Home / ファンタジー / 生きた魔モノの開き方 / 1品目:ラグド・トロールの香草焼き

Share

生きた魔モノの開き方
生きた魔モノの開き方
Author: 8ツーらO太!

1品目:ラグド・トロールの香草焼き

last update Last Updated: 2025-04-03 20:00:25

「んふふっふ~、んふふ♪ んふふっふ~、んふふ♪」

 ここはヴェルミリオン帝国、第七監獄《グラットリエ》。

 地下調理場からは今日も、彼女の鼻歌が聞こえてくる。

 30分クッキングのお時間です。

「皆さま、こんにちは。『30分クッキング』です」

 地下調理場の無機質な空間に、調理アシスタントの男の、張りのある声が響いた。

 魔導カメラが赤く灯り、その様子を生放送している。

「本日の調理人は、エルドリス・カンザラ先生です」

 アシスタントの横に立つのは、黒髪を纏《まと》めた長身の女。雪色の肌と、凍土の奥で精製されたかのような混じり気のない碧眼。恐ろしく静謐な美貌がカメラ映えする。二人は揃いの黒革のエプロンを身に着けていた。

「そして本日の食材は、ラグド・トロール。人型のC級魔物です」

 アシスタントが背後を指すと、壁に磔《はりつけ》にされた魔物が暴れ出した。

 ラグド・トロール――全長二メートルほどの人型の魔物。

 人間と似た腕と脚を持ち、顔は獣じみた特徴をしているが、瞳には理性の名残が宿っていた。自由を奪われたそれは、低く呻き声を上げながらこちらを睨んでいる。

「作るのは、ラグド・トロールの香草焼きです。では先生、お願いします」

 エルドリス、と紹介された女がここで初めて口を開く。

「ラグド・トロールの特徴は脂身の芳醇な香りだが、適切に下処理しないと臭みが残り、脂の香りを妨げてしまう。ゆえに、まずは内臓を手早く抜く」

 カメラが寄り、エルドリスが長ナイフを手に取る。

 怯えたように吠えた魔物に彼女はすっと手を触れた。

「では、開いていく」

 刃《やいば》が魔物の硬い皮膚に沈んだ。そこから皮膚がズッズッ、と徐々に割かれる。

「グ、……ア……ギィィィィィ……ッ!」

 傷口から血が溢れ、ラグド・トロールの全身が仰け反る。口は限界まで開かれ、牙を剥き出しにしながら喉を震わせる。口の端で血泡が弾け、凄まじい痙攣とともに四肢が震え、鎖がガシャガシャと鳴る。眼球は飛び出さんばかりに見開かれ、助けを求めるように中空を見つめる。

 裂けた腹部からは臓器が半ば飛び出し、生臭い血が周囲を濡らしている。

 だが――エルドリスは何の躊躇《ためら》いもない手つきで、素早く臓器を摘出していく。

「この時点で死んでしまうと肉が固まってしまうため、適度に魔力を流して生かす」

 彼女はそう言いながら、魔物の心臓があった空隙《くうげき》に手をかざし、手のひらから、丸く白い光を放つ。

「エルドリス先生の延命魔法です。続いて、使用部位――わき腹肉の切り出しですね」

 と、アシスタントが補足する。

 エルドリスは、魔物のわき腹に長ナイフを突き立てた。刃が皮膚を裂き、筋肉を切り開く。ラグド・トロールの全身が弓なりに跳ね上がった。

「グ、……ギィ……ア……ッ!」

 苦悶に満ちた絶叫が喉の奥で詰まり、しゃくり上げるような息遣いが漏れる。刃が肉を引き裂くたびに、魔物の身体は細かく震え、引き攣るような痙攣を繰り返した。瞳はまるで自身の運命を理解したかのように潤み、恐怖と苦痛に揺れている。

 エルドリスはその表情を一瞥しながら、寸分の迷いもなくナイフを進めた。皮膚を剥ぎ、慎重に筋を断ち、滑らかに300グラムほどの肉を切り出していく。

「ハァ、……ハァ……グ、ア……」

 血の臭いが充満する調理場の中で、ただ無力な肉塊と化していく自身の姿を知覚しながら、トロールは生かされ続ける。

「わき腹肉は余分な筋が少なく、調理には使いやすい」

 エルドリスは切り出した肉から皮を丁寧に剥《は》いだ。

 刃先が滑りやすい脂肪の層を的確に削ぎ落とし、ブロック肉全体を均一な厚みに整えていく。

 そしてブロック肉の表面に塩をまぶす。

 手足を磔にされ、内臓を取り除かれたトロールは、目を見開いたまま震えていた。呼吸は荒く、喉の奥から雑音のような呻き声が漏れている。

 生きている。

「この個体、脳に損傷は?」

「いえ。薬も与えておらず、脳は至極正常です」

「それはいい。目の前で焼き上げてやろう」

 エルドリスはにっこりと微笑み――ここで彼女は本日初めての笑みを見せた――、ブロック肉を、脂肪の層を下にして鉄板へと乗せた。

 熱せられた鉄板に触れた瞬間、ジュワッという音とともに透明な脂が滲み出す。

「まずは強火で表面に焼き目をつける」

 細身のトングを手に取り、エルドリスは肉を慎重に押しつける。鉄板の上では脂の滴が跳ね、きらめくように光る。

 焼き面をチェックしたエルドリスは、トングを使って肉をひっくり返す。これを繰り返していき、ブロック肉の六面すべてに焼き目がつくと、彼女は用意していた刻んだラドリーフ、ミスナシュ、ファリウムの葉を指先で軽く揉み、鉄板の上に撒いた。

 パチッ、パチッ……

 香草の葉が弾けるような音を立てる。

 それと同時に、スパイシーな香りが立ち上り、焼かれた脂の香りと混ざって調理場に満ちる。

「肉の内部に火を通しすぎると硬くなるため、ここからの過熱は中火で約一分だ」

 トングで軽く肉を押す。肉の端の方では、脂が滲み出しながら細かく泡立ち、徐々に黄金色へと変わっていく。

 エルドリスは仕上げの一手として、鉄板の端で温めていたルガーナの果実を取り上げ、軽く絞った。

 ジュワッ……!

 ルガーナの甘酸っぱい匂いが一気に広がり、香草と肉の香りに、さわやかな清涼感を加える。

 肉の表面は、混ざり合った肉汁と果汁できらきらと輝いている。

 調理の匂いが、まだ意識のあるトロールの鼻腔にも届いているらしい。その鼻はひくひくと動き、口の端からは生理的らしい涎《よだれ》が垂れる。

 焼かれる自分の肉の匂いを嗅ぎながら、死を迎えようとしている。

「よし、完璧だな」

 焼きあがった肉をまな板の上でスライスしていく。焼き加減は茶色と赤色の具合が絶妙なミディアムレア。それらを、生の香草が敷かれた大皿の上に並べ、櫛《くし》切りのルガーナを添える。

 淡い湯気が立ち上る大皿をカメラの前に差し出し、エルドリスは満足げに頷いた。

「完成だ」

「わあ、美味しそう。食欲をそそる良い香りです。本日の料理は、ラグド・トロールの香草焼きでした。では材料と調理道具のおさらいと、本日のポイントです」

【材料】

 人間の子どもを弄んで殺したラグド・トロールのわき腹肉 300グラム

 塩 少々

 ラドリーフ(甘く芳醇な香りを放つ針葉ハーブ) 少々

 ミスナシュ(わずかにスパイシーで、肉の臭みを抑える紫葉ハーブ) 少々

 ファリウムの葉(ナッツのようなコクと香ばしさを加える黄金色の葉) 少々

 ルガーナの果実(柑橘系フルーツ) 1/2個

【調理道具】

 長ナイフ(解体、整形用)

 トング(肉を掴むため)

 鉄板(焼き上げ用)

 包丁(スライス用)

【ポイント】

 焼きすぎると肉が硬くなるため注意!

「それでは皆さま、また次回お会いしましょう。良い食卓を――」

  ◆

 赤い魔導カメラの光が消え、番組は終了した。

「……う、ぐ……っ」

 調理場の隅で僕はうずくまる。

 途中、何度か吐いたせいで、苦く酸っぱい味がまだ口の中に残っている。胃は今にも再びひっくり返りそうだ。

「イオルク・ネイファ」

 名を呼ばれて顔を上げると、目の前にアシスタントの男が立っていた。彼は身に着けていた黒革のエプロンを脱ぎ、僕に投げて寄越す。

「要領はわかったよね? じゃあ明日からよろしく」

 震える手で口元を拭い、「は、い」とほとんど吐息のような声で答える。

 帝国の役人となって初めての配属先がここ、第七監獄《グラットリエ》地下調理場。

 与えられた職務は、『30分クッキング』の先生として絶大な人気を誇る終身刑の囚人、エルドリス・カンザラの調理助手《アシスタント》兼監督官。

 暗く湿った調理場の隅で、僕は目を閉じた。

 明日が来なければいいと願いながら。

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Related chapters

  • 生きた魔モノの開き方   2品目:スクリームバードの甘辛煮込み

    「み、皆さま、こんにちは。『30分クッキング』です」 声が震える。今日の進行役は僕――イオルク・ネイファ。手が震えるのを、両手を握り合わせて抑えながら、魔導カメラの前に立っている。「本日のちょ、調理人はエリド、失礼しましたっ、エルドリス・カンザラ先生です」 隣に立つのは黒革のエプロンを纏《まと》ったエルドリス。不純物を取り除かれ、純度100%となった氷のように冷たく美しい碧眼がカメラを射抜く。オープニングではやはり、昨日と変わらず無表情だ。「そして本日の食材は、こちら。スクリームバード」 僕は背後を指し示す。 そこには鳥型の魔物が、鉄製の台に拘束されていた。 スクリームバード。B級の飛行魔物。 背丈は約五十センチだが、羽を広げれば三メートルに達する。鋭い嘴と爪を持ち、羽根はしなやかで大きく、空を滑るように飛ぶのに適している。 特筆すべきは、その名のとおり「絶叫《スクリーム》」だ。敵を威嚇し、鼓膜を破壊するほどの大音量で鳴く。 しかし今、魔物の嘴には分厚い皮の口枷《くちかせ》が嵌《は》められ、絶叫は封じられている。大きな羽は拘束具でぐるぐる巻きにされ、鋭い爪を持つ足は、鉄製の台の上から一歩も動けないよう足輪で縫い付けられている。「本日は、スクリームバードの甘辛煮込みを作ります。では先生、よろしくお願いします」 僕がオープニングトークを終えると、エルドリスが静かに長ナイフを手に取る。「まずは、下処理」 エルドリスは、鳥の胸部に手を当てた。「スクリームバードの肉質は繊維が密で詰まっている。生や焼きでは少し硬いが、じっくり煮込めば歯のない老婆でも食べられるくらいほろほろになる」 彼女が撫でるように指を動かすと、スクリームバードの翼が、拘束を断ち切ろうと必死にもがく。 だが、その程度の抵抗で、帝国内に点在する監獄の中で最も重罪人が多く収監されるこの第七監獄《グラットリエ》の拘束具が外れるわけがない。「では、開いていく」 そう言うと、エルドリスは迷いなく、鳥の胸部に長ナイフを突き刺した。 口枷の中で籠った絶叫が響く。だがそれは単に不快音というだけで、人体に影響を及ぼすレベルじゃない。 スクリームバードの羽根が一斉に逆立ち、逃げ出そうとする動きに、金属の足輪が激しく音を立てる。 長ナイフの刃がゆっくりと胸部を切り開いていく。 ズズズ、ズ

    Last Updated : 2025-04-03
  • 生きた魔モノの開き方   3品目:スプリンターマウスのロースト

     大丈夫、大丈夫。今日は朝から水しか飲んでいないし、吐き気止めの薬草も噛んだ。「皆さま、こんにちは。『30分クッキング』です」 カメラの赤い光を前に、僕は腹に力を込めて声を張る。手に汗が滲み、エプロンの上でそれとなく拭う。昨日よりはマシかもしれない。だけど、慣れることはない。生きた魔物を解体し、料理するなんて、まともなことじゃない。「本日の調理人は、エルドリス・カンザラ先生です」 彼女はいつものように冷淡な碧眼をカメラに向け、頷く。「食材はこちらです。D級魔物、スプリンターマウス」 僕が調理台の方を指し示すと、金網のケージに入れられた小さな魔物たちにカメラが寄った。 スプリンターマウス。大きさや見た目は普通のネズミとほぼ変わらない。だが、その脚力は強靭で、名前のとおり俊足を誇る。獲物に噛みつくと神経毒を流し込み、動きを封じる性質を持つ。本来なら捕獲することすら困難な魔物だが、今は10匹ほどケージに閉じ込められ、小さな体を震わせている。「本日は、このスプリンターマウスをローストします。では先生、お願いします」 半月型に口を開けたオーブンにはあらかじめ火が灯されていた。赤々と燃え盛る炎が、小さな獲物たちを待ち構えている。「下処理を始める」 エルドリスは無造作にケージを開けると、一匹のスプリンターマウスの首根っこを素早く掴んだ。魔物はキィッと鳴き、鋭い前歯を剥き出しにして暴れるが、彼女の手から逃れることはできない。「では、開いていく」 エルドリスは細身のナイフを手に取り、スプリンターマウスの腹部に刃を入れた。 ズ……ズズ……。 皮膚が裂かれ、内部の臓器が覗く。 キィ……キィィ……! かすかな鳴き声。魔物の小さな体がピクピクと痙攣し、その爪が忙しなく宙を掻く。「小動物の魔物は内臓の臭みが強いため、速やかに取り除く」 エルドリスは迷いなく指を突っ込み、内臓を掻き出す。小さな臓器たちがズルリと抜き取られ、トレーの上に放られる。 腹の中はほとんど空洞になったが、臓器を抜きながらエルドリスが掛けた延命魔法のおかげで、スプリンターマウスの四肢はまだ意志を持って動いている。「臭みを抑えるために、内部にフルーツを詰める」 エルドリスは小さく切ったメルグナの実とトルフェの果肉を押し込み、腹の皮を元通りに合わせ、短い金串を刺して閉じた。「先生、

    Last Updated : 2025-04-07

Latest chapter

  • 生きた魔モノの開き方   3品目:スプリンターマウスのロースト

     大丈夫、大丈夫。今日は朝から水しか飲んでいないし、吐き気止めの薬草も噛んだ。「皆さま、こんにちは。『30分クッキング』です」 カメラの赤い光を前に、僕は腹に力を込めて声を張る。手に汗が滲み、エプロンの上でそれとなく拭う。昨日よりはマシかもしれない。だけど、慣れることはない。生きた魔物を解体し、料理するなんて、まともなことじゃない。「本日の調理人は、エルドリス・カンザラ先生です」 彼女はいつものように冷淡な碧眼をカメラに向け、頷く。「食材はこちらです。D級魔物、スプリンターマウス」 僕が調理台の方を指し示すと、金網のケージに入れられた小さな魔物たちにカメラが寄った。 スプリンターマウス。大きさや見た目は普通のネズミとほぼ変わらない。だが、その脚力は強靭で、名前のとおり俊足を誇る。獲物に噛みつくと神経毒を流し込み、動きを封じる性質を持つ。本来なら捕獲することすら困難な魔物だが、今は10匹ほどケージに閉じ込められ、小さな体を震わせている。「本日は、このスプリンターマウスをローストします。では先生、お願いします」 半月型に口を開けたオーブンにはあらかじめ火が灯されていた。赤々と燃え盛る炎が、小さな獲物たちを待ち構えている。「下処理を始める」 エルドリスは無造作にケージを開けると、一匹のスプリンターマウスの首根っこを素早く掴んだ。魔物はキィッと鳴き、鋭い前歯を剥き出しにして暴れるが、彼女の手から逃れることはできない。「では、開いていく」 エルドリスは細身のナイフを手に取り、スプリンターマウスの腹部に刃を入れた。 ズ……ズズ……。 皮膚が裂かれ、内部の臓器が覗く。 キィ……キィィ……! かすかな鳴き声。魔物の小さな体がピクピクと痙攣し、その爪が忙しなく宙を掻く。「小動物の魔物は内臓の臭みが強いため、速やかに取り除く」 エルドリスは迷いなく指を突っ込み、内臓を掻き出す。小さな臓器たちがズルリと抜き取られ、トレーの上に放られる。 腹の中はほとんど空洞になったが、臓器を抜きながらエルドリスが掛けた延命魔法のおかげで、スプリンターマウスの四肢はまだ意志を持って動いている。「臭みを抑えるために、内部にフルーツを詰める」 エルドリスは小さく切ったメルグナの実とトルフェの果肉を押し込み、腹の皮を元通りに合わせ、短い金串を刺して閉じた。「先生、

  • 生きた魔モノの開き方   2品目:スクリームバードの甘辛煮込み

    「み、皆さま、こんにちは。『30分クッキング』です」 声が震える。今日の進行役は僕――イオルク・ネイファ。手が震えるのを、両手を握り合わせて抑えながら、魔導カメラの前に立っている。「本日のちょ、調理人はエリド、失礼しましたっ、エルドリス・カンザラ先生です」 隣に立つのは黒革のエプロンを纏《まと》ったエルドリス。不純物を取り除かれ、純度100%となった氷のように冷たく美しい碧眼がカメラを射抜く。オープニングではやはり、昨日と変わらず無表情だ。「そして本日の食材は、こちら。スクリームバード」 僕は背後を指し示す。 そこには鳥型の魔物が、鉄製の台に拘束されていた。 スクリームバード。B級の飛行魔物。 背丈は約五十センチだが、羽を広げれば三メートルに達する。鋭い嘴と爪を持ち、羽根はしなやかで大きく、空を滑るように飛ぶのに適している。 特筆すべきは、その名のとおり「絶叫《スクリーム》」だ。敵を威嚇し、鼓膜を破壊するほどの大音量で鳴く。 しかし今、魔物の嘴には分厚い皮の口枷《くちかせ》が嵌《は》められ、絶叫は封じられている。大きな羽は拘束具でぐるぐる巻きにされ、鋭い爪を持つ足は、鉄製の台の上から一歩も動けないよう足輪で縫い付けられている。「本日は、スクリームバードの甘辛煮込みを作ります。では先生、よろしくお願いします」 僕がオープニングトークを終えると、エルドリスが静かに長ナイフを手に取る。「まずは、下処理」 エルドリスは、鳥の胸部に手を当てた。「スクリームバードの肉質は繊維が密で詰まっている。生や焼きでは少し硬いが、じっくり煮込めば歯のない老婆でも食べられるくらいほろほろになる」 彼女が撫でるように指を動かすと、スクリームバードの翼が、拘束を断ち切ろうと必死にもがく。 だが、その程度の抵抗で、帝国内に点在する監獄の中で最も重罪人が多く収監されるこの第七監獄《グラットリエ》の拘束具が外れるわけがない。「では、開いていく」 そう言うと、エルドリスは迷いなく、鳥の胸部に長ナイフを突き刺した。 口枷の中で籠った絶叫が響く。だがそれは単に不快音というだけで、人体に影響を及ぼすレベルじゃない。 スクリームバードの羽根が一斉に逆立ち、逃げ出そうとする動きに、金属の足輪が激しく音を立てる。 長ナイフの刃がゆっくりと胸部を切り開いていく。 ズズズ、ズ

  • 生きた魔モノの開き方   1品目:ラグド・トロールの香草焼き

    「んふふっふ~、んふふ♪ んふふっふ~、んふふ♪」 ここはヴェルミリオン帝国、第七監獄《グラットリエ》。 地下調理場からは今日も、彼女の鼻歌が聞こえてくる。 30分クッキングのお時間です。◆「皆さま、こんにちは。『30分クッキング』です」 地下調理場の無機質な空間に、調理アシスタントの男の、張りのある声が響いた。 魔導カメラが赤く灯り、その様子を生放送している。「本日の調理人は、エルドリス・カンザラ先生です」 アシスタントの横に立つのは、黒髪を纏《まと》めた長身の女。雪色の肌と、凍土の奥で精製されたかのような混じり気のない碧眼。恐ろしく静謐な美貌がカメラ映えする。二人は揃いの黒革のエプロンを身に着けていた。「そして本日の食材は、ラグド・トロール。人型のC級魔物です」 アシスタントが背後を指すと、壁に磔《はりつけ》にされた魔物が暴れ出した。 ラグド・トロール――全長二メートルほどの人型の魔物。 人間と似た腕と脚を持ち、顔は獣じみた特徴をしているが、瞳には理性の名残が宿っていた。自由を奪われたそれは、低く呻き声を上げながらこちらを睨んでいる。「作るのは、ラグド・トロールの香草焼きです。では先生、お願いします」 エルドリス、と紹介された女がここで初めて口を開く。「ラグド・トロールの特徴は脂身の芳醇な香りだが、適切に下処理しないと臭みが残り、脂の香りを妨げてしまう。ゆえに、まずは内臓を手早く抜く」 カメラが寄り、エルドリスが長ナイフを手に取る。 怯えたように吠えた魔物に彼女はすっと手を触れた。「では、開いていく」 刃《やいば》が魔物の硬い皮膚に沈んだ。そこから皮膚がズッズッ、と徐々に割かれる。「グ、……ア……ギィィィィィ……ッ!」 傷口から血が溢れ、ラグド・トロールの全身が仰け反る。口は限界まで開かれ、牙を剥き出しにしながら喉を震わせる。口の端で血泡が弾け、凄まじい痙攣とともに四肢が震え、鎖がガシャガシャと鳴る。眼球は飛び出さんばかりに見開かれ、助けを求めるように中空を見つめる。 裂けた腹部からは臓器が半ば飛び出し、生臭い血が周囲を濡らしている。 だが――エルドリスは何の躊躇《ためら》いもない手つきで、素早く臓器を摘出していく。「この時点で死んでしまうと肉が固まってしまうため、適度に魔力を流して生かす」 彼女はそう言いな

Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status