異世界は親子の顔をしていない のすべてのチャプター: チャプター 71 - チャプター 77

77 チャプター

第71話 紙吹雪

 国防を担う筆頭魔道士団を指揮する首席魔道士でありながら、筆頭魔道士団を率いて国王とその王族を殺害するというクーデターを起こして王位を僭称したウアイラへの断罪を下した聖皇フィデスの指名を受け、刑の執行人としてビタリ王国に赴いた三カ国の首席魔道士、カイト、ヴァルキュリャ、インテンサの三名が連名でソフィア王女を後継者とする王室の再興への協力を宣言した六日後の二月十三日。 穏やかな冬日が注ぐ昼過ぎに、王族で唯一生き残った第三王女のソフィアが王都ロームルスへの帰還を果たした。 王都の民衆は歓喜の大歓声と紙吹雪でソフィアを迎えた。 鮮やかな花びらの混じる紙吹雪が舞う中を、ソフィアの護衛として共に王都入りしたウァティカヌス聖皇国ロザリオ魔道士団のクーリアとアルトゥーラの母娘とともに行進し、王宮へと到着したソフィアは集まった民衆に向ってビタリ王国とその王室の再興に全力を尽くすと宣言した。 第一の役目を終えたクーリアは朗らかな微笑みを浮かべ、執行人としての役目を遂行したカイト、ヴァルキュリャ、インテンサの三名へ労いの言葉をかけた。「任務の遂行、まことにお疲れ様でした。聖皇陛下は此度の結果に満足しておられます。ビタリ王国の今後については、卿らを含めた協議によることも示唆されております。ソフィア殿下も同様の意向を示しておられますので本日中にも早速、協議の席を設けたく思います」 真っ先に「承知しました」と即答したヴァルキュリャに続いて、カイトとインテンサは無言で首肯を返した。 アルトゥーラがカイトの前に進み出る。「わたしの予感が当たりましたね。今宵は付き合っていただけますよね?」「もちろんです。協議の後にでも」「はい。楽しみです」 アルトゥーラは打ち解けた笑みを浮かべた。カイトはその笑顔を見て自分の任務が一段落したのだと感じた。 夕刻には連合を組む形となった三カ国の首席魔道士であるカイト、ヴァルキュリャ、インテンサの三名と、後継者となるソフィア、ビタリ王国の元内務大臣でありウアイラの王位簒奪後は幽閉されていたドゥカティ、オブザーバーとしてのクーリアが参加しての、最初の協議が王宮内で開かれた。 聡明なドゥカティは自身または他の有力貴族に権力が集中することを望まず、摂政は立てないことを提案。その提案は賛同を示す全員の拍手をもって了承された。 それを受けてのドゥカ
last update最終更新日 : 2025-04-13
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第72話 牽制の中の派遣

 七つの海を制すると称されるブリタンニア連合王国。 それは、二十六名から成るメーソンリー魔道士団を筆頭に、魔錬士を主に構成される第二から第八までの魔道士団を有し、魔道士団を補佐する意味合いの強い一般の兵で編成された国軍も異世界テルスでは異例の規模となる十万人を超える世界で最大の軍事国家を表す別称に他ならない。 最大の大陸で覇権を握るに至ったセナート帝国を除けば、列強とされるゲルマニア帝国やガリア共和国もカイトが首席魔道士を務めるトワゾンドール魔道士団と同様に十二名前後で筆頭魔道士団を構成している中で、飛び抜けて多い魔道士を抱えるブリタンニア連合王国の首席魔道士であるヴァルキュリャ。 そういった背景を含めて考えてもなお、ヴァルキュリャが表明した筆頭魔道士団に属する魔道士の四名という人数は、派遣を希望したドゥカティはもとよりカイトやインテンサを驚かせるには充分なものだった。 インテンサは冷静な灰色の瞳に微かな懐疑の色を含ませ、ヴァルキュリャに対する問いを口にした。「筆頭魔道士団に在籍する魔道士の四名を派遣するとなれば、貴国が得意とする間接統治への布石とも受け取れてしまう規模となりますが、その意思の有無をこの場で答えることは可能ですか? ヴァルキュリャ卿」 ヴァルキュリャはすぐさま「ええ、もちろん」と応じてから、敢えて軽い声色を選んで理由を答え始めた。「インテンサ卿もご存知の通り、我らメーソンリー魔道士団は少数精鋭であることが望ましいとされる筆頭魔道士団でありながら、世界一の大所帯です。そして、魔道士は金食いです。特に魔錬士以上の称号を授与されて従三位より上の位階に叙された魔道士は、多くの国で貴族という立場になるのに収入が見込める領地を得られるのは極々少数。貴族としての出費を魔道士団からの俸給では賄えず、副業を持つ魔道士が多いという現状は、我が国も同様です。ビタリ王国の要望に応じて四名を派遣し、総税収の四パーセントという額を確保できれば、セナート帝国やアメリクス合衆国のように潤沢とは言えないメーソンリーの台所事情は格段に良くなります。この場で本国の裁定を待たずに、わたしが四名を派遣すると答えられるのは、そんな単純な理由からです。その結果としてビタリ王国も助かるというなら、双方にとって好都合。迷う理由こそ、わたしにとってはありません」 徹底した成果主義を執
last update最終更新日 : 2025-04-14
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第73話 人選

 翌日の昼過ぎ。 カイトは滞在するホテルの客室で独り悩んでいた。 トワゾンドール魔道士団のメンバーの中から、ビタリ王国へと派遣することになった二名の魔道士について、カイトは決めかねていた。 客室のドアがノックされたのに応えてカイトが出ると、アルテッツァとセリカが立っていた。「昼食はまだかい?」 アルテッツァがいつもの輝く笑顔を浮かべながら口にした「昼食」という言葉を聞いて、もう昼過ぎなんだと気付いたカイトは、「もう、そんな時間だったんだ」 と頭を掻きながら答えた。「私たちもこれからなんだ、一緒にどうかな?」「うん、ありがとう。そうしよう」 アルテッツァの誘いに応じたカイトを含めた三人は連れ立って、ホテルのほど近くにあるレストランへと移動した。 オリーブオイルを多用する海鮮が中心となった料理がテーブルに並び、三人は白ワインで乾杯した。 ワイングラスを置いたアルテッツァは、探りを入れること無く本題から話を切り出した。「ビタリに派遣する二名について、迷ってるみたいだね」「お見通しだね。うん、その通りだよ」「私とセリカが、このままビタリに残る。という形が最もスムーズな対処だろうけど」 素直に答えたカイトの迷いを解すように、アルテッツァは会話を進めた。「うん。まあ、そうなんだろうけど……正直に言っちゃうと、アルテッツァには出来れば近くにいてもらいたいんだ。わがままなのは分かってるんだけどね」「そうか……うん。安心したよ」 アルテッツァの「安心」という返答が意外だったカイトは、短く「安心?」とだけオウム返しに聞き返した。「孤独を好む指揮官は強いようでいて、実は脆かったりするものだから」「なるほど……確かに、そうかもしれない」「私とセリカ以外で、となれば候補は絞られるんじゃないかな?」 アルテッツァに促される話の流れに逆らわず、カイトは派遣する二名を選ぶ条件について答え始めた。「アバロン卿とクレシーダ卿、そしてチェイサー卿はラペルーズ。アルシオーネ卿とレオーネ卿はペアホース。セナート帝国への警戒を解けない現状で、それぞれのチョークポイントから動いてもらうわけにはいかない。魔範士であるノンノ卿には王都に留まっておいてもらいたい。候補として残るのは……レビン卿とステラ卿」 レビンとステラの名を挙げたカイトに対して、アルテッツァがうな
last update最終更新日 : 2025-04-15
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第74話 異常な規模

 産業革命や列強による植民地争奪といった地球の十九世紀末と酷似した時代背景を持ちながらも「魔法」が実際の力として実在し、その魔法を行使する「魔道士」が存在するという最大の違いによって、地球の同時期との相違が最も大きく表れることとなった軍隊の有り様。 列強とされる国家が数百万人、覇権国家に至っては一千万人をも超える軍人を擁していた大戦前夜の地球とは異なり、魔道士によって編成される魔道士団が軍の主体を担い、戦場において国家の意思を代行する全権代理人としての資格を有する魔道士で構成される筆頭魔道士団が国防の象徴であり本体として機能する異世界テルス。 筆頭魔道士団を失うという国体の維持そのものを揺るがす事態に直面したビタリ王国の要請に応える形で、ブリタンニア連合王国、ゲルマニア帝国、ミズガルズ王国の三国から筆頭魔道士団に籍を置く魔道士を派遣するという四国間の同盟へと繋がる協議が持たれた十一日後。 二月二十四日にウァティカヌス聖皇国の使者が、セナート帝国の帝都マスクヴァへと到着した。 聖皇国の使者は聖皇フィデスの意向として、首席魔道士であったウアイラ以下、筆頭魔道士団としてのトリアイナ魔道士団を構成していた七名全員の身柄引き渡しを要求したが、セナート帝国の皇帝シーマは要求を拒否。 その翌日には、ウアイラ以下七名をセナート帝国の筆頭魔道士団であるラブリュス魔道士団へと迎え入れ、新設した第二十四から第三十まで席次に就任したことを皇帝の署名入りで公表した。 世界情勢に大きな影響を及ぼす報は、最優先の速報として報道機関や外交使節によって瞬く間に伝わり、翌日の夕刻にはビタリ王国に滞在するカイトのもとにも届いた。 ヴァルキュリャと連れ立って宿泊しているホテルにほど近いバーで飲んでいたカイトに、その報せを持ってきたのはメーソンリー魔道士団の第六席次に就き、ヴァルキュリャにとっては貴重な友人でもあるエリーゼだった。「わたしって、お酒もからっきし弱いので、お先に失礼しますね……ごゆっくり」 穏やかな笑みで言い残すと、号外として発行される直前の記事を二人に手渡したエリーゼは早々に席を立った。 ヴァルキュリャは飲み干したワイングラスを置くと、ふうと短く吐息を漏らしてから口を開いた。「これでラブリュスは、我がメーソンリーを抜いて世界一の大所帯になりましたね」「聖皇国は引き下
last update最終更新日 : 2025-04-16
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第75話 火の七日

 セナート帝国によるロムニア王国への侵攻を指揮したのは、ラブリュス魔道士団の第三席次として長く西方戦線を預かり、西方元帥として知られるフーガだった。 他の筆頭魔道士団とは異なり、第三席次をエースナンバーとして運用しないラブリュス魔道士団におけるフーガの地位は大元帥に相当し、北方元帥のセドリック、東方元帥のティーダ、南方元帥のアリアから成る四元帥の中で一段上位にあり、皇帝シーマの右腕として内政と諜報を掌握する第二席次のグロリアに同格とされていた。 急速に勢力を拡大したセナート帝国にあって、最も軍功を挙げた魔道士であるフーガが率いるラブリュス魔道士団に籍を置く七名の魔道士と、西方戦線に配備された第三魔道士団の魔道士、魔道士団の後方支援に徹する二千人規模の一般兵で編成された部隊は、攻め落とした都市に留まることなく進撃を続け、三月九日にはロムニア王国の王都を陥落させたる。 筆頭魔道士団を失ったロムニア王国の国王は同日、無条件での降伏を自ら申し出た。 新聞各紙は『火の七日』という大見出しで、一つの国を短期間で飲み込んだセナート帝国の烈火の如き侵攻を報じた。 セナート帝国はロムニア王国の領土を手にしたことで、短い国境線ではあるもののゲルマニア帝国およびビタリ王国と国境を接することとなった。 さらに地中海に面する港も手中に収めたことで、地中海からオルハン帝国とビタリ王国、そしてガリア共和国へも直接繋がる海路を獲得するという戦果を得たフーガの戦勝スピーチが新聞各紙の紙面を飾った。「セナート帝国は国を征しても、文化を奪い民を辱めることはしない。その証人として民の生活が安らぎ、その顔に笑みが戻るまで、私はこの地に残る」 産業革命の流れに乗り遅れたことで列強に及ぶ国力を有するには至らなかったが、決して小国ではないロムニア王国への侵攻を一週間で完遂するという衝撃の報を受けて、ビタリ王国に滞在していたヴァルキュリャとインテンサ、そしてカイトの三国を代表する首席魔道士は、セナート帝国の次なる動きを警戒して本国への帰還を先延ばしせざるを得なかった。 ビタリ王国を再建するためのキーパーソンとなっていた首席魔道士である三名は、セナート帝国の動向に即応するためゲルマニア帝国とガリア共和国に近いウァティカヌス聖皇国へと移動し、到着した三月十五日には最初の会談を持った。 聖皇の宮殿で
last update最終更新日 : 2025-04-17
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第76話 次の一手

 セナート帝国によるロムニア王国の併合を受け、ビタリ王国へ魔道士を派遣するブリタンニア連合王国、ゲルマニア帝国、ミズガルズ王国の三国とビタリ王国の四国間による軍事同盟の締結に向けて動くことを、首席魔道士であるカイト、ヴァルキュリャ、インテンサが確認した会談の翌日。 三月十六日の昼前に、レビンとステラが予定通りに聖皇国へと到着した。 カイトは一人で船着き場まで赴き、呼び寄せる形となった二人を出迎えた。 降り立ったレビンの黒髪とステラの亜麻色の髪が、近付く春のやわらかさを含み始めた日差しを浴びて輝いていた。 カイトは純白のトワゾンドール魔道士団の軍服を身に纏う二人のもとへ駆け寄った。「遠路、お疲れ様です」 カイトがレビンに向けて右手を差し出すと、レビンは微かに硬い表情のまま「出迎え、感謝します」とだけ答えて握手に応じた。 レビンと短い握手を交わしたカイトは、続けてステラに向けて右手を差し出した。「長い船旅でお疲れでしょう。ホテルに案内します」「ありがとうございます。カイト卿、少し痩せましたか?」 ステラはやわらかな笑みを浮かべながら握手に応じた。 カイトは港からほど近いホテルへ二人を案内すると、その流れの中で昼食に二人を誘った。 二人の荷物を船の乗組員が客室へと運び込むのを見届けた三人は、連れ立ってホテルの近くにあるレストランへと移動した。 一通りの料理を注文し、白ワインでの乾杯を済ませると、カイトがレビンとステラに向けて頭を下げてみせた。「お二人には、急な赴任を引き受けていただきました。そのお礼を、まず先に伝えたかったんです」 頭を下げながら礼を述べるカイトに対し、レビンが静かに応じる。「礼には及びません。任務ですから」 レビンが端的に答えると、ステラがカイトへの質問を口にした。「カイト卿、わたしたちの赴任先は、もう決まっているんですか?」「はい。ビタリ王国の王都、ロームルスになります」「ロームルスには他の筆頭魔道士団の魔道士も?」「はい。すでにブリタンニアのメーソンリー魔道士団から派遣された二名が駐屯しています」 カイトの答えを聞いたステラとレビンが短く顔を見合わせる。 向き直ってカイトへの疑問を口にしたのはレビンだった。「カイト卿。アルテッツァ卿とセリカ卿、そしてピリカ卿は、これからどうなさるご予定ですか?」「当
last update最終更新日 : 2025-04-18
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第77話 シロン(Ⅰ)

 三月十八日の午前中に、シロンを乗せた蒸気自動車は検問の無いウァティカヌス聖皇国の国境を越えた。 ガリア共和国の筆頭魔道士団であるシャノワール魔道士団の首席魔道士として、国威を担う要職に就くシロンの聖皇国行きに随行した魔道士は一名のみだった。 シロンと揃いの山吹色の地に黒の糸で刺繍が施されたシャノワール魔道士団の軍服を着た、がっしりとした大柄の男性魔道士は小振りな車窓から望む聖皇国の景色を無言で眺め続けていた。黒猫のエンブレムが刺繍された左胸に標されたナンバーはⅫ。 充実した三十六歳の精悍な顔つきをした第十二席次の男性魔道士と書類を確認するシロンは、移動の退屈をたわい無い会話でつなぐでもなく共に無言だったが、互いに静かな時間を好む性分であることを知る者同士での移動はシロンにとっては快適なものだった。「周到を良しとするシロン卿でも、今回ばかりは懸念が残りますか?」 男性魔道士が落ち着いた口調でシロンへの問いを口にした。 好みに合う艶のあるバリトンの声に、シロンは微かな笑みを浮かべて応じた。「まあ普通に考えれば、懸念だらけですよね。革命後の共和制やら帝政やらを生き延びた貴族が集まれば「復讐」の対象として口上にあげるゲルマニアと、利害の一致があるときだけ互いを利用しあうようになったブリタンニアを同時に口説くんですから。こちらも誠意を示す必要はある。そのせいでゼンヴォ卿、孤高の切り札である卿に無理なお願いをする形になってしまいましたしね」 シロンの口調はその言葉に反して、楽観的な響きを含むものだった。 「孤高の切り札、ときましたか。俺の境遇もシロン卿にかかれば格好が付いてしまう。外人として扱いづらい俺でも、卿の役に立てるんなら本望ですよ」「ありがとうございます」 シロンの微笑みに満足したゼンヴォは車窓へと視線を戻した。 ゼンヴォに合わせて、再び膝に載せた書面へ目を落としたシロンは「小心を飼い馴らせているか」と胸の内で自問した。 世界に二十人しか確認されていない魔範士として祖国のために働き続け、いつしか「魔道士の模範」などと称されるようになっても、英魔範士や太魔範士が居並ぶ列強の首席魔道士の中で魔範士である自分に「失策」は許されない。 周到を良しとするのではなく、周到でなければ動けない。自分が抱えるこの小心は「武器になる」と言い聞かせてきたシロ
last update最終更新日 : 2025-04-19
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