All Chapters of 異世界は親子の顔をしていない: Chapter 31 - Chapter 40

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第31話 招聘

 産業革命と呼ばれる工業化による生産性の拡大によって圧倒的な経済力と軍事力を握った西欧列強の強い影響力が世界中に及んだ地球の十九世紀と同様に、激動の時代にある聖暦一八八九年の異世界テルス。 西欧列強による植民地争奪が激化する中で、日本と同じく世界最大の大陸の極東に位置するミズガルズ王国が独立国家として在り続けるための軍事力そのものであり、国家の威信を示す象徴的存在でもある筆頭魔道士団の長となる首席魔道士に就任したカイトの生活は、十月一日の叙任式典から一変……はしなかった。 筆頭魔道士団の第一の席次を表す場合にだけ用いられ、国家の君主や元首に次ぐ特殊な立場となる首席魔道士に就任したカイトだったが、エルヴァから無属性魔法や魔道士としての作法などを教わり、王宮内の病院へ週に四日ほど通ってケンゾーから治癒魔法について教わるという勉強が中心の生活が十月十八日まで続いた。 カイトの異世界での生活を一変させる一通の書簡を携える宰相セルシオが、エルヴァの屋敷を訪れたのは十月十八日の昼過ぎのことだった。 「ウァティカヌス聖皇国の聖皇フィデス陛下からのカイト卿へと宛てられた招聘状です。つきましては、カイト卿には急となってしまい申し訳ありませんが、明後日、聖皇国に向けて出立していただきたく、お願いする次第です」 エルヴァの屋敷を訪れたセルシオは応接間へと通されるや、ソファに挟まれるように置かれたローテーブルの上に聖皇フィデスからの招聘状だという革の書套に包まれた書簡を載せてから口を開いた。 カイトは「失礼します」と断ってから革の書套に包まれた書簡を開いて内容を確認した。 招聘状の宛て名は「ミズガルズ王国、トワゾンドール魔道士団、首席魔道士カイト卿」とある。 テルスという異世界に来てからというもの、すでに慣れ親しんだ感のあるアリシア文字で書かれた書簡の文面に目を通したカイトは、書簡をローテーブルの上へ静かに戻した。 カイトはテルスで広く用いられ地球でのアルファベットのようにほぼ共通文字となっているアリシア文字が読めるだけではなく、言語も地球での英語のように半ば共通語となっているエッドア語を日本語として理解できた。 言語の習得を必要としない不思議すら考える余裕もなく、カイトは異世界での生活に順応していた。「位階の叙位と、称号の授与だね」 同席していたエルヴァは普段
last updateLast Updated : 2025-02-23
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第32話 聖地への船旅

 翌十月十九日の早朝。 王都プログレの目抜き通りから一本中に入った出版関連の会社が集まるエリアに、ミズガルズ王国内では名の通った新聞社が社屋を構えていた。 何人かの夜討ち朝駆けで鳴らす記者たちが、記事を書いたり仮眠したりと各々我関せずといった様子で仕事をこなす早朝の新聞社の社屋で、屋上に設置された伝書鳩の鳩舎にも一人の小太りな男性記者の姿があった。 スクープに定評のある新聞社の中でも辣腕ぶりで知られた小太りな記者は、セナート帝国の諜報活動を掌握する筆頭魔道士団の第六席次シルビアと繋がるスパイでもあった。 慣れた手つきで伝書鳩の脚に通信文を入れた小さな筒を取り付けた小太りな記者は、何の気負いもなく日常の業務として伝書鳩を飛ばした。 伝書鳩の行き先はセナート帝国の極東に位置するヴォストークであり、伝書鳩をリレーしてセナート帝国の帝都マスクヴァとの通信文をやり取りする情報網は構築されてから既に十年余の運用に耐えていた。 翌十月二十日の晴天に恵まれたプログレの港では、大型の客船が出航の準備を整えていた。 秋晴れに映える真新しい純白の軍服も眩しいカイトと、就任したばかりの首席魔道士に護衛として同行するセリカとステラは連れ立って、正午の出航に合わせて客船に乗り込もうとしていた。「いやあ、実に気持ちのいい天気だ。旅立ちにこれ以上のはなむけも無いな」 青く澄み渡った秋空を見上げたセリカが感嘆も漏らすと、ステラは旅立つ三人の前に広がる海原へ目をやって相づちを返した。「ええ、波も穏やかで本当に出航日和ね」 セリカとステラの気心の知れた様子に触れたカイトは立ち止まると、セリカとステラに向かって頭を下げた。「俺にとって初めての船旅、そしてこの世界だけじゃなく元の世界でも経験しなかった、初めての海外です。正直に言っちゃうと緊張してるし、首席魔道士なんて呼ばれててもまだまだこの世界のことを知りません。お二人を頼りにしちゃうと思います。よろしくお願いします」 いきなり頭を下げて懇願を口にするカイトに対して、セリカはわずかに慌てた様子をみせた。「カイト卿……! お気持ちは分かりましたので、まずは頭を上げてください」 一方でカイトが胸のうちを素直に明かしてしまう様子に接したステラは、くすりと笑ってみせた。「カイト卿。首席魔道士である卿はわたしたちをまとめ上げ、そして
last updateLast Updated : 2025-02-24
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第33話 角度によって変わる存在

 十一月四日の昼過ぎ。 魔道士にとっての聖地であるウァティカヌス聖皇国へとカイトたちを運ぶ大型客船は、航行計画の通りに十一月四日の昼過ぎ、ウァティカヌス聖皇国で唯一大型の船舶が停泊できるスペツィア港へ入港した。 ウァティカヌス聖皇国は「世界最小の国」として知られ、その国土面積はカイトが生活するミズガルズ王国の王都プログレの二百分の一ほどしかないが、魔道士の聖地として永世中立国の立場を貫き独自の発展を遂げた国だった。 歴史的な建造物や景勝地にも恵まれ、温暖で平和な聖皇国は観光立国を成した国でもあり、多くの客船が停泊する聖皇国で唯一の港は賑わいを見せていた。 久々に踏む地面が与える安心感も合わさり、客船を降りたカイトたちの足取りは軽かった。 カイトたちはまず聖皇国内に設置されているミズガルズ王国の公使館へと移動した。 腹だけが肥えた中年太りの公使は、到着したカイトたちを歓迎して深々と頭を下げた。「公使を務めております、スペイドと申します。長旅お疲れ様でございました。聖皇国に滞在の間の諸用は何なりと私へお申し付けください」「お世話になります」 カイトが頭を下げて応じると、スペイドは恐縮の表情を浮かべながら今後の予定を口にした。「聖皇陛下への謁見は、明後日の午後を予定しております。それまでは、どうぞゆっくりとおくつろぎください」「はい。そうさせてもらいます」 カイトたちはスペイドに案内され、ゆっくり歩いても公使館から十五分ほどの高台にあるホテルへと移動した。 客室まで荷物を運び入れた客船の乗組員に礼を言いながらチップを渡したカイトは、客室の窓を開けて聖皇国の街並みを眺めた。 港町特有の密集した建物はどれも海の青さと調和がとれていた。 活気がある美しい港町だとあらためて感じたカイトが鼻唄まじりに荷ほどきをしていると、程なくして客室のドアをノックする音がした。 カイトがドアを開けると、やや緊張した様子のスペイドが立っていた。「ロザリオ魔道士団の第三席次であられるアルトゥーラ卿が、閣下に面会を求めてこのホテルを訪れております」 スペイドの口からエルヴァの息女であるアルトゥーラの名を聞いたカイトは、スペイドが緊張している理由を察した。「分かりました……アルトゥーラ卿はどちらに?」「ロビーでお待ちです」「では、セリカ卿とステラ卿に声をかけて
last updateLast Updated : 2025-02-25
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第34話 白き聖皇

 明後日の昼過ぎ。 カイトとその護衛役であるセリカとステラ、事務方として随行するスペイドの四人は聖皇の宮殿へと向かう馬車に乗り込んだ。 聖皇の宮殿はカイトたちが滞在するホテルのある高台よりも少し高い丘陵にあり、テルスで最大級の教会建築であるサン・フィデス大聖堂と隣接していた。 快晴ということもあって世界的に名所として知られるサン・フィデス大聖堂は多くの巡礼者や観光客でごった返していた。 大聖堂の賑わいとは対照的に、隣接する聖皇の宮殿は静寂に包まれていた。 宮殿の車寄せに乗り入れた馬車からカイトたちが降りると、緋色の祭服を着た聖皇国の枢機卿が出迎えた。 枢機卿に先導されてカイトたちは宮殿の奥に進んだ。 謁見の間の細長く四メートルほどの高さがある扉の前に到着すると、スペイドと枢機卿は扉の前で待機した。 白で統一された天井の高い謁見の間には、アルトゥーラと長身の女性の二人だけが待機いた。 長身の女性は赤銅色の長い髪を結い上げており、アルトゥーラと同じロザリオ魔道士団の軍服を着ていた。「お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ」 長身の女性がやわらかく響く声でカイトに呼び掛けた。 カイトが女性の声に従って謁見の間の奥へと足を進めると、長身の女性はカイトに向かって深く頭を下げた。 頭を下げて応じたカイトに、顔を上げた長身の女性は柔和に微笑んでみせた。「ロザリオ魔道士団の次席を預かる、クーリア・マクラーレンと申します。貴国でお世話になっているエルヴァの妻です」 やわらかな声と気品を併せ持つクーリアに対面したカイトは、アルトゥーラの母親とは思えない若さを保つクーリアの容姿に驚いたが、それを顔には出さないように努めた。「トワゾンドール魔道士団の首席魔道士を務める、カイト・アナンと申します」「聖皇陛下は直にまいります。少々お待ちください」 微笑みを絶やさないクーリアは、艶やかで成熟した魅力を放つ女性だった。 カイトが「はい」と短く返事を返したタイミングで、純白のローブモンタントを着た少女が謁見の間に入ってきた。 小柄な少女はつかつかと一直線に奥へと進み、一段高くなっている最奥に設置された豪奢で大きな椅子にちょこんと腰掛けた。「朕がフィデスである。遠路、大儀であった」 代替わりから数年ほどしか経っていない現在の聖皇は若い女性であるとは聞いてい
last updateLast Updated : 2025-02-26
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第35話 魔王からの贈り物

 魔道士への位階の叙位と称号の授与に関する一切の事務を「聖皇から委任されている」という形をもって取り仕切るウァティカヌス聖皇国にあって、報道機関への対応を一任されているクーリアの「祝賀の主役であるカイト卿に疲れた状態で晩餐会に参席いただくのは申し訳ない」という配慮から、新聞社を始めとする報道機関の取材を回避できたカイトは、一旦ホテルへ戻って一息つく余裕を得た。 カイトとその護衛役であるセリカとステラ、事務方として随行する公使のスペイドが連れ立って宿泊するホテルへ戻ると、ホテルのロビーにカイトの戻りを待つ女性魔道士の姿があった。 金髪のショートボブで鼻梁はすっきりと通り、切れ長の目には濃い碧眼が光る女性は、漆黒の地に群青の縁取りがなされたラブリュス魔道士団の軍服を身に纏っていた。 すらりとしたスリムな体型で背も高い女性魔道士は、ホテルのエントランスからロビーへとカイトたちが入るのを視認するやすっくと立ち上がり、カイトに向かって深々と頭を下げた。「お帰りを、お待ちしておりました」 女性魔道士の落ち着いた低い声がカイトの耳に届く。 セリカとステラが身構える気配を背後に感じながらも、カイトは緊張を隠しつつ女性魔道士へ歩み寄った。「どちら様でしょうか」 女性魔道士の前まで近寄って問い掛けるカイトに対し、女性魔道士は品を感じさせる微笑を浮かべながら答えた。「セナート帝国のラブリュス魔道士団で第六席次を預かるシルビア・ゲルツと申します」「はじめまして。カイト・アナンです。それで、シルビア卿……俺をお待ちいただいていたようですが、どういったご用向きでしょうか?」 敢えて肩書きは添えずにカイトが質問を返すと、すかさずシルビアはなめらかな口調で答えた。「本日はカイト卿の位階の叙位と称号の授与を言祝ぎたく、突然の失礼を押して参上いたしました」「そうですか……ご足労いただき、ありがとうございます」 ほんの二年前に矛を交えた敵国であり、国交が戻った今も最も警戒すべき大陸の覇権国家セナート帝国。戦場においてはその大国の全権代理人となる筆頭魔道士団の第六席次が、急に目の前に現れたことへの警戒は解かずに、カイトは努めて穏便な姿勢で応じた。 隠しきれない緊張が顔に出ているカイトとは対照的に、落ち着き払った面持ちのシルビアは、カイトに向かって軽くうなずいてから自身の傍ら
last updateLast Updated : 2025-02-27
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第36話 帰国

 その晩に催されたカイトの叙位と授与を祝賀する晩餐会の席で、カイトとアルトゥーラは約束した通りにお互いの身の上話に花を咲かせた。 当初の予定通りカイトたちはウァティカヌス聖皇国に一週間滞在した。 カイトは滞在中に、クーリアが選別した各国の新聞社に属する記者の数人と対面して取材に応じた。 太魔範士という称号への反響の大きさは、カイトの想定をはるかに越えるものだった。 各紙の紙面には『ミズガルズ王国の首席魔道士が二人目の太魔範士に』『聖魔道士にして太魔範士であるカイト卿が今後の世界情勢に与える影響とは』『覇王の次に新たな時代の旗手となるのは聖人か』といった見出しが踊った。 ミズガルズ王国への帰路も往路と同じく、白い髭がトレードマークのシルバラードが船長を務める大型の客船だった。 快晴に恵まれ真昼の陽射しを照り返す海面が眩しい、十一月としては暖かなスペツィア港には、カイトを見送るために足を運んだアルトゥーラの姿があった。「カイト卿。今回は短い滞在でしたが、また必ずお目にかかりましょう」 快活な笑みを浮かべるアルトゥーラが差し出した右手を、カイトは握り返して長めの握手を交わした。「はい。その日を楽しみにしてます」「なぜか、再会の日はそう遠くないような気がします。この国とミズガルズは遠いのに不思議ですが」「その予感が当たることを願うことにします」 カイトの言葉にアルトゥーラがくすりと笑う。「カイト卿からは下心みたいなものを感じないのも不思議です」「そうですか?」「ええ、わたしは自他共に認める男嫌いですが、カイト卿にはなぜか嫌悪を感じません」「そうですか。それは、ありがとうございます」「太魔範士であるカイト卿をこの世界は放ってはおかないでしょう。その一挙手一投足に注目が集まることになります。疲れたらウァティカヌスへいらしてください。小さい国ですがお連れしたい店はまだまだあります」「それは楽しみです。両手を手土産でいっぱいにして、また来ます」 ニカッと笑ったカイトが両手に荷物を持つジェスチャーを見せると、アルトゥーラは打ち解けた笑みを浮かべた。 カイトたちを乗せた客船はほぼ予定通りの航海を終えて、十一月二十五日の昼過ぎにミズガルズ王国の王都プログレに到着した。 王都の港には数日前からカイトを出迎えるために日参していたストーリアの姿があっ
last updateLast Updated : 2025-02-28
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第37話 魔王からの招待状

 セルシオに先導されて移動した執務室へと入室したカイトたち三人は、セルシオにすすめられるままソファへ腰掛けた。 重厚なデスクの上にあった一通の書簡をセルシオは手に取ると「セナート帝国からの招待状です」と言い添えてカイトに手渡した。「セナート帝国? 招待状、ですか……?」 オウム返しに仮想敵国の名を口にしながら、カイトは書簡に目を落とした。「カイト卿の聖魔道士および太魔範士、その授与を祝賀するセナート帝国主催の晩餐会への招待状です」 カイトは書簡の文面にざっと目を通した。「これは……赴かない訳にはいきませんね……」 顔を上げたカイトが感想を口にすると、セルシオは首肯を返した。「左様です。セナート帝国と我がミズガルズ王国は現在、正式に国交を回復しております。読んでいただいた通り、シーマ皇帝の署名が入った正式な招待状です。これは、断れません」「……それにしても、急ですね」「ええ、さすがと言うべきでしょうか……セナート帝国の動きは常に早く、その速度で大陸の覇権を手にするまで勢力を拡げた国です。併せて、新たな動きも確認しております。先月にはピャスト共和国と、そして今月に入ってはロムニア王国とセナート帝国は停戦協定を結んでおります。オルハン帝国とも水面下で交渉中なのは確実でしょう。近く、西方戦線の緊張が一旦とはいえ解ける形となります」「それは……ミズガルズにとって吉報なんでしょうか……」 カイトの不安を隠さない問いに対し、セルシオは一呼吸置いてから答えた。「実際の距離も形成されてからの経過も長い西方戦線に初めてとなる停戦の動き、となれば次に緊張を強いられるのは、南のヒンドゥスターン帝国。そして、東南エイジアに勢力を伸ばしたブリタンニアの統治領となるでしょう……今は見守るしかありません。現在の情勢下にあってミズガルズ王国としては、静観の一手しか打ちようがありません」「そうですね……では、俺は招待に応じてセナートに赴くとします」「はい。お願いいたします」 決意を口にしたカイトへ軽く頭を下げたセルシオが視線をセリカとステラへ移す。「セリカ卿、ステラ卿。引き続きセナート帝国へ赴くカイト卿の護衛の任を引き受けていただきたい」「承知しました」 セリカが即答すると、ステラは質問を返した。「日程はどうなりますか」「招待状に添えられたもう一通の書簡によ
last updateLast Updated : 2025-02-28
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第38話 予感

 ウァティカヌス聖皇国で太魔範士の称号を授与されたカイトが、ミズガルズ王国へと帰国した二日後の水曜日。 師走を目の前にする十一月二十七日の昼過ぎ、王都プログレの港にセナート帝国の威光を示すように黒光りする装甲板で固められた大型汽船が入港した。 乾いた北風が冬の匂いを運ぶ中、シルビアがミズガルズ王国の地に降り立つ。 年末の賑やかな港にあっても、シルビアが纏う漆黒のラブリュス魔道士団の軍服は異様な迫力を有しており衆目を集めた。 忌避を含んだ視線を集めるシルビアには、人々の視線を気にする様子はまるで無かった。 シルビアを出迎えるために港へと赴いたのは、アルテッツァとセリカの二人だった。 隠せない警戒が表情に垣間見えるセリカとは対照的に、シルビアとアルテッツァは微笑を浮かべて対面した。「お待ちしておりました。遠路のお務め、誠にお疲れ様です」 朗らかな微笑を崩さずに右手を差し出したアルテッツァに対して、シルビアも余裕の笑みを浮かべたまま握手に応じた。「これはアルテッツァ卿。高名な卿に、わざわざ出迎えいただくとは光栄です」 初対面でも当然のように顔と名前が一致するだけでなく余裕を持って対応をするシルビアに対し、アルテッツァは警戒を強めたが表情に出すようなことはなかった。「滞在中の用向きは、遠慮なく私に仰ってください」「それは恐れ入ります。明後日には出立する身ですが、アルテッツァ卿のご厚意に甘えて、お世話になります」「急ぎの船旅でお疲れでしょう。ホテルへご案内いたします」「ありがとうございます」 微笑を浮かべながらも一切の隙がないシルビアの所作は、魔道士としての実力を暗に示すものだった。 それは並んで前を行くシルビアとアルテッツァの後に続いて歩くセリカにとっては、屈辱的な実力の差を痛感させるものだった。 シルビアはアルテッツァと同等の魔教士の称号を持ち、自分はその一つ下の称号となる魔錬士であるという事実を前にしたセリカは、否応なく襲ってくる劣等感を払いきれなかった。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ シルビアがミズガルズ王国へ到着した頃、カイトは自室で次の行き先となるセナート帝国行きに向けた旅の支度をしていた。「お帰りになったばかりですのに……」 カイトの荷造りを手伝うストーリアが、何度目かになる言葉を口にする。「だよね」 カイトも何度目かになる
last updateLast Updated : 2025-02-28
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第39話 含んだものの意味

 その日の夕刻にはシルビアを歓迎するという趣旨で少人数に限った晩餐の席が、ミズガルズ王国の宰相であるセルシオが自ら手配して設けられた。 王族や御三家と呼ばれる有力な貴族、国内外の流通を掌握する大商人などを顧客に持つミズガルズ王国内でも指折りの高級レストランが晩餐の場となった。 総座席数が百五十を越える規模でもミズガルズ王国内屈指のレストランにあって、限られた上得意のみが通される最奥の大きな個室が会場となった晩餐には主催のセルシオと主賓であるシルビアの他に、シルビアの案内役を自ら買って出たアルテッツァとパートナーであるセリカ、セルシオの計らいで招かれたステラ、そしてセナート帝国が主催する祝賀会への案内役としてミズガルズ王国を訪れたシルビアにとっての主たる対象となる首席魔道であるカイトが出席した。 シルビアを歓迎する短い挨拶を述べたセルシオが乾杯の音頭を取り、六人だけが参席する静かな晩餐は始まった。 微かに張りつめた空気の中にあっても、シルビアは余裕を感じさせる微笑みを絶やさなかった。 微笑を操るシルビアの様子に触れたカイトは、覇権国家の代理人としての自覚と自信をシルビアから感じ取った。 三杯目となる赤ワインが注がれたワイングラスを傾けてから、音を立てずにワイングラスをテーブルに置いたシルビアが口を開いた。「良い機会かと思いますので、帝都での祝賀会への招待に応じてくださったゲストについて手短にお伝えしておきましょう」 提案する口調で口にしたシルビアの言葉に対し、真っ先に反応したのはセルシオだった。「それは、ぜひ拝聴したく思います」 セルシオが短く促すのに応じて、シルビアはゆったりとした所作でうなずいてみせてから、カイトを主賓とする祝賀会に参列する魔道士の名を挙げ始めた。「此度の祝賀会に際して、王侯貴族はもとより政治家や資産家といった魔道士以外の有力者は一人も招待しておりません。魔道士のみを招待した祝賀会の席となります。ブリタンニア連合王国メーソンリー魔道士団の首席魔道士であられるヴァルキュリャ・ニューウェイ卿。ゲルマニア帝国アイギス魔道士団の首席魔道士であられるインテンサ・グンペルト卿。アメリクス合衆国ワキンヤン魔道士団の首席魔道士であられるトゥアタラ・シェルビー卿。ビタリ王国トリアイナ魔道士団の首席魔道士であられるウアイラ・ディナスティア卿。ガ
last updateLast Updated : 2025-03-01
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第40話 掴めない実感

 祝賀晩餐会を主催するセナート帝国から主賓であるカイトの案内役としてミズガルズ王国を訪れたシルビアの滞在は、当初の予定通り二泊三日の短さで終わり、十一月二十九日の正午にはカイトとその護衛役を務めるセリカとステラ、そして案内役であるシルビアを乗せたセナート帝国籍の黒光りする汽船は、プログレの港からヴォストークへ向けて出航した。 客船よりも軍艦に近い装甲板で固められた汽船は、セナート帝国が覇権を握った大陸とミズガルズ王国の領土として国を形作る列島との間にある縁海を予定通りに就航し、十一月三十一日の昼過ぎにはヴォストークの港へと入港した。 港湾都市であるヴォストークは、大陸の東端までを領土としたセナート帝国にとっての「極東の玄関口」となったことで急速に発展した都市だった。 地形に恵まれた歴史のある良港と、セナート帝国がその威信をかけて敷設した世界初となる大陸横断鉄道の「東方の始発駅」を擁する交通の要衝であるヴォストークの街は、足早に行き交う人々の活気に満ちていた。 セナート帝国というミズガルズ王国にとって最も警戒すべき仮想敵国でありながら最大の交易国でもある国に降り立ったカイトは「この大陸に父さんがいるのか」という感慨を覚えながら街並みを眺めた。 師走を前にしたヴォストークの街は、これまでにカイトが見た王都プログレやウァティカヌス聖皇国といった異世界の街よりも密度の高い賑わいをみせていた。「活気のある街ですね」 カイトが素直な感想を口にすると、街を案内するシルビアは微笑を浮かべて答えた。「このヴォストークは積極的に開発を進めるセナート帝国の中でも、勢いのある街の代表格です。お気に召しましたか?」「ええ、寒いですが、それに負けない熱気を感じます」 カイトの感想を聞いたシルビアは満更でもないといった表情を隠さなかった。 ヴォストークの中心地となっている大陸横断鉄道の駅前にあるホテルで一泊したカイトら一行は、朝の内にハルバ行きの汽車に乗り込んだ。 異世界テルスでは最新の移動手段である蒸気機関車は、特有の音と匂いを発しながら力強く疾走した。 大陸を疾走する車窓からの眺めは、カイトにとって旅の高揚感を伴うものだった。 夜半には目的地であるハルバに到着したカイトら一行は、駅から最寄りのホテルに宿泊すると、翌朝にはチタ行きの汽車に乗り込んだ。 カイトが想
last updateLast Updated : 2025-03-02
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