェスタは柔和な表情を浮かべつつ首肯した。「召喚に応じられたアナン家の御子息であられる閣下には、公爵位が叙爵されます。召喚に前以て用意を済ませておりますサイオン領とともに、サイオン公爵位を閣下には受けていただきます」「こうしゃく、ですか……?」(公爵か侯爵なのか……いや、今はそんな違いどうでもいい……とりあえず、異世界に来てすぐ生死に関わるような状況で始まるハードな展開じゃないのは確かみたいだ……) まずは現状を把握しないと動きようがないと判断したカイトは、マジェスタの言葉を聞き漏らさないように耳を傾けた。「公爵位を受けていただくのと同時に、治癒魔法を用いる魔道士であられる閣下には、ミズガルズ王国の筆頭魔道士団であるトワゾンドール魔道士団へ入団していただきます」「トワゾンドール……? 金羊毛ですか……?」 トワゾンドールという言葉に反応したカイトが、ぼそりと和訳を添えて答えると、マジェスタは満足そうに微笑んだ。「左様でございます。流石はアナン家の御子息、博識であられますな」 カイトは現状を把握するためにマジェスタの説明を脳内で整理するのに忙しかった。(爵位に魔道士、いよいよラノベの異世界ものって感じだな……っていうか、トワゾンドールが地球と同じで金羊毛ってことは、だ。この異世界は、神話なんかについては地球と共通してるってことなのか? そうなると宗教なんかも……?)「あの……俺は魔道士、なんですか?」 一つずつ疑問を解消していこうと決めたカイトの質問に対し、マジェスタはすぐさま返答した。「この世界テルスにおいて治癒魔法を行使できる魔道士は、テルスの神たるドラゴンより下賜された召喚術式によってこの世界に来られた方のみでございます。閣下の祖父君であられるレクサス公爵ケンゾー王配殿下と、御尊父であられるビスタ公ダイキ閣下。そして、サイオン公カイト閣下の御三方のみが治癒魔法を行使する魔道士であられます」 マジェスタの説明を理解したことで、カイトが抱えている疑問は余計に深まった。(治癒魔法が実在する世界なの
最終更新日: 2025-01-25
Chapter: 第4話 治癒魔法 病室には四人の傷病者がおり、各々簡素なベッドで横になっていた。 若い女性の看護師と初老の医師らしき男性の姿もあった。 マジェスタは一人の傷病者の前で立ち止まると、カイトに視線を向けてから口を開いた。「この者を治療していただきたく存じます」 身体を起こそうとする中年の男性傷病者を、マジェスタは無言で右手をかざすだけで制した。 疑問を口にし始めるとキリが無いと判断したカイトは、「どうやればいいんですか?」 と端的に方法だけを訊いた。 カイトの返答に満足したことを示すように、微かに頷いてからマジェスタは説明を始めた。「まず、患部に手をかざし、体内を巡る魔力に意識を集中していただきます。魔力を意識できましたら、次に傷を治すと念じてくださいませ。さすれば、かざした右手から脳に傷のイメージが伝わってくるはずでございます」 マジェスタの説明を把握したわけではないが、一応の理解だけはできたカイトは、「体内を巡る魔力、ですか……とりあえず、やってみましょう」 と応じて素直に試してみることにした。 カイトはマジェスタの説明通りに、傷病者の肩に巻かれた包帯の上に右手をかざした。 目を閉じたカイトは、かざした右手に意識を集中してみる。 今まで感じたことのない、体内を巡っている微弱な電流のようなものを意識で捉えたカイトは、これがマジェスタの言った魔力なんだろうと判断し、すかさず「傷を治す」と念じてみた。 カイトの右手から金色の粒子が発生し始め、ゆらゆらと空気中を漂い始める。 病室にいる濃紺の軍服を着た青年や若い女性の看護師が、カイトの右手から発生する金色の粒子を凝視して息を呑む。 目を閉じて集中し続けるカイトの脳裏に、包帯で覆われた肩の裂傷のイメージが鮮明に浮かんだ。(なんだ……? 画像がダイレクトに脳に伝わってくる……透視してるみたいだ……) 初めての感覚に戸惑いながらもカイトは、「傷のイメージが、浮かびました」 とありのままの状況を口にした。 脳内に浮かんだイメージが消えてしまわないようにと、目を閉じたまま意識の集中を続けるカイトに向けてマジェスタが説明を加える。「それでは次に、傷が治るイメージを浮かべながら「クラティオ」と詠唱してくださいませ。さすれば、治癒魔法が発動するはずでございます」 マジェスタの言葉に従って、カイトは裂傷が治
最終更新日: 2025-01-24