All Chapters of 異世界は親子の顔をしていない: Chapter 11 - Chapter 20

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第11話 実在する神

「ひとまず、ここから先のことはマジェスタ殿にお任せしたほうがいいだろうな」 ケンゾーが自らの孫であるカイトと妻であり女王のセルリアンとの謁見を締め括るように言うと、マジェスタは「かしこまりました」と応じて深々と頭を下げた。 マジェスタとともに謁見の間を出たカイトは、枢密院の議長としての執務室ではなくマジェスタが王宮内に私用で持つことを許されている書室に案内された。 書室は二十畳ほどの広さで、書室の名が示すとおりに壁一面の本棚には書物がぎっしりと収まっていた。 部屋の中央に置かれた大きな地球儀のようなものの前で立ち止まったマジェスタは、「閣下は聡明にして沈着であられます。早速ですがこの世界と、この国について説明などさせていただきたく存じます」 と趣旨を提示することから会話を切り出した。「はい。お願いします」 カイトが素直にうなずくと、マジェスタは穏やかな微笑を浮かべた。「閣下はダイキ卿のご子息。ダイキ卿にこの世界のことを説明したのも私めにございますれば、この世界と閣下がおいでだった世界の相違も把握しております。どうかご安心くださいますよう」「はい……あの、一点だけよろしいですか?」「なんでございましょう?」「俺に対して、そこまであらたまった話し方をする必要はないんですが……」 遠慮がちに言うカイトを見たマジェスタは、目を丸くして驚きの表情を見せたかと思うと声を上げずに小さく笑った。「これは、失礼を。ダイキ卿も会話の始まりに同様のことを仰っておられたと、思い出したのです」 マジェスタが笑いを漏らした理由にダイキの名を挙げるのを聞いたカイトは、(父さんの異世界ファンタジーもこんな感じで始まったのかな……) と思い出と呼べる記憶のない父親への想いを短く巡らせた。「……そうですか、父も」「ダイキ卿も聡明であられましたが、打ち解けた会話を好まれる方でした。酒を好むダイキ卿に誘われ、夜更けまで酒席で語らうこともありました……分かりました。少し話し方を崩しましょう」 マジェスタの口調から、カイトは父親が好人物だった印象を受け取って安心した。「はい。お願いします」「では閣下。このテルス儀をご覧ください。この星、テルスには四つの大陸がございます。アフラシア、ゴンドワナ、アウストラリス、アンタークティカ。そして、我々のいるミズガルズ王国は……
last updateLast Updated : 2025-02-02
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第12話 ビキニアーマーの王女

「マジェスタ様! ダイキ様の御子息はこちらにいると聞きました!」 弾む声で一方的に用件を口にするビキニアーマーを身に着けた女性は、意志の強そうなアーモンド型の目をカイトに向けるや、「あっ! あなたですか!」 と張りのある声を上げた。 「ヴェルデ王女殿下……なんという恰好で……」 マジェスタが呆れ返った顔で発した咎める声に、ペロッと小さく舌を出すだけで返したヴェルデは、ツカツカとカイトの目の前まで近寄った。 ヒールの厚いブーツを履いているヴェルデの目線は、平均よりやや高い程度とはいえ百七十四センチはあるカイトとほぼ同じ高さだった。 光沢すら帯びて見えるパンッと張ったヴェルデの豊かな胸の膨らみにどうしても目が行ってしまうカイトは、異世界に来てから感情と行動に抑制が効いていたはずの自分が、ここにきて丸っ切り動揺してしまっていることに驚きを持った。 動揺を隠せないカイトへ快活な笑みを向けたヴェルデは、「はじめまして。わたくしはヴェルデ。王太子ダンドラの長女で、十八歳です」 と自己紹介を述べながら右手を差し出して、カイトに握手を求めた。「あ、はじめまして。えー、カイト・アナンです。二十歳です」 わずかに上擦ってしまった声のトーンを抑えようとしながら答えたカイトが、微苦笑を浮かべながら握手に応じてヴェルデの右手を握ると、ヴェルデは満面に笑みを浮かべてみせた。 こんもりと主張する露わになった胸元へ視線が行ってしまわないように、カイトは眼球のコントロールに意識を集中させた。 ビキニアーマー。 最近でこそコスプレにおけるファンタジー作品の衣裳として、実在の女性が身に着ける姿も見受けるが、基本的にはファンタジー作品の世界でしか存在しえないビキニとアーマーという相反する性質の融合。 ファンタジーが産み出した倒錯の結晶とも言うべきビキニアーマーを、ヴェルデの肌から匂い立つ香水の薫りすら届く距離で目の当たりにしたカイトは胸のうちで喝采した。(ビキニアーマーだよ! やっと、やっと出たんだ。異世界ものらしいファンタジーならではの恩恵が今、目の前に……!)「カイト様。あなたが、わたくしの夫になられるのですね」 ヴェルデが快活に言い切った言葉で我に返ったカイトは、「え!?」 と素っ頓狂な声を上げてしまった。 ヴェルデの口から出た「夫」という想定外の単語
last updateLast Updated : 2025-02-03
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第13話 異世界での結婚話

「俺の結婚に関わる話、というか俺が結婚する前提で、もう話は進んでるってことですか?」 カイトが率直に尋ねると、マジェスタは若干の間を置いてから答えた。「いずれ分かることを隠すような愚は演じません。申し上げます。閣下には王族ないし名家、具体的には御三家いずれかの令嬢と結婚していただく運びで事は既に運んでおります」「……それは、もう決定事項なんですか?」 感情的に否定や驚きで反応することなく確認する問いに徹したカイトに対し、マジェスタはゆっくりとした首肯を返した。「王配殿下の血縁であろう次の召喚に応じられた方は、すなわち聖魔道士であり王配殿下の直系。その方にはこの国で結婚し家庭を持って、ミズガルズの地に根を下ろしていただく……政治的な背景があることは否定できませんが、女王陛下と王配殿下も望んでおられる筋書きでございます」「……そうですか」「閣下は二十歳であられるとなれば、ことは重畳、適齢であられます」 予期しなかった角度で最初に「閣下」と呼ばれた理由が効いてきたとカイトは感じた。 (転移した異世界でいきなり貴族ルート確定。しかも王配の直系ならマジェスタさんが言ってた「こうしゃく」は公爵ってことだろう……いきなり公爵になった異世界でハーレを築く、なんてエロゲーみたいな展開が許される雰囲気の世界じゃないってことは、もう分かってた。でも実際、自分が結婚するかもって状況になると……)「俺がいた世界、日本の感覚じゃ二十歳はまだ早いんですが……ミズガルズでは適齢ですか?」 カイトがありのままの感覚を明かしながら問いで返すと、マジェスタはすぐさま首肯した。「はい。特に王侯貴族の御子息が婚約する年齢としては適齢です。ミズガルズ王国の法律では女性は十六歳、男性は十七歳が婚姻適齢であり、結婚が可能となります。昨今の王侯貴族にあっては、幼少のみぎりに婚約を済ませる事例は減少し、法律に沿った婚姻適齢の前後に婚約する例が増えております」「……それで、先ほどのヴェルデ王女殿下が、俺の婚約者に決まったってことですか?」 諦観に傾く感じを含んだカイトの言葉に、マジェスタは小さく首を横に振ってみせた。「いえ。今はまだ候補者の一人です」「……候補者ってことは、すぐに決められる訳ではないんですね。お互いに考える時間はある、と……ヴェルデ王女殿下は乗り気のようでしたが……」
last updateLast Updated : 2025-02-03
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第14話 世界最強

 カイトの様子を配慮したマジェスタは少しの間を置き、コホンと小さく咳払いしてから次の説明に移った。「順序が前後してしまいましたが、この世界の説明を続けましょう。よろしいですか?」「はい。お願いします」「テルスの世界情勢はまさに激動の時代を迎えております。それは蒸気機関や内燃機関などの急速な発達とも重なるのですが……まずはセナート帝国について申し上げましょう」 マジェスタが地球儀に酷似したテルス儀をふたたび指差す。 セナート帝国と聞いたカイトは「父さんのいる国か」と思いながら、マジェスタの人差し指が指し示す大陸を注視した。「その領地が大陸の東端にまで達したセナート帝国は二年前、我がミズガルズ王国に宣戦布告すると国境の島であるペアホースへと攻め込みますが、ダイキ卿が投降するとあたかも目的がそれであったかのように兵を引き揚げました。現在は和睦が成立し、国交も回復しております」「二度目はないと言い切れる状態なんでしょうか」 すぐさま問いで返したカイトに、及第点を与える教師のような首肯をみせてからマジェスタは答えた。「断言できないのが現在の情勢です。セナート帝国は今やテルスで最も大きな大陸であるアフラシア大陸の覇権国家となっております。北はツンドラの地、南はヒマアーラヤ山脈にまで達し、西にあっては次々に小国を飲み込み、現在はピャスト共和国、ロムニア王国、オルハン帝国と接する長い西方戦線を形成しています。セナート帝国のシーマ皇帝は大帝とも称され、パスクセナーティカとも呼ばれる大陸の安定と繁栄を築き始めています」 マジェスタが説明したテルスの情勢を、カイトは地球に当てはめて考えてみた。 ロシアと中国にモンゴルやカザフスタンを合わせたよりも大きな領土を持つ国。途方もない大国だとは思ったが、スケールが大きすぎることで、カイトはぼんやりとしたイメージでしか捉えられなかった。「言葉を選ばずに訊きます。ミズガルズ王国とセナート帝国では、国力の差が歴然としているように思うんですが……」 カイトのストレートな感想をマジェスタはすんなり肯定した。「残念ながら、その直感は合っております。セナート帝国が本気で東征を考えれば……さらに申し上げますと、海洋覇権国家であるブリタンニア連合王国が南方の国々を次々と植民地化しており、その動向も注視しなくてはなりません。さらには、目
last updateLast Updated : 2025-02-03
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第15話 禁書

 カイトを引き連れてエルヴァが向かったのは、王宮の左翼に当たる棟の最奥に位置する地下への入り口だった。 地下への入り口に立っていた守衛の男から、灯されたランタンを受け取って地下へと続く階段を下りるエルヴァに、カイトは無言で付き従った。 地下には一つだけ扉があり、エルヴァは真っ黒な鉄で補強された異様に頑丈そうな扉をあっさり開けると、振り返ってカイトに声をかけた。「ここは禁書庫だよ」 ランタンを軽く掲げたエルヴァは苦笑いを浮かべていた。「僕は暗いところが苦手でね。さっさと済ますとしよう」「あ、はい。禁書庫、ですか……」 禁書庫という響きに微かな興奮を覚えたカイトは、ランタンの灯りだけを頼りに禁書庫だという狭い空間に目を凝らした。 狭く空気の籠もった禁書庫の中には、これも必要以上に頑丈な造りが見て取れる大振りな四架の書架だけが整然と並んでいる。 迷いのない挙動で奥の書架に近付いたエルヴァは、「とりあえず一冊でいいかな」 とカイトが聞き取れる程度の声で言いながら一冊の書物を手に取った。「え? 持ち出すんですか? 禁書、なんですよね?」 カイトは驚きを疑問に含めたが、それに答えるエルヴァの口調はいたって軽いものだった。「ああ、問題ないよ、僕は自由に使っていいってことになってるから」 エルヴァは「はい、これ」と気楽な調子で、分厚い革表紙の禁書をカイトに手渡した。 ざらりとした手触りの革表紙が妙にひんやりとしているのを感じながら、カイトが手渡された禁書を胸に抱える。「よし、出よう。暗くて狭い場所は僕のテリトリーじゃない」 嫌気を滲ませてツカツカと禁書庫を出るエルヴァの後に続き、カイトも禁書庫を出て足下の暗い階段を上った。 禁書庫を後にした二人は、王宮の左翼に当たる同じ棟の中央付近に位置する部屋へ移動した。 中庭に面した部屋の窓のサイズが、地球の十九世紀末とほぼ同程度だという時代には有り得ないほど大型で、その採光によって白を基調とした部屋は禁書庫と対極にあるように明るかった。「僕の執務室ってことになってる。まあ、ほとんど使ってないけどね。あ、本はそこに置いて」 エルヴァが部屋の中央に置かれた天板が分厚い机を指差したので、カイトは言われたとおりに禁書を机の上に置いた。「さて、早速だけど、この本はね」 軽い口調のまま禁書の革表紙に手を置
last updateLast Updated : 2025-02-06
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第16話 桁違いの強者

「今のところ僕とシーマ卿だけが使えるってことになってる無属性魔法ってのは、他の属性と違って召喚魔法に特化してるんだよ」 微笑を浮かべるエルヴァは、魔法について説明するというよりゲームの遊び方について教えるといった口調で、放出するオーラから新たに無属性魔法を行使する可能性を見出したカイトへのレクチャーを始めた。「召喚、魔法……」 ファンタジーを題材とするアニメやゲームで見た召喚魔法の派手な演出を思い浮かべたカイトは、オウム返しに単語だけをぽつりと漏らした自分に気付き、慌てて質問を口にした。「その召喚魔法っていうのは、俺をこの世界に転移させた召喚術式とは別物なんですね?」 カイトの質問に対し、エルヴァはコクッと軽くうなずいてみせた。「召喚って同じ言葉を使ってるからややこしいけど、まったく別の系統だね。召喚術式は魔法ですらないし。で、その召喚魔法なんだけど、無属性以外の属性でも行使が出来る召喚魔法はある。ただ、火や土なんかの属性で召喚できる召喚獣ってそれぞれの属性でせいぜい十二、三種類ってとこ。僕たちが使う無属性は召喚魔法に特化してるだけあって、その種類は段違いに多い。天使シリーズが十五種、ギリシアシリーズが二十四種。合わせて三十九種が現時点で確認できてる」 エルヴァが付け加えるように言った「現時点で確認」という部分にカイトは反応した。「現時点で確認できているってことは、未確認のものが存在する可能性もあるってことですか?」 カイトの問いに対して、及第点を与える教師のように「うん」とエルヴァが首肯する。「その点では他の属性も同じなんだけど、魔法っていうのは言い換えれば「呼応する技術」でね。呼応の対象は四大元素だけじゃなくて神性も含んでる。神性を産み出す土壌となる世界は広い上に歴史も深い。探せば未知の召喚獣はいるだろうし、現に未知の召喚獣を求めて研究に没頭するってタイプの魔道士もいる。まあ、世の中が平和になれば魔道士は研究者にもなれるんだろうけど、今は忙しいから研究に時間を費やせる魔道士は少ないけどね」 エルヴァがぼやかした背景に、カイトは敢えて言及してみることにした。「戦争、ですか……?」「いやな時代だよ、まったくね。「戦争が研究を後押しする側面もある」なんてほざく奴もいるけど、僕は嫌いだ」「はい。俺も戦争を肯定的に捉える意見は嫌いです」 目
last updateLast Updated : 2025-02-07
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第17話 残酷なランク付け

「その魔力の量だけでランク、位階は決まるんですか?」 カイトが率直な疑問を口にすると、エルヴァは軽いうなずきを返してから答えた。「そうなんだよね。魔道士の強さは魔力の量だけで決まるほど単純ってわけじゃ当然ないけど、魔力量が重要な要素っていうか強さのベースになっちゃうってのは、どうしてもあるから」「修行というか、訓練とか鍛錬みたいな方法で、魔力の量を増やすことは可能なんですか?」 間を置かずに質問したカイトのテンポに合わせるように、エルヴァもすぐに答えを返した。「ああ、それは無理なんだ。魔力の量って、魔道士としての血が顕現したときに決まってるんだよ。顕現度合とか魔道士としての血の濃さ、なんて言い方もするんだけど。大抵は四歳前後で表れる魔道顕現発達の時点で位階はほぼ決まっちゃって、ある程度は魔道士としての強さも決まっちゃうってこと。その魔力量を正確に測れるのが、ウァティカヌス聖皇国の聖皇なんで、通例として魔道士は十四歳までに聖皇に拝謁する。その拝謁で聖皇が魔力量に応じた位階の叙位と、その子が従三位以上なら称号の授与もセットでやっちゃう。言っちゃえば、まだ子供の頃に決まったランクを一生背負って生きるのが魔道士ってわけ」 生まれ持った才能で一生が左右される世界。カイトは率直に嫌な世界の形だと思った。「なんだか残酷な気もするんですが……」 カイトが感じた嫌な印象を口調に含めると、エルヴァはそれを肯定するようにうなずいた。「そうかもね。ただし、だ。魔道士の強さは魔力量だけで決まらないってのも事実だよ。上位の称号持ちが下位の魔道士に敗れるってのは珍しいことじゃない。実際の戦場だと、上位の称号持ちは地位も高いってのが相場だから、真っ先に狙われるって傾向もあったりするし」「戦い方次第ってことですか」「うん。たとえば土属性のベヒモスとか、水属性のレヴィアタンなんて有名どころの召喚獣は、四十ちょっとの魔力消費で召喚できるのに結構強い。上手く使えば上位の魔道士に対抗できる召喚獣とも言える。あとは、火属性のコーザサタニとかプグヌス・フランマエみたいに、術者がその身体を武器としちゃって直接的に攻撃するタイプの魔法も、究めれば有効なのに消費する魔力は少なくて済む。魔力量それ自体は変えられないけど、戦闘の練度は変えられるからね……さて、話がちょっと逸れたかな」 エルヴァが
last updateLast Updated : 2025-02-08
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第18話 天使

「僕はちょっと手配してくるから、カイト君はその本でも読んで待っててくれるかな」 エルヴァの指示に従うことは、無自覚ながら既にカイトにとって自然な反応となっていた。「はい。分かりました」 カイトは自然な反応として素直にうなずいた。 エルヴァが軽い足取りで執務室を出て行くと、未だ夏の気配を残す白昼の日差しが射し込む明るい執務室に一人残されたカイトは、エルヴァの指示に従っていると自覚することもなく禁書を手に取ってページをめくった。 アルケーの次は、エクスシーアという天使が記されたページだった。 黄金色の甲冑に緋色のマントを身に纏い、背中には白い翼。その姿を伝える細密な具象画を見て、カイトは勇ましい姿の天使だと思った。 アルケーの時と同じように、エクスシーアを説明する文が脳にじわりと染み込んでいくような感覚があった。 ゾーンに入ったときの勉強、集中して暗記科目を勉強している時の感覚に近いが、さらに速く深く染み込んでいく感覚は不思議とカイトにとって気分がよいものだった。 エクスシーアの次は、デュナメイスという天使が記されたページだった。 金色の甲冑を身に纏い背中には大きな白い翼。長い槍を持っている。 デュナメイスのページもすらすらと読み終えて、カイトはページをめくった。 デュナメイスの次は、キュリオテテスという天使が記されたページだった。 漆黒のローブを身に纏い、左手に王笏……というより魔法少女が持つ魔法ステッキに近いとカイトが思った杖を持っている。 背中に白い翼があるのはアルケー、エクスシーア、デュナメイスと同様だったが、甲冑ではなくローブを身に纏っていることもあって、どこか兵士の印象を含んでいる今までの天使とは毛色が変わったようにカイトは感じた。 キュリオテテスを説明する文もすんなり読み終えたカイトが、次のページをめくろうとしたとき執務室にエルヴァが戻ってきた。「お待たせ。じゃあ、行こうか。禁書は持ってきて」「はい」 素直に応じたカイトは禁書を左手に持ち、エルヴァと一緒に執務室を出た。 王宮の左翼に当たる棟から出ると、馬車なら五輛が並んでも余裕がある広い車寄せに、屋根付きの豪奢な二頭立ての四輪馬車とエルヴァの秘書だという初老の男性が待機していた。 カイトとエルヴァを乗せた馬車は、王都プログレの目抜き通りを優雅に進んだ。 馬車の乗
last updateLast Updated : 2025-02-10
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第19話 チュートリアル

「よし。あっさり召喚できたね。きみは筋がいい。アルケーは見ての通り白兵戦向けの天使だ。僕も召喚するから、ちょっとした手合わせでもしてみよう。実際に動かしたほうが説明するより早いだろうしね。エクスシーア」 エルヴァは語尾に何気ない調子で「エクスシーア」と付け加えただけで、エクスシーアの召喚を行使してみせた。 黄金色に輝く甲冑を装着したエクスシーアは、左肩にだけ掛ける肩掛けのペリースと呼ばれる緋色のマントを身に着けていた。背中にはアルケーと同様の白い翼をもっている。 エルヴァが召喚したエクスシーアを前にしたカイトの目には、自分が召喚したアルケーよりも格段にランクが高い天使のように見えた。 禁書に記載された順ではアルケーの次のページがエクスシーアだったはずと記憶を辿りながら、ランクが一つ違えばその差は思ったよりも大きいんだろうとカイトは推測した。「頭の中でアルケーを動かすイメージを浮かべれば、それに連動してアルケーは動くよ。慣れちゃえば自分の手足の延長みたいに操作できる。とりあえず動かしてみよう」 カイトは「はい」と短く応じると、エルヴァから言われた通りにアルケーが動くイメージを頭に浮かべてみた。 するとカイトがイメージした通りに、アルケーは右手に握った長剣を一振りしてからエクスシーアに対して中段に構えた。 エルヴァが言っていた操作するという感覚を、初動で掴みかけたカイトは面白い感覚だと思った。 カイトがアルケーを動かし、長剣の切っ先をエクスシーアに向けて構えさせたのを見たエルヴァは満足げにうなずいてみせた。「いいね。きみは飲み込みも早いようだ。じゃあ、次はアルケーを操作してエクスシーアに攻撃してみようか」 エルヴァの指示を聞いたカイトは、ゲームのチュートリアルみたいなものだと指示の趣旨を理解した。「分かりました。やってみます」 リモコンで操作するロボットだと思えばそれほど難しいことじゃないと考えたカイトは、思いのほかスムーズにアルケーをスタートダッシュさせてみせた。 カイトが操作するアルケーは、中段に構えていた長剣を上段に構え直すと駆ける勢いのままエクスシーアに斬り掛かった。 なめらかなファーストアタックで先を取ったかに見えたアルケーの一振りを、エクスシーアは最小限の動きで躱すや反撃に移るモーションをカイトの目では捉えられない速さで完了さ
last updateLast Updated : 2025-02-11
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第20話 弟子

 無属性魔法の召喚に関する一通りの説明を終えて、カイトと一緒に馬車へ乗り込んだエルヴァは気楽な口調のまま次の予定を口にした。「帰る前に、ちょっと寄り道するよ」「寄り道? ですか?」「うん、寄り道。テーラーで採寸しちゃおう。軍服のね。魔道士には必需だからさ。今頃、店主が慌てて準備してるんじゃないかな」 軍服と聞いたカイトはあらためてエルヴァの服装に目をやった。 エルヴァは燕尾服やタキシードといった礼装の原形となった黒のフロックコートを着ていた。 カイトの視線に気付いたエルヴァは微笑みを微笑む。「僕は軍服が嫌いなんでコートで外出することが多いけど、通例としては魔道士が人前に出るときには軍服を着るってことになってる。僕は例外。そもそも筆頭魔道士団の顧問ってのが例外的だからね」「そうなんですね……軍服、ですか……」「きみも軍服が嫌いだったりする?」「いえ、好きとか嫌い以前に、軍服なんて着たことがないので」「そっか。まあ、すぐに慣れるさ。きみが着てる服は、きみがいた世界で一般的なもの?」 エルヴァに服装のことを訊かれて、カイトは自分が全身ユニシロというファストファッションコーデであることを思い出した。「そうですね。ごく一般的な服装です」「簡素で動きやすそうだけど、これからきみが立つことになる場所だと、ちょっと簡素すぎるかもね。ちょうどいいから紳士服店にも寄って既製服も見繕おうか。下着なんかも用意しなくちゃだし」「はい。お願いします」 エルヴァの指摘はもっともだと感じたカイトは素直にうなずいた。 自分の服装はどうにもこの世界、特に接する人物たちが王侯貴族という社会では浮いていると感じていたカイトにとっては、渡りに船な展開でもあった。 カイトとエルヴァを乗せた馬車は、王都プログレの目抜き通りに面するテーラーの前で停まった。 王室御用達の看板を掲げた二階建てのテーラーだった。 高級感が漂う店内の空気にかすかな緊張を覚えるカイトとは対照的に、エルヴァはくつろいだ様子だった。 カイトの採寸は店主が自ら行った。職人ならではの店主の見事な手さばきに接したカイトが感心しているうちに採寸は済んでいた。 テーラーを出たカイトとエルヴァが次に訪れた同じ目抜き通り沿いに店を構える紳士服店も、王室御用達の看板を掲げていた。 紳士服店に先回りしたエルヴァの
last updateLast Updated : 2025-02-12
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