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21戦目:魔モノ

last update Last Updated: 2025-04-23 11:00:18

 朝焼けのもと、僕たちは再び島の奥へと足を踏み入れた。ネイヴァンの転移魔法で昨日、クラ―グルと遭遇した場所まで一気に移動し、そこからさらに進んでいく。

 高い樹々に日光を遮られた森は晴天の朝でも薄暗く、空気は冷たく湿っていて、不気味な雰囲気があった。明確な気配こそ感じないが、どこか草葉の隙間から、僕たちを狙う上級魔物が様子を伺っているのではないかと嫌な想像をしてしまうくらいだ。

「周囲をよく観察しながら進め。普通の魔物の痕跡とは異なるモノが見つかるかもしれない」

 エルドリスは僕とネイヴァンにそう指示し、先頭を勇ましく歩いていく。

 僕は彼女の背中を見つめながら尋ねた。

「エルドリス、もしも本当に、魔物にされた人間かもしれないモノを見つけたら、どうするんですか」

 エルドリスは間髪入れずに答えた。

「捕えて観察する」

「それで、元人間かどうかがわかりますか?」

「個体によるだろう。会話ができれば間違いない。それが無理でも人間だったころの名残が見受けられれば、そうとわかる。例えば指輪をしているだとか、歯に治療痕があるだとか」

「そういうのがまったくなくて、判別できなかったときは?」

「……お前が頼りだ」

 やっぱりな。

「ねえエルドリス、わかっていますか。人間が人間を食べること――カニバリズムは禁忌です。僕に禁忌を犯させるんです?」

「私のために犯してくれ。いや、私たちの目的のために」

「あなたには、人の心がないんですね」

「すまない。だが他に方法がない。お前に支払わせる代償は大きいが、その分私もあとから同じだけ代償を支払おう」

「別に道連れを求めているわけじゃ……」

 ネイヴァンが背後で軽薄に笑った。

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     夜の帳が下りる中、焚き火の炎が砂浜を揺らめかせる。「皆さま、こんばんは。『30分クッキング』です」 いつものように調理台の手前に立ち、僕は魔導カメラへ語る。「本日も特別企画として、死刑囚島《タルタロメア》よりお届けしております。食材はこちら、クラ―グルです」 調理台の上に横たわるのは、蛸に似た巨大な魔物。無数の触手は束ねられて、ぎちぎちと締め上げられているが、まだ抵抗の意思があるのか、拘束の下でしきりに蠢《うごめ》いている。「クラ―グルはA級魔物に分類される非常に危険な存在ですが、味は絶品と言われています。本日はこのクラ―グルを、活け造りにしていきます」 エルドリスがナイフを手に取り、クラ―グルの巨体に歩み寄る。「まずは、触手の一本を開く」 刃が触手の表皮に触れた瞬間、クラ―グルが激しくもがき出す。しかし、エルドリスは構わず、縦一直線に浅く切り込みを入れた。そして切り込みに両手の親指を差し入れる。「クグルゥゥゥゥ……ガァ……」 ズルッ、メリメリッと嫌な音を立てて皮を剥いでいく。剥ぎ終えると、手際よく内側の肉を削ぎ始める。「ピィィィィィィィ……ギャアアア……」「薄く削いだ方が、食感が良くなる」 削ぎ取られた肉は透き通るような白色。それを、まだ生きているクラ―グルの顔の上に飾り付けていく。趣向を凝らした活け造りだ。「次に、頭部を処理する」 エルドリスは、クラ―グルの頭部に垂直に刃先を当てる。そして体重をかけて刺し込む。

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