大丈夫、大丈夫。今日は朝から水しか飲んでいないし、吐き気止めの薬草も噛んだ。
「皆さま、こんにちは。『30分クッキング』です」
カメラの赤い光を前に、僕は腹に力を込めて声を張る。手に汗が滲み、エプロンの上でそれとなく拭う。昨日よりはマシかもしれない。だけど、慣れることはない。生きた魔物を解体し、料理するなんて、まともなことじゃない。
「本日の調理人は、エルドリス・カンザラ先生です」
彼女はいつものように冷淡な碧眼をカメラに向け、頷く。
「食材はこちらです。D級魔物、スプリンターマウス」
僕が調理台の方を指し示すと、金網のケージに入れられた小さな魔物たちにカメラが寄った。
スプリンターマウス。大きさや見た目は普通のネズミとほぼ変わらない。だが、その脚力は強靭で、名前のとおり俊足を誇る。獲物に噛みつくと神経毒を流し込み、動きを封じる性質を持つ。本来なら捕獲することすら困難な魔物だが、今は10匹ほどケージに閉じ込められ、小さな体を震わせている。
「本日は、このスプリンターマウスをローストします。では先生、お願いします」
半月型に口を開けたオーブンにはあらかじめ火が灯されていた。赤々と燃え盛る炎が、小さな獲物たちを待ち構えている。
「下処理を始める」
エルドリスは無造作にケージを開けると、一匹のスプリンターマウスの首根っこを素早く掴んだ。魔物はキィッと鳴き、鋭い前歯を剥き出しにして暴れるが、彼女の手から逃れることはできない。
「では、開いていく」
エルドリスは細身のナイフを手に取り、スプリンターマウスの腹部に刃を入れた。
ズ……ズズ……。
皮膚が裂かれ、内部の臓器が覗く。
キィ……キィィ……!
かすかな鳴き声。魔物の小さな体がピクピクと痙攣し、その爪が忙しなく宙を掻く。
「小動物の魔物は内臓の臭みが強いため、速やかに取り除く」
エルドリスは迷いなく指を突っ込み、内臓を掻き出す。小さな臓器たちがズルリと抜き取られ、トレーの上に放られる。
腹の中はほとんど空洞になったが、臓器を抜きながらエルドリスが掛けた延命魔法のおかげで、スプリンターマウスの四肢はまだ意志を持って動いている。
「臭みを抑えるために、内部にフルーツを詰める」
エルドリスは小さく切ったメルグナの実とトルフェの果肉を押し込み、腹の皮を元通りに合わせ、短い金串を刺して閉じた。
「先生、焼きの作業ですが……」
「なんだ助手君。何か問題が?」
台本によると、スプリンターマウスを並べた鉄板を、僕が鉄板ごとオーブンの中に入れることになっていた。昨日、吐いて蹲《うずくま》ってばかりでほとんど役に立たなかったせいで、演出家が僕の見せ場を台本に追加したらしい。難易度は、きちんと新米アシスタント向けだ。オーブンに入れるだけなら、やれないことはないように思える。だが――
「あの、ひとつ質問していいですか。オーブンに入れ"続ける"というのは……」
入れる、ではなく入れ"続ける"、と台本にはあった。単に鉄板を入れっぱなしにしておけという意味なのだろうか。
「助手君、頭を使え。この『30分クッキング』は魔物を生きたまま調理するのが売りの番組だぞ」
「はあ」
「当然、スプリンターマウスも生きたまま焼いていく」
「……はい」
考えただけでおぞましいが、そういう映像に需要があるのだから仕方ない。一介の新米助手が、番組の根幹となる演出に、どうこう口を出せるものではないのだ。
「でも、生きたまま焼くことと、オーブンに入れ"続ける"ことに、何の関係が?」
「スプリンターマウスはな、命の危険を感じたときこそ最も俊足となる。わかるか? これから始まるのは、もぐら叩きゲームだ。お前には、熱さに耐えかねて逃げようと、オーブンを飛び出してくるネズミたちを、フライ返しでオーブンの中へと打ち返す使命が与えられた」
「なっ……どうして、わざわざそんなことを。オーブンに蓋をすれば済む話では?」
「それでは画《え》としてつまらない。圧倒的な絶望とは、いつだって少しの希望のそばに落ちているものだよ」
「悪趣味です」
「視聴者のほとんどが、そうだ」
エルドリスは美しく猟奇的な微笑みを見せる。
「お前のようなヒヨッコが、魔物の命を恐る恐る奪うところを見てみたい」
僕は言葉を失った。見てみたい、というのは視聴者の気持ちの代弁か、それとも彼女の本心か。
「では、焼きの準備だ、助手君」
エルドリスは鉄板を調理台に乗せる。そしてその上に、弱って動きの鈍くなったマウスを並べていき、塩ひとつまみを振りかける。
「さあ、お前の見せ場だ」
僕は抗えなかった。彼女の言葉にも、用意された台本にも。
防熱のミトンを手につけ、鉄板を掴み、燃え盛るオーブンの中へと押し込む。
スプリンターマウスの皮膚が熱を帯び、チリチリと焦げ始めた。そして次の瞬間、マウスの全身がボッと炎に包まれる。
キィィィッ!
悲鳴とともに、マウスが鉄板の上を駆け回り始める。燃える尾を振り乱し、オーブンの開いた出口へと突進してくる。
「ほら。来るぞ、助手君」
エルドリスの冷静な声を聞く暇もなく、僕は反射的にフライ返しを振っていた。オーブンの外へ飛び出しかけたマウスを、手首のスナップを効かせて打ち返す。
ベチッ!
マウスの燃える小さな体が鉄板の上に叩きつけられる。焼ける脂の匂いが皮肉なほど香ばしく鼻を突く。
僕は次々と飛び出してくるマウスを、それこそもぐら叩きの要領でオーブンの中へと返していった。
やがてネズミたちは起き上がってこなくなり、鉄板の上で消し炭のように固まった。
「焼き上がりだな」
エルドリスは鉄板ごとスプリンターマウスを取り出す。鉄板から落ちた場所で炭になっているマウスも、長いトングで残さず拾っていく。
「黒焦げで不安か? 安心しろ。一番外側の皮は、もとより捨てるつもりの料理だ」
彼女はマウスにナイフを入れて、肉を左右に割り開いた。瞬間、マウスの腹に詰められたフルーツの甘酸っぱい香りが色濃く立ち上る。それを彼女は10匹分、大皿に載せて、メルグナの果皮をおろし器で擦りながら振りかけていく。
「完成だ」
カメラが黒焦げの皮の内側で黄金色に輝くネズミの肉を映し出す。
エルドリスはナイフとフォークで骨付き肉を切り出し、軽く持ち上げた。
「ほら、見ろ。骨も綺麗に火が通っている」
彼女はフォークを口元に運ぶと、カリッと小さな音を立てて噛み、満足げに頷いた。
実食までするなんて聞いていない。僕は彼女が食べ終わるのを待たず、エンディングに入った。
「とっても良く焼けましたね。今日はスプリンターマウスのローストでした。では材料と調理道具のおさらいと、本日のポイントです」
【材料】
老婆に集団で突進して噛みつき、神経毒を流して殺したスプリンターマウス 10匹
メルグナの実(爽やかな甘みとわずかな酸味を持つ黄緑色の小果実)
トルフェの果肉(トロピカルな風味とねっとりとした食感のオレンジ色の果肉)
塩 ひとつまみ
【調理道具】
ナイフ(解体・調理用)
金串(開いた腹を閉じる用)
鉄板(ネズミを並べる用)
オーブン(加熱用)
ミトン(鉄板を掴む用)
フライ返し(オーブンから逃げ出てくるネズミを打ち返す用)
長いトング(オーブンの端に落ちたネズミを拾う用)
おろし器(メルグナの果皮をおろす用)
【ポイント】
死ぬ間際に運動させることで肉質が格段に向上!
「それでは皆さま、また次回お会いしましょう。良い食卓を――」
◆
「待ってください、エルドリス」
地下調理場を出て、彼女の独房まで続く薄暗い通路。その途中で僕は、ようやく彼女に追いついた。といっても、彼女は足を止めないので、僕は置いていかれないよう早歩きでついていく。
なぜ早歩きかというと、僕の方がコンパスが――つまりは脚が短いからだ。言い換えれば、彼女は僕より背が高い。180センチ近くある。
今日も今日とてエルドリスは、生放送が終わるなり、僕に背を向けて帰ろうとした。昨日はそのまま帰したが、今日こそ、そうはいかない。
「僕に少し時間をください。話をしませんか」
「必要ない」
「で、でしたら、望みの物をひとつ差し上げます。それでどうですか?」
彼女が立ち止まり、僕を振り向く。
「ならば、フィンブリオの涙が欲しい」
「んふふっふ~、んふふ♪ んふふっふ~、んふふ♪」 ここはヴェルミリオン帝国、第七監獄《グラットリエ》。 地下調理場からは今日も、彼女の鼻歌が聞こえてくる。 30分クッキングのお時間です。◆「皆さま、こんにちは。『30分クッキング』です」 地下調理場の無機質な空間に、調理アシスタントの男の、張りのある声が響いた。 魔導カメラが赤く灯り、その様子を生放送している。「本日の調理人は、エルドリス・カンザラ先生です」 アシスタントの横に立つのは、黒髪を纏《まと》めた長身の女。雪色の肌と、凍土の奥で精製されたかのような混じり気のない碧眼。恐ろしく静謐な美貌がカメラ映えする。二人は揃いの黒革のエプロンを身に着けていた。「そして本日の食材は、ラグド・トロール。人型のC級魔物です」 アシスタントが背後を指すと、壁に磔《はりつけ》にされた魔物が暴れ出した。 ラグド・トロール――全長二メートルほどの人型の魔物。 人間と似た腕と脚を持ち、顔は獣じみた特徴をしているが、瞳には理性の名残が宿っていた。自由を奪われたそれは、低く呻き声を上げながらこちらを睨んでいる。「作るのは、ラグド・トロールの香草焼きです。では先生、お願いします」 エルドリス、と紹介された女がここで初めて口を開く。「ラグド・トロールの特徴は脂身の芳醇な香りだが、適切に下処理しないと臭みが残り、脂の香りを妨げてしまう。ゆえに、まずは内臓を手早く抜く」 カメラが寄り、エルドリスが長ナイフを手に取る。 怯えたように吠えた魔物に彼女はすっと手を触れた。「では、開いていく」 刃《やいば》が魔物の硬い皮膚に沈んだ。そこから皮膚がズッズッ、と徐々に割かれる。「グ、……ア……ギィィィィィ……ッ!」 傷口から血が溢れ、ラグド・トロールの全身が仰け反る。口は限界まで開かれ、牙を剥き出しにしながら喉を震わせる。口の端で血泡が弾け、凄まじい痙攣とともに四肢が震え、鎖がガシャガシャと鳴る。眼球は飛び出さんばかりに見開かれ、助けを求めるように中空を見つめる。 裂けた腹部からは臓器が半ば飛び出し、生臭い血が周囲を濡らしている。 だが――エルドリスは何の躊躇《ためら》いもない手つきで、素早く臓器を摘出していく。「この時点で死んでしまうと肉が固まってしまうため、適度に魔力を流して生かす」 彼女はそう言いな
「み、皆さま、こんにちは。『30分クッキング』です」 声が震える。今日の進行役は僕――イオルク・ネイファ。手が震えるのを、両手を握り合わせて抑えながら、魔導カメラの前に立っている。「本日のちょ、調理人はエリド、失礼しましたっ、エルドリス・カンザラ先生です」 隣に立つのは黒革のエプロンを纏《まと》ったエルドリス。不純物を取り除かれ、純度100%となった氷のように冷たく美しい碧眼がカメラを射抜く。オープニングではやはり、昨日と変わらず無表情だ。「そして本日の食材は、こちら。スクリームバード」 僕は背後を指し示す。 そこには鳥型の魔物が、鉄製の台に拘束されていた。 スクリームバード。B級の飛行魔物。 背丈は約五十センチだが、羽を広げれば三メートルに達する。鋭い嘴と爪を持ち、羽根はしなやかで大きく、空を滑るように飛ぶのに適している。 特筆すべきは、その名のとおり「絶叫《スクリーム》」だ。敵を威嚇し、鼓膜を破壊するほどの大音量で鳴く。 しかし今、魔物の嘴には分厚い皮の口枷《くちかせ》が嵌《は》められ、絶叫は封じられている。大きな羽は拘束具でぐるぐる巻きにされ、鋭い爪を持つ足は、鉄製の台の上から一歩も動けないよう足輪で縫い付けられている。「本日は、スクリームバードの甘辛煮込みを作ります。では先生、よろしくお願いします」 僕がオープニングトークを終えると、エルドリスが静かに長ナイフを手に取る。「まずは、下処理」 エルドリスは、鳥の胸部に手を当てた。「スクリームバードの肉質は繊維が密で詰まっている。生や焼きでは少し硬いが、じっくり煮込めば歯のない老婆でも食べられるくらいほろほろになる」 彼女が撫でるように指を動かすと、スクリームバードの翼が、拘束を断ち切ろうと必死にもがく。 だが、その程度の抵抗で、帝国内に点在する監獄の中で最も重罪人が多く収監されるこの第七監獄《グラットリエ》の拘束具が外れるわけがない。「では、開いていく」 そう言うと、エルドリスは迷いなく、鳥の胸部に長ナイフを突き刺した。 口枷の中で籠った絶叫が響く。だがそれは単に不快音というだけで、人体に影響を及ぼすレベルじゃない。 スクリームバードの羽根が一斉に逆立ち、逃げ出そうとする動きに、金属の足輪が激しく音を立てる。 長ナイフの刃がゆっくりと胸部を切り開いていく。 ズズズ、ズ
大丈夫、大丈夫。今日は朝から水しか飲んでいないし、吐き気止めの薬草も噛んだ。「皆さま、こんにちは。『30分クッキング』です」 カメラの赤い光を前に、僕は腹に力を込めて声を張る。手に汗が滲み、エプロンの上でそれとなく拭う。昨日よりはマシかもしれない。だけど、慣れることはない。生きた魔物を解体し、料理するなんて、まともなことじゃない。「本日の調理人は、エルドリス・カンザラ先生です」 彼女はいつものように冷淡な碧眼をカメラに向け、頷く。「食材はこちらです。D級魔物、スプリンターマウス」 僕が調理台の方を指し示すと、金網のケージに入れられた小さな魔物たちにカメラが寄った。 スプリンターマウス。大きさや見た目は普通のネズミとほぼ変わらない。だが、その脚力は強靭で、名前のとおり俊足を誇る。獲物に噛みつくと神経毒を流し込み、動きを封じる性質を持つ。本来なら捕獲することすら困難な魔物だが、今は10匹ほどケージに閉じ込められ、小さな体を震わせている。「本日は、このスプリンターマウスをローストします。では先生、お願いします」 半月型に口を開けたオーブンにはあらかじめ火が灯されていた。赤々と燃え盛る炎が、小さな獲物たちを待ち構えている。「下処理を始める」 エルドリスは無造作にケージを開けると、一匹のスプリンターマウスの首根っこを素早く掴んだ。魔物はキィッと鳴き、鋭い前歯を剥き出しにして暴れるが、彼女の手から逃れることはできない。「では、開いていく」 エルドリスは細身のナイフを手に取り、スプリンターマウスの腹部に刃を入れた。 ズ……ズズ……。 皮膚が裂かれ、内部の臓器が覗く。 キィ……キィィ……! かすかな鳴き声。魔物の小さな体がピクピクと痙攣し、その爪が忙しなく宙を掻く。「小動物の魔物は内臓の臭みが強いため、速やかに取り除く」 エルドリスは迷いなく指を突っ込み、内臓を掻き出す。小さな臓器たちがズルリと抜き取られ、トレーの上に放られる。 腹の中はほとんど空洞になったが、臓器を抜きながらエルドリスが掛けた延命魔法のおかげで、スプリンターマウスの四肢はまだ意志を持って動いている。「臭みを抑えるために、内部にフルーツを詰める」 エルドリスは小さく切ったメルグナの実とトルフェの果肉を押し込み、腹の皮を元通りに合わせ、短い金串を刺して閉じた。「先生、
「み、皆さま、こんにちは。『30分クッキング』です」 声が震える。今日の進行役は僕――イオルク・ネイファ。手が震えるのを、両手を握り合わせて抑えながら、魔導カメラの前に立っている。「本日のちょ、調理人はエリド、失礼しましたっ、エルドリス・カンザラ先生です」 隣に立つのは黒革のエプロンを纏《まと》ったエルドリス。不純物を取り除かれ、純度100%となった氷のように冷たく美しい碧眼がカメラを射抜く。オープニングではやはり、昨日と変わらず無表情だ。「そして本日の食材は、こちら。スクリームバード」 僕は背後を指し示す。 そこには鳥型の魔物が、鉄製の台に拘束されていた。 スクリームバード。B級の飛行魔物。 背丈は約五十センチだが、羽を広げれば三メートルに達する。鋭い嘴と爪を持ち、羽根はしなやかで大きく、空を滑るように飛ぶのに適している。 特筆すべきは、その名のとおり「絶叫《スクリーム》」だ。敵を威嚇し、鼓膜を破壊するほどの大音量で鳴く。 しかし今、魔物の嘴には分厚い皮の口枷《くちかせ》が嵌《は》められ、絶叫は封じられている。大きな羽は拘束具でぐるぐる巻きにされ、鋭い爪を持つ足は、鉄製の台の上から一歩も動けないよう足輪で縫い付けられている。「本日は、スクリームバードの甘辛煮込みを作ります。では先生、よろしくお願いします」 僕がオープニングトークを終えると、エルドリスが静かに長ナイフを手に取る。「まずは、下処理」 エルドリスは、鳥の胸部に手を当てた。「スクリームバードの肉質は繊維が密で詰まっている。生や焼きでは少し硬いが、じっくり煮込めば歯のない老婆でも食べられるくらいほろほろになる」 彼女が撫でるように指を動かすと、スクリームバードの翼が、拘束を断ち切ろうと必死にもがく。 だが、その程度の抵抗で、帝国内に点在する監獄の中で最も重罪人が多く収監されるこの第七監獄《グラットリエ》の拘束具が外れるわけがない。「では、開いていく」 そう言うと、エルドリスは迷いなく、鳥の胸部に長ナイフを突き刺した。 口枷の中で籠った絶叫が響く。だがそれは単に不快音というだけで、人体に影響を及ぼすレベルじゃない。 スクリームバードの羽根が一斉に逆立ち、逃げ出そうとする動きに、金属の足輪が激しく音を立てる。 長ナイフの刃がゆっくりと胸部を切り開いていく。 ズズズ、ズ
「んふふっふ~、んふふ♪ んふふっふ~、んふふ♪」 ここはヴェルミリオン帝国、第七監獄《グラットリエ》。 地下調理場からは今日も、彼女の鼻歌が聞こえてくる。 30分クッキングのお時間です。◆「皆さま、こんにちは。『30分クッキング』です」 地下調理場の無機質な空間に、調理アシスタントの男の、張りのある声が響いた。 魔導カメラが赤く灯り、その様子を生放送している。「本日の調理人は、エルドリス・カンザラ先生です」 アシスタントの横に立つのは、黒髪を纏《まと》めた長身の女。雪色の肌と、凍土の奥で精製されたかのような混じり気のない碧眼。恐ろしく静謐な美貌がカメラ映えする。二人は揃いの黒革のエプロンを身に着けていた。「そして本日の食材は、ラグド・トロール。人型のC級魔物です」 アシスタントが背後を指すと、壁に磔《はりつけ》にされた魔物が暴れ出した。 ラグド・トロール――全長二メートルほどの人型の魔物。 人間と似た腕と脚を持ち、顔は獣じみた特徴をしているが、瞳には理性の名残が宿っていた。自由を奪われたそれは、低く呻き声を上げながらこちらを睨んでいる。「作るのは、ラグド・トロールの香草焼きです。では先生、お願いします」 エルドリス、と紹介された女がここで初めて口を開く。「ラグド・トロールの特徴は脂身の芳醇な香りだが、適切に下処理しないと臭みが残り、脂の香りを妨げてしまう。ゆえに、まずは内臓を手早く抜く」 カメラが寄り、エルドリスが長ナイフを手に取る。 怯えたように吠えた魔物に彼女はすっと手を触れた。「では、開いていく」 刃《やいば》が魔物の硬い皮膚に沈んだ。そこから皮膚がズッズッ、と徐々に割かれる。「グ、……ア……ギィィィィィ……ッ!」 傷口から血が溢れ、ラグド・トロールの全身が仰け反る。口は限界まで開かれ、牙を剥き出しにしながら喉を震わせる。口の端で血泡が弾け、凄まじい痙攣とともに四肢が震え、鎖がガシャガシャと鳴る。眼球は飛び出さんばかりに見開かれ、助けを求めるように中空を見つめる。 裂けた腹部からは臓器が半ば飛び出し、生臭い血が周囲を濡らしている。 だが――エルドリスは何の躊躇《ためら》いもない手つきで、素早く臓器を摘出していく。「この時点で死んでしまうと肉が固まってしまうため、適度に魔力を流して生かす」 彼女はそう言いな