男の脳裏に浮かんだのは息子の顔だった。 この異世界に来てから産まれた娘の顔ではなく、元の世界で成長しているであろう五歳までの姿しか知らない息子の顔。 男は自嘲した。 父親らしいことを何もしてこなかった自分がこんな時にだけ息子を思うなど虫がよすぎる、と。 小高い丘の上に張られた天幕の中に男はいた。 ミズガルズ王国の国旗が掲げられた天幕は、本陣としてその戦場にあった。「ダイキ卿……残念ながら彼我の戦力差は明らかです。戦況は刻刻と悪化しております。ここは撤退を……」 ダイキと呼ばれた男は、自分の身を常に案じてくれる青年の切迫した声で我に返った。 人払いが済んださほど広くもない天幕の中には、ダイキと青年しかいなかった。 長身の青年はダイキと揃いの純白の軍服を身に纏っており、その翠玉のように輝く瞳は憂いを帯びていた。 とうに中年となってしまった自分が失って久しい、若さのきらめきを感じさせる青年に憂いは似合わないとダイキは思った。 まさに敵の手が首にかかろうとしている逼迫した戦場の気配を感じながら、ダイキは口を開いた。「フォレスター卿とインプレッサ卿は?」「遺憾ながら……」「そうか……あの奇跡の親子が、こんなところで……アルテッツァ卿。俺はやっぱりお飾りの筆頭だったみたいだ……」 ダイキが吐露した弱気に、アルテッツァと呼ばれた青年の整った眉がぴくりと反応する。「ダイキ卿。卿は聖魔道士にして、我らトワゾンドール魔道士団の筆頭。卿が救わねばならぬ命がある内に、そのような弱音を吐くべきではありません……!」 アルテッツァの叱責を、大希は素直に受け取った。「いつでも温厚な卿を怒らせちまった……すまない。そうだな……俺には、まだやるべきことがある……」 ダイキが簡素な椅子から立ち上がった、その時だった。 本陣たる天幕の周りにはべていた側近の兵士たちが、ほぼ同時にどさりと倒れる音がダイキの耳に届いた。 不穏に反応したダイキの皮膚が粟立った瞬間、何者かが天幕に侵入した。 ダイキの目で捉えられる速さではなかった。 天幕の中に黒い影が侵入した、ダイキが認識できたのはそれだけだった。「見つけたぞ」 場違いに若い侵入者の声。 声の主は未だ少年の無邪気すら残香する若い男だった。 風属性魔法であるクッレレ・ウェンティーで加速している金髪碧眼の男は
最終更新日 : 2025-01-17 続きを読む