生きた魔モノの開き方

生きた魔モノの開き方

last updateTerakhir Diperbarui : 2025-04-27
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 ヴェルミリオン帝国の第七監獄《グラットリエ》――その地下には、生きた魔物を解体・調理する異端の調理場がある。そこで終身刑の囚人であり調理人のエルドリス・カンザラが演者を務めるのは、生放送料理番組『30分クッキング』。彼女は魔物を生かしたまま切り開き、極上の料理へと変えていく。調理助手《アシスタント》兼監督官として配属された新米役人イオルク・ネイファは、その狂気に満ちた調理を前に戦慄するが、彼女を止めることはできない。  番組は今日も進行する。血と痛みの先にある、一皿のために。

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Bab 1

1品目:ラグド・トロールの香草焼き

「んふふっふ~、んふふ♪ んふふっふ~、んふふ♪」

 ここはヴェルミリオン帝国、第七監獄《グラットリエ》。

 地下調理場からは今日も、彼女の鼻歌が聞こえてくる。

 30分クッキングのお時間です。

「皆さま、こんにちは。『30分クッキング』です」

 地下調理場の無機質な空間に、調理アシスタントの男の、張りのある声が響いた。

 魔導カメラが赤く灯り、その様子を生放送している。

「本日の調理人は、エルドリス・カンザラ先生です」

 アシスタントの横に立つのは、黒髪を纏《まと》めた長身の女。雪色の肌と、凍土の奥で精製されたかのような混じり気のない碧眼。恐ろしく静謐な美貌がカメラ映えする。二人は揃いの黒革のエプロンを身に着けていた。

「そして本日の食材は、ラグド・トロール。人型のC級魔物です」

 アシスタントが背後を指すと、壁に磔《はりつけ》にされた魔物が暴れ出した。

 ラグド・トロール――全長二メートルほどの人型の魔物。

 人間と似た腕と脚を持ち、顔は獣じみた特徴をしているが、瞳には理性の名残が宿っていた。自由を奪われたそれは、低く呻き声を上げながらこちらを睨んでいる。

「作るのは、ラグド・トロールの香草焼きです。では先生、お願いします」

 エルドリス、と紹介された女がここで初めて口を開く。

「ラグド・トロールの特徴は脂身の芳醇な香りだが、適切に下処理しないと臭みが残り、脂の香りを妨げてしまう。ゆえに、まずは内臓を手早く抜く」

 カメラが寄り、エルドリスが長ナイフを手に取る。

 怯えたように吠えた魔物に彼女はすっと手を触れた。

「では、開いていく」

 刃《やいば》が魔物の硬い皮膚に沈んだ。そこから皮膚がズッズッ、と徐々に割かれる。

「グ、……ア……ギィィィィィ……ッ!」

 傷口から血が溢れ、ラグド・トロールの全身が仰け反る。口は限界まで開かれ、牙を剥き出しにしながら喉を震わせる。口の端で血泡が弾け、凄まじい痙攣とともに四肢が震え、鎖がガシャガシャと鳴る。眼球は飛び出さんばかりに見開かれ、助けを求めるように中空を見つめる。

 裂けた腹部からは臓器が半ば飛び出し、生臭い血が周囲を濡らしている。

 だが――エルドリスは何の躊躇《ためら》いもない手つきで、素早く臓器を摘出していく。

「この時点で死んでしまうと肉が固まってしまうため、適度に魔力を流して生かす」

 彼女はそう言いながら、魔物の心臓があった空隙《くうげき》に手をかざし、手のひらから、丸く白い光を放つ。

「エルドリス先生の延命魔法です。続いて、使用部位――わき腹肉の切り出しですね」

 と、アシスタントが補足する。

 エルドリスは、魔物のわき腹に長ナイフを突き立てた。刃が皮膚を裂き、筋肉を切り開く。ラグド・トロールの全身が弓なりに跳ね上がった。

「グ、……ギィ……ア……ッ!」

 苦悶に満ちた絶叫が喉の奥で詰まり、しゃくり上げるような息遣いが漏れる。刃が肉を引き裂くたびに、魔物の身体は細かく震え、引き攣るような痙攣を繰り返した。瞳はまるで自身の運命を理解したかのように潤み、恐怖と苦痛に揺れている。

 エルドリスはその表情を一瞥しながら、寸分の迷いもなくナイフを進めた。皮膚を剥ぎ、慎重に筋を断ち、滑らかに300グラムほどの肉を切り出していく。

「ハァ、……ハァ……グ、ア……」

 血の臭いが充満する調理場の中で、ただ無力な肉塊と化していく自身の姿を知覚しながら、トロールは生かされ続ける。

「わき腹肉は余分な筋が少なく、調理には使いやすい」

 エルドリスは切り出した肉から皮を丁寧に剥《は》いだ。

 刃先が滑りやすい脂肪の層を的確に削ぎ落とし、ブロック肉全体を均一な厚みに整えていく。

 そしてブロック肉の表面に塩をまぶす。

 手足を磔にされ、内臓を取り除かれたトロールは、目を見開いたまま震えていた。呼吸は荒く、喉の奥から雑音のような呻き声が漏れている。

 生きている。

「この個体、脳に損傷は?」

「いえ。薬も与えておらず、脳は至極正常です」

「それはいい。目の前で焼き上げてやろう」

 エルドリスはにっこりと微笑み――ここで彼女は本日初めての笑みを見せた――、ブロック肉を、脂肪の層を下にして鉄板へと乗せた。

 熱せられた鉄板に触れた瞬間、ジュワッという音とともに透明な脂が滲み出す。

「まずは強火で表面に焼き目をつける」

 細身のトングを手に取り、エルドリスは肉を慎重に押しつける。鉄板の上では脂の滴が跳ね、きらめくように光る。

 焼き面をチェックしたエルドリスは、トングを使って肉をひっくり返す。これを繰り返していき、ブロック肉の六面すべてに焼き目がつくと、彼女は用意していた刻んだラドリーフ、ミスナシュ、ファリウムの葉を指先で軽く揉み、鉄板の上に撒いた。

 パチッ、パチッ……

 香草の葉が弾けるような音を立てる。

 それと同時に、スパイシーな香りが立ち上り、焼かれた脂の香りと混ざって調理場に満ちる。

「肉の内部に火を通しすぎると硬くなるため、ここからの過熱は中火で約一分だ」

 トングで軽く肉を押す。肉の端の方では、脂が滲み出しながら細かく泡立ち、徐々に黄金色へと変わっていく。

 エルドリスは仕上げの一手として、鉄板の端で温めていたルガーナの果実を取り上げ、軽く絞った。

 ジュワッ……!

 ルガーナの甘酸っぱい匂いが一気に広がり、香草と肉の香りに、さわやかな清涼感を加える。

 肉の表面は、混ざり合った肉汁と果汁できらきらと輝いている。

 調理の匂いが、まだ意識のあるトロールの鼻腔にも届いているらしい。その鼻はひくひくと動き、口の端からは生理的らしい涎《よだれ》が垂れる。

 焼かれる自分の肉の匂いを嗅ぎながら、死を迎えようとしている。

「よし、完璧だな」

 焼きあがった肉をまな板の上でスライスしていく。焼き加減は茶色と赤色の具合が絶妙なミディアムレア。それらを、生の香草が敷かれた大皿の上に並べ、櫛《くし》切りのルガーナを添える。

 淡い湯気が立ち上る大皿をカメラの前に差し出し、エルドリスは満足げに頷いた。

「完成だ」

「わあ、美味しそう。食欲をそそる良い香りです。本日の料理は、ラグド・トロールの香草焼きでした。では材料と調理道具のおさらいと、本日のポイントです」

【材料】

 人間の子どもを弄んで殺したラグド・トロールのわき腹肉 300グラム

 塩 少々

 ラドリーフ(甘く芳醇な香りを放つ針葉ハーブ) 少々

 ミスナシュ(わずかにスパイシーで、肉の臭みを抑える紫葉ハーブ) 少々

 ファリウムの葉(ナッツのようなコクと香ばしさを加える黄金色の葉) 少々

 ルガーナの果実(柑橘系フルーツ) 1/2個

【調理道具】

 長ナイフ(解体、整形用)

 トング(肉を掴むため)

 鉄板(焼き上げ用)

 包丁(スライス用)

【ポイント】

 焼きすぎると肉が硬くなるため注意!

「それでは皆さま、また次回お会いしましょう。良い食卓を――」

  ◆

 赤い魔導カメラの光が消え、番組は終了した。

「……う、ぐ……っ」

 調理場の隅で僕はうずくまる。

 途中、何度か吐いたせいで、苦く酸っぱい味がまだ口の中に残っている。胃は今にも再びひっくり返りそうだ。

「イオルク・ネイファ」

 名を呼ばれて顔を上げると、目の前にアシスタントの男が立っていた。彼は身に着けていた黒革のエプロンを脱ぎ、僕に投げて寄越す。

「要領はわかったよね? じゃあ明日からよろしく」

 震える手で口元を拭い、「は、い」とほとんど吐息のような声で答える。

 帝国の役人となって初めての配属先がここ、第七監獄《グラットリエ》地下調理場。

 与えられた職務は、『30分クッキング』の先生として絶大な人気を誇る終身刑の囚人、エルドリス・カンザラの調理助手《アシスタント》兼監督官。

 暗く湿った調理場の隅で、僕は目を閉じた。

 明日が来なければいいと願いながら。

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1品目:ラグド・トロールの香草焼き
「んふふっふ~、んふふ♪ んふふっふ~、んふふ♪」 ここはヴェルミリオン帝国、第七監獄《グラットリエ》。 地下調理場からは今日も、彼女の鼻歌が聞こえてくる。 30分クッキングのお時間です。◆「皆さま、こんにちは。『30分クッキング』です」 地下調理場の無機質な空間に、調理アシスタントの男の、張りのある声が響いた。 魔導カメラが赤く灯り、その様子を生放送している。「本日の調理人は、エルドリス・カンザラ先生です」 アシスタントの横に立つのは、黒髪を纏《まと》めた長身の女。雪色の肌と、凍土の奥で精製されたかのような混じり気のない碧眼。恐ろしく静謐な美貌がカメラ映えする。二人は揃いの黒革のエプロンを身に着けていた。「そして本日の食材は、ラグド・トロール。人型のC級魔物です」 アシスタントが背後を指すと、壁に磔《はりつけ》にされた魔物が暴れ出した。 ラグド・トロール――全長二メートルほどの人型の魔物。 人間と似た腕と脚を持ち、顔は獣じみた特徴をしているが、瞳には理性の名残が宿っていた。自由を奪われたそれは、低く呻き声を上げながらこちらを睨んでいる。「作るのは、ラグド・トロールの香草焼きです。では先生、お願いします」 エルドリス、と紹介された女がここで初めて口を開く。「ラグド・トロールの特徴は脂身の芳醇な香りだが、適切に下処理しないと臭みが残り、脂の香りを妨げてしまう。ゆえに、まずは内臓を手早く抜く」 カメラが寄り、エルドリスが長ナイフを手に取る。 怯えたように吠えた魔物に彼女はすっと手を触れた。「では、開いていく」 刃《やいば》が魔物の硬い皮膚に沈んだ。そこから皮膚がズッズッ、と徐々に割かれる。「グ、……ア……ギィィィィィ……ッ!」 傷口から血が溢れ、ラグド・トロールの全身が仰け反る。口は限界まで開かれ、牙を剥き出しにしながら喉を震わせる。口の端で血泡が弾け、凄まじい痙攣とともに四肢が震え、鎖がガシャガシャと鳴る。眼球は飛び出さんばかりに見開かれ、助けを求めるように中空を見つめる。 裂けた腹部からは臓器が半ば飛び出し、生臭い血が周囲を濡らしている。 だが――エルドリスは何の躊躇《ためら》いもない手つきで、素早く臓器を摘出していく。「この時点で死んでしまうと肉が固まってしまうため、適度に魔力を流して生かす」 彼女はそう言いな
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2品目:スクリームバードの甘辛煮込み
「み、皆さま、こんにちは。『30分クッキング』です」 声が震える。今日の進行役は僕――イオルク・ネイファ。手が震えるのを、両手を握り合わせて抑えながら、魔導カメラの前に立っている。「本日のちょ、調理人はエリド、失礼しましたっ、エルドリス・カンザラ先生です」 隣に立つのは黒革のエプロンを纏《まと》ったエルドリス。不純物を取り除かれ、純度100%となった氷のように冷たく美しい碧眼がカメラを射抜く。オープニングではやはり、昨日と変わらず無表情だ。「そして本日の食材は、こちら。スクリームバード」 僕は背後を指し示す。 そこには鳥型の魔物が、鉄製の台に拘束されていた。 スクリームバード。B級の飛行魔物。 背丈は約五十センチだが、羽を広げれば三メートルに達する。鋭い嘴と爪を持ち、羽根はしなやかで大きく、空を滑るように飛ぶのに適している。 特筆すべきは、その名のとおり「絶叫《スクリーム》」だ。敵を威嚇し、鼓膜を破壊するほどの大音量で鳴く。 しかし今、魔物の嘴には分厚い皮の口枷《くちかせ》が嵌《は》められ、絶叫は封じられている。大きな羽は拘束具でぐるぐる巻きにされ、鋭い爪を持つ足は、鉄製の台の上から一歩も動けないよう足輪で縫い付けられている。「本日は、スクリームバードの甘辛煮込みを作ります。では先生、よろしくお願いします」 僕がオープニングトークを終えると、エルドリスが静かに長ナイフを手に取る。「まずは、下処理」 エルドリスは、鳥の胸部に手を当てた。「スクリームバードの肉質は繊維が密で詰まっている。生や焼きでは少し硬いが、じっくり煮込めば歯のない老婆でも食べられるくらいほろほろになる」 彼女が撫でるように指を動かすと、スクリームバードの翼が、拘束を断ち切ろうと必死にもがく。 だが、その程度の抵抗で、帝国内に点在する監獄の中で最も重罪人が多く収監されるこの第七監獄《グラットリエ》の拘束具が外れるわけがない。「では、開いていく」 そう言うと、エルドリスは迷いなく、鳥の胸部に長ナイフを突き刺した。 口枷の中で籠った絶叫が響く。だがそれは単に不快音というだけで、人体に影響を及ぼすレベルじゃない。 スクリームバードの羽根が一斉に逆立ち、逃げ出そうとする動きに、金属の足輪が激しく音を立てる。 長ナイフの刃がゆっくりと胸部を切り開いていく。 ズズズ、ズ
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3品目:スプリンターマウスのロースト
 大丈夫、大丈夫。今日は朝から水しか飲んでいないし、吐き気止めの薬草も噛んだ。「皆さま、こんにちは。『30分クッキング』です」 カメラの赤い光を前に、僕は腹に力を込めて声を張る。手に汗が滲み、エプロンの上でそれとなく拭う。昨日よりはマシかもしれない。だけど、慣れることはない。生きた魔物を解体し、料理するなんて、まともなことじゃない。「本日の調理人は、エルドリス・カンザラ先生です」 彼女はいつものように冷淡な碧眼をカメラに向け、頷く。「食材はこちらです。D級魔物、スプリンターマウス」 僕が調理台の方を指し示すと、金網のケージに入れられた小さな魔物たちにカメラが寄った。 スプリンターマウス。大きさや見た目は普通のネズミとほぼ変わらない。だが、その脚力は強靭で、名前のとおり俊足を誇る。獲物に噛みつくと神経毒を流し込み、動きを封じる性質を持つ。本来なら捕獲することすら困難な魔物だが、今は10匹ほどケージに閉じ込められ、小さな体を震わせている。「本日は、このスプリンターマウスをローストします。では先生、お願いします」 半月型に口を開けたオーブンにはあらかじめ火が灯されていた。赤々と燃え盛る炎が、小さな獲物たちを待ち構えている。「下処理を始める」 エルドリスは無造作にケージを開けると、一匹のスプリンターマウスの首根っこを素早く掴んだ。魔物はキィッと鳴き、鋭い前歯を剥き出しにして暴れるが、彼女の手から逃れることはできない。「では、開いていく」 エルドリスは細身のナイフを手に取り、スプリンターマウスの腹部に刃を入れた。 ズ……ズズ……。 皮膚が裂かれ、内部の臓器が覗く。 キィ……キィィ……! かすかな鳴き声。魔物の小さな体がピクピクと痙攣し、その爪が忙しなく宙を掻く。「小動物の魔物は内臓の臭みが強いため、速やかに取り除く」 エルドリスは迷いなく指を突っ込み、内臓を掻き出す。小さな臓器たちがズルリと抜き取られ、トレーの上に放られる。 腹の中はほとんど空洞になったが、臓器を抜きながらエルドリスが掛けた延命魔法のおかげで、スプリンターマウスの四肢はまだ意志を持って動いている。「臭みを抑えるために、内部にフルーツを詰める」 エルドリスは小さく切ったメルグナの実とトルフェの果肉を押し込み、腹の皮を元通りに合わせ、短い金串を刺して閉じた。「先生、
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4品目:カサリス・ビートル茶
「私の房だ」  短く告げると、エルドリスは鉄扉を押し開け、自分の独房へと足を踏み入れた。僕は少し躊躇ったが、彼女が振り向きもせず奥へと進むのを見て、後に続く。  囚人の独房のはずなのに、そこは静かな宿泊所のようだった。壁は無機質な石造りだが、ところどころに淡い色の布が掛けられ、冷たい印象を和らげている。部屋の隅には簡素ながらも重厚感のある木製のベッド。壁際には本棚とキャビネット。造り付けの吊戸棚や、その下には小型の魔導炉まである。  特に目を引いたのは、鉄格子付きの窓だ。 ここ第七監獄《グラットリエ》は、囚人の脱獄を防ぐため、ヴェルミリオン帝国の本土から離れた孤島の上に建てられている。この独房は、第七監獄《グラットリエ》に数百ある房の中でも比較的環境の良い位置にあった。  窓からは午後の日差しが房内に降り注ぎ、鉄格子越しには、陽光を浴びて煌《きら》めく青い海と、船ひとつない水平線が見える。その上を海鳥たちが旋回し、時折遠くで鳴き声を上げる。美しさと孤独さを同時に感じるような風景。  その窓の手前に、木製のテーブルと、椅子が二脚あった。一脚でなく二脚なのは、今回のような来客を想定してのことだろうか。 それもまた、彼女への"特別待遇"のひとつなのだろう。 「座れ」  促されるまま、窓際のテーブルに腰を下ろす。エルドリスは戸棚を開け、ティーセットと小箱を取り出した。 「茶を淹れよう」  彼女が小箱を開けると、出てきたのは茶葉……ではなく、小さな魔物だった。黒い甲殻に覆われたそれは昆虫の一種だろうか。六本の脚を持ち、頭部には短い触角がついている。 「これは?」「カサリス・ビートル。D級魔物。体内の分泌液が湯に溶けることで、上質な紅茶のような香りを生む」 
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5品目:脚を抜いて振って割ったダスト・スコッチ
 エルドリスはキャビネットを開けて、平たい缶を取り出した。僕は甘い焼き菓子の類が出てくると思い、期待を込めて彼女の手元を見つめる。 しかし、彼女が缶の蓋を開けた瞬間、その期待は粉々に打ち砕かれた。 中に詰められていたのは、丸く平らな魔物だった。見た目はチョコチップクッキーに似ているが、数えきれないほどの細かい脚が、体の周りをぐるりと取り囲んでわさわさ動いている。 鳥肌が立った。「こ、これは……?」「ダスト・スコッチ。D級魔物だ」  エルドリスは缶の中からダスト・スコッチを一匹取り出し、指でその脚の生えていない体の中央を摘まみながら僕に見せた。「ダスト・スコッチは食べ方に工夫がいる。正しい食べ方をすれば焼き菓子代わりになるが、間違うと、臭くて苦い雑巾の味になる」「ぞ、雑巾……?」「味を知らないか? それは幸運な人生を送ってきたな」 僕は返事ができなかったが、彼女は気にせず続けた。「まず、脚をすべて抜く」 そう言い、ダスト・スコッチの周囲に生えている細かな脚を二十本ほどまとめて摘み、一気に引き抜く。そしてそれを繰り返す。 僕もダスト・スコッチを摘まみ上げ、彼女の真似をして、恐る恐る脚を引っ張った。細い脚は大した抵抗もなく簡単に抜ける。虫は悲鳴を上げたり暴れたりしないから、あまり気も咎《とが》めない。 エルドリスは、僕がすべての脚を抜き終えるのを待って口を開いた。「次は、平らな面が地面と平行になるように持ち、十回ほど振る。こうして内部の臓器や体液を撹拌《かくはん》するんだ」 エルドリスは言いながらダスト・スコッチを振る。僕もすかさず真似をした。その動作に合わせて、ダスト・スコッチから微かに甘い香りが漂ってくる。「これが最後だ。振り終えたら間髪入れず、半分に割り開く」 彼女は両手の親指と人差し指を使って、パキッと小さな音を立てながらダスト・スコッチを二つに割った。僕もやってみる。 断面は、焼いたパイ生地のような層になっており、層の間からは紫水晶のように輝く淡紫の蜜がとろりと滲《にじ》み出てくる。「こうなれば、もう大丈夫だ。よく噛んで食べろ」 エルドリスは真っ二つに割り開いたダスト・スコッチの半分を口に運び、カリカリと小気味よい音を立てながら咀嚼する。僕も同じように口に入れてみた。「甘い……」 最初に広がるのは、仄《ほの》かな甘み
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6品目:ナイトフィーンドの胆汁酒
 海の中から見上げる水面のように、青々と澄んだ瞳が僕を見つめていた。  両方、間違っている……?  彼女の言葉の意味を僕は計りかねる。いや、考えられるとしたらひとつ。 「あなたは罪を犯していない……?」  フッ、とエルドリスは小さく笑った。 「YESだと自信満々に言えないのが痛いところだが……そうだな。私視点の事実を語らせてもらうと、私は嵌《は》められた」「どういうことです?」「少し……長くなるが、聞く気はあるか」  僕は頷く。 「なければここに来ていません」  彼女は口角を僅かに上げると、カサリス・ビートル茶のカップの中に目を落とした。 「ここに投獄される前、私は生まれ育ったセリカの町で、妹と小さなレストランを営んでいた。私が調理し、妹が接客をする。田舎町で女二人、細々と生きていけるくらいには繁盛していたさ」「あの、もしかして……そのころから魔物の調理を?」「……どう思う?」「いや、どうと言われても」「魔物を調理すること自体は犯罪じゃない。むしろ、やれる調理人は少ないから重宝されるし、金になる」「その言い方は、YESと捉えますけど」「やめておけばよかった」「はい?」「私が最も後悔することのひとつが、その日の選択だ。帝都から使者がやってきた日。その使者は、私たちの店にアンフィモルフという魔物を生きたまま持ち込み、調理しろと言ってきた」「アンフィモルフ? 聞いたことがありません」「私もそうだった。そいつはトロールやゴブリンのような人型の魔
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7品目:ヴァーモート・ハウンドのバーベキュー ~フィンブリオの涙味~
「皆さま、こんにちは。『30分クッキング』です」  魔導カメラに向かい、抑揚を意識しながら番組のオープニング口上を始める。隣には、黒革のエプロンを身にまとったエルドリスが、いつものように無表情で立っている。 「本日の食材は、こちら」  僕が背後を指し示すと、鎖と首輪に繋がれて吠える魔物が映し出された。 「ヴァーモート・ハウンド。C級魔物です」  黒く滑らかな毛並みを持つ大型の犬型魔物で、四肢は異様に発達しており、特に後ろ脚の筋力が強い。その跳躍力は人間の身長を軽々と超え、獲物を捕らえる際には飛びかかって喉元に噛みつく。  特徴的なのは、その涙。  ヴァーモート・ハウンドは極度のストレスを受けると、フィンブリオの涙と呼ばれる特殊な分泌液を目から流す。それは極めて甘く、果実酒のような香りを持ち、料理の旨味やコクを引き立てる高級調味料として重宝される。  エルドリスが、僕と話す時間を作る対価として僕に求めた調味料だ。 「さて、今日はこのヴァーモート・ハウンドを使ってバーベキューを作ります。では、エルドリス先生、よろしくお願いします」  僕が言うと、エルドリスは厨房の端にあった長い木製のピザピールを手に取った。 「まずは、適度にストレスを与えて、フィンブリオの涙を抽出する」  ヴァーモート・ハウンドにツカツカと歩み寄り、その横腹にフルスイングの一打を見舞う。  ゴチャッ。  嫌な音がした。 「グゥウウウゥ……!」  ヴァーモート・ハウンドが低く唸り声を上げ、身を捩る。エルドリスはさ
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8品目:ダガーフィッシュのカルパッチョ
「んふふっふ~、んふふ♪ んふふっふ~、んふふ♪」 『30分クッキング』放送前の地下調理場にはたいてい、エルドリスの鼻歌が響いている。彼女は僕と共に調理器具や魔物以外の食材の準備をしながら、僕など目に入っていないかのように一人の世界の中で歌い続ける。  そんな彼女の世界を脅かす来客があった。  廊下から調理場へと続く鉄製の扉がギィィと開く。 「やあ、エリィ。調子はどうかな」  現れたのは、黒衣を羽織った長身の男だった。透けるような金髪に赤褐色の目、勝気な眉。がっしりとした首から続く肩幅は広く、服の上からでも窺《うかが》える鍛え上げられた体躯が、少なくとも彼が事務職の文官ではないことを物語っている。  エルドリスの鼻歌が止み、彼女は振り返る。 「ネイヴァン・ルーガス。何しに来た」「フフ……演者と少し交流しようと思ってね」  低くゆったりと響く声。 彼女の呼んだ名を聞いてピンときた。ネイヴァン・ルーガスは、この『30分クッキング』の脚本家兼演出家だ。刑務所の役人ではなく民間人で、普段は調理場に顔を出さないため、その姿は初めて見た。 「もうじき生放送が始まる。目障りだから出ていけ」「ご挨拶だなあ……ああ、そうそう。目障りといえば俺も、昨日の放送でとんでもない蛇足を見つけちまってねえ」  ネイヴァンの目がギロリと一瞬僕を見て、またエルドリスに戻る。 「あんな馬のゲロの腐ったヤツみたいな実食シーン、俺が書いたとは思われたくないな。ボケた婆さんだってもう少しマシな台詞を吐くぜ」「演出家だろう? 役者の伸びしろに期待しろよ」「ふぅん、伸びしろねぇ……」  頭の先からつま先まで値踏みするような露骨な視線
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9品目:ヴァルドルのフルコース ~血液アペリティフ~
 エルドリスは昨日あのあと、ネイヴァンとどんな話をしたのだろう。  いつものように『30分クッキング』の準備を進めながら、僕はその疑問を頭の片隅で転がしていた。今日、顔を合わせたときに、それとなく聞いてみたのだが、彼女は『大した話じゃない』と言うだけだった。  特上の食材。それは一体何なのか。『30分クッキング』の趣旨からして、魔物であることは間違いなさそうだ。とすると、相当レアな魔物なのだろうか。  もうひとつ気になるのは、ネイヴァンが言った『お前の望みのモノかもな』という言葉の意味。エルドリスはネイヴァンに、どのような望みを伝えたのか。 『かもな』という表現。以前にエルドリスが僕にフィンブリオの涙を求めたように、何か欲しいものを伝えたのだとしたら、それが用意できたか否かはAll or Nothing《オールオアナッシング》。『かもな』という不確実性を匂わす言い方はしないはず。  考えれば考えるほど、落ち着かない。  そうこうしているうちにいつの間にか、生放送の時間は迫っていた。  ◆ 「皆さま、こんにちは。『30分クッキング』です」  オープニングの挨拶をしながら、カメラのレンズを意識する。視聴者――嗜虐心を持て余した金持ちたちの目がこちらを見ている。  エルドリスは相変わらずの無表情。準備段階の方が、鼻歌まで歌って機嫌が良さそうなのが不思議だ。もしかすると、カメラの前では多少キャラを作っているのかもしれない。 「本日より、特別企画――一体の魔物の全身を使った“フルコース”をお届けします」  台本通りの台詞。だがそれも、ここまでだった。昨日、夜になって上官から渡された僕の台本には、ここから先の展開はアドリブでと書かれていた。
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10品目:ヴァルドルのフルコース ~皮のアミューズ・ブーシュと目玉のオードブル~
 ヴァルドルは、昨日と変わらず檻の中にいた。 四肢を拘束され、膝を抱えるように座らされている。表情はない。昨日、血液を搾られた際には呻き声を上げたが、今はただじっと虚空を見つめていた。  僕は準備をしながら、魔物の様子を盗み見ていた。昨日、エルドリスが回復魔法をかけたおかげで、傷は完全に塞がっている。それでも、昨日からずっとこのままの姿勢で拘束されているのかと思うと、胃の奥がずしりと重くなる。  少なくとも、水と何かしらの食事は与えられた形跡がある。檻の隅には、空の水皿と、食べ残しらしき肉の端切れが転がっていた。だがそれが、人道的な配慮からなのか、それともただの“食材の管理”なのかは、僕には判断がつかなかった。 「助手君」  不意にエルドリスの声が背後から響き、僕は我に返った。彼女はいつものように淡々とした表情で、調理台に用意された器具を点検していた。 「生放送の時間だ。準備はできているか」「……はい」  今日もまた、凄惨な30分間が始まる。    ◆ 「皆さま、こんにちは。『30分クッキング』です」  いつも通り、カメラに向かって挨拶をする。 「本日は、フルコースの第二弾。アミューズ・ブーシュとオードブルを作ります」  エルドリスが檻の前に立つ。ヴァルドルは相変わらず無表情だ。しかし、彼の鱗状の皮膚の一部が、微かに震えているのが見えた。 「まずは、皮を剥ぐ」  言いながら、エルドリスは鋭利な皮剥ぎ包丁を手に取る。その刃先は薄く研ぎ澄まされており、光を反射して輝いていた。 「ヴァルドルの皮は、鱗の間に脂肪層を含んでおり、強い旨
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-04-14
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