All Chapters of 異世界は親子の顔をしていない: Chapter 41 - Chapter 50

60 Chapters

第41話 フランクに見える男

 カイトはミズガルズ王国を出立する前に、祝賀晩餐会のゲストとして招かれた首席魔道士たちの情報は頭に入れていた。 セルシオが自ら用意してカイトに渡した資料には、首席魔道士たちの顔が確認できる写真も添えられていたが、実際に対面したトゥアタラの印象は前もって写真で確認した時に感じた印象とは大きく違うとカイトは思った。 現時点で世界に二十名しか確認されていない魔範士。その二十人目として昨年の冬にワキンヤン魔道士団の第四席次に就任したヴェノム・ヘネシーの就任式典での集合写真に写っていたトゥアタラを見た際には、如何にもエリート軍人らしい威圧的な顔付きの二十四歳だとカイトは感じていた。「これは、トゥアタラ卿……!」 カイトは迷ったが「ここは素直に驚いたほうが自然だ」と判断してトゥアタラに声をかけた。 トゥアタラはカイトの前に立つと右手を差し出した。スムーズで壁を感じさせないフランクな動作だった。 百九十五センチという規格外な高身長でありながら虚勢を張る必要のない強者としてのエルヴァが、高圧的な態度を見せることがないのに似ているとカイトは感じた。「トワゾンドール魔道士団のカイト・アナンです。まさか三英傑のトゥアタラ卿とこんな場所でお目にかかれるとは思いませんでした」 カイトが握手に応じると、トゥアタラは大きく骨張った右手を軽くシェイクさせながら応じた。「いやあ、お会いできて良かった。この大陸に来てからというもの、まあ、退屈してたところでしてね」 屈託のない笑みを浮かべてみせるトゥアタラは、髪型を気にする様子の無い無造作な金髪に、青みがかった灰色の瞳とうっすらと伸びた無精髭とが相まって、所作と外見とで相手に緊張を与えない術を身に着けていた。「退屈、ですか……今はなぜヴァトカに?」「ちょっと早めに来てしまったんですがね、帝都に行ってしまえば高官なり貴族なりの歓待を断れないでしょう。迎賓館だの超が付く高級ホテルだのは、どうも性に合わないんですよ」 内心を打ち明けたようにも、この場で思い付いた口実にも聞こえる理由を答えてトゥアタラは笑った。片眉が下がった独特な笑い方だった。 好感を与える演技が上手い男ということだけは理解したカイトは質問を続けてみた。「俺たちが、いま到着すると知っていたんですか?」「ええ、うちの諜報は無駄に優秀でしてね」 隠さずに自分の背
last updateLast Updated : 2025-03-03
Read more

第42話 演技

 カイトの護衛役として同席するセリカとステラや、ホスト国であるセナート帝国側の案内役であるシルビアに対してもフランクに接しながら食事を愉しんだ様子のトゥアタラは、翌朝には出立することになっていたカイト一行の予定に合わせて同じ汽車に乗り込んだ。 トゥアタラは自分に随行するアメリクス合衆国の外交官と、魔道士団ではない軍隊の少将であるという軍人、そしてアメリクス合衆国の筆頭魔道士団であるワキンヤン魔道士団の第三席次に就くネメシス・トリオンの三人をカイトに紹介した。 トゥアタラと同い年だというネメシスは、黒い瞳が辛うじて覗くほど細い切れ上がった目が特徴的な中背の青年で丸い銀縁の眼鏡を掛けており、トゥアタラとは対照的に寡黙な男性だった。 意気投合した様子のカイトとトゥアタラは、シルビアやステラを交えてポーカーに興じるなどしながら互いに深い内容には触れない、たわいのない会話を楽しんだ。 カイトらを乗せた汽車は、昼過ぎには最終の目的地となるセナート帝国の帝都であるマスクヴァの中央駅に到着した。 マスクヴァにいくつか存在する駅の中で最大の駅舎を誇る中央駅は、セナート帝国の繁栄を呈するような豪壮な造りをしており、カイトの目には駅舎というより宮殿のように映った。 中央駅の前には豪奢な装飾を施された二頭立ての四輪馬車が四輛待機していた。 カイトの一行は迎賓館へ、トゥアタラの一行はホテルへと行き先が分かれていた。「では、カイト卿。魔王が催す晩餐会で、また」 トゥアタラがリラックスした笑みを浮かべながら右手を差し出すと、カイトも笑顔でもって握手に応じた。「晩餐会の前に、トゥアタラ卿と話せて良かったです」「さてさて、列強の首席魔道士が一堂に会する席で、ホストのどんな趣向が待ち構えているやら……」「ええ、大帝のもてなしってやつを味わってみるとしましょう」 カイトとトゥアタラは互いに笑顔のまま別れた。 馬車へと乗り込んだトゥアタラは、馬車が発進すると同時にカイトの前では一切見せなかった真顔となった。「ネメシス、おまえの目にはどう映った?」 トゥアタラの向かいに座ったネメシスは銀縁の眼鏡を右手の中指でくいっと上げてから、端的なトゥアタラの問いに応じた。 「不安を押し殺す術は身に着けているようですが、皇帝シーマの対抗馬としては幼いという印象を受けました」「確かに
last updateLast Updated : 2025-03-04
Read more

第43話 黒の魔道士

 ホスト国の案内役としてセナート帝国の帝都までの旅程を共にしたシルビアと別れたカイトは、護衛というより旅の道連れといった感じになりつつあるセリカとステラの二人と一緒に迎賓館の中にある食堂で夕食を済ませた。 食事を終えたカイトは「たまには一人の時間も」と、安全であろう迎賓館からは出ないという約束も付け加えてセリカとステラから了承を得た。 カイトが迎賓館内のラウンジにあるバーのカウンターで独りの時間を愉しんでいると、背後から一人の女性が声をかけてきた。「わたしも、ご一緒してよろしいですか?」 その声に振り返ったカイトは声の主である女性の顔を見て驚いたが、すぐに表情を微笑に変えて立ち上がった。「ヴァルキュリャ卿ですね。はじめまして。カイト・アナンと申します」 カイトが右手を差し出して握手を求めると、ほぼ同じ身長でカイトと目線の高さが近いヴァルキュリャは朗らかな笑みで握手に応じた。「早くお目にかかりたいと思っていたカイト卿が「一人でバーにいる」と聞いたので「もう行っちゃえ!」って感じで、来ちゃいました。ヴァルキュリャ・ニューウェイです」 快活な口調で「監視の対象であるカイトが一人になったタイミングを狙った」ことを打ち明けたヴァルキュリャに対して、カイトは潔い人柄の女性という印象を持った。「それは光栄です。よろしければ、どうぞ」 カイトが隣の席を勧めると、ヴァルキュリャは「ありがとうございます」と素直に応じてカウンターのスツールに腰掛けた。 ヴァルキュリャは漆黒の軍服姿だったが、魔道士として軍服を着用する際には常に羽織るのが作法とされるマントは身に着けていなかった。 マントに大きく刺繍されるエンブレムと席次を示す数字は無いものの、その左胸には山吹色で刺繍されたコンパスのエンブレムと「Ⅰ」の数字が見える。 七つの海を制するとも称される海洋覇権国家・ブリタンニア連合王国の筆頭魔道士団であるメーソンリー魔道士団の首席魔道士を二十一歳の若さで務めるヴァルキュリャの威光を、左胸に小さく刺繍された「Ⅰ」の数字が示していた。「同じものでよろしいですか?」 カイトがワインのボトルを手に取りながら訊くと、ヴァルキュリャは「ええ」と笑顔のままうなずいた。 初老のバーテンダーが素速くも音は立てない所作で用意した新しいワイングラスにカイトがワインを注ぎ入れる。 ヴ
last updateLast Updated : 2025-03-06
Read more

第44話 走り書きの手紙

 翌日の早朝、カイトが宿泊する寝室を一通の封筒を手にした迎賓館の職員が訪れた。「朝の早い時間に申し訳ございません。至急の封書と思われましたので、失礼を押してお届けにあがりました」 寝間着のまま応じたカイトに対し、壮齢の落ち着いた男性職員は深々と頭を下げてから用件を続けて口にした。「閣下へ宛てた封書の署名は、ダイキ卿となっております」 男性職員の伝えた名前にカイトは目を丸くした。「父さ……ダイキ卿からの手紙ですか。分かりました。ありがとうございます」 一気に目が覚めたカイトは、男性職員への礼を添えながら薄い封筒を受け取った。 深い会釈を残して男性職員が去ると、ドアを閉めて一度深呼吸をしたカイトは、ホテルの客室に近い造りとなっている寝室に備え付けられた小振りな文机の上にあったペーパーナイフで封書の封を切った。 封筒の封蝋に捺されたシーリングスタンプの紋章がセナート帝国の筆頭魔道士団である、ラブリュス魔道士団のシンボルとして用いられる「両刃斧」であることに気付いたカイトは一瞬だけ手を止めたが「今は中身が先だ」と、封を切った封筒から一枚だけの便箋を取り出した。〈手紙で悪い。おまえにとっては実の父親ってことになる大樹だ。ただ、五歳の時にいなくなった男を父親だと思えなんて言う気はない。それと、すまんが今回の面会の申し出は断った。俺はミズガルズに戻る気がない。まあ、その理由は次の機会に会ったときにでも。俺は今この世界を愉しんでる。おまえもどうせ来たんなら、この世界を愉しめ〉 頭語と結語といった手紙の書式は無視して、口語のままの日本語で走り書きされた短い文面をすぐに読み終えたカイトは、しばらく父親が記した「おまえ」という字を眺めた。 何の迷いもなく走り書きしたようにしか見えない筆致の文面から、父親の本意を読み取ろうとしても徒労に終わると判断したカイトは、一枚だけの便箋を折りたたんで封筒に戻した。 先日の夕食が済んだ際にセリカとステラの二人と打ち合わせていた予定の通りに行動することで、カイトは落ち着きを取り戻そうとした。 迎賓館の中にある大きな食堂で約束の午前8時半に落ち合ったカイトとセリカ、ステラの三人は一緒に軽い朝食を済ませると、世界でも指折りの大都市であるセナート帝国の帝都・マスクヴァを散策するために迎賓館を出た。 迎賓館の職員が馬車を手配しようと
last updateLast Updated : 2025-03-07
Read more

第45話 始まりの宴

 四歳で魔道顕現発達を終えた時点での類を見ない魔力量を見込まれて、名家として知られたアルティベリス家へ養子として入った孤児という出自でありながら、グロリアやフーガといった同世代の優秀な魔道士を纏め上げ、二十四歳で帝位を簒奪すると大国ではなかったセナート帝国を大陸で覇権を握る大帝国にまで拡大させた皇帝シーマが主催する晩餐会の当日。 十二月十日の帝都マスクヴァは厚い雲に空を覆われていた。 夕刻には祝賀晩餐会の開始に合わせて、迎賓館の車寄せへとゲストを乗せた煌びやかな馬車が続々と乗り入れた。 ゲストであるトゥアタラとヴァルキュリャ、ゲルマニア帝国の首席魔道士であるインテンサ、ガリア共和国の首席魔道士シロン、ビタリ王国で首席魔道士となって一年ほどと他のゲストに比べて日の浅いウアイラの五名は、各々がお付きを付けずに単身で会場入りした。 祝賀晩餐会の会場は迎賓館の中央に位置する大階段の先にある「暁日の間」だった。 大きな円卓が広い会場の中央に一卓だけ設置されているという、晩餐会としては異例なセッティングがなされていた。 五名のゲストが静かに席に着いた頃合いで、ひときわ豪奢な四頭立ての四輪馬車が迎賓館の車寄せへと入った。 四頭立ての皇帝御用車から、今宵の祝賀晩餐会を主催するシーマがゆっくりと降りる。 百九十三センチの長身で細身のシーマは、死人のように蒼白い肌と腰まで伸びた銀髪を持ち、切れ長な目に光を帯びる瞳の色はスミレ色をしていた。 歳を重ねることを拒絶したかのように四十四歳という実年齢にそぐわない若々しさを保つシーマは、周りを威圧する必要のない圧倒的な強者の余裕を纏っていた。 魔王とも称される皇帝にして太魔範士のシーマが会場である暁日の間に入っても、会場の空気が張りつめるようなことはなかった。 晩餐会と呼ぶには少なすぎる五名のみのゲストたちは一様に落ち着きを保っていた。 シーマが席に着くと、迎賓館のスタッフが隣室で待機していたカイトを会場へと呼び込んだ。 主賓であるカイトが会場へ入ると真っ先にシーマが立ち上がってみせ、拍手でもってカイトを迎えた。 五名のゲストもシーマに倣い、その場で立ち上がって拍手をもってカイトを迎えた。 緊張しながらも「ゆっくり、とにかくゆっくり」と胸のうちで唱えながら静かに席へ着いたカイトに合わせて、ゲストの五名も席に座り直
last updateLast Updated : 2025-03-10
Read more

第46話 兵器へと続く未来

 返答に窮するカイトへ助け船を出したのは、乾杯を済ませた後は表情を動かすこともなく寡黙に料理を口へ運ぶだけに専念していたインテンサだった。「シーマ陛下。戯れは、その程度になさるがよろしいでしょう」 インテンサの良く通るバリトンボイスがシーマに向けられるが、シーマの微笑が崩れることはなかった。「インテンサ卿。卿には戯れに聞こえたかもしれんが、ヴァルキュリャ卿とトゥアタラ卿にとってはそうでもないようだ」「であるなら実に嘆かわしい。我ら魔道士から忠誠を除いてしまえば、残るのは暴力のみ」「そんなに悲しい存在かね、魔道士とは」 微笑を浮かべたままのシーマが問いを向けると、インテンサは毅然たる態度ですぐさま答えた。「如何にも。魔道士とは悲しい存在であるが故に、その忠誠は輝くのです」 断言してみせるインテンサの、ロマンスグレーな魅力を放つ壮年の揺るがぬ態度にカイトは見惚れた。 シーマがゆったりとしたうなずきをインテンサに返してから会話を続ける。「流石はゲルマニア帝国の屋台骨を二百年に渡って支え続ける、グンペルト家の現当主たるインテンサ卿の言葉だ。卿の信念は実に素晴らしい。だが、魔道士はその歪んだ呪縛から解き放たれるべき時を迎えている。今のテルスには悲しいことに卿の信念に見合う国が存在しないからだ」 シーマの物言いにインテンサはすぐさま反論した。「それは異な事を仰る。では、セナート帝国は如何に」「このセナートも例外ではない。未だ途上だ。余が帝位に就いたのは準備に過ぎない」「準備……? 何を準備しておられる?」「魔道士を解放するための準備だ。我らは生体兵器などという穢らわしく悍ましい存在では決して無い」 シーマが口にした「解放」という言葉に反応して、ウアイラの紅い瞳には鈍い光が宿り、シロンはゆっくりとまぶたを閉じた。 強い言葉だと思ったカイトは、同時に強すぎる言葉だとも感じた。 シーマは微笑を浮かべたまま言葉を続けた。「そう遠くはない未来、魔道士に取って代わる兵器が誕生するだろう。そうなれば国防を担う魔道士団という仕組みは瓦解し、魔道士は全権代理人という立場を失う。残るのは魔道士への忌諱のみ。魔道士は暗黒時代の魔女のように狩りの対象となる。カイト卿、卿は余の言葉を的外れだと思うかね」 シーマに見解を求められたカイトは「ここは正直に答えるしかな
last updateLast Updated : 2025-03-12
Read more

第47話 化けの皮

 冷静沈着を地で行くインテンサですらその驚きを隠しきれない「終末兵器」という、この世界には未だ存在しない定義へと会話が進むことを予期していたように薄い笑みを浮かべるシーマがおもむろに口を開いた。「我々魔道士が、その悲惨な未来を変えなくてはならない。時代という大きな流れを変えることが適うのは魔道士のみ。そして、その流れを変えるのは今、この時であるべきなのだ。テルスと酷似した世界での未来を見ているカイト卿とダイキ卿の存在はこのテルスを、我ら神祖の流れを汲む魔道士たちの手で変えてみせよというドラゴンの意思に他ならない」 シーマが放つ言葉の力が増していると感じたカイトは、首肯してしまいそうになる自分へ抗うために先ず確認することを選んだ。「流れを変える、というのは具体的にどんな行動を指しているんですか?」「魔道士が統治者として世界を導く流れを作る。悍ましい兵器や世界を汚染する化学の産物の開発を止めるには、その枠組みが最も効果的で早期の実現が望める」 カイトの問いも予期していたようにシーマはすぐさま答えを返した。 今の自分はこの会話の流れを変える力すら持っていないと感じながらもカイトは確認するための問いを重ねた。「この世界で影響力を持つ列強各国の王位を、魔道士が簒奪するように仕向ける……と聞こえますが」「その通りだよ、カイト卿。世界を望むべく姿へと魔道士が導くという新たな流れは、強大な兵器を開発する土台となるであろう大国から始まるのが望ましい」「晩餐会のゲストとして、列強の首席魔道士たちを集めたのは、この話をするためですか……?」「正しく、この晩餐会は世界を変える「始まりの宴」となるのだ」 カイトの問いに答えるという形の中で、シーマが今宵の祝賀晩餐会における真の趣旨を明かした。 シーマがこの世界に対して「戦火の始まり」を宣言したようにも聞こえたカイトは「魔王に向かって自分の意思を示さないといけない局面」だと覚悟を決め、シーマに対して言い返した。「その方法は世界に大きな混乱を招くことになります……多くの血も流れることになるでしょう」 カイトの覚悟を労うような微笑を浮かべたシーマがすんなりと答えてみせる。「当然だ。旧い体制の破壊と意識を変革するための混沌。その果てにこそ新たな秩序は産まれる。ゆえに産みの苦しみ味わうは必然。カイト卿、卿の云うその血の量
last updateLast Updated : 2025-03-15
Read more

第48話 想像力と火種

 カイトが否定できず肯定もできないシーマの示した未来への布石を、真っ向から否定したのはインテンサだった。「もっともらしい言葉を重ねたところで根幹は仮想に過ぎませんな。仮想に基づく犠牲を根拠に、それよりも少ないという理由で実際の犠牲を生むなど決してあってはならない愚行」 はっきりと言い切ったインテンサの静かだが鋭い語気を受けても、シーマの余裕を持った表情はまったく変わらなかった。「余は仮想を否定せずに用いる。仮想を裏付けるカイト卿とダイキ卿の存在もある」 悠然と答えるシーマに対し、インテンサはすぐさま反論を重ねた。「カイト卿のいた世界がこのテルスといくら似ていようとも、あくまでも別の世界。裏付けには成り得ません」「想像力だ。多くの犠牲を回避するために必要となるのは想像力なのだよ、インテンサ卿。今まさに我らの想像力が試されているのだ」 シーマが強調した「想像力」という言葉に反応し、紅い瞳をギラつかせたウアイラが口を開いた。「俺の想像力は……立ち上がれと言っている」 ウアイラが発した言葉の意味を詰問するように、真っ先に応じたのもインテンサだった。「正気か、ウアイラ卿」「目の前の利益と己の保身にしか興味がない王侯貴族に、想像力など期待できないでしょう。だったら俺が、代わりに想像してやるしかない」「私は、止めるぞ」 ギラつく紅い瞳を灰色の瞳で見据えながら断言したインテンサを、不敵に睨み返したウアイラは挑発を口にした。「内政干渉でもしようって言うんですかい」 ウアイラの挑発を受けても堂々とした態度を崩さずにインテンサは答えた。「隣国の首席魔道士として、いや、祖国に忠誠を誓った魔道士の一人として決して見過ごすことはできん」「内政に干渉しようってんなら、戦争しかないでしょうな」 戦争を口にしたウアイラの紅い瞳が、妖しい光を帯びるのを見たシロンが口を挟んだ。「ウアイラ卿。祝賀の場にそぐわぬ不穏当な発言は控えられよ」 シロンの凛としながらも女性のやわらかさを含んだ声は、場を空気を掌握する力を持っていた。 毅然としたシロンの姿に接したカイトは、これが「魔道士の模範」とも呼ばれ、多くの魔道士や市民から尊敬を集める女性なのかと胸のうちで感嘆した。 シロンはゆったりとした所作で視線をウアイラからシーマへと移した。 三十四歳の円熟した女性にしか出せ
last updateLast Updated : 2025-03-16
Read more

第49話 簒奪

 カイトが「火種」と感じたシーマの「想像力」は、カイトの予感を嘲笑うかのように苛烈な疾さで「引火」した。 地球と酷似する地形をもつ異世界テルスにあって十九世紀のイタリア王国とほぼ合致する国土を擁するビタリ王国。 魔道士の聖地であり、魔道士を制約する法規を司る総本山でもあるウァティカヌス聖皇国をその国土に内包するビタリ王国の王都ロームルス。 三千年の歴史を刻む世界的にも稀有な古都であるロームルスで最初の火は点った。 聖暦一八八九年が幕を下ろして次の年へとバトンを繋ごうとする十二月三十一日。 未だ夜明け前の暗がりの中にあって霧雨に濡れる王宮の表門に、一輛の馬車が乗り付けた。 馬車から降りた三人の姿に、表門に駐在する四人の門番たちの背筋が一斉にピンと張る。 三人はビタリ王国の筆頭魔道士団であるトリアイナ魔道士団の軍服を身に纏っていた。 深紅の地に銀糸の刺繍が施された軍服と同色のマント。マントにはトリアイナ魔道士団のシンボルである三叉槍のエンブレムが刺繍されており、その下に標されたナンバーは『Ⅰ』と『Ⅴ』と『Ⅵ』。 第五席次と第六席次を背負う魔道士は共に女性で、『Ⅰ』を背負った首席魔道士のウアイラにぴったりと寄り添うように立っている。 四人の門番のうちの一人が、恐縮を仕草に滲ませながらウアイラへと駆け寄った。「ウアイラ卿。大晦日の、それもこのような時間に、どうなされたのですか?」「陛下に用があってな」「陛下に!? そのような予定は聞いておりませんが……」「急を要する。通してくれ」「たとえウアイラ卿といえども、それはさすがにできません」 素直に困惑を顔に出しながらも役目を守ろうとする門番に対し、ウアイラは迷う様子もなく返答した。「そうか。では、致し方ない」 ウアイラが右手を門番にかざし「アルデンド」と短く詠唱する。 次の瞬間には門番が発火していた。 断末魔の叫びをあげることさえ叶わずに門番が燃え上がる。 予期しようのない突然の事態を前にして、呆気にとられることしかできない他の門番たちへ右の手のひらを向けたウアイラが、三度「アルデンド」と早口に連続して詠唱を済ませる。 瞬時に燃え上がり四つの炎の塊となった門番たちには目もくれず、ウアイラは第五席次の女性へ声をかけた。「ジュリエッタ。ここは任せた」「はーい。いってらっしゃい」 眼
last updateLast Updated : 2025-03-17
Read more

第50話 慎むべき昂揚

 ビタリ王国の国防を担い軍事力を示す象徴的存在でもある筆頭魔道士団を率いて、トリアイナ魔道士団の首席魔道士ウアイラが王都ロームルスで国王と王族の殺害に及んだという意味では、クーデターに近い謀反を起こした一八八九年の大晦日の早朝。 地球でのイタリアと酷似した国土を持つビタリ王国で、中部に位置するイタリアの首都ローマとほぼ同じ位置にある王都ロームルスから北西に四百キロメートルほど離れた、イタリアでいえばジェノバとほぼ同じ位置に国土を有すウァティカヌス聖皇国でも一つの事件が起こった。 サン・フィデス大聖堂からも程近い聖皇国の中心地にあるホテルの二階に、旅行客に扮したシャマルの姿があった。 ビタリ王国の第三王女であるソフィアが滞在する客室の前に立ったシャマルが「ラーミナ・ウエンティー」と最小限の声量で詠唱を済ませる。 自身が放った風の刃によってドアを破壊し、客室へと押し入ったシャマルを待ち構えていたのはイフリータだった。 火属性の召喚獣の一種である魔人イフリータは身の丈二メートルほどの女性の姿をしており、艶めかしい褐色の肌が透けて見える薄衣だけを纏わせている。 眼前にイフリータが立っているという想定外の事態に目を見開いたシャマルは「ここは一旦退くべきだ」と咄嗟に判断した。 「ラーミナ・ウエンティー!」 シャマルが詠唱しながらイフリータに向けて右手をかざし、風の刃を射出する。 凄まじい速度で迫る風の刃を、その軌道を読んだイフリータが炎を纏った拳で殴り飛ばす。「くっ……クッレレ……」 イフリータが難無く霧散させた風の刃を見て、逃走の時間稼ぎすら許されない焦りのまま自身を加速する魔法を詠唱しようとするシャマルに素速く接近したイフリータが、驚愕の表情を浮かべる横っ面を拳で殴りつけた。 物凄まじい威力の打撃によってシャマルは吹っ飛び、壁に打ちつけられる。 頸椎の骨折によって即死したシャマルを見下ろすアルトゥーラの視線は、蔑みを隠さない冷えきったものだった。「魔道士でありながら、その誉れを捨てて暗殺の真似事など……しかも殺気すら完全に消すことができない暗殺者もどき。戦場とは違う儀礼も制約もない戦闘への対応もお粗末ときた……」 アルトゥーラが侮蔑を口にしながらイフリータの召喚を解除すると、隣の寝室から恐る恐る顔を出したソフィアがか細い声でアルトゥーラの名
last updateLast Updated : 2025-03-18
Read more
PREV
123456
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status